【1】「二つの頒布権」は存在せず、ただ単一の頒布権が存在するのみである
(頒布権)
第二十六条 著作者は、その映画の著作物をその複製物により頒布する権利を専有する。
2 著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。
(平十一法七七・見出し1項2項一部改正)
著作権法2条1項19号は頒布の定義を規定する。
十九 頒布 有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。
この文言から読み取れることは、映画の著作物の頒布権とは、公衆に提示することを目的とする譲渡、貸与を独占する権利を「含む」ものだけであるということである。つまり、映画の著作物の頒布権の中に、公衆に提示することを目的とする譲渡、貸与を独占する権利を含まないものはない。(
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映画の著作物については、(1)公衆への譲渡又は貸与することの独占権のみならず、(2)公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することの独占権をも認める。しかしそれは、単一の頒布権という権利によってである。
佐藤豊の論文によれば、平成14年最高裁判決は(1)と(2)を分け、映画の著作物について(1)ならば消尽を認め、(2)ならば(明言こそしないが)消尽を認めない、とする。しかし、以上の論理によれば、そもそも単一の権利であり、分けることは不可能である。分けることの正当性云々というよりも、そもそも分けることは不可能なのである。
【2】 頒布権は消尽してしまっては意味がない
映画の著作物に関して、譲渡の行方を支配するために作られた権利であるから、一度の譲渡で消尽してしまうと解することは出来ない。
以上【1】【2】から考えると、頒布権のうち消尽してしまう権利が存在するという解釈は取りえない。
しかし、分けることが不可能であるとしても、最高裁は、ゲームソフトの頒布権が消尽するとした。権利の内容を分けるのではなく、対象物の性質で分け、扱いを異にすることとした。
最高裁は、
特許権の消尽原則が認められていることを比較対象として提示し、著作物とその複製物の譲渡についても原則として「この理」は妥当するとする。「この理」(=消尽原則)が著作権にも妥当する根拠とは、以下のようである。
(ア)著作権法による著作権
者の権利の保護は、社会公共の利益との調和の下において実現されなければならないとこ
ろ、(イ)一般に、商品を譲渡する場合には、譲渡人は目的物について有する権利を譲渡人
に移転し、譲受人は譲渡人が有していた権利を取得するものであり、著作物又はその複製
物が譲渡の目的物として市場での流通に置かれる場合にも、譲受人が当該目的物につき自
由に再譲渡をすることができる権利を取得することを前提として、取引行為が行われるも
のであって、仮に、著作物又はその複製物について譲渡を行う都度著作権者の許諾を要す
るということになれば、市場における商品の自由な流通が阻害され、著作物又はその複製
物の円滑な流通が妨げられて、かえって著作権者自身の利益を害することになるおそれが
あり、ひいては「著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」(著作権法
1条)という著作権法の目的にも反することになり、(ウ)他方、著作権者は著作物又はそ
の複製物を自ら譲渡するに当たって譲渡代金を取得し、又はその利用を許諾するに当たっ
て使用料を取得することができるのであるから、その代償を確保する機会は保証されてい
るものということができ、著作権者又は許諾を受けた者から譲渡された著作物又はその複
製物について、著作権者等が二重に利益を得ることを認める必要性は存在しないからであ
る。
【3】最高裁は以上のように述べ、著作権が原則的に第一譲渡によって消尽することを説明した。
だが、最高裁が主張することは、自ら認めるように、「原則」でしかない。頒布権が認められる映画の著作物以外の著作物についてはこれが妥当するのは当然である。しかし、頒布権とは、その原則に対する例外として規定された、例外的に消尽しない権利なのである。つまり、最高裁は例外として規定された頒布権を、テレビゲームソフトについて存在しないものとして扱う、つまり、明文で規定された著作権法上の例外に対する、更なる例外を法解釈上設けるに必要な根拠を説明したわけではないのである。
確かに、映画の著作物の頒布権が規定された、その立法時の理由は、映画は上映されてからでは権利救済の効果が薄いことから、映画のリールが譲渡された時点で著作権侵害としなければならなかった、ということであった。しかし、だからといって劇場で公開するための映画とそれ以外の映画の著作物を区別することは、現行法の映画の著作物の規定ぶりからして不可能である。
【3-2】映画の著作物の頒布権は特別である。(作業中)
旧法からの改正の経緯からそれを説明する。旧法では、「著作者はその著作物を複製するの権利を専有す」という文言のみが著作権の内容を定めていた。
そして、複製権に録音、印刷などの有形的複製と放送、演奏、上演などの無形的複製が含まれていた。また、当時は人格権がなく、複製権が消尽してしまっては第一譲渡後には全く権利を及ぼすことができなかった。だから逆に、複製権が公表権などの役割を果たしていたのである。しかし、今や改正によって複製権は分割され、財産権と人格権になった。そして財産権のうち、頒布権のみが消尽しない権利として規定された。(
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財産権しかない著作権は、特許法と似てはいないか?
【4】権利の安定とは法解釈の安定である。
最高裁判例は上記引用の(イ)以下のように言う。要するに、特許の消尽原則を持ち出していることからして、消尽を認めなければ権利の安定、取引の安全が害されるというのである。しかしこれは詭弁である。
これまで映画の著作物には例外なく完全な(!)頒布権が認められてきた。ところが最高裁は、これを「解釈」によって消尽する頒布権のみが認められる場合があると変更したのである。これまで、司法、立法のいずれにおいても頒布権は消尽しないと解されていた。再譲渡に対しては権利行使が当然可能だったのである。つまり、権利は安定していたのである。著作物やその複製物の所有者に対して、再譲渡や貸与をするならば著作権者が権利行使をしうるという法的地位において安定していたのである。最高裁は、この判決を出すにあたって「自由に再譲渡をすることが出来る権利を取得する」と誤解して取引をなす、法を誤解する者への偏執的な肩入れによって、逆に権利の安定を覆したのである。そして、これまで論じてきた「区別」が最高裁判例による奇妙な解釈のみによって立つものであるという点でもまた、不安定なものであるといえるのである。
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ゲームソフトの映画的著作物性 |
映画の著作物性を前提としたときの頒布権の存在 |
頒布権の消尽 |
大阪地裁 |
○ |
○ |
× |
大阪高裁 |
○ |
○ |
○ |
東京地裁 |
× |
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東京高裁 |
○ |
× |
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最高裁 |
○ |
○ |
○ |
三山裕三著作権法詳説p.204より引用。項目名につき改変。
リンク集
佐藤豊の論文 「ビデオソフトの中古販売につき頒布権侵害が否定された事例」 知的財産法政策学研究 Vol.5 (2005)
最終更新:2006年12月06日 12:28