「やっぱ厳重だな。どう思うよ、利壱、紫郎?」
「中に入り込むのは難しそうでやんすね」
「ここは、俺の『思考回廊』で思考を覗いた方がいいかもね。できるなら、知っている人間がいいね」
成瀬台の周囲を警備している警備員の姿を遠目に覗うのは、荒我・梯・武佐の“不良”3人組。彼等は昨夜に成瀬台で起きた戦闘音を直に耳にしている人間達だ。
当初、荒我達は母校で何が起こっているのかを確かめに行こうとしたのだが、とんでもない戦闘音に対する恐怖と周囲に居た警備員(に扮した“手駒達”)に排除されたこともあって、
ずっと踏み込めないで居た。
今朝の新聞やテレビで、ようやく成瀬台で何が起こったのかを知ったくらいなのだ。
「おそらく、『ブラックウィザード』が成瀬台に攻撃を仕掛けたでやんすね。報道だと、『シンボル』のおかげで死者は出なかったようでやんすけど」
「緋花ちゃんやゆかりちゃんと連絡が着かないのは、機密事項を漏らさないようにするためでもあるのかな?報道じゃ『ブラックウィザード』の名前自体が出ていなかったし」
「でもよ!せめて、安否くらいは気になるってモンだ!!それだけは、何としてでも確認しねぇと!!」
舎弟達の分析を聞きながら、荒我は多少以上に焦っていた。報道には、風紀委員にも重傷者が幾人も出たとある。その中に焔火達が含まれている可能性は否定できない。
自身焔火から告白を受けた者として、またかつて『ブラックウィザード』に辛苦を舐めさせられた者として、じっとはしていられなかった。
「荒我君の気持ちは、十分にわかってるでやんす!そろそろ昼休みの時間帯でやんすから、もしかしたら隙ができるかもでやんす!」
「だね!その隙を逃さないようにしよう!荒我兄貴も!!」
「おう!!」
3人組は、虎視眈々と警備網の隙を覗う。その行動の先に、非情な現実が待っているとも知らずに。
「・・・もしもし。不動か?」
「・・・・・・ハァ」
「む!?ど、どうした!?いきなり溜息なんか吐いて!?」
「・・・どうしたもこうしたもあるか!何だ、この偏向報道は!?酷いというレベルじゃ無いぞ!?
どうして、私達の報道に紙面の半分以上が割かれているんだ!?テレビでも似たような報道だ!何らかの圧力が掛かったとしか思えない!おかげで、私は成瀬台寮に居られなくなった!!」
「あぁ・・・」
破輩が掛けた電話先で、不動の困惑とも怒りとも取れる声が聞こえる。
「・・・そういえば、今何処に居るんだ?」
「春咲の家にお邪魔している。あの報道には、春咲の名前だけが挙がっていなかったからな。これも偏向報道・・・と見せ掛けた圧力だろう。
春咲桜という名前を大々的に報じたくない理由は想像できるしな。逆に、形製の名前が堂々と出てしまった。ハァ・・・」
「別にいいじゃないですかー!これで、あたしも堂々と『シンボル』の活動に参加できるようになったんだし!!」
「流麗・・・おめでとう」
「こういうのを、不幸中の幸いって言うのかな?それとも、ポジティブシンキング?」
「お前等・・・私の気苦労を・・・!!」
「ハハッ・・・」
近くに形製・水楯・春咲が居るのか、彼女達の声も聞こえて来る。努めて明るく振舞っているのも、気落ちしている破輩への配慮の念故だろう。昨夜はこの4名に助けられた。
「で?何の用だ?」
「・・・・・・ありがとう。本当にありがとう・・・!!そして・・・済まなかった。本当に済まなかった・・・!!」
「破輩・・・」
お礼と謝罪。今回の件が、『シンボル』に与える影響の大きさを少し前に自覚したがために出た言葉。
「お前達のおかげで・・・救われた命が多くある。159支部としても、お前達のおかげで記立や佐野の命が救われた。これは、何をもっても代え難い結果だ・・・!!」
「・・・2人はどうだった?」
「佐野に関しては、無理をおして現場に復帰している。動けない怪我では無いからな。唯、記立は脚にも重傷を負ったから・・・入院することになった」
「そうか・・・」
「・・・記立が救急車で運ばれて行く際に、私にこう言ったんだ。『あなたの心遣いに応えられなくてゴメンネ。でも・・・私なりに頑張ったよ?風輪の時とは違う結果を・・・出せたかな?』って」
担架で運ばれて行く厳原の傍で、破輩は彼女の精一杯の笑顔を見た。体中を駆け巡る痛みで、笑顔なんて浮かべられる余裕は無い筈なのに、それでも少女は親友のために笑顔を見せた。
この時、破輩は風輪の二の舞を避けるために厳原を後方へ置いた心遣いに当人が気付いていたことを知った。その笑顔と強い意志が込められた言葉に・・・力を貰った。
「私は・・・本当に臆病な人間だよ!でも・・・そんな人間を・・・あいつは全部わかっててくれていた!!・・・幸せ者だよ・・・私は」
「・・・そうだな。ちなみに、“ソレ”は159支部の他のメンバーにも打ち明けたんだろうな?」
「あぁ・・・。ちゃんと打ち明けた・・・さっき打ち明けることができたよ。皆・・・わかってくれたよ・・・!!」
「・・・そうか」
「だからこそ、お前達に迷惑を掛けてしまったこと・・・そして、これからも迷惑を掛けることを・・・とても申し訳無く思っている。
言葉だけでは何の証にもならないが・・・それでも・・・伝えたかった!!」
「・・・あぁ。わかっている。そうだろ、お前達?」
「うん!!」
「えぇ」
「はい!!」
今の破輩にできる精一杯の言葉を、不動・形製・水楯・春咲は確かに受け取った。受け入れた。故に・・・
「・・・いい機会だ。破輩。そして、お前達にも1つ言っておく。これは、懸念事項と言ってもいい」
「「「「???」」」」
「得世が『本気』になる時が近付いているかもしれん」
「「「「!!!」」」」
『本気』。敵と見做せば、誰彼構わず見境無く殺そうとする可能性大の状態。界刺得世の・・・『本気』。
「この流れ・・・私としても些か以上に懸念を募らせている。おそらく、今回のことで得世は風紀委員達に対して怒り心頭だろう。
昨日も感じたことだが、奴も不承不承の末の決断だったのだろう。今のあいつなら・・・切欠があれば『本気』を出した上で躊躇無く風紀委員達を敵に回す可能性がある。
それが、例え風紀委員達が『ブラックウィザード』討伐に専念している時でさえ構わず敵に回し・・・・・・最悪は邪魔する者達(おまえたち)を殺しに掛かる。
しかも、今回『ブラックウィザード』に関わっている人間の中で確実に得世を『本気』にさせる者が1人だけ居る」
「あの殺人鬼か・・・!!」
「そうだ。破輩。くれぐれも注意しろ。奴が『本気』になった時は、すぐにその場を離れろ!!もし、件の殺人鬼と得世がぶつかった時は必ずそれを徹底しろ!!
正直な話、私達でも『本気』の得世を止められる保証は無い。私が知っているあの『本気』なら、止めようとする私達すら敵と見做し、牙を向く可能性も否定できん」
「・・・界刺得世という人間は、一度『本気』状態になれば完全にスイッチが切り替わってしまうタイプということか?」
「私の知る限りではな。敵対する者の生死に気を払わなくなる。もっと言えば・・・奴の本質の一部分が露になる。親友の私が言うのも何だが・・・奴は何処か狂っている。
殺し合いの最中に冷酷な笑みと瞳を浮かべられる程の修羅が垣間見えるぞ?少なくとも、“閃光の英雄”と呼ばれていた頃の奴はそういう人間でもあった」
「ッッ!!!それで、よく“英雄”と呼ばれていたな。“ヒーロー”と言うより“鬼”のようじゃないか。それにしても・・・そんなにヤバイのか?界刺の『本気』は?」
「・・・ヤバイです、破輩先輩」
「春咲?」
不動と破輩の会話に、春咲が割り込む。彼女は知っている。数日前、『マリンウォール』で当人から特訓の内容とその主目的を(大まかに)教えられている。
これは、水楯・形製・不動も知っていることだった(形製にはリフォーム作戦時に(大まかに教えられた)水楯が教えていた。ついでに、不動にも春咲の家に転がり込んだ時に教えている)。
「下手をすれば・・・秒殺です。正面から戦り合うとして・・・『光学装飾』による多彩な『幻惑』を使用できる得世さんなら・・・殺す覚悟を持つ『本気』の得世さんなら。
強大な風を起こすのに、どうしてもタイムラグが出る『疾風旋風』だと・・・おそらく破輩先輩でも・・・。
あの“花盛の宙姫”と謳われる閨秀さんでも、きっと『本気』の得世さんは止められない。条件次第では、2人共に違う結果になる可能性もありますけど」
「・・・!!!」
「例えば・・・風輪のレベル4の中で確実に勝てるとしたら、風輪第1位の吹間君くらいだと思います。条件次第で、これも確実とは言えなくなりますけど」
「吹間くらい・・・!?あいつの『快眠誘導』は、ある意味反則技だ。・・・そうか・・・それはヤバイな・・・!!」
吹間の『快眠誘導』は、精神系能力の中でもかなり強力な部類に入る強大な能力だ。反則的能力とも言える吹間なら、“変人”に勝利する可能性は高い。
だが、それ以外では可能性がグッと低くなると春咲は言うのだ。それは・・・能力もさることながら、殺す覚悟を持つか持たないかの差が一番大きい。
同時に確信したこともある。おそらく、碧髪の男には光を使った明確な攻撃手段があるのだ。具体的には、姫空のようなレーザー系の能力が。
「・・・いいな、破輩?切欠さえ作らなければ、得世もお前達には手を出さないだろう。得世の主目的は風路の件、そしてそれに付随する可能性のある殺人鬼の排除だ。
お前も知っている通り、殺人鬼対策のために得世は特訓を重ねていた。厳密にはもっと前から鍛えてはいたが。
つまり、その成果をお前達に向けて来るということだ。風紀委員を一蹴したあの殺人鬼と戦うための術をだ。
その術がどれだけ危険なものか、皆まで言わずともお前ならわかるだろう?何故得世が『本気』を出したがらないのか・・・それは持てる力の危険性を十二分に理解しているからだ」
「あぁ・・・。だが、果たしてあいつは本当に殺人鬼に勝てるのか?あの殺し屋は、姫空のレーザーさえかわしたんだぞ?原理は不明だが」
「・・・破輩先輩」
「・・・水楯?」
「そのレーザーは・・・“真っ直ぐ”放たれたんですよね?そして、それを避けられたんですよね?」
「あぁ。というか、そもそもレーザーというのはそういうモノだろう?指向性・・・つまりは直進性に特化した光だ。
大気による散乱や埃や水蒸気でレーザー光が吸収されたりして威力が多少減衰してしまうが、そこは出力そのものでカバーを・・・」
「でしたら・・・界刺さんの光学攻撃は通用する可能性はあります。数多の光操作を究めた界刺さんだからこそできる芸当が」
「芸当・・・?レーザー・・・指向性・・・“真っ直ぐ”・・・・・・ッッ!!!ま、まさか・・・!!!」
破輩は気付く。そして驚愕する。そんな芸当を意図的に行使するのは架空の世界の出来事だと思っていたが・・・。だがしかし、ここは学園都市。異能の能力を実現させる街。
「光学系の中でもレーザー系の能力を持っている方々は、すべからくその威力や正確性を高めるために指向性・・・つまりは直進性を重点的に向上させる努力を為されます。
また、拡散についても同様に。そうしなければ、レーザーの威力が保てなくなる可能性があるからです。それだけ、レーザー系の能力は取り扱いが難しい。
ですが・・・界刺さんは違う。あの人は光学操作の『基本』、すなわち『幻惑する』という在り方を基に自らの光学攻撃に『基本』を付加させることができるんです。
それによる威力の減衰は殆ど起こり得ない。また、大気の散乱も水蒸気等の吸収も『基本』によって把握・制御・突破することができます。
これ等は、一部を除いた多種多様な光操作を完全に統御している界刺さんだからこそできる芸当です」
「・・・それは、つまり『幻惑』そのものを行使していても・・・使えるということか?」
「今の界刺さんなら。界刺さんは、光学攻撃ありきで『基本』の光学系能力を鍛えてはいません。光学系の『基本』あっての光学攻撃です。この2つは似て非なるモノですよ?
前者の場合は、後者より威力や範囲が大きい光学攻撃を放てます。一方、後者の場合は前者よりトリッキーな光学攻撃を放てます。
もっと言えば、前者は光学攻撃を主体的・それ以外を補助的に扱うのに対し、界刺さんは全てを同時・並列的に扱うんです。
6月の初旬に私達『シンボル』が成瀬台の風紀委員の方々とスキルアウトを潰した折も、界刺さんは普通にこなしていましたよ?ウソツキで努力家な界刺さんらしいとは思いませんか?」
「・・・・・・恐ろしいな。そこに、殺す覚悟が加わるんだろ?下手をしなくても、私達の命が危ない。・・・成程。それなら、あの殺人鬼を相手取ると豪語する自信も頷ける」
「もし、巻き込まれてしまったら即断即決で叩き潰すしか無い。演算不能に追い込めなければ返り討ちだ。刹那の躊躇が生死を分かつ。大出力の『疾風旋風』を行使できたなら、
得世の能力も十全には働かない可能性も低くない。破輩。奴との殺し合いを幾度も経験した私が許す。迷うな。問答無用で潰せ。死にたくなければ」
「そうなったら、私が破輩先輩を潰しますけど」
「わ、私は・・・破輩先輩と得世さんを・・・止めたい・・・と思います」
「あ、あたしは・・・・・・『本気』の界刺を見たくないなぁ・・・」
「水楯・・・春咲・・・形製・・・。ハァ・・・まぁ、まずは逃げろ・・・というか敵対するな。つまり、奴には“近付くな”。“近付けば”・・・巻き込まれるぞ?」
「・・・プッ。お前達・・・私にあいつをどうしろと言いたいんだ?逃げろと言ったり潰せと言ったり・・・全く。お前達らしいと言うか何と言うか・・・」
自身体が震えているのを破輩は自覚しながらも、意図した笑いを発しながら気丈に声を張る。
ようは、『本気』のあの男に関わらなければいいだけの話だ。それを、周知徹底させればいいだけの話だ。
これは、椎倉の号令―殺人鬼に手を出すな―と合わせてやればいいだけの話だ。昨日の晩に、当人からも言われたのだから。
「済まないな(全く、本当に気苦労を掛ける困ったリーダーだ。・・・・・・【閃苛絢爛の鏡界】も惜しみなく使うのだろうな。【雪月花】の顕現・・・か。
しかも、私がさっき知ったばかりのモノを含めて進化している筈。対策も無しに“近付けば”一巻の終わりだ。得世・・・本当に風紀委員達まで殺すつもりか?)」
不動は、破輩達には明かさないもう1つの懸念事項に思考を傾ける。不動自身今の今まで失念していたこと。
【閃苛絢爛の鏡界】という言葉と実態を知っているのは、不動の知る限り自分と当人以外では1人を除いて仮屋しか居ない。
あれを見たのは1年以上前のこと。それ以降無気力人間になった親友も一切話題に出さない。時折ある戦闘でも全く出さない。
この1年間は騙してナンボを極めていたこともあってか、親友の自分さえすっかり忘却していた事柄。
「(“超近赤外線”による新たな光学攻撃開発も、ようは【鏡界】の延長戦上でしか無い。
春咲達の話通りなら、本当は“近付いて”も“遠ざかって”も【鏡界】内に居る限りマズイ・・・!!
当時は力量不足から来る使い勝手の悪さが目立っていたそうだが・・・今の奴なら“超近赤外線”と共に改善・強化させているだろう。加えて、<ダークナイト>の存在もある。
得世から口止めされている以上、破輩にも明かせないモノだが・・・。“戦闘色”の『光学装飾』の操作範囲外に居るか、敵対しないことを祈るしか無い・・・か)」
とは言え、かつての【鏡界】を知る不動や界刺の話を“聞いた”だけの春咲達は今の界刺の『本気』を正確には量れていない。今の『本気』を見ていないのだから当然だが。
つまりは憶測。与えられた情報を元に自分達の中で想像しているだけである。例に挙げた勝敗の可能性とて、何処まで真に迫っているかは実際に直面しなければわからないのだ。
「・・・わかった。お前達のアドバイス・・・無駄にはしない。とりあえずは・・・逃げるとしよう。私達の目的は界刺と戦うことじゃ無いしな」
「破輩・・・・・・頑張れよ。無事を祈る」
「あぁ、ありがとう。・・・そうだ、不動。・・・・・・」
会話の終わりになって不意に思い付いたことを実行するために、破輩は不動に理由を言ってメールのやり取りを行った。
その最中において、少女の表情は以前より引き締まったモノとなっていた。ここからが、正念場。誰にも読めない戦場へその身を投じることになる中で、
リーダー足る自分が為すべきことは多くある。それを現在進行中で実感する破輩は、手に持つ携帯を操作しメール送信の準備に入る。
「(さて・・・)」
相手は・・・不動の親友である“変人”。先程の不動とのやり取りで、彼のアドレスを送信して貰ったのだ(界刺には不動から連絡が行ってある)。
少女は、九野が開いた“特別講習”にて彼の苦渋の決断を認識した時から連絡を取るつもりであった。礼や侘び諸々を伝えるために。
しかし、電話によるやり取りを行うことを破輩は躊躇した。怒り心頭であろう彼を自分の言葉・声色で更に怒らせてしまうことを恐れてしまった。故に・・・
『界刺。昨日はありがとう。そして・・・済まなかった。お前の・・・お前達の置かれている立場を昨日の私はハッキリ認識できていなかった。
今朝の偏向報道に関する議論を経て寒気がするくらい実感させられた。それ所では無かったというのは言い訳にしかならないが・・・本当に済まなかった。
風輪の騒動も含め、学園都市の治安への認識を改めさせられているよ。情けないと思うと同時に負けてたまるかという闘志も湧いて来る。・・・お前達を守りたいと思う程に』
メールで自分の気持ちを伝えることにした。卑怯と糾弾されるかもしれない。それならば、今度は電話にてハッキリ伝える腹積もりだった。数分後・・・彼から返信が来た。
『何で真刺と話をした時に協力を頼まなかったの?』
予想外の内容。それは、先日の『マリンウォール』にて彼の口から発せられた『事実』。確かに、昨日の件が発生する前に不動へ助力を頼むことは可能だった。
“変人”の疑問に、少女は嘘偽りの無い本音を文字に表し・・・電子回線にて送信した。
『不動から「シンボル」が私達の敵に回る可能性を指摘された。そんな時にお前達へ助力を頼むことなど私にはできなかった。
そもそも、お前達の助力を最初から当てにしていたわけじゃ無かったしな。一風紀委員としての矜持に懸けて。・・・今言っても全く説得力が無いがな』
数分後・・・返信が来た。
『助力じゃ無くて協力。・・・で?それだけ?』
文面を見た瞬間、息が詰まった。心臓がドクンと跳ねた。その意味を・・・考えた。考えて・・・出て来た言葉を送った。
『不動達を巻き込みたく無かった・・・のかもしれない。自ら関わっているお前とは違って、不動達はあの時点では私達が抱える案件に殆ど関わっていなかった。
だから・・・いや、それが私のもう1つの本心だったんだろう。友を・・・友の傷付く姿を見たくは無かった。私の頼みがその切欠になることを恐れたんだ。
結果的に、それは杞憂に終わったがな。強いな・・・不動は。さすがは、お前の親友だよ』
今度は1分程で返信が来た。
『そりゃ、俺と死闘を繰り広げた男だしな。まぁ、今回は真刺の意思に俺は従っただけさ。あいつの意思を尊重しないとね。
お前の気持ちも理解したよ。そっちはそっちのやることに集中しろよ。事件解決までは気を抜くなよ?』
気遣いの言葉が連なっている。・・・おかしい。何故糾弾や愚痴の言葉の1つも送って来ないのだ?九野や不動の見立てでは、彼は今腸が煮え繰り返っている筈なのに。
昨日の忠告もそうだ。言葉は脅しを含めて厳しいモノばかりだったが、そこに自分達を糾弾する言葉は1つも無かった。
我慢しているのか、己の感情の挙動を悟られたく無いのかとにもかくにも不自然さを感じ取った少女は意を決して言葉を送る。
『界刺。私達に遠慮しているのか?今のお前は、私達のせいで怒り心頭なんだろう?メールという卑怯と指摘されても仕方無い手段を取っている私が言えた義理じゃ無いが、
私でよければお前の感情の捌け口になるぞ?それでお前達に借りを返せるなんて思ってはいない。計算も罠も無い。唯そうしたいと思ったんだ。どうだ?』
5分後・・・最後の返信が来た。
『んなモンお互い様だろうがよ。俺がお前等を振り回していることを忘れてんじゃ無いって。その配慮は俺みたいな部外者なんかじゃ無くて傷付いた仲間に向けてやんな。
それに、今愚痴をお前に零した所でどうにもなんねぇよ。どうにもなんねぇのに、愚痴なんていう無駄口を他人に叩いている暇は俺には無いよ。真刺達の行動を否定させないためにも。
そんなどうにもなんねぇことを何とかするために、今の俺は色々考えている最中でね。まぁ、何とかしてみせるさ。これが最後のメールだ。破輩。後悔の無い選択をしろよ?
その中で俺達のために何かしたいってんなら、何でもしろよ。もっとも、そんな余裕があればの話だけど。そんじゃね』
最後のメールを破輩は数分凝視し続けた。拒絶の中に存在するキーワードに込められた想いを読み解くために。
「(『俺がお前等を振り回している』・・・か。確かにそうだな。“3条件”といい、風路の件といいお前は私達の面目を潰して回る。正直言ってムカついているさ)」
“3条件”を筆頭に、あの“詐欺師”にはこれまでに何度か辛酸を嘗めさせられた。振り回された。
『ブラックウィザード』の件にしても、こんな事態になる前にもっと早く情報を開示していてくれれば・・・という気持ちは確かに存在する。だが・・・
「(だがな、界刺。どんな理由であれ、お前が動いてくれたからこそ救われた存在は居る。救済委員事件では春咲や一厘を、今回は不動達と共に風紀委員会を救ってくれた。
そもそも・・・そもそもだ。救済委員事件も風路兄妹の件も網枷の件も『ブラックウィザード』の件も、本来であればお前や『シンボル』には関係の無い事柄だ。
本来であれば全ての責任や元凶が私達に存在する事柄だ。そんな私達にお前が馴れ合う義理や義務は無い。情報開示にしたって、お前の自由なんだよな。
私達の都合に振り回されないために。なのに、結局はお前達にその責任というか後始末を負わせるばかりかそれ以上の負担を今後掛けさせてしまう可能性が高い・・・んだろ?)」
事の発端は、紛れも無く風紀委員にある。元凶の1つは間違い無く風紀委員である。決して“変人”や『シンボル』では無い。そこを履き違えてはいけない。
様々な感情を宿した表情を浮かべる破輩の脳裏に思い浮かんでいるのは、先程の“特別授業”で固地と九野が口に出した不穏極まる言葉。
『・・・知らない方がいい。この情報をお前達が知れば・・・死ぬ危険性がある』
『正確に言ってあげなよ。殺される可能性がある・・・だろ?』
彼等曰くの“あれ”は、その実態を知れば殺される可能性を伴う危険極まりない存在のようだ。その上、学園都市規模の情報規制すら容易に行える力を持っている。
その正体まではわからないものの、現時点の情報から学園都市の中枢部が関わっている可能性が高いと破輩は見ている。そして、それはおそらくあの“変人”も知っている筈だ。
だからこそ、あの碧髪の男は警戒していたのだろう。『シンボル』に“あれ”の影響や脅威が降り注がないように。しかし・・・結果的に彼の目論見はご破算となった。
「(どうにもならないこと・・・か。それでも『何とかしてみせる』とあいつが言った以上、何らかの策はあるんだろう。・・・ハァ。
そんなことをさせてしまっている時点で落第点もいい所だ。九野先生の言を信じるなら、“あれ”による直接的な影響までは行かないようだが・・・影響は波及する。必ず)」
影響は波及する。これは風輪の騒動でも散見された事柄。『アヴェンジャー』と名付けられた集団によるカツアゲの影響で、彼女自身一般生徒から『無能』と揶揄されたこともある。
九野(+固地)が鳥羽への評価として表現した言葉と同じモノ。だがしかし、そこに込められた意味―深謀遠慮―とは懸け離れた唯の不平不満の捌け口として吐き出された言葉だった。
当時はショックの色を隠せなかった破輩だが、今は冷静に当時を振り返ることができるようになった。
言葉を発する側の意図や言葉を受け取る側の感じ方次第で、辿り着く結果は千変万化と化す・・・という解を導き出せる程に。
「(人間って生き物の面倒臭さを感じずにはいられないな、全く。その上で・・・『後悔の無い選択』・・・か。
界刺。お前は、『今は事件解決を最優先にしろ』と言いたいんだな。お前や『シンボル』のことは後回しにして。最優先・・・か。・・・・・・。
こうなったら、一刻も早く事件を解決して界刺達のフォローに回れるようにしないと!!事件終息後、できるだけ早い時期に界刺達と正面から話し合おう!!
私達の行動で、『シンボル』と私達の関係を更に勘違いされたり深読みされたりする可能性はある。だが・・・このまま何もしないのは嫌だ!!
今後あいつ等に起こる悪影響を、可能な限り私達の手で取り除く。ボランティアを守って何が悪い!!悪くさせる連中は、この私が命を懸けてブッ飛ばしてやる!!!)」
風輪学園第2位足る“風嵐烈女”は、その瞳に、その身体に、その心に熱く滾る誓いを刻み付ける。
同じリーダーとして、彼が懸念する事柄は十二分に理解しているつもりだ。あくまで、彼等がボランティアでしか無いことも再認識した。
だったら、この手で守ろう。この事件が解決した後に彼等に降り掛かるかもしれない悪影響を、正式な治安組織の一員である己が力でブッ飛ばす。
ズブズブの関係じゃ無い。敵対関係でも無い。『正義』と『正義の味方』という主従関係では決して無い。同じ世界を生きる人間として、いずれ真に対等な関係を築く。
それを・・・この世界に認めさせてみせる。少女はこの決意をメールという形で最後に送信する。送信先は、もちろん・・・
『わかった。お前の言う通り何でもしよう。界刺。少なくとも、私はお前達をこの命を懸けて守るつもりだ。どうせ、お前のことだから鬱陶しがるのは目に見えている。
それでも私は1人の風紀委員として、1人の人間としてお前達を守りたい。治安組織やボランティアという括りを越えて、お前達と対等な関係を築きたい。
どちらが上でも下でも無い、真の意味で対等な関係を。だから・・・遠慮せずにお前の好きなようにやってくれ。・・・その結果として私がどうなろうとも文句は言わない。
私は受け入れるよ。その代わり、私も私に課せられた使命を果たす。自分の信念を貫こう。願わくば・・・同じリーダーとしてお前と肩を並べて立つ日が来ることを祈っているよ』
「これが、電脳歌姫か・・・。私、生で見るのは初めてかも」
「ぶっちゃけ、俺もだぜ。湖后腹は?」
「俺も生で見るのは初めてっす。“学園都市レイディオ”は、毎週聞いてますけど」
「おおおぉぉッ!!マサルは私のファンなんだナ!!」
「こんな近くにファンが居たのか・・・知らなかった」
「えてしてそういうモノですよ、初瀬?」
多目的ホールの中で昼食を取っているのは、159支部の一厘・鉄枷・湖后腹・佐野に成瀬台支部の初瀬である。
昨日から色んなことがあったせいで気分もガク落ちだったのだが、『ハックコード』内に居る電脳歌姫がその雰囲気に耐え切れずに姿を現した辺りから空気は変わりつつあった。
無論、雰囲気を変えたかったのは周囲の人間達も一緒であった。気分が滅入った状態のままでは好転するものも好転しない。だから、歌姫の言葉に各々は自発的に乗って行く。
「ウハ・・・怪我は大丈夫?」
「まぁ、何とか。痛い痛いとも言ってはいられませんからね」
「そうカ・・・。早く良くなるといいネ!」
「はい」
「・・・姫。俺には労わりの言葉は無いのかよ?」
「・・・キョウジはキョウジだかラ。うン!」
「意味わかんねぇ!何だ、その理屈は?」
佐野への態度とは打って変わってそっけない歌姫の態度に、初瀬は結構憤る。これでも、命を懸けて守ったというのに。
昨日の件を知った“学園都市レイディオ”のスタッフから浴びせられた怒涛の質問を何とか答え切った(=騙し切った)というのに。
「・・・初瀬」
「うん?」
「あなたも鈍いですねぇ。こういうのをツンデレって言うんですよ?」
「!!!」
「ツンデレ?でもなぁ・・・姫って色んなキャラを演じられるらしいし。イマイチ説得力が・・・って姫?何で顔が赤くなって・・・」
「う、うるさイ!!!キョ、キョウジのバカバカバカ!!!」
「はいっ!!?」
佐野の言葉に半信半疑な初瀬だったが、当の歌姫にとっては図星だったらしい。学園都市の技術が無駄に使い込まれたバーチャルアイドルは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「・・・確認だけどよぉ、ぶっちゃけ電脳歌姫ってAIだよな?何で、あんなに感情表現が豊かなんだ?もっと、機械っぽい部分があってもいいと思っちまうぜ」
「電脳歌姫は、柔軟性を極めに極めたAIが使用されているって話っす。学園都市の兵器に使われるAIは柔軟性を極力排した最適化モデルで、そっちの方が有名っすね」
「湖后腹・・・詳しいな」
「・・・ゴホン!そ、それに佐野先輩の説明だと、色んな経験を蓄積して思考する自己成長型プログラムみたいですからね。経験次第では、あぁいうこともできるようになるんでしょう」
「機械が人間のような思考を持つ・・・か。ロマンチックな話よねぇ。そこに感情なんてモノが生まれたらもっとロマンチックよねぇ・・・」
「リンリンには無縁な話だよなぁ~」
「ブッ!!う、うるさい!!鉄枷には関係無いでしょ!!」
湖后腹の説明を受けて一厘が口に出した妄想話を冗談半分―本気半分―で茶化す鉄枷だったが・・・
「やっぱり図星だったか。まぁ、俺が敬愛する春咲先輩ならロマンチックな出来事も・・・」
「その春咲先輩は、界刺さんに告白&キス済みだけどね」
「何ぃー!!!??」
思わぬ逆襲を喰らい・・・
「えっ!?鉄枷先輩、知らなかったんですか!?」
「なっ!!?湖后腹・・・それってどういう・・・」
後輩の驚きの声に驚愕する羽目になり・・・
「相変わらず鉄枷は頭が回りませんねぇ。あなた以外の159支部の人間は、全て知っていたことですよ?哀れですねぇ」
「なっ・・・なっ・・・なっ・・・!!!」
佐野にトドメを刺されることとなった。結果として鉄枷は茫然自失状態に陥ってしまい、呻き声しか挙げられなくなった。
「まぁ、そんな鉄枷は置いておくとして・・・歌姫さん?」
「・・・何?」
「一応お礼は言うべきではありませんか?初瀬は、あなたのことを命懸けで守ったんですよ?昨日は、あなたもそのことを言っていたではありませんか?」
「・・・・・・」
「姫が・・・?」
佐野の促しは、初瀬にとっては初耳であった。自身気絶していたのだから仕方無い話だが。
そんな彼の視線の先に現出している3D映像の少女が、佐野の言葉を受けて・・・ようやくお礼の言葉を口に出す。
「・・・・・・キョウジ」
「・・・お、おぅ」
「・・・・・・昨日は・・・・・・その・・・・・・わ、私・・・を・・・守ってくれて・・・あの・・・あ、ああ、ありが・・・・・・とう・・・ネ」
「・・・お、おぅ」
「「「・・・」」」
何ともたどたどしいやり取りに、外野(=一厘・佐野・湖后腹)は何故か甘酸っぱい気分になる(鉄枷は1人真っ白な灰になっているので枠外)。
その後食事を再開するも、これまた何故か気まずい空気が流れる羽目になった。物事とは万事思い通りにはいかないものである。
「浮草先輩・・・さっきはすみませんでした」
「私も・・・すみませんでした」
「別にいいよ。九野先生が仰ったことは正しいし。なぁ、秋雪?椎倉?」
「私としては、イマイチ納得していないけど」
「それだけ、固地の平時の態度は酷いとも言えるしな。だから、九野先生もそこは注意されていた。
だが、逆に言えば傲岸不遜な態度が無ければ固地の意見は1つの正論として捉えられていた。正論を放つだけの努力もしていた。そうだろう?」
「・・・そうだな。やっぱり・・・努力しないといけないよな」
成瀬台の中庭付近で昼食を取っているのは、178支部の浮草・秋雪・真面・殻衣、そして成瀬台支部のリーダー椎倉である。
「フン!!私は今でも債鬼は嫌いよ!こればっかりはすぐには変わらないわ!」
「秋雪・・・」
「・・・ま、まぁ、それを仕事にまで持ち込んだら駄目ってのは今回のことで重々思い知らされたけど。仮にも、治安組織の一員なんだし」
認める所は認め、駄目な所は指摘する。全てを納得はできないが、それでも割り切らなければならない時はある。秋雪の顔には、それが如実に現れていた。
「本音を言えば、別にこの支部の先導者が年上だろうが年下だろうが関係ないかな。能力や人格で後輩に馬鹿にされることなんて学校で嫌って言うほど味わってきたし。
・・・・・・んなことより大事なのは私の恋愛のほうよ! ねえ浮草さん、知り合いにイケメン居ない!?」
「ガクッ!!!せ、折角『秋雪って変わったなぁ』って思ってた所なのに・・・。というか、この前分相応の相手でもいいって言ってた筈じゃあ!!?」
「複雑な乙女心ってヤツですよ!」
「お前の乙女心はよくわからねぇ・・・」
秋雪のコロコロ変わる恋愛観に着いていけない浮草。乙女心とは、かくも見極めが難しい事柄なのか?
「今回の件で、俺も色々痛感させられました。まぁ、現在進行中ですけど」
「・・・というと?」
「固地先輩をぎゃふんと言わせたいなら、正攻法でぶつからないと駄目だってことが!!」
「あの固地をぎゃふん!!?」
真面の発言に、椎倉が目を瞬かせる。声には出さなかったが、浮草も椎倉と同じ気持ちであった。そんな両先輩に向けて、後輩達がずっと考えて来た己の意見を述べる。
「そうです!俺だって、秋雪先輩と同じでまだ固地先輩の全部を認めたわけでも好きになったわけでもありません!きっと、認められない、好きになれない部分は残ると思います。
でも、それを見極めるためにも固地先輩に真正面からぶつからないといけないと思うんです。九野先生がそうしたように」
「私も、真面君と同じ気持ちです。・・・。あの人から逃げたら駄目です。・・・。諦めなければ・・・きっと固地先輩とも本当の意味で分かり合えると思うんです」
真面と殻衣は、今回の件で自身の力不足や固地の凄さ&面倒臭さというのを改めて認識した。同時に、固地の欠点とどう向き合うのかという選択も迫られた。
その結果、2人は固地と真正面から向き合うことを選択した。“天才”と呼ばれる九野が・・・あの焔火がそうしたように。
自分達の心の中に確かに感じる固地を頼る気持ち。これから、目を背けてはいけない。何故、固地を信じる気持ちがあるのか。どうやったら、固地の欠点を矯正できるのか。
後輩として、傲岸不遜な先輩にしてあげられることとは何か。これ等を自分達は耳目を塞がずに考えなければならない。その努力を怠ってはいけない。そう・・・思ったから。
「・・・成程。なぁ、浮草?後輩がこれだけやる気を見せてるのに、先輩且つリーダーのお前は何もしないのか?」
「・・・わかってるさ。俺だって、このまま突っ立ってるだけで終わりたくない・・・今日の“特別授業”でそう思ったよ。俺も・・・向き合わないといけないな」
椎倉の言葉に、浮草は苦笑いを浮かべながらもハッキリ答える。九野が言ったことは、全て図星だった。だから、何も反論できなかった。
九野は浮草にこう言いたかったのだ。『このままでいいのか?』・・・と。その声無き声を、浮草は確かに聞いた。聞いて・・・『このままは嫌だ』と・・・そう思った。
“お飾りリーダー”じゃ無い、本当のリーダーとして頑張りたい。自分の中にこんな熱い思いがまだ残っていたとは浮草自身も知らなかったが、同時に嬉しく思った。
自分もまだまだ捨てたモンじゃ無い。九野がそうして来たように、自分も“人才”として活動して行きたい。そう、心の底から望んだ。
「浮草先輩!秋雪先輩!今回の件が終わったら、固地先輩の欠点を抜本的に矯正させるための対策会議をしましょうよ!固地先輩抜きで!」
「おっ!それ、いいな!どうだ、秋雪?」
「願ってもない素晴らしい提案ね!私も参加する!萎履は?」
「もちろん、参加します」
「どうせ、固地先輩のことだからそんな場に引っ張り出されたら、俺達の欠点も指摘して来るに違いないですから、事前準備はしっかりしておきましょう!え~と、それから・・・」
「(・・・皆気丈に振舞ってくれている。本当なら俺への非難が溢れていただろうに、それを九野先生が抑えてくれた。
『唯後ろを振り返るよりも今は後ろから得た情報を基に前を見ろ』という、言葉無き言葉を贈って頂いた。俺も負けてられないな。寒村達との連携をしっかり取らないと!!)」
固地対策として178支部の議論が活発化する中で、椎倉は気丈に振舞う仲間の“気遣い”に感謝する。
今回の件は、抱えていたリスクが発現したモノだ。リスクの高い作戦を取っていたのだから、これはなるべくしてなったと言ってもいい。その責任は、決断した椎倉にも圧し掛かる。
九野が会議に割り込んでいなければ、その辺りの責任追及は更に過激なモノとなっていただろう。風紀委員会の空中分解も現実味を増していた筈だ。
彼の指摘通り、今後第三者的諮問機関の性質を持つ別の風紀委員会や警備員上層部等がこの失態に関する[対『ブラックウィザード』風紀委員会]への責任追及及び処分を行う筈だ。
自分も覚悟している。故に、風紀委員会を纏める者としてこれ以上の失敗は許されない。椎倉は、内心滾る闘志を燃やし続けていた。
「・・・・・・ハァ」
「元気無ぇな、抵部?そんなんじゃあ、あたし達のために色々取り計らってくれた界刺が文句言ってくるぞ?」
「ッッ!!わ、わかりましたー!!わたしは元気ですー!!・・・・・・ハァ」
「余り無理しなくていいぞ、抵部?その気持ちはよくわかる。閨秀も、無理強いは感心しないな」
「ちぇっ。あたしが悪者みたいになっちまった」
成瀬台の屋上で昼食後の休憩に入っているのは、花盛支部の抵部・閨秀・冠の3名。ここには、『皆無重量』にて飛んで来た。
「月理ちゃん・・・かおりん・・・皆・・・今頃どうしてるかなぁ・・・」
「意識自体は皆あるからな。今頃は、ベッドの上で暇を持て余しているんじゃないか?それか、痛む体に唸っているか・・・」
「2学期の始業式までに退院できるといいんすけどね」
「・・・そうだな」
昨夜の件で一番被害を被ったのは花盛支部である。メンバー8人の内、半数以上の5名が重傷を負い入院した。
幸い命に別状は無かったものの、5人共今年の夏休みの残りは病院にて過ごすことになりそうだった。
「今日の帰りに寄ってみるってのはどうですか?急用が入らなければっすけど」
「わ、わたしも皆の顔が見たいですー!!」
「・・・あぁ。そうしよう」
「やったー!!」
抵部の―空元気な―声が空に放たれる。先程閨秀に元気が無いと言われての反応であることは、誰の目から見ても明らかであった。
「・・・抵部。ちょっと来い」
「な、何ですか?」
「いいから。んでもって、ここに座れ」
そんな落ち込んでいる少女を閨秀が呼び付ける。ワケもわからずテクテクと歩いて閨秀の前に座る抵部。すると・・・
ハグッ!!
「!!!」
「色々あり過ぎて、ガキのお前は気持ちの整理が追い付いてねぇだろ。今は休憩中だからよ、気を抜け」
「そらひめ先輩・・・!!」
緊張し続けているか細い後輩を、後ろから優しく抱き締める先輩。閨秀の体温が、抵部の体に伝わる。張り詰めていた気持ちが・・・和らいで行く。
「引き摺ったまんまでも困るしな。抜ける時はきっちり気を抜いて、しっかり気持ちを切り替えるんだ」
「そうだな。閨秀の言う通りだ」
「かん先輩・・・!!」
閨秀に倣って冠も抵部に近付き、その頭を自分の胸に抱き寄せる。
「頑張ろう。風紀委員である以上、私達は今回の事件から尻尾を巻いて逃げるわけには行かないんだ。皆で・・・力を合わせて・・・この困難を乗り越えよう!!」
「わ、わわ、わかりましたー!!!わたし・・・がんばります!!!」
「おぅ!その意気だ!」
少女達は体を寄せ合い、傷を癒し、士気を高めていく。これは、絶対に逃げるわけにはいかない事柄。
束の間の休息を、自分達の力に変える。目の前に立ち塞がる困難を乗り越えるために。
「こうやって、債鬼君と一緒にご飯を食べるなんてすっごく久し振りのことだよね?」
「・・・そうだな」
「そういえば・・・そのお弁当は“誰”が作ったの?」
「・・・・・・立川だ。一度だけ学生寮に戻った際に、彼女が待っていてな」
「・・・ふ~ん」
「・・・何だ?」
「餌付けされてるなぁって思って」
「餌付け!?」
夏休みなので一切使われていないある教室の一角で、固地と加賀美は向かい合って昼食を取っていた。
「・・・ちょっと食べさせて貰っていい?」
「あぁ。どれでもいいぞ?」
「それじゃあ・・・この出し巻き卵を・・・(パクッ)・・・・・・美味しい・・・!!」
「確かに、立川が作る料理はどれもこれも旨いものばかりだ。日頃から料理研究をしているとか言ってたし、相当努力をしているんだろう。絶品と言ってもいいかもしれん」
加賀美は、立川の料理の腕に感嘆の念を述べる。これ程までに料理上手だったとは・・・。餌付けされるのも致し方無いのかもしれない。
「・・・・・・債鬼君」
「うん?」
「私の作った出し巻き卵・・・食べてみて。作り置きだから、少し味が落ちてるかもしれないけど」
「・・・・・・」
「・・・食べて」
「・・・・・・ハァ。・・・(パクッ)・・・・・・」
「ど、どう?」
「普通に旨いな」
「『普通に』・・・?・・・・・・普通・・・か。確かに、あの出し巻き卵・・・私より美味しかったモンね。ハハッ・・・」
「ん?何を落ち込んでいる?」
「・・・・・・何でもないよ。ハハッ」
料理の腕で負けるというのは、一般的な女性にとっては相当ショックな事柄であることを私生活ではズボラな男である固地にはよくわからない。
「・・・意外だな」
「・・・何が?」
「焔火の件で、いてもたっても居られない状態に陥るかと思ったが。意外に冷静じゃないか」
「・・・冷静だと思う?」
「いや。全く思わない。無理をしているのがバレバレだ。その上で、冷静で居ることを振舞っているお前が意外だと言ってるんだ」
「・・・九野先生の言った通りだね。債鬼君って本当にわかりにくいんだから」
無理をしているのがバレている。それは・・・好都合でもあった。今ここに居るのは2人だけ。固地の前でなら・・・素を出せる。
「・・・・・・(グスッ)」
「・・・・・・」
「・・・ック。・・・・・・ヒック。・・・・・・配だよ・・・。心配だよ・・・。緋花ァ・・・!!しゅかん・・・!!」
俯き、泣き、敵の手に堕ちた友と部下の身を案じる加賀美。苦しくて・・・痛くて・・・とても辛い。心が張り裂けそうな程に。
「・・・俺を責めないのか?」
「・・・・・・」
「俺は『ブラックウィザード』の構成員と会う可能性を鑑みて、焔火達が居た場所へ向かった。その時連行中だった朱花を俺は見捨てた。
真面達が殺人鬼に救われた件に関しては、俺が向かわずとも真面なら戦わない選択を取っていた可能性は高いからな。・・・あくまで可能性だが」
固地は、淡々と事実を述べる。天秤の秤にそれぞれ焔火と朱花を救えた可能性を乗せ、固地は焔火の方を選択した。『ブラックウィザード』の構成員を捕まえるために。
結果としては、両者の可能性は可能性で終わった。乗っていた可能性は2つ共現実にはならなかった。そうなる可能性もわかっていて・・・固地は非情な決断を下した。
「・・・・・・本音を言えば、ちょっぴり思っちゃった。しゅかんの方に債鬼君が行っていれば、今の状況はもしかしたら変わっていたんじゃないかって」
「・・・かもな」
「でも・・・そんなことは言っても仕方無いことだって・・・九野先生の言葉を聞いて心底思った。『たられば』は先に繋がらないことだって。
それに、債鬼君はしゅかん達のことを見捨ててなんかいないよ?橙山先生に事情を的確に説明して“託した”じゃない?
進次達にしたって、意識を回復する前にあの殺人鬼の手で殺されていた可能性はある。そして、その可能性が現実にならなかったのは債鬼君の苦渋の決断があったから。
だから、進次達は今日を生きることができている。そんな現実を・・・私はしっかり受け入れないといけない。そうしなきゃ、何時まで経っても前に進めない」
「・・・かもな」
「ねぇ・・・。債鬼君は、自分が下した決断を・・・後悔しているの?」
「いや。後悔などしない」
「・・・ムフフッ。ねぇ。さっきの会議・・・私を庇ってくれたんでしょ?内通者を出したリーダーの責任問題に言及される前に、わざと自分に敵意の方向を向かせてさ。
九野先生の言う通り主観を主張するのはいいけど、公私を混同し過ぎるのはよくないよ?だから狐月達と似たような失敗をしたんだし。・・・ごめんね」
「・・・お前も知っただろ?俺が風路の訴えを退けてしまったことを。それ自体、今にしてみれば重大な失態だ。
他にも、網枷が『ブラックウィザード』の手先である証拠を掴めなかった俺の不手際もある。お前と同じ・・・いや、それ以上とも取れるかもしれないレベルだな。
俺が何も言わなくても、さっきの会議の場で槍玉に挙げられるのはお前じゃ無くて俺だった可能性も十分に有り得たぞ?何せ、俺は軋轢を生む存在だからな。
そもそも、安易な庇い合いは組織の崩壊を生む。斑達はそれをした。だから物を申した。そこに私情を挟んだつもりは無い。斑達と同じレベルに見られるのは遺憾だな」
「まぁ、人間なんだから私情を全部排することはできないだろうだけど・・・。たとえ、狐月達と同じレベルじゃ無くても失敗は失敗だし。
債鬼君にしては珍しいよね。不器用だよね。筋金入りの優しさベタだよね。要矯正点だよね」
「むぅ・・・」
「7月の初めにあった風紀委員会で緋花を外すように言ったのも、こうなることを予想していた・・・とか?」
「過ぎたことを言っても何もならない。それを前提とするなら・・・その可能性も考慮していたとだけ言っておく。全く、悪い可能性程現実になるもんだ」
「・・・そうだね。債鬼君って・・・本当にわかりにくいね。だから、九野先生に叱られるんじゃない?私が通訳になってあげようか?純粋な親切心で」
「余計なお世話だ」
あの時、斑達が椎倉に抗議していたこと―176支部が囮に使われたこと―は、逆に言えば内通者そのものを出してしまった176支部の責任問題にも発展しかねない危ういモノであった。
常日頃から行動を共にしていた支部の人間が、敵対する組織のスパイの存在にずっと気付かなかったというのは全く話にならない事柄であった。
あのまま斑達が抗議を続けていれば、リーダーである加賀美に対して批判が発生しかねなかった。
だから、固地は先手を打った。打って、自分への糾弾に話を逸らそうとした。そう、加賀美は“特別授業”を終えた後に思い立った。固地らしいわかりにくさである。
焔火の件も同じくわかりにくい配慮であった。固地は固地なりに焔火を心配していたのだ。それが当人や周囲に殆ど伝わらないのだから、この男も大概である。尖り過ぎも考えモノだ。
「まさか、鏡子のお兄さんが界刺さんを頼っていたなんてね・・・。そうか・・・鏡子は生きてるかもしれないのか・・・」
「・・・嬉しいのか?生存を諦めていたお前からすれば」
「・・・わかんない。鏡子が失踪して・・・自分なりに何ヶ月も探して・・・それでも見付からなくて・・・・・・諦めて。
もし、諦めてなかったらって思いは確かにあるの。『たられば』は意味が無いというのはわかってるんだけど。だから・・・嬉しいというよりは・・・腹立たしいって感じかな」
かつての自分が諦めてしまったことが、今になって希望と共に姿を現した。その現実に、加賀美は嬉しさよりも腹立たしさを覚えていた。困惑という表現が正しいかもしれない。
「債鬼君も、色々頑張ってくれていたんだね。・・・ありがとう」
「俺は、俺なりのケジメを着けるためにやっていただけの話だ。当時の俺の失態だからな」
「ケジメか・・・。私も・・・ケジメを着けないとね」
「・・・何のケジメだ?」
「・・・もし、緋花やしゅかんが・・・・・・取り返しの付かない状態になっていたら・・・私は・・・そんな状態にした双真を・・・・・・絶対に許さない。
もし・・・もし・・・これ以上私の大事な仲間を傷付けるのなら・・・・・・私は・・・双真を・・・・・・殺してでも止める!!!」
「・・・!!」
固地は、僅かながら瞠目する。自分が知っている加賀美雅という少女からは絶対に聞くことが無いと思っていた単語が、その声に混じっていたが故に。
「・・・前にね、『マリンウォール』で界刺さんに会った時に聞いたんだ。自分の部下が内通者だったらどうするかって。あの人は言った。必要なら『本気』で殺すって。
当時の私は、とてもじゃ無いけどそんなことはできないって思ってた。捕まえるにしても、できるだけ穏便なやり方で決着を着けるって。
それは、双真が内通者だって確信した時も変わらなかった。もしかしたら、最終的には双真を説得できるんじゃないかとも思ってた。そんな・・・有りもしない希望に縋ってた。
だから・・・こんな結果になっちゃった。緋花やしゅかんを奪われた。色んな人が傷付いた。警備員には重体者も出ちゃった。全部私が甘かったからだ。覚悟が足りなかったからだ。
これ以上・・・私のせいで誰かが傷付くのを見たくないの。そんな状況にしてしまった私を許せないの。私はこうなった責任を取らなくちゃいけない。だから・・・だから・・・」
「加賀美!」
「!!?」
罪悪感の迷宮に入り込もうとしている加賀美を、固地は無理矢理踏み止まらせる。彼女の顎を己が手に乗せる形で。
「よくそんな体たらくで、バカ師匠へ弟子入りしようと考えたな。身の程知らずと言ってもいい。そんなんじゃあ、弟子入りしてもすぐに破門だぞ?」
「・・・!!」
「後悔を吐き出すことは、まぁ偶にはいいだろう。兄弟子としてそれくらいは聞いてやるのも吝かじゃあ無い。だが・・・気に入らないな。
お前は・・・諦めているのか?焔火や朱花が取り返しの付かない状態になっていると・・・お前は100%考えているのか?」
「だ、だって・・・!!!」
「言っておくが、俺は諦めてなんかいないぞ?想定はしているが、あくまで可能性にしか過ぎん。お前も知ってるだろう?可能性が現実にならないこともあると。
現に、俺は昨日その可能性を2つも現実にすることができなかったしな。『たられば』は、決して悪手ばかりじゃ無い。それだけ、色んな可能性を考えているということだからな。
大事なのは、想定した可能性のいずれかが現実になった場合でもそれに応じた行動を即座に取れるかだ。『たられば』を意味あるモノにするのは、『たられば』を考えた当人次第だ。
加賀美。諦めたらそこで終いだ。諦めなければ・・・自分が望む可能性を現実にすることも不可能じゃ無い。少なくとも、俺はそう信じている。
その上で聞こう。お前は・・・諦めるのか?諦めたいのか?」
固地の真剣な瞳が、加賀美の瞳を捉える。加賀美の涙で潤んだ瞳が、固地の瞳を捉える。
少女は知る。目の前の男は全く諦めていないことを。それは、“特別授業”で既にわかっていたこと。
少女は知る。自分はまた諦めようとしていたことを。鏡子の時と同じように。故に・・・
「・・・たくない。・・・諦めたくない!!緋花やしゅかんを取り戻したい!!絶対に・・・絶対に!!!」
「だったら、そのための行動をしろ。それだけの話だ。何を悩む必要がある。お前の悪い癖だぞ・・・加賀美?
それにな・・・今回の件は俺にも重大な責任がある。最初に風路の訴えについて、俺がもっと調査を積み重ねていればという忸怩たる思いは俺にもある!!」
「債鬼君・・・!!」
「お前が網枷の上司としての責任があるのなら、俺にも同等レベルの責任は存在する!!だから・・・その・・・なんだ・・・・・・共にその重みを背負って・・・歩こう。
逃げずに・・・立ち向かうんだ。結果がどうなるかはわからないが、今度こそ俺達の手でこの事件を解決に導くんだ!!」
「・・・うん!!」
加賀美雅は固地債鬼に宣言する。必ず、大事な人達を取り戻すと。それを果たすまでは絶対に諦めないと。焔火と神谷を殺人鬼の魔手から守ったように。
対する固地債鬼は、加賀美雅の誓いを静かに聴く。そして交互に幾つかの言葉を発した後・・・2人は共に微かに笑い合った。
「・・・何だかみっともない所を見せちゃったね」
「別に。どうでもいいことだ」
「素直じゃ無いなぁ・・・。にしても、今日の債鬼君って妙に優しいね。普段ならボロクソに叩くのに」
「・・・・・・」
涙も引っ込んだ加賀美が、思い出したように疑問を口にする。今日の固地は妙に優しい。師匠の九野の影響だろうか?
「(いや・・・九野先生が登場する前から私を庇ってくれていたんだから他に要因が?・・・でも、債鬼君は成瀬台に来る前まで九野先生と一緒に居たらしいし・・・)」
「・・・約束したからな」
「??誰と?」
「・・・立川と」
「ッッ!!!(な、何でここで立川さんが出てくるの!!?)」
疑問への回答として、固地の口から発せられた立川の名前に加賀美は驚く。彼女と一体何を約束したというのか。加賀美はどうしても気になってしまう。
「あいつの言葉をそのまま引用するなら・・・『あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!』とな。
立川は、お前もその1人だと言っていた。そういう人間を大事にしろとも言っていた。昔から付き合いがあるお前や朱花とは違って、立川は今年度に入って知り合った関係だ。
そんなあいつが言っていることはお前達とはさして違わないが・・・何だろうな。強く響くモノがあった。あそこまで俺の心にズカズカ入って来るのはあいつくらいだからかな?
俺も、あいつ相手だと勝手がわからないという面もあったにはあったんだが・・・付き合いが浅いが故にとでも言うんだろうか?
新鮮というか・・・驚きというか・・・。俺が、疲労やその他諸々のことでへばっていたからかもしれないが」
「立川さんが・・・!!」
「あぁ。まぁ、バカ師匠にガミガミ言われたことも影響しているな。こういうのはやはり疲れる。
普段ならまずしない、過ぎた公私の“混同”までしてし・・・・・・まったようだしな。お前目線では。バランスが難しいし、進んでしたいとは思わない苦労だな」
「(立川さんが・・・。な、何ていうか・・・すっごく手強そうな人だ・・・!!)」
固地の言葉から、加賀美は立川という少女を強敵と認定する。“何の”強敵かは、加賀美自身よくわかっていないが。
「慣れないこと・・・か。そういえば、あの“変人”に近付いて行った時も似たような感覚だったな」
「界刺さん?・・・あっ!確か、前に界刺さんにちょっかい出したんだっけ?その時は・・・え~と・・・水楯・・・さん?に邪魔されたんだよね?」
「そうだ」
「・・・そういえば、界刺さんは債鬼君のことを結構知ってる風だったけど?」
「あの男とは、腕試しに失敗した後にそこらの喫茶店によって色々話したんだ。『シンボル』というのが、一体どんな目的をもって動いていたのかがよくわからなかったからな。
特に、あの男は奇抜過ぎる服装を見せびらかしていたという話だったから、尚更目的がわからなかった」
「あぁ・・・。確かに、あの人の部屋に飾っていた服とかは私にもよくわかんないセンスだった」
「とりあえず、話を聞いて行く内に『こいつは本物の“変人”だ』という答えに行き着いた。ちなみに、界刺の隣に居た水楯も俺と同じ感想を持っていたようだった」
「『シンボル』の中でも不評なんだねぇ・・・。そりゃそうだよねぇ・・・」
「その後、色々話して『シンボル』は俺達に進んで害を与えないという結論を当時は出した。その過程で、“変人”が俺にあれこれ質問して来たからそれに答えて行った。
まるで、こちらの心を見透かすかのような態度だったから内心では俺も驚いていた。その昼行灯っぷりにな。『油断ならない奴』だという結論も同時に出した」
「成程。だから、あの人は債鬼君のことを知っていたんだね」
固地と界刺の出会い話を肴にしながら、残っていた昼食を急いで口に運んで行く2人。もうすぐ、昼休憩が終わるのだ。
「とりあえず、成瀬台の単独行動組と界刺達が『ブラックウィザード』の尻尾を捕まえることを祈ろう。
俺達は大々的に動けない。圧力という名の脅しが潜んでいるかもしれないからな。加賀美。俺達が最優先にするのは、『ブラックウィザード』を潰すことだ。
そうすることで、焔火や朱花を含めた拉致された者達を救い出すことができる。いや、拉致された人々の救出それ自体も最優先だな。今回はこの2つの両立が求められる。
但し、前後の状況を考えずに下手に人質だけを最優先すれば網枷達の罠に嵌るぞ?時と場合をキッチリ見量らないと・・・な。
身代金目的では無く“手駒達”化が目的の拉致活動であると推測される以上、交渉の余地は一切存在しない。時間も無い。
『太陽の園』における作戦の成否次第だが、おそらくは危険を伴う強行作戦に打って出ることになるぞ?」
「・・・わかってる!私も、これ以上罠に嵌るつもりは無いよ。リーダーとしても、私個人としても!あくまで優先順位なんだから!私は緋花やしゅかんを見捨てない!!
時と場合を考えた上で2つの事柄を両立してみせる!!できない時は仲間を頼る!!信頼の置ける部下や仲間にこの想いを“託す”!!
今の私達にできることは、尻尾を捕まえた後に速やかに『ブラックウィザード』のアジトを強襲すること!圧力なんか・・・吹っ飛ばしてやる!!」
「だな。にしても・・・」
「どうしたの?」
「寒村の話だと、もし尻尾を捕まえたとしてその追跡方法・・・つまりアジトを突き止める方法は界刺が用意すると言ったそうだ」
「へぇ・・・。そうだ!『シンボル』には形製さんっていう読心能力を持つ人が居るから、彼女の力を使うのかな?」
「・・・それは厳しいかもしれないな」
「???どうして?」
「形製の情報は、おそらく焔火から抜き出している筈だ。自白剤を使ったり、精神系能力を使ったり・・・それ以前に2人きりになった時に焔火がペラペラ話しているかもしれん」
「!!!」
「焔火は界刺の部屋に居たしな。網枷なら、その辺のことに抜かりは無いだろう。当然その対策は行う筈だ。
連中が『シンボル』の存在に気付いていなければ有効だろうが、万が一勘付かれている場合を界刺なら想定しているだろう。その時、奴はどうするつもりだ?
発信機は電気系能力者で無くとも、専用の機械を使えば丸分かりだ。赤外線の類も、感知される可能性は低くない。他に、誰かその手の能力を持つ協力者が居るのか?・・ふむ」
固地は、界刺が用意する追跡手段について頭を捻くり回す。その手段は、寒村達にも明かされていない。おそらく、風紀委員達には知られたくない方法なのだろう。
「そういえば、あの人の交友関係とかがはっきりしないって破輩先輩が愚痴ってたねぇ」
「確かに厄介だ。・・・考えても仕方無いか。今はできることに集中するか」
「そうだね!それと・・・」
「ん?何だ?」
「『あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!』。これを実行し続ける努力が債鬼君に求められるね」
「ッッ!!?」
固地の表情が引き攣る。九野の指摘通り、固地も色んな課題を抱えている。不器用だとか性格的な問題とか色々あるが、それが改善しない理由にはならない。
あの九野でさえ中々矯正できない固地の悪癖を、固地自身の意志で改善させてみせる。立川は、見事にそれを成し遂げている。ならば、自分だって“負けていられない”。
「・・・債鬼君。私にズバズバ言った癖に、自分に当て嵌めないのは卑怯だよ。私は、そんな卑怯者を兄弟子に持つつもりは無いよ?
あっ、言っとくけどそれは178支部の皆に対しても行わなきゃいけないんだよ?仲間でしょ?
地の性格だから仕方無い部分はあるかもしれないけど、だからって傲岸不遜ばっかりじゃいけないよ?厳しい指摘とそれは違うでしょ?」
「・・・・・・」
「きっと、債鬼君がそっち方面も努力すれば皆も少しは心を開いてくれると思うよ?『本物』になりたいんでしょ?だったら、今のままじゃいけないよ?
緋花だって・・・緋花だって債鬼君の指導のおかげで成長した部分はある。それなのに、指導する側の債鬼君はそのままでいいの?
もし、そのままでいいって言うなら・・・緋花や浮草先輩達のことをとやかく言えないんじゃないの?それで・・・いいの、債鬼君?」
「・・・・・・」
「債鬼君は、事件解決のためなら何でもするって何時も言ってるけどさ。前から思ってたけど、別に何でもしてるわけじゃ無いよね?
結局は、自分が楽をできる方法を選んでるだけじゃないの?よく『悪評』を使ってるトコなんか、まさにその通りじゃない?九野先生の言う通り『偏った最善の努力』だよね?
本当に何でも使うなら、『悪評』や悪辣な態度抜きのモノを容赦無く使ってもいいじゃん!!それで、最善の結果に繋げることだってできる。私の知る債鬼君ならできるよ!!
というか、その方法を試さずによく『何でも使う』って言えるよね?別に楽な方法を絶対に取るなって言わないけどさ、バランス感覚を磨くためにそっち方面の努力だってしてみてもいい・・・」
「・・・・・・言うなぁ」
止まらない加賀美の言葉に、固地は反論する所か感嘆の声を挙げてしまう。久しく見て、聞いていなかった加賀美雅の本気の反論。
彼女が176支部のリーダーになる前・・・自分と同じ立場に居た時によく見た『他者の領域に確と踏み込み反論する』姿に固地は目を細める。
5月の下旬頃だったか、偶々互いに非番でこれまた偶然出会った時に『悪評』に関して口論になったこともあったが、あの時と今とでは肝の据わり方が違う。
去年の件でリーダーとしての実力不足を気にしてか、他者への指導の際に確と踏み込むことを恐れていた少女。それは、自分に対しても同じだった。
自分の言葉に負けずにガシガシ喰らい付いて来た少女の姿はそこには無かった。固地自身も何かアドバイス的なことをしようと思ったこともあったが、
持ち前の天邪鬼の性格が災いしてかどうしても喧嘩腰となってしまった。それすらも“悪用”して、必要以上に煽って、怒らせて、無理矢理自分の領域に踏み込まそうとした。
しかし、彼女は踏み込まなかった。お手上げ状態と“偽って”踏み込まなかった。歯痒かった。加賀美に優しくできなかった、否、優しくしなかった自分が。
きっと、加賀美も友である自分に対して助けを求めていた筈なのに。言い訳のできない固地債鬼の失態である。
だが、今日この時加賀美雅は自身の不足を認め、不条理に懸命に立ち向かうことを決意した。友として何もしていなかったも同然な固地の前で、その勇敢な姿勢を露にした。
その契機の1つが、固地の不慣れな優しい言葉のおかげであることを互いに理解していた。少年は反省する。『もっと早くこうするべきだった』と。少女は感謝する。『ありがとう』と。
加賀美は固地の心意を理解し、自身の素直な想いを口にする。その誠実さこそ、加賀美雅のリーダー足る所以。個性豊かな176支部を纏められるのは、彼女を置いて他にいない。
「うん!言うに決まってるじゃん!私は債鬼君を・・・大事に想ってるんだよ?債鬼君だって、私を大事に想ってくれているんでしょ?だったら、私は言う!何度だって言う!!
もう、ビクビクなんかしない!!きちんと考えた上で指摘する。私は176支部のリーダーよ!!他支部のリーダーの『部下』を指導しても別におかしくないし!!というか、同期だし!!」
「指導・・・?お前が・・・俺を?・・・・・・フッ、フフフッッ・・・」
「な、何がおかしいの!!?」
「・・・・・・何時もと逆だと思っただけだ。そうか・・・・・・俺はお前に指導されたのか。・・・・・・・久し振りだな。リーダーに指導されるのは」
「そ、そう。良かったじゃない!!これで・・・・」
「と思ったら、椎倉にこの前拳一発と共に指導されたな。今日の浮草を入れたら、全く久し振りじゃ無いな」
「な、何よそれ!?」
「フッ、残念だったな」
「誇ることじゃ無いし!!」
「だが・・・お前にきちんと指導されるとは思わなかった。やはり、お前はリーダーだな」
「債鬼君・・・」
普段とは逆の形になっているやり取りは、それだけ加賀美雅という少女の本気度を・・・それ以上にその成長振りを表している。
そして、固地は彼女の本気度を肌で感じ取る。指摘されるまでも無い。自分でも“わかっていた”。それを改善せずに“悪用”していたことが一種の逃げと取られても仕方無いことも。
代表的なモノはその態度や口調だろう。今までは直すつもりは更々無かった。九野の指導の下、矯正しようとして自爆したことも大きな理由である。
彼は選んだのだ。自分の力を最大限発揮できる術を。その結果として起こり得ること―失態含め―を全て背負う覚悟も決めていた。
しかし、心優しい立川の指摘を切欠とし、改めて加賀美達―他者―と触れ合う中で自身の弱点が浮き彫りになったことが彼の心境を変化させた。
今回の件で、固地は色々な失敗を重ねている。未熟さも痛感させられている。今までのやり方だけでは、最善の結果を出せないことを突き付けられているような感覚だ。
根幹―目的を果たすという結果を出すために最善の努力を行う―を揺るがすつもりは無い。この根幹は間違いじゃ無いと一貫して捉えている。
だからこそ、その方法をもう一段階成長させるためにも自身を見詰め直した上で弱点の改善に努めなければならない時期に差し掛かっている。
そう判断し・・・覚悟を決める。そして・・・示す。176支部リーダーであり、親友である加賀美雅に。立川と共に、その誠実な優しさでもって自分を支えてくれていた存在に。
「・・・・・・・・・善処する」
「・・・本当だよね?嘘じゃ無いよね?」
「・・・あぁ。だが、俺は俺の信念を違えるつもりは無いぞ?」
「それはまた別の話・・・あっ!あの気色悪いオカマみたいな態度は止めてよね?幾ら優しくするって言っても、あの態度は背筋が寒くなって・・・」
「誰がオカマだ!!」
「ムフフッ・・・よしっ!」
「(・・・!!!『あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!』・・・か。有難い・・・な。
フッ、どちらが兄弟子かわからんな。俺もまだまだだ。本当にまだまだだ。努力不足も甚だしい。立川・・・・・・ありがとう。この想いに気付かせてくれて)」
示した相手・・・加賀美雅の笑顔を受けて、固地は立川の言葉を脳裏に思い浮かべる。これが立川の思い描く世界。そして、加賀美が望む世界。
その有り難味を再認識し、固地は自身の弱点と向かい合う決意を固める。『傲岸不遜』を『厳しい指摘』にするために。
「それじゃあ、行こっ!」
「あぁ。・・・加賀美」
「何?」
「苦労を掛けた」
「・・・私もだよ」
「『ブラックウィザード』討伐と共に、必ず焔火や朱花達を助け出す可能性を実現させるぞ」
「うん!!」
弁当箱を片付け、多目的ホールに戻る固地と加賀美。両者の瞳に曇りは無い。唯、やることをやるだけ。そんな意志に溢れた光を放っていたのであった。
「はい、タコさんウィンナー」
「あ、ありがとうございます。鏡星先輩」
「俺の天ぷらやるよ」
「あ、ありがとう。丞介さん」
「・・・・・・プチトマト」
「姫空さん・・・ゴメン。俺・・・トマト苦手で・・・」
「仕方無いな。私からも、このギョーザを恵んでやろう」
「斑先輩・・・意外に庶民的ですね」
「・・・・・・・・・」
「神谷先輩はハンバーガーだけですし、別に構いませんよ。皆・・・ありがとうございます。あっ、そうだ。神谷先輩。
後ろにある綺麗に包装された箱は何ですか?さっきから気になってたんですけど」
「これか?・・・今朝麻美が俺の部屋に来て・・・くれたんだ。アイツ・・・こんなバカ高ぇモンを俺なんかのために・・・」
「あのぅ・・・・・・私にはくれないんですか?」
「「「「「「(豪華過ぎて無理!!!)」」」」」」
昨日爆破された会議室のすぐ近くで、176支部の葉原・鳥羽・神谷・斑・鏡星・一色・姫空の7名は食事を取っていた。
件の問題児集団(神谷除く)は、凹んでいる鳥羽を元気付けるために持って来た弁当の一部を彼に分け与えている。
その光景に葉原は不満を漏らすが、葉原が持って来た弁当が豪華過ぎてとてもじゃ無いがあげようとは思えなかった。これで作り置きだというのだから恐れ入る。
「・・・焔火ちゃん・・・朱花さん・・・生きているかな・・・?」
「・・・生きているわよ。・・・きっと・・・」
一色が『ブラックウィザード』の手に堕ちた焔火姉妹の身を案じ、鏡星は希望を口にする。
「網枷・・・!!絶対にボコボコにしてやる・・・!!」
「・・・私の落度でもあるな。今まで見抜けなかった自分が情けない。九野先生の仰る通り、『たられば』は無しだ。
今回の件も、結果として起こり得る全ての責任を椎倉先輩達は背負っている。部下として、苦痛を伴ったあの人達の真剣な想いを無視するわけにはいかない」
網枷と同学年の神谷と斑は、裏切り者に対する憤怒と自分達の失態に対する怒りを同時に露にする。特に、神谷は網枷と同期であったので、その怒りは凄まじい。
「斑は・・・納得しているの?私達に情報が伏せられていたことをさ」
「鏡星・・・。まぁ、本音を言えば納得し切れるモノでは無い。だが、日頃から色々問題を起こしていた私達にも原因はある。
私達は、網枷のことを伝えられても問題無く行動を起こせるという信頼を椎倉先輩達に示せていなかった。日頃の行いの重要性を、今の私は痛感している」
「・・・そう。私もよ。ハァ・・・信頼を生み出すって難しいわよねぇ」
斑の本音を耳にした鏡星は、彼と同じ気持ちを抱いていることを打ち明ける。正直な話、九野の言葉に全部は納得していない。あれは大人の意見だ。部外者の意見だ。
当事者である自分達からしてみれば、どうしたって納得できない部分は残る。すぐには許せない部分が発生する。リスクに目を瞑っていたという事実は変わらないからだ。
だが、納得した部分も多くある。椎倉達の考えや覚悟の重さが痛い程に理解できた。そして、感情のままに文句や愚痴を吐き続けていても、事件は何も解決しないことも痛感した。
貴重な時間を徒に浪費することで、仲間や罪無き人々を取り返しの付かない状況に追いやることに繋がるかもしれない。
加えて、椎倉達が我慢したおかげで敵のおおよその居場所を掴むことができた。確定とは言えないが、そこに限り無く近い結果を出した。
その一端を担った九野の言葉には、自分達が示せていなかった確かな信頼が宿っていた。これが結果であり、結果を出すための過程ということだ。
仮に碌な結果を出せていなければそれこそ怒り狂っていたかもしれないが、出た以上は黙るしか無い。
それ以外の方法で同じような結果を出せたかと問われれば、自信は無い。日頃の行いを含めて、治安組織の一員足る少女は背負うモノの重さ・複雑さを再認識する。
「・・・・・・よくわからなくなって来た。・・・・・・人を助けるためだったら何でもしていい。・・・管轄外や命令なんか関係無い。・・・そう思って来た」
「姫空さん・・・」
「・・・でも、それだと駄目なこともある。・・・そのせいで、178支部の人達は敵の罠に掛かった。あの殺人鬼の時もそう。・・・私達の勝手な行動で加賀美先輩は傷を負った」
「姫空ちゃん・・・。それは、きっとその時々なんだと思うよ?それを見極められるように、私達は努力しないといけないんじゃないかな?
椎倉先輩達の覚悟もそう。私が言える義理じゃ無いけど、あれも皆に肯定されるような代物じゃ無い。事件解決のために、起こり得るリスクに目を瞑ったと見られても仕方無いわ。
でも、それを実行に移すに至った覚悟を私達はできる限り理解してあげないといけないんじゃないかな?先輩達も、すごく苦しんだと思うよ?」
「・・・難しいね」
姫空の独白を鳥羽は神妙な面持ちで聞き入り、葉原は自分の考えを素直に述べる。
「・・・ゆかりさん。ゆかりさんって、本当に強いですね。さっきの廊下で話してた時も思いましたけど。
さすがは、緋花さんの親友・・・なのかな?・・・上手い言葉が見付からないや」
後輩に気を掛ける少女に、鳥羽は尊敬の心持ちすら抱く。やはり、親友の無事を信じられるだけの何かを築いて来た証なのだろうか?
「・・・強くなんか無いよ。私は・・・支えられている。緋花ちゃんも・・・間接的には」
「??支え?」
「うん・・・。それにしても、まさか加賀美先輩があの時点で気付いていたなんてね。・・・相対評価で判断してたのかな、私?
これが、相対評価の欠点か・・・。あの人の言う通りになっちゃった。ハァ・・・」
鳥羽の疑問顔に、葉原はブツブツ独り言を呟きつつバッグの中から携帯電話を取り出す。多種多様な機能の中から、取り込んだ音楽のタイトル画面を表示できるトコまで操作する。
「私と緋花ちゃんって、緋花ちゃんが風紀委員として176支部に配属された時が初対面だったのは鳥羽君達も知ってるよね?」
「うん。初日だから右も左もわからない緋花さんを、ゆかりさんが手取り足取り教えてたのはよく覚えてる」
「そういえば、初日に神谷へ勝負を挑んだんだっけ?」
「・・・あぁ。随分なじゃじゃ馬が入って来たと当時は思ったな」
「・・・・・・人のことは言えない」
「・・・お前もな」
葉原と鳥羽の会話に、鏡星・神谷・姫空も加わる。遅れて斑や一色もその輪に加わって来た。
「俺も思い出した!当時も麗しき加賀美先輩が、焔火ちゃんと神谷先輩の勝負にすごくあたふたしてたなぁ」
「新入りが突然支部のエースにガチンコ勝負を挑んだ形だからな。私が加賀美先輩の立場でも、些か以上に困惑しただろうな」
「勝負自体は、神谷の勝利だったわね。焔火も結構粘ったけど」
「あの姿から、緋花さんは外回り向きだって一発でわかったなぁ。確か、しばらくはゆかりさんが緋花さんと同行してたんだっけ?」
「うん。緋花ちゃんはあっち行ったりこっち行ったりするから、付いて行くのが大変だった。仕事の帰り道に屋台のラーメン屋にも寄ったこともあったなぁ・・・」
その屋台で、成瀬台の荒我達とも出会った。今では、友達として付き合っている気のいい人達である。
「葉原は焔火の勉強も見ているそうだな?私から言わせて貰うなら、それくらい独力でしろと言いたいくらいだが」
「まぁ、それだけ小川原のテストは難しいですし。特に、緋花ちゃんはボーダーラインギリギリだったんで」
「・・・・・・葉原先輩は頭いいんでしょ?」
「ま、まぁね。一応学年でベスト3・・・だね」
「・・・・・・すごい・・・!!」
姫空は、葉原の学績に素直に驚嘆する。余り口数の多くない(=積極的にコミュニケーションを取らない)姫空は、支部員の情報については知らないことも多かった。
「ゆかりさんに勉強を教えてもらえる緋花さんは幸運ですね」
「・・・かもね。・・・風紀委員としで出会ってから、学校でもよく話し合うようになった。緋花ちゃんは・・・私にとって“初めて”の親友だった」
「えっ?そうなの、葉原ちゃん?意外だねぇ」
「・・・普通にお話するクラスメイトは居たわ。でも・・・私は無能力者だったから」
「ゆかりさん・・・。それって・・・」
「・・・学園都市特有の潜在的な差別なのかな?小学校の時から勉強はできても能力開発の方面が空っきしだった私は、『勉強だけができる奴』って周囲に思われていた。
私に話し掛けてくる人達は、大概勉強のことを教わりに来る人ばっかりだった。・・・悔しかった。能力開発には私なりに一生懸命取り組んでいたけど、どうしても芽が出ない。
それは、今でも・・・ね。鳥羽君・・・実は、私だって無能力者の自分に不満は持っているんだよ?あの殺人鬼と邂逅した時だって・・・(ギリリッッ)・・・」
葉原の口から語られる衝撃的告白と明確に歯噛みする荒々しい態度に、鳥羽を始めここに居るメンバー全員が瞠目する。
普段の振る舞いとは完全に矛盾している思考と態度。だが・・・それ故に人間だ。
「・・・中学受験の時も、本当は映倫中が第一志望だったけど当然無能力者の自分は受験する資格すら無かった。だから、小川原に行った。小川原は学力重視の学校だから。
ここなら、無能力者の自分でも大丈夫。そう思って受験した。小川原では、楽しいことも一杯ある。それでも、中々親友と呼べる存在ができない。
小学生時代の差別の影響か、私も中々他人に踏み込めなかった。それは、風紀委員になってからも」
「(・・・!!お、俺と同じ・・・だったのか・・・!!)」
「オペレーターとして、私は風紀活動に励むようになったのも一因だったのかもしれない。ずっと支部に居るから、他人との接触の機会が限られて来る。
私自身、内心では苛立っていた。自分を変えられない自分に。そんな時に・・・緋花ちゃんと出会った」
後ろに纏めた髪がピョンピョン動く、世話の掛かる新入りの教育を任された。最初は、ちょっぴり面倒だと思っていた。初日から支部のエースに喧嘩を売るじゃじゃ馬。
自分とは性格が全く違う同い年に対して、幾らかの不安を抱いていたのは確かだ。でも・・・接して行く内にそんな思いは何時の間にか消えていた。
「緋花ちゃんって感情表現が激しくて、笑ったりしゅんとしたりで騒がしいの。無鉄砲な所も一杯あった。遠慮も無い。そんな彼女は・・・私が無意識に作っていた“壁”をぶち壊した。
私に近付いてくれた。私を心の底から必要としてくれた。これは、皆は違うって言いたいんじゃ無いの。唯・・・その意志をすごくわかりやすい形で緋花ちゃんは示してくれたの。
さっき九野先生が言ったのを当て嵌めると、緋花ちゃんがやったことは相手の内面を全然見抜けていなかったことになる。でも、私はそれに救われたの。
ハァ・・・難しいね。九野先生の言うように、その行動が正解なのか間違いなのかは本当にその時次第、その人次第なんだよね」
『今日から、“ゆかりっち”って呼ぶね!親友同士、ニックネームで呼び合うっていうのもいいと思うし!ゆかりっちも私に何かニックネームを付けてよ!』
出会ってたかだか3日で親友宣言をした能天気な焔火に正直呆れてしまった葉原だが、内心では嬉しさの余り焔火の如く飛び跳ねたい気持ちで一杯だった。
切望に切望を重ねていた親友と呼べる存在ができた。臆病な自分に、無鉄砲な少女が突っ込んで来てくれた。とても・・・とても嬉しかった。
葉原が焔火にニックネームを付けることは無かったが、そのかわり焔火の勉強を見るようになった。公私共に交流を深めて行った2人は、本当の親友と呼べる間柄となった。
「そうだったんだ・・・」
「うん。・・・・・・だから、絶対に緋花ちゃんを助けないといけない。親友の私が・・・絶対に!!」
「葉原ちゃん・・・」
「・・・と言っても、私に前線で戦えるような力はありません。神谷先輩達の足手纏いになるだけです。私は・・・私の戦いをします。そのために・・・私は・・・」
「・・・・・・葉原先輩?」
急に言葉が途切れた葉原に、姫空が怪訝な視線を向ける。その視線に気付いた葉原は、操作していた携帯電話からある音楽を流し始める。
<謳え~♪謳え~♪~~~~♪>
「・・・この歌は?」
「『Love song’s loads』。・・・儚げで、哀しげで、それでいて確かな心の強さを感じる恋人や愛する人達の想いが溢れた歌。・・・界刺先輩に教えて貰った歌なの」
「界刺・・・!?」
神谷のムッとした声に苦笑いしながらも、葉原はこの音楽を流した理由を話す。独白にも似た告白を。
<笑え~♪笑え~♪~~~~♪>
「私は・・・界刺先輩に上手く説明できない感情を抱いていたの。恋とも愛とも違う感情。別種の感情。
尊敬のようで、信頼のようで、恐怖のようで、でも全然違うような気もする・・・そんな感情を。それは、まるでこの歌に込められた想いのようだった。
私は、この歌に込められた想いがよくわからなかった。離れ離れの2人。二度と会えないかもしれない2人。それが・・・わかっている2人。
待ち人は目が覚めれば何時も泣いていて、愛する人のために笑顔でいようとしても辛くて涙が滲む。
そんな境遇で、それでも笑っていようと思えるだけの決意は何処から湧いてくるのか。私にはよくわからなかった。私だったら、絶対に無理だと思ったから」
「「「「「「・・・!!!」」」」」」
葉原の独白は、今まさに現実となっていると他のメンバーは思った。思ってしまった。焔火緋花と葉原ゆかり。親友と呼べる2人は、非情で無慈悲な世界によって引き裂かれた。
<届け~♪届け~♪~~~~♪>
「・・・それは唐突だった。緋花ちゃんが『ブラックウィザード』の手に堕ちて、私は自宅待機を命じられても一睡もできなかった。不安で不安で堪らなかった。
『もし、緋花ちゃんが・・・』。そればかり考えてた。体の震えが止まらなかった。何も見たくなかった。何も聞きたくなかった。起きた現実から・・・逃げたくて仕方無かった。
そんな時・・・この歌を聴きたくなった。まるで、今の状況がこの歌の世界と同じように感じられたから。だから・・・聴いた。何回も繰り返した。100回以上聴いたと思う。
ある時、唐突にわかった。どうして、待ち人はずっと笑顔でいられたのか。それがわかった瞬間・・・体の震えが・・・涙が止まったの」
「・・・それは・・・?」
鳥羽が核心を質問する。そして・・・葉原は力を込めて言葉を発する。偶然にも流れている歌と、ソレは重なった。
<「『陽(たいよう)』!!!」>
「『陽』・・・?」
「そう。『陽』。2人を支えていたのは・・・待ち人が希望を持てたのは・・・『陽』が居たから。その暖かな『光』で2人を照らしていてくれたから。『陽』という存在があったから。
何も見えない、何処に行けばわからない『闇』の中を歩いていても『陽』が・・・『光』があったから2人は希望を捨てなかった。捨てずにいられた。希望が・・・生まれた。
私にとって、その『陽』が界刺先輩だったの。私や緋花ちゃんを照らしてくれた・・・『光』。“閃光の英雄”・・・界刺得世」
「“閃光の英雄”・・・!!」
“閃光の英雄”。“ヒーロー”と呼ばれた男。『シンボル』のリーダー。葉原自身、その目で見たことが無い“英雄”に希望を懸けている。
つまりは・・・“偶像”。焔火が緑川に抱いたモノと同種のモノ。そして・・・界刺得世が嫌悪する、“ヒーロー”に対する“一般人”の『罪深き』要求も同時に抱く。
余裕の無い少女は、“ヒーロー”に依存している(迷惑を掛けている)事実に気付きながらそれでも頼りたい気持ちを抑えられない。
矛盾撞着・・・つじつまが合わないことを一切しない人間など存在しない。矛盾、清濁、善悪、全てを併せ持ってこそである。醜くも綺麗な生き物・・・それが人。
葉原ゆかりは―現状薄々と感付いてはいるが目を逸らしている―後に思い知る。自分が希望を懸けた“閃光の英雄”が、一体どんな“ヒーロー”なのかを。
彼と契約し、己が希望を懸けたことが齎した“反動”・・・その代償を。『陽』の光は何時も優しいとは限らない。時に苛烈な閃光を放つこともある。
“一般人”足る少女の覚悟が試される刻(とき)は・・・すぐそこまで来ていた。
「あの人が居てくれる。まだ・・・“閃光の英雄”が居てくれる!だったら・・・私は諦めない。諦めずにいられる。・・・私も緋花ちゃんのことは言えないなぁ。
完璧にあの人に依存しちゃってる。甘えちゃってる。このことを知ったら、あの人は怒るだろうなぁ・・・」
「・・・それだけ、ゆかりさんは界刺先輩を信じている証拠なんじゃないかな?」
「本当は、余りあの人に迷惑を掛けたくないの。あの人も相当怒ってたし。それに・・・あの人が敵に回る可能性は0じゃ無い(ボソッ)」
「えっ?ゆかりさん。最後の方がよく聞き取れなかったんだけど・・・」
「う、ううん!え、えっとね・・・ようは、今はあの存在が居てくれないと駄目なの。あってくれなきゃ駄目なの。我ながら情けないと思ってるけど」
これは、尊敬でも信頼でも恐怖でも無い。そんな言葉では言い表せない。唯そこに居る。存在が在る。それだけで絶大な希望―僅かの絶望―が尊敬・信頼・恐怖と共に湧く。
そう、敢えて言葉で表すとしたらそれは希望なのだ。葉原ゆかりは界刺得世という存在に希望を抱いているのだ。次から次へと溢れ出る底無しの希望を。願望を。切望を。
自分勝手とも取れるこんな感情を抱くのは、葉原自身生まれて初めてだ。いや・・・こんな感情を抱いてしまう存在こそが“ヒーロー”というモノなのか・・・そう葉原は思う。
「・・・俺達って信用されてねぇのかな?」
「神谷先輩・・・。確かに、無茶をするという点では余り信用していません」
「ガクッ!!」
「・・・フフッ。でも、いざって時は頼りにしていますよ?もちろん、他の皆も」
「・・・そ、そうか」
「でもですね、そんな信用とか信頼とかとは種類が全く違うんです。界刺先輩に抱いているこの想いは。言葉で説明するのは難しいですけど・・・存在するだけで力を貰えるというか」
「それって好きとかじゃ無い・・・のよね?」
「鏡星先輩・・・。そうですね。そういうのとは違うと思います。う~ん・・・敢えて言葉に表すなら、空で輝きを放っている太陽のような存在・・・でしょうか?」
「太陽・・・ね。“ヒーロー”らしいっちゃあ、らしいのか?」
何というか不釣合いもいい所な表現のような気もするが、案外そうかもしれないと思ってしまうのが“『シンボル』の詐欺師”の面倒な所だ。
「・・・葉原。鳥羽」
「はい?」
「何ですか、神谷先輩?」
「おそらく、『ブラックウィザード』に奇襲を仕掛ける時は、お前等2人共後方支援に入ることになると思う。・・・頼りにしてるぜ?」
「「神谷先輩・・・!!!」」
「その分、俺達もお前等に頼られるように頑張るからよ。加賀美先輩の指示通りに・・・な。だから・・・必ず焔火達を救い出して、『ブラックウィザード』を潰そうぜ!!」
それは、176支部のエースとしての檄。今まで無茶ばっかりして来た人間に芽生え始めた、責任感という名の矜持。
神谷稜という少年の確かな成長。昨日の件や今日の“特別授業”を経て、少年も少しずつ大人への階段を昇り始める。
「「はい!!」」
「あの神谷がこんな檄を飛ばすなんてね・・・雪でも降って来るんじゃないかしら?」
「私の推測では、雪ではなく霰だな」
「霰というか雹じゃないですかねぇ」
「・・・・・・カミナリが神谷先輩に降る」
「「「それだ!!!」」」
「お前等・・・!!!」
「ちょ、ちょっと!!喧嘩は止めて下さいよ!!折角良い雰囲気だったのに!!」
「・・・あっ!ちょっと、私お手洗いに行って来ますね」
問題児集団達で何時もの喧嘩が始まりそうになっているのを鳥羽が抑えようとする中、葉原はお手洗いへと向かった。単に、巻き込まれるのを嫌ったとも言えるが。
「・・・で、収穫は?」
「それがさァ、江刺ちゃんは連中のアジトについては教えられてないみたいなんだよォ。そん代わり、幹部や構成員の顔や能力についてはバッチリ吐かせたぜェ」
「まぁ、仕方無い。一応“仕掛け”は行った。そこから『ブラックウィザード』のアジトを見つけ出せる可能性もある」
ある隠れ家にて、『紫狼』の現リーダー外野と彼に雇われた傭兵ウェインが今後の方針について話し合っていた。
目下の話題は『紫狼』と『ブラックウィザード』を掛け持ちしていた江刺の処遇についてである。
「そうかァ。お前が見付けるのが先か、奴等が見付けるのが先か・・・クククッッ。どっちにしても、お前が『本気』で暴れるのには違い無ェ。
でも、どうするよ?江刺ちゃんがゲロった情報だと、200名もの一般人を拉致したって話じゃん?そいつ等を“手駒達”に仕立て上げてお前にぶつけようとしてる。
当然、風紀委員や警備員も黙っちゃいねェ。絶対にそいつ等を助けようとする。ウェイン。『無闇に』無関係な人間を殺さない主義のお前は、この状況をどぅ判断する?」
「俺に刃向かって来るなら殺す。刃向かわなければ殺さない。それだけの話だ。もっとも、風紀委員については借りがあるからな。借りを返した後に、それが当て嵌められる」
「ったくお優しいことで。つっても、お前の『本気』に巻き込まれなければの話だけどな」
「その辺りは世界が判断することだ。俺には関係無い」
江刺に吐かせた情報から、『ブラックウィザード』の対策とそれに付随する“障害物”対策にも話は及ぶ。
「・・・江刺は始末しないのか?」
「あァ。あいつの能力は結構貴重だしィ。ちゃんと脅しも掛けたから、今後俺を裏切るような真似はできないと思うぜェ?」
「どうせ、俺の名前を出したんだろう?」
「駄目だったかァ?」
「別に」
「まぁ、アジトのハッキリした場所はわからなくても、お前ならもう大体の見当は付いてんだろゥ?」
「あぁ。俺が、何故“手駒達”の保管場所を優先的に潰したと思っている?もっと言えば、その保管場所を調べ上げた時に保管場所の使用履歴に目を向けていないとでも思っているのか?
『ブラックウィザード』の本拠地は、十中八九第17学区にある。だが、あそこはオートメーション化されているために、機械による数多くの監視体制が整えられている場所だ。
正確な位置がわかっていなければ、取り逃がす可能性も高くなって来る。俺の面も割れている。ならば、どうするか。偶然を利用すればいい。
ククッ。まぁ、それまでは俺もゆっくりさせて貰うさ。無駄な体力やタンパク質の消費を抑えることも、昨日の件で可能になったわけだしな。
これで、少しはナイフを台無しにされたストレスも解消できるというものだ。もっとも、借りはキッチリ返すがな。ククッ」
「・・・大した奴だぜェ、お前はよォ。まァ、第17学区に隣接する各地区に『紫狼』のメンバーを秘かに置いているからそれと併用してくれェ。
後、“仕掛け”先の1人・・・柵川中の女なんだけどよォ、調べたら何と同じ学生寮に住む鏡ちゃんの『透視能力』で監視できる範囲にある部屋に住んでいるんだよ。
鏡ちゃんに覗きの趣味は無ェけど、一応監視を頼んであるぜェ。“仕掛け”じゃわからねェ妙な初動があったら、すぐに報告するよう伝えてある。
お前は弱者の力を借りるのを好まねェが、これは依頼主である俺の判断だ。依頼主の俺だって、少しは頑張らねェとな。別に構わねェだろ?」
「あぁ。わかった」
外野は、全く抜け目の無い強者足る傭兵に何度目かの感嘆の念を抱く。これだけの力を持った男と出会えた僥倖を、彼は天に感謝する。
この男と出会わなければ今の自分は居ない。それだけは確信をもって言える。数ヶ月にも及んだウェインと『ブラックウィザード』の戦いの終幕は・・・近い。
「さて、俺は外出する。煙草が切れた」
「了解。にしても、よくそれだけ吸えるなァ。お前くらいのヘビースモーカーは俺も初めてだぜェ」
「そうか?・・・俺の故郷では煙草は重宝されていたからな。その影響かもな。専用の道具もあったが、俺個人的には吸い難かったという感想しか湧かなかった」
「へェ・・・。お前の故郷・・・ねェ」
外野はウェインの口から零れた『故郷』という言葉に反応する。殺し屋という職業柄、己の身元を特定されかねない言葉は慎むべきだと外野は捉えていた。
だが、当のウェインがそれに該当する言葉を出した。雇い主としては意外としか言いようが無い。
「・・・何だ?」
「いやね、お前が生まれた故郷ってどんなトコかなァってさ。日本じゃ無ェんだろ?」
「あぁ。だが、今はもう存在しない。無くなったからな」
「(『無くなった』・・・か)」
『無くなった』という言葉の真意を外野は測りかねる。本当に『無くなった』のか、それとも『無くした』のか・・・どちらにでも取れる言葉だった。
「なァ、ウェイン」
「何だ?」
「お前が言う『世界』ってのは一体何だ?お前のような強者が当たり前のように居て、俺のような弱者も存在が認められる、そんなバカデカい存在のことをお前は言ってんのか?」
「・・・・・・」
外野は問う。質問する。問い質す。彼を雇って依頼、幾度か耳にするようになった傭兵の『世界観』について。
強者足る彼は、契約が無ければ自分のような弱者を歯牙にも掛けないと常から言っている。外野自身も理解している厳然足る真実、その先に潜む本意をつい知りたくなった。
「言っておくが、俺は強者であっても絶対強者では無いぞ?そこまで世界は浅く無い」
「はっ?」
そんな彼が返した言葉は・・・己が絶対強者では無いという、これもまた揺ぎ無い真実。
「立場が変われば何もかもが一変する。お前でもわかりやすい例を挙げるなら・・・この学園都市には強者足る7人のレベル5が存在するだろう?」
「あ、あァ。何でも『1人で軍隊と戦える』実力を持つって言われる、とんでもねェ化物共だろ?俺のような無能力者からしたら、天と地程の差もありそうな連中だぜェ」
レベル5。学園都市に7人しか居ない最高レベルの能力者。『超能力』という冠が付く学園都市独自の能力開発において、『超能力者』という冠が付くのはこの7名しか存在しない。
「その中でも最強と呼ばれるのが学園都市第一位・・・あらゆるベクトルを操作する能力を持つ一方通行という男だ。俺も、以前『別件』で世話になったことがある」
「一方通行・・・第一位・・・!!そんな奴とお前が・・・!!?」
「とは言っても、直接の面識は無いがな。俺の蜘蛛糸を生み出す能力は、どちらかと言えば未知なる物質を生み出す『未元物質』を有する第二位の垣根帝督に通じるモノがあった。
だが、能力の根本が無から有を生み出す創造能力であったために第二位は最初から選択肢に入れることも叶わなかった。
その点、第一位の方は不満足も甚だしいが修練の結果少々は活かすことが叶った。言っておくが、第二位とも直接の面識は無いぞ?世話にもなっていないしな。ククッ」
「・・・!!」
外野は瞠目することしかできなかった。直接的な面識が無くとも、彼が学園都市の誇るトップランカー足るレベル5と接点を持っていたとは予想だにしていなかったために。
「そんな連中からしてみれば、俺は弱者と見られるだろう。事実、能力戦闘を行えば俺は第一位や第二位に敗北するだろうな」
「マ、マジか・・・!!?」
「何を驚く。俺はレベル4。奴等はレベル5。如何に俺がレベル4の中で最上位に入る実力を持つとは言っても、レベル5との間には確かな差が存在する。
第三位の『超電磁砲』や第四位の『原子崩し』が相手ならば搦め手を使えばまだ戦り合えるかもしれんが、第一位や第二位ともなればそれも通じまい。
片やあらゆるベクトルを手中に収める破壊の権化。片やこの世の物理法則を捻じ曲げる創造の化身。この両者に俺の蜘蛛糸が通じる隙間は存在しない。俺は最強では決して無い」
「・・・!!!」
ウェインの吐く言葉の数々に、外野は己の想像以上に混乱している自分が居ることを自覚する。確かにレベル5の存在は知っていた。学園都市に住む人間ならば誰もが知っている。
レベル5が意味するモノを。だが、いざ目の前の傭兵から突き付けられた真実に頭が眩む自分が居る。この男より上が存在するという当たり前の事実に衝撃を受ける自分が。
「ククッ。だが、だからこそ面白い。面白いんだ・・・この世界はな」
「・・・??」
だがしかし、“世界に選ばれし強大なる存在者”ウェイン・メディスンは喜ぶ。歓ぶ。悦ぶ。自分の思い通りにはいかない世界の理を堪能するかのように言葉を連ねて行く。
「そうでなくてはならない。世界とは、俺が絶対強者に君臨してしまう程度の浅さではいけない。むしろ、俺を弱者にしてしまう個が居ることがこの世界が正常である証なんだ」
「・・・?お前の考えは、イマイチ理解できねェ部分が多いぜェ・・・」
「ククッ、強者の気持ちを真に理解できるのは強者だけだ。弱者の気持ちを真に理解できるのは弱者だけだ。故に、例えば強者(おれ)は弱者(おまえ)の気持ちを真に理解できん。
また、俺を上回るレベル5(きょうしゃ)はレベル4(じゃくしゃ)の気持ちを真に理解できん。理解できるとすれば同じ立ち位置に居る強者同士、あるいは弱者同士となる。
これが、些か以上に難儀でな。そんな存在は中々居ない。何せ、単純な実力だけでは推し量れんモノがあるからな。
幾ら能力が強大であろうが、それを扱う者が愚かでは話にならない。・・・果たしてあの男は俺が認める存在になり得るか・・・。次に相見える時があれば決して逃さん・・・!!」
「・・・・・・ムカつかねェのか?自分が弱者と見られることがさァ。単純な疑問だけどよォ」
「ムカつくとも。腹立たしいとも。だからいいのだ。この世界にはお前という弱者が居て、俺という強者が居て、俺を弱者にしてしまう強者が居る。
この流れは無限のように連なり、広がっている。全ての存在がこの世界では認められている。平等だ。確かに平等だ。無慈悲なまでに平等だ。
上下関係や主従関係が存在しようとも、優劣や強弱が存在しようとも、この世界において各々の存在が等しく認められているんだ。
ククッ。これが平等・・・これが世界の定めた本当の真理か・・・・・・面白い。実に面白い」
「・・・それって不平等とも言えんじャね?」
「そうだな。表裏一体とはつくづく至言だ。・・・平等を唱える故郷の住人の中で異常者と蔑まれ、疎まれた俺だけが裏である不平等の存在を唱えた。
その行き着く結果として・・・故郷は『無くなった』。その時俺は悟った。俺が間違っていたのだと。あの光景さえも世界は等しく、無慈悲なまでに平等に認めていたのだと。
そして理解した。俺は異常なモノでは無い。世界の一部足る存在として立つ正常な生けるモノなのだと。
“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”を冠するウェイン・メディスンという個の存在は、当の昔から世界に認められていたのだと」
「(やっぱり・・・!!)」
独白にも似た“存在者”が語る言の葉を受けて、雇い主は理解した。この男は、己が手で故郷を滅ぼしたのだと。おそらく・・・血縁関係であった者さえもその手に掛けたのだと。
また、同時に納得した。『こうでなければ』殺し屋なんて職業に身を置くことはできないのだろうと。必要とあらば、肉親であっても手に掛ける精神性が無ければ。
「語り過ぎたな。では、俺は出掛けるぞ」
「・・・あァ。もしかしたら・・・・もしかしたら、お前もその『世界』ってヤツに滅ぼされるのかもしんねェな」
買出しに出掛けようとする傭兵の背中に雇い主は最後の問いを発する。自分が抱いた率直な想いを。
「・・・ククッ。それもまた世界の理ならば。だが、俺は黙して滅びの運命を受け入れるつもりは無い。いや、その運命すら覆してみせよう。
俺の故郷に伝わる神話に存在する、神々さえも惑わせた蜘蛛の如く。科学の世界に浸るお前のような人間には馴染みの無い話かもしれんがな」
雇い主に問われた質問へ背中越しに答える傭兵は直後隠れ家を後にする。その去り際の背中には、言葉では表し尽くせない何かが宿っていた。
「固地・・・」
「・・・」
昼休みがもうすぐ終了する頃、多目的ホールへ足を進めていた固地と加賀美は同じく向かっていた浮草と椎倉と廊下で鉢合わせした。
「(債鬼君・・・)」
「(浮草・・・)」
無言のまま視線を交わす178支部に所属する2人に、同行者2人は期待と不安の感情を抱く。
これからは、更に熾烈な任務に就かなければならない。故に、不協和音の発生を許容できる余裕は全く無い。
九野の言葉を受け、各々なりに考えたであろう2人がここでどんな反応を示すのか。加賀美と椎倉は固唾を呑んで見守る。そして・・・
「浮草」
「・・・何だ?」
“お飾りリーダー”とリーダー格が言葉を交わす。最初に言葉を発したのは・・・リーダー格固地債鬼。
「長い間・・・・・・手間を掛けた」
「(ガクッ!!債鬼君・・・そこは、素直に『迷惑を掛けてすみませんでした』でしょ?)」
「(固地らしいと言えばらしいが・・・。こりゃ、真面達も相当苦労するぞ)」
固地の上から目線的な謝罪(?)に加賀美はほとほと呆れ、椎倉は先輩の性格の矯正に努めると意気込んでいた真面達に近く訪れるであろう苦労を偲ぶ。
2人共に、まさか固地の方から謝罪(?)するとは思っていなかったので、それに対する驚き自体はあったが。
「・・・・・・なってないな。人に謝る時はもっと誠意を込めて、言葉遣いもちゃんとして謝らなければならないぞ、固地?」
「・・・・・・」
「俺は・・・これからは率先してお前の態度の矯正に当たるつもりだ。“お飾りリーダー”じゃ無い。
178支部リーダーとして、俺はお前のために指導を行う。もちろん真正面から・・・継続して」
「(浮草先輩・・・)」
「(浮草・・・お前・・・)」
固地の謝罪(?)に落第点を点けた“お飾りリーダー”浮草宙雄は、胸に秘めた決意を己の『部下』に余さず伝える。
これは“お飾りリーダー”としてでは無く、1人のリーダーとしての決意表明でもある。
『浮草・・・。アンタはそこで止まってしまうのか?俺は天魏との一件を無駄にはしない。俺は、アイツが風紀委員を辞めてしまった責任を取る。そのためにも、俺は止まらないぞ?』
『固地・・・』
そして・・・『あの時』の回答でもある。
「・・・随分待たせたな。確かに、俺はお前が落胆するに値する情けないリーダーだった。事なかれで、流されるままの“お飾りリーダー”だった。・・・悪かった。
だから・・・今度は・・・今度こそ俺は『本物』のリーダーになるための努力をする。継続する。お前が認めざるを得ないくらいのリーダーになってみせる!!
その過程で、俺は『部下』であるお前の指導にも全力で当たる!真面達の指導にも全力で望む!二度と“お飾りリーダー”なんて椅子に座るか!!俺が178支部のリーダーだ!!
ハァ・・・ハァ・・・つまり・・・その・・・お前に今言いたいことを簡潔に纏めればこうだ!!『必ずぎゃふんと言わせてやる』!!!覚悟しとけ!!!」
「(浮草先輩・・・すごいやる気だ・・・!!)」
「(浮草・・・真面の言葉をパクってどうすんだ?)」
浮草の決意表明に加賀美は感銘を受け、椎倉は後輩の決意表明をパクった先輩に多少以上に呆れる。今の言葉を当の真面に聞かれたらどうするつもりだ?
等と同行者達が思案に耽っている中、178支部リーダーの意志と決意を聴いた『部下』は唯一言のみを返事として呟いた。
「・・・・・・そうか」
そして、浮草の脇を通り過ぎていく。その表情に少しばかりの笑みを形作りながら。その返事に僅かばかりの満足を込めながら。
固地が去って行った後に残ったのはリーダー3人。彼等は、『部下』の返事と表情に宿る意味を確と自覚していた。
「債鬼君・・・」
「・・・椎倉」
「・・・何だ?」
「もっと早くにこうするべきだったって今更ながらに思うぜ。部下(あいつ)から逃げていたリーダー(じぶん)が・・・本当に情けねぇ・・・!!!」
悔恨の声色が浮草の口から漏れる。過去は変わらないことを十分理解していながらも、どうしてもその言葉を止めることはできなかった。
「・・・その気持ちを忘れずに励めば、今からでも遅れを取り返せるさ。あいつも、少しずつだが変わり始めているみてぇだし。そうなんだろ、加賀美?」
「はい。ちょっとずつですけど、債鬼君も新しい努力を始めています。浮草先輩。債鬼君のこと・・・どうかよろしくお願いします」
「・・・・・・あぁ」
落ち込むリーダーを他のリーダー達が励まし、その背中を押すように想いを託す。リーダーにも色んなタイプが居る。その人間だけの色が存在する。
その色を磨き上げるための努力を怠ってはいけない。どんなに辛くても、どんなに険しくても。だからこそ、リーダーは様々な色を持つ部下達を統率することができるのである。
「(・・・緋花ちゃん)」
手洗いでさっと顔を洗った葉原は、水滴が垂れた状態のまま歩く。どうせ、この陽射しならあっという間に乾いてしまう。
「(必ず助けに行くから!!『ブラックウィザード』から緋花ちゃんを・・・緋花ちゃんを含めた拉致された人達全員を絶対に助け出してみせるから!!)」
今の葉原に迷いは『殆ど』無い。取り返しの付かない状態になっている危惧は、頭の片隅には存在する。だが、それを考えてもしょうがないことはわかり切っていた。
今自分に課せられたことは、嘆き悲しむことでは無い。親友として、一風紀委員として、事件を解決するために最善の努力を尽くすこと。それのみであった。
ガサッ!!
「ッッ!!?だ、誰!!?」
だから、いけなかったのかもしれない。
「・・・ゆかりちゃん・・・!!」
「武、武佐君!?梯君も!?」
だから、気付かなかったのかもしれない。丁度、その時“不良”3人組が警備員の目を盗んで校舎内に進入して来たことに。
「こ、この思考は・・・どういうことでやんすか!!?」
『思考回廊』によって、先程葉原から読み取った思考を自身の思考として後ろの2人に見せる武佐。その思考に梯が憤り・・・そして・・・
「緋花が・・・『ブラックウィザード』に拉致された・・・!!?」
「荒我君・・・!!!」
彼が知る。告白を受けた少年が知る。告白をした少女が、かつて自分の居場所を潰した組織の手に堕ちたことを。
「ど、どういうことだよ!!!??なぁ!!!??」
荒我の絶叫が葉原の耳に突き刺さる。彼女の口から事情を説明された少年は・・・少女の制止を振り切って一目散に駆け出した。
continue!!
最終更新:2013年02月17日 18:30