[『無能』]
「・・・!!!」
“天才”九野獅郎が鳥羽に対して立てた見立て・・・それは『無能』。固地が言ったことと同じである。
「・・・なぁ、九野先生」
「何かね、神谷君?」
「何で・・・何でアンタまでそんな答えになるんだ!?鳥羽は・・・そりゃ失態を犯したけどよ・・・。1度の間違いだけで『無能』って断じられる程の失敗だったのかよ!!?
アンタ・・・結局は、あの“『悪鬼』”の言ってることを肯定してるだけじゃ無ぇかよ!!」
「ふむ。『結果的』にはそうなるね」
「『結果的』にって・・・随分都合の良い言葉だな!!やっぱり弟子が可愛いってのか!?」
「そりゃ、可愛いよ?可愛げは無いけど」
「そんなことを言ってんじゃ無ぇよ!!アンタが、鳥羽の何を知ってるんだ!?鳥羽のことを碌に知りもしないアンタが何で・・・!!」
神谷が向ける敵意を簡単に受け流す九野。そんな“天才”に、神谷は苛立ちを募らせる。だが・・・
「ふむ。・・・鳥羽帝釈。176支部に所属する風紀委員の1人。柵川中学2年生。今年の1月に葉原ゆかりと共に176支部に配属される。
奉仕活動に秀でており、近隣住民からの評判は高い。問題児集団の自由奔放な活動のせいで苦情の多い176支部のイメージ回復に大きく貢献している。
その反面、検挙率という面では外回りを行う176支部の面々では下位クラス。無能力者であることが関係している可能性アリ。
また、コンピュータ関係を不得手としているためか後方支援任務も苦手としている。これ等のことが、集団行動を取らず1人でパトロールしていることに繋がっている可能性大。
え~と・・・それから・・・」
「ア、アンタ・・・!!」
「言っておくけど、ここに居る面々のおおよその情報は俺の頭の中に入っている。特に、債鬼から178支部のことを聞くから178支部の人間のことは余計にね。
他にも、他支部の人間と仕事とかで一緒になった時に話したりして情報を集めている。間接的に関わることになった君達の情報を、俺が全く知らないわけ無いだろう?
まぁ、情報と実際に会ってみての印象は違うモノだから、こうやって色々話しているんだが。何なら、印象込みで君の説明もしてあげようか、“剣神”神谷稜君?」
「うっ・・・」
大人と子供。否、それ以上の差を感じさせる。九野にとっては、固地を相手しているのと何ら変わり無い感覚で神谷と対峙している。
「・・・でしたか?」
「ん?声が小さいぞ、鳥羽君。言いたいことがあるなら、大きい声で言ってくれたまえ。それが議論というモノだ」
「帝釈・・・!!」
そんな折に、当事者である鳥羽が口を開く。それは、自分自身にも向けられた思い。取り返しのつかないことをしてしまった自分に絶望する声。
そして・・・そんな自分に更なる追い討ちを掛けようとする“天才”に向けての怨嗟の声。
「やっぱり・・・こんな才能の欠片も無い人間が風紀委員になっちゃ駄目でしたか・・・!?能力も無い、後方支援も碌にこなせない、できることは奉仕活動だけ・・・。
お、俺だって・・・俺だって本当はわかってたんですよ!!こんな自分が風紀委員でいいんだろうかって!!『無能』という解釈は当たってますよ!!
何で・・・何で俺は無能力者に生まれて来たんだって!!何で俺には才能が無いんだろうって!!
あなたみたいな・・・・あなたみたいな“天才”に俺の気持ちがわかるモンか!!!固地先輩のような結果にしか執着しない人間に俺の気持ちがわかるモンか!!!
才能が無い人間の気持ちが・・・気持ちを・・・どうやって把握してるって・・・!!!」
「帝釈・・・!!!」
涙を流しながら本音を暴露する鳥羽に、176支部のリーダーである加賀美は顔をくしゃくしゃに歪める。
黒い感情。無能力者というコンプレックスや、後方任務さえ碌にこなせない自分に対する諦めの感情を爆発させる。
それは、九野だけに向けられたモノでは無い。他の176支部の面々にも向けられた悲痛な叫び。『才能の無い人間の気持ちが才能のある人間にわかる筈が無い』・・・と。
ここに居る殆どの人間が、鳥羽に同情心を抱く・・・・その中で同情心を抱かない数少ない人間の1人・・・九野獅郎は・・・笑う。
「フッ。フフッ。・・・フフフッッ」
「な、何がおかしいんですか!!?」
「・・・君の勘違いっぷりにさ。随分、“被害者”ぶるんだと思ってね。怒りを通り越して、思わず笑っちゃったよ。俺や債鬼が“加害者”・・・ねぇ」
「えっ・・・?」
九野は『無能』である鳥羽に対して、己が出した見立ての真意を語り始める。それは、鳥羽帝釈が目を逸らしている事実。
「『無能』。これは、何も能力や才能が無いことを表す言葉だけじゃ無い。では、他にどういう意味があるのか。・・・役に立たないことだ。
無能力者・低位能力者=『無能』というわけじゃ無い。俺や債鬼は、無能力者や低位能力者だからという理由だけで判断は下さない。
俺やあいつが嫌うのは、目的を果たすという結果を出すために最善の努力をしない人間だ。自分自身を知ろうとしない人間だ。
俺にしろ債鬼にしろ、自分自身のことをよーく知っている。そして、目的を果たすという結果を出すために最善の努力をしている人間だ。
何も結果だけに執着しているわけじゃ無い。まぁ、債鬼の場合は『偏った最善の努力』だろうが・・・」
「・・・!!!」
「その観点から言わせて貰えれば・・・君は昨日の件で何か役に立ったのかい?最善の努力を尽くしたのかい?
役に立って無いだろう?努力を怠っただろう?債鬼の見立て通り、君は楽をしただろう?治安組織の一員として、君に与えられた役割の観点上必要なことをしなかっただろう?
だから、俺は昨日の件については『無能』と見立てたんだ。債鬼。お前もだよな?」
「・・・・・・」
「だそうだ。しっかし、お前は何時も言葉が必要最低限だな。噛み砕けばわかるが、もう少し懇切丁寧に説明してあげる配慮は欲しいモンだ。
そもそも『無能』という言葉を口に出すのなら、余計に繊細な説明が必要だ。言葉自体がポジティブな意味では無いんだしな。
『こういうのを「無能」と言うんだ』の『こういうの』とは、厳密に言えば鳥羽君本人のことを指しているのでは無く、鳥羽君が昨日取った愚行を指している。だよな?」
「フン!」
「だそうだ。済まないな、鳥羽君。わかりにくくて」
「い、いえ・・・」
「でも、君が『無能』だったことには変わりないけどね。さっきは『厳密に』としたが、広義的に言えば君は確かに『無能』だった。
『無能』や『役に立たなかった』という言葉を嫌うのなら、『力が不足していた』と言い換えてもいい。言葉の印象では、まだ後者の方がマシかもしれないし。・・・違いは無いがね」
「『無能』・・・か」
“天才”は手綱を緩めない。鳥羽を立ち直らせるためにも、ここで甘い言葉の1つも掛けることはできない。
「そういえば・・・奉仕活動と言えば178支部の真面君もそっち方面で活躍しているそうだねぇ」
「えっ!?は、はい・・・」
そのためなら、秀でているモノに対する言及も行う。障害者である自分自身が経験したことを、奉仕活動に携わる彼等に伝える。
「真面君。鳥羽君。君達は、奉仕活動を積極的に行っている。個人的な話になるけど、そういう話を耳にすると視力や聴力を失っていた頃が懐かしく感じられるよ、俺は」
「えっ?失って・・・?」
「見てみるかい?ほらっ!」
「「・・・!!!」」
鳥羽と真面―それこそ、固地以外の人間―は言葉を失う。九野の両目付近に幾つもの大きな傷があったために。
この事実は、透視系能力者でも無い限り知られていないこと。彼が通勤している女子中学の生徒の一部でも、その事実を知らない者は存在する。
「育脳中の事故でね、視力と聴力を同時に失った。そして・・・能力の習得という未来さえも。あの頃はずば抜けた高位能力者て言われてたけど、その事故で全部オジャンになったんだ。
今は、このゴーグルの端末で視力・聴力共に復活したけど。あぁ、あの事故がなければ~って悔しがっていたあの頃が懐かしい」
「「ゴクリ!!」」
「俺も、あの頃は周囲の人達にあれこれ手助けして貰ったモンだ。介護を専門とする人達以外にも・・・そう、君達のような奉仕活動を行っている人間にね。
そして、当時はよく思ったものさ。『情けない』、『自分が生まれて来た意味ってあったのかな』・・・とかね。鳥羽君。君が抱く感情と、きっと同類だと思うよ?」
「あ、あなたも・・・!?」
鳥羽は、“天才”と呼ばれる九野がかつて自分と同類の感情―自分を卑下する―を抱いていたことを知る。そして・・・新たな真実を知らされる。
視力も聴力も失った若き頃の“天才”が、善意の下で自分の身の回りの世話をしてくれる人々へ抱いていた邪な心を。
「今さっき言ったことが何を意味しているかわかるかい?俺はね、手助けして貰った人達から“傷付けられていた”んだ。自分の心を酷く掻き毟られていたんだ。
『こんなこともできないのか』・・・そう言われているような気がしてならなかった。それが心からの善意であったとしても、当時の俺はそう感じた。
善意を善意として受け取ることができなかった。つまりは、悪意として受け取っていた。その人達を“加害者”として見ていた。君が“被害者”?フッ、何を言っているんだ?
奉仕活動をしている君が、奉仕される側から“加害者”と捉えられていない保証が一体何処にあるんだい?君は、そこまで考えて奉仕活動に携わっているのかい?」
「ッッッ!!!」
「俺が・・・“加害者”?」
表裏。その境界線は、とてもあやふやなモノだ。両者は、何時ひっくり返ってもおかしく無い。その現実に、鳥羽と真面は衝撃を受ける。
対して、九野は2人が“そこまで”には踏み込んでいない事実を―予想はしていたが―知る。
風紀委員というのは奉仕活動を目的として創設された組織では無い。学園都市の治安維持のために創設された組織だ。奉仕活動はあくまでその手段の1つでしか無い。
データを見る限り、鳥羽と真面が今まで奉仕活動を通じて接して来た住民は奉仕活動を『絶対に』必要とはしていない者達が大多数を占めている。
これは、言い換えれば独力でこなす力がその住民には備わっているということだ。そこへ、風紀委員が奉仕活動の一環として『安易な』手助けを行えばどうなるか?
大抵の人間には感謝されるだろう。多数の人間には『ありがとう』という言葉を贈られるだろう。現に、鳥羽と真面はその優しい性格も相俟って色んな人から感謝の言葉を贈られている。
特に、真面は悩み相談も積極的にこなしていることから管轄内の人間から評判が高い。しかし、それだけで全てが終わるとは限らない。人の心はそんな単純なモノでは無い。
その時々で、その人間次第で受け取り方は変わって来る。悩み相談という責任の主体が相談する側にある場合は別だが、能動的に奉仕活動を行う場合は見極めなければならない。
「(その反応だと、善意の活動が場合によっては“加害者”に繋がる可能性があるとは全く考えていなかったようだね。というか、“加害者”という発想自体が思い浮かばないのかな?
『余計なお節介をしてしまった』程度の経験はありそうだけど、そこから先の感情にはまだ聡く無いか。相手の受け取り方次第というのは本当に難しいな。俺でもそう思う。
まぁ、中学2年生にはまだ早いのかもしれないね。2人共優しい性格だから、債鬼のようにハッキリしている悪意じゃ無い“潜む悪意”には敏感じゃないか。
俺の言葉で、少しは事前学習的なモノになることを願うよ。奉仕活動を積極的に行う以上、いずれ君達の前に立ち塞がる大きな“壁”になるだろうしね)」
具体的な例を挙げると、『たとえ苦しそうにしていても独力でこなす力が備わっている人間に、奉仕の一環として風紀委員が手助けすることが当人にどう受け取られるのか?』。
大抵の人間には感謝されるだろう。多数の人間には『ありがとう』という言葉を贈られるだろう。一部の人間には迷惑がられるだろう。少数の人間には疎ましく思われるだろう。
風紀委員にとって、『別にいいよ』と言葉に出して拒否してくれる場合はまだいい方だ。一番厄介なのは、『ありがとう』と言葉で礼を述べておきながら心の中で苦虫を噛み潰している場合だ。
何故なら、善意の行動を悪意―例:『こんなこともできないのか』―として受け取られていることに当の善意を示した風紀委員が気付かないからだ。気付かずに進んでしまうからだ。
断っておくが、鳥羽・真面の行動は非難されるような代物では決して無い。但し、善意の行動=『絶対に』必要な行動とは限らない。だからこそ、気を付けなければならない。
善意が悪意と受け取られることは幾らでも有り得る。善意の行動が、図らずも“加害者”になってしまう切欠になることも有り得る。
その対象が、『絶対に』必要となる者―例:障害者として苦しんでいたかつての九野獅郎―でさえ邪な感情を抱く可能性があるのだ。
第一、風紀委員は奉仕活動のスペシャリストでは無い。奉仕活動が得意だったとしても、その厳然足る事実は奉仕活動を行う風紀委員自身がしっかり認識しておく必要がある。
「人間は、何時でも“加害者”側にも“被害者”側にもなる。なってしまう。それは当然のことだ。俺は、それを醜いとは思わないが綺麗だとも思わない。清濁併せ持っての人だ。
債鬼や俺は、今の君にとっては“加害者”なんだろう。だが、かつての俺から見たら君だって立派な“加害者”だよ?・・・まぁ、ここら辺は屁理屈みたいなモンだけど。
今思うと、当時は情けないにも程があった。善意を善意として素直に受け取ることができない程屈折していた自分を、今の俺は恥ずかしく思って・・・話が逸れたね。
さっきも言ったけど、今の話は奉仕される側・・・つまり障害者である俺の個人的な体験談として捉えてくえたまえ」
「「は、はい」」
「しかし、今回はねぇ・・・“被害者”面はよくないなぁ、君。自分の責任を少しでも軽くできるとでも思っているのかな?
俺が、そんな甘えを許すとでも思うのかい?あの“『悪鬼』”の師だよ?そんな仲良しごっこは余所でやりたまえ。
仮にも、君は治安組織の一員だよ?生き死にが懸かった戦場に身を置く可能性がある者だよ?背負うモノの重さを・・・いい加減自覚しろよ。椎倉君達はちゃんと自覚しているよ?
はっきり言ってあげようか?今回の失態を演じた理由を鑑みた場合、君の何処が“被害者”側だけなんだい?甘ったれるなよ・・・『風紀委員』鳥羽帝釈・・・!!」
大人は容赦しない。子供の甘ったれた我侭を見過ごせる程、大人は優しくない。命を懸ける現場に身を置く者として、絶対に看過できない甘え。
九野は、鳥羽が憎くてこんなことを言っているのでは無い。むしろ、鳥羽のためを思って言っているのだ。それは、鳥羽の心の底に深く突き刺さる・・・残酷な“優しさ”だった。
「椎倉君達の作戦が上手く行かなかった原因の1つに、風紀委員として適切な役割をこなせていない人間が風紀委員会に存在したことが挙げられる。厳しいことを言うようだけどね。
また、『六枚羽』を筆頭に『ブラックウィザード』の戦力が想定を超えていたという現実もある。策も“今回”は向こうが上回った。認めるしか無い事実だ。
色んな理由はあるとして、リスクが顕現した以上『結果的』にでも債鬼や椎倉君達『上』の人間の見通しが甘かったと断じられるのも致し方無い。
これは、『上』に立つ者として避けては通れない代物だ。いずれ、彼等には内部機関による処分も検討されるだろう。
つまりは、上司にも部下にも重さは違えど責任自体は等しく存在するというわけだ。その責任は・・・これから君達が背負わなければならない重要な重さだ。大事にしたまえ。
というわけで・・・鳥羽。俺の“授業”を妨害したお前には一旦退室を命じる。そうだな・・・廊下に立ってろ。いっぺん頭を冷やして来い」
「・・・・・・わかりました」
「・・・!!加賀美先輩・・・私も退出していいですか?」
「ゆかり・・・帝釈をお願い」
「わかりました」
「・・・チッ!」
「神谷先輩・・・。俺、間違ってたかなぁ?何だか自信が無くなってきちゃいましたよ・・・」
「一色の言うことは間違って無いわよ。事情を知らされていない人間からしたら、知っている人間の意思なんか知ったことじゃ無いって思うのは普通のことよ。
唯、全部が正解じゃ無いってこと・・・だと思う。それと、正解が必ずしも最適な結果に結び付くわけじゃ無いってこと・・・かな?
九野先生が言いたいことは、きっとそういうことだと思うわ。簡潔に言うなら・・・『全てを見ろ』ってことかしら?具体的には、『椎倉先輩達の覚悟「も」把握しろ』・・・かな?」
「確かに、鳥羽の行いは内通者の存在如何に関わらず批判されて然るべきモノも多く含まれていた。
エリートである私も、起こった事態に動転してそれから目を背けていたということか。鳥羽の本音に気付いていなかった私が・・・網枷の真意を見抜けなかったのも当然か・・・」
「・・・・・・複雑」
九野が鳥羽に退出―気持ちを整理させるために―を命じ、鳥羽は素直に応じる。彼を気遣う葉原は、加賀美の許可を得て鳥羽の後を追った。
一方、問題児集団達もそれぞれの思考で九野と鳥羽のやり取りを見定めて行く。
「(これが・・・固地の師匠・・・!!)」
「(こ、こわいですー!!で、でも・・・)」
「(学ぶべき点は多い。きっと、それは鳥羽にも伝わっている筈。私も・・・何時までも落ち込んでいられない!!甘ったれていてはいけない!!)」
花盛支部の閨秀・抵部・冠は、九野の言葉に厳しくも温かな思いを感じ取っていた。現在の花盛支部は半分以上が戦線離脱している。
後悔、心細さ、責任、その他諸々の湧き上がる感情に3人共呑まれていたのは否定できないことだった。
だが、その悪循環が断ち切られた・・・気がした。それは、紛れも無く九野の言葉が齎したモノだった。
「椎倉先輩・・・」
「・・・何だ、初瀬?」
「今日・・・無理してここに来た甲斐があったって感じです。俺・・・本当はここに来たくなかったんです。自分達に起きた惨状から目を逸らしたくて・・・逃げたくて。
でも・・・来て良かったです。何だか吹っ切れたというか・・・」
「俺もだよ。俺だって逃げたくて仕方が無かった。だが・・・ここに来ることを決断した俺を今の俺は褒めてやりたいと思うよ。投げ出すわけには・・・絶対にいかねぇ・・・!!」
成瀬台支部の椎倉と初瀬は、この場所にもう一度帰って来ると決断した自分自身に胸を張る。
また、この手の話は風紀委員会を纏める椎倉自身が皆に詳しく述べる必要があったが、統率者として失態を犯した手前彼の言葉に説得力の不足が生じていた。
そこに現れたのが九野である。自分が行えば『責任逃れ』と揶揄されても仕方無い指摘―所謂“恨まれ役”―を九野が肩代わりして行ってくれた。
部外者とも言える“天才”が率先して行ってくれた言動に、椎倉は深く感謝する。同時に、斑達が抱える割り切れない感情も深く感じ入る。
「私も“被害者”面してましたかねぇ・・・」
「佐野・・・。ぶっちゃけお前のツラはカチカッチだからよくわかんねぇ・・・(ギュ~!)・・・痛っ!?」
「感情剥き出しの鉄枷には言われたく無いですね」
「お、お前・・・痛い!痛い!」
「佐野。湖后腹にも言ったが・・・済まなかった。謝っても謝り切れない傷を、お前には負わせてしまった。記立にも・・・」
「いえ。私も駄々をこねてました。破輩先輩達が抱いていた苦しさに・・・先程までの私はわざと目を逸らしていました。すみませんでした」
「佐野・・・!!」
159支部の佐野は、リーダーである破輩の謝罪を受け入れるのと同時に自身の過ちについて謝罪を述べる。
破輩とて、好き好んで仲間の命を危うくする判断を下していたわけでは無い。『ブラックウィザード』を潰すという『目的』の下、苦渋の決断を下したのだ。
「・・・さて、話のついでに1つ俺も聞いておこうかな・・・178支部の諸君?」
そんなざわつきを静寂に変えたのは、もちろん九野獅郎。彼の視線の先に居るのは・・・178支部の面々。
これから行うことは九野の個人的な思惑も入っているし、178支部内のわだかまりを改善するためにも必要なことだと“九野”が『客観的』に判断したことでもある。
「な、何でしょうか?」
「浮草君。何でもいい。君が思う債鬼の悪い所を言ってみてくれ」
「はっ?」
浮草は面食らう。九野が放った質問の意図がわからない。何故、ここで固地の悪い所を言う必要があるのだ。
「いいから。この際、全部吐いた方がいいと思うよ?こんな機会は、もう無いかもしれないし。ほらっ!」
「え、ええ、え~と・・・まず口が悪い。年上・同齢・年下変わらずタメ口で話し、人を虚仮にしまくる。“『悪鬼』”という仮面を被って滅多に心を開かない。
人をよく怒らせる。無茶な要求を押し通す。相手の都合を考えない。オレ様っぷりが酷い。全ての物事が自分中心に回っているように考えてそう。
実力はあるのに、その態度が全て台無しにしている。少しは仲裁する俺の身にもなれ。
傲岸不遜。罵詈雑言。悪辣非道。よく同僚とトラブルを起こす。その度に俺が謝る。俺を“お飾りリーダー”と揶揄し、自分がリーダー格みたいに振舞ってる。俺の胃が痛くなる。
それから・・・」
「プッ!!ハハハハハハハッッッ!!!!!いやー、全くもってその通りだよ。浮草君の指摘は、全部当たってる。俺も直そうとしたんだけど、こいつは本当に不器用な奴でね。
一度無理矢理悪辣な口調を直させたんだが、次第に無理が祟ってね。ストレスを溜めまくって、ぶっ倒れたことがあるんだよ」
「本当ですか!?」
「あぁ、本当だとも。その時になって、こりゃ駄目だって思った。本人も悟ったみたいでね、それ以降は我慢するのを止めたんだ。
そのせいで、君達に随分迷惑を掛けてしまっているようだね。申し訳無い」
「いえ・・・。しかしまぁ・・・その結果が・・・ねぇ」
「・・・フン!」
浮草の少々見下した顔が、固地の視界に入る。入ったために、固地は顔を背ける。この意地っ張りは、何があっても直りそうにないことを浮草は実感する。
「浮草君。その口振りだと、君はあいつのことを結構わかってるじゃないか」
これで・・・準備は整った。178支部内のわだかまりを改善するための準備が。
「えぇ。まぁ、同じ支部ですし。嫌っていうくらい見てますし」
そして・・・自身の主観―怒り―を“お飾りリーダー”にぶつける準備が。
「なのにねぇ・・・何故逃げるんだい、浮草君?何故正面切ってぶつかり続けないんだい?」
「・・・!!!」
浮草の息が・・・止まる。
「多少面と向かって応酬した所で、君はスゴスゴと引き下がるそうじゃないか。君は、皆の上に立つリーダーなんだろう?何故そこで止まってしまうんだい?」
対する九野は、浮草の瞳を捕える。絶対に言い逃れさせないという意志を込めて、視線をぶつける。
「そ、それは固地が俺を押し退けて勝手にリーダーとして・・・!!」
「・・・フッ。その時点で話にならないよ。“お飾りリーダー”と揶揄され、それを君は受け入れてしまっている。
受け入れていないという反論はあるだろうが、俺から見たら君は受け入れている風にしか見えないよ。
『リーダーとして支部を動かし纏める』。この結果を出すための最善の努力を怠っている君が、その点について債鬼のことをとやかく言う筋合いはあるのかな?」
「ッッ!!」
リーダー。それは仲間を導く者。根幹だけは決して揺らいではいけない者。精進を怠らない者。そのために努力をする者。
リーダーにも様々な種類があるだろう。強烈なリーダーシップを発揮して部下を引っ張って行く者、部下との融和を第一とし部下と同じ目線で進む者等色々ある。
しかし、共通点というモノは存在する。それを九野はハッキリ認識し、浮草は認識しようとしなかった。
「こう見えてもね、俺は個人的に君に怒っているんだよ?周囲の環境次第で人間の成長度合いも変わる。
教師である俺は、色んな性格や気質を持つ教え子達が多方面に成長できるように授業構成を必死に考える。
もちろん、弟子である債鬼にも俺は全力で当たった。全力で叩き潰した。彼が成長することを願っての愛の鞭を振るい続けた。そして・・・債鬼は喰らい付いて来た。必死に。
君はどうだい?全力で当たったのかい?必死になって考え尽くしたのかい?・・・していないんだろ?指を咥えて見ていたも同然なんだろ?全力を尽くさなかったんだろ?
だから、君は債鬼から逃げた。支部から逃げるように1人で行動することが多くなった。債鬼の才覚に追い付こうと努力する気概すら、今の君は持てていない。違うかい?」
「グッ・・・!!」
「債鬼にも当然責任はある!債鬼のせいで君も苦しんだんだろう。『主観的』・『客観的』・『結果的』に見ても、それは揺るがない。
師匠である俺からも、もう一度謝るよ。俺の指導力不足だ。本当に申し訳無い!!」
「うおっっ!!?」
「九野先生・・・!!」
浮草の眼前にある光景・・・それは“天才”の謝罪する姿。『大人』足る九野獅郎が弟子の不始末として『子供』である浮草に頭を下げている姿。
座っている固地の頭を掴み、一緒に頭を下げている姿。その言葉に、その姿勢に嘘偽りは無い。誠心誠意の謝罪である。
「なぁ、浮草君?これも指導の一部だよ?君だって、債鬼の件で各所に頭を下げに行ったことは何回もある筈だ。他支部のリーダーにも聞いたし。そうだろう?」
「は、はい」
「でも、君と俺とでは決定的な違いがある。それが何かわかるかい?・・・いや、“わかっていても”言い辛いか。なら、ハッキリ言ってあげよう。
君は債鬼のために謝っていないんだ。債鬼の『悪評』が自分の座る“用意された”リーダーという椅子に及ばないように謝っているんだ」
「ッッッ!!!」
「俺はちゃんと債鬼のために謝っているよ?今回の件が終わったら、もう一度徹底的に指導してやろうと考えいるし」
「・・・(ゾクッ)」
「債鬼。この場ではお前の態度への叱責は控えておくが・・・覚悟しろよ?夏休みはまだまだ残っている。俺の実力行使の真髄を見せてやろう。・・・逃げるなよ?」
「(実力行使の真髄!?九野先生・・・債鬼君に何をするつもりなんだろう・・・!!?)」
九野の宣告が耳に入ると同時に冷や汗が止まらなくなる固地。彼が加賀美に“天才”への告げ口を引き止めていたのも、全ては師匠の実力行使を恐がっていたからである。
幾度と無く泣かされ続けた経験が体中を駆け巡っている固地の様子から、加賀美は九野の実力行使の壮絶さを想像する。一方、師匠は弟子への実力行使付き指導をこの場では見送る。
この場の指導では弟子の態度が完璧に解決しないことも理解していたし、何より固地の駄目な部分は丸分かりだ。その頑強さは昔も今も予想外の一言に尽きるが。
対して、浮草の場合は一見すると目に見え難い欠点であった。固地という比較対象が居るせいで、同情される要素もあったことが拍車を掛けている。このままでは駄目だ。
浮草達への苦言や忠言に九野は手を抜いてはいない。真摯に、本気で彼等と相対している。彼等の成長を願っている“天才”の真摯極まる指導なのだ。
「リーダーとしてもっと成長できる素質は君にもあるのにねぇ・・・。君、何か履き違えていないかい?自分で自分の長所を潰してしまっていないかい?
そんなんじゃいけないよ?君は、債鬼が台頭して以降はその素質を成長させる責務を怠り、部下に指導や手本を積極的に示そうとしなくなった。
リーダーの真価がまさに問われていた筈なのに、君はそこから逃げた。・・・駄目だろ?それはリーダーとして絶対にしてはいけないことだろ?」
「・・・・・・!!」
九野の指摘は浮草にとって、途轍も無く耳に痛い忠言であった。彼の言っていることは全て当たっている。成り行きでなったリーダーの地位に“甘んじた”こと。
“甘んじて”、リーダー格に伸し上がった固地の『悪評』が他者へ広まることに心中でほくそ笑み、固地のフォローに務めている自分に心の何処かで酔っていた。
『自分は正しい』、『自分は間違っていない』、『全部固地が悪いんだ』・・・そう考えていた。リーダーとしてあるまじき思考である。
固地より優れている『他者との調和(=フォロー)』。浮草が持つこのリーダーとしての素質を、当の浮草自身の手で潰してしまっているのだ。フォローの価値を失くしてしまっているのだ。
『浮草・・・。アンタはそこで止まってしまうのか?俺は天魏との一件を無駄にはしない。俺は、アイツが風紀委員を辞めてしまった責任を取る。そのためにも、俺は止まらないぞ?』
『固地・・・』
かつて、178支部を揺るがした大喧嘩。固地とある同僚がぶつかり、双方入院する事態となり、結果として同僚は風紀委員を辞めた。
その一件で、固地は固地なりに自身の未熟を反省していた。そして、それを次に活かそうと傲慢ながらも努力していた。
わかっていた。リーダーである浮草は“わかっていた”。たとえ、固地の心の底を把握し切れていなくてもその部分に関しては“わかっていた”。
“わかっていた”のに今尚言葉として出すのは、全ては羨望と妬み。羨望とは挫けぬ意志の強さ。
同僚が辞める切欠―同僚に大部分の非がある―を作った己の未熟さを反省し、前へ進もうとする意志が事なかれ主義の性質も持つ浮草に眩しく映った。
妬みとは、羨望に対するモノ。それ故に、固地の弱点・欠点を大抵は“固地以外”に論う。リーダー足る者、部下の弱点・欠点を矯正・指導しなければならない。
部下や同僚に固地の悪口を幾度も零す“だけ”では話にならない。真正面からぶつかり、怒りに囚われず、諦めずに対話を重ねる。継続してこそ人は変わる。成長する。
リーダーとして部下の手本になる姿勢も重要だ。現状に甘んじず、常に精進を積み重ねる姿に部下は憧れを抱く。現状に甘んじる者の指導は先が見えている。それでは駄目だ。
指導する者の姿勢・・・例えば九野のような姿勢が浮草には求められていた。求められていて・・・それも“わかっていて”・・・浮草宙雄は踏み出せていなかった。
「そんな人間を・・・リーダーとして誰が認めるんだい?俺なら、今の君をリーダーとは認めないな。何なら、君の部下に聞いてみなよ?君と債鬼、どちらが頼りになるかをさ?
その上で反論したいことがあるならどうぞ?俺も君達のことを全て知っているわけじゃ無いし、俺は俺の主観を根底として君達と話しているしね」
「主観・・・。『客観的』では無いんですか?指導者として、その姿勢で相違や勘違い等は発生しないんですか?」
「・・・覚えておきたまえ、浮草君。『客観的』や『結果的』は、全て『主観的』な行動があってこそ意味のあるモノだ。『客観的』も『結果的』も、主体が存在しない見方だ。
これは、時として主体の責任を軽くしてしまうんだ。主体の行動・・・すなわち主観を軽んじることに繋がる。別に、『客観的』や『結果的』を否定するんじゃ無いんだよ?
だが、全ての始まりは主観にある。これを疎かにしては『客観的』な見方もできないし、『結果的』という運命を正確に見極めることもできない」
主観。それは、1人の人間が自身の思考と心理に従って行動を起こすこと。これが始まり。人間は、最初から『客観的』に動くことなどできない。何故なら、主体(=人間)が無いから。
『主観的』な思考や行動を弾き出した瞬間に、初めて『客観的』な見方と照らし合わせることができる。『結果的』も同様。全ては主観が起源だ。
「椎倉君達は、今回覚悟の上でリスクの高い作戦を実施した。そこには、彼等の主観が間違い無く存在した。覚悟そのものが主観と言い換えられるのかもしれない。
『客観的』から外れ、『結果的』に失敗したとしても、椎倉君達はその責任から逃げずにここに居る。
主観とは意志だ。議論とは意志の衝突だ。衝突の恐怖を知り尽くした上で、それを乗り越えなければ有益なモノは生まれない。
他者の主観や『客観的』・『結果的』という見方も交えながら、最後は己の意志で物事を決める。だから、その人間の言葉には説得力がある。だから、その人間は他者を指導できる。
さっき鳥羽君に言った言葉は傍から見れば『客観的』事実を突き付けた格好だけど、その根底には俺が培って来た主観が存在しているんだ。わかっていたかい?
そして、今の俺は『客観的』な見方と共に指導者として長年歩いて来た自分の視点をもって君とも話している。1人の人間である九野獅郎が同じ1人の人間である浮草宙雄を量っているんだ」
「俺を・・・あなたが・・・!!」
「だから、君の言う通り相違や勘違いもあって当然だ。その時は素直に謝るよ。さぁ、真面君達に質問した後に存分に反論したまえ。
リーダーの椅子に座る君の意見を俺にぶつけてみろ。君の主観で俺を量ってみろ。浮草宙雄の主観で九野獅郎を量ってみろ。そして、同時に自分の主観で自分自身を量ってみろ。さぁ、来い!」
「ッッ!!!」
九野の言葉には、固地以上の重みがあった。酸いも甘いも知り尽くした大人が放つ、揺るがぬ強靭な意志が。
それに、浮草は恐怖する。自分が歩んで来た道が・・・自分が周囲を見ずに―目を塞いで―歩んで来た道を自覚させられるようで。
「・・・・・・」
「・・・ふむ。真面君。殻衣ちゃん」
「「!!」」
「正直に話してくれたまえ。君達は、今の浮草君と債鬼のどちらが統率者として頼りになると思う?
ヒントを与えよう。例えば・・・君達は債鬼にも言われていた筈だ。リーダーである浮草君には必要な連絡等は入れるように・・・と。なのに、何故昨日はそれをしなかったのか?
きっと・・・君達が昨日浮草君に相談せずに単独行動に走ったことは、最初の問いに繋がっているんじゃないかい?さぁ、ハッキリ言葉にして答えてくれたまえ」
「「!!!」」
「真面・・・?殻衣・・・?」
「(・・・相も変わらず容赦の無いご指摘だ)」
九野の問い掛けに、真面と殻衣は中々口を開けない。その様子を浮草は不安げに見つめ、頭を下げたままの固地は己が師の穏やかながらも全く容赦しない手際に感嘆を抱く。
そして・・・・・・ついに意を決した2人の口が開かれ、各々の言葉が上司の耳に確と辿り着く。
「お、俺は・・・頼りになるという面では固地先輩に信を置きます。・・・・・・有事の際は(ボソッ)」
「わ、私も。・・・。それだけの指導を固地先輩に受けて来ましたから。・・・・・・いざって時限定ですけど(ボソッ)」
『有事の際』・『いざって時限定』という条件付ながら、統率者として確かに固地が浮草を“現時点”で上回っているという判断を他でも無い己の部下が下している事実が。
「・・・!!!」
「そうか・・・。まぁ、部下から全幅の信頼を集められていない時点で債鬼も浮草君もまだまだ修行不足と言った所かもしれないね。無論、それは部下である君達も・・・だが」
「「・・・はい」」
「君達が軽率な行動を取ったことは批判されるべきだし、君達自身も猛省するべきだ。だけど・・・フフッ、これは君達の命をあの殺人鬼から守り通した債鬼も喜ぶんじゃないかな?」
「えっ!!?」
「ど、どういうことですか!!?」
「バカ師匠!!」
「いいじゃないか。さっき椎倉君からも説明を求められていただろう?実はね、債鬼は君達を殺すかもしれなかった殺人鬼と取引したんだ。
あの場所で債鬼や君達と殺人鬼は会っていないということで。もし、それを受け入れなかった場合は、君達や債鬼の命は無かったようだ。そうなんだろ、債鬼?」
「別に取引したこと自体は褒められることじゃ無い。むしろ、批判されて然るべき事柄でもある。奴に屈したと捉えられても仕方の無いことを俺はした」
「でもさ・・・その“選択”に後悔は微塵も無いんだろ?恐怖に屈した上での降伏じゃ無い・・・己が信念と照らし合わせた上での決断だったんだろ?
『ブラックウィザード』を潰すという『目的』の下、殺人鬼との接触で自分達が死ぬわけにはいかないという事柄を優先した・・・だろ?一歩間違えれば死ぬという極限の緊張下で」
「・・・・・・あぁ」
「「固地先輩・・・!!」」
固地としては、椎倉に質問された時は何でも言って誤魔化そうと思っていた。もちろん、後で椎倉には伝えるつもりだったが。
だが、その目論見は師匠のぶっちゃけを受けて脆くも崩れ去る。固地は、自身初めて見る部下の感謝の光が前面に押し出された表情を喰らってたじろぐ。
「うっ!?お、お前等。俺にそんな目を向けて来るな!!何時もは、不平不満を隠そうとして隠し切れない風の表情を向けて来る癖に!!くそっ!バカ師匠め!!余計なことを!!」
「これで、その仮面も少しは外しやすくなるかな?」
「うるさい!!」
「フフッ。・・・あぁ、そうだ。浮草君」
「・・・・・・何でしょうか?」
慣れない視線を向けられてあたふたする固地を無視して、九野は意気消沈する浮草に話し掛ける。
「さっき言ってた『お前のような奴の、一体何処が「本物の風紀委員」なんだ!!?』って言葉なんだけどね。『本物の風紀委員』って債鬼が言ったことなのかい?」
「・・・??そ、そうですが・・・」
「そうか。・・・フフッ。フフフッッ」
「九野先生?」
浮草だけでは無い、他の風紀委員達も九野が何故笑っているのかわからなかった。そして、笑みを浮かべながら師匠は弟子の前に立つ。
「『本物の風紀委員』・・・。債鬼、またわかりにくい言葉を使っているな。それは、『本物になろうとする風紀委員』という意味だろ?
大方『本物になろうとする』という言葉では説得力に欠けるし、余計な不安感を抱かせてしまうからだろうね。お前らしい天邪鬼さだ」
「『本物になろうとする風紀委員』・・・?」
九野の言葉に、近くに居る殻衣が疑問の声を放つ。
「そうだ。人間何時だって成長期。完璧な状態なんか有りはしない。だから努力する。
完璧な状態・・・つまり『本物』になろうと懸命に頑張る。自分の信念を成長させ続けるために。完全に満足したらそこで終わりだ。
君達に聞こう。君達が言う『本物』が本当に正しいのかい?君達は『本物』なのかい?俺でさえ、自分が考える『本物』には未だに辿り着けていないってのに」
「「「「「・・・・・・」」」」」
九野の問いに、明確に答えられる者は―固地を含めて―居なかった。誰もが自覚していること。自分は完璧じゃ無い・・・ということを。
「自分で量るからこそ、その人間は『本物』になれる可能性を持つことができる。他人に、周囲に量りを預けるのならそれは『本物』じゃ無い。千差万別もモノだからな。
他人の言葉に一々揺らがされるようでは、それは『本物』とは呼べないなぁ。そして、君達は今日俺が放った言葉を聞いて揺らいだ。参考にしたとかじゃ無い。揺らいだんだ。
何故か?後ろめたさがあるからだ。心当たりがあるからだ。自分の量りに自信が無いからだ。ならば、それは『本物』じゃ無い。君達は『本物』じゃ無い。俺はそう判断する」
改めて突き付けられる己の未熟さ。それは、言い換えれば成長する余地が・・・『本物になれる』可能性が存在しているということ。
「債鬼。俺は、今のお前を『本物の風紀委員』とは思わない。大きな短所を抱える今のお前は、もっと周囲の想いを尊重するべきだ。もっと素直になるべきだ。
だが、『本物になろうとする風紀委員』とは思う。自分が考える『本物の風紀委員』になるために、不器用ながらもひたすら努力を積み重ねる。
お前の根幹は、俺の言葉に揺らがない。それは、確たる自分を持っているからだ。これで、その態度を見詰め直せばもう一段階上に行けるだろう。『本物』に近付けるだろう。
他人の主観から見て、それが『本物じゃ無い』と断じられても貫き通せるお前の意志の強さ。飽くなき主観を主張し、最善の結果とそこへ辿り着く過程を模索し続ける不屈っぷり。
その不屈の意志こそが、お前の真の長所だ。意志無くして成長は有り得ない。主観無くして物事は動かない。しかし、主観だけでは軋轢を生む可能性がある。諍いも起こり得る。
バランス感覚を磨け。自分と他人の想いを尊重し合えるギリギリまで粘り尽くせ。『悪評』に頼るな。・・・お前ならそれができる。師匠の俺はそう信じている。
その起源である強靭な意志を持つお前の在り様に、俺は心から敬意を表しよう。さすがは、俺の弟子だ・・・固地債鬼」
故に、師匠は弟子を認める。その可能性を信じてひたすら突き進む不器用な子供の根幹を、大人たる“天才”は確と認める。
その姿に・・・この場にいる風紀委員が全員見惚れた。姿形が違えど・・・持ち得る信念が違っていても・・・『何時か自分も大人からああいう風に認めて貰いたい』・・・そう思った。
「『本物になろうとする風紀委員』・・・か」
「鳥羽君・・・」
そんな多目的ホール内の議論を、廊下で聞いている鳥羽と葉原。2人は、退室した以降一言も言葉を交わさずにずっと耳を済ませていた。
「俺は、履き違えていたのかもしれないね。他人に煽てられた上に他人の力で成果を挙げても、何の意味も無かったんだ。自分の力で・・・自分の意志で挙げないといけなかったんだ」
「・・・ごめんなさい。鳥羽君の気持ちに・・・私は・・・」
「・・・ゆかりさんが謝ることじゃ無いよ。ゆかりさんに強い嫉妬を抱いていた俺が悪かったんだ。・・・わかってはいたんだ。そんな自分が最悪なんだってことは。
九野先生の言う通り、自分の想いをぶつけるべきだったんだ。卑屈にならずに、衝突の恐怖を乗り越えて自分の率直な主観(おもい)を皆に打ち明けるべきだったのに・・・できなかった。
そこを・・・まんまと利用されたんだ。確かに・・・俺は『無能』だった。“加害者”だった。その一面があったことは・・・認めないといけないね」
「鳥羽君・・・」
鳥羽は自分の心と向き合う。最悪と自覚はしていた。だが、それをどうするのかという指針は存在していなかった。
葉原に対する嫉妬や無能力者故のコンプレックスをどう矯正して行くのか、彼自身がその方向性を見出せていなかった。
「それに・・・俺が謝らないといけないんだよ。俺のせいで・・・緋花さんは・・・!!」
「・・・緋花ちゃんが『ブラックウィザード』の手に堕ちたのは間違い無いと思う。でも・・・まだ緋花ちゃんが死んだとは限らない」
「ゆかりさん・・・!!」
「今はそう信じてる・・・というか信じ込んでる。そうしないと・・・立っていられないんだ」
葉原の言葉を受けて、鳥羽の視線が自然と下がる。見れば、彼女の脚はずっと震えていた。きっと、ここに来る時でさえ震えていたのだと容易に察することができる。
「・・・でも・・・もし生きていたとしても・・・」
「・・・うん。わかってる。“手駒達”のことでしょ?」
「・・・・・・うん」
「・・・私の希望的観測なんだけど、拉致してすぐに“手駒達”にするのって無理があると思うの。幾ら薬を使うにしても、人それぞれに合った薬を使わないといけない筈」
「・・・そうか!薬の配合や量も関係してくるってことか。それに、もし“計算された”戦力として考えているなら・・・」
「そう。唯単に薬物中毒者にしたら意味が無い。『薬の力で能力が強化される』ようにしないと。だから・・・まだ猶予は残ってると思う。
無傷とは行かないけど、廃人になる前に緋花ちゃんや朱花さん達を助けることはまだできる!!」
あくまで希望的観測でしか無い。だがしかし、今の葉原はその一縷の望みに全てを懸けている。
「・・・その当てがあるの?その言い方だと、ゆかりさんには緋花さん達を助ける何かに心当たりがあるように聞こえるんだけど?」
「・・・それについては、椎倉先輩から話があ・・・」
「葉原に鳥羽!?そこで、何ボーっと突っ立てるっしょ!!?」
葉原の口振りに違和感を覚えた鳥羽が質問をしている最中に、彼女達は帰って来た。
「おおぉ!!九野先生!!ご無沙汰しております!!」
「緑川君!!それに橙山ちゃんも!!久し振りだねぇ!!」
「ガクッ!!九野先生・・・そのちゃん付けはやめて下さいって前にも・・・」
「ん?別にいいじゃないか。君は麗しき乙女なのだから」
「・・・///」
「・・・相変わらず橙山は九野先生に弱いな」
「うるさいっしょ!!」
葉原達に事情を聞いた橙山と緑川は、鳥羽・葉原を室内に連れ立った後に九野に挨拶を行った。
この3人はプライベートでも親交のある間柄で、教師として、そして警備員として色々相談したりされたりの関係でもある。
「重体で運ばれた警備員の様子はどうなんだい、橙山ちゃん?確か、いずれも重度の外部損傷に依る出血多量に起因する重篤者だったと聞いているけど」
「・・・いずれも予断を許さない状況です。防具のおかげか幸いにも直接的な臓器の損傷は無かったのですが、九野先生の仰る通り重傷による出血量が尋常では無く・・・」
「日頃からの鍛錬の賜物か、急所への致命的な傷を避ける行動を各警備員が咄嗟に取れた証とも言えますな。後は、各性能が従来機に劣る旧型駆動鎧だったのと、
それに搭乗していたのが“手駒達”だったことも大きかったかと。現状では、即死しなかったことが不幸中の幸い・・・という判断です」
「そうか・・・。まぁ、今は彼等の生命力と学園都市の医療技術に全てを託すしかないね」
幾人もの重体者が発生した警備員の回復を祈る3人。この場に居る風紀委員には知らせていないが、もし回復したとしても警備員としての活動を継続できるかは現段階では不明である。
重傷者も同じく。仮に継続するためには、それ相応の時間を要することは目に見えている。だが・・・その重荷まで『子供』に背負わせるわけにはいかない。
これは『大人』の役目だ。警備員という治安組織の一員としての責任だ。
「では、俺もそろそろ所用を済ませてお暇させて貰うか。警備員として2人の仕事を掠め取っては、君達の立つ瀬が無いだろう?」
「いえ!こちらこそ、ありがとうございました!きっと、九野先生の言葉はここに居る風紀委員にも伝わったと思います!」
「そうであってくれるといいんだけどねぇ・・・さっきの“特別授業”も、最初は返事を返してくれなかったし。オヨヨ」
「・・・ギロッ!!」
「「「「「ビクッ!!!」」」」」
九野の落ち込み様(演技)に、橙山が目の前の風紀委員達を睨み付ける。九野の世話にもなっている橙山としては、彼に泥を塗る存在は決して許さなかったりする。
「お前等・・・私の顔に泥を塗るつもりか、うん・・・!?ハチの巣にでもなるか・・・あぁん!!?」
「「「「「(ブンブン)」」」」」
「橙山ちゃん。そんな乱暴な言葉遣いは自重した方がいい。乙女たる君は、そんなことで品格を傷付けてはいけない」
「・・・わ、わかりました・・・///」
「(橙山先生が・・・!!!この人・・・まさかプレイボーイ的素質を!!?)」
「(あぁ・・・そういえば、常盤台(ウチ)の生徒にもあぁいう感じで接しているなぁ・・・)」
危うく激昂しかける橙山を甘い言葉で宥める九野。その光景に椎倉は九野のプレイボーイ的素質を見抜き、一厘は母校生徒に対する彼の態度を思い浮かべる。
一応断っておこう。九野獅郎は既婚者である。子供も2人居る。彼自身は家族一筋、奥さん一筋の男である。
「さて・・・債鬼。お前に依頼されていた件だが、面白いモノが出て来たぞ」
「依頼?」
「そうだよ、加賀美ちゃん。椎倉君達一部の風紀委員・警備員は知っていることだが、債鬼は管轄外の俺へある依頼をして来た。
7月上旬・・・[対『ブラックウィザード』風紀委員会]が立ち上がる契機になった風紀委員会が開催された夜に、頭を下げるのが死ぬ程嫌いな男が俺に何度も頭を下げた。電話でだけどね」
「・・・何を債鬼君は依頼したんですか?」
「『ブラックウィザード』が用いる薬物ルートの特定及び解毒剤開発に関わる医師の紹介」
「「「「「!!!」」」」」
九野が告げたのは、風紀委員会でも調べていた―そして、一切成果が挙がっていない―薬物の出所。そして、当初難航していた解毒剤開発への助力を頼める医師の存在。
「医師に関しては、俺は紹介しただけだからね。[対『ブラックウィザード』風紀委員会]が設置される前から薬物の解析は行われていたし、これに関してはすぐに手を打てた。
紹介した第7学区に居る腕の立つ医師とは色々付き合いがあってね。忙しい人なんだけど、快く引き受けてくれた。
ルートに関しては、債鬼が休暇に入る切欠になった『黒歴史』・・・とでも言おうか。それが起きた翌日から秘密裏且つ本格的に携わるようにした。
依頼された当初は俺自身もメチャクチャ忙しかったし、風紀委員会のメンツもあるだろうから部外者の警備員の域を超えない程度に動いていたけど、
あの仕事一筋のバカ弟子がダウンしたと聞いたら本気で動かないと。丁度仕事も落ち着いて来た所だったし。もちろん、椎倉君や橙山ちゃんにも了解を取った上でね」
「九野先生は・・・網枷が内通者だという情報は何時?」
「内通者が居るという情報を聞いたのは昨日だよ、斑君。俺が依頼された内容に内通者の有無は関係無かったし。それに、君達とは表立って関わらなかったんだから問題無い。
『ブラックウィザード』の件は風紀委員会外の支部だって気にしているから、業務の傍らで部外者の警備員が興味本位で調べるのは何ら不思議じゃ無い。
そもそも、内密に調査するよう当初から債鬼に依頼されていたし、俺としても部外者だから大っぴらに動くつもりは全く無かったんだ。
債鬼の手柄になるように・・・というのは語弊があるけど、弟子の一助になればと俺が調べた情報は全て債鬼に伝えていたしね。ようは、斑君達と同じ立場ではあったんだよ」
「・・・!!」
「と言っても、当事者(きみたち)と部外者(おれ)とでは内通者の存在に関わる受け取り方はやはり違うだろう。それは混同しないでくれたまえ」
「バカ師匠・・・」
「はいはい。ゴホン!『ブラックウィザード』が“表”に出ないように薬物を扱っている組織と協力して隠蔽工作を行っていると推測される以上、
薬物関係を扱っている企業を片っ端から調べ上げたんだ。それ等に付随する事件や黒い噂も、一つ漏れなく掬い取って分析した。中々に苦労したよ。
債鬼の見立て通り、一般人に売り捌いていないんだとしたら当然なんだけどね。まぁ、それでも昨日の件がある可能性を確信にしてくれた。
椎倉君達が大きなリスクを抱えながらも我慢して動かなかった意味が出たよ?リスクが顕在化してしまったのは残念だけど、それでも確かな可能性を導き出した。
『先手を打つ』ということは、『後を尾けられる』という確かなリスクが存在するからね」
「御託はいい。バカ師匠・・・どうだったんだ?」
「あぁ・・・まずはこれを見てくれたまえ。少々心臓に悪い映像だから、見たく無い人間は見ないでいいよ。
あぁ、そうだ。その前に・・・債鬼、これをお前に渡しておこう。お前が自分の寮に帰宅した直後に連絡があってね」
九野は、内ポケットからプラスチックでできたカラーボールのようなモノを取り出し、固地へと渡す。
「・・・できあがったのか?」
「1つだけ。あの人の助力と、関係者一同の不眠不休の働きで何とかここまで漕ぎ着けた。量産化までにはもう少し時間が掛かるが、そこは学園都市の技術力。3、4日の我慢だ。
学園都市における『最新』の更新速度は、何も兵器だけの専売特許じゃ無い。とりあえずは、付随してある説明書を読め。椎倉君達と協議した後に、それを誰が持つのかを決めろ」
「九野先生・・・それは・・・?」
「加賀美ちゃん・・・フッ、後で債鬼から聞きたまえ。今は・・・他に語るべきことがある。話を折って済まなかった。見て欲しいモノとは・・・これだ」
バン!!
九野がホワイトボードに張り出したのは、数枚の写真。それは・・・殺害現場。
「「「「「・・・!!!」」」」」
「・・・これは?」
「5月の下旬頃、ある施設が半壊した。そこで撮られた写真だ。俺もこの事件に関わっていてね。途中で“上”から圧力が掛かって中途半端に終わってしまった事件だ」
「5月の下旬?・・・バカ師匠。この施設は・・・」
「・・・実験場さ」
「実験場!!?」
加賀美の大きな声が多目的ホールに響き渡る。写真に写っている死亡している人間と実験場・・・両者の繋がりを考えれば、どう考えたって悪い予感しかしない。
「この施設は、食材等を保管する倉庫・・・に偽装されていた実験場だった。平たく言えば、人間をモルモットのように扱って人体実験を行っていたと言える。
死者の中には、スキルアウトと呼ばれる子供も多く居た。きっと、彼等を何らかの方法を用いてこの実験場に誘い込んでいたんだろう」
「酷い・・・!!!」
「人間を・・・何だと思ってやがる!!!」
九野が明らかにする凄惨な事実に葉原と神谷は憤る。非人道的にも程がある。
「事件としては、彼等スキルアウトの子供達が反抗したために実験場を管理していた人間達も応戦、その結果として施設は半壊。
実験場であった施設を管理していた子会社の単独犯行として処理されたが・・・その子会社で働いていた人間は雲隠れして今も逃走中だ。
ちなみに、その子会社は食品関係を冷凍保管する業務を主としていた。親会社やグループ企業も内容的には似たようなモンだね。食品関係のお仕事を生業としている」
「・・・さっき言っていた圧力って・・・」
「・・・この事件は、形式的にはもう『解決済』となっている。おそらく、学園都市を形成する“何か”と繋がっていたんだろう。だから、警備員に圧力を掛けたんだねぇ」
「警備員に圧力を掛けられるって・・・・・・そんなの学園都市に君臨する統括理事会くらいし・・・・・・ハッ!!ま、まさか・・・!!」
「・・・・・・ご名答」
「債鬼君・・・!!」
加賀美は、自分が導き出した答えを信じられなかった・・・が、それは隣に居る固地が認める。
「言っておくが、組織というのを純白な代物だと思うな。“表”があれば“裏”もある。他にも・・・な。俺達の上層部が、本来敵対関係にある『軍隊蟻』と組んでいるのもその現れだろうが」
「で、でも・・・!!」
「その中で己の正義を貫き通すためには・・・揺ぎ無い信念の強さと結果を出せる方法が求められる。だから・・・俺はこのバカ師匠に教えを請うた」
「最初は唯の反抗期みたいなモノだったけどね」
「フン!」
弟子の本音を耳にし、師匠も心穏やかになる。普段からそうしていればいいのにと、幾度思ったことか。今だって思う。
「九野先生。その事件にはあの統括理事会が・・・?」
「葉原ちゃんの想像してるのとは、少し違うと思う。きっと、実験場を管理していたのは統括理事会の誰かの息が掛かっていた組織だったんだろうね。
そして、その組織が警備員の本格的な捜査に怖気付いてある統括理事に泣き付いたんじゃないかなぁ。
幾ら強大な権限を持つ統括理事と言っても、真正面から力尽くで警備員を排除するわけにはいかないからね。裏からコソコソと。あぁ、これはオフレコだよ?」
「・・・わかりました」
「それより・・・バカ師匠。この事件・・・死者の死因は何だったんだ?」
「・・・銃弾を受けてのものや鋭利な何かにバラバラに引き裂かれたもの、圧死なんてものもあったよ?」
「死者の傷口付近に、何か特定の物質は付着してはいなかったか?しかも共通するような物質が」
「・・・数名にだけ。人間の体内でも作られる有機物や作られない無機物とかが僅かながら残っていたよ。
但し、成分としては双方共人工的に作られたモノだったから『誰』のモノだったのかは今もわからずじまいさ」
「現場に残っていた血痕に・・・その場に居ない者が含まれていなかったか?」
「・・・実は、不自然な程までに血痕や血溜まりが少ししか残っていなかったんだ。まるで、『現場に残った血液から分析されたく無い何か』があったかのように。
しかも、指紋・血痕・DNA情報を除去する『酸性浄化』もご丁寧に使用されていた。それでも、現場に僅かだけ残っていた血液を分析してみたけど全てその場に居た死者の血液だったよ」
「・・・その子会社を持っている親会社の部門または別子会社・・・あるいは“裏”で薬品関係に携わっている・・・違うか?」
「・・・厳密に言えば無かった。でも、関連会社に少し怪しい所があったよ」
「・・・・・・恩に着る!!!」
「どういたしまして」
戻る。固地債鬼の顔に。“風紀委員の『悪鬼』”と謳われるあの凶悪な笑みが。
「・・・ふむ」
「・・・そうか!!」
「・・・ちぃ・・・」
「・・・成程」
「・・・『ブラックウィザード』め・・・」
橙山・椎倉・閨秀・破輩・冠の5人も次いで理解する。これは、依頼内容等を既に知っていた面々だからこそ迅速に理解できたことだ。
「えっ?えっ?さ、債鬼君!!」
「わかったわかった。ちゃんと説明してやる。一々質問を聞くのも面倒だ。一気呵成に喋り倒すから、それで理解しろ」
「う、うん!努力する!」
そこまで物分りがいい(=頭の回転が速い)タイプでは無い加賀美としては不安だが、何とか頑張ることを決める。
そんな彼女の思考に内心溜息を吐く固地だが、とにもかくにも説明をする。ここに居る全員にできるだけわかりやすく。
「つまりだ!バカ師匠が担当したその事件で実験場を管理していた連中と『ブラックウィザード』は繋がっていたんだ!!
おそらく、その実験場に誘い込む手段として“手駒達”を使っていたんだ!!実験側としては、人体実験を行う際に必要な人間の調達に『ブラックウィザード』を利用していた。
見返りとして、『ブラックウィザード』は非合法の薬物の横流しというメリットを得た。
その子会社の上・・・親会社も『ブラックウィザード』と繋がっている。
だが、その親会社とグループ企業には部門として薬物開発に携わっている箇所は見受けられない。だが、会社と取引をしている関連会社に薬物関係を取り扱っている会社がある!!
食材管理を行う会社なら、保存のために専用の薬を仕入れている筈だ!!ようは、『ジャッカル』の時と同じように『ブラックウィザード』はある意味堂々と薬を入手していた。
だが、それが露見しそうになった事件がこれだ。『ブラックウィザード』を敵に回す行為。“手駒達”という能力者に対抗できる以上、実行者も能力者の可能性が高い。
では、どんな能力者か?ヒントは、特定の有機物や無機物が死者の傷口付近に付着していた事実。そして、実際に『ブラックウィザード』を敵に回している人間を俺達は知っている。
導き出される可能性は・・・あの殺人鬼がこの施設を襲撃したということだ!!この事件が5月下旬に起き、花盛学園の生徒に薬物中毒者が出たのは6月上旬。
時期的に、この2つは無関係じゃ無い!!『ブラックウィザード』も慌てていたんだ!!だから凡ミスをした。
そして、昨日の件は殺人鬼対策のための拉致活動と、邪魔な風紀委員会(おれたち)の排除という意味があった!!以上だ!!・・・ハァ、ハァ」
「「「「「・・・!!!」」」」」
一気呵成に喋り倒したため息が荒くなっている固地の理路整然とした説明は、ここに居る全ての人間に(何とか)染み込んだ。
「俺からも捕捉しておこうかな。その関連会社の取締役は実はさっき言った親会社出身の人間ばかりなんだ。俺は、この2つの会社は実質的に同一企業だと見ている。
また、関連会社に関して少し怪しい所があったって言っただろ?それは、新しい保存剤等の開発と称して色んな製薬会社と交流を持っていたんだ。
普通なら別におかしくは無い。でも、非合法の薬を用いて人間をモルモットのように実験体として扱っていた子会社を持っていた親企業の関連会社だ。
表立って問題が無くとも怪しむのは当然だ。“木の葉を隠すなら森の中”とも言うし。取引する薬の束に特定の薬を混ぜることは有り得る。圧力のせいで『解決済』になったけど、
何時か使えるかもと思って『解決済』以降もこの件をちょいちょい調べてはいたんだ。とは言え、それと今回の件が繋がっているとは昨日の夜までは確信が持てなかったけど」
「その理由は?」
「各々で用いられていた薬物の種類が全くの別物だったことが一番の理由だよ、加賀美ちゃん。まぁ、殺された“手駒達”の血液が現場に残っていたらそんなのは関係無いんだけど、
『ブラックウィザード』に居る水流操作系能力者の力とかを使って遺体ごと回収したんだろう。きっと、これも“手駒達”の仕業だろうね。『酸性浄化』で後始末も万全という形さ。
明確な君達の助けとなる情報を送る以上、ある一定レベル以上の確信を持てなければ報告することはできない。低い可能性の羅列ばかりでは申し訳無いしね。
その中でも、可能性が高いと判断できる実験場と『ブラックウィザード』と殺人鬼の関連性でも足りなかった。もう一押しが無いと確信が持てなかったんだ」
「じゃ、じゃあどうして確信が持てたんですか?」
「昨日真面君達が誘い込まれた古い倉庫街。今は倉庫としての機能を喪失しているんだが、所有者的には地価の変動で儲けられることを鑑みて、
老朽化した倉庫街の維持費用に目を瞑っているそうだ。所有者自身に話を聞いたが、全くと言っていい程現場には訪れない隠居状態らしい。楽そうで羨まし・・・ゴホン!
俺は、その所有者は『ブラックウィザード』とは何も関係無いと現時点では判断しているんだが、以前あそこの一角を何とこの親会社のグループ企業が借りていたんだ」
「そ、それって・・・!!」
「うん。ここまで来たらもう偶然とは言えない。この親会社は、まず『ブラックウィザード』と繋がっている。これなら『ブラックウィザード』の薬物ルートの隠蔽能力の高さも頷ける。
何せ、隠蔽工作に学園都市上層部が関わっている。唯、道連れになる気は上層部も更々無い筈だ。いざとなれば、『ブラックウィザード』諸共この企業を切り捨てるだろう。
また、“手駒達”も人間だからね。生存するには、水や食料・・・すなわち栄養源が必要だ。ここは食品関係の会社だから、その手のことは容易だろう。まぁ、証拠は無いけどね。
債鬼。確か昨日お前が見付けたっていう『ブラックウィザード』の構成員が乗った車は・・・」
「第9学区へ向かっていた。進行方向的に、奴等のアジトの居場所は第8学区・第9学区・第16学区・第17学区・第20学区・第21学区辺りが怪しいと踏んでいたが・・・」
「お前の予測通りだよ。これで絞られたね」
「現段階の情報・推測を纏めると・・・連中のアジトはこの学区にある可能性が一番高い!!」
固地は、携帯電話を使って学園都市の地図を画面に映し出す。その画面が、ある学区に向けられる。皆がその画面を覗き込む。
そこは・・・第17学区。クローン食肉や野菜の人工栽培をしている農業ビルが存在する学区で、学園都市内で使用される工業製品の製造にも特化している。
施設の大半が自動化(オートメーション化)されているため、他の学区に比べて人口が極端に少ないこの区域に・・・『ブラックウィザード』が居る。
「唯、すぐに踏み込むことはできない。証拠が無いしね。第一、この会社グループは巨大でね、第17学区にも数多くのビルや倉庫を持っている。
しかも、それがバラけていると来たモンだ。相手にこちらの動きを悟られないようにするには奇襲が一番効果的だが、この現状だと中々に困難だ。圧力も掛かって来そうだし。
でも、やっと光明が見えて来たね。大きな痛みを伴ってだけど。斑君。『たられば』は無しだ。これが、椎倉君達の覚悟を伴った行動の果てに導き出せたモノだ。理解したかい?」
「・・・はい」
「つまり・・・その正確な居場所を突き止める必要があるということですね?加えて、誰かからの圧力に負けない状況・・・すなわち『現行犯』並の状況を作らないといけない」
「椎倉君の言う通りだ。おそらく、事を終えた『ブラックウィザード』は潜伏行動に勤しんでいる。一般人を“手駒達”にする時間も必要だしね。
“派手”な行動を取った以上、俺達の警戒網・捜査網が緩むまで何ヶ月でも潜むつもりだろう。その間に、風紀委員会へ圧力が掛かって来ても不思議じゃ無い。
すぐに捜査の打ち切りにはならないだろうが、『ブラックウィザード』と連中とつるむ関連会社が“まだ”使えると判断した誰かさんが実質的に事件を迷宮化させようと画策するかもしれない。
その可能性を排除するためにも、どんな手段でも用いて早期に『ブラックウィザード』を捕捉しなければならない。誰かさんに連中を見限らせるためにも」
「・・・わかっています」
「そして、君はその手段を持っているんだろう?網枷さえ知らない『切り札』を。それが『ブラックウィザード』が成瀬台の強襲という、
“派手”な実力行使に出た理由に関わっている可能性が高いことも、“特別授業”を経た今の君なら理解しているだろう?」
九野の『切り札』発言に、皆の注目が椎倉に集まる。椎倉としては、あれは“手駒達”の出所を掴める可能性があると判断して命じたことだった。
だが、それはいまや風紀委員会の命運が懸かった大一番となっていた。その重責を自覚し、椎倉は口を開く。
「・・・俺達成瀬台支部に所属する寒村・勇路・速見・押花の4名が現在も単独行動を行っていることは知っているな?」
「はい・・・」
「彼等には、現在『太陽の園』という『置き去り』の施設で調査をして貰っている。
“手駒達”の材料・・・『目立たない調達方法』として『置き去り』が利用されている可能性があったために」
「「「「「!!!」」」」」
「少し前に、『太陽の園』は財政難からある企業との売却契約を結んだ。そこに居る子供達は、『太陽の園』の改築工事のためにその企業主体で別施設に預けられることとなっている。
ちなみに、その企業は架空企業であることが判明している。つまりは・・・『ブラックウィザード』の可能性が非常に高い。
また、成瀬台の強襲及び“風紀委員である”焔火を『失踪させた』大きな理由の1つとして風紀委員会の目を『置き去り』から逸らすためだった可能性が高い。
風紀委員会本部の殲滅、焔火の失踪、そして真面と殻衣の死をもって俺達を物理的・精神的に打ち砕き、“連中から”見た見当違いの捜査展開へ誘導する腹積もりだったんだろう。
隠蔽工作に多大な自信を持つからこそ可能な行動だ。加えて、昨日固地が発見した拉致活動から俺達の目を欺くためというのも大きな理由の1つだろう」
「「「「「・・・!!!!!」」」」」
寒村の報告と椎倉の調べ、そして九野の“特別授業”にて判明した事柄は、この場に居る者達―事情を知っていた・知らなかったに関わらず―を十二分に戦慄させる程のモノであった。
もし、固地が朱花達の連行を発見していなければ多くの一般人が『ブラックウィザード』の魔の手に堕ちた事態の認識すらままならなかっただろう。
もし、椎倉が挙げた惨状が全て現実になっていれば自分達の手で捜査を立て直すことは不可能だっただろう。
息を整えるために椎倉が言葉を切った瞬間、彼の脳裏をある男が掠める。起こり得た惨状の一部が現実化する可能性を潰す大きな力となり、
また『太陽の園』における捜査にも協力してくれている碧髪の男の顔が。協力者(かれ)の力が無ければ、今の自分達は存在しない。故に、その名前を椎倉は躊躇無く出す。
「『太陽の園」における様々な情報を集めるのに協力してくれた人間達が居る。押花の伝手で偶然巡り会ったと言ってもいいだろう。
全員の名前はここでは挙げないが、1名だけ言っておく。その男の名前は・・・界刺得世」
「「「「「!!!!!」」」」」
「そう・・・昨日俺達を助けてくれた『シンボル』のリーダーがそこに居る。施設へのボランティアという形でな。あいつも、あいつなりの事情で協力してくれることになっている。
確かにあいつの言う通り、現状では俺達よりボランティアのあいつ等の方がよっぽどいい仕事をしているな。
『頼り過ぎるな』と暗に言われていても、心の何処かでは頼ってしまっている。こういう形での迷惑は、俺達としても本当に不本意ではあるが・・・。心苦しい限りだ」
数日前、『マルンウォール』で出会った“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』。
彼等が、今成瀬台支部単独行動組と行動を共にし、『ブラックウィザード』の魔の手から子供達を守ろうとしている。
そこに、あの“変人”が居る。椎倉の言う通り、それは偶然である。しかし、その偶然が風紀委員達の心を軽くしたのも事実である。あの男が居れば・・・と。
それが、彼に更なる迷惑を掛けることに繋がるのをわかっていながら、今は頼らざるを得ない。最初から利用する気満々であったならここまで後ろめたさを感じはしなかったが、
現時点ではこちらの不始末―風路兄妹を含めた『ブラックウィザード』に関わる様々なこと―を肩代わりさせてしまっている。こんな利用(迷惑)は、風紀委員としても望んでいない。
「心苦しいのなら、今後そうならないように今から頑張ればいいじゃないか?『本物になろうとする風紀委員』としてさ」
だからこそ、大人は子供達を叱咤激励する。これが、最後の檄。
「九野先生・・・」
「言っただろう?人間何時でも成長期ってさ。人間は、意志の持ちよう次第ですぐに変わることもできる。
『本物』になろうとする努力を怠っていたのなら、今から『本物』になろうとすればいい。それだけの話だよ」
「「・・・!!!」」
「まぁ、俺も偉そうなことは言えないけどねぇ。俺の言葉が教え子達にどう受け取られているか、内心じゃあ何時もビクビクさ。・・・遠い道のりだね」
九野の言葉に鳥羽と浮草が反応する。これは、自分達に向けられた言葉でもある。『本物』になろうとする過程を怠ってはいけない。そうでなければ、『本物』という結果には辿り着けない。
「“人才(じんさい)”・・・という言葉を知っているかね、椎倉君?」
「“人才”?・・・いえ」
「まぁ、それは仕方無いね。普通は人材という言葉で通っているからね。意味的には・・・才能のある人間、何かの役に立つ人間という意味がある。
もう少し詳しく言えば・・・組織や社会の中でという枕言葉が付く。例えば・・・鳥羽君や真面君みたいに奉仕活動に力を入れている人間を指す。
この手の人間は、思いやりのある優しい人間であることが多い。組織のイメージアップとして、平時では重宝されるだろうね~」
「俺が・・・」
「重宝・・・!!」
「但し、さっきも言ったように奉仕される側の心を十分に量る技量が求められる。その時々の見極め・対処のワンセットだ。それは、今後君達が身に付けなければならない事柄だろう。
風紀委員は奉仕活動に卓越しているわけじゃ無い。いや、卓越した人間でも悪意を買うことはある。その辺のデリケートさをしっかり認識した上で、今後も活動してくれたまえ。
得意分野を伸ばす最中にはよくある“壁”のようなモノさ。君達自身の努力で、その“壁”を乗り越えてみろ。“壁”を無視するんじゃない。“壁”を突き破るんだ」
「「はい!!」」
九野が・・・“天才”が言う“人才”に自分が含まれているという事実は、想像以上の嬉しさを伴って鳥羽と真面の心をざわつかせる。
“天才”の言う通り、得意分野であったからこそ気付かなかった面もある。“加害者”として奉仕された人間から認識されるような事例は2人共に今まで存在しなかった。
否、本当は存在していたのに自分達が見落としていたこともあったかもしれない。目に見えない悪意を見極めることは難しい。人の心は移ろいやすい故に。
この事実の一端に気付くことができた今日の“特別授業”を、鳥羽と真面は嬉しく思う。自分達を信じてくれた“天才”の檄に応えるためにも、必ず“壁”を突破してみせる。
「浮草君は人を見る目がある。我慢強くもある。それは、組織を回すリーダーとして必要な要素だ。辛抱強く他人と接することで、その人間を理解しようと努力することができる。
まぁ、今の君は努力を怠っているせいかリーダーとしては物足りないね。我慢強さという利点も履き違えているし。要改善点だね」
「・・・・・・はい」
「それと、もっと君自身の主観を起源とした適切な意見をドシドシ主張するべきだ。目立ち難い君の長所も含めて。
それこそ、債鬼に負けないくらいの・・・ね。例えば・・・さっきバカ弟子に掴みかかったくらいの勢いでさ。
気を付けなければならないのは、時に過ぎた公私の“混同”になってしまう可能性だね。例えば、さっき俺が君に怒ったのは間違い無く俺の主観から来たモノだ。
君から見た場合、俺は公私の“混同”をしていると捉えられるかもしれない。一方、俺は公私の“混同”をしたつもりは無い。主観を起源とした適切な言葉を贈ったつもりだ。
“混同”するのでは無く、“線引き”をした上で適切な“整理”を経ることで公私を両立させたんだ。これは言葉以上に難しい事柄だ。
何せ、相手の受け取り方次第で混同している・していないに分かれてしまうからね。でも、これは君にだってできる可能性は存在する。もし、やる気があるのなら頑張ってみたまえ」
「・・・はい!」
九野が言う履き違えとは、固地の暴れっぷりを唯我慢して認めるのでは無く、固地の欠点を面と向かって指摘し続ける我慢強さがリーダーである浮草には求められていたということ。
結果という動かない事実に物怖じしてしまい、何時しか自分自身が諦めてしまっていたこと。リーダーとしての努力を・・・怠ったということ。
「債鬼は言わずもがな。平時や今の会議のような場では、軋轢ばかり生むような存在だ。それを直そうとしたら、下手するとぶっ倒れてしまうというのが手に負えない部分だ。
我が弟子ながら情けない。周囲の理解・・・浮草君のような存在にお前はもっと感謝するべきだし、その思いくらいは前面に出せるよう努力しろ。
そんなお前は、有事の際に絶対的な力を発揮する。それは、培って来た努力の賜物だ。人は危難に見舞われた時に真価を発揮する。これは、統率者としての絶対的条件だ」
「・・・何時かアンタを越えてみせる。首を洗って待ってろ!!」
「師匠を越える・・・か。面白い。やってみろよ、バカ弟子」
「望む所だ!!」
「(こんな表情している債鬼君・・・初めて見る・・・!!)」
加賀美の視線の先にあったのは、いつもの凶悪な笑みでは無く、嘲るような笑みでも無い。
それは・・・挑戦者の笑み。師を越えると宣言した弟子の気勢溢れる笑み。
「とまぁ、こんな風に組織に必要とされる“人才”とは色々あるものだ。当然、足りない部分・・・『無能』は発生する。だから、それを埋める存在・・・仲間が居る。
心配を掛ける、迷惑も掛ける、『何でこんな奴のために』と思って面倒事をこなさなければならない時もあるだろう。全てを投げ出したくなる時もあるだろう。
その組織自体がひん曲がった方向に向かう可能性だってある。信じたくない一面を見てしまうこともあるだろう。
だけど・・・それは当然のことなんだ。清廉潔白な人間なんて、この世に存在しない。俺も“天才”って言われてるけど、被った事故のおかげで恨みや嫉妬を数え切れない程抱えたさ。
でも、それ等を乗り越えて来たからこそ今の“天才(おれ)”が居る。“天から与えられた才”を失っても、“人として培って来た才”を持った“人才(おれ)”が居る」
“天才”と呼ばれる人間も、“人才”の1人であることには違いない。この世界に生きる数十億もの人間の1人。この場に居る人間と同じ世界の一部足る存在。
「助けるだけじゃ無い。助けられるだけでも無い。助け、助けられ、各々が不足している部分を埋め、それに甘えず不足を不足で無くす努力も継続する。“継続は力なり”だね。
だから諸君。これだけは心に留めておいてくれ。風紀委員になると決めた自分を・・・治安組織の一員として身命を賭した自分を絶対に否定するな。
そして、これだけは忘れないでくれ。色んな重みを共に背負う仲間が君達には存在することを。では、“特別授業”を閉講する」
最後の檄を放った“天才”は足取り軽く多目的ホールを後にする。その後背には、幾度の苦難を乗り越えて来た『本物』が宿っていた。
「・・・稜」
「・・・何すか?」
「・・・納得できた?」
「・・・・・・大体は」
「・・・私もだよ。色んな人達の色んな想いを迅速丁寧に把握した上で、求められている最適な言葉を贈ることができる。あぁいう大人になりたいよねぇ」
先程九野に食って掛かろうとした神谷の納得顔に、加賀美は目を細める。九野のおかげで、風紀委員会は1つの方向に纏まった。
「・・・債鬼君」
「・・・何だ?」
「この件が終わってからでいいからさ。今度、九野先生の所へ一緒に連れて行って」
「お前・・・まさか・・・」
「私も・・・『本物』になりたいんだ・・・!!」
「・・・・・・わかった」
固地は、加賀美の瞳と声に垣間見えた覚悟の重さを理解し、九野への紹介を承諾する。
「網枷のことを知らされたいなかった風紀委員に、この場を借りてもう一度謝らせて貰いたい。本当に済まなかった」
「椎倉・・・わかったよ。だから、頭を上げてくれ」
「椎倉先輩・・・今は私達が為すべきことを為しましょう」
「「「「「(コクン)」」」」」
「浮草・・・斑・・・皆・・・・・・ありがとう」
風紀委員を纏める椎倉が、浮草や斑達に再び頭を下げる。その姿勢、その言葉から滲み出る謝罪の念に謝られた風紀委員―事情を知っていた風紀委員も―は理解の意を示す。
全てに納得はできなくとも、椎倉達の苦渋と覚悟を感じ取ることができた。今はそれで十分だ。自分達に課せられた使命はこの場で立ち止まっていることでは無い。
『ブラックウィザード』の討伐、そして拉致されたと思われる罪無き人々を1人残らず救い出すことである。
「皆!!今からもう少しだけ詳細を煮詰めるぞ!!まだ、皆に明かしていない情報もある!!今ここで情報の疎通は全て済ませる!!
コンピュータに蓄積していたデータは全て使えないから、ここで言うべき情報があれば各自頭から捻り出してくれ!!それから昼休憩に移る。それでいいか!?」
「「「「「はい!!!」」」」」
椎倉の号令の下、様々な意見交換が為される多目的ホールには突き付けられた現実にもがいたからこそ生まれた、確かな希望が芽吹きつつあった。
continue!!
最終更新:2013年03月06日 21:54