「寒村!!勇路!!そして、飛び入り参加の一色、鳥羽!!これより、『筋肉探求』を開催する!!
さぁ、上半身だけでいいから裸になるんだ!!筋肉をお天道様に晒すのだ!!!」
「ハァッ!!!血沸き肉踊るとは正にこのこと!!筋肉の神よ!!ご照覧あれ!!!」
「さぁ、マッスル・オン・ザ・ステージの開幕だ!!筋肉の女神よ!!ご照覧あれ!!!」
「な、何で俺が参加してることになってんの!?え~と、え~と、とりあえず・・・可憐な女神様よ、ご照覧あれ!!」
「そ、そんなことは俺の方が知りたいよ!!え~と、え~と、とりあえず・・・平和の神様よ、ご照覧あれ!!」

ここは、第19学区にある自然公園。夏真っ盛りなこともあってか、公園内には暑さに負けない子供達数名以外の人影が殆ど見られない。

「相手は糸のようなものを操る能力者。しかも、かなり強いとある。エリートである私が後れを取るわけが無いが、今から対策を考えておくに越したことは無い」
「何よ、斑。やっぱり、あなたでもビビってるんじゃないの?」
「だ、誰がビビるものか!!お前の方こそ、実は内心震えているんじゃないのか!?」
「わ、私が震えるわけ無いでしょ!?あの殿方を守る礎となれるのなら、私は命すら惜しく無い!!」
「相手が何だろうと関係無ぇ。何時も通り『閃光真剣』でぶった斬って、務所にぶち込んでやるだけのことだ」
「・・・・・・『光子照射』で焼き払えば?・・・・・・それで終わり」
「「・・・この2人は、何故か息が合うなぁ・・・」」

現在ここに居るのは、緑川・寒村・勇路の筋肉トリオ及び176支部の面々である。
その内、筋肉トリオと176支部の一色・鳥羽は『筋肉探求』にて己が筋肉を震わせていた。
一方、斑・鏡星・神谷・姫空は先の緊急会議にて重要議題に挙げられた殺人鬼対策を練っていた。

「へぇ・・・。ここで緑川先生と・・・。よく五体満足で生還できたね、緋花ちゃん」
「・・・緑川先生と組手をしただけなんだけど」
「そりゃ、あの緑川先生だからね。能力無しだと、誰もあの人に勝てないんじゃないかなぁ・・・」
「「それは言えてる」」

他方、ベンチに座っているのは葉原・焔火・加賀美の女性陣。彼女達の視線の先には、筋力トレーニングに励んでいる緑川達が居た。
ちなみに、夏風邪気味の網枷は同行していない。加賀美が、病院へ行くように命令したためである。

「一色!!お前は、鍛え方が全然なっとらんぞ!!お前には、筋肉の嘆きが聞こえないのか!?」
「んなこと言われても・・・。俺って、筋肉モリモリになりたいなんてこれっぽっちも・・・」
「緑川師範!!この者の指導は我輩にお任せを!!必ずや、一人前の筋肉の持ち主に育て上げて見せますぞ!!」
「えっ!!?だ、誰もそんなことを頼んで・・・」
「では、まずは・・・この60キログラムのダンベルを右手に持ってだな・・・」
「グアッ!!?」
「丞介さん!?お、俺はそろそろ休憩に・・・」
「何を言っているんだい、鳥羽君?マッスル・オン・ザ・ステージは、まだまだ序章だよ?さぁ、僕と踊るんだ」
「えっ!?う、うおっ!!?」
「あそ~れ!はいさ~!そりゃさ~!」
「き、筋肉が・・・つった・・・!!ギアッ!!」
「うむ!さすがは、俺の愛弟子達!!新参者に対しても、優しいことこの上ない。ガハハハハハハハ!!!」
「「「・・・」」」

何故あの人達は、あんなことをしているんだろう?今日の午後から明日まで休暇になったのは心身を休めるためのものなのに、何故あの人達は体を苛めているのだろう?
そう思わずにはいられない葉原・焔火・加賀美であった。

「糸といえば、操り人形みたいな真似ができそうだな・・・。最悪、同士討ちの可能性も否定できない・・・」
「あら、あなたが操られても別に関係無いわ。あなたごと、殺人鬼を叩き潰せばいいんだから」
「ほう。では、もしお前が操られた時はエリートであるこの私の手で葬ってやろう。全くもって不本意ではあるが」
「・・・・・・いっそのこと操り人形ごと焼き貫くというのは?」
「それか、操り人形ごとぶった斬るってのもいいな」
「「・・・・・・冗談だぞ(だよ)?」」
「・・・・・・・・・・・・私もそう思ってた」
「・・・・・・・・・・・・俺もそう思ってた」
「「(嘘だ!!完全に殺る気満々だった!!)」」
「・・・・・・糸。・・・糸か。ククク。色んな想像ができる。面白い・・・私の能力(チカラ)を全解放する、またと無い機会だ。ククク」
「ひ、姫空の“中二モード”にスイッチが入った!!」
「俺並の戦闘技術ね・・・。その殺人鬼も、麻美みたいな奴にしごかれた経験でもあるのか?・・・ブルッ!チッ、余計なことを思いだしちまった」
「・・・神谷の奴、どんだけ火川の特訓がトラウマになってんの?た、確かに聞いてる限りだと、あれはトラウマものの特訓だけど」
「「「・・・」」」

何故あの人達は、あんなことをしているんだろう?今日の午後から明日まで休暇になったのは心身を休めるためのものなのに、何故あの人達は頭を苛めているのだろう?
そう思わずにはいられない葉原・焔火・加賀美であった。






「あぁ・・・気持ちいい」
「やっぱり、こういう暑い日は水に顔ごとぶち込むのがいいよね」
「さすがに、顔ごとはちょっと・・・」

葉原・焔火・加賀美の目の前に浮かぶ水玉。これは、加賀美の能力『水使い』によって生み出された水玉である。
普通、能力名というのは漢字や平仮名含めて4文字が通例である。
だが、加賀美の場合は本人が小さい時に名付けたこの3文字をいたく気に入っているために、ずっとこれで通しているのだ。
現在、公園にある噴水の水を操作している『水使い』は、加賀美が実際に水に触れずとも支配下における能力である(生物内に流れる液体は操作不可)。
自身より半径150mにある液体を操作可能で、その気になれば1000tを超える水量も操作できるが、限界重量に近くなればなる程精密な操作ができなくなるという欠点もある。

「そういえば、緋花が言ってた“アレ”って形になったの?」
「えっ?何ですか?私、全然聞いていませんよ?」
「・・・実戦で使えるかはまだわからないですけど、一応は」
「えっ?えっ?ね、ねぇ、緋花ちゃん。わ、私にも教えてよぉ」
「・・・・・・感想を聞くくらいなら、いいかな」

そう言って、焔火は濡れた体を手持ちのタオルで拭く。

「ゆかりっちもリーダーも、ちゃんと水を拭き取っておいて下さい。もしかしたら、感電する可能性もあるんで」
「わかったよ」
「えっ?えっ?か、感電!?」

一言で承諾した加賀美とわけがわかっていない葉原は、それぞれ濡れている部分を拭き取った。

「それじゃあ・・・いきます!!」



バチッ!・・・バチツ!



「・・・こ、これは・・・?・・・痛っ!・・・何か、今バチって・・・」
「大丈夫だよ、ゆかりっち。静電気くらいの電圧しか無いよ、それって。
というか、私には静電気レベルしか無理みたいだから。そもそも、感知方法に使うのにこれ以上の電圧は意味ないし」

焔火の足元から周囲に広がった電気の網。強さは静電気クラスしか無いそれは、焔火が編み出した感知方法であった。

「私には、お姉ちゃんみたいな電磁波を使った感知っていうのは現状だと無理みたいなんで。というか、電磁波関係の才能が無いのかもしれないです。
だったらということで考えに考えた末に、普段から使っていた電気を用いた感知方法を思い付いたんです」

範囲的には、精々自身より半径10mといった所。まだ、思い付いて数日しか経っていないのだから当然の狭さである。

「『静電気クラスの電気と他人が衝突した瞬間を、肌で感じ取れれば』って言ってたけど、どうなの?」
「予想通りでした。普段から電気を用いた身体能力の強化とかをしていたおかげだと思います。ようは、“中”で使うか、“外”で使うかの違いだけなんですよね。
“中”で電気を使っていた時は感覚とかも鋭敏になってましたから。その電気を“外”に持ち出して、私の感覚に繋げたってだけの話です。思った以上に神経使いますけど」

人間の感覚が電気信号によって成り立っていることを利用した感知方法。
この状態なら感知内の人間の挙動を肌で感じ取れるし、電撃の槍を感知内に居る対象に正確に命中させることができる。但し、この方法には弱点も幾つかある。
まずは、感覚を広げたことによる情報処理の負荷増大である。感知範囲内にある人や物全てに電気を当てることから、受け取る情報量は大きくなる。故の負荷増大が1点。
初の試みである。訓練も全然足りない。故に、この“外”の感覚に慣れるのにはまだまだ時間が掛かりそうであった。
また、静電気レベルの電気でも引火や爆発の引き鉄になる空間状態においては、この感知方法は使えない。加えて、水浸しになっている状況下でも使い難い。
他にも、電気を流すことによる身体強化と併用できないのも欠点であった。

「まだまだ欠点だらけですけど、それでも少しは進歩したのかなって思います。以前までの私じゃあ、こんなことを考えることすらしませんでしたから」
「す、すごいよ、緋花ちゃん!」
「うん!いいんじゃない、緋花」

焔火が自分自身の手で掴み取りつつある確かな成長。それに葉原と加賀美は顔を綻ばせる。

「でも、これだけじゃないですよ」
「えっ?」
「ハアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」



ビリッ!!ビリッ!!



電気の網が消えた瞬間に、それは発生した。それを言葉で形容するのなら、電流の鎧とでも言うべき代物か。
今の焔火の体には、青白い電流が常に纏わり続けている。

「緋花ちゃん・・・それは・・・?」
「これも、さっき見せた“外”の応用って奴。さっきのは感知目的で周囲に広げてたけど、今のは体の表面近くに帯電させている状態って感じかな?
この状態は、所謂電気の鎧を纏っている・・・みたいな。身体強化とも併用可能だし。
しかも、こうやって常に“外”で帯電状態にしておけば、タメ無しで電撃の槍を放つことができるの。
まぁ、その分スタミナ消費が激しいんだけど。こっちも、まだまだ改善の余地有りって所かな?」

これは、救済委員の麻鬼との戦闘及び緑川のアドバイスから見出した戦闘方法。
焔火自身、電気を帯びた攻撃は今までに何度も使っていたが、それ等の大半は①電気を溜めてor拳・足等に纏わせて②放つor殴る・蹴るという形であった。
電気による身体強化とは違い、電気を“外”で使う際には①の手順を踏まなければならないことが圧倒的に多い。
その僅かの差が、実際の戦闘では勝敗を・・・生死を分ける。それを麻鬼との戦闘で思い知った焔火は、緑川のアドバイスからこの戦闘方法を思い付いた。

「まさか、あの緋花がこんなにも考えていたなんて・・・何だか涙が出ちゃうよ」
「・・・何気に失礼なことを言ってませんか、リーダー?」
「で、でも!本当にすごいよ、緋花ちゃん!!」
「・・・ありがと///」

親友である葉原の喜びようを見て、焔火も照れを隠せない。

「おう!!緋花よ!!それは何だ!?」
「あっ!緑川先生!!」

そこへ近付いて来たのは、焔火にアドバイスを与えた緑川その人。

「加賀美先輩・・・助けて下さ~い・・・」
「ゆかりさん・・・ヘルプミ~」
「あぁ・・・。正に・・・」
「筋肉地獄・・・!!」

緑川が歩いて来た轍には、寒村と勇路の指導によってボロボロになった一色と鳥羽が倒れ込みながら、必死の救助要請を繰り返していた。

「大丈夫だよ、2人共!!僕の『治癒能力』で、すぐに治療できるから。ステージの終幕にはまだ早いよ?」
「うむ!!これからが、本番よ!!さぁ行くぞ、若人達よ!!」
「「ギャアアアアアアァァァッッ!!!!!」」
「「・・・・・・」」

しかし、現実は非情なものである。勇路の『治癒能力』のおかげで(せいで)、『筋肉探求』に再び引き摺り戻される2人の男。断末魔の叫びが、無情に響き渡る。

「え、え~と、これは緑川先生のアドバイスから編み出した戦闘スタイルです」
「おぅ、あの時に俺が言ったアドバイスか!!そうか、お前の役に立てたのならばこれ程嬉しいものは無いぞ?ガハハハハハハハハ!!!」

豪快に笑う緑川。その大きな姿に、焔火は何時かのことを思い出す。

「緑川先生って・・・すごい人ですよね。能力も何も無い、本当にその体1つでどんな危険や困難にだって打ち克つ・・・。羨ましいです」
「何を言う!!お前だってお前なりに今まで頑張って来たんだろう!?努力は嘘を付かない!!俺だって、必死に鍛え上げたからこその、この体だ!!」
「・・・鍛え上げたから、そんなゴリラ姿になっちゃったんですか?」
「・・・それを言ってくれるな、緋花」
「ンフフッ・・・」

割と本気で落ち込んでいる緑川に、思わず笑みが零れる焔火。今なら・・・今しか聞けないから・・・だから・・・焔火は思い切って言葉を放つ。

「ねぇ、緑川先生。リーダー。ゆかりっち。少し、私の悩みを聞いてもらっていいかな?今回限りだから・・・さ?」
「うん!?何だ、そのショボーンとした態度は!?俺なら、何時でもいいぞ!?」
「緋花ちゃん・・・悩みって、やっぱり固地先輩のこと?」
「ううん。それとは別のこと」
「・・・“変人”に言われたこと?」
「「!!?」」
「・・・はい」

“変人”という言葉に反応した緑川と葉原。それを見ながら、焔火は自身の悩みの一端を打ち明ける。

「私は、昔緑川先生に助けて貰った。その時に、緑川先生から風紀委員のことを教えて貰った。困っている人を助けられるような“ヒーロー”に、私はなりたい。
それが、私の信念。それが、私が風紀委員になる切欠だった。それは、今でも変わらない私の有り方・・・の筈だった」
「筈・・・?」
「あの・・・あの“変人”に今日言われたの。『今の君じゃあ、“ヒーロー”になんてなれっこないよ?』って」
「「!!!」」

自然と、焔火の顔が俯く。手と手を握り合わせ、自分の両膝の上に乗せる。

「あの人は、私がしていることは“ヒーローごっこ”だって言ったわ。“ごっこ”。ようは、お遊びだってこと」
「な、何でそんなことがあの人にわかるのよ!?」
「・・・私にもわからない。私だって、あの人の言葉を今だってずっと否定し続けている。
でも・・・どうしてか、私の中からあの人の言葉が消えないの。どうしても、囁いてくるの。『君は勘違いしている』って。『君は間違っている』って」

あの“変人”と話したのは2回だけ。1度目は自分だけの信念を見付けろと励まし、2度目は見出した自分の信念を否定する。全く正反対のアプローチ。

「なぁ、緋花。その“変人”は他にも何か言わなかったか?」
「緑川先生・・・。他には・・・『自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い』と言っていました。
似たような意味で『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?』とも」
「何だか、聞いてる限りだと自分勝手というか自己中心的感満載だね。ようは、自分のことが一番って言っているんでしょ?独り善がりなタイプなの、その“変人”って」
「ゆかりっち・・・。でも、あの人の考え方では違うみたい。あの人にとっては、自分や固地先輩より私の方が独り善がりらしいの」
「えっ!?な、何で緋花ちゃんが独り善がりなの!?」
「・・・それがわかんないのよ」

葉原の疑問に、焔火は答えられない。自分でもわからないのだ。何故、自分が独り善がりなのか?何故、自分のことばかり優先する人間が他者を救えるのか?
自分とは全く価値観の違う碧髪の男の言葉が、自分の心を強く揺さぶる。揺さ振ってくるのを、自分の力で止めることができない。






「・・・なぁ、緋花よ」

少し間を置いて、緑川が口を開く。

「俺は馬鹿だから見当違いのことを言ってるかもしれんが・・・それでもいいか?」
「・・・大丈夫です。緑川先生の頭の悪さは、橙山先生からバッチリ聞いていますから」
「ガクッ!?橙山め・・・。まぁ、いい。そんなことより・・・」

同僚の口の悪さに思わず項垂れる緑川。だが、すかさず気を取り直して焔火と相対する。

「俺の勘なんだが・・・その“変人”の言っていることは、そんなに間違っていないと思うんだ」
「・・・・・・ど、うして・・・です、か?」
「そいつは自分の命を最優先に考えているってことだろ?てことはだ、そいつは戦場から『生きて帰って来る』可能性が高いということだ」
「!!!」

焔火の目が見開かれる。

「緋花。戦場において、一番困難なことは何だかわかるか?」
「・・・・・・」
「それはな、『生きて帰って来る』ということだ。そして、その重みを“変人”と呼ばれる男は心底理解しているってことじゃないのかと俺は思う」
「で、でも緑川先生だって昔銃弾を何発も撃ち込まれて・・・」
「それは、俺が俺自身の体のことを理解していたからだ。撃ち込まれたと言っても、全て急所は外したぞ?自分の体はそんな芸当ができると、俺が一番よく知っていたからな」

緑川は、当時のことを今でもふと思い出すことがある。当時は若かった(注:現在25歳)こともあり、無茶なことも一杯やった。
だが、それができたのはひとえに自分の体のことを隅々まで把握していたからである。生命力の太さも同時に。
それを鍛える為に、過酷なトレーニングを積んだ。手入れも怠らない。それは、自分が必ず戦場から生きて帰って来るために。

「でも、あの男は『人間何時かは死ぬ』って言ってたね。あの感じだと、自分にもその考えを当て嵌めているみたいだったなぁ」
「ほぅ。そんなことも言ってたのか、加賀美?成程、一筋縄じゃいかない男のようだな。だが、その割り切りようも戦場では必要だ。
俺だって、何時死ぬかわからない場所に身を投げることもよくある。幸い、死ぬには至っていないがな」
「緑川先生・・・」
「俺だって、死にたくて戦場に居るんじゃ無い。だが、戦場に巻き込まれた人間を救うためなら、俺は勇んで戦場へと身を投じる。
俺の正義感が!!俺の信念が!!困ってる奴等を助けろと口やかましく叫んで来る!!俺は、その声に応えているだけだ。何故なら、俺も同じ意志を持っているからだ!!!」

緑川の演説にも似た言葉が、焔火の心に響く。

「だが、戦場に身を投じるのならば、必ず心に留めておかなければならないことがある!!それは、『必ず生きて帰って来る』ことだ!!
その意志を持たない者は、戦場へ飛び込むべきじゃあ無い。もし、その覚悟を持たない者に助けられた人間が居るのなら、それは不幸だ。何故か・・・わかるか?」
「・・・『生きて帰って来る』可能性が低いからですか?」
「そうだ!!そんな人間に助けられても、戦場から『生きて帰って来る』可能性は低い。最悪共倒れだ。
仮に、助けられた人間だけが生き残って助けた人間が死んでしまったとする。その助けられた側の人間は、一生モノの“傷”を負ってしまうだろう。
それは、決して許されることじゃ無い。もし、それが許されるとしたら、それは“運が無かった”と認める時だけだ。これは・・・『人間何時かは死ぬ』と同じ考え方だ」
「!!」

緑川が何を言いたいのか、焔火は今ようやく理解する。

「だから、その“変人”は決して間違ってはいないと俺は思う。その男は、戦場というものがどれだけ厳しいものかよく理解していると俺は考える。
界刺・・・と言ったか。あの男が言う“ヒーロー”の在り方は、きっとお前が目指す“ヒーロー”と大差は無いと・・・何となくだが思う。
“ヒーロー”は、決して死なない。“ヒーロー”は、戦場から『必ず生きて帰って来る』!!そのためには、自分が生き残る術を確立しておかなければならない!!
緋花!お前がそうやって、自身の能力向上に努めているように!!おそらく、その男の言いたいことは他にもあるのかもしれない。
だが、俺にはこのくらいが限界だ。・・・参考になったか、緋花?」
「・・・はい。・・・やっぱり、緑川先生ってすごいです。今、改めて思います」

焔火が、少しだけ笑う。

「緋花ちゃん・・・」
「・・・・・・やっぱりかって思った!あの人の言うことって、本当に私の盲点ばかり突いて来るもんだから中々理解できないわ~。
でも、やっぱりあの人の言葉は正しいのか・・・いや、正しいというより、そんな考え方があるってことか。そうか・・・そうか・・・」
「緋花・・・。少しは気分晴れた?」
「・・・まだまだです。あの人が考える“ヒーロー”像を、私はまだしっかり認識できていないですし。
それに、私がどうして独り善がりなのかっていうのも真剣に考えないといけないですし」
「緋花が独り善がり・・・か。俺からすれば、他人に気遣いもできるいい娘だと思うんだがなぁ」
「そうですよね!緋花ちゃんって、困っている人を見たら何を放っておいても助けに行っちゃうタイプですし」
「それで痛い目を見たこともあるけど、最近は反省してちゃんとリーダーである私にきっちり連絡を入れるようになったしねぇ」
「『“ヒーロー”というものを、“どんな時も他者のために命を懸けて動くことができる立派な人間”』みたいに考えているんじゃないだろうね・・・とも言われました」
「さっき緋花ちゃんが言ってた、『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?』と対になっている言葉だよね」
「俺なんか、その“他者のために”という理由が動く源泉みたいなものになってるんだがなぁ・・・」
「あの“変人”が考える“ヒーロー”とは違うんだろうね。私からしてみれば、あの男の“ヒーロー”像の方がよっぽど独り善がりだと思うんだけどなぁ・・・」
「・・・もしかして、私達がその“変人”の詐欺に引っ掛かっているという可能性は?」
「それは無いと思うよ、ゆかりっち。・・・自分のことばかり考えていても他者を救える。・・・そんなことって本当にできるのかなぁ?
もしできたとしても、そんなのってずっと続けられるものなのかな?う~ん・・・」
「「「う~ん」」」

焔火・葉原・加賀美・緑川は、揃って頭を傾げる。自分のことばかり考える人間にはなりたくない。
そう、常々考えている人間にとって界刺の言葉はまるで、複雑怪奇なジクソーパズルのようにも感じられた。

「・・・駄目。よくわかんない。もし、あの人にはそれができても、今の私には無理だなぁ。自分のことばっかり考えて、色んな人に迷惑掛けてるし」
「緋花ちゃん・・・」
「本当なら、こうやって3人に相談に乗って貰うつもりもなかったんだ。私事で他の人に迷惑を掛けたくないし」
「そ、そんなこと無いよ!!だって、私と緋花ちゃんは親友でしょ?親友が困っていたら、私は相談にでも何にでも乗るよ!!」
「・・・ありがと、ゆかりっち。でも、もうこれっきりにしないと。自分で悩んで、自分で答えを出さないといけないの!じゃないと、私は何時まで経っても成長できない」

葉原の言葉が胸に染みる。でも・・・このままでは駄目なのだ。他人に甘えて、他人に迷惑を掛ける。それを、何時までも繰り返してはいられない。
そんな決意が見て取れる焔火に、加賀美が声を掛ける。

「・・・もしかして、債鬼君がダウンしたことを気にしてるの?」
「・・・・・・」
「・・・もし、今の緋花の姿を債鬼君が見たらきっとこう言うだろうな。『お前に心配される筋合いは無い』って」
「・・・そうでしょうね」

加賀美や焔火だけでは無い。葉原も緑川にも容易に想像ができる固地の態度。わかりやす過ぎて、何だか笑いが零れてしまう程だ。

「債鬼君より緋花の方が独り善がり・・・。そう言ってたもんね、あの“変人”は」
「・・・はい」
「心外でしょ?」
「はい」
「即答・・・。まぁ、私が緋花の立場でも心外だったろうね。・・・でも、あの“変人”の言ってることってやっぱり的外れじゃ無いんだろうなって・・・私も思っちゃうわ」
「リーダー・・・?」

加賀美の声に、悔しさが滲む。それに気付いた焔火は、加賀美に視線を向ける。

「私は・・・未だに債鬼君のことがよくわかっていないの。付き合いも長いのに、彼が心の底で本当は何を考えているのかサッパリ読めない。
そんな心の底を、1、2回しか会ったことが無いあの“変人”にはすぐにわかったって感じた時は、すごいショックだったよ。
私が今まで債鬼君と接して来た時間は、一体何だったのって思っちゃうくらいに」
「リーダー・・・」

あの加賀美が項垂れていた。普段は支部の盛り上げ役兼纏め役として場を明るくする彼女が落ち込む姿を、焔火と葉原は今まで見たことが無かった。

「以前、緋花があの人と公園で話していた時もそう。あの人は、それまでずっと悲嘆に暮れていた緋花をたちどころに勇気付けた。本来の姿を取り戻させた。
なのに、私は?リーダーである私は、一体何をしているの?そう、落ち込んじゃった。まぁ、その時は稜の奴に励まされて立ち直ったんだけど。それが続くとねぇ・・・」
「加賀美先輩・・・」
「緋花じゃ無いけど、私だって・・・色々悩んでいるんだよ? 」


『天牙・・・!!何で風紀委員を辞めるって言うの!?』
『リーダー・・・。あなたには、一生理解できないことだ』


「昔も・・・」


『鏡子が失踪!?債鬼君!!ど、どういうこと!!?』
『入院していた病院から、突如として消えたそうだ。加賀美、お前の監督不行届だな』


「今も・・・」


『天牙が・・・救済委員に!!?そ、そんな・・・!!』
『もし、風紀委員の中に「ブラックウィザード」と通じている人間が居る・・・としたら?』


影。そう、影と呼ぶべき代物が今の加賀美の顔には如実に現れていた。

「・・・緋花って、昔の私に似ているんだよなぁ。悩んで、立ち直って、また悩んでの繰り返し。
出口の無い迷路みたいな感じだけど、それでも進むのを諦めなかったから今の私が居る。今の私も、絶賛迷子中みたいなモンだけど。
そう考えると、あの“変人”はやっぱりすごいんだろうね。自分の為すべきことがわかっている。迷わずに動ける。ぶれない信念。どれも、私にはまだまだ不足してるなぁ」
「・・・私もです」

あの加賀美が見せる、本当の弱音。それは、今の緋花と同種の様相を呈していた。

「・・・私だって、悩みの1つや2つありますよ?」
「えっ!?ゆかりっちにも!?な、何!?」

いきなりの悩み発言。葉原が漏らしたその言葉に、親友である焔火がすぐさま反応を見せた。

「で、でも私のことで迷惑を掛けたくないし・・・」
「ううん!!ゆかりっちが悩んでいるっていうなら、私は何でも相談に乗るよ!?ゆかりっちの悩んでいる姿なんて、見たくないから!!」
「・・・プッ。緋花らしいね。さっきは、自分のことでゆかりに迷惑を掛けたくないって言ったばかりなのに」
「やはり、人が困っているのを見ていると動かずにはいられないか!“どんな時も他者のために”。うん、それでこそ緋花だ!!」
「・・・・・・そうか。だから、その“変人”は緋花ちゃんのことを独り善がりって言ったのか(ボソッ)」

焔火の言動と加賀美・緑川の言葉を聞いた葉原は、その時気付いた。
先輩でも家族でも無い、焔火の親友であるからこそ、他人であるからこそ気付いた焔火の在り方。その危うさに。

「えっ?何か言った?声が小さ過ぎて、よく聞き取れなかったんだけど!?」
「(・・・これは、たぶん私が言っても駄目。緋花ちゃんが自分で気付かないと。・・・これにたった2回しか会ったことが無い人間が気付いたっていうの?
独り善がり・・・最優先・・・・・・成程、緋花ちゃんが完全に勘違いして理解しているんだ!緋花ちゃんらしいっていうか・・・)」
「ゆかりっち!?ゆかりっち!!?」
「えっ!?な、何!?」
「何じゃ無いよ!!ゆかりっちが悩んでるっていうから・・・。ごめん、ゆかりっちが悩んでいることに気が付かなくて・・・」
「え、えっとね!その・・・あの・・・」

思った以上に凹んでいる焔火を目に映し、葉原は慌てて自分の悩みを打ち明ける。まさか、こんな形で吐露することになるとは思っていなかったのだが・・・






「・・・体重が・・・増えたんだ・・・」






「・・・へっ?」

全く予想外の吐露。少なくとも、スタイル抜群且つ幾ら食っても体重が変わらない焔火にとっては。

「・・・ハァ。そうだよね。緋花ちゃんはそういうリアクションだよね。本当に無神経なんだから・・・。だから、その“変人”にも馬鹿にされるんだよ」
「えっ?えっ?ど、どういうこと!?」
「そんなこと、自分で考えなよ!この、スタイルバッチグー人間め!この!」
「痛たたたたた!!な、何で私のお腹を抓っているの、ゆかりっち!?」
「努力せずともこのスタイルを保っていられるなんて!!何かムカつくわ~!!おりゃ!!」
「あたたたたたたた!!!な、何だかゆかりっちがお姉ちゃんみたいになってるんだけど!!」
「・・・こういう吐露合戦も、偶にはいいもんね」
「そうだな。こうやって、自分の弱音を聞いてもらえる仲間というのは何物にも替え難い存在だ。大事にしろよ、加賀美。そして・・・緋花」


その後、焔火の携帯にある人間から連絡(メール)が入った。それを見た(覗いた)焔火・加賀美・葉原は、承諾の返信を送ることにした。

continue…?

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最終更新:2012年07月28日 00:19