「・・・判った。界刺、お前の条件を全て呑もう。但し、この条件は159支部・176支部・178支部・花盛支部・成瀬台支部に限って適用される。いいな?」
「それでいいよ。さすがは、椎倉先輩。話のわかる人が、成瀬台の風紀委員のリーダーでよかったよ。んふっ!」
「・・・これが固地なら、とてもじゃ無いがそんな条件は呑まなかっただろうな」
「だろうね。あぁ、そうだ。今回の債鬼の件は不問にしてあげるよ。彼も、1人で頑張っていたんだし。それに、今彼が抜けるのは痛過ぎるだろう?」
「そうか・・・。恩に着る」
「それと!債鬼の単独行動だけど、そのまま放っておくんだ。彼の思う通りにやらせてあげるといい。
まぁ、数人レベルの情報共有は要ると思うけど。彼の負担を軽くする意味でも」
「?何故だ?」
「内通者を炙り出すため」

界刺は、先程までの消極的な姿勢から一転、椎倉達に積極的に助言して行く。

「俺の勘だけど、内通者の方も債鬼の調査に気付いているんじゃないかと思うんだ。だからこそ、内通者“も”踏み込めていないんだと思う。
債鬼の存在自体が重石になっているんだね。つまり、それこそがチャンスなんだ。その機会を、わざわざこっちから潰してやる義理は無いね」
「成程・・・。もし、俺達が固地の単独行動を咎め、最悪除外することにでもなれば、内通者にとって願っても無い状況になるというわけだな」
「それもある。でも、それ以上に内通者を、『内通者の存在に気付いているのは固地債鬼唯1人』という状況に身を置かせることが重要だ。
そうすることで、何処かに油断が生まれる可能性が高い。それに、その内通者が仮に『ブラックウィザード』にとって重要な人物であったとしても、
東雲なら容易に切り捨てる。泳がせる意味でも、他の風紀委員が積極的に関わっちゃ駄目だ。きっと、債鬼もそれがわかっていたから皆さんに伝えなかったと思うよ。
んふっ、さすがは“風紀委員の『悪鬼』”。俺が債鬼の立場でも、きっと同じような行動を取っただろうね」
「だが、それでは・・・」
「うん。余りよろしく無い。・・・そうだ。椎倉先輩、ちょっとお耳を拝借(ゴニョゴニョ)」
「(ゴニョゴニョ)」
「(ゴニョゴニョ)」
「(ゴニョゴニョ)」
「(ゴニョゴニョ)。・・・成程、固地の行動を見習えばいいというわけだな。それと、固地を説得する必要があるな」
「そうだね。きっと、これで内通者を油断ないし焦らすことはできると思う。リスクは高いけど・・・」
「だが、リスクを恐れていては今回の件は解決できない。・・・よし、その方法で行こう!!」

置いてけぼりの他の風紀委員達は、唯見守るしか無い。

「さて・・・。形製。一応確認しておくけど、この場に内通者は居なかったよね?」
「うん。そこに倒れている男以外は、不良連中含めて全員『分身人形』で記憶を調べたけど、該当者は居なかったよ」
「お前・・・!!まさか、彼女は・・・!?」
「紹介が遅れちゃったね。彼女形製流麗は、『シンボル』の“参謀”だ。レベル4の精神系能力者で、強力な洗脳・読心能力を仕掛ける能力を持つ」
「・・・そんな高レベルの精神系能力者も居るの!?『シンボル』・・・大したモンね」

加賀美が感嘆の念を述べる。『シンボル』には戦闘に長けた能力者だけでは無く、搦め手を使える能力者も居ることに、素直な感想を抱く。

「界刺様!!私の紹介も!!」
「あぁ、ごめんごめん。この娘は、サニーこと月ノ宮向日葵。最近シンボルに加入した電気系能力者だ。
それと、今は無期限停職中の159支部メンバー、空間移動系能力を持つ春咲桜もボランティアとして受け入れている。
俺や真刺、涙簾ちゃんや仮屋様を合わせた都合7名が、今の『シンボル』のメンバーだ。以後お見知りおきを、風紀委員の諸君?」
「なっ!?春咲桜を・・・!?破輩先輩!!」
「別にいいじゃないか。ボランティアとして、学園都市の市民を守りたいんだろう?なら、私がどうこう言える立場じゃ無い。春咲には、もう正当な罰は与えられたしな」
「(破輩め・・・。一計案じたな?)」
「え~と、光学系・気流操作系・水流操作系・念動力系・精神系・電気系・空間移動系・・・。うわぁ、全部うまいことバラけてるなぁ。かなり理想的じゃない、これって?」
「そして、サニーこと月ノ宮向日葵が遠藤さん、真珠院さん、鬼ヶ原さんと結成した『引力乙女』は、『シンボル』の皆さんにお力添えをすることにしました!!」
「はっ!?そんなこと、俺は聞いてないぞ!?お、おい、真刺!?」
「私も聞いていない!!確かに、月ノ宮からは『朝練に「引力乙女」のメンバーを参加させて欲しい』という要望があった!
自分達を鍛えたいという彼女等の願いを、私は聞き入れたのだ!!だが、『シンボル』への力添え等・・・」
「得世様!!真刺様!!サニー先輩からお聞きしましたよ!!お二方がお金に困っていることを!!」
「「何で、そのことを!!?」」
「え、遠藤達がつい耳にしてしまったのです!!サニー様が、殿方達がお金に困っていることについて独り言を零していたのを!!」
「何でも、形製様への贈り物をワリカンというやり方で各々が費用を支払った際に、界刺様達がずっと愚痴を零していたのをサニー先輩が気にされておいでだったのです」
「私の独り言を聞いていた彼女達と相談した結果、私達『引力乙女』は『シンボル』の後方支援、主にお金の面で支援しようと思い立ったのです!!
ちなみに、これは『引力乙女』の勝手でやるものなので、界刺様や不動様が何を仰られても変更するつもりはありません!!」
「・・・・・・どう思う、真刺?」
「・・・・・・お金に困っているのは事実だからな。主に、仮屋の食事代で」
「・・・・・・自分より年下の女の子に金銭面で支援してもらうのって、男としてどうよ?」
「・・・・・だが、そろそろ私達の財政面もレッドライン突入寸前だからな。主に、仮屋の食事代で」
「サニー?確認だけど、『引力乙女』はあくまで後方支援に徹するんだよな?
言っとくけど、俺等に関わったことでもし君等に危害が及んだとしても、それは自業自得だからね?」
「はい!とは言っても、私は『シンボル』の一員でもありますので、『シンボル』が動く時は界刺様達と共に」
「支援するのはいいが、私達がその分の金額を返済するのには相当な時間が・・・」
「返済なんて必要ありません!!これは、私達『引力乙女』が善意で行うことですから。
界刺様に導いて頂いたご恩に比べれば、この程度へっちゃらぽんです!!ねぇ、皆!?」
「「「はい!!!」」」
「・・・常盤台のお嬢様達の金銭支援か・・・」
「・・・これで仮屋の大食いに悩まされることも無い・・・」
「「わかった!!その申し出、受けた!!!」」
「界刺さん!!私だって、いざという時はあなたの力になるわよ!!月ノ宮がこんなに頑張っているのに、私だけ1人暢気にお茶なんて飲んでいられないわ!!」
「私も苧環と同じ思いです!!幸い、159支部の方針として、『シンボル』への助力が認められていますからね!!思う存分、あなたの力になれます!!」
「華憐・・・リンリン・・・ありがと。もし、俺が助けを請う時はよろしく!!」
「「はい!!」」
「うわぁ・・・!益々『シンボル』の力が大きくなって行く・・・!!」
「・・・界刺。握手しよう!!」
「え?何でいきなり・・・うおっ!?椎倉先輩の目が『$』に!?」
「お前達とうまく付き合えば・・・もしかしたら・・・俺達の懐事情も・・・ハァ、ハァ」
「内心ダダ漏れ状態になってんだけど、この人!!?他人の心理状態を見透かす人が、自分の内心をダダ漏れにしてどうすんだ!?」
「・・・不動よ。我輩達の友情は、永久に不滅である!!!」
「寒村先輩・・・。あなたも、お金には勝てませんか・・・」
「な、なんだかサニーに負けた気分になってきちゃいましたー!!わ、わたしだって、お金ならいくらでも・・・グヘッ!?」
「はいはい。お前の意気込みはわかるがこれ以上場を混乱させんなよ、抵部?」
「あっ!1つ言い忘れてましたけど、今後朝練の参加メンバーに“常盤台バカルテット”の皆さんも参加されるみたいですよ?」
「はぁ!!?何で!!?」
「得世様!!それは、私の口からご説明させて頂きます。金束様曰く、『敵情視察よ!!!』だそうです。他のご友人のケガが治り次第、参加されるとのことです。
そうだ、他にも『常盤台に通う女性の半分近くを1日にして平らげた罰よ!!』とも仰られていましたね。あれは、どういう意味だったのでしょう?」
「おい、得世・・・。貴様・・・まさか、それ程までの女ったらしだったのか・・・!!?」
「真刺・・・!!ち、違うんだ!!こ、これはだな・・・」
「問答無用!!この不動真刺が、貴様の心を叩き直してやろう!!」
「ちょっ・・・待っ・・・(ザッ!!)・・・涙簾ちゃん?」
「水楯・・・。貴様・・・またしても邪魔を・・・!!」
「また、この人に危害を加えるというのなら・・・不動先輩、あなたでも潰します」
「ほう、面白い。ならば、やってみろ!!先程の決着を着けてやる!!」
「その言葉、そっくりそのままお返しします!!」
「ちょっと待て!!俺の部屋で暴れるな!!つーか、何でさっきみたいなやり取りを再現してんだよ!?・・・(ガシャン!!)・・・あぁ・・・俺の骨董品が・・・」
「不動様・・・水楯様・・・やっぱり恐いです!!」
「サニー様。遠藤も同じ思いです!!あ、あの殿方のご友人は、やはり恐い人ばかりなのですね・・・!?」
「お、おい!神谷君!!君等は風紀委員なんだろ!?な、何とかしてくれー!!」
「はぁ?さっきは口を挟むなって言ったくせに、自分の都合のいい時だけ・・・」
「・・・“ホムラっち”(ボソッ)」
「ビクビクッ!!か、神谷先輩!!リーダー!!あの人の言う通りです!!
風紀委員足る者、その一般人が詐欺師だとしても困っているとあらば助けないわけにはいきません!!さぁ!!」
「ぐあっ!!?」
「緋花!?ど、どうしたの!?また、冷や汗ダラダラ状態だよ!?」
「な、何でもないです、アハハのハ!!あ、荒我!!荒我・・・」
「おい。今“ホムラっち”って言わなかったか?」
「言ったでやんすね。“ヒバンナ”とは別の渾名でやんすかね?」
「何ていうか、安易だよね。“~っち”って付ければっていう魂胆が見え見えでさ」
「利壱。紫郎。お前等、“ヒバンナ”と“ホムラっち”のどっちがいいと思う?」
「オイラは“ホムラっち”でやんすね。安易だからこそ、親しみやすいと思うでやんす」
「俺は“ヒバンナ”かな?発音に惹かれるというか・・・。荒我兄貴は?」
「俺か?俺は・・・」
「ちぇいさああああああー!!!」
「「「グハッ!!?」」」
「・・・・・・」
「全然気付かない。・・・まさか、ずっとこのままってわけ・・・・・・でもいいか」
「・・・破輩先輩?」
「・・・何かな、鉄枷君?」
「・・・ぶっちゃけ、俺達ってここへ何しに来たんすか?」
「・・・私にもよくわからなくなって来たよ」

この後に、場が収束するのに十数分掛かった。そして、更に界刺のコレクションが無残となったのは言うまでも無い。






「言っておくけど、形製の『分身人形』で残りの風紀委員を調査するのは無しな。グスン。そこまで、俺達はそっちと馴れ合うつもりは無いんで。グスン。
どうせ、そっぽを向かれたんだろ?風紀委員も警備員も。・・・『軍隊蟻』に居る“お嬢”にさ?グスン。あいつの相手は面倒臭いしな。グスングスン」
「よしよし。サニー・・・。あなたはわたしのライバルになる女ですー!!!(ベキッ!!)」
「なでなで。“サーヤ”・・・。いいでしょう、その勝負受けて立ちましょう!!!(バキッ!!)」
「“サーヤ”?そ、それってまさかわたしの・・・」
「そうですよ。あなたの渾名です。この私自ら名付けてあげたんですから、感謝して下さいね。フフフ」
「な、何かムカつくー!!!」
「ちなみに、あなたって年は幾つ・・・水楯様と同じバッチ?ま、まさか・・・私より年上!!?」
「な、何でおどろいているのー!!?ムキー!!!」
「(何か、サニーが華憐に似てきたな。ブルッ!何か寒気が・・・)」

本気で泣いている界刺を両脇で慰める“サニー”こと月ノ宮と、“サーヤ”こと抵部。その哀れな姿に少しばかり同情しながら、椎倉は返答して行く。

「・・・・・・本当に何でも知っているな。何処からそんな情報を仕入れて来るのやら。・・・“怒れる女王蟻”とも面識があるのか、お前?」
「さてね。後、さっき警告した殺人鬼を雇っているっぽいスキルアウトの名前は『紫狼』って言うんだ。最近勢力拡大中みたいだから、お気を付けて」
「・・・・・・もう、一々驚くのも面倒になって来たな」
「というか、さっきもちょろっと言ったけど、椎倉先輩って人の心理状態を読める精神系能力者だよね?何で、それを使わないの?」
「・・・これは、俺の信念だ。仲間である風紀委員に対しては、絶対に『真意解釈』は使わねぇっていう・・・な」
「風紀委員の中に内通者が居る可能性が高くても?」
「・・・あぁ。100%居るって決まったわけじゃ無い。だから・・・俺は使わない。甘いと言われても、俺はこの信念を貫くつもり・・・だ」
「・・・そうか。だったら、俺から言うことは何も無いね。椎倉先輩の思うようにしたらいいさ」
「・・・あぁ。そうさせてもらう」
「あぁ、そうだ。最後に、これも言っておこうかな。俺の推測だけど」
「・・・何だ」

界刺の口からポロポロ零れる情報に、いい加減自身の処理能力が追いつかなくなって来た椎倉が、辟易した顔で応じる。

「『ブラックウィザード』が、何で“レベルが上がる”なんて薬を売り始めたのかってことに対する俺なりの推測」
「・・・聞かせて貰おうか。お前の推測なら、覚えておくだけの価値はありそうだ」
「そう。なら、そんな椎倉先輩のご期待に応えてみようかな。これは、東雲が始めた世界への挑戦だ。“レベルが上がる”という薬は、そんな世界への挑戦状みたいなモンだ」
「・・・詳しく」

椎倉の表情が真剣になる。この男は、一度東雲と会話している。ならば、その時抱いた心証はきっと『ブラックウィザード』に関わる捜査に役立てられる筈だ。
会話したのが“『シンボル』の詐欺師”と謳われる界刺ならば、尚更。そう、椎倉は考える。

「あいつにとって、無尽蔵の『力』を持つこの広大極まる世界は疎ましくてしょうがねぇんだと思うんだ。
何せ、そんな世界に生れ落ちた自分は最初から世界に屈した“敗北者”だからだ。それが、あいつには我慢ならねぇんだろうよ。
だから、『力』を欲した。・・・いや、『力』を生み出せる『力』を欲したんだと思う。それが『ブラックウィザード』であり、“レベルが上がる”という薬なんだろうよ。
世界に『力』を与えられなくても、自分はこれだけの『力』を生み出したんだという証明をしたいんだろうよ」
「そ、そんな独り善がりの理由で・・・!!」
「おっと、ヒバンナ。それは、君が指摘できる事柄なのかい?」
「うっ・・・!!というか、その渾名・・・」

界刺の指摘に口ごもる焔火。界刺は、そんな焔火に視線を変える。

「心当たりアリ・・・か。それに、そんなことを言い出したら俺だって十分に独り善がりだったさ。人間、独り善がりにならなかった時期なんてあるわけねぇし。
そして・・・独り善がりは別に悪いことだらけじゃ無いよ?それは、ようするに自分を最優先に考えているってことだし。
その部分に関して俺はその在り方を認めるし、個人的に好きだ。俺も、自分を第一に考えて動いてるし。
だって、自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い。俺は、そう考えているからね」
「・・・意味がわかりません。どうして、自分のことばかり考えて動く人間が他者を救えるんですか?
普通は、自分のことより他者のことを考えて動くんじゃないんですか?誰かが困っているのなら・・・」
「君さぁ・・・“ヒーローごっこ”でもしたいのかい?」
「!!!」






『ねえねえ!わたしもゴリラさんみたいに、こまっているひとをたすけるヒーローになりたい!』






息が止まる。心臓が鷲掴みされる。自分の根っこ。『困ってる人間を助けられるヒーローになりたい』。それを、碧髪の男に抉られたようで。
“ヒーローごっこ”と揶揄されても、何度でも立ち上がる。そう、あの公園で誓った筈なのに。
何故、自分は動揺している?どうして、自分は爪が食い込む程に拳を握っている?

「・・・・・・・・・“ヒーローごっこ”・・・で、すか?」
「そうだ。“ヒーローごっこ”。・・・君は“ヒーロー”というものを、“どんな時も他者のために命を懸けて動くことができる立派な人間”みたいに捉えてそうだね?
もしかして、そういう“ヒーロー”になりたいみたいな理由で風紀委員になったクチかい?」
「・・・それがどうしたって言うんですか?」
「いんや。別に。言ってみただけさ。んふっ!んふふっ!“ヒーロー”か・・・。んふふふふふっ!!」
「何がおかしいんですか!?」
「んふふふっ・・・いやぁ、ごめんごめん。今の君じゃあ、とてもじゃ無いけど全く身の丈に合ってない在り方だなと思って。高望みもいい所だ。
こりゃ、筋金入りの“ヒーローごっこ”を演じてくれるかもしれないな。んふっ・・・今の君じゃあ、“ヒーロー”になんてなれっこないよ?
自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな?
馬鹿だねぇ・・・そんなこともわからないのかい?わからない?あっそ。なら、仕方無いね。
少なくとも、俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない。羨ましくもない。俺からしたらだけど。
まぁ、俺だったら“ヒーロー”にはなれるかな?名前は・・・“詐欺師ヒーロー”とか?
んふっ、別になりたくもないけど。ならせてあげるって言われても、こっちから願い下げだ。“ヒーロー”なんかに縛られたく無いし。
その理由は言わない。どうせ、今の君には言っても理解できないだろうから。んふっ!これは俺の戯言だから、無視したければどうぞ?」
「・・・!!」

自分の根本を、根こそぎ抉られる。蹂躙される。その見事なまでの手際の良さに、焔火は息をするのも忘れる。故に、反論するための声も出せない。

「にしても、君はさっき俺の言ったことも勘違いして理解しているようだね。
“ヒーロー”話と言っていることは殆ど同じなのに。つくづく君の馬鹿さ加減が露になってるねぇ。
その勘違いは、後の君へ手痛いしっぺ返しになって襲い掛かって来そうだ。ご愁傷様」
「えっ!?」
「まぁ、いいや。俺の言ったことが気になるのなら、ずっと考え続けてみるといい。悩み続けてみるといい。俺からは、このことに関してはもう何も言わない。
おそらく、これは君が成長できる1つの糧になると思うから。だから・・・自分で答えを出してみなよ、焔火緋花。
現在進行中で苦しみ続けてそうな君になら・・・きっと辿り着けると思う。何なら、デタラメばっかり言ってる俺のお墨付きを与えてあげようか?」
「・・・!!」
「繰り返しになるけど、俺の言うことなんて聞く耳持たないって言うんなら、別に考えなくてもいいよ?それは、君の自由だ。好きにするといい」
「そ、それって卑怯だね。そんだけズバズバ言っておきながら・・・。それにしても、あなたが言うと実際に現実として起こり得そうに聞こえて仕方無いわ」
「リーダー・・・」

界刺と焔火の問答に、焔火の上司である加賀美が割って入る。加賀美自身、界刺が焔火へ告げる不吉な言葉の数々に異様な寒気を感じていたからだ。

「君が、この娘の保護者さんかい?だったら、君が責任を持って指導してあげるんだね。この娘・・・危ないよ?独り善がりの匂いがプンプンする。
程々程度ならまだしも、これくらいキツイとね。しかも、“ヒーロー”というものを勘違いしているようだし。本人は、全く気付いていないけど」
「なっ!?わ、私の何処が独り善がり・・・!!そ、それに勘違いって・・・!!」
「ほら。全然わかってない。これは、危ない傾向だね。そこら辺は、債鬼の方がよっぽど理解してそうだ。この男は、独り善がりじゃ無い人間だろうから」
「固地先輩が・・・独り善がりじゃ無い!?」

更に、固地の部下である真面も口を挟む。挟んで・・・しまった。よりにもよって、この男に。

「ん?君は、彼の後輩かな?そうだよ、債鬼は独り善がりなんかじゃ無い・・・と俺は思う。彼は、自分のことを最優先に考えて動いているだけさ。以前に会った印象だとね。
それを言ったら、ヒバンナの方が債鬼よりよっぽど独り善がりだね。今回は、債鬼もミスったみたいだけど。・・・君等にはまだ理解できないかな?
なら、今はそれでいいんじゃない?君もヒバンナも、後で手痛いしっぺ返しが来そうだね。
債鬼の苦労もわかる気がするな。昨日、俺も指導(それ)関係で中々に苦労したし。んふっ、“嫌われ者”は辛いねぇ。まぁ、自業自得だろうけど。
それに、今後債鬼の在り方の弊害が出てくるかもなぁ。勘違いしちゃ駄目だよ?弊害ってのは、債鬼に現れるんじゃ無い。債鬼は、十二分にそれを『理解している』筈だし。
債鬼の在り方に慣れた君や他の人間に現れるんだ。厄介そうだねぇ・・・。“風紀委員の『悪鬼』”も完璧とは行かないか。俺も、昨日それを改めて思い知らされたし。
うん、やっぱり債鬼は独り善がりじゃ無いだろうね。部下思いのいい上司だと思うんだけどなぁ。やり方がどキツイらしいから、合う合わないはあるだろうけど。
こんな上司を持てて、君は幸せに思わないの?思わない?あっそ。なら、仕方無いね。
そうだ、彼女にも言ったしそっちのリーダーにも指摘されたことだけど、嘘ばっかり言ってる俺の言うことなんて、別に気にしなくてもいいよ?ご自由に」
「(そ、そんなこと言われても・・・!!)」
「(よりにもよって、あの固地先輩を罠に嵌めて沈めたあなたの言葉よ・・・?気にするなって言う方が無理じゃない!!)」

一気呵成が如きマシンガントークを放つ界刺の“予言”に、真面と焔火は背筋が震えるのを止められない。
この男は、自分達が気付いていない自分の欠点や矛盾を看破している。そうとしか思えない。
何故なら、今までのやり取りからこの男の洞察力が並外れているのを嫌でも思い知らされたからだ。
この男はあの固地を相手取り、巧みな言葉と周囲の環境を用いて、結果見事に沈めて見せたのだ。自分達を看破すること等、この男からしたら朝飯前なのだろう。
(実際には、界刺でも無理なものは無理だが。常盤台のフィーサ=ティベルを見誤ったのが、良い例である。
実際、界刺でも焔火と真面・・・特に初対面である真面の人間性は理解し切れていない。無理なものは無理なのである。
故に、巧みに言葉を操ることでその人間の性質を上手いこと引き出し、その上で自分の言葉が正しく聞こえるように仕向け、結果として当人を“その気”にさせるのだ。
一種の洗脳。そして、それに焔火と真面は引っ掛かった。全く的外れでは無い、むしろ当人には図星・盲点なのがタチの悪い所である)

「本当に厄介な男・・・!!ね、ねぇ。い、今その理由とかって教えて貰えないの?」
「そりゃ、無理だ。こんなモン、人に教えられても意味無ぇし。自分で痛い目見て、それでようやく感得できる代物だ。その痛い目が、たとえ命に関わることであってもね。
そこら辺に、俺は関わらない。人間何時かは死ぬ。この2人が、自分の欠点や矛盾で死んだとしても、それは自業自得さ。わかったかい、リーダー?」
「・・・よくそんなんで納得できるね。私には無理だよ」
「君が無理でも、俺にはできる。それだけの話だよ。まぁ、しばらくは俺も死ぬわけにはいかなくなったけど。
ウチにも、未だに1人とんでも無い独り善がりが居るからね。あいつの場合は、もう危ないを通り越しちゃってるから、逆に危なくなくなっちゃったけど」
「・・・つまり、あなたも独り善がりを抱えていたってこと?」
「仲間内で言えば、ある1人とは何度も殺し合いをした末に矯正させて、ある1人とは数ヶ月程激ヤバストーカー行為を喰らった末に服従させて、
ある1人とは救済委員なんてモンに巻き込まれた末に気付かせたって感じかな?どれも、命の危険を伴ったよ?だから・・・警告してんの。
唯でさえ、『ブラックウィザード』の捜査に携わっているんだからな。それ込みで危ないって言ってんのさ。下手したら、命に関わるから」
「・・・あなたもかなり苦労したんだね」
「あぁ」

加賀美は、界刺の苦労話を聞いて同情の念を胸に宿す。何せ、自分も好き勝手ばっかりする部下を何人も抱えているからだ。

「わかった。私なりに色々考えて、緋花の指導に当たってみるよ。あなたの警告を無駄にしないためにも」
「そうした方がいいな。以前の公園で会った時も思ったけど、今日のやり取りで確信したよ。あの娘・・・かなりヤバイ。不安定過ぎる。
確たる自分を持てていない。あの状態は・・・敵方に付け込まれる致命的な隙になる。俺が敵方なら、まずはあの娘から篭絡する・・・というか潰す。
何せ、単純思考そうだし。騙されやすいだろうし。勘違いばっかしてそうだし。“ヒーロー”に間違った幻想を抱いてそうだし。纏めたら・・・根本的に馬鹿なんだろうな、うん」
「・・・あの~、全部丸聞こえなんですけど?結局、私が途轍も無い馬鹿だって言いたいんですか、界刺さん?」

すぐ傍に当人が居るのに、何ぶっちゃけ話してんのよ!!と言いたくて堪らない焔火が界刺に向けて言葉を発する。対する界刺は、焔火に対して哀れみを込めた言葉を送る。

「・・・何だ、今頃気付いたの?これも、もしかしたら独り善がりのせいなのかも、うん」
「な、何でもかんでも独り善がりのせいにすんじゃ無いわよおおぉぉ!!!あなたの考える独り善がりって、幅が広過ぎない!!?」
「だってねぇ・・・自分が馬鹿なのにも気付かないんじゃあねぇ・・・。致命的過ぎ・・・」
「それを言い出したら、あなたの部屋にあった趣味の悪い衣服とかはどうなのよ!!?」
「えっ?何を言っているんだい?全て、趣味の良い物ばかりじゃないか?カッコイイし、カワイイし。あれを趣味悪いと思っちゃう君のセンスの方がおかしいんじゃ?」

もう、何も言えない。・・・こんな人間にボロカスの駄目出しを喰らう自分って・・・思いっ切り馬鹿にされる自分って・・・。

「・・・・・・確かに、あなたも十分に独り善がりだわ。これと同レベル以下の私って・・・一体・・・」
「以下じゃ無いよ。以上だよ。もし、俺が今でも独り善がりだったとしても、君の方が俺なんかより圧倒的にレベルが上・・・」
「益々落ち込んじゃうようなことを気軽に言ってんじゃ無いわよ、バカ界刺!!」
「グホッ!!何で形製の口調が君にまで!!?」

焔火の右アッパーが決まり、吹っ飛ぶ界刺。これには、さすがの水楯も対処のしようが無い。何故なら、自分もあのファッションセンスは有り得ないと思っているからだ。

「・・・ぐぅ」
「・・・はぁ。全く、テメェは本当に読めねぇ野郎だな。本気なのか冗談なのか、サッパリ掴めねぇよ」
「美魁・・・か?」

吹っ飛んだ界刺を、閨秀の『皆無重量』が受け止める。

「とりあえず、その東雲って野郎の話を再開しろよ?まだ、話の途中だったろうが」
「あぁ、そうだね。え~と、何処まで話したっけかな・・・・・・あぁ、そうだ。でも、次に話すのが最後だけどね」

閨秀が促したこともあり、本題に戻る界刺。これが、風紀委員へ贈る最後のアドバイス。

「ヒバンナの言葉を借りるなら、東雲は独り善がりそのものと言っていいね。『力』を生み出せることを証明するためだけに、様々な極悪非道なことをやってのける。
そのためなら、他人を容赦無く切り捨てる。全ては自分のために。あいつの考え方自体は同調できる部分もあるんだけど、独善的過ぎるんだよなぁ。
何事も尖り過ぎは良くないっていう典型例だね。あいつは、証明するものを間違えた人間だ。だから・・・この辺りであいつを潰した方がいいのは事実だね。
仮に、薬の氾濫を抑えたとしても、あいつは別の手段で『力』を生み出せることを証明するだろうし。
そして、被害者はドンドン増えるって図式さ。だから・・・優先順位を間違えるなよ?わかってるとは思うけど。
風紀委員が最優先に考えなきゃいけないのは、『薬の氾濫を食い止める』ことでも、『薬物中毒者を救う』ことでも、『「ブラックウィザード」を潰す』ことでも無い。
『元凶である東雲真慈を潰す』ことだ。そこを履き違えたら・・・君達全員が痛い目を見ることになるよ?最悪命に関わるような・・・ね」
「「「「「「「「「「「・・・!!!」」」」」」」」」」」

この界刺のアドバイスに込められた真意を、例に挙げられずともこのアドバイスが想定したであろう起こり得る現実を、後に風紀委員は嫌と言う程思い知らされることとなる。






風紀委員は去り、現在部屋に居るのは『シンボル』・常盤台生・不良組である。

「・・・まさか、テメェが『ブラックウィザード』の親玉と出会っていたなんてな。あの時の会合じゃ、何も言わなかったくせによ」
「別に、俺は救済委員じゃ無いからね。だったら、報告する義理も義務も無い。違うかい、あらぎゃ君?」
「ブッ!!お、俺の名前は荒我だ!!」
「ごめん。噛んじゃった、あらぎゃー君」
「伸ばすんじゃ無ぇ!!」

何時かの救済委員の会合で、『ブラックウィザード』に関する報告を行った。その場に居た救済委員の荒我と、『シンボル』の界刺。
あれ以来、2人が直接対面するのは今日が初めてであった。

「リンリン。このあらぎゃぎゃ君は、救済委員の1人だ。まぁ、オフレコでよろしく」
「わ、わかりました」
「テメェ・・・わざとだろ?どう考えてもわざとだよなぁ!?」
「そんなことは横に置いといて・・・」
「置くんじゃ無ぇ!!」
「君は、ヒバンナとは親しいのかい?」
「!!!」

ヒバンナ。つまり、176支部メンバーの焔火緋花という少女のこと。

「もしかして・・・“コレ”?」
「ち、違ぇよ!!!俺と緋花は、そんな関係じゃあ・・・」
「・・・ふ~ん」
「な、何だよ!!」
「・・・どうせ、夏休みで暇なんだろ?だったら、あの娘の傍に居てやった方がいいな。彼女、このままだとヤバイかも」
「・・・!!ど、どうしてテメェにそんなことが・・・!!」
「君にはわからないのかい?俺より親しそうな君が?」
「!!!」

界刺の挑発が込められた視線が、荒我の体を射抜く。

「本当に彼女のことが心配なら、本当に彼女のことを大事に思っているなら・・・荒我、君は一度彼女の悩みを聞いてやるべきだ。
君にしか言えないことも、もしかしたらあるかもしれない。・・・手遅れになっても知らないよ?」
「・・・!!」

『手遅れ』。その意味は、先程のやり取りを聞いていれば自ずと答えは出る。
それは、『ブラックウィザード』の魔の手によって焔火の身に危険が及ぶこと。その引き鉄になるのは、他でも無い焔火自身である可能性があること。

「だ、だけど・・・あいつは今風紀委員の仕事が・・・!!」
「それなら、大丈夫だ。今日の午後と明日は、風紀委員活動がお休みになる。そう、椎倉先輩に進言してある」
「なっ!!?」
「・・・細けぇことは気にするな、荒我。今日はバタバタしてるから無理だとして、明日でもいいから緋花を遊びに連れて行ってやれよ!
見栄とか外聞とか気にしてる場合じゃ無ぇ。自分(テメェ)にとって緋花が大事な女なら、しっかりフォローしとけ!・・・そっちの連れはどう思う?」
「・・・荒我君。緋花ちゃんを遊びに誘うでやんす!!」
「そうだね。荒我兄貴。彼女を、『マリンウォール』へ誘いましょう!!」
「利壱・・・紫郎・・・」

荒我を後ろから支えるかのように、梯と武佐が寄り添う。『マリンウォール』とは、第7学区に去年新設されたばかりの大型プール施設である。
レジャー的且つ学生の部活動にも盛んに協力している施設で、夏限定であの焼肉屋『根焼』・喫茶店『恵みの大地』・屋台『百来軒』等も出店していると言われている。
実の所、夏休み初日に焔火を見掛けてからずっと梯と武佐は、荒我に対して焔火を『マリンウォール』へ誘おうと言って来たのだ。
だが、何故か荒我がそれを拒み続けたために実現には至っていなかったのだ。2人の狙いは、もちろん『水着の焔火と遊びたい』である。

「緋花ちゃんがもし悩んでいるなら、それを荒我君は放っておくでやんすか!?(水着・・・緋花ちゃんの水着・・・!!)」
「荒我兄貴・・・。ここは俺達に兄貴の漢(オトコ)って奴を拝ませて下さい!!(たわわに実った胸・・・ハァ~!!)
「ううう・・・」
「荒我君!!(緋花ちゃんの!!)」
「荒我兄貴!!(水着姿!!)」
「・・・わかった。わかったよ!!緋花を遊びに連れていきゃあいいんだろ!!!」
「さすがは!!」
「俺達が尊敬する!!」
「「荒我君(兄貴)!!!」」

舎弟の凄まじい熱意に当てられ、荒我は遂に決断する。焔火を『マリンウォール』へ誘うことを。

「そうと決まれば・・・」
「“善は急げ”でやんす!!」
「お、おい!!?」

梯と武佐に引っ張られて部屋を去って行く荒我。その後姿を見て、ようやく界刺は一息吐く。
朝目覚めてから今まで頭脳をフル回転させていたので、さすがの界刺も疲れているのだ。

「あぁ・・・疲れた。本当に・・・疲れた」
「・・・界刺様。大丈夫ですか?」
「あぁ。何とかね」

鬼ヶ原の労わりの言葉に気軽に応える界刺。そこに、親友の『本気』を久方ぶりに見た不動が言葉を掛ける。

「お前の『本気』を見るのは久し振りだな・・・得世。私と死合って以来じゃ無いか?」
「昨日辺りにもちょろっと出したよ?これも、準備運動の一環さ。・・・最近色々あったことも手伝って、真刺と殺り合っていた頃の感覚が戻って来た感じだよ」
「とは言っても、あの頃のお前に比べればまだまだ温いがな。以前のお前は、まるで閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈だった。
一度『本気』になれば、敵(わたし)を失明状態では無く本当の失明に陥れようとした。敵を殺すために、容赦無い策を次々に繰り出した。何の躊躇も無く」
「そりゃね。『本気』の俺が、敵(しんじ)に情けを掛けるわけ無いし。敵を殺すためなら、幾らでも頭を使ったしね。でも、それはお互い様だったでしょ?」
「そうだな。私も、敵(なりよ)を地獄の底に叩き込むために、一切の手加減をしなかったからな。何時だったか、お前を廃ビルの下敷きにしようとしたり・・・」
「仮初の床や壁を作って、そこに平衡感覚を失わせたお前を誘導させて地面へ叩き落そうとしたり・・・」
「遠距離からの吹き矢で仕留めようとしたり・・・」
「他人に成りすました俺が後方からナイフを、同時に前から失明にするための光を叩き込もうとしたり・・・」
「当時の最大威力をお前の胸に打ち込んで心臓や背骨を破壊しようとしたり・・・」
「近赤外線で眼球や皮膚組織を破壊しようとしたり・・・」
「フッ、思い返してみると昨日のように感じるな。・・・お互い、良く五体満足で居られたものだ。
あの頃の私達は、まさか後に親友と呼べる程の間柄になるとは夢にも思っていなかったな」
「・・・そうだね」
「(・・・!!昨日も思ったけど、界刺さんと不動さんの出会いとか死闘とかってすごく気になるなぁ。とにかく凄まじかったんだろうなってことはわかるけど。
というか、界刺さんが苛烈で、峻烈で、激烈!?・・・全ッ然想像できないわね!!むしろ、気色悪いって思っちゃうわ!!『あの界刺さんに限って有り得ない』って!!)」

界刺と不動の(不穏極まる)昔話に、苧環は関心を抱く。昨日、界刺の口から明かされた2人の出会い。
敵同士という最悪な出会いから幾度にも渡る殺し合いを経て、一体どうやって親友にまでなったのか。
それとは別に、昔の界刺の姿に思いを馳せ・・・撃沈する。今の界刺からは、とてもじゃ無いが不動の言う在りし日の界刺を想像することはできなかった。






「私と和解してから、途端にお前は無気力ぐーたら人間になったからな。ウソツキなのは以前と変わりないが・・・。最近は特に酷くなって来たが・・・。
昔のようにとは言わん。せめて、今私達に見せたような真剣さを普段の生活にも発揮して貰いたいものだな」
「そこは、俺も丸くなったって言ってくれよ。それに、俺が張り切らなくても頼りになる親友が居るんだし。
あの時も言ったけど、真刺は俺にとって初めての友達だったんだから。お前のおかげで、『いわれある暴力』と『いわれなき暴力』の違いに気付けたんだから。
つーか、こんなモンを普段から発揮してられるかっての。普段から発揮するのは、ウソツキだけで十分だぜ」
「(『いわれある暴力』と『いわれなき暴力』・・・!!)」
「ハァ・・・。全くお前という奴は・・・」

苧環が、かつて己に投げ掛けられた言葉を反芻し、次いで不動の溜息が盛大に零れる。とそこへ、一厘が顔を膨らませながら辛口な言葉を吐く。

「昔話はそこまでです。・・・昨日とはやっていることが全然違うじゃないですか、界刺さん。私には、ここまで情報を教えてくれなかったのに」
「そりゃね。これで、風紀委員の一部は俺等『シンボル』に頭が上がらない。債鬼の件もあるし。メリット・デメリット双方を勘案した結果の行動さ。
それにさぁ・・・この盗聴器や小型カメラは“動いたまま”なんだぜ?『光学装飾』で、さりげなく存在を消していたからこそ、あいつ等は忘却しちまってるけど。
しかも、衝撃的事実の連続でその存在が完全に頭の外に行っちまってる。これで、あいつ等は俺との約束を反故にできねぇ」
「なっ・・・!?そこまでやりますか・・・!!」
「当然。そのつもりで、あんだけ長話をしてたんだしな。でなけりゃ、さっさと切り上げてるっての。
椎倉先輩が俺の出した条件を呑んだ後の会話は、全てこの盗聴器と監視カメラの存在から風紀委員の気を逸らすためのアドアイスだったんだよ。
そのアドバイスは、もちろん的確なものばかり。これを嘘で誤魔化すのは、二流・三流がする行いさ。
本当の中に真意を含ませる。そして、その真意という皮の中に幾つもの深意を潜ませる。
これが、一流だ。もし、俺がそうじゃ無かったら、あの頃の俺は真刺と殺り合えていなかったよ?」
「・・・まるで、何処かの悪者の台詞みたいに聞こえますね」
「さてね。“ヒーロー”の台詞じゃ無いのは間違いないけど。んふっ。でも、全体を通して俺のコレクションをボロボロにしてくれたのは予想外だったけどね。
ふざけんじゃ無ぇよ、くそっ。なけなしの金で集めた俺のコレクション・・・。今では手に入るかわからない貴重な品々・・・。おのれぇ・・・必ず仇は取る」
「(あっ・・・何か、嫌な予感が・・・。自業自得なのに・・・身から出たサビなのに・・・嘘ばっかり言うから罰が当たっただけなのに・・・)」

自業自得なのに、ブツブツ文句を垂れている界刺。そんな彼の足元に置かれたのは、固地か仕掛けていた盗聴器と小型カメラ。

「・・・これは、無線式でどっかにある別の機材と繋がっている筈だ。つまり、録画・録音は全て電波を使ってその機材にも行く仕掛けになっている筈だ」
「そ、それじゃあ、その別の機材には今も私達の声や姿が・・・?」
「そんな真似を俺が許すと思うかい?そんな無線は、涙簾ちゃんと一緒に洗い物をしに台所へ行った時にジャミング済みだよ。『送受棒』の機能でね」
「えっ・・・?界刺さん・・・まさか、その頃から・・・!?」
「うん。調べていたよ。俺は言ったよね?『部屋に大人数が雪崩れ込んだ辺りで、少し怪しい行動をしていたからね』ってさ?
だったら、それに気付いた直後から調査をするのは当然のことじゃないか?」

<ダークナイト>の機能の1つ『送受棒<モニタリングスティック>』は、2つある警棒を連結することで傍受・記録した電磁波をジャミングすることが可能だった。
『赤外機』とも併用可能なこの機能を、界刺は朝食に使った食器を台所へ持って行った直後に使用していた。
通常この室内に存在している以外の電磁波を発生させている機械類をモニタリングし、可能性のある電磁波全て(例:携帯電話等)をジャミングした。
ちなみに、連結状態の<ダークナイト>は『光学装飾』で最初から不可視状態にして、台所付近に置いていた。赤外線通信さえできれば、持っていなくても問題は無い。
椎倉に告白した時は、実は盗聴器や監視カメラを見付けながら“それ以外”でジャミングした電磁波を特定し、そのジャミングを解除していたのである。

「ハァ・・・。何て人・・・」
「そういえば、何となくこの部屋にある色んな電磁波が増えたり減ったりしていたのは感じていたけど・・・。界刺さんの仕業だったのね?」
「そうだよ、華憐。俺としては、君がその存在を口に出すのが一番恐かった。ファインプレーだよ、華憐」
「・・・!!そ、そう。ま、まぁ、界刺さんのお役に立てたのなら、よ、よかったんじゃな、ない?」
「苧環・・・。口調、口調」
「だから、盗聴関係の心配は余り無かったんだよね。もし、盗聴器とかが存在しなくても、俺の勘違いだったってことにすりゃよかったし。
むしろ、この“手札”を何時切るかってのをずっと覗っていたんだよ。そんな時に椎倉先輩が取引を申し出てくれたから、『ここだ!!』と思って切ったんだよね。
更なる見返りを貰うチャンスだったから。効果抜群だったろ、リンリン?」
「・・・・・・恐い」
「・・・・・・だろうね。普通の感覚だと」

どうしてか、その一言だけが口から零れ落ちた。それは、正真正銘自分の本音。この男の手の平の上で、自分が途轍も無い程いいように転がされている感覚を持ったがために。
そういう感想は界刺にも理解できたが、そんなことは当然ながら無視する。そんなことに気を取られているようでは、“詐欺師”は務まらない。

「でも、この盗聴器とかってどうするの、アホ界刺?」
「俺の知り合いで機械に詳しい人が居るから、今からすぐに持って行って来るよ。あの人なら、この送信用の機械からデータを取り出せる筈だ。
ちゃんと複製して、証拠として残しとかねぇと。あいつ等が、盗聴器とかの回収を思い出しても、これでどうしようも無くなる。
んふふっ、これで159支部・176支部・178支部・花盛支部・成瀬台支部は、俺達と一蓮托生だ。リンリン?わかってるとは思うけど、これはオフレコな?」
「『「ブラックウィザード」の捜査に関わっている風紀委員は今後、「シンボル」の行動を原則黙認する』。個人的事情も含めて、もう後戻りはできませんから。了解です」
「んふっ!よろしい」
「・・・あなたって救いの天使の顔をして、本当は詐欺師面の悪魔なのかもしれませんね。『光学装飾』で様々な色に移り変わって、色んな人を惑いに惑わせる。
その人にとって、希望を齎す光にも絶望を齎す光にもなり得る存在。それが、あなた・・・界刺得世。
世界の一部足る存在として、光で、言葉で、信念で人の心を蹂躙する“『シンボル』の詐欺師”・・・界刺得世。
その感じだと、私達風紀委員と『ブラックウィザード』が戦っている戦場に現れるという可能性も眉唾モノですね。
可能性でさえ、碌に信じることができない・・・。有り得ない希望を私達風紀委員に見せるだけ見せて終わりですか、あなたは?」
「さてね。そんな未来のことなんか、俺には予測できないよ。予知能力者でも、この世界の神様でも無いんだし。
そもそも、俺ってそんなに頭良くないし。この前あったテストの成績も悪かったしな。んふっ!」
「・・・恐ろしい。とても恐ろしい人。・・・もしかしたら、私はとんでもない男に心を奪われてしまったのかもしれません」

一厘は、己の正直な心情を吐露する。これ程恐ろしい男を、“『シンボル』の詐欺師”界刺得世程恐ろしい人間を、他に知らない。
破輩が言ったことが、今になってよくわかる。自分はもう、後戻りはできない。否、本当は後戻りなんてこれっぽっちも考えていない“自分自身”に・・・心底戦慄する。

「なら、そっくりそのまま返してあげようか?」
「・・・もぅ。答えがわかっているのに、その質問は意地悪過ぎませんか?例えあなたが詐欺師面の悪魔でも、心底恐ろしい人間でも・・・私は界刺得世と共に居たいんです」
「そうなの?ふ~ん」
「でも・・・これは黙認ですから。私があなたに屈したわけじゃ無い。私は私の信念を育むことで、何時かあなたの信念と渡り合えるくらいに強くなってみせますから」
「んふっ!その時を楽しみにしているよ・・・鈴音?」

界刺が、本当に嬉しそうな顔をして一厘に微笑み掛ける。この男は少女の宣言を心から喜んでいる。それがわかったから、一厘はもう何も言えなくなる。本当に・・・卑怯だ。

「そんじゃ、ここで1つ。俺に心奪われた君達を含めたここに居る人間及び他の『シンボル』メンバーに素敵な提案がある」
「提案?何をするつもりだ、得世?」
「何、大したことじゃ無いよ。唯、皆で遊びに行こうってだけの話さ。本当は特訓するつもりだったけど、そんな気分にはなれそうにないし。
一昨日の件で、真刺達にも心配掛けちゃったからね。その埋め合わせ的な意味も込めて。
俺はこれから出なきゃいけないから、明日の午前10時に皆で集まって思いっ切り遊ぼうっていう提案だ。折角の夏休みなんだしね」
「・・・ねぇ、バカ界刺。まさか、その遊びに行く場所って・・・」
「んふふっ・・・察しがいいね、アホ形製。その通り、俺達が明日遊びに行くのは・・・」

形製の言葉を受けて、顔をニヤリとさせる界刺。彼の口から、明日の集合場所及び遊ぶ場所が宣言される。


「『マリンウォール』。この暑っ苦しい空間から逃れて、皆で思いっ切り涼もうぜ!!」

continue…?

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最終更新:2012年07月10日 23:13