ライカンスロープ
夜が怖い。
月が出て来るから。
月が怖い。
☆
銃声が響き渡った。
間も無く破裂音も響き、耳障りな魔物の断末魔も聞きたくなくても聞こえた。
「全く、魔物が多いな。こんな所に村があるのか?」
大振りのハンドガンの銃口から硝煙を立ち昇らせ、年の頃は成人するかしないか程の少女が呟く様に言った。
中性的な口調で放たれた言葉は、怒気とも焦燥とも言えぬ彼女の感情をはらんでいる。
だが彼女がそう言うのも無理はなかった。
もう、数えるのも馬鹿らしくなる数の魔物が現れては、彼女等に殺されている。
正しく、死体の山をかき分けて進んで来たのだ。
「恐らく、村の自警団が優秀なんだろう。ただ、この辺りの魔物までも駆除するには至らない様だ」
少女の疑問に答えたのは、大きな銃剣を手にした男だ。
年は、少女と同じぐらいだろうか。優男風の外見が、もう少し若く見せている。
「そうか。なら、自警団の物資の中に適当な弾薬がある事を祈らせてもらおう。いい加減、弾も無くなって来た」
少女が空になってしまったハンドガンに弾を詰める。
その手際の良さは熟練された兵士の様だ。まだ年若い少女には不釣合いに見える。
「それは難しいかもしれないな。君の銃は、そのハンドガンを除けば大型か、特殊な弾を使うものが多いだろ?この辺りなら、猟銃か護身用のハンドガンを改造したものがほとんどだ」
青年が的確に突っ込みを入れ、少女は更に機嫌を悪くした。
「僕達は招かれる側と言うのに、待遇が悪いな。迎えてくれるのが魔物なんて」
村民に嫌味をたっぷりと浴びせながらも、毅然とした態度を保つ少女。
その姿は、誇り高い王女にも似ている。
しかし、それもその筈と言えるだろう。
少女は大商人の家系、フラバス家の令嬢である。
尤も離婚した妻の方に引き取られた為、本家とは絶縁状態にあるのだが。
それでも、妻が存分にふんだくったであろう賠償金により、その生活は裕福なものだ。
それは彼女の服装にも反映されている。
絹が使われているであろうと、見た感じでわかる純白のブラウスに、同じく白い袖無しジャケット。
どちらも飾り気の少ないものであるが、それが彼女の気質には合っているのだろう。
アウター・ウェアーはもっと顕著で、白いフリルの付いた紺生地のミニスカートは、貴族の令嬢が着るのにはあまりにもおあつらえ向きと言える。
ただ、それ以上に彼女は「お嬢様」らしからぬ装飾品を身にまとっていた。
右肩には、太い革のベルトに固定された長大な漆黒のバック。
釣具が入りそうなそれには、狙撃用のスコープも装着出来るアサルトライフルと、大口径のショットガン。それから大量の弾薬が隠れる。
そして、腰にはスカートを固定する為にしては、あまりにも太い革ベルトが巻かれ、今手元にあるオートマチック式ハンドガンを収納する為のホルスターと、もう一つ。中折れ式のリボルバー小銃が収まっている。
また、その後ろにはウエストポーチではなく、特注の超軽量マシンガン(三脚は上記のバックにあるが、手持ちでの使用を前提に作られており、手振れの酷い難物。火力はあるので、「とりあえず」撃つのには適しているかもしれないが)がぴったりと背中を守る。
更にミニスカートから伸びる、健康的な生足には細いベルトが巻かれ、そこには多数の手榴弾が留められている。
――とまあ、彼女は全身に銃器を備えている。
何故、少女がこんな姿をしているのか。
それは、これが彼女の仕事だからだ。
傭兵。武装をし、様々な仕事を請け負う民間人、退役軍人の総称。
彼女は裕福な暮らしをしながらも、迫害すらされる職に身を置いているのである。
その理由を、人生経験の一環であるとして。
「まあ、仕方が無い。だからこそ、僕達の様な傭兵が頼られるんだ」
ブラウスを押し上げる、豊満な胸の下に手を組んで膨れる少女。それを嗜める青年も同じく傭兵だ。
「……頼られて悪い気もしないが、報酬は先払いにして欲しいな。結構弾薬はケチってしまった」
金持ちなんだから、そこは買い込んで置けよ……という言葉を飲み込んだ青年は、少女に改めて向き直った。
彼女が、フラバス家の令嬢である事は間違いない。
その証拠に、彼女の特徴的な髪の色が挙げられる。
後頭部で目と同じ青色のリボンを使い、一本にまとめられた髪は、まるで一流のシェフが焼いたオムレツの様に上品で美しい黄色をしている。
これは古い言葉で「黄色」を意味する「フラバス」が彼女の姓である事の証明だ。
そのくすみの多少はあれど、金色の髪はそう珍しくも無いが、ここまで見事な黄色の髪はそうそう無い。
しかし、どうしてここまで男らしいのか、リリア・フラバス。
二年の間、相棒を務めて来た青年――ヴァンゲリス・ノースコットは頭を抱えるのであった。
「未だ、傭兵は良いイメージを持たれていないという事さ。まあ、実際にハイエナみたいなものだと僕は称しているしな。汚い傭兵が多いのも事実だ」
さっぱりと切った茶髪頭を振り、一言。
「しかし、ウチの組合(ギルド)の評判は良いだろ?それにまだ、僕達は年若いんだ。報酬の持ち逃げをする勇気なんて持ち合わせていないと見られてもおかしくないと思うがね」
彼女達の傭兵組合は、ヨーロッパの某所を拠点として勢力を広げる、一大企業とさえ言える。
そのイタリア支部に傭兵登録をされている二人は、イタリア南部の小村に現れるという魔物の討伐の依頼を受けた。
それが、カップルにすら見える二人が魔物を押し退け、進んでいる理由である。
「何度も言うと失礼だけど、それだけ小さな村なんだよ。僕は、報酬も必要最低限だけもらって後は付き返すつもりでいる」
「同意見だな。僕は、別に守銭奴であるつもりは無い。親の財産が莫大にあるんだ。今更金を掻き集める必要も無い」
青年、ヴァンと少女リリアの価値観の一致は、青年が見栄を張った為ではない。
ノースコット家もまた、富豪の家系だ。
尤も、既にそれは時の栄華。
今現在、ノースコット家は没落し、事実上解体されている。
彼の両親も、蒸発してしまった。
「さて、もう少し行けば村が見える事だろう。銃の準備は出来たかい?リリー?」
リリアは、「ああ」とだけ小さく返す。
リリーというのは言うまでもない、リリアの愛称である。
彼女は極親しい者にしかこの呼称を許さないが、つまり彼はそれだけ彼女との関係が深いのである。
二年も居れば当然。と思えるかもしれないが、リリアが気難しい人物である事は想像に難く無い。
そのリリアが他人、しかも異性を友人だとか、親友。仲間として認めるのは極めて稀有な事だ。
言ってしまえば、年頃の男女二人。
彼らは恋人同士である。
間も無く、村の姿が遠目に見え出した。
流石に村の周辺は治安が維持されているのだろう。
もう、魔物が現れる事も無かった。
それでも、二人が各々の得物から手を離す事は無かった。
傭兵は、いつ何時でも「殺す準備」をしているのだ。
傭兵は頼られる一方で、恨まれる。命を狙われる相手は、人肉を好む魔物だけでなく、人間にも大勢居る。
そんな時、殺される前に相手を殺してしまわなければならない。
会話で和平交渉が出来る程、生易しい空気は両者の間には流れていない。
村の門にまで辿り着き、警備をしている男に話を通して入村を認められると、いよいよ武器を下ろした。
が、警戒を解く事はしなかった。
前に、狂信的な異教徒の村に入った時に村人に襲われた事がある。
「こんにちは。村長殿のお宅は、どちらでしょうか?」
ヴァンが村人の一人に声をかけ、案内を促す。
年は四十にもなるのだろうか、「いかにも」な農夫風の男だった。
「ああ、傭兵さん達かい。村長の家はこの村のど真ん中さ。俺ぁ行けねぇが、でかい家だからわかるだろうさ」
男はヴァンの腰の剣を認め、次にリリアの顔から足先までを舐める様に眺め、大量の銃器を発見してから言った。
すっかり慣れている為、リリアに気を悪くした様子は無い。
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げ、返したのはリリアだ。
「お、おう。美人の嬢ちゃん」
見とれてしまったのか。しばし、呆然としていた農夫は急に顔を赤らめ、足早に逃げ出した。
リリアは男性の扱いも、銃のそれと同じぐらいに心得ている。
「リリー、さすが悪女だね」
「乾いた中年親父に、一滴の水を垂らしてあげたまでさ。家では女房が怖いのだろう」
「それに、一声、一仕草なんて何の苦にもならない」と付け加えると、リリアは農夫の消えた方向を振り返った。
どうやら、畑に繋がる道らしい。
今の時期なら、手入れが大事な時であろう。
――どうも今回の仕事には引っ掛かりがあった。
しかしそれをリリアは口には出さず、ヴァンもまた違和感を挙動に出さない事を心掛けた。
それは、相棒への配慮ではなく村人へのそれだ。
薬か毒か知れぬ相手に、自分の素直な感想を伝えるべきではない。
それ以降、村人に一礼はすれど、口は聞かずに村長宅の前まで辿り着いた。
まだ日は高い、時間にして昼の三時を過ぎた頃だろうか。
「ヴァン、君だけが村長殿に話を聞いてくれ。僕は外で待っていよう」
突然、リリアが声を大きくして言い出した。
明らかにヴァンに伝える事だけが目的ではない。
「いや、僕はこういう農村風景が好きでね。狭い屋内に入ってしまうより、もっと眺めていたいんだ。軒下なら、陽射しも苦にならないしな」
そう聞いたヴァンは、内心笑い飛ばしたい衝動を隠していた。
リリアは完全な都会生まれ都会育ち、こんな田舎風景を好奇の眼差しで半ば蔑む様に見る事はすれど、心底それを好む事はない。
リリアがそこまで心の貧しい人間だとは認識していないが、明らかに口述であるとわかった。
「そうか。なら、仕事内容は後で要約して話すよ。鼠にだけは気を付けてね」
ここでの鼠とは、男を意味する。
「僕には、君というオークが既に居るからな。その所為で、こんなにもだらしなく育ってしまった」
オークのヤドリギは美しい、古くからある諺だ。
リリアは言い終えてからやたらと胸を強調する様な仕草を見せたが、少なくともヴァンが彼女に初めてあった時から、彼女は今の様な容姿をしている。
「悪かったな。僕は君に利用されるだけされる、哀れなイソギンチャクで」
イソギンチャクは、クマノミを守りはすれど、守ってもらえはしない。
しかし、イソギンチャクはその場所を離れる事が出来ないのである。
ヴァンの場合は、私的感情からリリアから離れたくないのだが。
最後。ヴァンは美しく賢い相棒を振り返り、ノッカーに手を掛けた。
これで、後続の憂いは絶ち消えた。
とりあえず、相手が突然拳銃を発砲する事に気をつけるだけで済む。
錆付いた鉄同士が打ち合わされると、見た目通りの鈍い金属音が響く。
あまり遠くまで届きそうにはないが、家主の耳には入った様だ。
間も無く、若々しい声と共に青年が扉を開いた。
年は二十代の半ば、ヴァンより少し年嵩である程度だ。
「傭兵の方ですね?どうぞ、お入りください」
青年は手招きし、ヴァンはそれに促されるままに典型的な煉瓦造りの家へと足を踏み入れた。
リリアは軒下に既に入っており、青年からは死角だ。
「まずは
自己紹介を。自分はこの村の村長で、クラフと申します」
村長宅の内装は、一般的な町屋敷のそれと相違なかった。
どうやら、小さな村ながらそれなりの収益は上げているらしい。
それか、この青年は元々は町人で、この寒村の村長をしていた父の跡を継いだ。そんな事情があるのかもしれない。
「ヴァンゲリスです。ヴァンとお呼びください」
青年の人の良さそうな笑顔に、僅かながらの親近感を湧かせつつ、油断なくヴァンは手を伸ばした。
その手を切り落とそうとナイフが振り下ろされても、直ぐに反撃に転ずる事が出来る様に。
「よろしくお願いします。……しかし、傭兵の方は二人と聞きましたが?」
とりあえず、ナイフも銃も若い村長は取り出さなかった。
握手を終えると、村長クラフは無意味に部屋を見回す。
当然、もう一人の傭兵がここには居ない事を理解していながら。
「はい。連れは、まだ村を見回っています。彼女は村の出なので、望郷の念を抱いているのかもしれません」
大商人の娘が村の出だなんて、状況を理解している者なら吹き出さざるを得ない大嘘だ。
「そうですか。この村を気に入ってもらえたのなら幸いです。しばらく、滞在してもらう事になりそうですから」
「…………ほう?」
クラフの意味深な一言に、ヴァンは思わず素で返した。
彼は、度々古臭い言葉遣いをする。
「いえ、今回依頼させてもらう仕事の件が、少々複雑でして。……詳しく、お話しましょう。お座りください」
椅子を勧められると、まずヴァンはその椅子、及び机の位置取りを確認した。
隣の部屋の扉からは五メートル程。扉の材質は木、一発目で穴を開け、そこから狙撃が十分に可能だ。
しかし、ヴァンは扉を撃ち抜く一発目の時点で逃げ出す自信を持っていた。
それに、すぐ近くに待機しているリリアが銃声を聞けば黙ってはいない。
窓からはかなり離れている。
それに、窓から狙撃手が狙うと言うのなら、その前にリリアに撃ち抜かれているだろう。
死に筋は大体、無い。
ヴァンは素直に椅子に腰を下ろした。
「それで、あなた方にやって頂きたい事は――」
刹那、銃声が響いた。
それも、かなり近い。
しかも猟銃の発するそれとは明らかに異なる類だ。
恐らく、散弾銃。リリアの持っている型では無い。
ヴァンは半ば跳ね馬の様に床を蹴り、纏わり付く椅子を殴りつける様に捨て去って、玄関扉を銃剣の柄で叩き開いて外に飛び出した。
一見、冷静さを失った様な行動だが、後方には気を回しており、村長の方には後ろ手に拳銃をちらつかせる事を忘れはしない。
「リリーっ!?」
慌てて軒下を見ると、そこには先刻と寸分変わらぬ姿の最愛の相棒が居た。
ただ一つ、右肩に背負っていた釣具入れの口が開いている事以外は。
「安心しろ。ただの魔物だ。やはり、この村の自警団は優秀な様ですね」
前半部はヴァンに向けぞんざいな、後半部は村長に向け丁寧な口調だ。
そこは、完璧に演じていた方が良かったと思うが。
「成る程、やはり傭兵業をされている方は違うんだなぁ。僕の様な平和ボケした町人くずれとはまるで違う」
クラフは、先ほどとは一転、くだけた口調で素直な感想を告げた。
曲解すれば嫌味となるが、彼の笑顔からはそんな悪意が一つも見えない。
――結局、嘘が発覚する形となった事から、二人は自分達の警戒策を包み隠さず話す事にした。
実はこの辺りから、この青年村長を信用し始めていたのかもしれない。
「それだけ、裏切りや陰謀の多い職種なんです。僕も出来れば、こんな人間不信みたいな事には陥りたくはなかったのですが」
ヴァンもこうなると、すっかり素を出して行く事にしていた。
年が近いし男同士な為、心の底では初対面時から打ち解けたいと思っていたのだろう。
「しかし、リリアさんは女性なのに、驚きました。いや、女性の傭兵と聞き、どんな武骨な方かと……」
「よく言われます。ですが、これで傭兵をしていると色々良い事もありまして」
「へぇ、何ですか?」
「まず、お優しい村長殿がお茶をお出しくださいます」
リリアの唐突な皮肉とも取れる言葉に、瞬時ヴァンは色を失くした。
しかし、クラフは顔色一つとして変えない。素直に洒落っ気として受け取った様だった。
「はは、では、僕の様な男はごまんと居たという訳ですか。いや、古今男というのは馬鹿なものですね」
その言葉に反応し、リリアはヴァンに一瞥やる。
僕も馬鹿な男の一人か、と目で言ってやると、満足そうに頷いたが。
「ですが、どうか仕事の上では僕を女性とは見ないでください。自分で言うのも妙ですが、僕は男性並には仕事が出来ますので」
毅然とした態度で言い放つリリアの言葉には、否応無く頷かせられるだけのカリスマ性があった。
「はい、よろしくお願いします」
そんな彼女に、気圧されたのかもしれない。
クラフはやや小声で、しかし安心させる様に頷いた。
「さて、仕事の事ですが…………」
リリアもクラフも、そのまま言葉遊びを続けそうな心持ちだっただろうが、ヴァンはそれを遮る事にした。
嫌な話は、さっさと消化してしまいたい。
彼が楽天家でありつつも、生真面目な性格である事は初対面のクラフにも良く伝わっただろう。
はい、ではお話させてもらいましょう。
率直に言わせてもらいますと、妖怪退治です。
そう、この村の自警団は確かによくやってくれています。
しかし、それでは無理なんです。
いや、「それでこそ」とすべきでしょうか…………
退治して欲しい妖怪と言うのは、巨大な狼の妖怪です。
そいつは、満月の晩にこの村に現れ、必ず女性を一人食い殺して行きます。
僕は見た事が無いのですが、その身の丈は三メートルにも四メートルにもなると聞きます。
毛並みは月光を照り返して青白く輝き、生え揃った牙は一本一本が鋭利なナイフにも勝るとか。
勿論、自警団は女性の居る家に待機し、退治を試みました。
その結果は、彼等が返り討ちにあったのでもなく、女性が守られた訳でも無かった。
自警団は、確かに狼に出会いました。
ですが、それを撃つには至らなかったのです。
何故か?その姿に圧倒されたのではありません。
その狼は、自警団の目の前に現れた瞬間は人の形をしていました。
そして、月の光を浴びて狼に変身してしまったのです。
他でもありません。その狼、人狼とでも呼ぶべきでしょうか。その正体は…………です。
ですから、この村の自警団に狼を退治する事は出来ません。
それでも、言い方が悪いですが……余所者のあなた方なら出来る。
だから、この件を依頼させてもらいました。
最終更新:2009年09月27日 13:12