そこは学園都市の一角。第三学区に存在する外部向けの高級ホテルだ。
 最上階。廊下には赤い絨毯が敷き詰められ、白い大理石で出来た壁には一枚で家が買えるような、著名な画家の手による高価な絵が飾られている。天井には学園都市の技術の粋を集めた、照明と空調管理システムが設置されており、自然のそれに似た柔らかい光と風が常にその空間を満たしていた。
 本来ならば外部の著名人や大金持ちが観光や避暑目的で訪れる、一級のこの場所では、今、本来ならば有り得ない出来事が起こっていた。
 連続して響く破裂音。多くの怒号、爆発音。悲鳴と断末魔。
 戦闘である。
 ホテルの廊下は一本道。幅は2m、全長は150mと言ったところか。
 片方にはエレベーターと階段に繋がっており、もう片方は非常階段に繋がっていた。
 廊下の両側にはドアがそれぞれ七つ。そのうち、非常階段側のドア四つが開いている。
 そのドアを盾にし、銃器を構えているのは、黒いスーツに身を包んだ20~30程度の男達。総勢10人と言ったところか。
「どうなってやがる!? こっちにだって学園都市製の銃と防弾スーツがあるんだぞ!?」
「わからねえ・・・あっという間にここまで追い込まれちまったッ! クソが!」
 そう。『彼ら』は既に『追い込まれて』いた。
 『彼ら』は元々、このフロアの全てを貸切、全ての部屋に人員を配置。
 いや、それだけではない。下のフロアにも、何人かの人員を配置していた。
 最上階故に狙撃の心配も無く、また攻めこむとすれば下からしか有り得ない。
 下に配置した人員から連絡があれば、即座に迎撃の体勢に入れる。廊下は一本道、階段を登ってくる敵は蜂の巣になる――その筈だった。
「こっちも弾をばらまいてるんだ! なんで押し返せねえんだ!」
「クソッ・・・それより下のフロアの連中は!? 連絡は!? あいつら突然襲ってきやがって――」
 襲撃は突然だった。エレベーター側の四部屋が速やかに鎮圧され、それに対応する形で飛び出した『彼ら』の仲間は、敵の姿を確認する事すら無く次々と銃弾に倒されていった。
 散発的に弾丸をばらまきながら、前列のドアに隠れていた男二人は、互いに大声で状況を罵り合っていた。
 だが、次の瞬間、ドアごと吹き飛ばす大きな爆発により、共に物言わぬミンチになる。
「な――何を考えてやがる・・・!」
 その爆発に、部屋の中で待機していた者、一番奥のドアに身をひそめていた者、皆が恐怖した。これ程狭い環境において、これ程強力な爆発物を使うなど有り得ない。
 下手をすれば自分も、いや自分達も衝撃や、飛んでくる破片などで負傷する危険性があるのだ。
「ふ、普通じゃねえ・・・・・・これが『学園都市』だってのかよ!」
 そう。『彼ら』は知らなかったのだ。『学園都市』、その『表側』ではない者の存在を――。


「あらあらあら」
 ふわふわした金髪、タレ気味の碧眼。ポケットが大量についたロングコートを着た長身の少女は、首を傾げながら、困ったように手を頬に当てた。
 そのどこかおっとりとした仕草は、彼女を世間知らずのお嬢様のように見せる。見る者を和ませる雰囲気があり、彼女に対する警戒、そういった者をほぐしてしまうようであった。
 ただし、それはここが銃弾飛び交う戦場でなければ、だが。
「間違えちゃったかしら~。煙で見えないなの~」
 彼女の目の前には、黒煙が広がっていた。それは彼女が先ほど投擲した爆弾によるものだ。
 『学園都市』、しかも『暗部』で用いられるそれは、見た目は唯の100円ライターだが、スイッチを入れて投擲する事で、軽自動車程度なら容易に吹き飛ばすほどの威力を持つ爆発を引き起こすという代物だった。
 原理としては二種類の特殊な液体を混合させる事によって行われるのだが――それはさておき、それは携帯性と威力こそ優れているものの、使用時に通常よりも多くの煙を発生させてしまうという欠点があった。
 屋外なら風などで直ぐに晴れてしまう為問題はないのだが、室内では目眩ましのように何時までも残るのだ。それが利点となる場合もあるが、この場合はそうではない。
「ごめんなさいなの~。風をお願いしますなの」
 少女は誰かに語りかけるようにポツリと呟く。すると直ぐ様、天井に備え付けられていた空調管理システムが作動し、煙を吹き散らかしていく。無線通信で、ホテルの管理室に居る彼女の部下に、指示を出したのだ。
「・・・・・・あら~?」
 黒煙が晴れていく。だが、その先には誰もいなかった。
 爆発によるこげ後と、ひしゃげた金属のドア。そして、人間だったもの。
 残されていたのはそれだけで、先ほど彼女が『交戦』していた連中はどこにも居ない。
「逃げられちゃったなの・・・・・・なあんて」
 少女の横に、プロテクターやヘルメット、防弾アーマー等で完全武装した男が駆け寄った。似たような装備の人間が、少女の横をすり抜けて、開放された部屋に突入していく。
 少女の横の男が、手短に連絡事項を伝える。それを受けて、少女は再び、誰かに向けて呟いた。
「プランC、おねがいしますなの」


「ハァ、ハァ、ハァ・・・!」
 『彼ら』は必死になって階段を駆け下りていた。
 先ほどの爆発。あれによって生じた黒煙を隠れ蓑に、万が一の逃走経路として考えていた非常階段へと足を進め、一丸となって逃げ出しているのである。
 『彼ら』はそれを『好機』だと捉えたが――実際には違う。
 それはもっとも取るべきではない判断だった。
「ッ・・・! あ、開かない! ドアにロックが掛かってる!?」
 数階を降りた後、先頭に居た人間が別の階の非常階段のドアノブに手を伸ばした。だが、いくら動かせどドアが開く様子はない。このドアさえ開けば、下に配置しておいた人員とも合流出来るはずなのだ。
「外部からコントロール出来るのか・・・? じゃあなんでさっき俺達は――」
 男が疑問に思った瞬間、それは霧散した。何かが解決した訳ではない。物理的に、脳みそが吹き飛んだのだ。まるで大木が折れるかのように、鼻から上を無くした男の体が手すりに寄りかかる。
 『彼ら』は驚愕し――しかし、即座に銃器を銃弾が飛んできた方向へと向けた。
「・・・・・・なんだ?」
 下の階段の踊り場に居たのは、二人の少女だった。一人は黒尽くめのコートを着た背の小さな黒髪の少女。もう一人は、茶髪の、左目を髪で隠した少年だ。
 ――なんでこんな所にガキが?
 場違いなその風体に一瞬、『彼ら』の思考が停止する。
 だが、その一瞬は致命となるには十分過ぎる程だった。
 少女のコートから滑りだした『十の銃器』と、そこから吐き出された銃弾が、『彼ら』を捉え、一瞬で肉片へと変えたからだ。
 彼らは手に持った銃を一度も用いること無く、たった一人の少女が『周りに浮かせた』銃によって、完全に制圧された。
「・・・・・・ぐ、あ」
 いや・・・・・・一人。
 たった一人だけが、階段にぶつかる事で威力を削がれた銃弾で、致命傷を免れていた。
 しかし、もう戦闘をするだけの体力も気力も、持ち得ていないように見える。
 そんな男を一瞥し、黒髪の少女は先程から戦況を見守っていた茶髪の少年に目配せをする。
「・・・・・・分かってる、鉄砲町」
 少年はゆっくりと階段を登り、死体を乗り越え、死に体の男に向かっていった。
「ぐ、や、やめ・・・た、助けてくれ。俺達が、悪かった!
 この町に『歯向かおう』なんて――」
「普通に満足しないで、力を求めたのはお前。代価は、払うべきだ」
 少年が男に手の平を向ける。すると、手の平に変化が現れた。それは『水』だ。少年は『水』を手元に集めたのである。
「悪いけど・・・お前は標的だから」
 振りかぶり、手を振り切る。その動作で、少年の手に集められた水が消える。
 次の瞬間、男の首と、もたれかかっていた金属製の柵が、綺麗に切断された。
 手の動きに合わせて音速を超える速度で『水』が放たれ、それは細い糸となって、男の首を切り裂いたのだ。
 男の首から吹き出した血を浴びて、少年の手が血にまみれた。視線を動かせば、男の生首が恨めしそうに少年を見上げている。一瞬目をつむり、小さなため息をついた。
 少年の名前は不知火京。暗部組織、クラウドの構成員。
 京は生首から視線を外し、空を見上げる。血なまぐさい戦闘など無かったかのように、どこまでも澄み切った青い空だった。

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最終更新:2012年08月13日 01:37