何でこんな事になったの?
「ハァハァハァ」
どうしてあたしなの?
「ハァハァハァハァ。くそ!あの野郎、あたしにこんなもん押し付けやがって!!」
イラつく余り、あたしは着用している駆動鎧を自分で殴ってしまう。そのせいで不具合が起きるかもしれないのに。自分が犯した過ちで自分の首を絞めるかもしれないのに。
「くっ。『メンタルパワード』のサーチだと連中は周辺を囲むようにこっちを捜索してるしそう長くは留まっていられない。早く何処かにちゃんと身を潜めないと」
あの時あたしは何も持たずに逃げるつもりだった。抗争の末に壊滅したあたしの組織。勝敗が決した瞬間からあたしは逃亡の算段を練っていた。
最低限身を守れるだけの銃器を所持して雲隠れするつもりだった。連中の狙いはあたしの組織が開発研究していたデータや機材。
それさえ手に入れば散りじりになった末端の戦闘員なんかほったらかしにする事も有り得る。その可能性に懸けて動こうとしたあたしに組織の研究者は押し付けた。
組織の研究データと専用スーツ。そして精神干渉防護機能付駆動鎧『メンタルパワード』を。
「くそ!そりゃテストパイロットを一番多く務めたのは相性が良かったあたしだけど!おかげであたしは・・・!!」
今も連中から追われている。包囲網を敷かれ、網を狭めてきている。それはそうだ。狙っていたお宝を持って逃走した輩を逃すわけがない。
何処までも追いかけて、お宝を奪って、あたしを殺すだろう。所詮あたしは無能力者。誰にとっても代えの利く程度の大人でしかない。
(ハァハァ。どうしよう。この『メンタルパワード』を逃げるための取引材料に・・・ダメ。この『メンタルパワード』を与えたらすぐに殺される。
もし『メンタルパワード』で戦っても勝てる保障は無い。マインドサポート機能が故障してる『メンタルパワード』がいよいよ使い物にならなくなった時点であたしは・・・あたしは・・・)
詰んでいる。自分で理解できてしまっている。こちらの戦力はあたしだけ。それにひきかえ連中は多勢だ。勝利によって波に乗ってさえいる。あたしは・・・もう・・・。
(何であの時深入りしちゃったんだろう。あの時踏み止まってさえいれば、あたしは今でも表の住人でいられたのに)
元はある私設治安維持部隊に所属していたあたし。好戦的な性格が災いしてある事件に深入りした事で学園都市の裏側に触れて堕ちてしまったあたし。
堕とされた『闇』の中で何とか生き延びるために必死に必死に必死に頑張ってきた。その末路がこれか。
隙間風が吹き荒ぶ誰もいない廃ビルの一角で誰に知られる事もなく『闇』に消えていく。
(来た!)
遂に連中が攻めに打って出た。『メンタルパワード』のサーチで捕捉した接近中の人数は少なくとも2ケタを数える。
能力者も混じっているであろう攻勢部隊に己の末路を想像して抵抗する気力も萎えてしまったあたしはロクに身動きも取れない。
(あぁ・・・あいつに殺されるのかなあたし)
廃ビルに突入してきた幾人もの人間の中で、わざわざあたしの真正面から突っ込んで来る男が目に入った。
いくら多勢とはいえ『メンタルパワード』を装備するあたしの真正面から攻め入ってくるのは油断しすぎじゃないか。
後ろから見れば女性と見間違うかもしれない程長い青紫色の長髪が際立つ男。突入の勢いと隙間風によってはためく髪と自信に満ち溢れた笑みが、どうしてかあたしの怯えた心を揺さ振った。
(そんな顔・・・あたしは『闇』に堕ちて以来一度も浮かべられた試しが無い!!)
怯えたあたしの心はまだ浮上しない。駆動鎧の運動機能サポートがあるにも関わらず体も重いままだ。それでもあの笑みが心底気に入らない。
(そんな自信に溢れた顔・・・嫉妬しかしないわ!!)
これは嫉妬だ。こんな絶望的な状況下で浮かんだ感情が嫉妬とは我ながら呆れちゃう。でも、今はこの感情に身も心も委ねてみたい。
少なくともこのまま終わりたくない。恐怖や絶望だけに染まって人生を終わりたくない。どうせなら・・・そう思って震える指を動かし正面から向かって来る男へ銃口を向け、そして思いのままに叫ぶ。
「このまま死んでたまるかああああああああああああああああああああああああああ!!」
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何でこんな事になったの?
「何でこんな事になったのかって?見りゃわかるだろ。お前を始末しようとここに来た連中は見事に俺の手によって返り討ち。殺す前にアジトも吐かせたし、俺は今からそっちも片付けてくるつもりだぜ?」
どうしてあたしなの?
「どうして?そりゃ俺に聞かれても困る。俺は上層部のクソ野郎共の命令通りに動いてるだけだ。アジトを殲滅すりゃいよいよ一匹狼生活ともオサラバか。名残惜しいな」
「あたしの心読んでんじゃないわよ!何よあんた!読心能力者かなにかなわけ!?」
「違ぇよ。自分じゃ気付いてないかもしれないけどお前周囲に聞こえない音量に抑えながら口の中でボソボソ喋ってんだよ。自分の喋った言葉くらい自分で『聴こえる』だろ?そういう事だ」
「わかんないわよ!!」
イラつく余り、あたしは着用している駆動鎧を自分で殴ってしまう。そのせいで不具合が起きるかもしれないのに。自分が犯した過ちで自分の首を絞めるかもしれないのに。
いや。違う。今は自分の首を絞める事態には至っていない。何故なら、あたしを殺そうと突っ込んできた筈のこいつに命を救われたからだ。
「はいそうですか。それにしてもあの時送った念話がちゃんと届いたようでなによりだったぜ。タイミングがずれてたら俺もやばかったかもしれねぇ」
「『メンタルパワード』の精神防護は機能していた筈・・・それを打ち破ってくるなんてね」
あの瞬間、「俺はお前を救いに来た!狙うなら俺の両隣をやれ!」という念話があたしの耳に届いた。
マインドサポートが故障しちゃってたからさすがに混乱しちゃったあたしが呆然としている間に、廃ビルに突入した追っ手はこいつを除いて全員同士討ちを始めた。
異様な光景にあたしの目が釘付けになる中腰から拳銃を二丁取り出したこいつは同士討ちを続けている敵の脳天を寸分違わず狙い撃ち十数秒で始末を終えた。
後は詳しく語る必要はないだろう。廃ビルの周辺で包囲網を敷いていた追っ手は全員こいつの手によって始末された。
ある者はその場で蹲り発狂しながら、ある者は意識を失って地面へ平伏しながら、ある者は同士討ちを繰り返しながら。
「俺の網様一座に掛かりゃそんなもんさ」
「網様一座?何か恐いわねその『最期のループ』って響き。あの同士討ちを繰り返させていたのもループの応用ってわけ?」
「いやまあ確かにループの真似事もできるけど・・・・・・おっ。ひとまず仕事が一息ついたと思った矢先に連絡とは抜け目がないな」
あたしの質問に対する回答もそこそこにこいつは鳴り響く携帯を耳にあて誰かと会話を始めた。おそらくあたしの今後にも絡んできそうだったから静かに耳を澄まそう。
「・・・へぇ。そっちも碓氷マチって奴の確保が終わったんだな。そうだ渡瀬。一度どっかで落ち合おうぜ。俺はこれからもう一働きしなきゃならねぇんだ。・・・・・・そうだ。預けたいんだよ。・・・・・・よし。んじゃ後で」
「預けたいってあたしの事よね?」
「お前の事かって?そうだ。察しがよくて助かる。今度できる新興暗部組織にお前をメンバーとして迎えたい」
「あたしに拒否権は無いのよね?」
「拒否権どうこうっつーか、お前自身行く宛てないんだろ?それに・・・生き抜きたいんだろう?『闇』に呑まれて尚諦めず望んだ、それがお前の『起源』なんだろ?」
「?・・・・・・え、えぇ」
「なら貫けよ。誰かにその『起源』潰されるまで何時までも何処までも。この際『こいつを利用して自分は生き残る』でもいいじゃねぇか。な?」
こいつはおかしな奴だ。どう考えてもあたしより立場が上の所に立っているのにわざわざ自分を利用しろとのたまう。しかもムチャクチャ真剣な表情で。
あたしの予想通りならこいつは間違いなく精神系能力者だ。・・・成程。だからおかしいのか。研究でも精神系能力者の思考は常人とはかけ離れる事例を何度か見掛けたし。
「・・・わかったわ。それじゃお言葉に甘えて精々あんたを利用して生き抜いてみようかしら」
「よしよし。これで勧誘成功と」
「そのためにも、あんたの正体教えてもらえないかしら?利用する相手の素性を知らないんじゃ利用価値もわかんないし」
こいつに対して挑戦的な笑みを浮かべている事を自覚する。いや、自覚できる余裕がやっとできたんだ。死ぬ瀬戸際まで追い詰められていたのに。
人間は存外しぶとくずぶとく作られた生き物ってわけね。だから命を助けてくれた事に対するお礼も言わない。
これから利用する相手に最初から頭を下げるわけにはいかないから。本当は・・・本当は・・・・・・いえ。なんでもないわ。嫉妬心がうるさいだけだから。
「俺の正体?そういや自己紹介がまだだったけ。・・・『刺客人』って言ったらわかるか?」
「『刺客人』ですって!?あんたがあの噂に名高い凄腕一匹狼!?」
思わず叫んじゃった。それだけ衝撃が大きいって事だけど。どうやらあたしが利用しようと企んでいた男はあたしが想像した以上の大物だったみたい。
本名までは知らないけど『刺客人』という名前は『蜘蛛の女王』に並んでこの業界では折り紙つきの通り名。
単身で学園都市の『闇』を10年以上も渡っているって噂も聞いた事がある。そんな凄腕が新興暗部組織の勧誘活動を行っているって事はまさか・・・。
「改めて自己紹介しよっか。俺は澤村慶。今度新しくできる暗部組織のトップに据えられる人間だ。これからよろしくな薊蘭」
第二話~薊蘭~
最終更新:2015年03月24日 17:48