第一三回、学園都市清浄化《ダストシュート》運動。
……馬鹿馬鹿しいルビが振られているタイトルは無視するとしよう。
本題の内容は計三枚程度のコピー用紙に纏められており、読み切るにはそれほど時間は掛からなかった。その程度の薄さで纏まってしまうほどの計画なのだから内容自体も薄く、典型的な無能力者狩りの計画なのは言うまでもない。
無能者が許せない者、無能者を徹底的にいたぶりたい者、ただ金稼ぎの為に参加する者。そんな煩悩の数ほど多くの動機を持った人物を集め、予め狙いを付けていたスキルアウトを襲撃する。事前の作戦は立てないらしく(無能力者にてこずるとは考えていないため)、誰でも気軽に参加できるお手軽なものだった。
その回の標的はスキルアウト『夜明けの晩』。決行日時は今から一週間前とちょっとといった所だ。
「ここか……」
そして、俺は今その無能力者狩りが行われたであろう『夜明けの晩』の住家だった場所に赴いていた。
解体途中で何年も放置されている廃ビルの入口をくぐり抜け、中へと進むと、かび臭さや腐敗臭の強烈な臭いの暴力が一気に押し寄せ、反射的に鼻をつまませる。
「よくもまあ……こんな豚小屋で暮らして行けるもんだよ」
目を細めて一瞥し、臭いの原因であるカビや腐敗が進行した食料の残骸を足で除けながら更に進んで行く。この有様にはため息しか出ないが、それとは別に一つ気になることがあった。
(……綺麗過ぎる)
誤解しないで頂きたいが、俺は数秒前言ったことを忘れるような惚けた人間ではないし豚小屋を綺麗と感じるほど感性の狂った人間でもない。ここで感じた『綺麗過ぎる』というのは『戦闘の行われた場所にしては』という意味であり『住む場所』としてみれば野宿した方がマシなレベルの散らかり様である。
――と、考えつつ先を進んで行くと中央部の部屋に繋がるドアを発見。これ以外に周りに進める場所はなく、ここを通る以外先に進む方法はなさそうだ。
指紋認証でも静脈認証でもなく、旧世代の遺物である金属製の鍵でロックを解除する方式のドアだが、既に鍵を指す穴には直径五センチにも及ぶ大穴が空いており、鍵の役目は既に終えていた。俺はドア全体に力を伝えるよう中心に手を置き、そのまま前へ――。
『……っし…』
「!!」
その時、ドアの向こう側から微かに人の声が漏れてきた。聞き間違えではない。確かにこの耳に、それも一人や二人ではなく、何十人もの話し声が。
(どういうことだ……? 何故無能力者狩りが行われたはずのこの場所に?)
『夜明けの晩』の残党か――いや、残党というには数が多すぎる。もしあいつらが『夜明け晩』のメンバーだとしたら、あいつらはまだ“残党”にすらなっていない。
この建物に入った時からの違和感が俺の仮定を裏付けるように脳裏をよぎった。この建物に一切残されていなかった戦闘の形跡。それは“残っていなかった”のではなく、そもそも“行われていなかった”のではないか。
仮にこのスキルアウトが非暴力を貫くような集まりだったとしても、最低限の武力、すなわち重火器の類は保持してるとみて間違いはない。そこに無能力者狩り集団の襲撃があればそれらを使わざるを得なくなる。その引き金に指をかけたが最後、建物の壁という壁は弾痕を刻まれ、数秒と経たないうちに肉塊へと変えられた人間の血潮をトップコートとして浴びることになる。
『いやあーー、それにしても傑作でしたね。俺達を潰そうとしてきた馬鹿共を逆に潰せるなんて』
『本当だよな。あいつらあの変な音を聞いた途端、何も出来ずにうずくまり始めんだもんなぁ! いい様だったぜ』
そんな時、ドアの前で佇んでる俺の後ろで足音とともに二人の男の話し声が聞こえてきた。その音量は段々と増し、徐々にこちらに近づいてくるのがわかる。
前方はドア、左右はコンクリ製の壁、そして後ろからは『夜明けの晩』と思われる二人の男。能力を使えばコンクリの壁などたやすく貫けるのだから完璧に退路を絶たれたわけではないが、あえてその方法は使わない。
何故なら。
「あの、今の話し詳しく聞かせていただけませんか」
これはどうして『夜明けの晩』がまだ存在しているのかという疑問を晴らすいい機会だったからだ。
◇ ◇ ◇
がやがやと騒がしいファーストフード店で俺は昨日の子供と相席していた。名目としては話を聞いてやる、ということだが本当の目的はそちらではない。昨日『夜明けの晩』から聞いた姉への手掛かりを教えてやるためだ。
「だから、だからお願い手伝ってくれよ! もしかしたらおっかないスキルアウトの所も調べにいかなきゃいけないんだ。そうなったら僕だけじゃ……」
子供の必死な懇願は適当に聞き流して、ドリンクを口に含む。とりあえず話が一段落したらこちらからも話そう。
――十分後。度重なる熱弁のせいか子供はぐったりとテーブルにつっぷしていた。言いたいことは全て言い尽くしたようで、どこかしらすっきりした表情も窺える。
「それで、終わりか?」
確認のための一言。子供がそれに「うん」と返すと、
「んじゃ、こっちからも言いたいことを言ってやる」
俺は空になった紙コップを席に座ったままごみ箱へと投げ捨てる。しかしそれは失敗。紙コップはごみ箱の前を通り過ぎた店員に弾かれ、虚しく床にたたき付けられた。
ゴクリ、という子供の唾を飲み込む音が聞こえる。
俺は自分の手で紙コップを始末したところで、
「――……お前の姉は、あるスキルアウトによって捕らえられている」
静かに、そう告げた。
――――――
『ん、誰だお前は。見ない顔だな』
廊下で相対した二人の男はいぶかしげにこちらの顔を覗き込んできた。
出会い頭に戦闘に突入ということもありえたが、思った以上に警戒心が薄いのは、『スイーパーズ』という組織の襲撃から逃れられた安堵から来るものなのだろうか。
『どうもこんにちは。僕、ここのスキルアウトがあの無能力者狩りの集団を撃退したと聞いて本当かどうか確かめに来たんですよ』
取り合えずいつもの笑顔を作って返事。
『あぁ……? だったらなんだってんだ。テメエに話す義理なんか持ち合わせていねェよ。ガキは失せな』
まあこうなるのが当然だろう。
力に訴えて無理矢理口を開かせるのもありではあるが、場所が場所だ。流石に敵の本拠地でゆっくりと尋問なんて常識的に考えてありえない。
『すいません……でも実は僕がいたスキルアウトもあいつらに潰されてしまって……だから、ここがすごいと思ったんです。あんなに強い奴らを簡単に倒してしまうんだから』
ならば薄っぺらい情にでも訴えかければいい。同情という名の油断が口を割る可能性のもっとも高いのだから。
俺は視線を落とし声を細々と、
『もしよろしければここに入れてくれませんか。もう僕が無能力者として心を預けられそうなのは、ここしかないんです』
言ってる自分でもへどの出る茶番だとは思うが、どうやらこいつらにとっては違うらしい。
『そうか……お前も俺と一緒か……!』
男は筋肉質な両椀をプルプルと震えさせ、俺の肩に手をかけてくる。正直気色悪い光景だがここは我慢の一択しかない。
『安心しろ、ここに入ればもう無能力者狩りに遭うことはない。なんつったって対能力者用の機器を所持したすげえスキルアウトと同盟を組んだからな』
よく喋る男だ。それに顔が近い。
引き攣りそうな表情をどうにかごまかして俺は言った。
『対能力者用の機器……なんですかそれは?』
『ふふん。聞いて驚くなよ、その名を“キャパシティダウン”。ある一定の波長を発生させる機械でな、それを聞いたレベル1以上の能力者は演算を狂わせられ、能力をまともに発揮できなくなる。それどころか強烈な頭痛により身体運動もかなり制限されるらしいぜ。……まあ、そんな便利な機械だがデカすぎて小回りが気かねえというのが難点だけどな』
対能力者用機器という時点である程度想像は着いていたが、やはりビンゴ。
風輪学園の常に高いところで俺達を見下し、達観している気に食わない奴。そいつがある自室に張り巡らしているのもたしかそれだった。
『つまり、前回の無能力者狩りを撃退出来たのは、それを持ったスキルアウトが力を貸してくれたからですか?』
『そういうことになるな。だが前回だけじゃねえ。これからも俺達がやばくなったら条件つきで助太刀に来てくれるらしいよ』
要するに一方的に結ばれた安保条約と同じようなものか。助太刀を口実に同盟を組み、確実に勢力をのばす。一方で組まれた側のスキルアウトは身の安全の保証以外には何の得もない。どころか、パシリとしてこき使われるのが目に見えている。
『じゃあその無能力者狩りの連中はどうなったんですか?』
ここからが本題。あのガキが言っていたことが正しいとしたら、間違いなく姉は前回の襲撃に参加していた。そしてその姉が行方不明ということは、つまり--。
『そいつ等の対応は全部あっちの方でやってくれたんで俺たちは詳しいことは知らされてないんだが……トラックに運ばれていくズタボロにされた三人の男女を見た奴がいるらしい。おそらくスイーパーズの主犯格だった奴らだろうな』
――――
「ざっと話せばこんなところだ」
騒がしかったファーストフード店も客足が衰え始め、俺が話し終える頃にはずいぶんと落ち着いた、穏やかなムードに包まれていた。だが、それに反比例する形で子供の心境は乱れ始めていく。
「……そんな」
俺の話を終始耳を離さず聞いていた子供だが、聞き終えるなりすぐに店から飛び出そうと身なりを整え始める。
別に止める必要もないのだが、さすがに自分がわざわざ仕入れてきてやった情報に何の感謝もせず出ていくのはいただけない。
「待て」
「いやだ! こうしてる間にもお姉ちゃんが!!」
「場所も敵の正体も分からないお前が今ここで飛び出してどこに行くって言うんだ?」
「!!」
それに、と俺は返す暇を与えずに続ける。
「たとえ場所がわかったとしてお前になにができる? 敵陣のまっただ中に一人でつっこみ、捕らえられたお姫様を取り返すことができるのか? 無理だよな。そんなことできるのはキノコ食って巨大化する髭おやじぐらいのもんだ」
「だったら、どうすりゃいいのさ!」
「だから最後まで話を聞けって言ってるだろ」
子供は少し落ち着いたようで、離れた腰を再び席に着けた。それでいい。ここで慌てても何の得にもならないのだから。
俺は子供に二枚の紙束を手渡す。一つは俺が昨日借りたスイーパーズの計画書。
「これ……!」
そして、もう一つは夜明けの晩を上から操るスキルアウトからの指令の紙。昨日の潜入の際に奪い取ってきたものだった。
「どうだ? これなら少なくとも手がかりや足がかりくらいにはなるだろ」
一呼吸おいて。
「復讐者《アヴェンジャー》が、どういう組織かを知るためのな」
最終更新:2013年02月09日 20:15