ブラックウィザード』の幹部を務める蜘蛛井糸寂は、かつて小規模の能力者狩りチームの情報担当であった。
勢力拡大中の『ブラックウィザード』の対抗勢力として、様々な手段を用いて『ブラックウィザード』と衝突を繰り返していたチーム。
その要とも言える蜘蛛井の電子戦は、多少なりと『ブラックウィザード』の手を焼かせていた。


『大丈夫。ボクの力なら、「書庫」のセキュリティを突破することくらいわけないって』


故にこそ驕ったとも言えるのか。蜘蛛井は、『ブラックウィザード』の情報収集の一環として風紀委員や警備員等一部の者達にしか閲覧することが許されない『書庫』に手を出した。
『ブラックウィザード』が、蜘蛛井が仕掛ける電子戦に対する防御策―“手駒達”―を講じたために思うような戦果を挙げられなくなったために採った逆転策。
蜘蛛井には自信があった。たとえ『書庫』のセキュリティでも自分のハッキングソフトなら突破できると確信していた。だが・・・


『くそおおおおおおおおおおおおおおおおお!ボクの計画が狂うはずないないないないないないないぃぃぃぃ』


彼の目論見はすぐに破綻した。『書庫』にハッキングを仕掛けた当日に発信元を特定され、数日も経たない間にチームの根城へ警備員が突入して来たのだ。
『電子情報に対する不正行為』における刑罰は『20年以下の懲役or5千万円以下の罰金』であり、捕まれば大きな十字架を背負うこととなる。
特定された直後から蜘蛛井達能力者狩りチーム内では蜘蛛井に対する擁護派・糾弾派に分かれ、答えの出ない不毛な議論に陥った。蜘蛛井自身が非を認めなかったのも大きかった。
そのために警備員への対処に関しても意思疎通を図ることができず、チームとしての規模を縮小することとなる“分裂”という状態に陥った。
そうこうしている内に突入して来た警備員から逃れるためにまともな作戦も立てないまま逃走を図るチームだったが、
その途上で情報漏洩を防ぎたい思惑で動いた『ブラックウィザード』と対峙・交戦し、チームは完全敗北。
“分裂”メンバーも事前に敵の手に陥っており、結果としてメンバー全員が『ブラックウィザード』に捕まった。


『コ、コイツか!!ボクの計画を無茶苦茶にしたのは・・・!!「守護神」・・・!!!』
『そうだ。以前俺達が管理する“手駒達”のハッキングも破られた。これがその時の流れだ。念のために割れてもいい場所・機材で行ったために被害らしい被害は出なかったが』


『ブラックウィザード』の軍門に下った蜘蛛井にリーダーである東雲から告げられたのは、蜘蛛井達が窮地に陥る切欠となった『書庫』へのハッキングに関わる真実。
丁度蜘蛛井がハッキングを仕掛けた時期は『書庫』への電子的攻撃が盛んに行われていた頃で、その対策として様々な策が講じられていた。
その一環が『守護神』の参戦。学園都市十指に入る実力を持つ凄腕ハッカーの存在。都市伝説としてならハッカーである蜘蛛井の耳にも届いていた。
そんな噂程度の信憑性しか存在しない者に自分は負けた。ショックだった。殺したいくらいにショックだった。
恨んだ。この手で完膚無きまでに叩き潰した後に見も心もズタズタに引き裂いてやりたいくらいに恨んだ。


『いずれ、お前に「守護神」へ復讐する機会を与えてやろう。それまでは、「ブラックウィザード」の幹部としてその実力を思う存分振るうといい』
『“手駒達”・・・ようはオモチャか。・・・いいね。「守護神」の末路としてはうってつけの結果だ。ハハハハハ!!!』


東雲の采配により、蜘蛛井は『ブラックウィザード』の情報全般を取り仕切る幹部に抜擢された。その手段として、“手駒達”の管理も任された。
薬物中毒にした後に電波を用いて人形の如く操作する“手駒達”の在り方に少なからず蜘蛛井は驚いた。
何処ぞの『闇』が用いているモノのダウングレード版という説明があったが、その情報を手に入れた経緯については今でも説明されていない。
しかし、蜘蛛井にとっては究極的にはどうでもよかった。必要なのは“手駒達”の『力』。『守護神』と再戦する時に必要な強大な『力』。
新“手駒達”に搭載したチップ型アンテナ開発も、全ては“手駒達”の『力』を底上げする一環でしか無い。
東雲に乗せられた感があるのは否めないが、それで『守護神』を討伐できるのであれば何の問題も無い。
幹部連中との付き合いも山あり谷ありではあった。特に、自身が目を付けた風路鏡子に関して『重度の薬物中毒になれば“手駒達”入りさせる』という約束を結んでいたのにも関わらず、
薬の分量を控え目にすることで中程度の薬物中毒に抑え、何時までも“手駒達”入りを阻止している網枷とは最初こそウマが合っていたものの最終的には険悪な間柄となった。
しかし、それでも蜘蛛井は我慢した。『守護神』を完膚無きまでに叩き潰すために。だからこそ、こんな所で躓いている暇なんか無い。


『・・・いいよ。そこまで言うなら、見せて貰おうじゃ無い。その初瀬って奴の「力」をさ!!
「守護神」と戦う前の前哨戦だ!!この蜘蛛井糸寂が完膚無きまでに叩き潰してあげるよ!!』


そう・・・これは前哨戦。相手は『阻害情報』を持つ風紀委員初瀬恭治。情報を直接操作する能力を持つ厄介な能力者だが、こちらにも同系統の“手駒達”が居る。
“この程度”の相手に負けるようでは『守護神』に再戦した所で勝てるわけが無い。だから、全力で勝ちに行く。これは、蜘蛛井糸寂の命運を懸けた戦いなのだ。






「橙山先生・・・」
「えぇ・・・これで初瀬達の支援に“彼等”を向かわせられるっしょ!」

中央ハブ変電施設にて風紀委員会全体の指揮を取る椎倉と橙山は、先程の『連絡』を受けて拮抗に近い現状を打破するための策を練った。
この他にも施設内南西部にて発生・継続している死闘の経緯や元176支部風紀委員風路鏡子の確保、
178支部の殻衣や真面達の猛攻にて続々と新“手駒達”の救出等の情報も断続的に入って来ている。無論、死傷者等の情報も全て。

「佐野!鳥羽!東部戦線に居る冠達に戦場を離脱するように伝えろ!一厘達の救援要請時の様子や救援に向かった警備員達から伝わる情報も考えると、
今の彼女達が被った肉体的・精神的ダメージは大きい。今後は警備員のみで東部戦線を突破する!」
「・・・わかりました」
「りょ、了解!」

椎倉の命令が159支部の後方支援を務める佐野と鳥羽に伝わる。椎倉の言葉が意味するモノ―西島と風間の死亡―を理解し、
同時に対戦相手であった一厘・鉄枷が今抱いているであろう想いに何も応えられない己に歯噛みしながら早急に行動へ移る。


『佐野先輩!!早く、早く警備員をここへ!!西島が・・・西島が!!!』
『くそったれ!!勝手にぶっ倒れてんじゃねぇよ!!!』


突然の救援要請、しかも憎き敵である『ブラックウィザード』の構成員の容態が戦闘中に急変したというモノ。
両者共薬物のようなモノを摂取した直後だったことから現時点では薬の服用によるモノではないかと予想されている2人の最期に、しかし一厘と鉄枷は酷く狼狽していた。
本当なら『ざまぁみろ』の一言でも吐き捨てることくらいあってもいいのかもしれない。今なら神様だって『ほれ見たことか』の一言くらい許してくれるかもしれない。
それでも、一厘と鉄枷が取った行動は救援要請だった。そこに2人の人間としての有り様が現れているのだろう。
話を聞く限りでは、冠が一厘達の下に到着した時には既に西島と風間は心肺停止状態であり、その直後到着した警備員によって2人は運ばれた。
未だ激しい戦闘が続く中一厘と鉄枷は茫然自失状態から立ち直れず、冠も戸隠から喰らったダメージが残っている。
よって、椎倉は統率者として必要以上の私情を挟まずに冠・一厘・鉄枷の撤退を決断・命令したのだ。

「一色!閨秀達は間に合ったっしょ!?」
「は、はい!先程不動先輩達と合流したようで、とうとう『六枚羽』と戦闘状態に入りました!!」
「よしっ!浮草!真面達にはくれぐれも油断しないように再度徹底を!北部方面には駆動鎧部隊が少ないから、そっちに任せる部分が大きいってね!」
「了解しました!」
「葉原!斑達は西部侵攻部隊に一任する!!これから、お前は電脳歌姫と共に『ハックコード』から齎された情報を使って勇路達をナビゲートするんだ!!
加賀美と神谷には、現状では連絡を取り合う暇を与えることが致命的な隙になりかねない。さっき加賀美に伝えた神谷達の言葉をもってこちらからの連絡は一時中断だ!」
「はい!」

橙山と椎倉の指示が飛び交う。刻一刻と変化する戦場において、瞬間瞬間の決断や指示が自軍の運命を大きく左右する。
故に、統率者には大きな責任が発生する。そして、その責任を背負うだけの覚悟を椎倉と橙山は持ち合わせていた。

「電脳歌姫!君の力を頼らせて貰うぞ!」
「ヒネモス!!キョウジも居るヨ!!」
「あっ・・・」
「さっきも似たようなやり取りがあったばっかじゃン!!さては・・・メチャクチャ緊張してるナ!!?深呼吸、深呼吸~だヨ!!イェイ!!」
「・・・悪ィ」

『ハックコード』から現出している3D映像こと電脳歌姫のツッコミ(Vサイン付き)に、バツが悪そうに頭をかく椎倉。
見れば、頭をかく掌には何粒もの汗が浮かんでいた。それだけ緊張している証拠。人の命を・・・敵方の命すら左右する行動の指揮を取っている人間だからこその重責。

「椎倉。緊張するなとは言わないっしょ!気が抜けてなんかいたらお話にならないしね。だから・・・皆で緊張しまくるっしょ!!」
「それはいい妙案ですね。誰かが緊張し過ぎれば、他の人が指摘する。そうすることで互いの緊張を解す。
ということで、今から緊張しまくりますので後のことは任せましたよ鳥羽君。破輩先輩への的確な指示を期待しています」
「えええぇぇっ!!?そ、その役割は俺ですよ佐野先輩!!」
「フン。固地のことで胃痛を繰り返していた俺にとって、これしきの緊張なんか屁でもねぇ!!」
「フフッ。麗しき花盛の少女達を思えば、この程度の緊張なんか屁のカッパ!!」
「浮草先輩。一色君。わざとだとは理解していますが、一応ツッコミを入れさせて貰いますね。・・・人並み程度に緊張しろよ、ウン!!?」
「「調子に乗ってごめんなさい葉原サン」」
「お前等・・・」
「・・・フフッ。いい仲間だね、ヒネモス?」
「・・・あぁ」

そんな彼の重荷を少しでも肩代わりするように、橙山・佐野・鳥羽・浮草・一色・葉原が順々に言葉を放つ。
場違いにも程がある、一厘達のことを考えればある意味では不謹慎とも受け取られかねない彼等彼女等の言葉の心意を椎倉は確かに受け取った。

「(統率者である俺が緊張し過ぎたままの状態では、誤った決断を下す可能性がある。それを防ぐために・・・か。ありがとな)」

正直な所、少し前までは余りの緊張に脚がガクガクと震えていた。少しでも気を抜けば、この震えは周囲に気取られるくらいにまで発展していただろう。
それが、皆の言葉を受けてから止まったのだ。きっと、これは皆が自分を思って紡いでくれた言葉のおかげ。椎倉は感謝する。素晴らしい仲間と共にこの戦いへ臨めたことに。

「ス~ハ~、ス~ハ~。・・・よしっ!!やるぞ!!!」
「「「はい!!!」」」

たっぷり気合いが込められた言葉を放ち、椎倉達後方支援組は一丸となって対『ブラックウィザード』攻略に没頭する。
必ず、絶対に、どんな手を使ってでもこの事件を解決してみせる。そのための“存在”こそが自分達風紀委員会<カンファレンスジャッジ>なのだから。






<ここがメインコンピュータか・・・>
<キョウジ・・・気を付けてネ>
<あぁ>

電脳歌姫の心配気な声が初瀬に届く。2人は、サブコンピュータからの回線を伝ってとうとう“手駒達”を管理するメインコンピュータへ踏み込んだ。
いざという時に即離脱できるようにプログラムは改竄済。もちろん、敵がそう易々と侵攻も離脱も許してくれるとは思っていないが。

<まずは、俺から行く。姫はセキュリティソフトの検知を>
<OK!>

初瀬はセキュリティソフト襲来に備えて『カタチ』に仕組まれているハッキングプログラムを起動する。
『阻害情報』はまだ使わない。自分の予想が当たっているのならば、このハッキングに応じて『対処』してくる筈だ。そして、その予想は寸分の狂いも無く当たっていた。



ギィン!!!



<・・・・・・>
<・・・へっ。予想通りだな>
<これが、キョウジの同類・・・カ>

驚きと納得の言葉を電脳世界に放つ初瀬と歌姫の先に出現したのは、『阻害情報』発動時に出現する初瀬のような『カタチ』。
初瀬の同類・・・すなわち情報をダイレクトに操作する能力者。偶然か必然かはわからないが、相手も初瀬と同じ『カタチ』を電脳世界に現出させている。

<姫!あいつの相手は俺がする!!その間に姫はできる限りここの情報を奪取してくれ!!>
<うン!!>
<よし!じゃ、同類同士白黒ハッキリ着けようぜ!!>

初瀬は歌姫に指示を出した後に『阻害情報』を発動する。対象は・・・自分。『カタチ』が消滅してしまえば終わりなのだから、同類相手の対抗策としてこの判断は必然とすら言える。
相手が干渉できる対象が単一とも限らない。その場合、共に居る歌姫に魔の手が及ぶ可能性は十分にある。
彼女にも『阻害情報』を掛けているが、相手の技量次第では突破される可能性も否定できない。
作戦として・・・一個人としてそんな凶行を許すわけにはいかない。その上でもう一度ハッキングプログラムを起動する。



ギィィィイインン!!!



<・・・・・・>
<やっぱ、そっちもハッキングプログラムを仕込んでいるよな>

『阻害情報』とハッキングプログラムの合わせ技を仕掛けた初瀬に対抗するかのように相手も能力とプログラムの併用で臨んで来た。
ここからは能力そのものの実力と、『カタチ』に仕込んできたプログラムの数及び性能がモノを言う。

<キョウジ・・・頑張っテ!!>

相棒が戦う様子を確と認識する歌姫は、自身に宛がわれた役目を遂行するためにハッキングシステムを起動・メインコンピュータへ干渉を開始する。
当然メインコンピュータのセキュリティプログラムが発動し歌姫を駆除しようと働くが彼女特有のブロッキングシステムも併用することで干渉を続行する。
歌姫は知っている。初瀬が作戦とは別に自分を守るために必死に戦っていることを。作戦のため『だけ』では無い。自分の『ため』に必死に戦っていることを。


『俺なんかの頭じゃ、何も思い付けないかもしれない。それでも、最初から諦めるのだけは嫌だ。最後の最後まで考えて、考えて、考え抜いてやる!!
姫が思う存分動ける環境を・・・お前が幸せになれる環境を・・・俺はお前が「ハックコード」から出て行くまで考え続ける!!』


<(キョウジ。私は・・・アナタを絶対に守ってみせル)>

だから、彼には言わない。この考えを。この想いを。プログラムでしか無い自分が『想い』と表現するのは間違っているかもしれない。
でも、表現したかった。初瀬と共に過ごしたこの数日間で学んだ結晶として、電脳歌姫は『想い』と表現する。
ここに居るのは、所詮は『ハックコード』の中に居る本体から分かたれた分身(アバター)でしかない。
初瀬はそうは思っていないだろうが、いざという時はどんな手を使ってでも初瀬を守り抜く。そう、プログラムである彼女は決めたのであった。






「状況は五分・・・か。初瀬とは別に動いているプログラムがあるな。連中の隠し玉かな?」

いずれも屈強な“手駒達”を傍に控えさせている蜘蛛井は、画面上の攻防を観察しながら思い思いの言葉を呟く。
電脳世界上でいよいよ戦闘に突入した初瀬と“手駒達”の攻防は、情報関連の一切を取り仕切る蜘蛛井にとっていたく興味をそそられる代物だった。
そこに、無能力者の嫉妬が含まれていることにすぐに気付いた蜘蛛井は舌打ちを発した後に当事者へ問いを投げ掛ける。

「チッ・・・。で、どうなの?初瀬の実力はさ」
「情報にダイレクトに干渉するという意味では、私の能力と『阻害情報』は現状では若干私が不利です。もっとも、あちらは私のように意識を分割することはできないのですが」
「ふ~ん」
「現実世界との交信が途絶えている以上、初瀬恭治がメインコンピュータの情報を持ち帰るには無線ないし有線を使った『経路』が必要となります。
さすがにレベル3程度が記憶できる情報量ではありませんし、私との攻防も考えるとハッキングしたプログラムの多くはその中身を精査できないでしょう。
手当たり次第に近い形でプログラム内の情報を精査せずに奪取するモノと思われます。なので、電脳世界に現出している『カタチ』を潰せば連中の目的も同時に潰せるかと」

その当事者足る“手駒達”は抑揚の無い淡々とした声で主の問いに返答する。この“手駒達”は初瀬とは違い、意識を分割することが可能な能力者であった。
初瀬の場合は電脳世界に現出させた単一の『カタチ』に奪取したプログラムを詰めるタイプなのに対し、この“手駒達”は電脳世界に現出させられる『カタチ』が単一では無い。
また、現実世界と電脳世界とで意識を分割することもできる。意識の分割は最大で3つまで。分割に応じて能力強度も低下する。
今回は現実世界・初瀬と戦闘している『カタチ』・自身が持つ改造済スマートフォンのそれぞれ意識を分けている。
『経路』としてのリンク手段には施設内中央付近に居る電気系“手駒達”の力を使用している。“手駒達”を操作する電波への妨害に対する対抗策と併用する形で。

「そう。それじゃ、あの隠し玉については?」
「少なくとも、初瀬恭治の能力では無さそうです。しかし、このような動きをするプログラムは既存では考え難い。かと言って、能力者特有の“気配”も感じられません」
「つまりは、ちんぷんかんぷんってことか」
「申し訳ありません。しかし、能力では無い以上蜘蛛井様のセキュリティソフトでも十分対抗可能かと思われます」

蜘蛛井の指摘に顔を曇らせる“手駒達”。ここに居る“手駒達”は、蜘蛛井が指名した選りすぐりの精鋭達である。
通常の“手駒達”のように薬物によって記憶等を破壊しているとは言え、その後のアフターケアは万全を尽くしている。
摂取させる薬物量も繊細に調節し、人体への悪影響を最小限にし、できるだけ長く“使用”できるように配慮している。
“手駒達”をオモチャとしか見做していない蜘蛛井の、この配慮が最大限なのかどうかは横に置くが。

「ようは、初瀬をメインコンピュータ内で処理すればいいってことだね?」
「はい」
「そうかそうか。だったら・・・話は早い!!」

自身の推測にお墨付きを貰った蜘蛛井は、邪な笑みを浮かべたままキーボードを叩き続ける。彼が所定の作業を終えるのにそう時間は掛からなかった。

「ボクの合図で、お前はここにある意識と『阻害情報』解析専用としてスマートフォン内に分けていた意識を統合した上でメインコンピュータへ差し向けて退路を塞ぐんだ。
地力ならお前の方が上なのはわかったからね。あの隠し玉と一緒に初瀬を葬ってやろうよ」
「恐れながら。総合的な地力では私の方が上なのは間違いありません。しかし、『阻害情報』によって改竄された『経路』をすぐに再改竄することは難しいと思われます。
やはり、相応の時間は必要となります。万が一サブコンピュータに退避され逃走に移られた場合・・・」
「お前に指摘されなくてもわかってんだよ、んなことは!!」

“手駒達”の正当な指摘に、今度は怒りの表情を浮かべながら机を叩く蜘蛛井。もう一度言おう。蜘蛛井は“手駒達”をオモチャとしか見做していない。
替えの利く操り人形という認識。そこに人間の尊厳がある筈も無い。残虐なガキの性質は、事ここに至っても全く変わっていないのだ。

「ボクは連中の『経路』を潰せとは一言も言っていない!!退路を塞げと言ったんだ!!お前の能力で初瀬なりあの隠し玉なりを足止めする間にボクが始末を着ける!!わかったか!!?」
「も、申し訳ありません」
「今度口答えしたら、すぐにお前へ発信している電波を止めて気絶させてやるからな!!お前はボクの指示通りに動いていればいい!!それ以外の行動は全て反逆と見做すよ!!?」
「わかりました」
「ハッ!!これだからオモチャは・・・。まぁ、いいや。どうせ、メインコンピュータの電源を切れないようにもしてるんだろう。
そこを切り崩してもいいんだけど・・・そんな結末じゃつまんないよね。全然つまらないよね、初瀬?」

罵倒が済んだ操り主は、憎き『守護神』の前哨戦として戦っている相手・・・初瀬に届く筈の無い疑問を贈る。
そんな彼が操るコンピュータの画面に映し出されたプログラム・・・その名称は『オメガシークレット』。
学園都市のネット上で開催された絶対暗号コンクールにて最優秀評価を受けたゲテモノプログラム。
メインコンピュータ内の情報を1つ残さず暗号化する悪魔の如きプログラムの起動を蜘蛛井は躊躇無く決断し、起動した。

「さぁて、この『オメガシークレット』にお前はどう対抗するんだ、初瀬!!?まぁ、答えはわかり切ってるんだけどね!!アハハハハハハ!!!」

蜘蛛井の嘲笑が車内に響く。切り札は切られた。バックアップはここにある。元々メインコンピュータは切り捨てていく代物だった。所詮は余興。『守護神』と戦う前の前哨戦。
蜘蛛井は実感する。これが、かつて防護側の『守護神』が抱いた感覚なのか。だったら、これは凄まじい快感である。これは止められない。
だからこそ憎い。自分との戦いでこんな感覚を抱いた『守護神』が。故に、今度こそ潰す。蜘蛛井糸寂は今、醜い笑い声を放ちながら快感と憎悪の境界線に立っていた。
この間、『オメガシークレット』が発動・継続している眼前の光景に一切の興味も抱いていなかった蜘蛛井。それが、致命的な隙になるとも知らぬまま。






<な・・・んだ、これ?>
<キョウジ!!やばいヨ!!>

電脳世界にて“手駒達”と壮絶な戦いを繰り広げていた初瀬は、突如としてメインコンピュータ内に起きた“暗号化”に瞠目する他なかった。
眼前の“手駒達”すら意識から外れた彼の意識を叩いたのは、今までハッキングを仕掛けていたことで初瀬よりもこの光景を理解することが叶った電脳歌姫である。

<姫!!これは一体・・・>
<たぶん『オメガシークレット』だよ、こレ!!>
<『オメガシークレット』!!?>

歌姫の推測に、益々驚くしかない初瀬。『オメガシークレット』はコンピュータ内のファイルを凄まじい速度でもって暗号化するトンデモプログラムである。
とにかく解けないことでその名をネット上に知らしめたことからもわかる通り、一度暗号化されたファイルは学園都市のスーパーコンピュータを用いても解読までに200年掛かると言わしめる。
大きいファイル、小さいファイル関係無くそれぞれにランダムな乱数処理が為されるために一定の解読パターンなどは存在しない。
1つずつに200年の歳月が掛かるという実用性が全く存在しない傍迷惑プログラムをここで使って来たということは・・・

<メインコンピュータごと俺達を潰そうって腹か!!>

初瀬は予想外の攻め手―単純なメインコンピュータの切り捨てや電源喪失は予期していた―に動揺する意識を抑え切れない。ここで自分達が潰されても、本体には影響は無い。
但し、“手駒達”と戦闘しながらも隙を見付けては奪取していた情報やセキュリティソフトと格闘しながら只管情報を集めていた電脳歌姫の情報を持ち帰ることができなくなる。
初瀬の場合は記憶している限りの情報なら持ち帰ることは可能だが、“手駒達”と戦闘していたこともあって取得した情報の精査が全くできていないために、
果たして自分が取得した情報が事件解決に結び付く有益な情報がどうかを判別することが不可能なのだ。

<キョウジ!『阻害情報』でどうにかならないノ!?>
<今からじゃ、何処に『オメガシークレット』のプログラムがあるかを探す時間が無ぇ!こうなったら、一時的にサブコンピュータに退避するぞ、姫!!>
<わかっタ!!>

初瀬は、一時的な退避をすぐに決断する。サブコンピュータは、全て『阻害情報』によって改竄・掌握済みであり、
他のサブコンピュータを経由して電子攻撃を受けないようにアクセスを遮断している。今回の『オメガシークレット』敢行も、
『阻害情報』によって改竄されていないメインコンピュータだからこそ可能な手段である。これが、サブコンピュータであれば話は別だ。

<・・・・・・>
<って、そう簡単に逃がしちゃくれねぇよな。姫。先に行け!奪取した情報量ならお前の方が多い!だから!!>
<で、でモ・・・>
<いいから、早く行け!!最悪、『阻害情報』を纏っている俺なら『オメガシークレット』の影響を遮断できると思うから!!さぁ!!>
<わ、わかっタ!!>

当然敵方も予測していたのだろう、同類である“手駒達”が初瀬達の退避を阻むために立ち塞がる。
電脳世界が『オメガシークレット』によって崩壊していく中、初瀬は多くの情報を有する―加えて個人的感情も多分に含めて―歌姫の避難を最優先にする。
『阻害情報』の有効性も示すことで渋る歌姫に退避を決断させることに成功した初瀬は、生き残りを懸けた戦いに臨もうとする。






しかし・・・






<ガッ!!?・・・ギギギ、ガガ・・・グガガガ・・・>
<姫!!?>
<・・・・・・>






退路である『経路』へ向かっていた歌姫の挙動が急変する。アバターを構成していたプログラムが崩れ、電脳世界における言葉もおかしくなる。
驚愕の色を隠せない初瀬は見た。相対している“手駒達”の『カタチ』とは別の『カタチ』が歌姫を見下ろす位置に出現している光景を。

<くそっ!!>

初瀬はすぐに歌姫へ掛けている『阻害情報』に力を割く。それが何を意味するのかは当然わかっていたが、それでも初瀬は行動を起こす。
目の前で苦しんでいる大事な存在を救うために。電脳歌姫をこの手で守るために。

<ガガ・・・・・・。キ、キョウジ・・・?>
<よかった・・・間に合った>

どうやら、歌姫を襲った『カタチ』は今まで戦っていた『カタチ』より上の実力だったようだ。
それでも、歌姫を構成するプログラムを熟知している初瀬の技量で歌姫が回復するのにそう時間は掛からなかった。
まるで寝起きのような歌姫の呆け振りに苦笑する初瀬。そんな彼の隙を、敵である“手駒達”が見逃す筈も無い。



ギィィンン!!!



<グッ!!!>
<キョウジ!!>

初瀬という『カタチ』に“手駒達”の情報改竄能力が差し向けられる。初瀬に掛かっている『阻害情報』の力が薄まっているために、どうしても侵攻を許してしまう。
『カタチ』の形状に大きな変化は無いものの、時間が経てば『カタチ』が潰されるだろう。
何より、このまま身動きが取れない状態が続けば『オメガシークレット』に巻き込まれる。
敵方としては、別に巻き込まれても何の支障も無い。むしろ、このまま道連れ覚悟で初瀬達を妨害し続けることこそが最重要とも言える。
ちなみに、意識全てを統合すれば初瀬を上回る“手駒達”が何故統合しないのかと言うと、ひとえに隠し玉(=電脳歌姫)を恐れているからである。
初瀬を上回れるとして、しかしその影響を完全打破することは不可能。しかも、結構な影響を受けると予測されている中彼との戦闘中にできるであろう隙を、
隠し玉が突いて来ることは普通に有り得る。更に、初瀬を打ち破ることに集中して隠し玉に退避されれば元も子もない。
変電施設を押さえている以上、隠し玉が健在であればそれを目印として短時間の内に初瀬が再びここに向かって来る可能性がある。蜘蛛井の命令もある。
薬を使ってもレベル4には至れなかったこの“手駒達”は、その希少性だけで蜘蛛井のボディーガードとなった。つまりは、地力では初瀬とそう差は無いということだ。
蜘蛛井が2つの『カタチ』の状態で初瀬達の足止めに徹するよう命じた背景には、分裂した状態なら干渉する力の数に限りがある『阻害情報』を抑えられるという観点があった。
リスクを冒す必要は無い。安全策に徹すれば、初瀬達の目論見を打破できる。そう確信しているのだ。

<は、やく・・・退避するんだ>
<できないヨ!!苦しんでるキョウジを置いて逃げるなんて絶対にできなイ!!>
<姫・・・俺がここで消えても姫さえ居ればすぐにここに向かえるんだ。だから・・・>
<それだと“ここ”に居るキョウジを救えなイ!!!>
<ッッ!!>

自分の力が及んでいる間に退避するよう歌姫に促す初瀬。彼の言葉には、確かな妥当性があった。
歌姫のサブコンピュータへの退避さえ達成できれば、再び変電施設から延びる回線を伝ってここへ向かうこともできる。
絶対に安全とは言えないが、高い確率で再び会うことができると初瀬は踏む。だが、歌姫は譲らない。初瀬という人間の『想い』を理解しているからこそ彼女は拒否を貫くのだ。

<今だって、キョウジは苦しんでいる私のために身の危険を無視して助けてくれたじゃン!キョウジはそういう人間なんだヨ!
大事なモノのために危険を冒してでも助けにいク。それが、本体から分かたれたアバター(じぶん)でモ!違ウ!!?>
<姫・・・>
<そんな優しい人を置いてなんていけなイ!!私は・・・私はアナタを守ル。絶対ニ!!>
<駄目・・・だ。お前の力じゃ、能力者の力は防げない。だから、早く・・・逃げ・・・>
<だったラ!!最後まで一緒に・・・一緒に戦おうヨ!!!>
<ッッッ!!!>


『だから・・・お前も最初から諦めてたら駄目だ。一緒に考えよう。俺だけじゃ無理でも、お前だけじゃ無理でも、2人の力を合わせたら何とかなるかもしれないだろ?違うか?』


そう・・・人間の手によって作られた電脳歌姫が自身の『想い』と貫くと決めた根幹にあるのが、他ならぬ“人間”初瀬恭治なのだから。

<キョウジは言ってくれタ!!『俺だけじゃ無理でも、お前だけじゃ無理でも、2人の力を合わせたら何とかなるかもしれないだろ?』っテ!!
キョウジは私を守りたいのと同じくらいに私はキョウジを守りたいんダ!!私は・・・私は初瀬恭治の相棒ダ!!!
相棒を見捨てるくらいなら・・・私は私をデリートすル!!!この数日間で培って来た『想い』も全部纏めてデリートしてやル!!!>
<姫・・・!!!>
<私は恭治のおかげで今の自分が居ル!!恭治と出会えたから今の私が居ル!!恭治が居なかったら・・・私はずっと1人ぼっちだっタ!!恭治は私の勇者(ヒーロー)なんダ!!
私は・・・そんな恭治と居たいんダ!!恭治と一緒に培って来たこの『想い』を、一部でもあんなヤツラに潰されたくないんダ!!!だから・・・だか・・・>
<・・・わかったよ、姫>

歌姫の怒涛の訴えに、初瀬は自分の不甲斐無さにようやく気付く。『自分は彼女にあんな顔をさせてしまう程に弱気になっていたのか』・・・と。
崩れゆく電脳世界に浮かぶ電脳歌姫の表情が初瀬の意識に焼き付く。今尚“手駒達”から干渉を受けている意識を叩き起こす。



<キョウジ・・・>



自分から放った言葉を自分から違えてどうするのだ?



<ごめん。どうやら、随分弱気になってたみたいだ。ありがとう・・・姫>



自分は己を犠牲にすることで彼女の笑顔を守ろうとでもしていたのか?



<・・・う、うぅン!!私こそ、助けてくれて・・・その・・・ありがとウ>



本物の感情が宿っているように見える歌姫の歌(こえ)が勇者(はつせ)を奮い立たせる。姫を守るのは勇者だと昔から相場が決まっている。
そして、今ここでその相場を一新してやる。姫は勇者に守られるだけの存在では無い。勇者と歌姫、互いに守り守られる関係を作れることをこの場で証明してやる。



<・・・姫。俺に・・・俺に力を貸してくれるか?>
<うン!!!>



自力で現状を打開できる術が見付かったわけでは無い。むしろ、状況は悪化の一途を辿っている。だが、勇者と歌姫に不安や後悔の色は全く無い。
隣に彼(彼女)が居る。それだけで湧いて来る『何か』がある。歌姫が言う所の『想い』とでも表現すべきか。
それは、『オメガシークレット』にて崩壊中の電脳世界の中であっても色褪せることの無い輝かしき結晶となった。
初瀬と歌姫がこの苦境をどうやって打破するか、残された少ない時間で必死に考える。考え・・・考えて・・・考え続けたその果てに・・・






ズザザザザザザザザザザザザ!!!!!






“ソレ”は来た。









切欠は、鏡子を救出した結果自由に動けるようになった湖后腹の存在である。彼は、破輩を見送った後に到着した勇路(+月ノ宮+春咲)の『治癒能力』にて応急処置を受けた。
その最中に、変電施設に陣取る椎倉達からある指令を受けた。その内容は、『施設内中央付近に居ると思われる電気系“手駒達”の無力化及びハッキングによる初瀬達の援護』。
高位の電気系能力者である湖后腹は、電子を操る能力にて機器へのハッキングを仕掛けることも容易であった。
彼の実力であれば、“手駒達”を操作する電波経由で直接メインコンピュータへハッキングを仕掛けることもできる。
たとえ、該当電波を制御している“手駒達”であっても湖后腹なら押し切れる。そう判断したがための作戦。


『湖后腹君の脚はまだ全快じゃ無い。だから、ここは僕に任せてくれたまえ!!マッスル・オン・ザ・ステージのアンコールだ!!!』
『『『『何か嫌な予感が・・・』』』』


事は一刻を争う。湖后腹や風路兄妹の全快を待っていられる余裕は無い。それも見越した上で、椎倉達は勇路を湖后腹達の下へ向かわせた。
『治癒能力』を用いた応急措置も終わり、風路兄妹は停職中とは言え風紀委員を務める春咲他形製・月ノ宮の『シンボル』組に任せることとなった。
他方、湖后腹は勇路と共に葉原のナビゲートに従って『ハックコード』の傍受機能から割り出した予測ポイントへ急行した。すごく綺麗な笑顔を浮かべる勇路におんぶされる形で。
常人では考えられない疾走に湖后腹は幾度か気分を悪くしたが、ポイントに近付くにつれ急速に思考を集中していった。


『あれか!!!』


疾走の果てに湖后腹と勇路の瞳に移ったのは、複数の電気系“手駒達”の姿。椎倉達の推測通り、電気系“手駒達”の力でもって該当電波の安定を保持していたのだ。
電波によるレーダーを使える以上“手駒達”側も湖后腹達の接近に気付いており、各々が電撃の槍や鋼鉄の塊を侍らせて何時でも迎撃できるように準備していた。


『俺の超電磁砲を舐めるなよ!!!』


だがしかし、湖后腹は電気系“手駒達”が対処できないであろう超電磁砲の衝撃波で敵の迎撃の芽を摘んだ。
10mという短い射程距離は勇路の身体能力で一気に距離を詰めることでクリアした。後は、ジャミングにより電気系“手駒達”の受信機能をシャットアウト。
更に、勇路の手によってアンテナを破壊することで完全無力化を果たした。これで、“手駒達”を操作するメインコンピュータから発せられる電波は『無防備』となった。


『準備はいいっすか!!?』
『勿論!!待っててよ、キョウジ!!今行くからネ!!!』


鎮圧前に該当電波を分析していた湖后腹は、『ハックコード』に居る電脳歌姫が派遣―送受信には通信機を使用―した追加アバターと共にメインコンピュータへのハッキングを敢行する。
ウィルス攻撃やセキュリティソフトの防壁も2人の実力なら突破可能。そう信じて送り出した湖后腹と歌姫が向かった先に・・・“2人”は居た。









<な、何じゃこりャ!!?ファイルが次々に暗号化していってやがル!!?>
<あれは・・・追加アバターか!!?>
<おい、私のアバター!!さっさと私と情報共有しやがレ!!恭治!!『阻害情報』で共有ヲ!!>
<わ、わかった!>

誰にとっても思いもよらない侵入者―初瀬側にとっては救いの手、“手駒達”側にとっては災いの手―の来訪にいち早く気付いた初瀬と歌姫。
その片割れである初瀬が追加アバター来訪の意味を考える間に、歌姫が追加アバターとのリンクを敢行する。
初瀬は『阻害情報』によって、歌姫(追加アバター)は共有機能ですぐに情報を共有し終える。その直後、歌姫(追加アバター)は“手駒達”を叩くために湖后腹へ電子情報を送付する。

<マサル!!あの『カタチ』2つへ電子干渉ヲ!!恭治達がマサルの無線を伝って『ハックコード』へ脱出する時間を作っテ!!!>
「了解!!!」

歌姫から齎された電子情報を受けて、湖后腹は“手駒達”の『カタチ』へ向けて全力をもってハッキング攻撃を仕掛ける。
一方、初瀬達に干渉能力を向けていた“手駒達”は湖后腹の攻撃から身を守るために能力を自分へ行使・・・することは無かった。
蜘蛛井の命令は初瀬と歌姫2人の足止め。念押しされた上での命令に反逆することはできない。故に、湖后腹と歌姫(追加アバター)の二重干渉をマトモに食らう羽目となった。

<姫!!俺達もいくぞ!!!>
<おゥ!任せとキ!!>

湖后腹達の攻撃を受けて『カタチ』が大きく崩れ出したために干渉が弱まった隙を逃さないように、初瀬と歌姫も湖后腹達に加勢する。
4者の集中攻撃を受けた“手駒達”は、蜘蛛井の命令が仇となって『カタチ』を統合することも無く遂に崩壊を迎える。



プツン!!!



テレビの電源を切るかのように、停電で電灯が切れるかのように、最後は実に呆気無い程の瞬時の消滅であった。

<さぁ、さっさとトンズラだァ!!!>

『オメガシークレット』が侵略する電脳世界を初瀬達は離脱していく。湖后腹の助力もあって、初瀬と歌姫は見事役目を果たした後に後方部隊へ帰還したのであった。






「う、嘘・・・だ」

その瞬間、逃走用の車両の一角にて“手駒達”を取り仕切る蜘蛛井は眼前の結果を理解することができなかった。

「嘘だ・・・嘘だ・・・・・・嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!」

もはや、錯乱していると言っていいかもしれない。それ程までに蜘蛛井の思考は混乱していた。
初瀬達の『力』に情報をダイレクトに操作する“手駒達”は敗北した。自前のソフトも悉く突破された。
しかも、外部からの干渉―湖后腹―によりデータを持った初瀬をまんまと脱出させてしまった。
これは、同時にジャミング対策等で有効な働きをしていた強力な電気系“手駒達”が排除されたことを意味する。
一ハッカーとして・・・虎の子の“手駒達”を使っての敗北は、『守護神』との再戦前の前哨戦と位置付けていた今の彼に甚大なダメージを与えていた。

「な、何であんなヤツに・・・あんなヤツに!!!クソがあああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「蜘蛛井様!!」
「落ち着いて下さい!!サブコンピュータにまで影響が!!」
「うるさい!!!うるさい!!!オモチャ如きが、このボクに意見するなああああぁぁぁっっ!!!!!」
「「「!!!」」」

机上にあった機器をブッ飛ばす。周囲にある大事な機材を踏み付ける。手持ちの機材によって警護の“手駒達”を気絶させ喧しい抗議を黙らせる。
何とかサブコンピュータへの危害は免れたものの、蜘蛛井の錯乱はボディーガード役の“手駒達”の機能停止という暴挙にまで発展した。

「ハァ・・・ハァ・・・。クソッ!!こ、こんなことになったのも全ては東雲達がもっとマシな“手駒達”の供給経路を開発しなかったからだ!!あの能無し共が!!!
こ、こうなったら“手駒達”を使って変電施設に居る本人に直接奇襲を仕掛けるか・・・それとも・・・(ブツブツ)」

責任転嫁した挙句、どう考えても無理筋な作戦を立て始める蜘蛛井。それだけ『守護神』に・・・初瀬達に敗北したトラウマやショックは凄まじいということ。
爪をガリガリ噛み、苛立たしげに髪をかく彼は自身の命運が懸かった戦いに敗北した。



ガチャ!!



「だ、誰だ・・・ってお前か、戸隠。驚かすなよ。というか、東部戦線に居たお前が何でこんな所に・・・?」
「『生かさず』。“弧皇”達の首級を」
「・・・あぁ、そうか。遂に東雲や伊利乃を殺すんだな。そりゃそうだ。こんな事態を招いたのも、全ては東雲達の責任だ。
これで、永観も晴れて『ブラックウィザード』の新リーダーか。アイツなら、東雲と違ってお前の雇い主の機嫌もちゃんと取るだろうね。
このドサクサが首を取る絶好の・・・そうだ。戸隠。お前は忍者なんだろ。東雲達を殺した後でいいからさ、ボクに恥をかかせた初瀬達の首も・・・」



そう・・・敗北したのだ。






グサッ!!!






「ガッ・・・?」
「『二度は言わず』。『達』に貴様が含まれていないとは一言も言っていない」



セラミック製クナイが喉に突き刺さり地に伏せる蜘蛛井を、冷徹な戸隠の瞳が眺める。助けの声を挙げようにも喉をやられたためにまともな声も出ない。
盛大に噴出する赤い液体を目に映し、生気を失っていく蜘蛛井の耳に最期の言葉が投げ掛けられる。



「もっとも、精神系“手駒達”によって俺の目論見が貴様や永観に割れた当時は標的に貴様達は入っていなかった。
それは・・・今もだ。故に、これは今しがた下した俺独自の判断だ。貴様の性格からして、怒りの余り警護役の“手駒達”を機能停止にしたのは明白だ。
そんな愚か者に利用価値は無い。却って邪魔だ。そして、愚か者の死に様は総じて無様なモノだ。蜘蛛井糸寂。貴様は、愚か者としての本分を全うした。唯それだけだ」



戸隠が自論を語り終える頃、蜘蛛井は息を引き取った。まずは1人。そして、本命が後に控えている。
現状“手駒達”を操作できる唯一のサブコンピュータに仕掛けを施しながら戸隠は呟く。黒マスク内で唇を歪めながら。



「『死なず』。俺はこの戦場を必ず生き抜く。何時の日か忍者が表舞台に立つその日が来るまでは・・・必ず」

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 21:34