再び、ストレンジにて
「「はぁ…はぁ…」」
「ったくなんだってこんなに罠仕掛けりゃ気が済むんだよ…」
三人はこれまで双真が仕掛けたトラップに翻弄されていたのだった。中でも、特に難関だったトラップはワイヤーを利用したトラップだった。まず見えなくなっているワイヤーを1本踏むと、それが引き金となり無数のワイヤーが一気に三人の行く手を阻むなど、体力を無駄に消費するような仕掛けが施されていたのだった。
「とにかく、もう何も無いと言うことは、本拠地が間近ということなのだろう。」
「だな…」
「せ、先輩、あれがそうですか?」
「ん?…!?」
緋花に促され、稜が見たものは《
ブラックウィザード》の印が描かれている廃ビルだった。
「目と鼻の先だったとは…」
「行くか…」
「ええ!」
三人は心の準備が整うと、一歩づつ歩き出した。
「「「風紀委員だ!!」」」
という掛け声と共に、三人は《ブラックウィザード》の本部に勢いよく乗り込んだ。
「薬物不法取引及び」
「高中毒性薬物所持によって」
「現行犯で拘束する!!お前ら全員、務所にぶち込んでやる!!」
しかし、ブラックウィザードのメンバーは誰一人ビクともしなかった。 そして、ビルの一番奥から一人の男が現れた。 その男こそが、ブラックウィザードのリーダー、東雲 真慈(しののめ まじ)だ。
「ようこそ、風紀委員の方々、戦闘の意思があることは察するが、その前に、見せたいモノがる…これだ」
「な!?」
「うそ!?」
「!?」
そこに居たのは縄で上腕拘束状態で捕まっている、ゆかりの姿だった。。
「先輩…たす…て…さい…うぅ…」
「葉原!!…。汚ねぇぞてめぇら!!!」
「どうとでも言え、俺たちはお前たちみたいにお人よしではないからな!」
「ねぇ、真慈…私があの閃光真剣のコ、殺っちゃっていい?」
「好きにしろ。そいつがお前のおもちゃになろうが、死のうが、そこまでのやつだったってことだ」
「ええ、じゃあ、そうさせてもらうわ♪ウフフ…」
女はそう言うと一歩前に出て、稜を見て言った。
「ねぇ、アナタと私で掛けない?」
「…ものによる…」
稜は女を睨んでそう言った。
「んもう、素直じゃないわね。そうね~、じゃあ、アナタが勝ったらそこのアナタのかわいい仲間を返すわ。で、アナタが負けたら、そうねぇ~、フフ…こっち側の人間ね♪」
不敵な笑みとともに女はそう言った。しかし、稜はまゆ一つ動かさずに答えた。
「ああ…分かった…あんたに勝てばいいだけなんからな…」
稜が啖呵を切るように言うと、狐月と緋花は呆れた顔になり、《ブラックウィザード》側は、「斬れー!!」「殺せー!!」などと物騒なことを喚き、ギャラリー気分と化していた。そして、女の方は一瞬だけ面食らった顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて言う。
「フフ…この私、伊利乃 希杏(いりの きあん)の暗器を舐めないでよん♪」
「あんたも…俺を舐めないほうがいいかもよ?」
稜がそう言うと、二人はほんの数十秒間、睨み合う。そして、稜は閃光真剣を片手直剣に形成し、希杏は背中から日本刀を取り出し、お互いに構える。そして一瞬の静止。次の瞬間…
「シッ!!」
稜は短い掛け声とともに一気に希杏との間合いを詰め、勢いそのままに閃光真剣を振りかぶり、斜めの斬撃剣線を描いて希杏に斬りかかる。
「フッ」
希杏はそれをギリギリのところで躱すが、あまりの速さに受身を忘れバランスを崩してしまう。稜はそれを見逃さなかった。
稜は再び一気に希杏との開いた距離を詰め、今度は斜めからの斬撃剣線を描いて希杏に斬りかかる。しかし…
「同じ手は効かないわよ!!」
「な!?」
こんどは希杏も日本刀を構え、稜の剣が希杏の左肩に当たろうとした瞬間、希杏は稜の攻撃を日本刀でパリィ(受け流し)して見せた。そして、そのまま逆に稜にへ切りかかろうと日本刀を振り上げようとしたとき、稜が左手を背中に回し、そのまま剣を振り下ろすような気配を見せたため、希杏はやむなくその攻撃を躱すように左へ体重を掛けた。そこで、今度は希杏が隙を作る結果となった。
「あ!」
なんと、稜は《出現させてない二本目の閃光真剣を抜き撃ちする》という余りにも真に迫ったフェイント・モーションを繰り出し、その稜の動きにまんまと騙された希杏が反射的にそれを躱そうとした。その結果、希杏のバランスが崩れ、稜が一瞬の内に希杏の背後へ回り込み、閃光真剣の柄頭で希杏の背中に一撃を入れた。
「痛!!…んもう!!」
希杏は背中をさすりながら稜から距離を取るように飛び退り言った。
「ちょっと!なによ!!今のは!」
「だから舐めるなって言ったんだよ…」
その様子を見て、《ブラックウィザード》側はさっきまでとは打って変わって沈黙し、狐月は何かを確信したかのように緋花に言った。
「あ~、もう神谷君、スイッチが入ったようだ。」
「スイッチ…ですか?」
緋花が狐月に聞き返すと、狐月は解説をするように言った。
「ええ。あの目つきからして、まだ全力ではないが、本気だ。」
「へ?そうなんですか?…」
そして、緋花が視線を二人の方に戻すと、希杏が空いている左手でジャージのチャックを開け、胸元をまさぐっていた。
「アナタに接近戦は無理ってこと解ったから、遠距離から行かせてもらうわ」
「!?」
希杏が胸元から取り出したのは、ハンドガンのグロック17だ。
希杏は稜の右肩を狙って引き金を引くと、バキューン!!と発射音を発し、銃口から弾丸が一発飛び出して稜の右肩へと真っ直ぐに飛んでいった。しかし…
「…」
銃口から火花が飛び散ったのが見えたその瞬間、稜は閃光真剣を一閃させた。そして、弾丸は稜に当たらず、二箇所からカラカラン!と弾丸が床に落ちる音が聞こえた。そう、《斬った》のだ。あの高速で飛んできた小さな弾丸を一寸の狂いもなく一刀両断して見せたのだ。
「な!?え!?」
それを目の前で見せられた本人も、周りの人間も驚愕の表情が見えている。そんな中、狐月だけは、呆れた表情をしてぼそりと言う。
「はぁ~、君はどれだけ規格外な動きをすれば気が済むんだか…。」
そして、当の本人はこれ見よがしに希杏との距離を一気に詰めるようにダッシュしながら、閃光真剣を構えている。
「どうせマグレでしょう?今度は出来ないはずよ」
今まさに、自分に向かって突っ込んでくる稜の頭に銃口を向け、希杏は二発の弾丸を射出した。だがしかし、またしても稜はその二発の弾丸に当たるところか、閃光真剣のまばゆい閃光が剣線を二本描き、自分のほうへ飛んできた弾丸を真っ二つにし、そのまま勢いに乗せ、斜めからの斬撃剣線を描いて希杏に斬りかかった。
「な、なんで!?」
希杏はそれを間一髪で躱しながらそう言うが、誰にも本人以外に説明は不可能とも言える。そういう意味で、彼の身体能力は異常だと言えるのだろう。そんな彼の以上とも言える身体能力の元は、過去に稜がトラウマと言いたくなるほどの火川麻実との《特訓》の経験が、今の稜を助けているのだった。
「さぁな、環境じゃね?」
「そう…なら…」
希杏は立ち位置が変わると同時に後ろに跳び退り、右手の日本刀と左手のグロック17を投げ捨てジャージの背中の裾に両手を入れて言った。
「これで行かせてもらうよん♪」
そう言って、希杏が背中から引き抜いたのは二丁のMP5A5だ。それを見た瞬間。稜は閃光真剣の柄を強く握り、一気に希杏との間合いを詰めるようにダッシュをした。
「!?」
希杏は少し驚きながらも、真正面から突っ込んでくる稜に標準を合わせると、両手の銃の引き金を同時に引き絞った。すると、カタタタタタ!!と軽快な銃声と共に火花を散らしながら飛んでくる無数の弾丸が、稜の間近まで迫ってきていた。
「い…けッ!」
稜は自分に叫ぶとともに思い切り地面を蹴り飛ばし、右手の閃光真剣で前方を斬りつける。その瞬間、稜が描いた剣線の中でキッ、キンッ!!と音を立て、鮮やかなオレンジ色の火花を散らして複数の弾丸が落ちていった。すかさず次の弾丸も切り落とす。その動作を一瞬も休めることなく高速で繰り返しながら、希杏との間合いを詰めていく。
「う…うそでしょ!?」
綺麗なラインをした希杏の下顎がかくんと落ち、驚愕の声を漏らしながらも引き金を引く指を戻すことはしなかった。そして、二丁のMP5A5の残弾数はゼロになり空撃ちなった瞬間、稜は勢いよく飛び上がりその勢いに乗せて剣を振り抜くかのように右手を後ろにやる。
「んもう!この銃きらーい!!」
そう言いながら、希杏はその動作を見た瞬間に両手の銃を投げ捨て、素早く右手でジャージにチャックを下ろし開かれた胸の部分に左手を入れ、コルトガバメントを引っ張り出した。
「げ!?まだあんのかよ?!」
「油断したわね?この状態で避けることは不可能でしょ?」
「だろうな…避ける気ねぇけど…。シッ!!」
そう言うと、稜はいつの間にか閃光真剣を片手直剣からダガーに形成し直していて、それを逆手持ちし、短い気合とともに一気に振り抜いた。すると、閃光真剣は水平斬撃の剣線を描き、銃身をスパァン!!と綺麗に横に真っ二つにしてみせた。
「うそ?!なんで…」
稜のずば抜けた判断力と反応力。それに加え、自分はいくつもの暗器を駆使して戦いを有利に持ち込めるはずが演算という能力で作られた、たった一本の剣だけでここまで追い詰められたという事実は、少なからず彼女のモチベーションをガタ落ちさせるのには十分すぎるくらいだった。
「チッ、引け!希杏!!…。野郎ども!!そこの三人を囲め!!」
真慈に促され、希杏が煙幕を出すと、幹部以外の者は稜たち三人を取り囲んだ。
「逃がすか!!…。うわ、煙幕かよ!」
「これではエリートの私ですら追えない。」
「とにかく、この場を何とかしましょう!」
煙が蔓延する中で、三人は下っ端のメンバーを次々と気絶させていった。そして、数十分に及ぶ戦闘の末、下っ端のメンバーは全員をノックアウトさせたが、その頃には真慈を含め幹部以下構成員全員がいなくなっていたのだった。
「くそ…逃げられたか…。…そうだ、葉原は」
稜たちは慌てて周りを見渡すと、拘束されたままのゆかりが居た。稜はゆかりの近くまで駆けつけ、閃光真剣でゆかりを拘束している鎖を切断した。すると、ゆかりは解放され、脱力したのか崩れるように稜の肩に倒れかかった
「おっと…」
「ごめんなさい…神谷先輩…迷惑、掛けてしまって…」
ゆかりはそこで言葉をと切らせたかと思うと、目を閉じて寝息を立てていた。
「え?ゆかりっち!?」
「…寝てるだけだ…」
「はぁ~…よかった~」
「とりあえず。支部に戻るとしよう。」
「だな…」
三人はこのことを報告するため、176支部へと戻っていった。