グラビトン事件から数日後、176支部に勤務してる面々は、雅、稜、ゆかり、狐月、緋花、鳥羽 帝釈(とばたいしゃく)、姫空 香染(ひめそら かせん)の7人で、そのうち、今日巡回し担当は緋花、帝釈、香染の3人だ。常駐しているのは雅、稜、狐月、ゆかりだ。なぜ稜と狐月が巡回に参加していないのかというと、溜まりに溜まった報告書の整理をしていなかったため、そっちを優先するようにと雅に言われ、今回はほかのメンバーに任せることにしたのだった。
「…。よし、終わった…はぁ~…」
 稜は膨大な量の報告書と格闘をたった今終え、冷蔵庫からヤシの実サイダーを取り出した。
「葉原、こいつを本部に転送頼む」
「了解です」
「まったく、この作業はエリートの私でさえも、きついと言うものだ。」
「ぼやいても仕方ねぇだろ?ま、始末書よりは楽なんだけどな」
 そんな時、電話をきった雅が「う~ん」と、唸り声を上げていた。
「どうしたんすか?加賀美先輩」
「他支部からの連絡よ。最近、セールスマンを装って支部の人間に危害を加えるっていう事件があるから、気をつけるようにって」
「へぇ~けど、防犯カメラに映ってんでしょ?先輩」
「ええ、だけどすぐに逃げられちゃって、なかなか捕まえられないでいるのよね」

 その頃、緋花、帝釈、香染の三人はというと、公園の中にある広場で不良どうしの喧嘩を目撃していた。
「ちょっと待った!風紀委員よ!揉め事はダメ!」
「うっせぇな!!黙ってろよ!!!」
「おっと」
 緋花は男のパンチを躱し逆に電流を操作した右腕で綺麗なカウンターを男の顔面に食らわせた。
「ぐぼぁ!!」
「っと…パンチの威力はすごそうだけど、狙う場所がダメだね」
 そう言って緋花は戦意喪失した不良たちの手に手錠をかけていった。その時、緋花たちの後ろから不意に男子の声が聞こえてきた。
「ねぇ、この辺の支部のエースは君かな?」
「へ?」
 緋花立ちが振り向くと、真っ白な服に真っ黒なズボンと靴を身に着けている小柄な男がどこか不気味さをも感じ取れるような笑みを浮かべていた。
「悪いけど、ここでやられてもらうからね。」
 そう言って、小柄な男は右手をまるで見えない武器でも握っているかのように振舞って、緋花に近づいていった。

 そして再び、176支部にて…
 それぞれがデスクワークをこなしていた時、ふと雅が言った。
「ねぇ、そういえばさ、みんなは拳銃を向けられた時、どうする?」
「…そうですね、私は…大人しく犯人の言うことを聞いて、隙を作って逮捕します。」
「……その気になれば、拳銃クラスの速さで飛んでくる弾丸なら、斬ることができる」
「「「え!?」」」
 稜が真顔でそう言うと、三人は絶句したような表情を浮かべていたその時、突然訪問を知らせるチャイムが部屋中に鳴り響いた。
「どうぞ!」
 ドアが空くと、ブラックスーツに身を包んだやや長身の若い男性が、ビジネスバックを片手にペコペコ頭を下げながら中へと入ってきた。その装いは、正にセールスマンそのものだろう。
「失礼します!突然訪問をお許し下さい、私(わたくし)、東方防犯製品製造会社訪問販売課の、亘理(わたり)と申します。」
「は、はぁ、そうですか。では、こっちのソファーで話してください」
「恐れ入ります」
 雅に促され、亘理がソファーに座った時、稜は狐月の方をちらりと見て、アイコンタクトを取った。
「…。(狐月、警戒しとけ)」
「…。(分かっている。)」
 稜は冷蔵庫から、二人分の飲み物を出し、二つのマグカップに注ぎ、二人の目の前に置く。
「どうぞ」
「あ、お構いなく」
 ついでに自分の飲みかけのヤシの実サイダーを《飲みきる振り》をして、冷蔵庫からもう一本ジュースを取り出し、狐月の目を見ながら渡した。
「ほい…。(飲むなよ)
「済まない。(分かっている。)」
 二人がアイコンタクトで会話をしている時、雅が亘理に話を切り出した。
「…それで、どのようなご用件で?」
「はい!では単刀直入に行きます。ここの支部の防犯は十分に整っていますか?」
「え?あぁ、多分」
「そうですよね、そこで、今日は私たちが独自にで開発した防犯機をお薦めするために、参ったわけでございます。」
「え?それってどんな物なんですか?」
「はい、では、少々お待ちくださいね、只今書類を…」
 亘理が書類を取るために身体をカバンの方へと向けたとき、亘理の目つきが鋭いものへと変わった。
 その次の瞬間。
「…(来る…)」
「動くな!!…。ヒッ!?」
 勢いよく立ち上がった亘理はカバンからベレッタM92を取り出し、雅の方に銃口を向けた。その瞬間、稜はいつの間にか片手直剣に形成させた閃光真剣の剣先を亘理の目と鼻の先に突きつけた。そのあまりの速さに、亘理は思わず一歩後ろへ下がる。
「残念だったな…空間移動がいないからって、ここ(176支部)を舐めない方がいいかもよ?」
「チッ…。どうする気ですか?」
 亘理は銃身をゆらゆらと揺らしながら稜を挑発するように言うと、すかさず稜は答えた。
「こうする…」

 稜は閃光真剣を手首だけで振り、ベレッタの銃身を切り飛ばすと、ニヤリと笑って勢いよくしゃがんだ。すると、今さっきまで稜の頭のあった場所をプルタブを開けていない缶が高速で通過し、亘理の腹部にドスッ!と音を立てて直撃した。タイミング合わせて缶を飛ばした張本人は狐月である。
「な!?…。うぅ!」
 あまりの痛さに腹部を抑えると、その隙に稜がすかさず亘理の首に手刀を入れ、気絶させた。
「…ったく…妙な真似すんなよな…」
 稜はそう呟いて亘理に手錠をかけたとき、支部のドアを勢いよく開ける音がした。そして。
「先輩!!はぁ…はぁ…」
「おいおい、息上がってっけど、一体どうした?」
「先輩…!」
「姫空まで…何があったというのだ…そういえば、焔火は?」
「それが、不良同士の喧嘩を注意してた時、《武器を見えなくする能力》を持った男に突然襲われ…」
「…で、焔火がそいつらを食い止めている間に増援を呼んでこようとここまで走ってきたわけか…」
「はい…」
「私が能力(チカラ)を使えなかったから…」
「んで?どうすればいいんですか?加賀美先輩」
「今すぐ緋花のもとへ向かってちょうだい!」
「了解、場所は?」
「そこの公園の広場です」
「んじゃ行ってきまぁす!」
 稜はそう言うと、ダッシュで現場へと向かっていった。そこまでの一連の動作を見た狐月は、ため息をつきながら言った。
「はぁ~…相変わらず気負いがないな…ほんと、羨ましいくらい図太い神経だな…」
「フフフ、案外無神経なだけかもしれないわよ?」
「言えてますね」
 などと、本人が居ないのをいいことに、二人が言いたい放題に言っている間に、稜は現場へと到着していた。しかし、現場に緋花の姿はどこにも見えない。
「えっと…。!?いない…ていうか、喧嘩してた不良もいねぇし…嫌な予感が…」
「やあ、この辺の支部のエースは君かな?」
 代わりに稜へ声をかけたのは、小柄な男子だった。
「だったらなんだ…」
「悪いけど、ここでやられてもらうからね。」
「!?」
 男はそういった瞬間、まるで元からそこに武器があったかのように空をつかみ、稜に向かって振り下ろしたのだった。稜は間一髪その初撃を前転して避け切り、同時に閃光真剣を構え、言う。
「危ねぇな…。つーか…お前、俺たちの仲間をどこへやった…」
「仲間?…。あ~…あの好戦的な女の風紀委員のことかい?その娘なら、あの不良たちが連れてったよ…場所も知ってるけど…僕はここで増援を食い止めろって言われてるからな…」
「あっそう…じゃあ、お望みどうり…力ずくで通るぞ!!」
「ほら…そんな感じだ…」
「な…」
 稜が男に斬りかかった時、男の身体に刃は入らず、何にも触れていないのにその場で止められていた。
「何者だよ…お前…」
「郡部 后 (こおりべ こう) 。風紀狩りで、君みたいな風紀委員はスキルアウトと対して変わらないやつを葬るのが目的。」
 后はその瞬間、武器を握っているであろう右手を振って稜の閃光真剣にぶつけた。そして、何度か刃を交わしているうちに、稜は后の能力を見抜いてしまった。
「…(そっか、こいつ、持っている武器を隠す偏光系能力じゃなくて、武器そのものが空気を圧縮させて作ったものなのか…なら…)。なあ…」
「こんどはなんだい?降伏でもする気?」
「いや?ただなんであんたみたいなやつが、こんなことしてるのか疑問に思ってさ…」
「!!…。元々は君たち風紀委員が悪いんだ…中学時代に友人がナンパをして、それをたまたま近くを通りかかった好戦的な風紀委員によって半殺しにされたんだ!!」
「?」
「なぜナンパをしてた『だけ』で友人があんな酷い目に遭わなければならなかったんだ!!」
「………とりあえず…」
 稜はいきなり後ろに飛びしさり、花壇の中にある土を空いている左手で掴み、何を考えたのか、そのまま稜に切りかかろうとする后の間合いへわざと入った。その次の瞬間。
「よっと…」
「その程度で、ごまかせるとでも思っているのかい?!」
 稜が后の目の前で握っていた土を投げると、目くらましにすらならない程度の土煙を起こした。だが、后は稜の方へ斬りかかる。そして、稜は后の顔を見るや否や、何かを確信したかのように、ニヤリと笑って言う。
「いいや?ただ…確信が掴みたかっただけだからな!!」
「なに!?」
 后の右手の武器が土煙の中を通った瞬間、后の作った武器の刀身の形が浮かび上がっていた。稜はすかさず閃光真剣を左手にも形成させ、左手の剣で后の武器をパリィし、右手の剣を后の首筋付近で寸止めした。
「はい終わり…つーか、ちょっと聞きたいことがあるから武器をしまってくれ、俺もしまうから」
「…わかったよ。どのみち今のまま抵抗したら、僕は首から血を吹き出す結果になるだろうし…。で?聞きたいことって何かな?」
 二人は武器をしまうと、ある程度距離をとってから会話を再開した。
「ん?お前さっきさ、中学時代の友達がナンパして、それをたまたま好戦的な風紀委員が見つけてどうこうしたって言ってただろ?」
「それが?」
「本当にあんたの友達は、ただナンパしただけなのか?」
「どう言う意味?」
「ナンパされてた相手が嫌がってるのを無理やり押さえつけてたりとかはしていなかったのか?」
 稜の指摘に、后は思わず口ごもってしまう。
「!?それは…」
「まぁ、これは俺たち風紀委員側も、過剰な攻撃をしたっていうことに変わりはないんだろうからなんとも言えないけど、ただ、そっちの方にも何かあったんじゃないかなってさ?」
「!!君は…好戦的な風紀委員じゃないの?」
「は?なんでそんな後々面倒になるようなことをするんだ?仕掛けられたならまだしも、仕掛けてこねぇやつに力で屈服させることは絶対にしねぇよ」
「じゃあなぜ、エースなんて呼ばれてるんだ?」
「誰かが勝手に言い出しただけだろ?俺は興味ねぇけど…つーか、もう闘う気がないなら教えてくんねぇ?焔火が連れて行かれた場所…」
「見逃してくれたら、教える」
「わかった。見逃す…」
 后はあまりの稜の即答に、一瞬面食らったような顔をして言った。
「…この先をまっすぐ行った先にある廃ビルだ…けど、身柄が無事かどうかの保証はできないけど」
「上等!」
 稜はそう言い残すと、言われた方向にダッシュで向かっていった。

 その頃、廃ビル内では、複数の不良たちが緋花一人を囲んでリンチしていた。
「おいおい、顔は傷つけんなよ~、後でヤってる動画を売るとき安くなっちまうからよ」
 男はそう言って、床に倒れている緋花の脇腹を蹴飛ばした。
「うぐ!!ふ…ざ…けないで…」
「まだ落ねぇのか、それとも、応援が来るとでも思ってんのか?ハハハ!!無理無理!」
「そんなことない!!うっ!」
 反論した緋花は男に肩を踏まれ、痛みに顔を歪めている。本来なら起き上がって電撃の槍などを食らわせることができるのだが、后との戦闘で体力を激しく消耗させてしまった上に、両手は後ろで組まされ、自分が持っていた手錠で固定されていて、どうにもできないのも理由の一つであろう。そしてもうひとつの理由は、一方的に殴られ続けているため、まともに演算ができないからだ。この二つの要因が、緋花をピンチへと追いやっている言っていいだろう。
「おい!カメラの準備できたか?」
「おう!バッチリだ、いつでもいいぞ」
「!?」
 緋花はわかった。この瞬間、不良たちの雰囲気がさっきまでの暴力的な雰囲気から一変して、邪な雰囲気へと変わったことが。
「な、何する気よ!」
「や~、今度は痛くしねぇよ、むしろ気持ちよくしてやるよ」
「や、やだ…来ないでよ!!」
 緋花は徐々に後ろへと後ずさって行くが、ビルを支える柱に背中がつくと逃げ場を失っていた。
「感念しろよ!」
 男は何の抵抗もできない緋花のブラウスを引きちぎっていった。
「いやあああああ!!!!」
 緋花はただ、絶叫するしかなかった。もしかしたら稜が后に負けたのかもしれないとまで考えが到達していたその時。
「そんじゃ…ごたいめ~…いってぇ?!誰だ!!」
「…」
 緋花に手を出そうとした男の後頭部に小石が直撃し、石をぶつけられた男が石の飛んできた方を振り向くと、閃光真剣で作った片手直剣を片手に、怒りにも似た眼つきをした稜が立っていた。
「…仲間に…手ぇ出すなよ…」
「!!稜…先輩…」
「チッ!!囲んでボコれ!!相手はたった一人だろうが!!」
 不良集団は一斉に稜を囲んだが、稜は臆することをしない。むしろ。
「…焔火を傷つけた奴は誰だ…」
「あ~、俺だ!この釘バットであちこち殴ったぜ!お前もそうしてやる!!」
「…」
「な!?」
 男が釘バットを稜に向かって振りかざした瞬間、右手の剣が一閃し男の持っていた釘バットを根元から斬っていた。あまりの速さに不良たちは動揺している。そして、全員が稜の殺気のこもった雰囲気に怖気ずき、廃ビルから一斉に逃げ出して行った。
 たった一人を除いては。
「あんたも切られたいのか…」
「フン!これ見てからも言えっかよ!!」
 残った男が取り出したのは、本物の拳銃、SOCOMだ。しかし、稜はそれを見ても怯えていない。
「拳銃だぞ?本物だぞ?」
「…だから?」
「死ね!」 
 男が引き金を引き、銃口から火花が飛び散ったその瞬間。閃光が一閃し、弾丸は稜に当たらず、二箇所からカラカラン!と弾丸が床に落ちる音が聞こえた。
 そう、切ったのだ。稜はSOCOMから放たれた高速の弾丸を一刀両断したのだった。
「ふ、ふざけるな…。!?」
「おせぇ…」
 稜は剣を左手に持ちかえ、男の持っていた拳銃をぶった斬り、素早く男の横に回り、右手で男の首に手刀を当てて気絶させた。
「はぁ…銃刀法違反で、お前を務所にぶち込む…」
 稜は男に手錠をかけると、アンチスキルに通報してから緋花の許へと歩み寄り緋花の手錠を外した。
「…油断するな…」
「すいません…」
 そして、稜が立ち上がって歩こうと緋花に背を向けたとき、稜の背中に緋花は寄りかかって言った。
「稜先輩…カッコつけすぎです…そんなことされたら…泣きそうになっちゃうじゃないですか…」
「…泣くのはいいが…その前にその服何とかしとけよ、俺は外でアンチスキル待ってっから…」
「!?」
 緋花は稜のその一言で、自分の服装を見直すと、ボタンが弾け飛んではだけたままのブラウス、スカートの位置もやや下にズレていて、それを見た瞬間、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせた。
 それからものの数分でアンチスキルが到着し、この一件は、落着した。
END

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最終更新:2013年01月11日 22:56