あるクリスマス明けの日の176支部、稜と狐月と緋花はいつもどおり巡回中で、支部に残っているのは雅、ゆかり、丞介の三人で、そのほかのメンバーは非番なので、今頃は休日を楽しんでいるか、冬休みの課題を片付けているかのどちらかであろう。しかし、今日はその176支部に珍しくソファーでジュースを飲みながらくつろいでいる小さなお客がいた。
「ゆかりねーちゃん、ジュースおかわり!!」
元気な声でゆかりにそう告げたのは、ゆかりの弟で、小学五年の葉原 樹(はばら いつき)だ。
「え?さっきお姉ちゃんの分もあげたでしょ?」
「もう飲んだ」
「じゃあ、これでおしまい」
「えぇ!?もう一本!!」
「ダーメ!あとのジュースは、もうすぐ巡回から帰ってくるみなさんの分だけだから」
「じゃあ神谷の分は俺が飲む!!」
そう言って、樹はジュースなどが入っている冷蔵庫の方へ小走りし、勝手に冷蔵庫の中からジュースの缶を取り出した。
「こら!樹!」
ゆかりは慌てて樹の方へ駆け付け、樹の頬をぎゅうっと抓った。
「いでででででで!!なにすんだよゆかりねーちゃん!!」
樹は自分の頬を抓っているゆかりの手を無理やり振りほどきながら口を尖らせ反論した。その時だ…
「戻りましたぁ~」
「お疲れっす~」
「お疲れ~!」
噂をしていた稜が帰還してきたのだった。ゆかりは慌てて樹からジュースの缶を取って、椅子に座った稜の方へ向かった。
「お、お疲れ様です先輩、どうぞ!」
「サンキュ。って、葉原…お前顔が引き攣ってるぞ」
「へ!?あ、その…」
ゆかりの表情は、樹を叱っていた表情から普段の表情に一変させようとしたため、中途半端な表情になっていたのだった。
「神谷!!」
「ん?あ、またいたのか、ガキんちょ」
「ガキんちょじゃねぇ!!俺は未来の風紀委員のエースだ!!!」
「あっそ…」
稜は足を組んで、缶のプルタブを片手で開けながらさらりと流したのだった。
「ただ今帰還しました「なんだよ!!その反応は!」
「!?」
狐月は帰還早々、涼しい表情でジュースが入った缶をあおっている稜に、闘争心むき出しの表情で睨んでいる樹の姿が目に入っていた。
「葉原、この状況は一体なんだんだ?」
「すみません、斑先輩…うちの弟が騒々しくて」
「いや、それよりこの状況は…」
狐月は状況がわからず、目を丸くした。すると、稜は持っていた缶をテーブルの上に置き、そこで樹に目線を向け直して口を開いた。
「…で、何の用でここにいるんだよ…」
「あ、そうだった。神谷!今日はお前に聞きたいことがあってきたんだ」
「聞きたいこと?」
稜が聞き返すと、樹は真剣な目つきで稜の目を見て、口を開いた。
「どうやったら、エースになれるんだ?教えてくれ!!」
「エース?そうだなぁ、気持ちだけなら、一日一回は必ず自分をエリートエリートって連呼している、エリートな狐月君から教わったほうがいいんじゃねぇか?」
「ちょ!変なあだ名を彼に教えないでくれ。それに、このエリートな私は最近エリートなどと言った覚えはない。」
「今言っただろ」
「う…」
狐月はムッとなって反論したが、結局稜に足元を救われ、反論できなくなってしまう。
「狐月にーちゃんも参考になるけど、俺はお前の強さが知りたい!」
「……少なくても俺の強さは、お前の考えている強さとは違うぞ」
「どう言う意味だよ?」
「家に帰って頭で考えろ…」
「わかった…」
やや不満そうな返事をして、樹は支部を出ようと歩き出したが、突然立ち止まり、稜の方を向いて、口を開いた。
「あ!そうだ神谷!」
「あ?」
「いつもお前と一緒にいるあのそれなりにでけぇねーちゃんは?」
「あ!こら!樹!」
「?正美のことを聞いてんだとしたら、あいつは麻実とセブンスミストでショッピングを楽しんでると思うぞ…てか、誰が正美のことを聞いた」
「丞介にーちゃん!」
「な!?樹くん!それはシーだよ!!」
丞介が慌てて自分の人差し指を自分の口元に持っていくジェスチャーをしたが、樹は満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃあ、また来るからな!!」
そして、支部を出て行ったのだった。すると、稜はわざとらしく咳をして、声を発した。
「丞介く~ん?」
「な…ななな、な、なんでしょうか、か、神谷様…」
丞介はまるで首の骨が錆び付いたかのような動きで稜の方に首を向け、すぐに体ごと稜の方を向いき、背中から冷や汗を大量に流していた。
「なんで様なんかつけてんだ?俺はただ、樹に何をすり込んだのか聞きたいだけだぞ?」
と言いつつ、稜は明るい笑顔で丞介に言ったが、当人は愚か、ここに居る全員が固まった。というのも、稜は明るい笑顔を見せているが、その背後からはゴゴゴという効果音がぴったり当てはまる雰囲気とオーラが出ていて、とても言い訳が出来るような雰囲気ではなかったのだった。
「ただ今戻りました!………ひっ!」
タイミング悪く戻ってきたのは緋花だった。そして、今の惨状に彼女も背筋がピシッとなった。
「え、あ…その…すいませんでした!!俺はただ、正美先輩は大きすぎず小さすぎずの類ではデカイ方だと樹くんに教えただけでそれ以上は…」
「そうか~」
稜はとりあえず納得すると、先ほどよりもさらに明るい笑みを浮かべたと同時に、背後のオーラもゴゴゴからドドドという、さらに強力なオーラにランクアップしたのだった。すると、丞介は身の危険を感じ、ジリジリと後ろに下がりだした。それに合わせて稜も数歩前へと進んだ。だが、すぐに丞介は壁際に追い込まれ、万事休すとなり、震える唇を動かした。
「さ、最後に一言いいですか?」
「ん?なんだ?」
「ま、正美先輩にぜひ濡れたYシャツをギャアアアアア!!!!」
またしても丞介は遺言を言い残す前に断末魔を上げたのだった。
「ったく…」
「そういえば、稜」
「はい?あ、お疲れ、焔火」
稜は気絶した丞介に背を向け、緋花にねぎらいの言葉を向けてから雅の方を向いた。
「どうして、稜は樹くんに正当なアドバイスをしないの?」
「…あいつは、エース=正義のヒーローだと思っているからですよ、でも、実際は風紀委員のエースほど、犯罪者からは忌み嫌われる存在になりますからね」
「でも、神谷先輩はそれを知っていて、何故それを樹に教えないで、遠まわしなアドバイスをするのですか?」
「……似てるから…あいつと同じ頃の俺に…」
稜は声のトーンを低くして、思い込んだ表情になりながらそう告げた。
「え?」
「……俺もさ、あいつと同じくらいの頃、あいつみたいに強さを勘違いしてたんだよな、その甘い考えで事件に首突っ込んだ結果、実地研修を一緒に受けてた女子を死なせちまったんだ…」
「え…」
これはこの支部にいた全員が息を呑んだ。今までに聞いたことのない稜の過去、それも決して軽くはない、一生記憶に残る過去。稜は今まで、そしてこれからもこの過去を背負わなければならないのだ。
「……けど、俺を不憫とか思わないでくださいよ…この過去があって、今の俺があるんですから…」
「そうね、けどそれを樹くんに言わなかったのには理由があるわけでしょう?」
雅は鋭い質問を稜にぶつけると、稜も少し驚いたふうな表情をしたあと、口を開いた。
「そのうち自分で気づくと思うから…そうしました」
「…しかし神谷君」
「ん?」
「小学生には難しい回答だったのでは?」
「悩んだら無鉄砲には突っ込まねぇだろ?俺が避けたいのは、何も考えないで強さだけを求めて突っ走ることだ…それは必ず、大小問わずに自分の重みになるからな…」
「体験談、ですもんね?」
「でも俺は、その神谷先輩と一緒にいた女の子を殺した犯人が許せない!!」
「…悪いのは俺だよ、俺が軽率な行動をとってなければ、今頃あの子もここに居るんだ」
「神谷先輩…」
そんな時、支部の電話から、緊急の連絡音が鳴り響いた。
「はい、176支部です。…はい…はい…分かりました。すぐに向かいます」
ゆかりは受話器を置き、即座に稜たちの方を向いて、早口で告げた。
「近辺の河原で、小学生の男の子が中学生くらいの男子に暴行を受けていると通報がありました」
「……俺が行く、多分樹だろ」
「え、なんで樹だとわかるんですか?」
「考えることにむしゃくしゃしていた時に、たまたま目に入った事件に首突っ込んでみたんだってのが目に見える」
「わかったわ、じゃあ頼むわよ、176支部(ウチ)のエース君」
「行ってきまぁす」
稜は気負いのない返事とともに、支部を出て、走って現場へと向かった。すると、河原の橋の下で一人の男子小学生が、数人の男子中学生からの暴行を受けていた。
「おらおら~、どうしたんだよ?未来の風紀委員のエース君?」
「くっそぉ…俺は…「で、結局解んないままそうなったわけだな?ガキんちょ…」
「「「「あ?」」」」
樹を囲んでいた中学生が、声のした方を向くと、稜が右腕に風紀委員の腕章をつけて立っていた。
「風紀委員だ、小学生への暴行でお前らを拘束する…大人しく務所に入ってもらうぞ?」
「やば…おい、こいつ176支部のあいつだぞ…」
中学生の男がそう言葉を漏らすと、ほかの三人も後ろへと下がった。
「ったく…おいガキんちょ、どうだ?自分は強いって思ったか?」
稜はボロボロになって倒れている樹の顔の横で片膝立ちになり、質問した。
「神谷…俺は弱い…」
「それがわかれば上等だ…ほら立て」
稜は樹の身体を起上げ、橋の柱のところまで連れて行き、言葉を発した。
「今からお前に見せてやる、本物風紀委員の強さってやつを…だからしっかり見とけよ」
稜は樹にそう告げ、再び橋の下へと歩いて行き、中学生の前で立ち止まった。
「いくらお前がレベル4でも、レベル2が四人もいれば勝ち目はねぇだろ!!」
「ん~、普段なら閃光真剣(これ)で一掃すればいいんだけど…レベル0でも勝てるってことを教えてぇし…しょうがねぇ、素手でやってやる」
「後悔すんじゃねぇぞ!!」
「………」
稜は、わずか数分で中学生たちをノックアウトし、アンチスキルへ引き渡したのだった。
「神谷」
「あ?」
「なんでお前は風紀委員になったんだ?」
「え?あぁ…う~ん、そうだな…俺もよくわかんねぇ」
樹のストレートな疑問に、稜は腕を組んで少し考えた結果、意外な答えを口に出したのだった。
「へ?」
「なんていうか…つまるところ、風紀委員になりたいって思ったからなった。ただそれだけなんだ」
「なんでそれだけなんだ?」
「ん?お前みたいな年頃のやつは、何々でこうなりたいとか考えるより、まず何になりたいって強く思ったほうがいい、こうなりたいああなりたいってのは、あとから考えるものなんだだから、まずお前は、風紀委員になりたいって誰よりも強く思え、それが結果になって、なりたい自分になれる近道だ」
「そっか!じゃあ俺!つよくおもう!!!そうすればなれるんだろ?」
「あとは努力だ…じゃあな、ガキんちょ」
そう言って、稜は支部へと戻っていった。辛い過去の記憶を背負いながらも、稜は一歩ずつ進んでいくのだった。二度と同じ過ちを誰にも繰り返させないために。
END
最終更新:2012年08月11日 15:37