行間 とある風輪の尾行追跡2前編
『―――お勤めご苦労さん。もう帰ってくるなよ』
「…それはぶっちゃけドラマとかで看守がよく言うセリフの真似っすか?それともそのままの意味っすか?」
『ははは、残念。どっちもだ』
そんな実に他愛のない会話が繰り広げられているのは、現在の時刻から少し遡った午後11時の第7学区。
時間的には完全下校時間を過ぎており、人の気配はもうほとんどない。そのため辺りに音らしい音は無く、彼らの会話が閑散としたビル街に響いている。
会話の内容は男が先程女子トイレに侵入したとして警備員に補導され、先程漸くその誤解を解き釈放された事、そして誤解を解くための証人になってくれた電話の向こうの人物に対する感謝であった。
会話の主は、
鉄枷束縛。そしてもう一人の声の主は彼が右手に持つスマートフォンの向こうから聞こえている。
電話の相手は
破輩妃里嶺、立場的には彼の上にあたる、第159支部の支部長を務める人物だ。
彼らは今とある理由から、自分たちの同僚である一人の少女、春咲桜の追跡を遂行していた。
といっても、実際に尾行しているのは電話の話し手である鉄枷一人で、電話の向こう側の彼女は、今同じ風紀委員の一厘と共に春咲捜索の為に準備を整えている。
と、鉄枷は聞かされている。しかしそれが具体的に何なのかは一切聞かされていなかった。
そして準備をしているにも拘らず自分をからかう様な電話をしてくることから察するに、電話の向こうの二名はもう用事を済ませたのだろうなと漠然と考えていた。
――――しかし、自分を遠ざけてまでしなければならない“準備”とは一体何だったのだ?
夜の学園都市は不良がのさばる危険区域に変貌すると言えど、実力的には明らかに自分よりも上である彼女達が追跡をせず自分に追跡の役を一手に任すのはどう考えてもおかしい。それならば彼女たち二人が追跡に向かって、一番能力強度の弱い自分にその準備とやらを代わりにやらせるべきである。
そもそも二人とも不良にビビるようなガラだとはとても考えにくい、むしろ不良の方が恐れ戦くだろう。
にも拘らず、そうしなかった。という事はつまり、彼女達は自分には出来ない“何か”をしているのであろう。
そう考えると、無性に気になってしまうのは人の性なのだろう。
そして、そこで大体ピンク一色の固有結界が構築されるのは健全で純情な思春期男子の逆らい様の無い法則なのだろう。
会話の途中で男鉄枷はその準備とやらが何なのか、悶々と想像を膨らませていく。
およそ男子高校生が想像する内容などたかが知れているが、たかが想像、されど想像。
行きすぎた想像は意識を現実から乖離させる事もあるのだ。
現に鉄枷は自らの作り出した“自分だけの現実”に入り込んでしまい、電話の声など何処吹く風。要するに彼は今、上の空なのである。
「やっぱ隠密行動にはボディラインのハッキリ見えるピチピチ黒スーツ一択だよなぁ…」
『…やっぱもう一回警備員に補導ルート一択だよなぁ、テメェは』
そして行きすぎた妄想は、時として無意識に口を介して他者に聞かれる事もあるから性質が悪い。
後篇に続く
最終更新:2012年08月12日 23:45