「(さて、どうするか)」

ここは、常盤台学生寮にある女子トイレの中。食堂の近くにあるこのトイレの一室に、界刺得世は居た。ちなみに、着ている服は赤外線によって乾かした。

「(ちょっと、派手にやり過ぎたな。やっぱり、少しでも『本気』を出すとやり方がどキツイものになっちゃうな。久し振りだったせいもあるかな?)」

時刻は、午後6時を回っている。もうすぐ、寮でパーティーが開かれる予定となっていた。

「(あんだけ常盤台のお嬢様達を恐がらせちまったからな。実際に、何人かは深手を負わせたし。大事になる前に、何とかこの寮から脱出する方法を・・・)」

そんな思考中に、トイレの扉が開いた。足音は数人。もちろん、誰が入って来たのかは『光学装飾』ですぐに看破した。

「・・・界刺さん」
「・・・得世様」

トイレに入って来たのは、先程の金束との戦闘中に界刺へ反抗しようとした一厘と真珠院。何と、2人共にドレス姿であった。トイレなのに。

「(・・・さすがの俺も、トイレにドレスは無いわ~)」

そんな感想を抱いていると、真珠院が界刺の入っている一室のドアに手を触れる。



バコッ!!



『念動使い』によって、ドアが強制的に外される。

「・・・人がトイレに入っているのにドアを無理矢理開けるなんて、お嬢様として許される行動じゃ無いね」
「・・・あなた様と付き合うためには、これしきのことで揺るがない精神力を身に付けなければならないと痛感させられましたので」
「界刺さん。本当にすみませんでした。私達の早とちりのせいで・・・」
「・・・申し訳ありませんでした」
「別にどうってこと無いよ。あんな場面を見たんじゃ、体が勝手に動くこともあるでしょ。それだけ、君達の正義感が強いって証でもあるし」

一厘と真珠院が頭を下げる。2人の謝罪に、界刺は特段気にする風でも無く淡々と応じる。

「“常盤台バカルテット”の娘達は、どんな感じだい?」
「傷の度合いは中程度と言った所ですね。入院する程のものでは無いです」
「そうか・・・」

あの4人の容態がそこまで重くないことに、少しホッとする界刺。そんな彼の手を、少女達が掴む。

「私達と一緒に来て下さい、界刺さん」
「得世様。あなた様を、今夜のパーティーへご招待致します」
「・・・いいのかよ?俺は、10人もの常盤台生を色んな意味でボッコボコにした男だぜ?他の連中も、俺がパーティーへ参加することに納得しているのかよ?」
「・・・最初は恐がっていた娘達も多かったです。だけど、金束が説得してくれたんです。
『アイツは、最初からアタシ達を殺すつもりなんて無かった。この傷は、全部アタシ達の自業自得だ』って」
「へぇ・・・。あの娘が・・・」
「金束様の必死の説得もあって、無事得世様のパーティー参加が認められたんです」
「・・・ちなみに寮監さんは何て言ってた?」
「『やり過ぎだ』と怒られていました。唯、『“講習”に参加した者達全てが、何処かしら雰囲気が変わった』とも仰っておられました」
「界刺さんが、私達常盤台生へ闇雲に暴力を振るったわけじゃ無いことは寮監にも伝わっていたみたいです。
『今回は特例的にお咎め無しだ』と、何処か満足気な雰囲気で言っていましたよ」
「そうか。それは、何よりだ」

界刺は、額から流れる冷や汗を拭う。常盤台の寮監はヤバイというのは形製から知らされていたので、“講習”の処遇について寮監が下す判断には気を揉んでいたのだ。

「さぁ、行きましょう」
「・・・バックれるのはアリ?」
「無しです」
「だって、俺ってこんな服装だし。君達がそれだと、他の連中もドレスとかなんだろ?俺だけ、場違い感がバリバリじゃね?」
「ご心配には及びません。得世様の衣装は、既に取り寄せております」
「はっ!?」

真珠院の発言に驚く界刺。

「私の使用人が、すぐ近くでスタンバイしております。得世様には、そこで着替えて頂きます」
「えっ!?君って寮生活だよね!?」
「私の実家は、学園都市のすぐ外にあるんです。苧環先輩が、お昼の時点で今日のパーティーは正装で行うと寮監様へ直談判されたので、
その時点で家に連絡を入れ、超特急で服を持って来させました。
何故か、お父様やお母様、果ては使用人達もノリノリでしたので、すぐにお許しが出ました。では、一厘先輩」
「うん。さぁ、早く行きましょう、界刺さん!」
「・・・何か気が進まないなぁ」

とまぁ、こんな感じで界刺のパーティー出席が確定したのである。






「一厘達は、うまくやっているかしら?」
「バカ界刺の性格的にこういう場は余り好きじゃ無いとは思うけど、ガン無視ということは無いと思うよ?」
「収まれ・・・収まれ・・・私の鼓動・・・!!」

ここは、パーティー会場。正確に言えば、パーティー用に模様替えを行った食堂である。
今はキャンドルの火が、各テーブルに灯っている。電灯は、もちろんOFF状態である。所謂、雰囲気作りというものだ。

「鬼ヶ原さん!ファイトです!!」
「やっぱり、この座席配置は仕組まれたものなのね」
「そのようですね。遠藤、これから面白いものを見ることができるわよ?」
「本当ですか、マーガレット様!?え、遠藤は何だかドキドキワクワクして来ました」

ここに集う常盤台生は、寮監の許可も出たことから全員ドレス姿に身を包んでいる。色とりどりの鮮やかな服装は、少女をオトナの女性へ変貌させるかのようだった。

「金束さん。銀鈴さん達は・・・」
「希雨達は、さすがに出席は無理です。本当はアタシも参加するつもりは無かったんですけど、希雨達が強く薦めて・・・」
「あらあら、それだけの元気があれば回復も早いでしょうね」

主賓が来場するまでヒソヒソ話を展開する少女達。その最中に・・・主賓が到着する。



ギイィッ!!



食堂の扉が開かれ、そこから一厘と真珠院が姿を現す。何故か2人の後ろには光球が存在していたが、それを発生させている人間にはすぐに目星が付いた。
後方から照らされ、少女達の表情は影に覆われている。そんな2人が、脇に身を引いた。スカートの裾を持ち、お辞儀をするかのような姿勢を取る。
まるで、この後に現れる誰かに道を譲るような振る舞い。そして、僅か遅れてパーティーの主賓がその姿を現す。






オオオオォォッ・・・!!!






青紫のカッターシャツに臙脂色のネクタイ、漆黒のスーツ等を身に纏い、肩にロングコートを羽織る碧髪の男。
後方から光球に照らされ、どこか神々しい程の佇まいを醸し出すその男の顔は、やはり影のせいでイマイチ判別が付かない。
だが、キャンドルの灯り以外の光源が無い会場において彩鮮やかなキラキラした光を放つ男の姿は、少女達の目を、息を、鼓動を奪うのに十分だった。



カツン!カツン!



碧髪の男は、ゆっくりと歩を進める。付き従うは、一厘と真珠院。少女達は、男が近くに来ることでようやくその顔を拝見することが叶う。
胡散臭い笑みを浮かべた顔でも、どこかおちゃらけた顔でも、自分達を恐怖に陥れた凶悪な顔でも無い。
精悍な顔付き。真剣な表情。仄かに香る香水。その姿から感じるのは、女性を虜にする男の色気。
羽織るロングコートを揺らしながら堂々と歩く姿は、彼がこのパーティーの主役であることを否が応にも示していた。
少女達の視線を一身に受ける中、碧髪の男―界刺―は自分に宛がわれた座席にまで到達する。

「ここで・・・いいの?」
「は、はい!ど、どうぞ!」
「うん」

一厘へ再確認した後に、座席に座る界刺。僅かに香る香水の匂いが、少女達の鼻腔をくすぐる。その後に、一厘と真珠院も界刺と同じテーブルに着く。

「何か、こういう堅苦しい場には余り参加したこと無いから変な感じだな。
この服装も、珊瑚ちゃんの使用人達に勝手にチョイスされたヤツだから、何だか着慣れないなぁ」
「(界刺さん・・・。まさか、こんなに格好いい人だったなんて。
いや、中身が格好いいのは知ってたけど。・・・何時ものファッションセンスがおかし過ぎるんだわ!!)」
「(・・・!!フフッ、寮監に直談判した甲斐があったわ。・・・素敵よ、界刺さん!!)」
「(こ、これがあのアホ界刺なのか!?か、かか、格好いい・・・!!)」
「(フッ、さすがは私の使用人達のセンスと言った所かしら?得世様の魅力を十二分に発揮する衣装ですわ!!)」
「(界刺様・・・!!・・・ポッ!!)」
「・・・何ジロジロ見てんの?何か、この衣装に文句でも?」
「「「「「(ブンブン)」」」」」

文句なんてあろう筈が無い。文句無しに似合っている。それは、この場にいる全ての少女達の共通見解だ。
これが普段の界刺のファッションセンスだと、緑のカッターシャツ・ピンクの蝶ネクタイ大バージョン・白黒縞々のスーツ・黄色のスニーカー・野球帽という、
常人には考えが及ばぬ、有り得ないにも程がある組み合わせになるのだからお話にならない。素材はいいのに、センスが全てを台無しにしている。

「あの殿方は、あれ程までに素敵な方だったのですか・・・!!」
「日中とは全然雰囲気が違う・・・!!さすがは、私達常盤台生を何人も打ち破った男。やはり、それ相応の品格と威容を兼ね備えた男だったのね」
「・・・クッ!!何よ、この胸の高鳴りは!!ま、まさか、この私があの男に見惚れてしまったっていうの!?・・・・・・界刺得世・・・か・・・」

そんな普段の界刺を知らない常盤台生達は、碧髪の男が醸し出す男の魅力に囚われる。
今日1日で界刺の実力を嫌と言うほど感じさせられた少女達は、気付かぬ内に自分の心を鷲掴みにされる感覚に陥る。

「あぁ、腹が減った。仮屋様や『食物奉行』じゃ無いけど、ご飯まだ?」

そんなこととは露知らず、界刺は食事を催促する。これを、素でやっているのか確信犯的にやっているのかを判別できない。
この男の有り様、ここにありという具合である。

「そ、そうですね。もうすぐ運ばれて来ると思いますよ」
「マジ?あんがと、リンリン」
「苧環・・・何だか周囲の雰囲気が変わって来てない?(ボソッ)」
「やっぱり、そう思う?何だか、周りの熱気がグングン上がってるというか(ボソッ)」
「鬼ヶ原さん。この後の“アレ”・・・お互い頑張りましょう(ボソッ)」
「はい。精一杯頑張ります(ボソッ)」
「あっ!来た!」

とまぁ、そんなこんなで食事も運ばれて来たことにより、皆一様に食事に取り掛かった。
界刺は、この時幸福の絶頂に居た。思わず唸ってしまう料理の数々を堪能し、周囲の少女達とも楽しげに会話を行う。
こういうパーティーも悪くは無いとまで思うようになった。だが・・・この後、界刺にとって避けては通れない“アレ”が待ち構えていたのである。






「ハァ・・・美味しかった。さすがは、常盤台の食事。んで・・・そろそろパーティーはお開きかな?」

ナプキンで口を吹き、界刺は膨れた腹を摩る。

「「「「「・・・・・・」」」」」
「うん?どうしたの、君達。急に黙り込んじゃって」

界刺は、同じテーブルに座る少女達に怪訝な視線を向ける。一厘、苧環、形製、真珠院、鬼ヶ原のいずれもが緊張した面持ちへと表情を変えていた。

「「「「「・・・・・・」」」」」
「(・・・な、何か嫌な予感がする。変な胸騒ぎがする。こういう展開で、俺が得したことなんて一度も無ぇし。こいつ等・・・何か企んで・・・)」
「それではー!!パーティーを締め括るに相応しい、“想い人への告白タイム”へと移らせて貰います!!
司会進行役を務めるサニーこと月ノ宮向日葵です!!どうぞ、よろしくお願いします!!!」
「「「えええええぇぇぇっっ!!!!!」」」
「な、何ぃー!!??」

何時の間にやら会場の中心に立っていた月ノ宮が、マイクを片手に“想い人への告白タイム”開幕を宣言する。
これは、一部の常盤台生しか知らなかったこと。故に、大半の少女達は驚愕の声を挙げる。
常盤台に通う少女達にとって、“想い人”とは“男性”のことを指す。ここに居る“男性”は、界刺唯1人。
そして、彼が座るテーブルには界刺に恋心を寄せる少女達5名が居た。

「“想い人”は、すなわち界刺得世様!!告白を為されるのは、一厘鈴音様、苧環華憐様、形製流麗様、真珠院珊瑚さん、鬼ヶ原嬌看さん、以上5名となります。
今ここに、愛の告白が為される!!皆様方は、そんな告白に立ち会った証人となられるのです!!!」
「サ、サニー!!何ノリノリで、とんでもねぇことを言ってやがる!!こんな大人数が居る場所で告白を受けるなんて、羞恥プレイもいいトコだ。ここは・・・ムッ!?」

界刺は、彼が言う所の羞恥プレイから逃れるために席を立とうとする。だが、その腕を両脇に座る形製と苧環が掴む。絶対に離さないという意思を込めて。

「・・・逃がさないから。バカ界刺・・・」
「・・・あの時は色々騒がしかったから。今回は・・・きちんと告白します」
「(こ、これは!!な、何ちゅー目を俺に向けて来やがる!!)」

形製と苧環の潤んだ瞳が、界刺に向けられる。

「・・・界刺さんが逃げない内に早く始めようか、皆?」
「あら、私も一厘先輩の意見に賛成です。得世様・・・お覚悟を」
「界刺様・・・。よろしくお願いします」
「(こ、これは・・・!!珊瑚ちゃんの『念動使い』か!?く、くそっ!!体が動かねぇ!!)」

真珠院の『念動使い』によって動きを封じられた界刺は、否応無しに“想い人への告白タイム”への突入を余儀無くされたのである。



「それじゃあ、まずはあたしから・・・」
「(や、やっぱパワー型の念動力系はとんでも無ぇ!!全然動けないっつーの!!)」

椅子を移動し、会場中心へ移動した界刺達6名はスポットライトを浴びながら告白へと移ろうとしていた。
周囲の少女達は、携帯のカメラ機能を使い写真や動画等を撮影しようと躍起になっている。やはり、女は恋バナに食い付く生き物である。


ピタッ!


「!!」
「界刺・・・。ちゃんと、あたしの目を見て」

形製の両手が、界刺の両頬を掴む。互いの吐息が触れる距離まで近付けた形製の顔は、真紅に彩られていた。

「あたしは、君が好きだ。好きで!好きで!!好きで堪らない!!!君と共に居たい!!君が隣に居てくれなきゃ嫌だ!!
君になら・・・あたしの全てをあげてもいい。この形製流麗の全てを、君に贈るよ。それを・・・今ここで証明する!!・・・(ムニュ)」
「(ムニュ)・・・!!形製・・・」
「これで、2度目だね。今回も、これで約束を交わしたよ?君になら、あたしの・・・あたしの唇も、体も、何もかもあげる。それだけの・・・覚悟はある!!」
「・・・!!」

形製の真剣な言葉を、界刺は耳に聴く。少女は、言いたいことを全て言い終えたからか、何処か晴れやかな表情を浮かべていた。



「あたしの告白は以上!!じゃあ、次は真珠院だ」
「わかりました」
「(えっ?こ、こんなのが後4回も続くの!?)」

形製に促され、次に真珠院が界刺の前に立つ。

「得世様・・・。私は、あなた様と今日お会いしたばかりです。なので、あなた様については今日限りの知識しかありませんし、印象も同様です。
本当ならば、告白という人生でも最も重要な行いをするべきでは無いのかもしれません。いえ、本当はしない方がよろしいのでしょう」

真珠院は、手を強く握る。今自分の心の中にある想いを、目の前の男へ正直に話す勇気を振り絞るかのように。

「ですが、私にとって今日という1日は、今まで生きて来た人生の中で最も衝撃的でした。
あなた様に触れられ、あなた様に罵倒され、あなた様に傷付けられ、あなた様に導かれ・・・あなた様に恋をした。
あなた様の有り様、あなた様の在り方、あなた様の信念・・・この真珠院珊瑚の瞳には、どれも強く焼き付いた尊き物です」

世間知らずで、能天気で、己の能力の在り方に悩みながらも淡々と過ごして来た日常を、この男はぶち壊した。鮮烈そのものと言ってもいい、そんな男に自分は恋をした。

「今まで必死になったことが一度も無い私を、あなた様は叱咤激励し導いて下さった。自分に眠る可能性に、あなた様が気付かせてくれた。
それだけで・・・私はあなた様へ告白するのに十分な源を得ることができました。私は、これを一過性のもので終わらせたくは無い。
だから・・・これはあなた様へ贈る気持ちであると同時に私自身への誓いでもあります。どうか、受け取って下さい・・・(ムニュ)」
「(ムニュ)・・・!!」

真珠院の唇が、界刺の唇と重なる。



「・・・では。苧環先輩、どうぞ」
「わかったわ」
「(な、何この流れ!?ま、まさか告白の度にキスをするってんじゃあ・・・!!)」

3番目に告白するのは苧環。顔を赤く染めながらも、確と真正面から対峙する。

「華憐・・・」
「・・・界刺さん。好きよ。(ムニュ)」
「(ムニュ)・・・!!」

速攻だった。苧環が、自らの唇を界刺の唇に押し付ける。そして・・・

「ングッ・・・ペロッ・・・ヌグッ・・・ピチャッ・・・」
「(し、舌を・・・!!?)」

自らの舌を界刺の口内へと突っ込み、界刺の舌と絡ませる。卑猥とも言われる音が、静まり返った会場に響き渡る。
界刺と苧環の舌が絡まり合い、唾液が互いの口を移動する。何時しか苧環は界刺の顔を手で押さえ、その動きを激しくさせた。
口の動きに釣られる様に、体全体も激しく揺れる。苧環は目を瞑り、唯々界刺の味を欲するように舌を動かし貪り尽くす。
その行為は、2分もの間絶え間無く続いた。さすがに疲れたのか、苧環が界刺の口から舌を抜き、唇も退く。その瞬間、唾液による糸が垂れ下がった。
それ程の接吻であった。

「ングッ・・・。ハァ・・・ハァ・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・。お、おい」
「ハァ・・・ハァ・・・何?」
「ハァ・・・ハァ・・・俺が動けない状態だからって、好き勝手やり過ぎなんじゃねぇか?」
「ハァ・・・ハァ・・・これくらい激しくないと、あなたには伝わらないと思ったから。これなら、嫌でも私の気持ちは理解できるでしょ?」

口を拭う苧環は、赤みを増した顔のまま言葉を発する。

「・・・もしかして、独占欲が強いタチ?」
「えぇ。昔から手に入れたいものがあれば、どんな手を使っても手に入れようとしていたから。今じゃあ、それもうまく行ってないけど。
でも、もう嫉妬とかはしないわよ。少なくとも、あなたに関しては。あなたがモテるのは身に染みてわかってるし。だから、私も遠慮はしない。
あなたを振り向かせるためなら、何だってやる!!あなたが“答え”を出すその時まで、私は私の魅力をあなたに見せ付ける!!」

1人の女として、苧環は界刺へ言葉を放つ。これは、告白というよりも宣言と言った方がいいかもしれない。

「あなたのことを考えると、中々冷静で居られなくなるわ。こんな気持ちは初めて。でも、気持ちいいの。あなたのことを考えると、心が温かくなる。
私の心が、はち切れんばかりに訴えかけて来るの。『もっと、界刺さんにアピールするんだ!!』とか『界刺さんの好みとかチェックした方がいいんじゃない?』とか。
他にも色々あるけど、皆あなたのことについてばっかり。だから、覚悟してね!一度こうって決めた苧環華憐は、絶対に止まらないから!!」



そう言い残し、苧環は席を外す。4番目に来たのは、鬼ヶ原であった。

「あの・・・大丈夫ですか、界刺様?」
「・・・君くらいだよ、嬌看。今ここに居る女連中の中で、俺の体を気に掛けてくれる娘は。
まぁ、いい。君は、君のしたいことをすればいい。もう、あれこれ考えるのは止めだ。ここまで来たら、何でも受け入れてやる」

既に真っ白状態になり掛けている界刺の厚意に甘え、鬼ヶ原はポツポツと話し始める。

「私は、ずっと男性不信でした。『発情促進』によって、特に男の方が私に襲い掛かって来る。だから、私は常盤台へ入学しました。男の方と触れ合う機会を失くすために。
でも、そんな目的が半年も経たない内に無くなるとは思いませんでした。
それどころか・・・その男の方に初恋をしてしまうなんて、入学当初の私には想像できないことでした」

初恋。初めての恋。今日初めて会ったばかりの男に、恋心を抱いてしまった。

「もしかしたら、心の何処かで男の方を求めていたのかもしれません。異性との関わりを絶つことに納得していない自分が、何処かに居たのかもしれません。
そんな時に現れたのが、界刺様でした。あなたは、たった数時間で私に関わる様々なことを変えました。それも、良い方向ばかりに」

男性不信が、少しずつ改善し始めた。友達ができた。自分の為すべきことが、わかり始めた。それ等全ての切欠になったのは、碧髪の男の言葉と行動。

「私は、あなたに恋をしました。あなたの誠意と行動が、私の心を動かしました。
でも、私はまだあなたのことを全部は知りません。あなたも私のことを全部は知らないでしょう。
だから・・・あなたのことを私はもっと知りたい。私を、あなたにもっと知って欲しい。その気持ちを込めて、私のファーストキスをあなたへ贈ります。・・・(ムニュ)」
「(ムニュ)」

恐る恐るといった感じに、鬼ヶ原は口付けを交わす。“間接キス”では無い、正真正銘のキスを自分が恋する男に対して。



「で、では一厘先輩・・・。どうぞ」
「・・・・・・」
「リンリン・・・」

ラストに告白するのは、一厘。だが、少し様子がおかしい。

「・・・・・・」
「・・・?どうした、リンリン?さっきまでの娘みたく告白しないの?」

バッチカモーン状態の界刺が訝しむ中、一厘はようやく声を発し始める

「何だか、場の空気に乗せられてたみたいです。いざここに来ると、何を話せばいいのかわかんなくなっちゃいました」
「・・・んふっ、リンリンらしいな」
「・・・まさか、こんなことになるなんて夢にも思いませんでしたよ。あの日、成瀬台へ向かわなければあなたと出会うことも無かったかもしれません」

成瀬台支部の面々に偶然出会ったがために、一厘はあの日成瀬台へと向かった。本当ならば、居る筈の無い場所。そこで、邂逅した男性。

「色々ありました。あなたに出会う前後から、私の生活は激動の時期に突入しました。
あなたが知っていること、あなたの知らないこと、笑って、泣いて、怒って、悲しんで、苦しんで、そして・・・楽しんで。
すごく、すごく重たいことの連続でした。自分が何をすべきなのか、自分は何処に居るのか、自分は正しいのか、自分は間違っているのか・・・。
色んな人に支えて貰いました。色んな人とぶつかりました。傷付きました。懺悔しました。自分の愚かさを、何回も何回も思い知らされました。
もう諦めちゃおうか・・・もう屈しちゃおうか・・・そう思ったことも何回もありました。
信じられない、信じたくないことの連続で、思わず挫けそうになったこともザラにあります」

それは、告白と言うよりも述懐と呼ぶべき代物か。それだけ、この短期間で体験したことが余りにも膨大過ぎたのか。

「・・・でも、そんな時に何時もあなたの存在が私を支えてくれたんです」

具体的に思い出すわけでは無い。姿や言動を何時も頭に思い浮かべるわけでは無い。そんな暇や心理状態になることの方が、圧倒的に少ない。
何時もギリギリまで追い詰められ、目の前に立ち塞がる非情な現実に叩きのめされ、もう駄目だ、もう無理だ、もう終わりだと思う寸前で碧髪の男が自分の中に現れる。
ある時は言葉で、ある時は行動で、ある時は胡散臭い笑みで自分の心を無理矢理“飾り付ける”。
無遠慮に、無造作に、無理矢理に自分の心を彩る、鬱陶しいまでに自己主張が激しい光。
でも、自分の抱く闇や影に自分自身が飲み込まれそうになった時に、それ等を力尽くでねじ伏せる偉大なる光。
自分も巻き込まれてねじ伏せられることがあるのが玉に瑕だが。

「1つだけ質問してもいいですか?」
「・・・何?」
「あなたは、何で私の心に染み付いて離れないんですか?」
「知るか。というか、人を服に付いたシミみたいな言い方してんじゃ無ぇよ」
「あなたは、何で私の心を蹂躙するかのように無理矢理“飾り付ける”んですか?」
「だから、知らね。・・・あれっ?質問は1つだけじゃあ・・・」
「あなたは、何でそんなに自己主張が激しいんですか?
私の心の中にまで現れて、好き勝手に自己主張した挙句、自信満々に去って行くんですけど?私の都合一切ガン無視で」
「・・・俺ってそんなに自己主張激しいかな?確かに自己主張はするけど、激しいと言われる程じゃ無いような・・・」
「ありがとう・・・ございました・・・!!!」
「!!」

少女は礼を述べる。自分を支えてくれた男へ、今一度自分の感謝の念を伝えるために。

「あ、あな、あなたが・・・ングッ、居なかった、ら・・・ヒック。
わ、私、はとっく、の昔・・・につ、潰れ、て・・・ゴホッ、ゴホッ!・・・いた筈・・・で、す」

本当に自分は泣き虫だと、一厘は思う。こんな時でさえ、満足に告白することができない。
“泣き虫リンリン”という渾名は、名付けられるべくして名付けられたとも思う。

「こ、こん、こんなわ、私が・・・ヒクッ・・・ほ、本当、はあ、あな、あなたにふ、ふさわ、しいか・・・ングッ・・・わ、わた・・・」
「鈴音!!」
「!!」

界刺の大声が、会場に木霊する。


『私は、あなたにふさわしくない汚れた女。でも、あなたが居ないと私は私でいられなくなる。殺すなら今の内ですよ、界刺さん?あなたに殺されるのなら、私は本望です』
『君の考えはよ~くわかった。だったら・・・君の世界をこの界刺得世が思いっ切り広げてやる!!俺の命に懸けて、君の世界を色とりどりに飾り付けてやるよ!!』


「・・・お前は俺に告白するためにここに居るんだろ?だったら、何時までも泣きべそかいてんじゃ無ぇ!!
お前は、俺と出会って救われたんだろ!?少しは変われたんだろ!?だったら、その姿を俺に見せ付けてみろよ!!
俺の自己主張に負けないくらいの“飾り付け”ってヤツを、この界刺得世に見せ付けてみろよ!!
丁度、ここはパーティー会場だ!!観客には困らねぇ。さぁ、一厘鈴音の晴れ舞台だ!!
お前の『自分の在り方』を、俺に、観客に、この世界に思いっ切り見せ付けてみろよ!!!」
「界刺さん・・・!!(ゴシゴシ)・・・わかりました。ス~。ハ~。・・・行きます」
「おう!!ドンと来いや!!」


行こう。自分の足で。


「界刺得世さん!!私一厘鈴音は!!あなたのことが好きです!!大好きです!!」


伝えよう。自分の口で。


「あなたのことを、私はもっと知りたいです!!私のことを、あなたにもっと知って欲しいです!!」


届けよう。自分の言の葉を。


「あなたに受けた数々の罵倒!!駄目出し!!からかい!!それ以外も全部、今の私にとってはかけがえの無い宝物になりました!!」


伸ばそう。自分の手を。


「あなたが居ない世界なんて嫌です!!あなたが居ない生活なんて嫌です!!生きて・・・どうか生きて・・・生き抜いて下さい!!」


交わそう。自分の唇と、この人の唇で。


「私の想い・・・全部込めます!!受け取って下さい!!・・・・・・(ムニュ)」
「(ムニュ)」


そうして、一厘は界刺にキスをする。短くも長いその一瞬が永遠に感じられる程、この光景は見事なまでに飾り付けられていた。






「それじゃあ、これにて“想い人への告白タイム”は終了です!!皆様、勇気ある告白を為さった女性達に大きな拍手を!!」



パチパチパチ!!!



「・・・何だか、今まで告白した4人の言葉を取って引っ付けたような告白だったね、泣き虫リンリン?」
「うううぅぅっ!!!」

月ノ宮が“想い人への告白タイム”の終了を宣言し、会場が大きな拍手に包まれる。そんな中、界刺が最初に発した言葉は一厘の告白に対する駄目出しであった。

「しっかしまぁ、これで一時に5人から告白とキスを貰ったって形か。何ていうか、前までの俺じゃあ想像もできなかった光景だな」
「・・・やけに冷静ですね」
「そりゃな。君等には悪いとは思うけど、こうまでして貰っても俺は君達に“ソッチ系”の感情が湧き上がらねぇ。まぁ、他の女の子に対してもそうだけど」
「・・・どう思う、皆?」
「・・・根が深そうだよね」
「・・・押して押し切る戦法は?」
「・・・逆に悪化しませんか?」
「・・・私は他人事じゃ無いので、界刺様の苦しみは理解できます」

界刺の言葉を受けて、一厘、形製、苧環、真珠院、鬼ヶ原は顔を見合わせる。予想はしていたが、やはりといった具合である。

「似たような経験者が居るから、余計に界刺さんに強く出れないよねぇ。本当だったら、こんな告白合戦になるわけが無いし」
「これで、バカ界刺が女性不信状態じゃ無かったらボッコボコにしてやるんだけど。そういうわけにも行かないし・・・」
「もしそれをすれば、かえって悪化するかもしれない・・・と。しかも、原因が私達女性にある。・・・界刺さんに迷惑を掛けてしまった代償かしら?」
「まぁ、昨日のことを聞いても不幸度がとんでもないことになっていると感じざるを得ませんし。得世様の場合は、徐々にやるしか無いのかもしれません」
「・・・それでも、皆さんは界刺様から手を引くつもりは無い・・・ですよね?」
「「「「もちろん!!!」」」」
「フフッ。界刺様は、本当はとても幸運な方なのかもしれませんね。こんな素敵な女性の方々に想われているんですから」
「君もだよ、鬼ヶ原?」
「・・・はい!」

告白者達が勝手に盛り上がる中、『念動使い』が解除された界刺は1人思う。

「(・・・女性不信にばかり責任を押し付けてちゃ駄目だな。じゃないと、この娘達の気持ちを踏み躙ることになる。俺も、少しは真剣に考えないといけねぇな)」

視線の先に居るのは、今後の方針(デートプラン)について協議している形製達。彼女達の表情は、すっかり恋する乙女のソレになっていた。

「(このことを知ったら、桜の奴も告白して来そうだな。全く、色んな約束が同時期に一気に増えたもんだ。
これじゃあ、オチオチ死ぬわけにも行かなくなった・・・・・・)」

そして、気付く。何故、彼女達が急に“想い人への告白タイム”を開催したのかを。

「(・・・チッ。そういうことか・・・。自分は今に死ぬみたいなことを、俺が言ったからか。そんで、それをどうにかするためにこんな告白合戦まで開いたのか。
つまり、告白っていう大事なモンを俺の都合に合わせたってのか。・・・ギリ、ギリリ・・・!!)」

歯軋りする程歯に力を入れる。理由は、己の不甲斐無さ。自分へ恋心を抱く少女達に、思いっ切り気を使わせたことに対する不甲斐無さ。

「(こりゃあ・・・あの殺人鬼には絶対に負けらんねぇ!!こいつ等の気持ちを絶対に踏み躙るわけにはいかねぇ!!
早く“超近赤外線”を習得しないと。今の完成度は、7~8割方って言った所か。・・・後数日で完璧にしてみせる!!そのためには・・・)」

あの殺人鬼に対する対抗策。秘策中の秘策であるそれを早急に完成させるために、界刺は行動を開始する。

「悪ぃ。俺、ちょっと急用ができたから、これでお暇させて貰うよ?」
「バカ界刺?」

その声に最初に反応したのは形製。

「珊瑚ちゃん。この服は、後でちゃんとクリーニングして返すから」
「得世様!?い、一体どちらへ・・・?」
「界刺様!?」

真珠院や鬼ヶ原の疑問の声が聞こえる。他の少女達も、界刺に視線を向ける。そんな中、界刺は断言する。






「これから涙簾ちゃんとデートするんだ」






会場内が一気に静まり返る。コノオトコハイマナンテイッタ?

「ちょっと、彼女に会わないといけない理由ができた。こりゃあ、しばらくは俺の寮に泊り込んで貰わないといけないかも。
まぁ、夏休みだし大丈夫だろ。あの娘は、まず俺の頼みは聞いてくれるし。時間は・・・。
よし、まだ花盛寮の門限までには時間があるな。これなら外出許可も・・・うん?」

独り言のようにブツブツ呟く界刺に対して、殺気に近い敵意を向ける少女達。主に告白者の5名が。

「・・・そういえば、その涙簾って娘は界刺さんにとって“特別”らしいわよ?」
「「「!!?」」」
「な、何だって!?み、水楯さんがバカ界刺の“特別”!?」
「えっ!?形製さんも知らないんですか!?」
「し、知らないよ!!確かに、水楯さんはアホ界刺のこととなると雰囲気が様変わりするけど・・・!!バカ界刺!!一体どういう・・・」
「・・・『テメェ等』が知るようなこっちゃ無ぇ。華憐・・・俺はそう言った筈だよなぁ?もう忘れたのかよ?あぁ?」
「「「「「・・・!!!」」」」」

それは、『本気』の瞳。殺気さえ漂わせるその視線が、あらゆる反論を封じる。

「・・・んふっ!俺と付き合いたけりゃあ、そこら辺の見極めもちゃんとしなきゃなんないぜ?俺は・・・容赦しないよ?いいね?」
「「「「「(コクンコクン)」」」」」
「OK。そんじゃ、行こうかね」

そう言って、界刺は会場の扉の方へ歩を進める。

「今日1日だけだったけど、結構面白かったよ。常盤台に通うお嬢様の在り方とかも見ることができたし。
『大覇星祭』の件については、俺は知らないから。意気込むのは勝手だけど」

碧髪の男は、少女達に振り返らない。背中越しに語りかけるだけ。その姿が・・・とても大きなものに見えた。

「名門常盤台中学・・・か。皆、ここへ入学するのには相当な努力をしたんだろうね。
一般の男子校に入学した俺には、その努力の重みっていうのは理解し切れないけど。
でも・・・その努力を自分で否定しちゃいけないよ?君達が常盤台(ここ)に入った意味は、
何も大きな派閥を作ったり、レベルを上げて名声を得るためとかばかりじゃ無い筈だ。
レベルの高低とか、派閥の規模とか、そんなものだけに縛られるっていうのは勿体無いぜ?そんなものだけを基準にして腐ってちゃあ、人生楽しめないよ?
普通の学生生活を送ったり、友達と遊んだり、バカやったり・・・そんなありきたりな日常が後になって振り返るとスゲー輝いて見えるって聞くし。
まぁ、何が言いたいかって言うとだな・・・夏休みぐらいは、派閥とかレベルとか関係無しに皆で思いっ切り遊びまくれ。
以上、オマケの“講習”終わり。そんじゃあ、またね」

界刺は、少女達に振り向かないまま手を振り、会場を後にしようとする。界刺の手が扉に掛かったその時!!






「界刺様アアアアァァァッッ!!!!!」

何時の間にか立ち上がっていた月ノ宮の大声が会場に響き渡る。

「今日は、本当にありがとうございました!!あなたのおかげで、新しい友達ができました!!これからも、よろしくお願いします!!!」

そう言って、月ノ宮は頭を下げる。それに呼応するかのように、

「得世様!!私からもお礼を!!あなた様に今日出会えたこと、この真珠院珊瑚・・・大変嬉しく思います!!いずれまた、お会いしましょう!!!」
「え、遠藤もあなたにお礼を言いたいです!!あなたのおかげで、遠藤が進むべき道を見付けることができました!!あ、ありがとうございました!!!」
「界刺様!!必ずや、『発情促進』を完全に制御してみせます!!
そして、『引力乙女』の皆と一緒に学校生活も思いっ切り楽しんで行こうと思います!!ご指導ご鞭撻の程ありがとうございました!!!」

真珠院、遠藤、鬼ヶ原も立ち上がり、月ノ宮と同じように頭を下げる。

「界刺得世!!今日は、貴方に勝ちを譲ってあげる!!
でも、今度の『大覇星祭』では必ず私達常盤台が貴方をぎゃふんと言わせてみせる。逃げるなんてことは許さないわよ!!」
「界刺殿・・・。本日は、本当にありがとうございました。フィーサ様が囚われていた“鎖”を断ち切って下さったこと、誠に感謝しております。
『大覇星祭』にてお会いしましょう」
「あらあら。それでは、わたくしもフィーサさんと一緒に界刺さんへの対抗策を考えるとしましょうか。
次に相見える時は、必ずや叩き潰してみせますので。フフッ・・・!!」
「おぉ~恐い恐い。界刺さん!また、機会があったらこの菜水晶子の学園都市グルメツアーにご招待させて頂きますよ!それまでお元気で!!」

フィーサ・マーガレット・津久井浜・菜水も立ち上がり、界刺へ声を掛ける。

「バカ界刺!!もし、水楯さんが君んトコの寮に止まっても変なことしちゃ駄目だからね!!嘘を付いても、『分身人形』ですぐに見破るからね!!!」
「界刺さん!!今度デートに誘うから!!この苧環華憐の全てを、あなたに教えてあげる!!!だから・・・また会いましょう!!!」
「今日頂いた界刺さんのアドバイスの数々は、絶対に無駄にしません!!必ず、今後に活かしてみせます!!だから・・・絶対に生きて下さい、界刺さん!!!」

形製・苧環・一厘も、大声で自分が恋する人へ言葉を放つ。



ペコリ



他の常盤台生は・・・何も言葉を発しない。唯、全員立ち上がって頭を下げていた。
それは、今日1日だけで常盤台の少女達に多大な影響を与えた男に対する敬意の表れ。いずれ相見える敵に対する、それは称賛の証。

「・・・んふっ!」

碧髪の男は、何時もの胡散臭い笑い声を零しただけであった。止めていた手を動かし扉を開け、今度こそ会場を後にする。
その背中を・・・追いかけて行く少女が1人だけ存在した。






「界刺得世!!!」
「・・・何か用かい、晴ちゃん?」

玄関前で、少女―金束晴天―は界刺へ追い付いた。碧髪の男は、ここでも振り返らない。
金束が声を掛けたことにより動きが止まったが、彼はもはや何時でも寮を出ることができる。

「本当に、アンタって男は女ったらしね!!今日1日だけで、この寮に住む常盤台生を全員平らげるなんて、さすがのアタシも想像だにしなかったわ!!」
「・・・そんな覚えは全く無いけどね」

羽織るロングコートが僅かに揺れる。その佇まいからは、確たる自信が漲っているように見て取れた。
かつての自分が思い描いていた『自分の在り方』。その在り方が、今目の前に居る。

「何時か・・・何時かアタシが“負け犬根性”を完全払拭した暁には!!界刺得世!!アタシともう一度勝負しなさい!!」
「・・・ハァ~」
「そ、そこで溜息吐くな!!」

顔が思いっ切り下がる姿から、本気で溜息を吐いているのが容易に感じ取れた金束はムキになって抗議する。

「・・・わかったよ。もし、その時が来たら勝負してやるよ。・・・また、約束が増えたなぁ・・・」
「ほ、本当よね!?嘘じゃないわよね!!?」
「あぁ。まぁ、その時は後ろに居る銀鈴、銅街、鉄鞘も一緒に・・・だろ?」
「えっ!?」

界刺の言葉に驚いた金束が後ろを振り向く。そこには、壁の影からこちらを覗く包帯や絆創膏だらけの銀鈴・銅街・鉄鞘が居た。
痛みをおして、ここに来たのだろうことは容易に想像が付く。おそらく、界刺を待ち構えていた所に金束が来たので様子を見ていたのだろう。
金束の友人達。“常盤台バカルテット”。皆で騒いで、バカやって、喧嘩して・・・そんな当たり前のことができる、かけがえの無い親友達。

「ア、アンタ達・・・」
「いい友達持ってんじゃねぇの。・・・これからも大事にしろよ?(ポン)」
「!!」

界刺が、金束に振り返る。そして、頭にポンと手を置く。界刺の大きな手が、金束の髪を撫でる。

「金束晴天。君達“常盤台バカルテット”には色々被害を被ったけど・・・結構楽しかったぜ?あんがとよ」
「ッッ!!な、何よ・・・!!ほ、本当に・・・ア、アン、タはお、女ったら、し・・・なんだから・・・!!!」

涙。金束晴天の瞳から零れ落ちる雫。何故自分が泣いているのか、それは金束にもわからない。でも、止まらない。止まってくれない。
唯、暖かかった。自分の髪を撫でる界刺の大きな手が、優しい声色で語り掛ける界刺の言葉が、金束が堪えていた“堰”を決壊させてしまった。
自分が憧れて・・・目指して・・・でもなれなかった理想が、自分を待っていてくれる。
それを、“自分自身”が理解したから涙が零れた。“自分自身”が泣く程、その事実が嬉しかったから。

「んふっ!それじゃあ、俺はもう行くよ?晴天!銀鈴!銅街!鉄鞘!総じて、“常盤台バカルテット”の皆!!」
「「「「!!!」」」」

碧髪の男は、最後の言葉を放つ。それは、自分に挑んで来た少女達への心からの賛辞。

「また、何時か思いっ切り勝負しようぜ!!もちろん、その時も俺が勝つけどな。んふっ!」

それを本能的に理解したからこそ、“常盤台バカルテット”は大声で返答する。

「次は、絶対に私達が勝ってみせます!!晴ちゃんを傷付けた借りは、その時に100万倍にして返してあげます!!!」
「今度は絶対に負けへんけん!!アタイももっと強うなって、今度こそおまんばぁ叩き潰してみせるけん!!首洗って待っときや!!!」
「私も、もっと強くなるです!!そして、皆と力を合わせてあなたという強敵に打ち勝ってみせますです!!!」
「アタシ達は、必ずアンタに勝ってみせる!!!今に見てなさい!!!“常盤台バカルテット”の底力、舐めんじゃないわよ!!!!」


その声を背に聞きながら、碧髪の男は常盤台学生寮を後にする。これは、界刺得世が駆け抜けた、短くも長い壮絶極まる1日に存在した1つの終着点であった。

end!!

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最終更新:2012年06月24日 20:42