これより語るは、見習いの話。
苦悩と失敗に満ち満ち溢れ、“優秀な魔女である母と祖母”、“エリート魔術師の巣窟たる職場”が魔女見習いを劣等感で束縛する。
故に努力することを放棄せず、立ち止まらず歩み続ける。
目立つことのない振る舞いの裏で静かに、しかし確かに湧き上がる決意。
“立ち向かう事しかできないけど、それだけは出来るから決して逃げない”という不屈の精神。
それ故誰よりも偉大な、魔女の話を語るとしよう。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇  


12年前、6歳の頃。お母さんは薬草等を用いた治癒術に精通する優しい白魔女でもあった。



双子の妹であるアンネリーゼとは一旦離れ、私は母、ヒルデグントの旅に同行していた。

「ほら、あともう少しですよ。頑張って。落ち着いて深呼吸して―――――――――――。」

お母さんはベットに附した子供を優しく宥める。彼女が持っているのはすり鉢。中身はハーブ等の薬草で、治癒魔術に使われるものだった。



その子供は病を患っていた。
子供を診たあらゆる医者が匙を投げ、ただベッドの上で終わりを待つだけだった。父と母は泣き崩れ、子供はただ虚ろな表情しかできなかった。何より一家には子供の大病を治すだけの金が無かった。そんな一家の噂を聞き、ヒルデグントとニーナはその家族の自宅を訪れたのだった。

「さぁ、この薬を飲んでください。少し苦いかもしれないけど、これを飲めばこれからいつでも好きなことが出来ますよ。」
「ほんとに……?お友達や、パパとママと一緒に遊べたりするの………?」
「もちろん。それくらいちょちょいのちょい、ですよ。」

その言葉を聞いた子供は力を振り絞って生に縋り付く。生きたい、と幼いながらに強く願う。少しずつ、ゆっくりと薬を飲み、食道を通った薬は胃袋へと落ちていく。

「頑張りましたね、さあ、後はゆっくりお休みなさい。少ししたら元気になっていますから。」

それから数時間後。子供は目を覚まし、起き上がった。起き上がることが“出来た”。
上半身を起こす。ベットから出る。スリッパを履き、歩く。どれもこれも病気の時には出来なかった動作。子供がこれからも生きていられる現実に両親は歓喜の涙を流し、病気が治った子供の顔には笑顔が戻った。

ありがとうございます、この恩は忘れません、と深く頭を下げ感謝する両親。ありがとー!!、と元気な声でお礼を言う子供。これからも元気でいるんですよ、と気さく良く答えるお母さん。


こんな事は氷山の一角だった。

ある時は今回の時の様に病気を治し、ある時は助産師をして、出産を手伝い、またある時は魔術を用いて、人々を困らせる魔術師を懲らしめるという物語さながらの事もやってのけた事もあった。

そんなお母さんの背中を見てきた私の心にいつの間にか“ある願い”が芽生えていた。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


8年前、10歳の頃。お母さんは世間を脅かす悪党には容赦なく災いを齎す恐ろしい黒魔女でもあった。



私は監禁された事があった。
薄気味暗く、ジメジメした地下室で、足枷に繋がれて逃げる事はかなわなかった。地下室の雰囲気だけではなく、床の上にあるモノ――――――――――――――――血痕や、骨の欠片等は幼い私を恐怖させるのには十分過ぎた。

「(嫌、いや、イヤ!!怖い怖い怖い怖い怖いよぉ!!誰か、誰か助けて……!!おばあちゃん……お母さん!!)」
「ふん、いい気味だね。」

ニーナが監禁されている部屋に入ってきたのは一人の悪趣味なピンク色のローブを着た、ガマガエルの如き顔の中年女性。ニーナをさらった魔女だった。

「なんで……どうして、こんな事をするんですか?」
「はっ、恨むならアタシじゃなくアンタの母親にしな。アイツは魔女の在り方を捻じ曲げるトンデモナイ女なんだよ。魔女のくせにパソコンやインターネットとかいう科学技術の汚物を使いおって!!あの女は魔女なんかでは無い!!魔女を名乗る事なぞ未来永劫許されない、断じてだ!!」

中年女性は忌々しそうな表情でヒルデグントを罵る。あまりの憤怒に持っていた杖で床を突きまくり、その表情は醜いこと極まりなかった。

「…………魔女じゃないのはあなたの方じゃないんですか?」

ふと、自然に言葉が口から出てくる。怖くはなかった。先程までの恐怖心がまるで嘘のように消え去っていた。それ以上に怒りが湧き上がっていたのだ。幼いながらに、母親を侮辱されたことに、あの時の私は憤りを感じずにはいられなかった。

「…なんだって小娘?」
「ジェラルド=ガードナーが遺した、魔女の信経(クレド)に“誰も害さない限り、あなたの望むことをなせ”とあります。まだ私には難しいから解らないけど、あなたが望んでいることは他の人を傷つけるんじゃないんですか!?本当にそんな人が魔女に――――――――――」
「おだまり!!」

グリッ!と杖でニーナの足を突く音が地下室内に反響する。

「ッ~~~~~!!」
「ハッ、親が親なら子も子ってことかい!!もう我慢ならないね、アンタは生かしておこうと思ったけど、生贄にしてやろうじゃあないかい!!」

中年女性は懐からナイフを取り出し、逆手で持ってニーナの頬に突きつける。恐怖心をあおるようにゆっくりと振り上げる。そこから一気に振り下ろし―――――――――――――――、




轟!! と私にナイフが突き刺さる前に、銀色の矢が壁を突き破り、中年女性に直撃する。くの字に折れ曲がった中年女性は「ごっ、がぁああああああ!!」と叫びながら中年女性はノーバウンドで壁に直撃した。
弓型の特殊霊装を用いた魔術、『天月の祀』であり、それを放ったのは他ならぬヒルデだ。

「私の子供に手を出すなら、吹き飛ばします。」

もう既に吹き飛ばされていた中年女性はとっくに気絶していた。

「ニーナ、怪我は……足ぐらいですね。こんなのすぐ治すから、早くここから出ますよ。」

そう言った母は足枷を破壊して、私を負ぶって中年女性の隠れ家から脱出した。


その後、その隠れ家に母は火を放った。
報復のためではない。その為なら今母の足元に、気絶したままの中年女性はいない。では何のために火を放ったのか?

弔いのためだった。
中年女性は幼い子供を誘拐していた。生贄等の足しにするために。命のある子どもは私のほかにはいなかった。あとは皆、原型を留めていなかったらしい。“らしい”とあるのは実際に私が目にした訳では無く、母が目にしたからだ。
母は幼い私にその光景を見せるのは良しとしなかったらしい。私に対してあまりにも刺激が強すぎるから、と言うのが理由で、実際母の判断は正しかった。火を放った理由を聞かされただけで私は涙を流していたのから。

「それが人として正しい反応です。」

そんな私をお母さんは咎めなかった。

「いい、ニーナ。こんな悲劇(コト)を止めたいのなら力をつけなさい。なんだっていい。魔女としての力でも、権力でも。そして、忘れちゃいけないわよ?“どうして自分が力をつけようと決めたのか”を――――――――――――。」

この時のお母さんの言葉と、燃え盛る隠れ家は未だ私の心の奥に残っている。そしてそれは“あること”のきっかけになった。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇


1年前。17歳の頃。
その時は珍しくお祖母ちゃんの家で双子の妹とお母さんで夕飯を食べていた。魔女術の推論、考察やお祖母ちゃんのお話が長いのもあったけど、こうして家族で食卓を囲むことは私にとっては貴重で、尊かった。
そんな尊いものを自分から手放そうとしているのは、正直私自身でも不思議でならなかった。

「ねえ、皆。聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな。」

どうしたの急に、と妹が相槌を打つ。
何かしら、とお母さんがこちらを見る。
お祖母ちゃんは何も言わずに、ただこちらを見てくる。



「―――――――――――――――――私、必要悪の教会(ネセサリウス)に入ろうと思う。」



真っ先に反応したのは、妹だった。

「な、――――――――何を言っているの!?必要悪の教会って、イギリス清教の!?なんでまた……!!「ニーナ。」

動揺する妹を落ち着かせる様に、お母さんが妹の言葉と口を遮る。

「ニーナ。貴女どうして必要悪の教会に入りたいと思ったのですか?」
「魔女としての修業。お母さんとお祖母ちゃんは18で魔女として成熟した。アンネリーゼは魔女としてはほぼ完成している。アタシだけ未熟なままなのはイヤ。」
「ダメです。そんな理由じゃ認めません。修行の途中で死ぬかもしれないのですよ?そもそも貴女は自分を未熟と自覚している。そんな貴女が魔術師狩りに特化した必要悪の教会に入ってごらんなさい?劣等感に拍車がかかるのは目に見えています。」
「……そうかもしれない。


そうかもしれないけど、それでも。私は立派な魔女になりたい!10歳の時、お母さんは言った。“こんなコトを止めたいのなら力をつけろ”って!!」
「ええ、確かに言いました。けどこうも言った筈です。“どうして自分が力をつけようと決めたのか”を。貴女はなんで力をつけたいですか?」
「私は……私は人の役に立ちたい!魔女が人の為にならない存在なら、そもそも私は魔女に成ろうとすら思わなかった!!」
「そう、それが理由……。」

お母さんの眼差しが私を射抜く。何を考えているか分からないけど、それでも私の気持ちは、“立派な魔女になりたい”という気持ちは折りたくない。

「わかりました。」

そっか、やっぱり駄目だよね……。

「え?」
「わかったって言いました。いいでしょう。必要悪の教会への修行を許可します。」

射抜くような目から、優しい目へと変わる。優しい、慈母の持つ眼差しだった。

「ニーナ。貴女は努力が出来る子です。貴女が魔女になろうとするなら、血の滲む様な努力が必要です。でも努力の末、貴女は立派な魔女になれるでしょう。それこそ私を超える魔女に。お婆様、貴女はどうですか?」
「どうもこうもないね。アンタの好きにすればいい。ただ、自然への感謝を忘れるんじゃないよ?そうすればきっと、自然もアンタに応えてくれるさ。」
「……アタシも、言う事なんてないわ。」

お祖母ちゃんも許してくれて、妹は素っ気無かったけど、応援してくれるみたいだった。
これでスタートラインに立つことが出来た。あとは目標に向かって走るだけだ。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇      


こうして、見習いは必要悪の教会に入る。
彼女の母の言う通り、周りの影響で劣等感に拍車がかかった時期もあった。しかし、それでも見習いは決して諦めなかった。
全ては、人の役に立ちたいと思っているから。

そんな彼女だからこそ、理解していた。
自分が役に立ちたい“モノ”とは、一体“ナニ”かを。
“ソレ”が一体、どんな“モノ”であるかを。

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最終更新:2013年07月31日 21:29