第4章 風紀委員と16人のLEVEL4  Gathre around


  1

常盤台の朝は早い。午前六時半起床。七時から朝食。八時までには学校に登校。
と、年頃の乙女にとってはそれではあまりに時間が足りない。
しかしそれは平日の場合、今日は土曜日なので学校は休み、風紀委員の仕事も非番―――――のはずなのだが。

「あら、一厘さんお早いのね?」

食堂で一人食事をする一厘にいかにもお嬢様といった感じの少女が話し掛けてきた。
茶髪のロングヘアーに翠の瞳。両手には色違いのゴム手袋を装着していて、服装はもちろん一厘と同様の常盤台中学の制服。
彼女の名は津久井浜憐憫《つくいはまれんびん》、一厘と同学年の生徒であり、同じ寮で暮らす者だ。

「うん、ちょっと用事があってね」

一厘は少女の存在をチラッと横目で確認すると、適当に言葉を返す。

「確か今日は風紀委員の仕事はお休みではなくって?」

「ああ、うん…その予定だったんだけど」

一厘はどこか言葉を濁しながら苦笑いをした。
昨日鉄枷から知らされた風輪学園のいざこざは他人には必要以上に口外しないように言われている。
津久井浜は風紀委員とはまったく無関係な友達。詳しいことは教える出来ないかった。

「あ、えーっと、ほら今日当番の人が具合が悪いからわたしが代わりに行かなきゃ行けないのよ」
「あら、それは大変ですわね。頑張って下さい」

はは……と、苦笑いしながら一厘は腕時計に目を向けると時刻は午前六時四十五分。

「やっば! もうこんな時間!?」

一厘は慌てて席を立とうとする。

が、ガシッと津久井浜に両手で肩を抑えられた。

「あらあら、一厘さん、朝食を半分以上残していくのはいかがなものかと」

一厘が先程まで食べていた常盤台Aランチは一食三〇〇〇〇円以上もするものだというのにまだ三割程度しか食べ終わっておらず、それを簡単に残して行こうとするのだから無自覚のセレブとは恐ろしいものである。

「えー…でも、早くしないとバス行っちゃうし…」

「一厘さん、食べ残しは、あなたの為に犠牲になった動植物の命と、お金を無駄にすることなのよ? お、わ、か、り!?」

ギュウっと津久井浜の一厘の肩を抑える力が更に強まる。

「は、はい! 食べます! 食べさせて下さい!」

「あら、おわかりいただけて嬉しいですわ」

そう言うと津久井浜はようやく手を放す。

(うう…遅れますって報告いれとかないとなぁ)

無駄な所で貧乏性な津久井に疑問を覚えつつ、残していたオカズを渋々一つ一つ口に運ぶ。
そんな一厘の隣に津久井浜は腰を掛けてきてこう言った。

「そういえば前から気になっていたんですが……一厘さん、あなたはどうして風紀委員に入ったんですか?」

「え? どうしてって言われても…」

そう言うと一厘は物思いに耽るように俯く。

「……実はね、私小学生のときにとっても仲の良い友達がいたんだ」

それで? と津久井浜は先を促す。

「その子とは毎日一緒で、遊んだり、勉強したり、笑ったり、泣いたり。何をするのもずっと一緒だったわ」

「麗しい友情ですわね」

「けれど、その子とは卒業後音信不通で、もう一度会って話しをしたかったから……その子が通っている風輪学園の風紀委員に入った。これだけの話しなのよね」

それを聞いた津久井浜はただ黙っていた。

「はは、おかしい話しでしょ? 昔の友達に会いたいが為に風紀委員に入るだなんて」

「いえ……良い話しだと思いますわ それでそのお友達には会えたんです?」

共感してくれる津久井浜に驚きつつも一厘は頭を横に振る。

「ううん……まだ一回も会えてないんだ、私から会いに入っても何処にもいないし…もしかしたら私、避けられてるのかな」

「そんなことはないですわ、恐らくあまりに久々の出会いで恥ずかしがってるんじゃないです?」

津久井浜の励ましもあってか、それを聞いて一厘は少し元気を取り戻す

「……そうだよね、ここでウジウジしてたってダメだよね、ありがとう津久井浜さん」

「どういたしまして」

一厘は何かふっ切れた様に勢いよく立ち上がると、出口へ向かって駆け出す 。

「あ、ちょっと一厘さんまだご飯が……」

津久井浜は引き止めようとしたが、一厘は既に食堂から出ていってしまっていて声を掛ける相手はどこにもいなかった。
まったく、と津久井浜は先程まで一厘がいた場所に視線を移すと

「―――――あら、あの子案外しっかりしてるのね」

そこには綺麗に食べ終えられたランチがあった。




寮から出てみると学舎の園はまだ朝早いせいもあって大方の店はまだ閉まっていて、辺りからは雀のさえずりが聞こえてくるだけ。
そんな中一厘は駆ける、ただ前だけを見つめて。

「待っててよ白高城ちゃん、風輪を荒らす馬鹿どもを退治したら会いにいくからね!」

空にはまぶしいくらいの朝日が昇り始めていた。


  2


土曜日ということもあってか風輪学園は平日よりも穏やかな空気が流れていた。外から聞こえてくる陸上部の暑苦しい掛け声や吹奏楽部の滑らかな演奏。
午前中の日差しがポカポカと照らし、窓から入ってくる温かみは心までも温かくなりそうなくらいである。

ここは風輪学園の一階、第一会議室。
この場所は普段、教師達が今後の教育方針や能力開発の進度の報告を行う場所だが今は風紀委員一五九支部の面々が集まっていた。
というのも風紀委員と十六人のレベル4達が一緒に打ち合わせをするのには一五九支部では少し窮屈なため破輩が特別に学園側に許可を得て借りてきたのだ。

「全く一厘の奴、まだ来てないのかよ」

ボヤく様に呟いたのは鉄枷だった。

「仕方ないですよ、一厘さんは他校生ですし、それも常盤台なんですから」

鉄枷の言葉に反応をしたのは珍しく佐野だった。

「そうかぁ??? どうせアイツのことだから『飯喰ってたら遅れました??』とか言うんだろ。ま、どっかの誰かさんみたいに風紀委員のくせにセブンスミストの店員に捕まって、警備員《アンチスキル》の世話になりそうになるよりかはマシかーー」

鉄枷は嫌味ったらしく佐野の方を横目で見ながら言う。

「それは僕のことを言ってるんですか? “女子寮に忍び込んだ挙げ句、見つかって警備員《アンチスキル》を呼ばれそうになった”鉄枷君?」

そんな風に火花を散らす両者を静める様に厳原が間に割って入ってきた。

「ほらほら、一々ケンカしてないで席に付きなさい。そろそろ会議始まるわよ」

両者はそう宥められるとちっ、と舌打ちしながら指定された席に付く。
室内には安っぽい業務用の机がロの字に設置されていて、窓側の方にレベル4の何人かが座っているのが窺えた。
そこには十人以上が座れる程度に席が揃っているので風紀委員以外のレベル4が座るには何も問題はない。

はずだった。

「おいおーい、これはどういうことだよー」

破輩は怒りを悟られないような感じで軽く呟くが、滲み出る負のオーラが拭いきれないていない。周りの者は破輩の一言一言にビクビクと反応した。
何故これほどまでにも破輩が静かな怒りを燃やしているかというと、その理由は単純明快。

席が三割程度しか埋まっていない。つまりは、この会議で呼びかけておいたレベル4が全然集まっていないことを意味していたからだ。

今この場にいるのは風紀委員を除いて、【第七位】御嶽獄離《みけたごくり》、【第九位】山武智了《やまたけちりょう》、【第十位】葛鍵真白《くずかぎましろ》、【第十一位】小日向黄昏《こびなたたそがれ》、そして

「まあまあ、第二位、気長に待ちましょうよ。もしかしたら後から来るかもしれませんよ」

ニコニコという効果音が聞こえてきてもおかしくないくらいに爽やかな笑顔を振りまく少年、【第六位】黒丹羽千責だけである。

「ふん、残りのメンツからして来ないのは明らかだがな」

破輩は吐き捨てるようにそう言う。ぶっちゃけた話、破輩は昨日集合をかけた時からこの様な結果になるのはわかっていた。
しかしわかっていても、やはりこうも集まりが悪いとムカつくのは人間の悲しい性なのかもしれない。

「あの、まだ始まらないのですか?」

少しじれったいように聞いてきたのは小日向だ。

「仕方ない。集まりは悪いが始めるとするか」

ため息混じりの声で破輩はそう言うとまずは昨日あったことについて話し始める。同時に破輩の説明をこの場にいる者達は真剣に聞き始めていた。
―――――ただ一人億劫な表情を見せる黒丹羽を除いて。


  3


破輩がレベル4達に説明をしているのを鉄枷達、残りの風紀委員は黙って見守っていた。なにしろ破輩が熱心に説明をしてる最中に私語なんてしたらどうなるかわかったものではない。

の、だが。

「へっーーくしゅんッ!!」

そんな暗黙の了解をぶち壊すかの様に湖后腹が大きなくしゃみをした。

(ばっ、湖后腹静かにしろ! 破輩先輩がブチぎれるぞ!)

鉄枷は焦りながら湖后腹に注意を促すと破輩の方へと視線を向ける。どうやら破輩は今のくしゃみには気づいてはおらず、説明を続けていた。
ホッと一息着いた鉄枷に

「は……は……はっくしゅいッッ!!!」

湖后腹は空気を読まず先程よりも更に大きなくしゃみをかました。これには流石の破輩も気づいたらしく、鉄枷と湖后腹の方をギロリと睨みつける。

(おいッ! 睨んでる、破輩先輩メッチャ睨んでるから!)

(すいません、昨日川に飛び込んだせいで風邪気味で……)

(川っ!? 何この子さらっととんでもないこと言ってんの!? つーか風邪気味ならせめてマスクぐらいしてこいや!)

こそこそと喋りまくる鉄枷は次の瞬間、右の脇腹をボールペンで軽く小突かれた。
突いたのは右隣りにいる春咲桜。彼女の表情は起伏が少ないのがデフォルトであるが、今は騒がしい鉄枷に少々苛立ちを覚えているらしく、その表情は曇っていた。

「????ッッ!!」

あまりの痛みに悶絶する鉄枷。実を言うと鉄枷が昨日負った傷はまだ完治しておらず、ちょっとの衝撃でも強烈な痛みを感じる仕様である。
その為、軽く小突かれただけでもご覧の有り様だった。

「鉄枷君……うるさい」

軽く不機嫌そうな様子を伺わせながら鉄枷を突いたボールペンをクルクルと回す春咲。

(すいません! でもマジでそこは止めて下さいッ!! ぶっちゃけ、超痛いんで!!)

涙目になりながら春咲に必死に語りかける鉄枷を見て、湖后腹は尋ねる。

「鉄枷先輩、どっか怪我でもしてるのか? そういえば顔もちょっと腫れてるみたいだし……」

秘密にしていることがあっさりと感づかれてしまった。
鉄枷は焦りながらこれ以上探りを入れられないように、とにかく否定した。

「どこも怪我なんかしてねーし! この腫れはただの虫刺されだし!! ぶっちゃけピンピンしてるしッ!!!」

空元気を振りまく鉄枷だが、そこで取り返しのつかない事をしてしまったことに気づく。

「ほう……そんなに元気ならグラウンド一〇〇周ぐらいしてきて貰おうかな??」

そう、破輩が説明してる途中で鉄枷は大声をあげてしまったのだ。

「ひゃ、一〇〇周!? ……ぶっちゃけ、桁が一つ違うんじゃないっスか?」

恐る恐る訂正を求める鉄枷に破輩はニッコリと笑いながら答えた。
もちろんそれは『ごめん、冗談でした☆』なんて生易しいものではなく、まるで地獄へと突き落すことを生業としているかのような邪悪な悪魔の笑み。

「あ、そうだな一〇〇〇周の間違えだったわ」

「Nooooooooooooooooooo!!」

この後グラウンドで鉄枷の悲鳴が響きわたることになるのだがそれはまた後の話。


  4


一厘は校門の前で立ち尽くしていた。といっても誰かを待っているわけではなく、むしろ待たしている側だ。
先程一五九支部に寄ってみたがやはり支部員は一人もいなく、連絡通り風輪学園の会議室に集まっているらしい。
それならそうとさっさと会議室に行けばいいだけの話なのだが、それを妨げる一つの不安が一厘の胸中にある。

「破輩先輩怒ってないかな…」

集合時間に遅れてしまっている一厘としては破輩の今の機嫌を考えると気が重かった。一応連絡も入れてはみたものの、電話は繋がらない。
会議中に電話などに出る者はいないのが当然といえば当然だろう。
行けば遅刻と怒られ、フケればさらにきつい仕打ちが待っている。どちらに転んでも一厘にとっては悪いほうにしか働かない。
前門の虎、後門の狼とはまさにこのことだろうか。

そんな風に校門の周りをうろちょろしている一厘は一人の男に声を掛けられた。

「んー、そこの女の子、聞きたいことがあるんだけれどちょっといい?」

その男は髪には寝癖のようなものをいくつもつけ、手には何故かアナログな目覚まし時計を持っている。
制服からしてどうやら風輪《ここ》の生徒のようだが、何故他校の自分に尋ねることがあるのだろうか。
ここ辺りではずっとそっちの方が詳しいだろうに。
そんな疑問を浮かべる一厘だったが、つぎにその男が放つ言葉でその答えはすぐにわかった。

「いやー、昨日風紀委員の“ボルテックス”……じゃない、破輩妃里嶺《はばらゆりね》から連絡があったんだけど、今一つ会議室の場所がわからなくてね。だから風紀委員の腕章をしている君に聞いたという訳なんだけど……道案内お願い出来ないかな?」

「連絡があったってことは……貴方もこの学園のレベル4なの?」

「まぁ、そういうことになるね」

一厘は風紀委員以外のレベル4にはまだ百城にしか会った事がなかった為、どんな者達なのだろうかと思っていたが案外普通そうでホッとした。
一厘のイメージでは頭にモヒカンをつけて『ヒャッハ――――!!!』とか言ってそうな者ばかりなのかと思っていたからだ。

「へぇ……確かこの学園はレベル4に順位付けがされてるんだよね、貴方は何位なの?」

一厘は目の前の少年には悪いが、大方この間の抜けた外見から高順位ではないだろうとと高をくくっていた。よくて十位以内、もしかしたら最下位なんてこともありうるかもしれない。

「一位」

「へ……?」

「だから一位だよ、恥ずかしいからそう何回も言わせないでくれ」

一厘のイメージでは第一位とは仮にも風輪学園のトップに立つ存在だ。第二位の破輩妃里嶺並かそれ以上に威厳がある者かと思っていた。

「えええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

イメージと現実の差に驚きを隠せず、思わず古典的なリアクションをとってしまう。

「それとなく失礼な女の子だね、まぁそんな事は置いといてさっさと会議室に案内してくれないか?」

「あっ……そうでしたね。じゃあ会議室にい、いきましょうか」

ぎこちない笑顔を見せながら一厘は案内を始めた。どうも自分の後ろにいるのが一位だと知った途端、かしこまってしまい何故か敬語を使って話してしまう。
たしかに全ての生徒の頂点に立つ者はこれくらい異彩を放っていたほうがいいのかもしれない。一厘は自分の今の考えは古いと考え、捨て去ることを決めた。

「あ、あの、名前は何というのでしょうか? わたしは風紀委員一五七支部所属の一厘鈴音です」
「んーー、名前なんて聞く意味あるか? まぁ一応言っとくと吹間羊介《すいまようすけ》、かな」

吹間羊介。

はて、どこかで聞いた事がある様な名前だが思い出せない。
昇降口を抜けた所で未だに吹間に関する記憶を掘り返す一厘に吹間本人は話し掛けてきた。

「でさあ、どうして破輩妃里嶺は俺達《レベル4》を集めて会を開いてんの? もしかして長月四天王にでも挑戦を仕掛ける気か?」

「そんな物騒な理由じゃないです! えっ、と確かそれはですね……」

いくらこの学園の第一位でもここの事を全て把握出来ている訳ではないらしい。一厘はとりあえず鉄枷から聞いたことをまんま説明しはじめた。

「昨日決ったことなんで、わたしも詳しくは知らされてないんですけど、どうやら風紀を乱す連中が現れたとかなんとかで、そいつらを取り締まる手伝いを貴方達に頼むらしいですよ」

それを聞いた瞬間、吹間は露骨に面倒臭そうな表情を示して

「えーー、なにそれつまんなさそう。帰ってもいい?」

クルリと回れ右して帰ろうとした。

「ダメですッ!」

一厘はガシッ、と吹間の二の腕を掴むとジッと顔を見つめて

「この学校では深刻な問題なんです! ホントは他校生のわたしよりもこの学校の貴方が本気にならないといけないんですよ……」

吹間にしてみればこんな手を振り払ってさっさと帰ってしまいたい所だが一厘の真剣な表情を見るとそれは簡単にはいきそうもなかった。

「……わかったわかった、行けばいいんでしょ行けば」

仕方なく吹間はもういちど前を向き直す。

「勝手に逃げ出さないに、わたしが貴方の右腕を掴んどきますから」

そう言うと、一厘は両腕を吹間の右腕に絡めてきた。

「えっ?」

一厘のあまりに大胆な行動に吹間は思わず疑問の声をあげる。
吹間の右腕には二つの柔らかい突起が完璧に触れている。
普通の女子ならば初対面の男にこうも積極的に擦り寄ってくるはずがない。胸をくっつけてくるなんてもってのほかだ。

「……? どうかしました?」

しかも自覚がないところからすると、いわゆる“究極の天然さん”というやつなのだろうか。

胸が触れてる事を指摘して、どうリアクションをするか見てみたかった吹間だが

「ん、なんでもないよ」

今の所はなんでもない様子を振る舞っておく事を決めた。
そこで妙に冷静でキョドッたりしないところは流石は第一位と言ったところだろうか。

そんな“無駄な所で天然なお嬢様”と“妙に冷静な第一位”は会議室へと向かっていった。


  5


「じゃあ湖后腹、手錠に関してはお前が説明しなさい」

一通りの説明を終えた破輩は湖后腹に交代した。湖后腹が説明するのは主に手錠に関してのことだ。
なぜ湖后腹なのかというと昨日一番手錠に深くかかわった人物だからである。
湖后腹は手錠が映しだされたスクリーンの前に立つと説明を開始する。

「えっーと、今このスクリーンに映しだされている手錠が昨日俺が取り返した手錠です」

強調するようにスクリーンの画面を軽く指し示した。そこに映し出された手錠は、昨日川に投げこまれたというの傷ひとつない、毒々しいまでに鋭い銀色の光を放つ手錠。

「この手錠はその不良の関係者らしき人物が所持していて、何らかの方法で解除したようでした」

そこでレベル4の所から質問の声があがる。

「何らかの方法は一体どのようなものなんですか? 貴方もレベル4の一員なのですからそんな曖昧な言葉で誤魔化さず、しっかりと説明して下さい」

その棘のある言葉は小日向のものだ。癪に障る質問に対して湖后腹はさっそく苛つきを覚えたがなんとかこらえて答えた。

「そう、ですね……手錠には目立った外傷は無く、電子的なハックを受けた形跡も見当たらなかった。それに俺がその手錠で捕らえてた人間が一瞬にして目の前から姿を消した。以上のことから恐らく空間移動系の能力者だと俺は予想している」

「なるほど、わかりました。どうぞ説明を続けて下さい」

「それでその手錠を所持していた人物を追い詰めると、そいつは自分たちの事を『アヴェンジャー』と名乗った。その名前について春咲先輩に調べて貰った結果、『アヴェンジャー』とはつい最近まで“能力者狩り”を主な目的として様々な学区で活動していたスキルアウトという事が判明した」

「『アヴェンジャー』……ドイツ語で復讐者という意味ですね」

葛鍵が呟くように言った。

「“無能力者狩り”ならぬ“能力者狩り”ですか……しかしこの学園の不良共の主な対象は無能力者、低能力者なんですよね? それではそのスキルアウトとは全く真逆じゃないですか」

小日向の疑問に湖后腹も同意する。

「ああ、それにこのスキルアウトは一ヵ月程前に何者かによって潰されていて、今は存在していない組織だ。恐らく名前の一致は偶然で、直接な関係はないと思われるぞ」

「つまり、わかったことはその組織の名が『アヴェンジャー』ということと、そこに空間移動系の能力者がいることだけですか」

「いや、更にそいつは他の無能力者狩りの組織ともコネがあると言っていた」

それを聞いて室内は一瞬静まりかえる。

「も、もしそれが本当なら、僕達と風紀委員だけで手に負える問題じゃないと思うんだけど……」

怯えながら語る山武。

「同感ですね、何人いるかわからない敵を相手取るとはある意味自殺行為です」

続けて小日向も山武の意見に同意した。

否定的な意見が二つ、そして―――――

「そんなものはハッタリでしょ、もし本当にそうなら活動の邪魔となるこの支部はとっくに潰されてますよ、ね、先輩方」

御嶽獄離はそう言うと葛鍵へと視線を向ける。

「確かに……それに私は、相手がいくらいようが怖じ気づいたりはしない、この左目に賭けても……」

眼帯を上から抑え、葛鍵は苦々しい表情を見せながら言葉をつむいでいく。

破輩はそんな様子をまとめると

「レベル4勢からは賛成二に反対二か。黒丹羽、お前はどうなんだ?」

黒丹羽の方へと視線を向ける。

「僕ですか? そうですね……」


  6


「すいません! 遅れましたッ!!」

会議室のドアを思いっ切り開くと、一厘は大きな声をあげて入ってきた。右手には吹間の手が繋がれている。
部屋にいた全員が一斉に一厘の方……正確には第一位、吹間羊介の方を見る。

(うわ……なんか結構レベル4の人達集まってるし……)

「ほう……重要な集会に一時間も遅れときながらどうどうと男を連れこんでくるとは大した度胸だな……一厘」

ビキビキと顔を怒りで引き攣らせる破輩。

一厘は身の危険を察知すると、

「こっ、これはですね!! えーとほら? なんというかその……」

繋いでた手を思いっ切り振り払って、弁明の言葉を紡錘《つむ》ごうとするが、まずどころから説明すればいいのかわからない。

そこに吹間が助け舟をだしてきた。

「まあまあ、落ち着きなって“ボルテックス”。一厘ちゃんは迷ってた俺をここまで案内してくれたんだから」

「あ……」

会場にいた者のほとんどが吹間の放った言葉に凍りついた。
一厘のフォローは良いとする。問題はその前の単語。

「おい吹間、今なんつった……?」

「だから、ボルテッ……おっと、口が滑った。……破輩先輩?」

「その名前で呼ぶんじゃねぇって言ったよな……?」

そう、ボルテックスとは破輩が昔自分でつけた自分の能力名のことで、彼女としては一刻もはやく忘れたい黒歴史の様なものなのである。
ガラリと、破輩は近くの窓を開け、室内に風を流れ込ませる。
同時にそれが破輩の前で渦を巻き一気に集約した。

「と、り、あ、え、ず。吹っ飛んで後悔しやがれッッ!!」

辺りに暴風を撒き散らしながら集約した風を目の前の吹間に向かって放つ。
勿論フルパワーでの攻撃ではない。
だが、それでもレベル4クラスの能力なだけあって、直撃すればノーバウンドで十メートル以上は吹っ飛ばされるだろう。
もはや凶器と化した空気の塊は一直線上の吹間を正確に捕らえる。
次の瞬間には吹間が吹き飛ばされる光景がこの場にいる全員の目に移る――――――――はずだった。
しかし、現実はそう上手くはいかない。
よっ、と吹間は軽く声を漏らすと右に退けぞる。それだけで空気の塊は吹間に直撃することなく通り過ぎていった。
あまりにも簡単に避けてしまったので錯覚しがちだが、超高速で放たれる破輩の一撃を回避するのは並大抵の反射神経では不可能だ。
その時点で、吹間が第一位である所以《ゆえん》を暗に示していた。
そして、あっさりと避けてられてしまった空気の塊は、そのまま扉を抜けて廊下の方へと突き進んでいく。

「やば……」

その先には窓。このまま進んで行ったら空気の塊は窓ガラスをブチ割ることになる。

と、その時

「破輩……先輩……走ってきましたよ……」

ちょうどランニングを終えてきた鉄枷が空気の塊と窓ガラスの間に割り込んできた。

「鉄枷先輩!! 前、前ーー!!」

湖后腹の必死に呼び掛ける声が辺りに響く。

「ん?」

しかし鉄枷が目の前に迫りくる凶器に気づくにはあと数秒足りなかった。
ドガァァ!! という風の音と共に鉄枷は思いっ切り吹き飛ばされる。
だが、幸いなことに吹っ飛ばされた先は窓ガラスの下の壁の部分。大事には至らなかった。

「……って、ぶっちゃけ大事に至ってるよ!! 何? 何なのこの仕打ち!? 昨日の時点で満身創痍だっつーのにこれ以上俺にどうなれと!?」

「とりあえず落ち着け鉄枷。お前は誰と会話してるんだ」

少し負い目を感じてか破輩は制止にかかる。

「あんたもな第二位。ちょっと名前を間違えたからってキレんなや」

そんな破輩に吹間は躊躇なくツッコみをいれた。

まさにその通りの発言なのだが、それを堂々と言えるのはさすが破輩よりも上の順位といったところか。

一厘は破輩と吹間の間に流れる険悪なムードに耐えきれず鉄枷の元へと駆けつける。

「鉄枷、大丈夫? ほら立って」

しかし一厘のさし伸ばした手を鉄枷はうっとうしそうに振り払い

「ぶっちゃけ、年下に手を借りるほどアマちゃんじゃねえよ、俺は」

ゆっくりと、そして痛みをこらえる様に立ち上がった。

「まったく、なに意地張ってんだか。私達は同じ風紀委員でしょ? 辛い時は助けあわなきゃ」

大方、後輩達が見てる中恥じは晒せないとか考えてるのだろうが、そんなプライドは捨て去ってしまえばいいのだ。

千鳥足で会議室に向かう鉄枷を見て一厘はそう思った。


  7


「えーと、どこまで話したっけかな」

仕切り直しということで、破輩は全員を席につけ再び会議を開始した。席には風紀委員も含めて12人の人物が席についている。

「賛成派と反対派が2:2だったので、黒丹羽先輩の意見を聞く所からですよ」

先を急かす様に小日向が破輩に簡潔に説明をした。
そうだったな、と破輩は言うと。黒丹羽に向かって尋ねた。

「で、黒丹羽。お前はどうなんだ?」

その問いに黒丹羽はまるで言葉を用意していたかの様に素早く返事をする。

「僕は協力しますよ、暴力に訴えて人を傷つけるのは許せませんからね」

破輩は何かを疑う様に眉間にしわを寄せて了承した。
これで賛成派の方が多くなった訳だが、まだレベル4の中で聞いてない人物がいる。

「おい吹間、お前はどうなんだ」

破輩の視線の先には、口の中で飴玉を転がしながら机に項垂れる吹間がいる。隣りの席の小日向が鋭い視線を送っているが当の本人は気づいてないようである。

「“どう”って言われても、俺はまだ詳しい説明を貰ってないんだけどーー」

「それは後で説明してやる。だから今は風紀委員に協力する気があるかどうかを聞かせな」

うーん、と腕組みをして考える吹間。考えること5秒。その答えは――――――――

「どっちでもない」

「はぁ?」

「だから、やっぱそういうの俺には向いてないんだよね。ま、高見の見物が一番ということで」

それだけ言って席から立ち上がると、出口に向かって歩き出す。

「―――――ッ、フザケないで下さい!」

その言葉は一厘のものだった。

一厘も席を立つと吹間の行く手を阻む様に出口の前で両手を広げ、立ち塞がる。

「また君か……一厘ちゃん」

「どうして貴方はこんなにみんなが必死になっているというのに、自分だけ楽をしようと考えられるんですか! 同じ風輪学園の……」

一厘の声はそこでぱたりと止んだ。

「ごめんね、俺、説教を聞く為にここに来た訳じゃないからさ」

一厘は糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる。吹間はそれをそっと支えると、優しく床に寝かせた。

「テメエ、一厘さんに何をした!!」

湖后腹の怒号が響く。
会場の者も同様に吹間の方を睨みつけた。

「そう心配しなさんな、可愛い寝顔でスヤスヤと寝てるだけだよ。あと五分もしたら起きるんじゃない?」

そう言い捨て部屋の外から出ていった吹間。速歩なのか、その姿はどんどんと遠ざかっていく。

「あの野郎!」

追いかけようとする湖后腹に破輩の制止の言葉がかかった。

「やめておけ、追いかけた所で一厘と同じ結果になるのは目に見えてる」

「でも……!」

「今は仲間同士でイガみあってる暇なんてない。アイツはもとからああいう性格なんだよ」

納得いかない様に立ち尽くす湖后腹を尻目に、破輩は寝てる一厘のもとに静かに歩み寄った。
一厘の頬を優しく叩くが一向に目を覚ます気配がない。これが吹間の能力であるのだから、当然といえば当然なのだが。
仕方がなく一厘をお姫様だっこをして、元の席にへと座らせると

「これで、会議は終了だ。一応賛成派の方が多いが、だが反対派の者は無理に協力する必要はない」

破輩の言葉に反対派である小日向と山武がゴクリと息を飲む。

「今回君たちを集めた一番の目的は現状の風輪学園を知ってもらうことだ。それに対する考え方は千差万別、吹間の様にメンドクサいと“思える”んだったら降りてくれて結構、誰も咎めやしない」

二人はしばらく沈黙して考えた。破輩の言葉は表向きではそう言っても実際には協力して欲しいに違いない。

「――――――――ますよ」

「何か言ったか?」

「“やりますよ”って言ったんです。ここで降りてあの一位と同列に扱われたらたまったもんじゃありませんし」

「ぼ、僕も手伝うよ。その、戦闘とかは出来ないけど……傷を直すことなら、なんとかなるかもしれないから」

破輩は少しだけ表情を緩め笑った。言葉には出さないが二人に……いや、協力してくれる者全員に感謝してるのだろう。
その後はとんとん拍子で会議は無事終了した。


レベル4の者達も解散し、鉄枷達も支部に戻るべく廊下を歩いていた。
場には、眠ってる一厘をオンブする鉄枷と何か不機嫌そうな湖后腹、それに春咲と佐野がいる。
厳原と破輩は二人だけで何かまだ話してるらしい。

「いやーーそれにしても、ぶっちゃけよかったなーー、全員とは言えねえけどほとんどのレベル4に協力して貰えることになって」

どうも気まずい空気が流れる中、鉄枷はだけが喋る。

もちろん、それに答える者は誰一人としていなかった。

(だっーー!! またこれかよ!! 何なんだよこの空気!?)

この状態のまま支部に向かうとなるとかなり精神的に来るものがある。せめておしゃべりさんの一厘が起きてくれたら話しは別なのだが。

(そういやあの野郎、一厘は五分ぐらいで起きるとか言ってたが全然起きないじゃないか……)

ツン、と右の脇腹をつつかれた。後ろを振り返ってみると春咲が何か言いたげな様子でこちらを見ている。

「あれ、何で痛がらないの……?」

「あぁ、それなら山武に治療して貰ってですね……って、何リアクションに期待してんスか!」

今日絶賛負傷中の鉄枷を不憫に思ったのか、山武は解散したあとに自身の能力、瞬間治療《リバースエンド》を使い鉄枷の傷を回復させてくれた。
おかげですっかり痛みは消え、いつもの調子を取り戻せたのだ。

「だって……鉄枷君が同年代の女の子をおんぶして、いやらしいことを考えないはずがないから、少し痛い目に遭っとけばなって」

相変わらず無表情のまま淡々と語る春咲に鉄枷は必死に弁明の言葉を繰り出す。

「いやいやいや!! 確かに男の脳の半分は性欲で占められてるとか言われてますけどね、ぶっちゃけ俺は年下には興味ないし、慎ましい胸より豊かな方が――――」

「……鉄枷君」

「はい、なんでしょうか!」

「一厘さん起きてるよ……?」

鉄枷の両肩に爪が食い込む。顔を引き攣らせながらゆっくりと振り向いてみると

「だれが、慎ましい胸だって……?」

寝起きとは思えないほどはっきりとした殺意を浮かべ、静かに微笑む一厘の姿があった。
なんともタイミングの悪い。
ただおんぶしてるだけでも常盤台のお嬢様としてはアウトだというのに、今さっきの爆弾発言も聞かれてしまった。
これは割とマジで遺産分配をやっといた方がよかったのかもしれない。

「あ、はははは? いや、あの、その、これはだな……個人の好みの問題であって、決して貧乳に需要がなないという訳じゃ……」

「貴方は……ッ」

一厘は鉄枷の首に自分の腕を絡めると

「一体、何を言ってんのよ、ボケナスッ!!!」

ギュウウッッ!!! と、まるでほつれた靴紐を強く結び直すかの様に鉄枷の首を絞めつける。
実際のところは怒りだけではなく、天然ながらも持っている『異性におんぶをされたという羞恥心』の方が大きいのだが、そんな乙女心にはおっぱい聖人である鉄枷は一生気づくことはないだろう。


  8


一五九支部に戻った面々は早速パトロールのスケジュールの作成を開始していた。
本来ならばこんなことはしなくてもいいのだが、今回はレベル4も協力するということなので話しは別だ。
そう、いくら学園内のレベル4だからといって風紀委員《こっち》の仕事にはずぶの素人。
つまり見回りをする時は最低でも風紀委員一人がレベル4に付き添う形が良いといった破輩の判断で、このように念密なスケジュールの作成を強いられているという訳だ。

「春咲さんは火曜の五時から高等部の北校舎を山武君と一緒に見回りをお願い、それから湖后腹君は……」

厳原がスケジュールの決った順からそれぞれに紙を配っていく。その紙に書かれているのはこの先一週間分の予定だ。

「うわ、こりゃギッシリですね」

「これに限っては仕方がないでしょうね。いくらレベル4が協力してくれるたって、人員不足には変わりません。だから一人一人の予定は必然的に増えてしまいますし」

湖后腹にそんな言葉を掛ける佐野だが、佐野自身もかなり疲労の色が見えていた。目の下に大きなクマを蓄え、顔色も良くなく今にもぶっ倒れそうな勢いだ。

「昨日遅くまで調べものでもしたんですか?」

そんな様子を察してか、湖后腹は佐野の体調を伺うように尋ねてくる。普段は感情的になると周りが見えなくなる湖后腹だが、こういう時に限っては細かい所まで目が行く。

「そんなところですかね」

何を調べてたかは言わなかった。特に言う必要性感じられないと言ったら嘘になるが、今言うのは早過ぎる、もっと決定的な証拠を得た時点で説明しても遅くはないと考えた結果だ。
佐野が調べていたのはこの学園に存在する空間移動系の能力者。
その能力の稀少さから学園都市にもたった58人しかいないため、風輪学園の生徒に存在するのは僅か3名。
逆に言えば3人もいる時点でなかなか凄いとも考えられるが問題はそこではない。
もしかしたらこの3人のうちの誰かが“湖后腹のかけた手錠を外したアヴェンジャーの一員”なのかもしれないのだから。

そう。

昨日手錠の解除方法が空間移動系の能力によるものとわかった時点で、佐野の仮定はほぼ完璧な形で確証と変わった。
その3人とは先程も会議に出席していた風紀委員の春咲桜と【第七位】御嶽獄離、それにただの一般生徒と思われる白高城天理。
3人は同系統の能力だが、その概要は大きく違う。
御嶽獄離の能力、瞬間移動は空間移動《テレポート》の相違互換といった能力で、移動させるには対象を指定するのに触れる必要がある。
それに比べて白高城の能力、座標回帰《リセットポイント》は対象を触れることなく、なおかつ500メートルも遠くから転移させることが出来る。
春咲もこの能力に酷似しているが、レベルが2なので限界値が圧倒的に低い。具体的に言えば、“500メートル先の物体”を最大で“800キログラムまで”転移できる白高城に比べ、春咲は自分の“周囲にある物体”を最大で“30キログラムまで”しか転移できない。
つまり、だ。
この3人の能力を比べて鑑みるに、男たちを湖后腹のもとから転移させ、手錠を外すことが出来るのは白高城しかいないことになる。

この学校外の人物という可能性もないとは言い切れないが、さすがに学校の関係者でない者をのこのこ入れるほど風輪《ここ》の警備はザルではないし、学校外からの転移にしたって学校の敷地内にいた男たちを学校の外まで転移させるのは地理的状況から考えても無理だ。男たちがいた場所は360度校舎に囲まれていて外からは視認することができないのだから。

要するに佐野は犯人が白高城であることが一番可能性が高いと考えているのだ。
といってもこのことはまだ飽くまで仮定にしか過ぎないので、破輩と厳原にしか告げてなかったが、破輩は何か思う所があったのか、佐野に今後一週間白高城の監視を命じた。
正直女をつけ回すのは風紀委員としてはあまり気乗りがしないが、そうでもしなければ決定的な証拠は得ることが出来ないのも事実。

そして――――――――

「てめえ、一厘! さっきはよくも首しめてくれたな!! 今日で何度目お花畑が見えたと思ってんだ!! なんかお花畑に行く度に向こう岸にナイスバディな女性が一人ずつ追加されてって、次に行った時は三途だろうが六途だろうが川を渡っちまう自信があるぞ!!」

「行きたきゃ勝手に行きなさいよ! この変態! スケベ! エッチ! あの世で理想のハーレムでも作っとくのねッ!」

その白高城がかつての一厘の親友であるということもまた変えようがない事実だった。


  9


第七学区のとある喫茶店。
今日が休日ということもあってか平日よりも1.5倍は客足が多い。
しかもほとんどの客が学生で特にカップルが目立つ。
中にはそんなカップルに敵意と嫉妬の交わった様な視線を送る野郎共の集団もいないという訳でもないが。
そんな中、4人組の集団が店の中に入ってきた。
その者達は全員が全員私服なのでどこの者かはわからないが、背丈などから考えるとに恐らく高校生といったところだろう。

「4名でお願いします」

黒髪のあちこちに金色のメッシュをかけた少年が口を開いた。店員は了承をし、4人を席に案内する。
周囲の視線は自然とその4人組に集中した。いや、正確に言えば後に続く2人の男にだが。
少年の隣りにいたポニーテールの少女は、周りを気にするかの様に後ろの2人に声をかけた。

「ちょっと、もうちょいその頭どうにかなんなかったの? アンタ達のせいでめっちゃ見られてんですけど」

「だとよ木原。確かにその頭だと目立つぜぇ?」

「坂東、テメエいっぺん死んでみるか? テメエのアフロこそ目立つんだョ」

メッシュの少年とポニーテールの少女、黒丹羽千責と白高城天理。その後ろにいるのはいかにも不良といった出で立ちの木原一善と坂東将生。
この2人が注目を集めているのは何も外見だけではない、どことなく人を惹きつけるかの様な異質なオーラがあるのだ。
4人は席につくと、しばらくは黙っていた。
しかしそれは話し出し辛いからといったわけではなく。

「おまたせしました。苺おでんパフェ3つとアイスコーヒーが1つになります」

そう、各々が注文した商品を待っていたのだ。

「キタキタキタ、これョこれ。これがなきゃ始まんねえ」

「おーー、マジうめぇ! さすが白高城のおすすめなだけはあるな!」

「でしょう? ねぇ、黒丹羽も食べてみなよ」

絶賛する二人を尻目に黒丹羽はあっさりと首を振る。白高城はそれでも食べさせようと、フォークで刺した苺を黒丹羽に押しつけてきた。

「俺は甘ったるいものが嫌いだっつってんだろ。いい加減にしろ」

「むう??どうしてそんなに強情なの? 食べてくれないと白高城泣いちゃうぞ?」

瞬間。

黒丹羽の目が変わった。
具体的に言えば、それは冗談ではなく明確な意志を持った本物の殺意。黒丹羽は近くにあったフォークをまるで溶かすかの様に変形させ、白高城の喉元にへと突きたてる。

「俺の前で涙を見せるな。殺すぞ……?」

「じ、冗談だっての、冗談。だからそんなに怒らないで」

白高城は顔を青くしながらも喉元に向けられた黒丹羽の手をそっとどかした。普通の女子なら『泣いたら殺す』なんて脅されたら逆に泣いてしまうのだが、白高城もそこまで柔なメンタルではない。

(おい、白高城。黒丹羽の前では『泣く』って言葉は禁句だぞ?)

(そんなことわかってるもん。ただ口がすべっただけ……)

黒丹羽に食べさせようとした苺を仕方なく自分の口に放り込む。生温かいことがこのパフェの最大の売りだというのに、全身を伝う冷や汗のせいか、そんな温もりは少しも感じられない。

「言っておくが、俺達は馴れ合う為の集まりじゃない。各々が自分の目的を果たす為だけに利用し合ってるだけだ。わかってんだろうな」

黒丹羽は三人を睨みつけた。手に掴んでいるアイスコーヒーが完璧に凍り付いてることから、多少なりとも苛立ちを感じているのが窺える。

「けっ、言われなくてもわかってんョ 俺はただゴミ共を潰して爽快感を得てぇだけだ」

グチュリ、と一善は口の中の苺を噛み潰す。白い歯の間からは赤い果実が吹き出し、口を赤く染めていくが一善は笑みを絶やさずにやにやと笑っていた。

「そんなに馴れ合いも悪くねーんじゃねぇの? 俺はツルんで悪さする方が楽しいと思うぜ?」

「わ、私も……これからうまく事を運ぶには仲間意識は重要だと思うかな」

馴れ合いを肯定する二人を黒丹羽は不機嫌そうに見る。

だがこんなことを議論する為に集まったのではないので、この話題はここで切り上げた。
そう、この4人はアヴェンジャーの代表として集まったのであり、それは風紀委員の行動に対してこれからどう動くかを考えるためのものである。


――――三十分程度が経過して、これからの風紀委員にどう対処するかが大体決まってきた。
基本的に学校外では木原一派と坂東一派は動かず、協力元の無能者狩りの集団を動かす。
彼らは風輪学園の生徒ではないので、風紀委員に掴まったとしてもこちらの情報は持ってないので漏れる危険性が少ないからだ。

更に学校内での活動は、黒丹羽が風紀委員との会議で知ることができた『巡回外の場所』で行なうことにした。
そこで活動を続ければ、風紀委員の影に脅えることなくスムーズに事を運べるのだ。

「とりあえず、こんなところだ。何か異論はあるか?」

残りの三人は皆が皆、首を横に振った。

「あぁ、それでいいと思うぜ、リーダーさんよ」

一善は空になったパフェの容器を片付け、一人で席を立つ。

「木原どこに行く気なの?」

「用事だ、用事。悪いが俺は先に帰らせてもらうぜ」


  10


用事というのはもちろん嘘だ。
実際には黒丹羽の甘ったるい対策に嫌気が刺したので、出ていったのが正解。
そう、一善は黒丹羽を支持しているわけではなく、ただ後々にうまく事を運ぶためにこの立ち位置に甘んじているだけ。

「だめなんだよなぁ……そんな生易しすぎる対処じゃ」

ニタリ、と口を大きく歪めて一善は笑う。
黒丹羽が提示したこれからの行動内容は、簡単に言ってしまえば風紀委員の目を盗んでこそこそと活動を続けること。

だが一善の考えはこうだ。

これまでと同様に集金を続ける。見つかったらぶち殺せばいい。例えそれが風紀委員だろうがなんだろうが。

単純明快過ぎる考え方だが、それが無謀というには早計だ。
風紀委員がそれ相応の訓練を積んできたのと同様に、木原一派の人間もそれなりに戦闘経験のある人物が多い。
一対一なら、実力の差で負けるとしても二対一ならどうだろうか。
結局、レベル5クラスの化け物でもない限り、能力や実力の差なんて数で埋めることができる。
風紀委員が相手だろうが、数で圧倒すれば倒すことなんて訳もないと一善は考えていたのだ。

「おう、もしもし中円か」

一善は裏路地に入ると一人の少年に電話をかけた。電話の向こうから用件を尋ねる声に、

「やーー、何っていうほど大した用事じゃねぇんだけどョ……」

一呼吸置いて一善は答える。

「無能力者《ゴミ共》を潰すのも飽きたから、次はお山の大将(レベル4)をぶっ潰そうと思ってな、それだけ言いたかったんだョ」

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最終更新:2012年03月24日 15:57