行間2  中円良朝


一善が部屋から出ていった後、中円も寮に帰ることにした。

元々この木原一派には規則と呼べる程な立派な物はなく、ただ“集金”の当番になってる奴は決められた時間にそれを行い、残った者は帰るか一派の隠れ家でダベるかの二択である。

と、いっても寮に帰ってもやることがないのでほとんどの者が隠れ家でダベっているのが現状だが。

「中円さん! 俺達これからカラオケ行くんですが一緒にどうですか?」

「んーー、俺はいいかな、今日は疲れたし」

部下の誘いをあっさりと断わって中円は廃ビルの外へと出る。

(これから先どうなるかわかったもんじゃないっていうのにカラオケとか……随分気楽なもんだよ、まったく)

ある程度歩いたところで中円の携帯電話が鳴った。

「はい、もしもし」

『やっほー、中円ちゃん元気ーー?』

聞こえてきたのは妙にかん高い女の声。

「白高城か……なんのようだ?」

いかにもうんざりした様子で返事を返す中円に白高城は若干不機嫌になりながら愚痴り始める。

『むぅ、歳は中円ちゃんの方が上かもしれないけど、このグループではわたしの方が上の存在なんだから、ちゃーんと先輩にはさんづけしなさいよねー、これだから木原一派の奴は……』

中円はただでさえ疲れているというのにここで愚痴を長々と聞かされてはたまったもんではない。

「だから何の用だ? お前の愚痴を聞くだけなら切るぞ」

『あ、ちょ、ちょっと待ちなさいって!』

白高城は一呼吸置いて。

『あの二人……どうなった?』

あの二人とはヘマをして風紀委員に見つかったバカ共のことだろう。

「……あいつらなら木原さんに半殺しにされた、少なくともあばらの一つや二つは逝っちまっただろうな」

『そう……』

白高城のかん高かった声は少しトーンが落ちた様に暗かった。

あの二人が白高城に助けて貰ったのは中円も知っている、だからこそ白高城は自分の助けた者が傷ついてしまったことに落ち込んでいるのだろう。

「そんな落ち込むなよ、あいつらは俺が坂東さんとこに預けたから、これ以上は酷いことにはならねーからさ」

『ほんと? 中円ちゃんだーい好き!』

(……う……)

冗談で言ったつもりだろうがほんの一瞬トキメいてしまった自分が悔しい中円。

そんな中円の内心を知ることなく白高城は続ける。

『それでさ、中円ちゃん今暇ーー?』

「……暇じゃねえけど何か」

『今、セブンスミストにいるんだけどね。中円ちゃんにぴったしの服見つけたから今すぐこっちに来てよ』

「服ってどんなものだよ」

この後の展開は大方見えていたが一応聞いてみる。

『もっちろん! 女の子向けのフリフリ……』

その時点で中円は携帯の電源をきった。

「あの女狐が、俺は男だっつの」

吐きすてる様にそう言うと再び歩き出す中円。

(ホント、どいつもこいつも……)


第五学区のとある商店街まで来た中円は喫茶店でコーヒーを一杯頼んで机に突っ伏していた。

周りの席では大学生がわいわいと騒がしいがそんな事も中円は気にせずに目の前でユラユラと揺れる液体をただじっと見つめる。

「飲まないのかね?」

尋ねてきたのはこの喫茶店のマスターだった。

「んーー、ちょっと……な」

中円はこの喫茶店の常連という訳ではないが時々顔を見せるのでマスターとは知り合いだった。

「お前の様子から察するにまた面倒臭いことに巻き込まれてるようだな」

あんたは読心能力者か、と中円は心の中でツッコみを入れると素直に認める。

「ああ、そうだよ 下手したら退学も覚悟しなきゃなわねぇ」

「……お前の姉さん、中円真昼《なかまるまひる》がらみか?」

|中円真昼《なかまるまひる》、中円の姉であり、同じ風輪学園に通っている中円の唯一の身内。

不良の中円が言えたものではないが、真昼は学校もろくにいかない筋金入りのサボり常習犯で、最近では寮にも帰ってきていないそうだ。

つまり今どこで何をしているのか、生きているか死んでいるかもわからない状態であった。

普通の人間なら姉が行方不明ならば慌てふためいて必死に探してまわったり、警備員《アンチスキル》に捜査を依頼するところだろうが、中円はそんな事はしない。

中円にとって姉などどうでもいい存在であり、姉にとっての中円も同じものであった。

「いいや、真昼姉さんは関係ない これは俺……いや、俺達自身の問題だ」

「ふん、まあそう言うとは思ったが……本当に姉弟愛が稀薄な弟だこと」

マスターは呆れながら机に置いてある冷えてしまったコーヒーを温かいものに交換する。

「温かいうちに飲んじまいな、俺のコーヒーは温かい時が一番うまいんだ」

中円は差し出されたコーヒーをじっくり眺め、ゆっくりと口に運んで一口、また一口と着実に量を減らしていく。

「……で、どんな厄介事に巻き込まれてるんだ」

マスターは中円の顔をまじまじと眺めながら聞いてきた。

「……、」

しかし中円は答えない。

「安心しろ、誰にもチクらねえからよ」

仕方ない、とマスターのしつこさに観念してかようやく中円は口を開く。

「簡単に言えば……」

その時、中円の視界にある人物が映った。

その人物は――――――――――

(風紀委員……!! しかもあいつは……)

「おい、どうした中円弟、そんなに窓の外を凝視して。可愛い女の子でも見つけたか?」

中円はバン! と五〇〇円玉をテーブルに叩きつけて

「釣りはいらねえ、今日はもう帰る」

席から立ち上がると急いで店の外へと飛び出していった。

そんな光景を呆気に取られながら見ていたマスターはようやく我に返ると

「釣りはいらねえ……か、若い頃俺が一番言いたかった台詞だな……若いねぇ中円弟」

中円が置いていった五〇〇円玉をポッケに閉まい、カウンターへと戻っていった。


中円は喫茶店を出るとさっきの風紀委員をひたすら探していた。

もし中円が見た風紀委員がどこにでもいるただの風紀委員ならこうして追いかけてはいなかっただろう。

中円がさっきの風紀委員を追うにはある理由があった。

(あいつ……あいつは確か一五九支部の……)

一五九支部、つまりは中円の所属する不良グループがこれから全面的に衝突するであろう風輪学園の風紀委員である。

中円は一五九支部の一人を先に再起不能にしておくことでこれから先有利にたてると考えていた。

何度か角を曲がっていくと中円が見たさっきの風紀委員が一人で歩いていた。

不用心にも携帯で話しながら歩いてる為、すぐ後方にいる中円の存在には気づいていないようだ。
すぐ近くに落ちてあった金属バットを拾い上げると中円はすぐ先の風紀委員に突きたてて呟く。

「風紀委員一五九支部所属、鉄枷束縛…か、悪いが潰されてもらうぜ………」

元々中円と鉄枷はクラスは違えど同じ学年であった。

鉄枷の方は中円のことを知らないが、高等部一年の間では『ぶっちゃけぶっちゃけうるさい風紀委員』として有名であったので中円は鉄枷の事をよく知っていた。

少しずつ距離を詰めながら機会を伺っていると鉄枷は急に近くの公園のトイレへと入っていく。

最初は焦りのせいか、舌打ちをする中円。しかしよくよく考えてみるとトイレという狭い空間の中で鉄枷をしとめられたら誰かに目撃されるリスクが減ってむしろ好都合だ。

(はは、袋の鼠ってとこだな……覚悟しろよ鉄枷束縛)

そんな気持ちとは裏腹に手はガクガクと震えていた。

今まで一善のもとで“集金”を行ってきた中円だが、抵抗する人間を暴力で抑えつけるのは全て部下に任せ、実際に自分の手で人を傷つけるのはこれが初めてになるのだ。

一歩、また一歩と音を出さないようにトイレへと近づく。

入口から中の様子を伺うと鉄枷は鏡に向かってぶつぶつ呟きながら頬をさすっていた。

(やるなら今しかない……いくぞ)

中円は覚悟を決めると震える手でバットを握り締め直す。

「うおぉぉぉりゃあぁぁぁぁ!!」

トイレに入ると同時に中円は思いっきり金属バットを振るった。勿論、鉄枷の頭だけを狙って―――――

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最終更新:2011年12月19日 00:09