第5章 続・突入開始 Follow me 2
毒島一行はまだ赤いビルの中にいた。
先程参加者全員を集めた部屋で、彼らは軽食を取りながら今後の進行について話をしているところだ。
テーブルの上には毒島が前もって注文しておいたハンバーガーやチキンナゲット、フライドチキンなどが乱雑に置かれている。
「どしたん??食わへんのん??」
家政夫はあまり食事に手をつけない参加者達を一応気遣う。
ここに彼の姿が見えるという事は、もうやるべき事は済ませたのだろう。
完全防音の部屋からも微かに漏れていた悲鳴は今はない。
毒島は顔の下半分を覆うバンダナを外して食事をしている。それでも彼の表情はよく読めない。
毒島はフライドチキンの骨で死体を包んだ黒い布を指し、
「・・・あんな光景目の当たりにして食欲ないって気持ちは分かるが今は何か腹に入れておけ、肝心な時に力が入らなかったら困る」
参加者達はしぶしぶ食べ物を口に運ぶ。何故肉系ばかりなのか、という不満を抱えながら。
安田と家政夫はマスクを外すわけにはいかないので食事はとらず、毒島と参加者の様子を眺めている。
(あぁ、お腹・・・減ったなぁ、)
安田は雑念を理性で振り払う。
『そういえば、私はさっき来たから集めた理由について聞いてない、どうせ今から出撃するのは大体察したけど。』
毒島は咀嚼しながら、
「スパイからこちらの情報が漏れていたんだ。だから先日の集会から参加者の様子を観察して、スパイと分かった人物を集めて処分した。」
『なるほど。』
安田は納得する様に首を小さく縦に振り、部屋の隅っこに転がっている黒い布に目をやる。
『それにしても、一体いつあんなロボット取り付けたんだ・・・って!!まだ私の首にもついているんじゃないのか!?』
「お前には付いてない、というより付けられなかった。」
毒島の隣で腕を組んで座っていた家政夫が説明する。
「実はあの黒いソファーに仕込んでおいててん、けど座る人数が思てたんより多かったから」
あぁそう言うことね、と安田は首を小さく縦に振った。
と同時に、
(多くなかったら・・・付けられてたかもしれない、そしたら完全に正体がバレてた)
そう思うと嫌なうすら寒さに襲われた。
毒島は一通り腹が膨れたので食事を辞めて、油で汚れた口を拭いた後またバンダナで顔を隠し、
「・・・さて、これからの事について話そう、食べながらでいい、聞いててくれ。」
安田を除いた参加者2人の内、一人は毒島の方に身体を向け、もう一人は黙々と食べながら話を聞く。
「これからビルの前にあるトラックに乗って“畜生道”のメンバーがいる場所へと向かう。ちなみに場所は第7学区の外れにある今は使われていない研究所だ」
「さっきスキルアウトからのスパイに聞いた話では、奴らはほぼ全員集まっていて、東海林が来るのは予定では明日の午前3時。だから俺達は今すぐ行って奴らを殲滅し資金を回収しようと思う」
「そして東海林が来る前に撤収する」
先程から食事をしながら聞いていた参加者がその手を止める。
「つまり逃げるってのか?いくら長月四天王だって言っても、能力者5人がレベル4一人に負けるって事はないと思うぞ?」
「俺らはあくまでも無能力者狩りだ、高位能力者は必要でない限り相手にしない。自分の実力を過信しすぎてると痛い目みるぞ?」
毒島は一呼吸入れると、
「それに、この五人が一斉にかかっても恐らく7:3で分が悪いだろうな」
その参加者の男性は無意識に唾を飲み込む、自分より実力も経験もはるかに上回るであろう人間の発言を信用しない程彼は馬鹿ではなかった。
毒島は漸く事の重大さに気づいたその参加者を横目にし、時計を見る。
時刻は11時20分を指している。
「さて、と」
毒島が席をのっそりと立つと、家政夫、安田も立ち上がる。
「そろそろ出るか」
「・・・?」
無能力者狩りの一行がビルの前に止めてあるトラックに乗り込んでいる途中、
毒島がふと後ろを振り返る。
「どしたん?はよ乗らんかい?」
「いや、誰かが見てたような。」
毒島は誰もいない空間を目を凝らしてじっと見ると、気配を感じた方へ向かう、
が、そこには廃棄された資材が積んであるだけであった。
もう先程の気配は微塵も感じられない。
「おいてくで?」
「・・・」
何度も辺りを見渡し、誰もいない事を確認すると、
気のせいか、とフードの上から頭を掻く。
毒島はトラックの助手席にどっかりと座ると、トラックは彼らを乗せて目的地へと向かっていった。
そんなトラックを隠れて眺める影が一つ動く、
「ぶふぃーあぶねぇ・・・ぶっちゃけバレるとこだったぜ」
トラックの荷台の中で揺られながら、安田と他参加者二名は談話をしている。
荷台にはゆったりくつろぐ為のソファーに、清潔にはしてあるがどこか使いこまれた感のあるベッド、
その横には本棚があり、雑誌や漫画、そして女の子が顔を真っ赤にして背けるような本がビッシリ詰まっている。
明らかに普段誰かが使っている様子が見受けられるその空間は、その生活感が逆に参加者の強張った感情をほんの少しではあるが和らげていた。
「安田さんは常連なんですよね?何で無能力者狩りに参加しているんですか?」
参加者の内真面目そうな雰囲気を持つ方の男に話し掛けられ、
『・・・』
「やっぱり刺激が欲しいとか、リアルにイライラしてたりとか?」
『イライラ、はしてないな』
安田は少し言葉を詰まらせ、
『ただ、こうしてないと・・・壊れそうなだけだ』
そう言って固く口を閉ざす。
参加者の二人はその真意をよく分からず、取り敢えず戦闘狂な人なんだ、と認識した。
そんな彼らの前で、彼女はソファーに身体の全体重を預けるように寄りかかる。
安田、もとい
春咲桜は決して殺す事に快感を得ている訳でも、金欲しさに参加している訳でもなかった。
理由は“現実逃避がしたい”ただそれだけだった。
家族から邪魔者扱いされ、信頼できるものが友達しかいない彼女はある日ほんの小さな疑問を持つようになった。
“自分は本当に彼らの仲間なのだろうか?”
彼女の友達の風紀委員達は皆彼女より高位の能力者、さらにその大半が大能力者。
勿論彼らは彼女の事を仲間として見ていてくれている事は彼女自身も分かっている、しかしどうしても接する度にその事が頭をよぎってしまう。
同じ大能力者である姉妹に虐げに虐げられている中で、そのような思考に行き着くのは何も不思議な事ではなかった。
始めは小さかった疑問は彼女の中でどんどん大きくなっていき、直接聞く事も出来ないまま、彼らを心の底から信頼出来なくなってきた彼女の心は、
自らその支えとなってきた存在を疑ってしまったが為に自己嫌悪と疑心暗鬼の渦に囚われていく。
そんな中で無能力者狩りは彼女の感情の爆発をせき止め、押し戻すストッパーのような役割になったのだ。
無我夢中にスキルアウトを狩り続ける間はそんな事を考える暇もないから。
友達である彼らに黙って無能力者狩りをしている事に良心が痛む事は何度もある、むしろ常に痛んでいるような状態である。勿論今だってそうだ。
が、これはこれ、それはそれ、と切り替えを付ける事で何とか正当化していた。
(誰も手を差し伸べたりしない、なら自分で対処するしかない、これは自分が見出した処世術)
春咲桜、もとい安田はそう心に何度も言い聞かせ、目を細める。
参加者二名は彼女を気にせず身の上話で盛り上がっているようだ。
彼女は彼らの会話を耳に入れながら、目的地に着くのをただただ待つ。
ああ、もうすぐ現実から抜け出せる、何も考えずに済む、と考えながら――――
一方、トラックの運転席と助手席にはそれぞれ家政夫、毒島が座っている。
家政夫はお気に入りのパンクロックの流れる車内で鼻歌混じりに運転し、毒島は相変わらずの仏頂面でメールを眺めている。
送り主は彼の姉のようだ。
《最近調子はどう?拳はいつも無茶しがちだから疲れたら無理しないでね、拳の身体の無事を祈ってるね》
(・・・母親みたいだな、姉さん)
毒島は自分の姉に、自分が無能力者狩りをしてきた事、そしてそれは今も続いている事を言ったことはない。
姉の状態は昔あったとある事件から大分ましにはなったものの、今でも長時間面会するのは身体に障る為、基本的な接触はこのメールだけ。
メールでのコミュニケーションは、互いの感情や書いていない情報を読み取るのが難しいものだが――――どうやらバレバレのようだ。
毒島が何かを続けていることや、姉の心の障害を治していくために必要な金を貯めている事など、
他にも毒島が気付いていない事も向こうには察されているかもしれない。
毒島はそこに科学では説明のつかない“血のつながり”と言うものを確かに感じて止まないのであった。
毒島はいつものムスッとした顔でメールの返信を打ち込む、
これでも内心喜んでいるのだが、周りからは怒っているのだと受け取られがちだ。
一通り打ち終わり小さな溜め息をつきながら携帯から視線を外す、
家政夫が横目で毒島を見ている。
ホッケーマスクで顔の一部分しか見えないが、目尻が下がっているので
にやついているのが容易に読み取れる。
「何見てんだ、事故るぞ」
「いやぁ、家族の愛っていいもんですなー付き合っちゃえよテメェら」
「馬鹿か、恋愛とかそういうんじゃねぇんだよ」
何も分かってねぇなコイツ、とつぶやき、毒島は車窓の外の景色を眺める。
もうすっかり夜で、この時間帯に外をうろついている者はそれなりに危ない奴か世間知らずしかいない。
なので外には人がほとんど見えず、街の街灯が忙しなく光っているだけであった。
「家族、なぁ」
家政夫が唐突に口火を切ると、
「家族愛とか、つながりとか、よぉ分からへんなぁ。ワイの家族はクソしかおらんかったし」
毒島は視線を家政夫に向けると、
「へぇ」
と、とりあえず心無く返事をした。
こんな話題はお互いした事がない、というより私情を挟む事は弱みを握らせる事に繋がると考えていた為、決して話さないよう二人とも今まで口を噤んでいた。
利害が一致しただけの関係
そう捉えていたので、家政夫の発言は新鮮でもあり、疑わしくもあった。
何かあるに違いない――――
毒島は聞く気のないフリをしながらも家政夫の様子を注意深く観察する。
しばらく無言が続く、車内はパンクロックの音だけが流れる。
毒島はどうにかして彼から情報を引き出す一言を考える、そして
「家族は学園都市に住んでんのか?」
「なんでんな事いわなあかんねん」
しまった、と思った。完全に心的距離を測り間違えたのだ。
「てか、ワイ置き去りやし。肉親の顔なんぞとうに忘れた」
「それに」
家政夫は一呼吸間を置いて、
「育ての親は全員殺したし、家族さらって弱み握ろうとしたって無駄やで?」
「ちっ」
家政夫は毒島の顔を見てヘラヘラ笑いながら、
「毒島ちゅわぁーん、ギブアンドテイクでいきましょうや~私情の挟みあいなんてダルイダルイ♪」
と言っておどける。
いつもの家政夫のように見えるが、そこにはいつもの余裕が感じられず、
これ以上詮索するならば容赦しない、という雰囲気がマスクの裏から滲み出ている。
もっとも、毒島は焦って更に聞き出してしくじる程マヌケではなく、
“施設の人間を全て殺した”という情報が手に入った時点で満足であったのだが。
これでかなり候補を特定できる、そう考えて毒島は内心ほくそ笑む。
「・・・そうだな」
毒島は車窓の淵に肘を置き、頬杖をつくと、
「お前がどんな人間かなんて、関係ねぇし興味ねぇ」
ここは第7学区のとある場所。
そこはつい最近まで研究所だった所で、ある一人の能力者の能力を有効利用する実験の為に建てられていたものだそうだ。
が、ずいぶんと昔にその実験は凍結状態で、事実上中止となっている。
と言うのも、たった二人の能力者の襲撃により研究員及び実験が物理的に破壊されたとの噂がここ近辺で広まっているが、真偽の程は誰も知らない。
ただ一つ言えることは、今は周辺の住民はこの近くに寄り付かない事、そして実験とは全く無関係な人間達の溜まり場と化しているという事だ。
その者達が勝手に利用するまで誰も立居らなかったのか少し埃っぽい建物の中は、
だだっ広いにも拘らず何時になくジトッとした緊張感が全体に満ちていた。
その中で最も広い部屋、ちょうど一階のホールにあたる場所に、現在ここを使っているスキルアウト、“畜生道”のメンバー数人がたむろをしている。
彼らは無能力者狩りに送り込んだスパイの連絡を待っていた。
「送り込んだスパイからの連絡はこねぇのか?」
「こねぇッスねぇ、やっぱりバレて消されたんじゃないっすかぁ?」
メンバーの一人が気怠そうな調子で答える。
「恐らくそうだろうな、その上スパイから情報も得ている可能性も高い。まぁ期待なんざしてなかったけどな。」
「まぁそんなすぐには来ないだろうが、取りあえずいつ来てもいいよう気を引き締めとけ」
「あいあーぃ、にしたってスパイなんて送る必要あったんですかね?送った奴らも使えねぇ新入りばっかでしたし、明らかに人選ミスっしょ?」
横で銃の点検をしていた大柄な男が意地悪そうににやける。
「まぁこっちにも考えってもんがあるんだ」
その男が何か言おうとしたその時――――
ブツンッ!!!! という音と同時に、彼らの視界が黒一色になった。
彼らは突然の事に一瞬理解が出来なかった。
「・・・ッ!!!!?停電か!?」
外を確認するも、遠くの住宅街はいつもと変わらず明かりが灯っている。
大柄な男は顔に苛立ちを露わにする。
「一体なんだってこんな時に、ブレーカーでも落ちやがったのか!?」
「俺、ちょっと電気室見てきます!!」
男たちの内一人が手探りで研究施設の電気を管理している場所へ向かう。
しばらくして、先ほど電気室に向かった男から電話がかかる、
「もしもし」
『もっ、もしもし!大変です!!』
「どうした!?変電施設に異常があったのか!?」
『いや、それが・・・電気室が全く作動してないんです、変圧器、電力ヒューズ、他にも何回も調整しようとしたんですが、ビクともしません!!』
電話の向こう側の声からは焦りが感じられる。
『つ、つまりこの停電は外的要因から来るもので、要するに・・・』
『誰かの手によって、この施設は―――』
そう言いかけた途端に、会話が途絶え、ゴトンッという音がスピーカーから響く。
「おいっ!!どうした、何があった!!?」
電話はつながったまま、そのまま電話の向こう側の音を流し続ける。
ドカドカドカッ!!!! と何者かの足音が響く。
『な、何だテメェ・・・』
『こんばんは~♪殺しに来たでぇー』
電話の向こうからもう一つの声が聞こえると、
そのすぐ後に何かを何度も叩きつける音と、スキルアウトの男の絶叫が響き渡る。
そのやりとりを電話で聞いていた大柄な男は上手くその情報を把握できず、ただの一声も出せず、身体を微かに震えさせることしかできずにいた。
やがてそれらの音が聞こえなくなくなると、
ビチャッ!!!! と何か液体が思い切り壁に当たったような音が聞こえる。
そして電話の向こうの何者は落ちていた携帯を乱暴に拾い上げると、
『狩りの時間は始まってるでぇ♪』
といって一方的に電話を切った。
続く
最終更新:2012年03月09日 14:49