「・・・ホワイ!?」
「・・・何だ、これ!?」

“ジワジ~ワ”に戻って来た界刺と奇矯が目にしたのは、凄まじい威圧感を放っている“闘食の王者”こと 羽千刃最乃と、“魔王”仮屋冥滋がテーブルを挟んで対峙している姿。

「あっ!かいじさん!!店長ぉ!!」
「抵部準エース殿!」
「抵部女史!これ~は、一体・・・?」

2人の姿を見付けた抵部が、切羽詰った表情で走って来た。

「“きんぐふーでぃすと”が来たんですー!!」
「な、何ですって!?」
「“闘食の王者”・・・。確か、仮屋様が持っていた学園都市中の大食い記録を次々に塗り替えているフードファイター・・・だっけ?」

“闘食の王者”。フードファイター達の間では都市伝説化している少女の異名。だが、それは都市伝説等では無く実在する人間なのである。
数ヶ月前までは、学園都市に存在する大食い記録は全て仮屋が保持していた。だが、それを次々に塗り替えている少女が居る。それが、都市伝説化の切欠である。
余りにも目立たないためか、その少女が“闘食の王者”と気付く者は殆どいない。
今回の場合、『根焼』で開催した早食い大会の結果を注視した奇矯が調査した結果、1位となった羽千刃が“闘食の王者”だと判明したのだ。

「・・・美味しい?」
「・・・うん」

その羽千刃と対峙している仮屋の額には、暑さによるものでは無い汗が浮かんでいた。そして・・・



ドン!!ドン!!ドドドドドドン!!!



羽千刃の前に、仮屋が頼んだメニュー全てが並んだ。『恵みの大地』・『百来軒』・『根焼』の料理群が食欲をそそる香りを立ち上らせる。

「・・・ちょっと待っててね。ガツガツガツガツガツガツ!!!!!」
「!!!」

一気呵成。今羽千刃の頭にあるのは、目の前に並ぶ食事を己が胃袋に流すことだけ。もちろん、味をしっかり楽しみながら。
歯と歯がぶつかる音がけたたましく鳴り響く。行儀が悪いと注意されてもおかしくないのだが、彼女から放たれる威圧感がそんな戯言を吐くことを許さない。
約10分後・・・

「・・・追い付いた」
「・・・あれだけの量を、10分程度で・・・!?あ、あの体の何処にあれだけの量が入るって言うの!!?」

苧環が驚愕の言葉を吐くのを余所に、羽千刃は仮屋に対してこう告げる。

「・・・勝負しましょ?」
「勝負・・・?」
「・・・そう。・・・今日は、軍資金は一杯あるし。・・・あなたとなら、良い勝負ができそう」
「(ホワイ!?な、何~だか・・・)」
「(い、嫌な予感が・・・)」
「(プンプンするねぇ・・・)」

羽千刃の勝負発言に、奇矯・福百・大地が嫌な汗をかく。

「・・・私とあなた、どちらが『恵みの大地』・『百来軒』・『根焼』の料理を多く食べられるか。・・・時間は1時間。・・・どう?」
「!!」
「・・・すっごく恐ろしいこと言ってない、あの娘?」
「・・・あぁ。前の時もそうだったが、アイツの胃袋はどうなってんだ!?」

羽千刃の提案に、焔火と荒我が体を震わせる。

「・・・いいよ。受けて立つ!!」
「ちょっ!?仮屋様!?金が・・・あぁ、そういや金の心配は無くなったんだった」
「そ、そういう問題なのか!?店の主人共を見てみろ!!顔が蒼白状態になっているぞ!?」

不動の言う通り、奇矯・福百・大地の3名は顔を青く染めていた。本来であれば、商品が売れることは良いことである。
だが、羽千刃と仮屋のペースで作るというのは、この炎天下の中では地獄である。しかも、大食い勝負の雌雄を決するという意味で、各々には相当な重圧が圧し掛かっている。

「・・・そう。・・・それじゃあ、15分後から始めましょう?・・・注文をしたいんですけど?」
「ボクも!!」
「は、はい!!」
「ど、どういった注文で!?」
「・・・ちょ、ちょっと待って下さい!!メ、メモが追い付かない・・・!!」

羽千刃と仮屋の注文を、必死にメモる駒繋・森夜・石墨。

「・・・楽しみ」
「・・・負けない!!」

両者の視線が熱く交錯する。そして、2人が注文した多種多様の商品がテーブルを賑わせる。もう間も無く、決戦の火蓋が切って落とされる。

「・・・行くよ?」
「うん!!」

そして・・・決戦は始まった。













「・・・負けた~」
「まさか、お前が満腹で動けなくなる姿を拝めるとはな。・・・大丈夫か?」
「う~ん・・・30分くらいしたら大丈夫。また、食べられるようになるよ~」
「・・・まだ食うつもりなのか、お前?」

食事所から離れた場所、丁度日陰になっているベンチに横になっている仮屋を気遣う不動。結果から言うと・・・羽千刃の勝利で決戦は幕を閉じた。
両者の差はそれ程無かったのだが、確かに差は存在したのである。しかも、仮屋の方が先に消化を始めていたのだから、これは事実上の完敗である。

「し、雫・・・。ちょっと、腰を揉んでおくれ。アイタタタタ・・・」
「わ、私の方が揉んで欲しいくらいなんですけど・・・」
「客で賑わうってのが、こんなにも過酷なモノだったとは・・・!!詩門・・・今日は特別に2玉追加で食わせてやるよ!!」
「マ、マジっすか!?はぁ~・・・頑張った甲斐があった・・・」
「・・・・・・」
「あ、あの店長が一言も喋らない・・・!!これは、一大事よ!!」

提供側である『恵みの大地』・『百来軒』・『根焼』の店主及び従業員は、揃って憔悴し切っている。
“闘食の王者”と“魔王”の凄まじさが良くわかる光景である。

「・・・お腹9分目くらいかな?・・・また、軍資金を集めなきゃ」
「・・・あれで9分目・・・でやんすか?」
「・・・『思考回廊』で覗いてみたけど、本気で言ってるね・・・」

羽千刃のカミングアウトに、梯と武佐は背筋を震わせる。

「“魔王”が負けた・・・!!緋花!!」
「うん!!あの“魔王”は一生勝てない相手なんかじゃ無いね!!!これで、私もお姉ちゃんも安心できる!!」
「そ、そうね(あれは、別に深い意味で言ったんじゃ無いんだけどな。緋花って、真に受け過ぎなきらいがあるんだよな)」

“魔王”の敗北を見て、焔火姉妹は胸を撫で下ろす。

「抵部準エース殿!お疲れ様です!はい、お水」
「あ、ありがとうございますー!!ゴクゴク・・・プハーッ!!生き返りましたー!!」
「それは何よりです!」
「あー、そういえば・・・。かいじさん!1つお願いしてもいいですか?」
「何ですか、抵部準エース殿?」
「わたしのお友達でかおりんって娘がいるんですけど、その娘がかいじさんに会いたいって言うんですー!!理由はわかんないんですけどー!!」
「ふむ・・・。別にいいですよ。でも、これから抵部準エース殿はお忙しい身ですし、自分もバタバタしそうですから後日でもよろしいですか?」
「は、はいー!!それで、お願いしますー!!」
「では、その約束代わりに。はい、お守り」
「えっ!?こ、これは・・・!?」
「これから過酷な任務に赴かれる抵部準エース殿を思って、不肖界刺得世がささやかながらお作りしたお守りです!
これを、自分と抵部準エース殿が約束を交わした証として肌身離さずお持ち下さい!
他の人間に見付からないように内緒で。もしかしたら、世界のご加護があるかもしれません!」
「かいじさん・・・!!」
「では、ご健闘をお祈りしています!!互いに笑いながらお会いできる日を、心よりお待ちしております!!」
「わ、わかりましたー!!あ、ありがとうございますー!!!」

日陰で1人涼んでいる抵部に界刺が水とお守りを渡す。他の者達も、食後の休憩タイムに突入していた。そんな折に・・・

「ゲフ~」
「・・・」
「どうだ、不動?仮屋の調子は?」
「破輩か・・・。まぁ、胃薬とかは要らなさそうだ」
「そうか。フフッ、それは何よりだ」

破輩が不動と仮屋が座るベンチにやって来た。そして、不動の隣に破輩が腰掛ける。

「う~ん・・・。こうやって思いっ切り遊ぶのは、本当に久し振りだ。
何せ、最近は風輪でのゴタゴタや春咲の件、そして『ブラックウィザード』の捜査でちっとも遊ぶ暇が無かったからな」
「・・・楽しめてるか?」
「あぁ。一厘に無理矢理付いてきて正解だったな。そういう意味では、あの“変人”に感謝だな」

背伸びする破輩の表情は、何時もより幼さが目立っていた。普段は159支部のリーダーとして気を張り詰めているせいか、難しそうな顔をしてばかりの破輩(自覚あり)。
故に、支部員からの印象を意外にも彼女は気にしている。『破輩先輩って老けてるよなぁ・・・』と鉄枷が零した時には、『疾風旋風』で吹っ飛ばしたりもした。

「ならいい。得世も、偶には気の利くことをする」
「ほぅ。それじゃあ、何時もは気が利かないのか?」
「お前がどう思っているかは知らないが、普段の奴は無気力無神経無頓着の3拍子が揃ったぐーたら人間だ。
不真面目でやる気の欠片も見せないわ、不平不満はしょっちゅう零すわ、自堕落的生活をこよなく愛するわで、私からすれば頭が痛い存在だ」
「ハハッ!それは、ご苦労なことだ」
「それに加えて、私に何の相談も無しに勝手に物事を決めるわ、平気で嘘を付くわ、自分のイカれたファッションセンスに気付かないわ・・・ブツブツ」

ここぞとばかりに界刺に対する愚痴を吐き続ける不動に、破輩は苦笑する。

「でも、不動はそんな界刺クンのことが大事なんだよね~」
「・・・・・・そうだな。あの男のおかげで、私も変わることができた。その点に関しては、奴に感謝している」
「ボクも、界刺クンのことは好きだよ~。ボクでも知らない隠れスポットを教えてくれるし」
「お前は、本当に何時も食べ物のことばかり考えているな。だから、すぐに腹が減るんじゃないのか?少しは、無心で居られないのか?」
「無理だよ~。ボク、暇さえあれば『今日の晩御飯は何にしようかな~?』とか、『2週間後の朝御飯はどうしようかな~?』とか考えてるんだもん」
「お前・・・」
「プッ!ハハハハハハッッッ!!!本当に、お前達は仲がいいな。水楯や形製、月ノ宮や春咲達も界刺のことを好いているようだし。男女問わずモテモテだな、あの男は」

不動と仮屋のやり取りに吹き出してしまう破輩。遠慮も何も無い横や縦の繋がりが、破輩の瞳には確かに映った。

「破輩・・・。お前は、得世の身勝手さを知らないからそんなことが言えるんだぞ?あの男に振り回される身にもなって・・・」






「それじゃあ、私とお前を交換してみるか?」
「!!?」






破輩の言葉に虚を突かれる不動。視線を横に向けると、そこには破輩の真剣な表情があった。

「・・・最近思うようになったことがある。いや、以前から心の何処かで考えていたことだ」
「・・・何だ?」
「私は、本当はリーダーに向いていないんじゃないか?・・・ということを」

破輩は、一厘と同じくここ数ヶ月で激動の時間を過ごした。159支部を纏めるリーダーとして。風輪学園の治安を守る風紀委員として。
だが、彼女は幾度と無く大きな壁にぶち当たった。風輪学園の大騒動、仲間である春咲桜の暴走、そして今は『ブラックウィザード』の捜査に行き詰っている。
風輪の騒動では、自分を含む159支部の面々にも大きな被害が出た。敵の策略に対して後手後手に回り、己の策を全て見透かされもした。何とか解決には漕ぎ着けたが。
春咲桜の暴走においては、仲間である少女の本心を見抜けず逆に傷を負わせ続けていたことにも気付かなかった。結局は、『シンボル』に委ねた形となった。
そして、現在の『ブラックウィザード』の捜査においても有効な作戦を立てることができていない。
上記の内、現在進行中の『ブラックウィザード』の案件は別にするとしても、風輪・春咲の件は独力で解決したとは思っていない。というか、思えるわけが無い。
これ等は、自分以外の人間の力が大きかったと破輩は考えている。どうしても、そう考えてしまう。
そんな中で、何時しか心の底で芽生え始めた感情。それは、己が本当にリーダーとしてふさわしいのかという疑念。

「昨日のことで、また思い知らされたよ。何で、自分はこんなにも無能なんだろうって。あの男に掛かれば、春咲の件も『ブラックウィザード』の件もトントン拍子に話が進む。
もしかしたら、風輪のゴタゴタもあの男に掛かればあんな事態にならなかったのかもしれない」
「破輩・・・」
「界刺には言うなよ?また、あいつの機嫌を損ねる。・・・私は、自分の過去を否定するつもりは無い。今更何を言おうが変えることのできないものだしな。
だが・・・逆に自信が無くなった。自分の過去を見つめ直すことで、否応無しに突き付けられる。自分の行動と、それが生み出した結果の噛み合わなさに歯噛みする」

以前にも痛感させられたこと。同じリーダーでありながら、主導的に結果を出し続ける界刺と自身の力で満足に結果を出すことができない自分。
その違いが何かと問われれば・・・それは才能の差。超能力だけでは無い。危機管理能力・対処能力・他人の心を見抜く能力etc。
どれも、最近の事件では力不足も甚だしかった。優秀であった筈の少女は、何時の間にか自分で自分を優秀と思えなくなっていた。
界刺曰く、『世界が不平等に分配した結果』。その『結果』に、破輩は悔しさと苛立ちを露にする。

「何故なんだろうな・・・?自分の才能を、“自分自身”を否定するつもりは無いのに、どうしてか自問自答を繰り返してしまう。
『私は、本当にリーダーでいいのか?』。『私と界刺では、何故こうも結果に差が出るのか?』。・・・答えはわかってるんだ。私が失敗ばかりを繰り返しているからだ」

表面上には、そんな迷いや苛立ちを見せることは無い。そんなことをすれば、仲間に余計な心配を掛けてしまう。
これ以上自分のせいで、そして自分の犯した失敗に仲間を巻き込みたくない。その一心で、破輩は仮面を被る。159支部リーダーという仮面を。

「・・・春咲を私達『シンボル』へ預けようとしたのはお前だったな。その時も・・・自問自答を繰り返したのか?」
「・・・あぁ。予感めいたモノはあった。春咲の性格上、除籍以外の処分内容では自主的に風紀委員を辞めるという選択肢を取る可能性はあった。自首をしようとしたくらいだからな。
でも・・・その場合私じゃ春咲を止められないと思った。春咲を引き止めたい気持ちが強く、強くあるのに!・・・アイツは私の言葉を聞き入れないという確信があった。
根が頑固なのは、一連の流れを見て十二分に思い知ったしな。・・・情けなくて仕方が無かった。アイツが実際に退職願を持って来た時は、それこそ無力感で一杯だったよ」
「・・・界刺クンを頼ったのもそれが起因だったんだね?」
「・・・うん。界刺なら何とかしてくれるという予感があった。私には無理だと私自身が諦めてしまったことを。そして、その通りになった。
結果として、春咲は風紀委員を辞めずに処分を受け入れた。私の予感は見事当たったというわけだ。・・・悔しいよ。悔しくて悔しくて堪らないよ・・・!!」

何時しか、破輩の表情は焦りと悔恨の色に染まっていた。そこには、仮面なんてモノは存在しなかった。

「何で、アイツにはできて私にはできないのか!?ずっと接して来た自分には見抜けなくて、偶然出会ったあの男には見抜くことができた!!それは、紛れも無い事実だ!!
幾ら反省しても、今の私にはアイツのように上手く事を運べる自信も確信も未だに持つことができない!!風輪で起きた騒動の結果がその証拠だ!!
これが、才能の差なのか!?これが、『世界が不平等に分配した結果』なのか!?だとしたら・・・私は一体・・・!!」
「落ち着け、破輩!!過ぎたことを唯穿り返しただけでは、根本的な解決にはならないぞ!!?」
「だ、だが!!私が失敗を繰り返しているのは、本当のこと・・・」
「う~ん。そういうのって、ボクや不動に打ち明けるよりも159支部の皆に打ち明けるべきなんじゃないかなぁ?
仲間なんでしょ?リーダーの悩みなら、一厘チャン達も真剣に聞いてくれるって」
「そ、それができたら、こんな風にお前達と話してはいない!!!」
「「・・・」」
「あっ・・・。・・・ごめん。・・・・・・あー、もう!!折角遊びに来てるってのに、このザマじゃあまたストレスを溜めちまう!!」

バツの悪そうな破輩は、苛立たし気に声を荒げながら髪を掻き毟る。そんな少女の姿に、不動と仮屋は破輩が抱くジレンマを察する。

「・・・だから、私達が羨ましいのか?愚痴でも弱音でも気兼ね無く言い合える、そんな関係だから」
「・・・破輩チャンは、本当はリーダーとしてじゃ無くて1人の仲間として支部の輪に加わりたいと思っているの?」
「・・・・・・あぁ。私の場合、どうしてもリーダーとあろうとする余り、自分の弱音とかを吐くことができなくてな。
だから、不動達が羨ましい。いや、正確には界刺が羨ましいんだ。性格的なものもあるだろうが、そうやって気軽に愚痴を零せる間柄を私は作れていない」
「では、今から作ればいい・・・という単純な話では無さそうだな」
「・・・フッ。甘えであるのはわかっているんだ。努力するしか無いこともわかっている。一番簡単なのは、リーダーを辞めることだ。だが・・・」
「・・・もしかして、『リーダーで居たい』とも思ってるの?」
「・・・恥ずかしながら。私の心は、リーダーである自分を手放そうとしない。放り出せば、楽になれるだろうに・・・。
これも、きっとわかっていることなんだ。ここで放り出したら、きっと後悔するって。・・・『後悔だけはするな』。そう、界刺にも言われたことがあるよ」

我儘。そう、これは自分の我儘。一方ではリーダーを辞めて重荷から解放されたいと思っていながら、他方ではリーダーを辞めたくない自分が居る。
矛盾。自己矛盾。他人から見たら、勝手を言ってると言われても仕方の無いこと。それもわかっていて、しかし破輩は自分の心を落ち着かせられない。

「自分の悩みを打ち明けられる親友はいないのか?」
「記立とは親友と呼び合える間柄だが、それでも弱みを見せたくないと思ってしまう。同じ風紀委員だし・・・」
「それじゃあ、昔からの友達とかは?ボクや不動みたいな、小さい頃からの付き合いとか・・・」
「・・・居るには居る。最近も助けられた。私がまだこんなお、おお、男勝りと呼ばれるような性格では無かった頃に、何時も私の手を引いてくれた男が・・・」
「・・・ちなみに、その頃の性格は?」
「・・・・・・他の連中には内緒だぞ?・・・の、野良犬に怯えるような・・・そんな気弱な性格だった」
「・・・・・・お前が?」
「へぇ・・・。ヒトって変わるモンだねぇ・・・」
「・・・何だ、その反応は?気弱で悪いか?うん?」
「べ、別に悪いとは・・・」
「そうそう。今は、カッコイイ女性になったんでしょ?」
「・・・・・・で、できるなら、『カワイイ女性』と言われたいな」

予想通りの不動の反応に青筋を立てる破輩。だが、仮屋のホワホワ感に毒気を抜かれてしまい、思わずモジモジしてしまう。

「・・・ねぇ、不動。破輩チャンに不動お得意のマッサージをしてあげたら?疲れが溜まってると思うし」
「ふむ・・・。そうだな。ならば・・・仮屋!ベンチから降りろ」
「オ~ケ~。うん、そろそろお腹が減り始めたかな~」
「お前・・・」
「マッサージ?」
「そうそう。はい、破輩チャン。ここに寝て寝て~」
「うおっ!?」

いきなり仮屋に持ち上げられる破輩は、今まで仮屋に8割方占拠されていたベンチの上にうつ伏せで乗せられる。そして、破輩のヒップに不動が乗っかる。

「ちょっ、ちょっと待て、不動!!お、お前・・・何をする気・・・///」
「む?どうした?仮屋が言っただろう?今からお前に指圧によるマッサージを行う。ずっと激務だったのだろう?この際、私の手でその疲労を少しでも取り除いてやろう!」
「(な、何だ。そういうわけ・・・いやいや、そういう問題じゃ無くてだな・・・!!何で、この状況で寸毫の躊躇も無く女の腰に座れるんだって話・・・ハッ!!
ま、まさか・・・わ、私を女として扱っていない!?そ、そんなバカな!!?・・・ハッ!!ま、まさか・・・お、男勝りな態度が裏目に!?そ、そんなアホな!!?
私だって、れっきとした女だぞ!?・・・鉄枷には『老けてる』と言われたが。いやいや、私だって、自分の美貌やスタイルにはそれなりの自信があるというか・・・。
でも、不動は私の水着やスタイルについて何一つ感想を述べなかったな。あの女性不信状態に陥っている界刺でさえ、一応はコメントしたっていうのに。・・・ハッ!!
ま、まさか私って一般人から見て魅力が無かったりして!?界刺は“変人”で女性不信状態だからアテにならん!・・・本当に老けてたりするのか、私?
い、嫌だ!!それだけは嫌だ!!まだ、高3だぞ!?ピチピチの10代後半だぞ!?こうなったら、何としてでも不動から感想を・・・!!)」
「ガンバレ~」
「うむ!」
「ヒュオッ!!?」

破輩の無駄に細かい葛藤は横に置いて。つまる所、不動は破輩の背中に存在するツボを指圧するつもりなのだ。武術の心得を持つ不動は、人間に存在するツボを把握していた。
そして、そのツボを指圧することによる疲労除去や自然治癒力を促進する術を会得していた。界刺の遠赤外線による疲労除去と、意味的には同じようなものである。
ちなみに、“その手”のことに関しては狼狽してしまう不動が何故取り乱さないのかと言うと、ひとえに破輩の性格を熟知したことにある。
何時かのバイキングで携帯電話のアドレスを交換した2人は、ちょくちょくやり取りをするようになった。
その過程で、不動は破輩の男勝りな性格を熟知し、結果気に入ったのである。これは、1人の人間として気に入ったのであって、1人の女性として気に入ったわけでは無い。
さすがに他人に持て囃されれば意識してしまうが、幸か不幸かこの場には不動と破輩以外の人間は“仏様”の仮屋しか居ない。故に、今の不動は全く意識していないのである。

「ふむ。ふむ。ふむ。・・・・・・」
「アンッ!・・・ヒャン!・・・クゥ~」

コリ具合を確かめるために破輩の皮膚を触って行く不動。その手付きに、破輩は何時もでは考えられないような声を挙げる。
ここはプール。着用しているのは水着。故に、自然に肌が露出してしまっている現状に今更ながら羞恥が頭をもたげる。
異性が自身のヒップに座っていることも、それを助長する。その上、異性に肌を触られまくるというのが如何ともし難い程恥ずかしい。
一方、不動はこの確認作業が指圧を受ける者にとってはむず痒いことであることを知っているため、破輩が出す喘ぎ声を意識することは無い。

「では、行くぞ!フン!!」
「クッ!!~~~!!」
「フ~~~~ン!!」
「~~~~!!!」

確認作業を終えた不動は、指圧マッサージに移る。鍛錬を積んでいるためか、不動は指の力も強靭であった。その指による指圧は、破輩を悶絶させるに十分な代物であった。

「ハァ~~~~~~!!」
「くううぅぅ~~~~~!!!」

一定時間指圧の強さを緩めずに持続するこのマッサージは、激痛と快感の両方を破輩に与える。痛いのに気持ちいい。相反する感覚に、破輩の思考は混乱する。

「効いてるみたいだね~」
「あぁ。何時もは仮屋にしかやっていないからな。後は自分にくらいか。女性に行うのは初めてだが・・・。まぁ、大して変わりはすまい」
「(ま、待って・・・!!鍛えに鍛えてるお前や、脂肪に包まれている仮屋と同じ感覚でやられたら・・・きゅ、きゅ~~~~~!!!)」

内心とんでも無い声を挙げる破輩。だが、そんな思考を無視するかのようにマッサージは続いて行った。






「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・きゅ~ん」
「何変な声を挙げているんだ、破輩?まだ、最後の足裏マッサージが残っているぞ?気を抜くな!」
「えっ!?まだやるのか!!?」
「不動ご自慢の足裏マッサージか~。最後の仕上げだね~。あれって、場所によってはすごく痛いからね~」
「ま、待った!!も、もうこの辺でいい!!」
「何を言う!!ここまで来たからには最後までやるぞ!!フン!!」
「ぐおっ!?こ、こら!あ、脚に乗るんじゃ無い!!」
「場所が狭いのだから仕方無かろう!!つべこべ言ってると、本気で痛くするぞ!!」
「ヒイィッ!!」

何時もの男勝りの性格は何処へ行ったのやら、すっかり不動ご自慢の恐怖マッサージに囚われた破輩。その傍で、仮屋はお菓子の袋を開けた。

「バリボリベリ(がんばってね~)」
「では・・・。ふむ。ふむ。・・・・・・」
「ヒュン!・・・ハン!・・・きゅ~」

恒例の確認作業、しかも足の裏なので余計にこそばゆい。

「では・・・フン!!」
「グオッ!!!」

初っ端から激痛が走る。その痛みに破輩はジタバタする。

「こ、こら!暴れるな、破輩!!」
「だ、だって!!痛いモンは痛いんだよ!!」
「それを乗り越えるんだ!!」
「む、無理!!これは、無理!!」
「それは、やってみなければわからないぞ?ハァッ!!」
「ギャー!!!(バタバタ)」
「くっ!おい、仮屋!ちょっと手伝え!!」
「バクバク(オ~ケ~)。・・・(ガシッ!)」
「なっ!?」

激痛を我慢できずにジタバタする破輩を、仮屋が抑え付ける。その力は凄まじく、破輩の体を完全に押さえ付けてしまった。

「よし!これで、安定するな。・・・フン!!」
「ガアアァァッ!!!お、お前等・・・!!こうなったら、『疾風旋風』で・・・なっ!?か、風を掴めない!?」
「ハムベリガツガツバリボリギャリベリホグ(ボクの『念動飛翔』で、破輩チャンを空気圧で包んだからね~。制御力に関してはボクの方が上だね~)」

いよいよ我慢できなくなった破輩が、『疾風旋風』で不動達を吹き飛ばそうとする。風は普通に吹いているために、本来であれば可能な筈だった。
だが、そうは問屋が卸さない。不動から破輩の能力を聞いていた仮屋は、抑え付けた際に破輩を『念動飛翔』による空気圧で包み込んでいた。
つまり、今の破輩は『念動飛翔』における搭乗者扱いなのである。そして、空気圧内における大気の流れは仮屋の制御下に置かれる。
『疾風旋風』は、自身の体を中心として発動する。正確には、自身の体から数mm離れた部分から風を制御し、操作する能力だ。
故に、不動の『拳闘空力』による衝撃波さえ制御可能な『念動飛翔』に包まれた上に空気を制御されていては、風輪学園第2位の破輩でも風を掴むことができないのである。

「く、くそっ!!界刺と言いお前達と言い、本当にとんでも無い連中の集まりだな、『シンボル』は・・・く~ん!!!」
「確か、風輪の騒動の時にもお前の能力は一時的に封じられたんだったな!!どうだ、こうしてまた封じられる気分は!?」
「あ、あぁ・・・。全く持ってムカつくよ!!!く、くそおおぉぉ・・・きゅ~ん!!」
「バクバクガツガツ(何だか、カワイイ子犬ちゃんみたい)」

不動の問いに、感情剥き出しで返答する破輩。時折挟まれる可愛らしい声に、仮屋は子犬の姿を連想する。

「私と仮屋は、小学生時代からの付き合いだからな!!息もピッタリだ!!お前をこうやって取り押さえるくらい、ワケないぞ!?」
「ハァ・・・ハァ・・・。大したコンビネーションだ・・・。きゃん!!・・・わ、私って、やっぱり弱っちいのかも・・・ヒギッ!!!」
「確かに、お前は弱いのかもしれん!!実力的にも、肉体的にも、精神的にも・・・全ての面で未熟なのだろう!!もちろん、私とて例外では無い!!」
「クッ・・・。言うねぇ・・・。でも、何だか清々しい気分だよ・・・。痛みも手伝っているのかもしれんが・・・今なら何でも聞き入れてやるぞ?ハァ、ハァ・・・」
「まずは、実力面!!根本的な問題として、お前の『疾風旋風』は大気の流れ・・・つまり風が無ければ話にならない。自分で風を起こせないのだからな。
自分が動くことによって大気の流れは発生させられるだろうが、それにしたって多少のタイムラグが発生するし、強力な風を束ねるにはどうしても時間が掛かる。
また、仮屋のように『疾風旋風』以上の制御力を持った相手だと途端に脆くなる!!つまり、風が吹いていようとそれが絶対的なアドバンテージにはなり得ない!!」
「ハァ・・・ングッ!そ、そうだな・・・。次は・・・」
「次は、肉体面!!如何に風紀委員として鍛えていようが、お前は女だ。しかも、能力的にも立場的にもそこまで肉体を苛めることは無い。
そのために、能力を無効化させられればお前は多少喧嘩のできる女でしか無い!!」
「・・・グゥ!!た、確かに・・・!!・・・最後は・・・精神面か?」
「そうだ。お前は、何でもかんでも背負い込み過ぎる!!そのために、精神的疲労が肉体面にも悪影響を及ぼしている!!
そして、肉体的疲労が精神面にも悪影響を及ぼす。その悪循環の流れにお前は囚われている。
しかも・・・己の悩みを打ち明けられる仲間も親友も幼馴染も・・・お前は本当の意味で信頼していない!!」
「!!!」

不動が放った最後の言葉に、破輩は瞠目する。その反応を予期していたかのように、不動は滑らかに言葉を続ける。

「リーダーどうこうの問題じゃ無い。お前は、本当の意味で仲間を信頼していない!!自分の本心を仲間に伝えないで、どうやって信頼関係を築くと言うんだ!?
多少他人に弱音や愚痴を零した所で、多少他人の力に感謝した所で、お前の弱点は根本的に解決していない!!
春咲の件でも指摘したことだぞ!?もう忘れたのか!?・・・やはり、人間というのはすぐには変われないことの方が多いか・・・。お前も・・・私も。
今のお前が得世に才能で劣っているとすれば・・・それは『他人と信頼関係を築く』という点と、『己を磨き上げる』という点に尽きる!!」
「・・・!!!」

『信頼』。あのウソツキ人間が・・・あの“詐欺師”が・・・他人と信頼関係を築くことができる。
言葉の上では、『信頼』という言葉が一番似合わない“『シンボル』の詐欺師”が・・・である。だが、それは春咲の件で既にわかっていたことでもある。

「奴は、いざという時は必ず本心を私達に伝える。私達の力を請う。自分にはできないことを、私達の力を借りることで実現させようとする。
奴は、私達を信頼している。心の底から。だから、奴の注文は全く遠慮が無い。以前は『“花盛の宙姫”の足止め』を請われた。全く、毎度のことながら遠慮を知らない男だ。
だが、私達は得世に応えたいと必死になる。私達を信頼してくれるあいつに応えてやりたい。そう、心の底から思っているから!!」
「ボクもそう。水楯チャンや形製チャン、月ノ宮チャンや春咲チャンもきっと同じ。ボク達は、皆界刺クンを信頼している。
例え、彼がどんなことをしたとしても、それにはちゃんとした理由があるから。嘘を付いたとしても、それには彼なりの理由があるから。オフザケもあるけどね。
わかる、破輩チャン?ボク達は、界刺クンがそういう人間だってことを心底理解してるんだよ?それだけの信頼関係を、ボク達は一緒に作って来たから。
もちろん、破輩チャンだって破輩チャンなりに仲間を頼っているとは思うんだけど、話を聞いていると仲間との間に“壁”みたいなのを自分で作っちゃってる風に感じるねぇ」
「信頼・・・関係・・・!!!」

不動と仮屋の言葉が、破輩に突き刺さる。例えば、あの風輪で起きた大騒動の時は、疲労に疲労を重ねていた自分は仲間に心配を掛けないように気丈に務めた。
自分のことで迷惑を掛けたくない。リーダーである自分が、支部員の前で弱音や愚痴を吐いたら駄目だ。そう、考えていた。
だが、その態度は支部員からはどう思われていただろうか?自分達は、リーダーの悩みすら受け止められない存在と思われていなかったか?
何で、自分達に打ち明けてくれないんですか?どうして、1人で無理をするんですか?そう思われていなかったか?
自分を信じてくれる仲間を・・・自分は心の底では信じていなかったのではないか?

「お前は、臆病なのだろう!?成程、確かに昔は気弱だったというのも合点が行く。その性格は、未だに治っていないようだな!!ハァッ!!」
「ヒャン!!・・・そ、そうかもしれんな・・・。風輪の時も、最後の方はさすがに弱音が漏れた時もあったが・・・。
それでも気丈に振舞って・・・仲間にできるだけ心配を掛けないよう無理をして・・・墓穴を掘ったよ」
「・・・・・・もし、それで風輪の件が何とか収まって無かったら、破輩チャンは自滅していたのかもしれないねぇ・・・」
「・・・自滅しかけていたよ。あの時は・・・周囲の人間に助けられた。もし、あのまま私達が潰されていたら・・・私は自分を許せなくなっただろう」
「その過ちを・・・また繰り返すつもりか?」
「・・・・・・」

不動の問いに、破輩は押し黙る。その反応が気に入らなかったので、不動はとっておきのツボを思いっ切り指圧する。

「性根を叩き直すには・・・ここしか無い!!デヤァッ!!!」
「ギャアアアアアアアァァァァッッッ!!!!!」

この日最大の絶叫を挙げる破輩。しかも、グリグリするので余計に痛みが増す。

「~~~~~~~!!!」
「全く・・・。往生際が悪いぞ、破輩?ここまで来たら、『何とか頑張ります』の一言くらい言えないのか?得世なら、デマカセでも言ってるぞ?」
「い、言ったら・・・どうすんだよぉ・・・。グスン」
「更に、指圧を強める」
「結局私が痛い目を見るのには変わんないじゃん!!も、もぅいや~・・・。グスン・・・グスン」
「風輪での痛い目に比べれば、こんなことはどうとでも無いだろう?」
「く、比べるような痛さじゃ・・・ギャアアァッ!!!・・・グスン・・・グスン・・・ギ、ギブアップ~・・・」
「不動。もう許してあげたら?」
「・・・仕方無い。この辺で許してやるか」

仮屋の言葉もあり、不動は指圧マッサージを終えることにした。その瞬間、痛みで涙を浮かべていた破輩が脱力し切ったのは言うまでも無い。






「グスン・・・グスン・・・。折角遊びに来たのに、何で泣かされないといけないんだよぉ・・・。グスン」
「・・・ハァ。お前・・・本当に気弱だったんだな。私は、お前の男勝りな性格が気に入っていたというのに。とんだ思い違いだったようだ」
「き、気弱で悪かったな・・・。グスン」
「他人に自分の素を見せられないと言うのなら、せめてその男勝りの性格を貫けるくらいの根性を見せて欲しかったモノだな。今は、それで通っているんだろう?」
「う、うるさい!!こ、こんなみっともない姿を晒すことになったのは、全部お前等のせいだからな!!」
「でも、そんな破輩チャンはカワイイよ?子犬みたいでさ~」
「今言われても、全然嬉しく無い!!」

完全に拗ねてしまった破輩に不動は溜息を吐き、仮屋はニコニコ顔で接する。

「・・・破輩」
「・・・何だよ?」
「もう少し、肩の力を抜け。気を張り詰め過ぎるな。得世程とは言わずとも、もう少し素の自分を出してもいいと思うぞ?
冷静な思考も、迷い無き決断も、自然体だからこそ生み出される場合も多い。あの男は、それを実践している。
お前も見ただろう?あのペテンっぷりは、日常茶飯事だ。自分でも言ってるしな。
そして、あの姿を奴は戦場でも出せるというだけの話だ。破輩。私の言いたいことがわかるか?」
「・・・『己を磨き上げる』・・・つまり、日常的に言ってる嘘それ自体が一種の訓練と言いたいのか?」
「私は、そう思っている。光を操作する関係上、どうしても自然に敵を欺く必要性が出て来るからな。
あれは、能力を活かすために奴なりに考えた末に出した答えなのだろう。あの男が人の心や先を読む術に長けているのも、その努力の賜物だと私は捉えている。
何故なら、嘘を考えるというのは頭を使う作業だからだ。バレない嘘や何手先も読んだ嘘なら尚更に」


『普段から発揮するのは、ウソツキだけで十分だぜ』


昨日耳にした界刺の言葉で確信を得た。あれは、訓練の一環だったと。

「私は、かつて得世と幾度にも渡る殺し合いを演じた。ここで言う殺し合いの相手は、もちろん得世のことだ」
「なっ!?」

破輩は、完全に虚を突かれる。そんな可能性を今まで考えたことすら無かった破輩のリアクションに、それを予想していた不動は構わず言葉を繋げる。

「その後、私と得世は紆余曲折を経て友となった。まぁ、この辺りの話は割愛するとして・・・」
「いや、そこが一番気になるんだが?」
「アレはすごかったよね~。“猛獣”って呼ばれてた不動と“閃光の英雄”って呼ばれてた界刺クンの死闘はさぁ」
「“猛獣”!?不動が!!?“閃光の英雄”!?あの“変人”が“ヒーロー”!!?益々気になるぞ!!?」
「話せば長くなり過ぎる。今回はパスだ」
「えぇ~・・・」
「ゴホン!・・・私と友情関係を持った途端に、あいつは無気力ぐーたら人間となった。
頑張っているのは、相手を欺く術を磨くことだけ。それだけを・・・奴は真剣に取り組んだ」

死闘に終止符を打ったのは、去年の5月の終わり頃。それ以降、界刺には十分な時間があった。重徳力の件を1つの区切りとするなら、約1年もの充電期間があったのだ。

「約1年。それだけを磨き上げて来た。欺くために、光を、言葉を、態度を研ぎ澄ませて来た。奴の今の姿は、それだけの努力をして来た結果だ。
最近は、無気力では無い頃の姿が甦りつつあるようだがな。・・・あれはあれで奴が持っている姿の一面か・・・。あの頃の得世も騙しに長けていたな・・・。
破輩。お前達風紀委員の場合、風紀活動にどうしても時間が取られるんじゃないか?事務作業等もこなさなければならんだろうし。
無論、風紀委員として活動する中で身に付けられる物もあると思うが、こと己を磨くという部分にはどうしても支障を来たすのではないか?」
「・・・あぁ。私みたいにリーダーになった人間は特に。支部員の監督や彼等への指示とかで、どうしても時間が削られてしまうな」
「これだけは言っておく。得世は、才能の塊でも化物でも無い。ひとえに、たゆまぬ努力を地道に積み重ねて来ただけの才ある人間だ。努力の方向性に問題はあるが・・・。
お前達も、お前達なりの努力はして来たのだろう。それを否定する気は更々無い。だが、密度が違うんだ。時間の掛け方とでも言うか・・・。
それが、お前達と接するようになったせいで顕在化しているんだ。こと“欺く”という点において、得世がお前達を下回るとは私でも到底思えん」

不動の力強い視線が、破輩の瞳を捕える。先の充電期間に居た界刺を刺激したのが重徳事変ならば、完全覚醒させたのは救済委員事件である。
その中心に居たのは、風紀委員第159支部所属の春咲桜。そして、破輩は159支部のリーダーである。見方を変えれば、159支部(厳密には春咲)の自業自得でもあるのだ。
日常に埋没していた碧髪の男を叩き起こし、“現時点”で自分達を上回る才能と実力を発揮する様を見せ付けられ、結果として酷く落胆する。
春咲が元凶とは言え、その影響は今や破輩にまで及んでいる。人間とは、影響される生き物であることがよくわかる一幕だ。

「そして、それにお前達が勝手にショックを受けているだけの話だ。勝手に己を卑下して、優劣の泥沼に嵌っているだけだ。フッ、私からすれば何を今更の話だ。
多岐に渡る風紀活動に結構な時間を取られる人間と、“ある目的”のためにひたすら能力の応用等を磨いて来た人間。
この両者が、“ある目的”が多分に含まれた場を土俵に選んだ場合、どちらが優れているかなど言わずとも知れたことだろう?客観的に物事を見れていない証拠だぞ?」
「・・・『シンボル』での活動の影響は?」
「・・・最近のは別にしても、あの男が真面目に取り組むと思うか?」
「・・・・・・思えないな。そうか・・・そうか・・・。“ある目的”・・・つまり、“欺く”ことと、それに付随する先読み・心理の把握・話術・揺るがぬ心・・・。
それだけを磨いて来た・・・か。フッ、劣る者(はるさき)が優れる者(わたし)に抱いていた思いが少しだけわかった気がするな。いや、忘れていたと言った方が正しいか。
そういえば、気弱で泣き虫で何時も守られてばかりの立場から脱却したくて頑張ってたんだよな、私。・・・春咲と同じだったんだな、私。今頃気付くなんて・・・馬鹿だなぁ、私。
にしても、あの頃の立場に逆戻りする羽目になるとは。お前にしろ界刺にしろ幼馴染(アイツ)にしろ、つくづく私を苛めて困らせるのが好きと見える。あー、嫌だ嫌だ・・・フフッ」
「・・・・・・」
「しかし・・・こういう時はどういう反応をすればいいのかわからなくなるな。『すごい』と言うべきなのか、『そんな“目的”を磨いて来た人間に劣るなんて』と言うべきなのか・・・」

目の上に手を被せ、嘆息を漏らす破輩。自分なら『努力の方向性が間違っている』と怒りたいくらいなのだが、ああも見事に転がされては認めるしか無くなって来る。

「・・・確かに、嘘というのは得世の能力を活かす最適な訓練方法ではあるが、私としても性に合わんのが本音だな」
「・・・フッ。私も私なりに、自分の能力でできる応用等に頭を使ったりはしているが・・・そこまで徹底しているかと問われれば、自信は無いな」

どこか不機嫌そうな表情を浮かべながら語る不動の言葉に、破輩は昨日の界刺が吐きまくった言葉(ペテン)の数々を思い出す。
どれも、自然な言葉だった。息を吐くかの如く普通だった。もし、それ等の芸当が訓練により身に付けられたモノだとしたら?
身に付けるべきモノかどうかの判断はさておき、何時もの自分にまで昇華させる程の努力を積んで来たのは間違い無い。

「何時如何なる時も、本来の自分を出す。言葉に出すのは簡単だが、実践するのは困難を極める。
これは、普段から訓練を積んで置かなければできない芸当だ。そんな奴の在り方を、私は好ましいとは思わない。むしろ、嫌いな部類だ。だが、認めざるを得ない」
「界刺クンが昔からそうなのかは知らないけど、今だとあれが自然体になっちゃってるよねぇ。あれが、もし訓練によって培われたモノだとしたらすごいよねぇ」
「訓練で身に付けたモノであっても、それを自分のモノにしたのならそれは自然体と同義だ。そして、それを支える揺ぎ無い信念も持ち合わせている。
破輩。確かに、今のお前は得世に劣っている部分があるのかもしれん。だが、お前の能力自体はまだまだ進化させられる筈だ。
現状のお前にも、得世を上回る部分はあるだろう。例えば、風による有無を言わさぬ全体攻撃なら、奴とて無傷とはいかん。それが、“欺く”ことの弱点だからな。
それに、リーダーの在り方とて1つでは無い筈だ。お前には、お前なりの在り方がある筈だ。必要以上に得世に引っ張られるな。奴も、それは望んでいないだろう。
だから、それを見出すためにもまずは常に自然体で行動できるように努めなければならないのではないか?」
「自然体・・・か」

自然体。それは、普通。平常心を保った状態。何事にも必要以上に揺らがず、どんな決断を下すにせよ必要以上のことは考えない。そんな、ある種理想的な姿。

「冷静でいよう、物事を客観的に見ようと考えているようでは駄目だ。それを、自然にできるような状態にならなければならない。
無意識に、自然にそういう思考を行う。その点で、お前が今の得世に劣るのは致し方無い。何故なら、奴はそれを可能にするためにずっと訓練をして来たのだから。
たとえ、自分に恋心を抱く少女であっても、必要と思えば奴は迷い無く嘘を付く。騙す。利用する。その行為自体に罪悪感を感じようと、得世が揺らぐことは決して無い。
これは、生まれ持った才能だけじゃ無い。後天的なもの、つまり訓練で身に付けることができる力だ。そして、どんな人間でも身に付けられる可能性を秘めた力だ。
私としては、奴のウソツキ思考自体は気に食わないがな。今でも、時々だが私の手で仕置きしているしな。仮屋。お前はどう思う?」
「ボクも、そういう行為自体は嫌いだね~。でも、界刺クンの場合はもう慣れちゃったねぇ。そういう人間だって、もうわかり切っちゃってるから。
その上でちゃんとした信頼関係を築けるんだから、大したモンだよね~。まぁ、一番はボクにおいしいご飯を食べさせてくれることだけど」
「・・・お前も得世と負けず劣らずの自然体だな、仮屋?それも、訓練だったりするのか?」
「訓練じゃ無いよ。何時ものことだよ?それに、不動だっていっつも界刺クンにガミガミ説教してるじゃん。それも、自然体なんじゃないの?」
「何・・・だと!?あれが、私の自然体!?・・・い、嫌だ!!私は認めない!!得世への説教が私の自然体などと、断じて認めんぞ!!嫁と姑じゃあるまいし!!」
「・・・プッ。本当に良い仲間なんだな・・・お前達は」

自身の弱点や欠点すらも超えて信頼関係を築く。それには、まず自分のことを知ってもらわなければならない。
そして、あの“変人”は自分の姿を曝け出したのだろう。平然と嘘を付く姿を含めて。
だが、だからこそそれを受け入れてくれる、心の底から信頼できる仲間ができたのだ。奴は、その努力も怠らなかった。それだけの話だ。
自分を偽り、他人を騙し続けているのは果たして自分か“詐欺師”か。その答えは・・・もうとっくに出ていた。



「不動・・・」
「な、何だ!?」
「私は・・・“醜さを偽る偽善者”なのかな?」



だから、最後にもう1回だけ甘える。数々のアドバイスを自分にくれたこの男になら・・・そんな期待を込めて自身の悩みを曝け出す。
それは、かつて対峙し反論することができなかった風輪学園に在籍するレベル4の1人が破輩へ放った言葉。
騒動が解決した今も自分の心に深く刺さる棘。界刺に深く嫉妬していたのを仲間に隠していたくらいなのだから、その指摘はある意味では当たっているのかもしれない。



「そんなモノは、考える必要すら無いことだ。己が信念を芽吹かせ、育み、時には周囲の影響を受け、それでも花を咲かせるために懸命に努力を積み重ねる。
そのためなら、“善”でも“偽善”でも何でもすればいい。誰に“善”と“偽善”の境界線を引けると言うんだ?それは、個人の主観でしか無い。
個人の主観など、一々気に留めるな。惑わされるな。聞き入れた後に己の行動を省みるくらいなら構わないが、それに信念の土台まで揺らされるな。
もちろん、その主観が自分にとって忠言であるのならその限りでは無い。自分の土台があやふやである時も同様。その見極めは困難だが、それがやらない理由にはならない」
「(・・・あの病院で界刺が言ったことと似ている・・・!!)」



だが、“猛獣”たる男は他者の主観などに己が信念を振り回されない。否。かつて、1度だけ振り回されたのは“閃光の英雄”と呼ばれた碧髪の男と殺し合いを演じた時のみ。
故に、不動真刺は破輩妃里嶺に贈る。自身が死闘を経て―界刺得世の影響を受けて―成長させた信念から導き出した“不動”の言葉を。
それは、破輩妃里嶺にとっては意外で、そして欲していた言葉でもあった。






「少なくとも、私はお前を醜いとは思わない。破輩・・・お前は幾多の障害を切り開こうと傷だらけになってでも懸命にもがいている・・・・・・とても綺麗な女だ」
「不動・・・!!!」






棘が・・・抜けた。






「但し、“悪”に手を染めるのは止めておくべきだ。お前なら、“善”にも“正義”にも裏返らない“悪”には手を出さんだろうが。
もし、方向を間違えてしまったのなら誰かに相談すればいい。なんなら、私でもいいぞ?私なら、お前の性根を叩き直すために努力は惜しまんぞ?」
「・・・それは、できるなら遠慮したいな。もう、あんな痛みは沢山だ。・・・・・・さっき言った交換の件だが・・・取り下げるよ」
「・・・ほぅ。何故だ?」
「・・・“自分自身”の可能性に気付いたから・・・とでも言っておくか?」
「・・・そうか。なら、それでいいんじゃないか?」
「そうだね~。ボクもそれでいいと思うよ~」

破輩の表情に力が漲って来た。それは、“自分自身”の可能性に気付いたから。己が才能の将来性に光明を見出したから。付加できる後天的な力の存在を改めて理解したから。
だから、破輩妃里嶺は動き始める。同じリーダーとして、あの碧髪の男に負けないためにもこんな所でウジウジ悩んでいる暇は無い。

「とりあえずは・・・自分の素を支部の仲間に見せる所から始めるか・・・。一厘当たりから始めるのが丁度いいか」
「よかったね~、不動。破輩チャンに元気が戻って」
「あぁ。折角遊びに来ているんだし、あのまま落ち込まれていてはこっちの気分まで滅入ってしまうからな」
「不動・・・仮屋・・・。本当にありがとう。今日、お前達と話せて本当に良かった。・・・うん、体も良い具合に解れたようだし。フッ、痛みに耐えた甲斐があったな」
「嘘を言うな。全然耐えられて無かったじゃ無いか」
「バレたか。まぁ、あの男に倣って言ってみただけだが。・・・私も、まだまだ精進が足りんな」
「・・・頼むから、お前まで得世のようなウソツキにはならないでくれよ?あんな人間が2人居た日には、私の精神の均衡が危ぶまれる」
「おやっ?自然体がどうのこうの言ってたお前の口から、そんな言葉が出て来るとはな。よしっ、今後はその方向でも訓練を積んでみるか?」
「・・・冗談もいい加減にしろよ、破輩?本気で怒るぞ?」
「きゃん!!不動君が恐~い。仮屋様、助けて~」
「お、お前!!気弱設定を、都合の良い時に持ち出すな!!」
「平和だねぇ~」


束の間の休息にて得られた物は決して軽くは無い。少女の胸に確かな重さをもって宿る決意の火は、まだ燃え盛り始めたばかりであった。

continue…?

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最終更新:2012年08月18日 19:55