File16 心なんて読みたくない
風紀強化週間、今週から始まった風紀委員による見回りの強化、及びに全生徒を対象とした下校時間の徹底。
何故こんなことが突如とし始まったのかは知らないが、それによって困ったことが一つ、
薙波藍守《なぎなみあいす》にはあった。
「おらおら、ぶっちゃけ待ちやがれ!!」
そう、特定の男から執拗に追い回されるようになったことだ。
ぶっちゃけた話し、薙波はそこまで魅力的な女性ではない。
顔にはいくつもソバカスをつけ、髪はしっかりセットしないのか常にボサボサだ。
しかも授業中は寝ているのが基本で、その為にアイマスクを常備しているという体たらくぶり。
そんな女性に普通は男なんて寄ってはこない。
だがそんな彼女が追われるに値する理由が一つあるのだ。
LEVEL4。
この
風輪学園でたったの16人しかいない貴重な高位能力者達で、今回の校風強化週間の手伝いを要請されてるの者達だ。
薙波もこのレベル4の1人だというのに風紀委員の要請を断り続けている。
よって風紀委員の男に追われてる始末。
「だから、手伝わないっていってるでしょ、めんどくさいことは嫌いなの、私」
そう言って廊下を猛ダッシュで駆け抜ける薙波。彼女は寝ることに加えて逃げ足も速い。
風紀委員として訓練を受けてる鉄枷でさえも追い付けない程に。
「めんどくさくねぇよ、取り敢えずお前の能力を使って調べて欲しいものがあんだよ!」
息を切らしながら呼び掛ける鉄枷だが薙波は聞く耳を持たず、そのまま走り去っていく。
「ちくしょう、あの女……どんだけ速いんだよ……」
もうこれ以上走れなくなった鉄枷は廊下に腰を落とす。
鉄枷が薙波を追うのは単純に人手が欲しいからではない。
先日に湖后腹が取り返した手錠を薙波の読心能力を使って調べて欲しかったからだ。
読心能力者は事件現場に残された遺留品などからそれに関わった人物の行動を読み解ることが出来る能力の使い手で、今回の場合は手錠が遺留品ということになる。
そこから手錠を外した者を特定し、アヴェンジャーの正体を明らかにするといった算段だ。
しかし、相手の正体を知る手段があるという事は同時に、相手はそれを潰しにくる可能性があるということでもある。
保護という意味合いも兼ねて一刻も早く薙波にこの状況を説明しなければならなかった。
そんな大事なことには気付きもせず、薙波は鉄枷を巻いたことに安心感を得ていた。
「良かった……これで“私”はまだ私でいられる。“能力を吐き出すだけの道具”にはならなくて済む……」
薙波はそっと胸を撫で下ろす。別段、風紀委員が嫌いだから手伝いたくないと言うわけではない。
ただ“自分”ではなく“自分の能力”だけを必要とする者に進んで協力はしたくなかったのだ。
だから本当はめんどくさいというのも半分嘘だった。
「ぶっちゃけ、俺はあんたの能力を必要としてる訳じゃねえ、あんた自身の協力を必要としてんだ」
追い付いてきた鉄枷は薙波の独り言を聞いていたのかそんな言葉を放った。
「はぁ、あんたもいい加減しつこいね、風紀委員が私みたいな一般市民を追い回してもいいと思っているの? それに、私の事何も知らないクセにきれいごと並べないでよ」
薙波はついてくるなと言わんばかりに目を鋭くして鉄枷を睨むと、その場を立ち去ろうとした。
「待てよ」
しかし鉄枷は薙波の腕を掴み、動きを阻害する。
「確かに俺はお前の事を何も知らない。なら……だからこそ、聞かしてくれ」
バカみたいにまっすぐな瞳はただ薙波を見つめる。
薙波はにとってそんな人物は初めてだった。
「そんなに聞きたい?」
「ああ」
薙波はそっと口を開いた。
「私ね……今はこんななりしてるけど昔は彼氏いたの……」
それから薙波の話しは何分と続いた。
簡単に言ってしまえば昔付き合ってた彼氏が薙波自身ではなく読心能力という珍しい力を利用するために付き合ってたというだけのこと。
ここ学園都市ではよくある話しだった。
「私はそれから他人が怖くなってね、自分に絡んでくる奴はみんな私を利用しようと考えてるんじゃないかって思う様になったわ」
しかしそんなありきたりな話でも薙波の言葉一つ一つを鉄枷は聞き漏らさず、しっかりと聞いていた。
「そんな事があったのか……でもさっきも言った様に俺は違う、あんた自身が必要なんだ」
薙波は鉄枷の方を見つめる。その顔にはまだ疑いの表情が残されていた。
「だったら、私の彼氏になってよ」
「はい?」
「本当に私自身が必要だと思うなら、こんな醜い私とでも付き合えるでしょ!」
いきなり突拍子もない事を言う薙波に鉄枷は何も返せなかった。
たしかに薙波の言っていることは正論かもしれないが、いきなり好きでもない人物に付き合ってと言われたって困るだけである。
いやだ。
返事が返ってこないので能力を使って鉄枷の心を読んだ結果がこれだった。
結局心なんて読んだ所で、見えるのは吐きだめよりも人間の汚い負の部分。
「やっぱ……貴方は口だけの男ね、最低」
薙波は鉄枷の頬を思いっきり引っ叩いた。
バシン! というなんとも痛々しい音が廊下に響き渡る。
今まで幾度となく生傷を負ってきた鉄枷だが、これほどまで心が痛む一撃はなかった。
薙波はそのまま鉄枷の元を去っていく。
一方、殴られた鉄枷の口からは血が滲んでいた。
それは薙波に殴られたせいではなく、自分自身のふがいなさに唇を噛み締めたことによる出血だ。
「~~~~ッッ!! 俺、本当に馬鹿だ!! 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ!!」
どうしてこうも自分はつまずいてばかりなのだろうか。
苦しんでる者を笑顔に変えるのが自分の最も風紀委員としてやり遂げたいことだったんじゃないのか。
なのに彼女を泣かしてしまった。自分の過去をいつまでも引きずって、苦しんでいる彼女をあろうことか拒絶してしまった。
自分の言ったことをそのまま実現出来る人間はそうはいない。
彼もまた“主人公”になり切れない人間だった。
校舎を出たところで薙波は滲み出た涙を拭う。
わかっていた。
わかっていたはずなのに鉄枷のことをちょっとでも他の人間と違うと思ってしまった自分が悔しい。
自分の期待を一瞬でぶちこわすこの能力が憎い。
アイマスクで目を塞ごうが、それでも涙はともらない。
悔しくて。
悔しくて。
悔しくて。
校門のすぐそばで膝を抱えて静かに泣く。
「おやおやどうしたんだ、彼氏にでもフラれたってか?」
そんな中、近くで薙波に声を掛けてきた男がいた。
その男の声は薙波を慰める様なものではなく、むしろ冷やかしの様に聞こえる。
どちらにしたって、薙波はその男に心を開くことなどないのだからあまり関係はないが。
その男は茶髪にコーンロウの髪型をしたいかにも柄の悪そうな人物。しかも数名の部下の様な人物を引きつれている。
「な、なんの用よ……冷やかしなら帰って!!」
「あーー怖い怖い。そう怒んなョ、用事ってほど大したもんじゃねえんだからさ」
男はめんどくさそうに部下に指示を送り、薙波を囲みこむ。
「軽く拉致られてくれねぇか、こっちもそう簡単に正体がバレるといけねぇからョ」
薙波はこの男の言ってる意味がさっぱり理解できなかった。理解出来る事といったら今自分に危機が迫ってると言うことだけだ。
「やっ、助けっ!……」
部下の一人が騒ごうとする薙波の口をハンカチで押さえ付ける。
「おいおい、あんま騒ぐなや、こっちだって面倒ごとは避けてえんだヨ」
「木原さん、この女ヤッちまってもいいですか?」
鼻息を荒くした部下の一人が木原と呼ばれる男に尋ねた。
「けっ、テメエもよくこんな女に欲情するもんだわ。やめとけ、この女は監禁する以外で手は出すな。その変わりもっといい女、紹介してやるからョ!!」
大声で笑い声をあげる男達。
監禁。
にわかに信じられない言葉だが薙波は自身の読心能力を行使して周りの男達の思考を読み取ってみたが嘘は言ってなかった。
そして自分を捕まえようとする理由もわかってしまった。
「さぁて、読心能力者ってのは相手の思考を先読みすることで、いとも簡単に攻撃をかわすことができるらしいけどョ、これだけの人数さばき切れんのかョ?」
周りを取り囲んだ男達が一歩また一歩と近付いてくる。
木原の質問に対して答えはノーだった。
もし一対一の場合ならば、木原の言葉通り相手の思考を読み取りながら動くことが出来るが、集団でとなると多くの思考が入り乱れて読み取り辛い。
仮に読み取れたとしてもからだがついてこないだろう。
「つれてけ」
木原のその言葉と共に腹部に強烈な痛みが走った。
「が、あ……」
ハンカチごしからあがる鈍い悲鳴。催眠薬などはつかはない随分と荒っぽい意識の奪い方だ。
「誰、か……」
意識が薄れゆくなか、薙波は最後の力を振り絞って喉を震わす。
しかし、こんな状況で都合よく駆け付けてくれる主人公《ヒーロー》なんて存在しない。
ましてや、助けてくれるなんてもってのほかだ。
数分後、鉄枷は薙波を追いかけて校門の近くにきた。
しかしそこに薙波や
木原一善の姿はない。
中途半端な主人公が来たところでこんな結果になるのは当然、いや必然とも言える。
「くそっ……! ぶっちゃけどこ行ったんだよ……!」
鉄枷は先を急ぐ様に校門を通り過ぎていった。
薙波がここで連れ去られたなんてことはまったく知らずに――――――――
最終更新:2012年03月24日 16:08