File11 動きは読めても

「学生の本文は学業です。今すぐそのふざけた行為を止めなさい!」

第五学区の河川敷で三人の男と一人の少女が対峙する。
緊迫したムードを煽るかの様にして吹き荒れる風は少女の髪の毛をゆらゆらと揺らした。

「はは、ガキがでしゃばってんじゃねぇよ! 俺達はただゴミ掃除をしてただけだぜ? なにが悪いんだよ!」

「しかも風紀委員でもない奴が偉そうに警告してんじゃねえ!」

少女はそんな風にあーだこーだと騒ぎ立てる男達を若干釣り上がった瞳を細めて見つめる。

「言いたい事はそれだけですか?」

「ああん!? まだまだあるわ、いっぱいよ!」

バキィ!! と男の頬に少女の回し蹴りが決まる。
蹴り飛ばされた男は一メートルばかりぶっ飛んでいって、そのまま気絶した。

「では、これ以上悪党の言い分を聞いてる時間はないので続きは夢の中でどうぞ」

「おい! 鎌瀬! しっかりしろ!」

「このクソアマぁ! 不意討ちなんて舐めた真似しやがって!」

残りの二人は怒りに身を任せ、少女に突撃していく。少女も迎え撃つように拳を構えると、

「雨が降ってきそうですね……5分で決めます」

その後、河川敷では能力と能力がぶつかり合うかのような激しい轟音が響く事となった。
といってもその音はわずか5分で止んだらしいが。



春咲桜は雨の降りしきる中、傘をさしながらゆっくりと歩いていた。
歩いてる場所は風紀強化週間で取り決められた巡回場所である。
本来なら一人ではなくレベル4の者と共に回る予定だったのだが、途中ではぐれてしまったのでこの様な状態になってしまった。

「小日向さん……どこ行っちゃったのかな」

春咲は途方に暮れてポツリと呟く。
そんな時、視界にあるものが飛び込んできた。

「あれは……アンチスキルの車両。なんであんな所に停まってるんだろ……」

春咲は近くに寄っていくと、そこにはアンチスキルに連行される三人の男がいた。
何かあったんですか、と尋ねようとしたがそこで口を止めた。
なぜなら、すぐそばで雨に打たれながらベンチに腰掛けている小日向がいたからだ。
彼女に詳しいことは聞いた方がいいだろう、そんな思いで春咲は近くによりながら話し掛ける。

「小日向さん、何やってたの?」

「見ての通り、弱きをいたぶる愚者をこらしめたまでですよ」

小日向の身体はあちこちに擦り傷があり、きちっと整えられた制服は優等生気質の彼女には似合わないほど乱れている。
春咲はそんな小日向を見かねてか、カバンにあった予備の折り畳み傘を差し出した。

「ありがとうございます」
そう言って傘を受け取る小日向。彼女の表情はいつもの厳粛な表情ではなく、迷いの色が見えた。
春咲も傘をさしながら小日向の隣に腰を掛ける。

「あの男達は自分たちを『アヴェンジャー』と言ってました……風輪学園以外の生徒がこの事件に関与してるのは本当だったんですね」

「そっか……」

小日向の言葉に、春咲はゆっくりと空を仰ぐ。
ねずみ色に染まった薄暗い空を。

「――――わからないんですよ」

そう一言、小日向は言った。

「何が……?」

春咲は小日向の顔を窺う。
「何故、力を無能力者をいたぶるためにしか使えないのか、どうしてそんな事をするのか私にはわからないんです」

小日向黄昏はまるで絵に描いたかの様な優等生だ。
学校の校則を侵すことないし、成績も優秀、その上大能力者だ。
完璧すぎる彼女からしてみれば完璧じゃない人間のことを理解できなくとも仕方ない。

「あなたがわからないのは、あなたがわかる気がないからだと思う」

「どういうことですか……」

春咲の言葉に少しムッとして言葉を返す小日向。

「あなたは今までに相対した敵にどう思って向かってきたの?」

「それは……一言で言うと『歪み』ですかね」

「それがダメ」

春咲は小日向の考えをあっさりと一蹴した。

「結局あなたは自分の考えでしか相手を判断してないよね。そんなんじゃいつまでたっても理解なんて出来ないよ」

「なら春咲先輩は相手が理解できないなら、どうやって理解しようとするんですか。まさか『教えて下さい』なんて素直に頼み込むわけじゃないですよね?」

アンチスキルは男達を収容すると、車に乗り込みそのまま雨水をかきわけて走り去っていった。
ザアザアと降りしきる雨は止む事なく、勢いをさらに増す。
足元の水溜まりに、幾重に重なる水の波紋を見つめながら春咲は言った。

「私はまず、わかろうとはしない……かな」

「どうしてですか?」

「相手をわかっちゃったら、自分に迷いが出るから」

例えば、自分に危害を加えようとしてきた人間が実は過去に酷い目にあり、行きようのない怒りをどうしていいかわからなかった惨めな人間だとしたらどうだろうか?
自分はそれを知った上で、相手を圧殺することができるのか。
答えはノーだ。
人間である以上必ず同情という感情はデフォルトで備わっている。
しかしそれが敵に働いてしまったというならばそれはただの足枷にしかならない。
やはり風紀委員の“春咲”としても、もう一つの組織の“安田”としても敵対する人物に理解は必要ないのだ。

「でも、それは私の話し。あなたは――――」

「私は……それでも理解したいですよ。ただ自分のエゴの押し付けなんて思われたくはないし、相手の理解が足枷になったとしても私はそれを振り切るだけの自信があります」

春咲は少しだけ笑って、

「うん、それでいいと思うよ。……もしかしたら私よりあなたの方が風紀委員に向いてるかもね」

ベンチから立ち上がると、春咲は小日向の方へと手を伸ばした。
それに応える様に差し伸べられた手を握り、小日向はゆっくりと立ち上がる。


雨はもうあがり、空には虹が掛かっていた。

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最終更新:2012年04月25日 23:18