File13 荒んだ瞳の奥


第五学区の某所。ここは主にスキルアウトのたまり場であり、普通ならば一般人は近寄らない場所である。
時刻が午前二時ということもあってか、人気は感じさせずただ静寂だけが辺りを包み込んでいる

そう、この時点では。

「うわあぁぁぁぁぁ!!!!」

一人の男の悲鳴が響き渡る。それは真っ黒に恐怖に染められた純粋な悲鳴。
その男の腕は鋭利な刃物で切り刻まれたかのように流血し、地面を血で染める。

一応言っておくとこの男はスキルアウトの長であり、普段は逆の立場にいるはずの人間だ。
ならば何故そんな人間が狩られる立場にいるのか、その理由は単純明快。

無能力者狩り。

学園都市の風潮の一つで高位能力者が無能力者を始めとする低位能力者達に『正当な報復』と称して危害を加える運動。
すべての元凶はスキルアウトと能力者の口論から始まったと言われているが、その規模は拡大の一方を辿るのみで収集がつかなくなっている。

「キヒヒッ」

と、その男の後をつけるようにして奇怪な声が後方から聞こえてきた。その声はまるでこの世のものとはおもえないほどに恐怖と焦燥を与える死神の鳴き声のように濁りきった声。

「ひいぃぃぃぃぃぃ!!」

男はかつてのスキルアウトの長としての威厳はなどはまったく感じさせず、今はただ恐怖に怯え逃げ惑うただ一人の人間に成り下がっていた。

「お、おい! 蒙武! 脇谷! お前ら応答しろ! ヤベエんだ早く助けに……」

男は逃げ回りながら部下の名前を叫ぶが誰一人として返事は帰ってこない。
彼らはまるで雑草のように無能力者狩りの集団に刈り取られてしまったのだ。


「諦めろ、お前の仲間は俺達が全員潰した」

その声と同時に男の両脚に2つの穴が開いた。
正確に言うと学園都市製の消音機能のついた拳銃で撃ちぬかれたのだ。

「ぎゃあああああぁぁぁあああぁぁああぁぁあああああああ!!!」

脳が狂いそうな痛みに男は地面に転げ落ちる。
逆さの視界に映ったのは拳銃を持って佇む一人の少年。
と、言っても黒い帽子にサングラス、更にバンダナで目から下を覆っているせいで、男か女かはわからないが。

「毒島ちゃん殺しちゃいかんでーー? そいつはまだ金になるんやから生かしておかんと」

その少年の後ろから現れた男。まるでスプラッター映画に出てきそうなホッケーのマスクをかぶっているその男は表情は読めないが、声の調子からすると笑っているようだった。

「わかってる、だから両脚を狙った」

男は苦痛と恐怖と怒りで顔を歪ませながら、その二人の人物を睨みつける。

「霧の盗賊《フォグシーフ》……!!」

「おお。われ、うちらの名前知ってんかい。こんなちっぽけなスキルアウトにも名前が知られるようになるとは有名になったもんやなぁ。創設者として感動モノやで。な、毒島ちゃん?」

毒島と呼ばれる少年は男に言葉を返さずただそっぽを向いているだけだった。

「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!! てめぇらによって俺のダチだった奴が所属しているスキルアウトは潰された。しかもそいつはもはや息をするだけの植物人間になっちまったんだぞッ!!」

フーフーと息を荒くした男の目は血走り、憎悪の対象である二人を呪い殺さんとばかりに激昂する。

「そんなん言われてもなあ……潰してきた人間なんていちいち覚えとらんわ。 ま、因果応報ちゅーことで堪忍してや♪」

ザッ、と向かい側から足音が聞こえてくる。

「まったくだぜぇ……それはゴミがゴミ処理業者に文句を言うくらいおこがましよなぁケケケッ」

追いかけているとは思えないほどゆっくりな歩みで一歩ずつ一歩ずつ、最初に男を追いかけていた人物がようやく闇から姿を表した。

「おっ、今日のゲストの登場やで」

ホッケーのマスクを被った男は待っていましたとばかりに前方を見つめる。

「筋肉ダルマのおっさんよぉ……俺は激しい運動が嫌いなんだ。だからあんま早く逃げねぇでくれよ。ケケッ」

黒埼痲愚露《くろさきめぐろ》。
寝癖ばかりのボサボサの髪に、目の下に蓄えられた黒々とした隈、その顔はまるで見るもの全てに負の感情を抱かせるかのような悪態や嘲笑の似合う顔。
それが月に照らされ一層不気味さを際立たせていた。

「テメエその制服は、風輪の……! 俺達がテメエの学園の15位をぶっ潰したからその報復ってわけか……!」

サクッ、と黒埼は手に持っていたメスを男の腹に突き立てる。

「がああああぁぁぁ!!!!」

刺された場所から血がじわじわと溢れかえり男の腹部と少年のメスを真っ赤な血で染めていくが。

「ケケケッ。気持ち悪い妄想は頭の中だけに納めておいてくれよ。『仲間』なんて言葉だけで嘔吐モンだっつーの」

それでも構うことなくグリグリと刺さった状態のままのメスを捻り込んでいく黒埼。

「ぎゃあああああ!! や、やめてくれええぇぇぇ!!」

発狂じみた悲鳴を上げ、制止を懇願する言葉も黒埼には意味がない。


「おい家政夫《ヘルプマン》、あいつを止めなくてもいいのか。このままじゃあの男、殺されるぞ」

「毒島ちゃん心配せえへんでもいいで。黒埼ちゃんはああ見えても生死の境は把握しているんや、なにしろ、死なないくらいに痛めつけるのが好きで好きでたまらんのやからなぁ」

そんな会話を二人が交わしてる間も、黒埼は手を止めず、メスを上下に移動させていた。

「ふぅ……そろそろ飽きてきたしぃ……終わりにしようかケケッ」

黒埼はブクブクと泡を吹く男の顔を両手でつかみ、焦点の定まらない瞳を見つめる。

「さあ、俺の目を見ろ……俺の“絶望再起《フラッシュバック》”で再び絶望しろぉ……ケケケッ」

変化は突然起きた。

先ほどまで痛みと恐怖で怯え、悲鳴を上げていた男が黒埼目を合わせた瞬間、ピタリと口をつぐんだのだ。
――――と、言うよりも悲鳴が小言に変わったといったほうが正しい。

「やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ……俺はゴミじゃないゴミじゃないゴミじゃないゴミじゃないゴミじゃ……」

男はダランと力なく顔を横に向け、虚ろな瞳で口をボソボソと動かす。


「相変わらず嫌な能力やなーー、黒埼ちゃんの能力は」

それを眺めていた家政夫は頭をポリポリと掻いて若干濁った口調で言葉を発した。

「家政夫、あいつは今何をしたんだ?」

「ん? そうか毒島ちゃんは黒埼ちゃんと一緒に働くのは今回が初めてやったか。うーん、あれは“絶望再起”っつー能力でな……」

「俺と目を合わせた奴は世間一般で言われる“トラウマ”ってもんを強烈に思い出しちまうって訳だ、ケケケッ」

もしただの一般人に絶望再起をかけたとしても、よくて2,3日落ち込ませる程度の能力でしかない。
だがそんな能力もここ学園都市では凶悪な能力と化す。
スキルアウトというものは何かしらの理由があって入った者がほとんどだ。
その理由の多くは自分がレベル0というコンプレックスからくるもの。周りからは見下され、排他的な扱いを受ける。
そんな者達のトラウマを掘り返すというのはその人物にどれだけの衝撃を与えるだろうか。
よくて精神疾患を患い、悪い時には廃人コース一直線が基本だろう。

「……それにしても、随分と物足りなかったなぁケケッ」

「基本的に小規模なスキルアウトやからなぁ。そういっても今回はうちらの方も集まりが悪かったし、この程度が妥当なところやろ?」

家政夫は仲間が運転してきたトラックの荷台に、もはや口をパクパクとしか動かさなくなった男を担ぎ込んでそう言った。
対する黒埼はただ不気味な笑みを浮かべて、

「別に俺の標的はスキルアウトじゃなくてもいいんだぜぇ? たとえば“とーっても大きな大きなトラウマ”を背負ってそうなあんたらだってなぁ……ケケケッ」

それを聞いた毒島は眉間にシワを寄せ、即座に腰から抜き取った拳銃を黒埼へと向ける。グリップはいつでも引き金を引けるよう強く握りしめられていた。

「黒埼ちゃんもやんちゃやなーー、だけどうちのトラウマを掘り返すっていうなら命の保証はせんで、トチ狂って目に入ったモン手当たり次第ぶち殺してしまうかもしれんからな♪」

家政夫の口調はいつもと変わらないおちゃらけた調子だが、その言葉から発せられる殺意は本物。

そんな威嚇にも動じずジリジリと二人に近寄ってくる黒埼。
そして――――




「ケケッ 冗談だよ。 あんたらのトラウマを掘り返した所で俺の望んだリアクションは期待できねえからなぁ……」

両方の肩に手をポンと置いてそのまま通り過ぎていった。

「トラックには乗らんのか?」

「良い子はもう寝る時間だぜぇ? ちゃんと睡眠も取らねえと ケケッ」

そのまま黒埼はどこかへ消えていった。残された毒島と家政夫はしばらく黒埼の立ち去った方を眺めると。

「んじゃ、うちらも帰ろか 帰ったら報酬の分配と宴やで♪」

「あいつには分けなくてもいいのか?」

「んまっ、さっきはごっつ怖い顔で銃をつきつけていたってのに、そういうところは優しいなぁ毒島ちゃん」

「気持ち悪いことを言うな」

チャキと、いかにも不快そうな顔をして毒島は家政夫に銃を向ける。

「嘘嘘、せやからそう何度も銃で撃たんといて、一瞬やけど痛いんやから!」

「じゃあ、いちいちもったいぶらずにさっさと言え」

「わかったわかった。だからいい加減銃を下ろしてや」

家政夫は毒島が銃を下ろしたのを確認し、口を開く。

「実はな、黒埼ちゃんはどっかの金持ちの息子でボンボンさんらしいで。いつもメスを持ってるから医者の息子とかいう噂もあるくらいやし」

「そんな金持ちがなんでカネ目当ての無能力者狩りになんか参加してんるんだ、金には困ってないんだろ」

「いるんや、ただ無能力者をいたぶるのが目的で集まる変態さんもな」

家政夫はそう言ってトラックに乗り込み、毒島も後に続く。

「ま、うちからしてみたら、こんなご時世に無償で手伝ってくれるなんて万々歳なんやけどな」

そうして毒島達を乗せたトラックはもとの場所に戻るべく、出発していった。



他人の不幸は蜜の味という言葉がある。
その考えはまさに黒埼の考えと一致していた。
ただ他人の不幸をみて楽しみ、せせら笑う。それだけのために今まで無能力者狩りに参加してきたのだから。
しかしなにもトラウマを掘り返すのに無能力者じゃなければいけないという訳ではない。

と、言うよりも黒埼はもはや一人の大能力者に標的を絞っていた。

「ケケケッ……こいつは最後にとっておこうと思ったがもう我慢の限界だぁ……ああ楽しみだなぁ……こいつを“壊す”の……キヒヒヒッ、ギャハハハハハハハハ!!」

暗闇の中で狂気の混じり合った笑い声と、何かを破り捨てる音が響き渡る。
黒埼の歩いた後には一人の少年が映った写真がビリビリに破り捨てられていた。

黒埼と同様に、風輪学園の制服を着た一人の少年が。

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最終更新:2012年06月22日 01:29