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ファースト・コンタクト





「あのー、ちょっと良いかな。おじさん」
おじさんだと?俺の事か?
「うん、あなたしかいないじゃん。おじさん」
……俺はこれでも二十九だ。改めろ。ガキ。
「えーと、じゃ、お兄さん?」
それで良い。どうした?靴紐が解けたか?
「そんな幼稚な悩みを抱えているんじゃありません」
そうか、なら下着泥棒に遭ったのか。
「はい、こう、何時の間にかにパンティーがーって、そんな訳無いでしょ!」
乗りが良いな。気に入った。
「変な気に入り方をしないでください」
早く用件を言え。このまま無限に漫才を続けるぞ。
「あー、はいはい。お兄さんって、この街の人?」
いや、俺はちょっと用事があって来ただけだ。住まいはフィレンツェにある。
「ふーん……遠いね」
で、俺がこのヴェネツィアの住人じゃなかったらどうなんだ。
「いや、この街の事を知っているなら、何でも良いんだけどね、ちょっと質問があるんだ」
そうか、なら俺は無関係だ。
「どうしてそうなるのよ!」
お前、さっきから俺の後ろに居る奴に話しかけてるんだろ?
「誰も居ないよ!」
そうなのか?俺はてっきり、俺の様な常人には見えない奴が居るかと。
「私にも見えないよ!そんな見えない友達が居たら私の方が紹介して欲しいよ!」
何だ、お前は孤独なのか?可哀想だな、俺にはそこそこ悪友が居る。
「そんな言葉だけの同情と身の上自慢しないでよ!追い討ちでしかないから!」
煩い変な娘だな。
「お兄さんの言動の方が色々とクレイジーだよ!」
俺がクレイジー?ははっ、何を言っているんだ。こやつめ。
「痛ッ!小突かないでよっ!か弱い女の子なんだから!」
か弱い……女の子?お前、年はいくつだ?
「ぴっちぴちの十六だよ!お兄さんの半分ぐらい若いよ!」
馬鹿言え、今時十六は熟女の部類だぞ。
「ええーっ!?」
嘘だ。お前が熟女なら、二十九の俺は何だ。即仏か。
「その辺りの冗談はわからないけど……兎も角、私の話を真面目に聞いてよ!」
だからさっきから、早く用件を言えっているだろ。俺は無限に漫才を続ける気だが。
「だからそれをやめて!私、結構切羽詰ってるんだから!」
そうか?俺には余裕たっぷりに見えるが。乳はたっぷりと言うに程遠そうだが。
「それとなく私を貧乳って言わないでもらえるかな!十六でこれなんだから、将来有望だと思うけど!」
お前はそのまま成長が止まるな。予言してやろう。
「駄目!絶対!!」
……お前、やっぱり余裕あるだろ。
「無いよ!無いからこんな勢いで、こんな大声で叫んでいるんだよ!もう喉が枯れそうなんだから!」
そうだったのか。そんな小声がお前の叫びか。でも聞きづらいぞ。
「お兄さんの方が明らかに小声だよ!まあ、結構通る声だから問題無いけど!」
昔は声優志望だったからな。ボイストレーニングは今でも無意味にしているぞ。
「本当に無意味だね!」
褒めてくれるな。
「誰が何時、どのタイミングで褒めたのかな!」
照れ隠しをするな。俺には心でわかる。
「五年も付き合った彼氏みたいな口ぶりはやめてもらえるかな!」
そうじゃないのか?俺は前にお前みたいな娘を……
「ロリコン反対!!」
十六なら大丈夫だ。合意の上だしな。
「誰が合意した!!」
なら、今から合意しろ。ここで断れば、陵辱ルートに進むがな。
「私の未来はどっち!?」
どの道真っ黒だ。いや、真っ白か。
「なんかリアル!」
ほら、そろそろ話せ。お前のツッコミの切れ味が鈍って来たから飽きた。
「散々からかっておいてポイ!?」
まだポイしてない。ちり紙には包んだが。
「噛み終わったガムなんですね!私!」
そろそろくずかごに入れるぞ。
「ポイ捨てじゃないのはちょっと評価出来るかな!最低だけど!」
おいおい、今まで噛んでやったんだ。感謝しろ。
「傲慢!これが人間のエゴってやつか!」
お前もそれを知る年頃になったか。
「まだ知りたくなかったよ!こんな社会の闇!」
ふっ、まだ乳臭いガキだからな。
「乳臭いは余計かな!ガキってのも女の子相手には相応しくない気がするし!」
なら、女児。
「なんか嫌だよ!ならまだ女子の方がマシだよ!」
おなご。
「どうして時代遡っちゃった!?」
アナゴみたいだな。よし、お前のあだ名はアナゴだ。
「嫌だよ!アナゴ育ててる人には失礼かもしれないけど、アナゴは嫌だよ!」
なら、ウナギにするか?
「人外禁止!!」
ああ、人外で思い出したが、俺には見えない友達とはその後どうだ?
「友達居ないよ!」
ああ、やっぱり可哀想だな。
「あっ、そ、そうじゃなくて!そんな変な友達居ない!」
思うが、幽霊=異常ってのも、エゴかもしれないな。
「何か急に哲学的!?」
思うんだが、俺達には見えないだけで俺達と同じ様に生きている幽霊も居るのではないだろうか。実は、この街には俺達に見えている人間の倍の人間が居て、俺達に見えている数の倍の店があって、俺達に見える数の倍の商品が取引されているんじゃないだろうか。まあ、全て想像だがな。
「何か凄く深いよ!色々と感慨深いよ!もう幽霊への偏見は捨てるよ!!だから話を聞いて!」
よし、言ってよし。
「やっとですか!」
今まで幾度と無く言ってきたが、やっと落ち着いて聞いてくれたな。
「誰が落ち着かせなかったのか言ってみてよ!」
お前が一人で暴走していた。
「捏造だー!!」
ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン。
「滅茶苦茶流暢だよ!」
アイヤー、チュウゴクヨンセンネンとゴセンネンマエカラアイシテルヨ!
「中国の歴史が九千年になった!」
さて、次はどうからかってやるか……
「考えないで!シンキングタイム禁止!」
お前は思想の自由を俺から奪うと言うのか。
「人に迷惑かけるなら、それも厭わないよ!」
ほう、お前は皇帝か。女帝だな。クレオパトラか。
「今度はエジプトネタに持ち込むつもりでしょ!」
チッ、バレたか。
「舌打ち隠さないなぁ!」
するだけならタダだからな。チッ、チッ、チュッ。
「気持ち悪いよ!投げキッスなんてしないでよ!」
俺……そこそこイケメンのつもりだったんだが……
「自称しないでよ!確かにお兄さん、顔だけは良いけど!」
おお、やっぱりそうか。周りに美女が多いんでなぁ。どうも自信が持てなかったんだ。アイデンティティの危機ってやつだな。貞操の危機だな。
「違うよ!貞操関係ないよ!童貞!!」
どどどどどど童貞ちゃうわ!
「嘘下手だなぁ!」
いや、マジで違う。幼馴染と何度もやってる。
「まだ私十六!!」
俺のお陰で大分汚れたから、十分だろ。
「本当、お兄さんにこの数分の間に穢されまくったよ!私!」
そうやって、少女は大人の女になって行くのさ。俺がしてやろうか?
「そろそろ、本当に勝訴出来そうだよ!」
お前に起訴出来るだけの金があるのか?いや、無いだろう。
「うぅー、と、兎も角そろそろ本題に映らせてください!」
やっとか、遅かったな。
「はぁ……えーと、私、絶賛迷い中ですので、どうか導いてください」
十六で迷子か?十六で?十六でか、そうか。
「なっ…………」
ん、まぁ、地図も無しにイタリアの芸術的という名のややこしい街は大変か。お前、旅行者か何かか?
「それが、わからないのです」
はぁ、それは大変だな……ん?わからない、だと?
「はい、私は何処から来て、何処に向かっていて、何と言う名前で、家族構成はどんな風で、好きな食べ物は何で……実は、自分が人間であるかどうかさえ自信がありません」
記憶喪失、ってやつか。俺の知り合いに一人居るから、そこまで驚く事じゃないが……相当稀有な症状と認識しているがな?
「お兄さんは、そういう稀有な人間を引き寄せるタイプの人じゃないのですか?」
う、うーむ。その可能性は否定出来ないな。
「ははっ、やっぱり、お兄さんに声をかけて正解だったかもしれません」
いやしかし、俺は別に精神科医じゃない、心理士の資格も持っていないから、上手い対処が出来はしない。お前の力にはなれないぞ。
「はい、別に私は記憶を直ぐに取り戻そうとか、そういう事は考えていませんよ」
なら、どうして俺に声をかけた?
「お兄さんは、多少この街の事を知っているのですよね?でしたら、とりあえず今晩泊まる宿の場所を教えてください。後は自力で何とかしますよ」
お前、金は持っているのか?
「えーと……ほら、それは皿洗いとかして、ですね」
お前な、食器洗い乾燥機なんて文明の利器を知らんのか?
「そ、そういえばそういう記憶はある様な……」
掃除とかも自立行動する掃除機がある。お前の様な子供には、この街で金を稼ぐなんて出来んぞ。
「な、なら。もっと田舎を教えてください。そこでなら、或いは……」
イタリアを舐めるな。北の端から南の果てまで、HK(ハウスキーパー)の無い家庭は無いぞ。
「じゃあ、何処か外国でも……」
EU内は少なくともそうだ。その外となると、パスポートが必要になって来るぞ。
「うっ……」
便利な世の中だが、それだけ制約も多い。身元不明の人間なんて、野良犬と同等か、それ以下の扱いしかされない。世界は、そうなってしまったんだ。
「では、どうすれば…………」
俺はさっき、お前の力になれない、そう言った。だが、それには少し語弊がある。いや、完全な嘘と言えるかもな。
「え?」
俺は、とある組織に入っている。そこには、半分以上人間じゃない奴から、日本の忍者の子孫、伝説の探検家インディの子孫も居るし、所謂超能力者まで居る。そいつ等にしてみたら、記憶喪失なんて珍しい病気じゃない。俺の様な比較的ノーマルな人間よりは、力になれるだろう。
「その組織に、私を紹介してくれると?」
そう早まるな。しかし、その組織というのは言ってしまえばマフィアの凶悪化版だ。一番大人しい会計役の奴でも、数十人と殺って来ている。無論、俺もな。殺人享楽者だって、少なからず居る。完全にイッている奴は居ないが、結論から言えばお前の様な子供が関わって良い団体じゃない。一見薬に見えて、百毒でしかない。ギャンブルなんかと同じだな。確実に最後には痛い目を見る。
「でも、お兄さんはその中に居るんですよね?」
お前の中の俺の評価がいかほどのものかは知らんが、俺もそこまでアブノーマルな人間じゃないってだけで、結局は異常者の一人だ。それに、実のところそんな危ない橋を渡らなくてもこの街には水軍の支部がある。そこには、優秀な心理士だって居るし、理解ある軍人がわんさか居る。実は俺の知っているもう一人の記憶喪失者ってのもそこに居る。俺なんかに関わるより、余程信頼出来るぞ。ツテがあるから、話自体は通せるし。
「…………でも……」
まあ、俺はお前の自由意志に任せよう。ただ、このまま別れるつもりも無いがな。俺は本能的にお人好しらしいし、無類の美女好きだと自負している。お前にはまだ乳臭さがあるが、美女になる資質は十分だ。話してみて、悪い奴じゃないとわかったしな。大体からして、年端も行かない娘を路頭に迷わせるとあったら、中濱の名が泣く。
さて、決めてくれ。大袈裟でなく、お前の人生を左右するであろう決断だ。俺は後者を激しくおススメするが、前者が良いなら、それでも文句は言わん。
「すぅ…………」
お前な、思いっきり深呼吸するな。ラジオ体操じゃないんだから。
「茶化さないでくださいよ!折角シリアスな雰囲気だったのに!」
しかし、思いっきり「すぅ」なんて言う人間はお初にお目にかかると言うか、底知れぬ馬鹿にしか見えないと言うか……
「ついて行きます」
垂直カーブ?
「あなたの耳は節穴ですか!?」
いや、感覚的にはちくわの穴に近いな。
「……ついて行きます。この体と心、お兄さんと、その仲間に預けます」
何だかいやらしいな。
「お兄さんの思考がね!」
しかし、お前はマゾか?折角アレだけ言ってやったのに茨の道を進もうとするなんて。
「あれ?あれはフリじゃなかったんですか?」
それこそ、シリアスな雰囲気を台無しにするな。俺は結構マジだ。
「はぁ、散々遊ばれた後なので、そういう曲解もしてしまいますよ」
またエロいな。淫乱娘め。
「そういうお兄さんの思考がまず、ピンク色です」
兎も角、お前が決めた事なら、本部まで連れて行こう。街の外に車を止めてある、そこまで歩くぞ。歩けるか?
「はいっ!」
元気が良いのはいい事だが、確認するまでもなかったな。それなりにデカイが、俺の背中からははみ出ないだろう。負ぶってやる。
「えっ?」
お前な、見た感じからして相当疲れているのがわかるぞ?それに気付かない程必死だったか?ほら、襟元が乱れているし、布が一部ほつれている。折角の綺麗な服が台無しだ。大方、見境なく通行人に声をかけたところ、屑な男に絡まれてそれこそ強姦されかけたり、新手の物乞いかと思われて邪険にされたんだろ?都会では、出来るだけ目立つな。話の通じそうな相手を選べ。例えば、俺みたいな、な。
「…………お兄さん」
後、そろそろ名前も教えておかないとな。中濱ローランド、ロミオで良い。お前は?……って、すまん。思い出せなかったな。
「折角なので、ロミオが付けてください。私の名前を」
お前な、早速呼び捨てとは馴れ馴れし過ぎないか?お前もさっき言ってたが、俺の年はお前の約倍だぞ?
「良いじゃないですか。もうそんな仲ですよ」
まだ、出会って数十分だぞ?……まぁ良い。名前だったな?
「はい、可愛らしい名前をビシッと一声で」
ふん……しかし、思ったのだが、お前は幽霊か?
「はい?」
いや、前にここの支部の友人から借りた本に、記憶喪失の幽霊が出て来てな……
「現実と空想の区別ぐらい付けてください!」
そうか、もし幽霊って言ったら、ユウって名付けるつもりだったのだが……
「それ、確実その本の幽霊の名前ですよね!?」
よくわかったな。その通りだ。
「二次元キャラの名前はとりあえずやめてください、普通の名前で」
なら……いや、幽霊案は採用しよう。
「勝手に人を殺すな!」
そういう意味じゃない。お前と話していて思ったが、今のお前はお前じゃないな?
「……え?」
無意識か、なら良い。どこか、お前の仕草、言う言葉一つ一つには、嘘、作り物めいた感じがある。恐らく、俺の気のせいじゃない。
「…………つまり?」
結論から聞きたがるな、学問というのは過程を楽しむものだ。完全に俺の推測でしかないが、お前の今のその妙に明るい気質、それは恐らく記憶を失う前のお前の気質とは違う。百八十度ぐらい、な。
「私が、前は暗い人間だったと?」
どうだろうな。狂人かもしれないぞ?
「そうでありたくはない!」
まぁ良い。兎も角、お前は真実「幽霊」みたいな人間、そう俺は感じる。俺の話を聞いてお前自身、ちょっと思ったんじゃないか?何処か地に足が付いていなくて、捉えどころの無い……そんな印象を自分自身に受けなかったか?
「確かに、少し……」
安心しろ。さっき言った通り、仮にお前が真実幽霊でも、俺は気にしない。俺は人種……と言うか、種族差別なんてものが大嫌いだからな。だから前に、牧場の乳牛に高級なビーフステーキを振舞ってやった事がある。
「共食い!!」
食わなかったがな。
「草食だからね!」
あの時は、流石の俺も怒って一時間ぐらい説教垂れてやった。
「牛の耳に念仏!?」
まあ、そんなもんだ。
「…………まぁ、幽霊云々はわかりました。で、名前はどうするんですか?」
ちょっと言葉は悪いが、亡霊とか、その辺りを意味をするイタリア語だ。わかるか?
「何となく、ですが私は英語、日本語は勿論、イタリア、スペイン、ポルトガル語ぐらいまでは理解出来る気がします」
それはすごいな。バイなんてものじゃない。ハイリンガルってところか。
「造語を造らないでください!」
それぐらいの権利は俺にもある筈だ。レム。
「え?えーと、それが私の名前ですか?」
レームレから取った。レム睡眠じゃないぞ。
「レム…………字はどう書くんですか?」
スペルか?ならL、E、M、Uだ。イタリア語がわかるなら常識でわかりそうだがな?
「そうじゃなくて、漢字で、です」
お前な、さっきイタリア語から付けたって言ったろ。漢字なんてあるか。
「でもロミオは、苗字が日本語でしたよね?つまり、ハーフ。それにナウ日本語で喋ってますし、日本名も付けてください」
注文が多い小娘だな。
「レムって呼んでください」
注文が多いレムだな。
「……違和感」
ほれ、言わん事無い。
「はぐらかそうとしても無駄ですよ。漢字を教えてください」
はぁ……面倒だな。レ……うるわしいの麗で良いか?
「名前負けって陰口叩かれたくありません」
お前は、自称美少女じゃなかったか?
「一度も言ってませんよ!んなナルシーな!」
ああ、これはユウの事か。
「だから惨事と虹を混同しない!」
なら、おうへんに命令の令の玲に、きりって書いて霧。玲霧で良いか?
「良い字面ですね。それで良いです」
上からだな。名付けられる側の癖に。
「自分の名前ですから、最終決定権は私にあります」
なら初めから自分で考えてくれ。今ので俺の脳は、千キロカロリーぐらい消費したぞ。
「それは面倒です。私の脳が千キロカロリー消費してしまいます」
自分の名前を面倒言うな。俺がDQNだったらお前、今頃「未来流」と書いてミラクルとかになってるぞ。
「それは、引きますね」
俺が割りと普通な人間であった事を喜べ。
「わー、良かったー」
棒読みはやめろ。
「心にも無い事に感情は込められません」
じゃあ、感情が赴くままに言ってみろ。
「ロミオ、結婚してください」
嫌だ。
「そこは嘘でもOKしてくださいよ!勿論、私も嘘ですが!」
心にも無い事に……以下略。
「くぅ」
だからお前、さっきの「すぅ」にしても、ちょっと有り得ない言動が多過ぎるぞ。
「ええっ!?言いません?」
言わない。
「そんなぁ、自分がマイノリティだと初めて知りました。記憶喪失ですけど」
お前なぁ。早速記憶喪失をネタにするのか。結構長いのか?
「いえ、今朝気がついたら、此処はどこ、私はだれ状態になっていました」
その常套文句をまさかモノホンの記憶喪失者から聞くとは思わなかった。
「私だって、まさかそんな事思う身分になるとは思いませんでした」
気が付いたって、そのスタート地点は何処だったんだ?
「運河で溺れていました」
…………お前、自殺し損なっただけじゃないのか?
「失敬な!私が思うに、橋から落ちたりしたんだと思います」
寝ている間に?
「その通りです」
……お前、それも十分間抜けな話だぞ?
「自殺よりは格好が付きませんか?」
入水自殺の方が余程格好付く死に方と思うが。
「死ぬという行為に私は美学を見つけられません!」
一理あるな。しかし、お前はこんな言葉を知っているか?
「何ですか?」
有終の美。
「それと自殺に特に関連性は無いかと!」
人間、ピークかな、と思ったら死んだ方が良いぞ。
「十六の未来ある若者に言わないでください!」
ちなみに俺は、まだピークが迎えられていない。
「十分ピークですよ!十分壊れています!」
そうだったか。
「否定はしないんですね」
そろそろ、自分がおかしい事には気付き始めていたからな。
「二十九にもなってやっとですか!」
さっきも言ったが、周りが俺以上におかしいからな。
「何かもう、一周してすごく面白そうに思えて来ますよ!その組織!」
ああ、面白いぞ。だから、そろそろ行くか。ほら、負ぶされ。
「そ、それは良いです。流石にそれは、私のプライドが許さないと言うか……」
お前如きの安いプライド、犬に喰わせろ。
「安くありません!自分の境遇を知らなくとも、誇り高くありたいです!」
そういう発言が許されるのは王族っぽい奴だけだぞ。ちなみに俺は平民だ。
「別にロミオの事は聞いていません」
傷付くぞ。
「既に私が十二分に傷付いています」
ほう。
「はぁ、本当にあなたを相手にしていると話が長くなってしまいます」
会話が長く続くのは相性の良い証拠だぞ。
「ロミオの場合、どんな人相手でもべらべら喋れそうですが」
よくわかるな。
「そりゃあ、散々喋られた後ですから」
事後だな。
「変な事言わないでください!」
しかし、負ぶさるって案には弊害が出て来るな。
「やっと気付きましたか」
お前の安っぽい乳じゃ、いまいち柔らかさが楽しめそうにない。
「何ですか!安っぽい乳って!」
何と言うか、安いせんべい布団っ!みたいな。
「全くわかりません」
つまりお前が貧乳ってこった。
「これでも普通にはあると思いますよ!どれだけ理想高いんですか!」
さっき言った幼馴染が九十オーバーだからな、昔からそれが普通だったから、世の中の女は皆所謂巨乳と思っていた。
「狭い世間ですねぇ!」
最近気付いた。
「兎も角、私が相当身も心もボロボロなのは確かです。心はどう考えてもロミオにブレイクされましたが……ですから、手助けしてくれるのであれば、手を繋ぐぐらいで」
ガキか。
「散々子供扱いした上で言いますか」
どうも、さっきお前が言った安っぽい乳……じゃなくてプライドと、その希望が合致しない気がするが。
「ロミオは知らないかもしれませんが、女の子にとって手を繋ぐと言うのは、結構ポイントが大きい行動なんですよ」
何のポイントだ。
「こう、ラブ度っ!みたいな」
ギャルゲか?エロゲか?俺はいまいち、そういう世界を知らんが。と言うか、十八歳以下がエロゲするなよ。
「まだ何も言ってません!やっぱり、女の子はどこかそういうシチュエーションに憧れてしまうんですよ!ロミオは好みじゃないですけどね!」
じゃあ、何でんな事を命令するんだ。
「要請です。ただ、ロミオが良い人、優しい人という事はわかります。だからきっと、手を繋いでいたら安心出来る、と言うか……」
お前の中で勝手な美化が入っているかもしれないが、俺は犯罪者だ。大悪人、そこそこ悪人、ちょい悪人、同類と言える奴等は無数に殺して来た。お前に今見えている程、俺の手は白く無いぞ。
「それでも構いません。それでも、私はロミオが限りなく白に近い黒だと判断しましたから」
微妙な表現だな。まぁ、俺も完全に潔白だと言われる事は期待していなかったが。
「でも、ロミオは少なからず自分が正しいと思っているから、組織を抜けないのでしょ?」
その通りだ。だが、俺の手は本来お前の様な完全に白である人間に触れて良い程、綺麗でもない。握ったりしたら、それだけで感じるだろう。人を殺した感覚がへばり付いている手の平や、その奥に流れる汚れきった血を。
「そんなに自分を卑下しないでください。さっきまでのあなたらしくない」
俺は元々こういう人間だが、言っておくが、かなり暗いぞ。
「説得力は皆無ですけどね」
何を言う。
「それに、私もそこまで綺麗な人間ではなかったのかもしれません」
それは、ワルサー……PPKか。見たところ、弾倉の拡張がされている。黒塗装は、軍用だったか?
「懐に入っていました。皮肉な事ですね。自分の事はわからないのに、これの使い方は体が記憶しています。中を確認してみると、弾丸が三発入っているだけで、予備の弾は何処にもありませんでした。ただの盗品なのか、私の所有物だったかはわかりませんが」
前者であって欲しい……が、使い方が体に刻まれる程使い慣れているのなら……お前は、軍士官学生だったのかもしれないな。近頃出来た……武力偵察部隊だったか?その辺りかもしれないが。
「どうでしょう。でも、それなら私は人を撃つ感覚も、体が覚えている筈です。ロミオ、お互いが黒であれば、気が楽ではありませんか?」
学生が人を殺すか。血は流させるかもしれないが、俺程の罪は背負っていない。
「もう、さっきまでのアホなテンションは何処に行ったんですか。ネガティブなんて似合わない」
知り合って三十分足らずの人間が俺の全てを見てきた奴みたいに言うな。
「この二十数分は、十分ロミオの人生の縮図な気がします」
分かった風な口を利くな、十六の貧乳娘の癖に。
「貧乳は関係ありません!と言うか貧乳じゃない!!」
兎も角、俺はお前の様な乳臭い女に嫌悪される事を快楽とはしない。それに、お前にも不快な思いはして欲しくない。本当は嫌だろ?人殺しの手を握るだなんて、俺がお前程の年齢の頃だったら、死んでも願い下げだと言っていただろう。いや、二十九でもそう思うな。
「はぁ……こんな優しくて、温かい手の人を嫌悪する私が何処に居るんですか。むっ、意外と柔らかい。坊ちゃん育ちですね」
お、おいっ!
「ふふふ、ロミオだって慌てるんですね。ほーれ、こちょこちょ~」
お前な……不味い、お前があいつの幼少期に見えて来た。
「私は幼少じゃありません!」
じゃあ中小。
「企業じゃないですし!そもそも年齢は高校相当じゃないですか!」
では訂正、中高。
「中高年じゃないよ!」
孫の顔を忘れる中高年の皆さん。
「何かよくわからないけどウザイよ!」
……で、放さないのか?
「一度捕まえた獲物は、逃がしません」
…………はぁ。お前が握っていたいって言うなら、別にそれでも良い。意外と楽しんでるみたいだしな。
「そうですよー。もしかしたらお兄ちゃんが居たりしたのかもしれませんが、ロミオぐらいの男性で遊ぶなんて初めての経験ですから。記憶を失って以来」
そりゃそうだろ。……って、今俺で遊ぶと言ったか?
「はい、最高の遊び道具じゃないですか」
……お前、悪女だろ。本当は愛人に灰皿か何かで頭をぶん殴られて記憶を失ったんじゃないのか?いや、確実にそうだ。
「十六でそんな遊びしません!」
なら、処女って証明出来るか?
「そろそろ、セクハラで訴えますよ!」
だから金が無いだろ。
「今、ロミオの手を繋いだ状態で私が嫌がってる様な素振りを見せれば、強姦の現場の様に見えます」
安心しろ。全力で手を放して、地平線の遥か彼方まで投げ飛ばしてやる。
「それはそれで捕まりますよ!」
今投げたのは砲丸投げの弾です。
「自律行動している砲丸って何事ですか!」
りありてぃ?
「現実味が欠落しています!」
もう、何だかんだで三十分経ったな。さっさと行くなら行くぞ、砲丸。
「その名前を公式採用しないでください!」
ん、そういえばお前は何て名付けっけ?
「早速忘れましたか!道理で命名以来呼ばない筈です!何ですか!貧乳とか、乳臭いだとか……どれだけ乳に拘ってるんですか!そんなにおっぱい星人なんですか!」
お前、公衆の目の前だぞ?
「どうせ、イタリアの方に日本語はわかりません!」
詰めが甘いな。最近のイタリーオタクは日本の俗語ぐらいアホほど知ってるぞ。
「何か私のイタリアのイメージが崩れた気がします!」
しかし、何だった?適当に名付けた所為で、真剣に忘れたのだが。
「酷い!酷いにも程があります!ちょっと気に入ってしまった私が馬鹿みたいです!」
おら、行くぞ。レン。
「何か惜しいけど違います!そこで本当は忘れて無かったのさ~的なオチだと惚れ直しましたが、一気に好感度ガタ落ちですよ!素で忘れてやがりますか!」
何だった?ああ、睡眠で覚えてたから……
「自分から違うぞって言った方で記憶しますか」
ノンレムだったな。
「確信犯でしょ!?深い眠りって、どんな名前の由来なんですか!」
煩いぞ、ユウ。
「マテリ○ルゴースト禁止!!」
む、何故その名を知っている。
「わかりませんけど出て来ました!もしかしたら記憶の断片なのかもしれませんねぇ!何で日本のラノベのタイトルが出て来るのかわかりませんが!明らかに西洋人なのに!」
実はお前こそが、イタリーオタクだったのだ。
「信じてしまいそうで怖い!」
そうか、名前が必要だな。なら、俺が付けてやろう。
「ループし始めた!?何かロミオが積極的という面で一周目とは違いますが!」
和尚と書いて「ワショウ」ってどうだ?格好良いだろ?
「いきなりネーミングセンスが底辺まで落ちた!!」
よろしくな、ワショウ。
「認めない!私は断固として認めない!!」
どうしたワショウ、そんなに嬉しいか。
「どこをどう見たらそう見えるんですか!」
その可哀想な乳を見たら。
「やっぱり乳なんですか!!」
本当、無いな。本当に女か?
「この腕、折って良いですか?」
そうか、実は男の娘って、そういうジャンルか。
「身も心も女です!」
どうだかな。心は女、体は男かもしれんぞ。
「なら、ロミオの言うこの貧乳はどう説明するんですか!僅かですがありますよ!」
ヌーブラでも貼っ付けてるんだろ。
「見せてやりたい!今直ぐこの服を脱いでやりたい!」
いきなり露出狂宣言か。お前こそ強制猥褻で捕まるぞ。
「さっきからのロミオの発言も私の女としての尊厳とか、諸々を踏み倒している気もしますけどねぇ!」
ところで、周り見えてるか?お前。
「はい?…………う゛っ」
今の時間を音読してみろ。
「…………夜、十二時」
俗に何と言う?
「……深夜」
最初は良かったな。叫びつつも、案外声は自粛してた。しかし、訳を話してからはどうだ。何故か丁寧口調になって大人しくなったと見えて、実際その後の叫びは全く声を絞ってなかったよな。
「………………」
しかも、異国語とは言え、かなりヤバい事言ってたしな。
「…………うぅ」
あれを見ろ、あれは所謂機動隊って奴だ。ほれ、盾を構えてる。お前が銃をチラつかせたりしたのもマイナスに出たな。ありゃ、何かあれば殺る気だ。
「…………私、ここで射殺されるんですか?そうなんでしょ!?ロミオの所為で!!」
急にネガティブに叫ぶな!そして俺の所為じゃ全く無いぞ!これは神とか、天とか、諸々に誓って!
「あーもう!私なりのジョークだったのに何でロミオまでヒートアップしてるんですか!もうどうでも良いのは歴然ですけど!」
俺の手を放すな!玲霧!一気に逃げるぞ!!自警団の類は動いているが、軍隊は大丈夫な筈だ。奴等に公的権利は無いし、街の外にまで追って来れない!





 正直、ここまで最悪なファースト・コンタクトは無いよな。
 俺だって思う、これは「無い」。
最終更新:2009年09月29日 23:46