FILE8 重い思い出

どのクラスにもグループという隔たりがある。
類は友を呼ぶといった要領で、気の強い者は気の強い者同士で仲間を組み、おとなしい者はおとなしい者同士で集まる。
百城が小学生の時のクラスもそんな風にありふれたクラスだった。

しかし、百城自身が属していたグループは普通とは違っていた。
一厘鈴音と白高城天理。
百城は男だというのに二人の女子と主に行動をしていたのだ。
それは二股とかそんな色欲に満ちた理由ではなく、ただの腐れ縁と言った所だ。
たまたま両親が知り合いなだけ、たまたま幼稚園のころから一緒なだけ、たまたま気が合うだけ。
そう、全てはたまたまでしかなかった。
しかし小学校を卒業する頃になると、そんな腐れ縁も終わりを告げる。
もとから風輪学園へいくことを決めていた百城に対して、白高城と一厘は二人で常磐台に行こうと約束していた。
だが、入学試験が近づく中、白高城の方のレベルは2のまま上がらず、白高城は常磐台への入学は諦めることとなってしまった。


桜の花びらが鬱陶しいくらいに舞い散っていた小学校の卒業式。
結局、ただ一人だけで常盤台へ行く一厘を百城は白高城と見送る。
一厘は自分だけが常盤台に行ってしまう申し訳なさと、孤独感で泣いていた。

『白高城ちゃん……私一人じゃ寂しいよ……』

だが、それでも白高城は笑って見送った。

『一厘ちゃんなら大丈夫だよ!』

それだけをオウムの様に繰り返して。

そして一厘がいなくなって、初めて白高城も百城の前で涙を見せた。

『わ、わたし。一厘ちゃんとの約束破っちゃった……一緒に常盤台に行くって言ったのに……』

百城はその時の光景を鮮明に覚えている。
願いを叶えられなくて泣く二人の少女の泣き顔と、何もできずただ立ち尽くすことしかできなかった自分を。


風輪学園入学後は白高城との交流は少なくなった。
それはクラスが違ったこともあるが、単純に白高城がどこか遠くの人物になってしまったこともある。


―――――――――――――――――――



「だぁから、何度も言ってんだろ。この学園では低能力者や無能力者が不良どもに被害を受けてるんだって」

「それは聞いた。俺が言ってんのはなんでお前が俺の前で弁当食ってんだってことだよ」

風輪学園の食堂で百城は顔を引きつらせながら目の前で弁当を貪る湖后腹に尋ねた。

「んーー? だって破輩先輩が同じクラスなんだから暇さえあれば常に説得しろって言ってたからよ」

湖后腹は弁当を掻き込みながら答える。

「まったく、こういうことか? 恩を仇で返すっつーのは」

百城はしつこい湖后腹に、川で溺れていたのを助けたことを盾に追い払おうとする。
が、その程度で引き下がるほど湖后腹も諦めは良くない。

「前助けてくれたことには感謝してる。だからこそ今度はその救いの手を被害に遭ってる無能力者達に向けて欲しいんだよ」

どうも会話が成立しない。自分が何を言った所でこの男は全て協力するような方向にしか話を進めないつもりなのだろうか。

せっかくの貴重な昼休みの時間を、やる気などそうそうないものに勧誘されて終わらせられるだなんてたまったものではない。

「とにかく、やらないっつったらやらない。16人もいんだからたかが一人が協力しなくたって大丈夫だろ」

「そう考えてんのはお前だけじゃなくて他のレベル4だって同じこと考えてんだよ」

湖后腹は弁当を食べ終え、ズイッと百城に迫る。

「いいか、俺はお前がイエスと言うまで一生まとわりつくぞ」

「……出来れば女に言われたいもんだな、そういう言葉は」




「へぇ、なら私が言えば協力してくれるの? 百城君」

百城と湖后腹は突然声のした方をクルリと向く。
そこにはここの生徒ではないはずの一厘鈴音が、何故かここの制服を着て立っていた。

「一厘さんなんでここに……つか、百城と知り合いなのか?」

「ま、腐れ縁てやつよ」

一厘はさらりと回答して百城と湖后腹の間の席に座ってきた。
しかも手にはちゃっかり風輪定食Cセットの入ったお盆が握られている。

余談だが、CセットはAセットやBセットと比べ、カロリーが押さえ目に設定されていてダイエット中の女子に好まれている定食である。
つまり、そんな事まで熟知しているということはここで食事を取るのは初めてではないということだろう。

「んで、なんでこんなとこに来た? 一応風輪学園の食堂だぞ、ここは」

「今日は午前で授業を終ったから早めに来ちゃった。それに私が常盤台ってバレないようこの通り風輪学園の制服着てるんだから問題ないでしょ?」

一厘はいつもの常盤台の制服ではなく緑を基調としてたセーラー服、つまりは風輪学園の制服を着ている。

「そりゃあそうですけど……一厘さんなんで風輪学園の制服持ってるんですか。確かここの生徒じゃないと買えないはずなんですが」

「破輩先輩が昔着ていたのを貸してくれたの、ここの制服って結構可愛いから前から一度着てみたかったのよね~~」

湖后腹は『似合いますよ』、なんてべた褒めをしているが百城はまだ顔をしかめたまま、頬杖をつきながら見ている。

「まだ一番重要なことを聞かせて貰ってないぞ。何でここに来た、お前は」

「むぅ、百城君はそういう所しつこいよね、ホント。ただ私は百城君が手伝うように頼みに来ただけなのに」

「要は湖后腹と同じって訳か」

百城は目を細め、手元にあった麦茶をすする。

「おぉ、一厘さんが説得してくれるとは心強い! じゃあ俺はパトロール行くんで後は任せました!」

湖后腹はそさくさと弁当を片付けて食堂から出ていく。

それをあっけに取られながら二人は見ていた。

「湖后腹君どうしたのかな? あんなに焦ってたけど」

「さーな(湖后腹の野郎妙な所で気を遣いやがって……そんな間柄じゃねぇつの、こいつとは)」

百城は取り敢えず気まずいので顔を窓ガラスの方へと向ける。
全面ガラス張りの窓の外に見えるのは中庭の噴水と、そこで泳ぐ水性生物。
なんとも学校には不似合いなオブジェクトだが、校長が代わったときに設置されたものらしい。
女子生徒には人気らしく、パンをちぎって中の魚に上げる姿がよく伺えるそうだ。

「――――って、話をそらすな、ちゃんとこっち向け百城鋼」

すんでの所で現実に引き戻された百城は鬱陶しそうに

「んだよ、俺の答えはノーだ、お前がなんと言おうとな」

「へぇ、不良達が怖いんだ?」

ピタリと百城の動きが止まる。

「誰が怖いなんて言った……?」

「だってそういうことでしょ。手伝わないってことはさ」

一厘は小学校の時の付き合いで百城が挑発に乗りやすいことは知ってる。
もちろん、百城も一厘の言葉は挑発だということも知っていた。

「それに百城君がいくら怖がってないって言ってもねぇ。同じレベル4で最年少の第七位の人だって協力してるのよ、年下の女の子がやってるのに自分はやらないでいればそう思われたって仕方ないんじゃない?」

「くっ……随分と交渉上手になったじゃないか一厘」

「そう? これも風紀委員に入った恩恵かしら?」



そんなこんなで話を進めていき、最終的に一厘は百城にやらせることに成功した。

「じゃあ決まりね、詳しいことは放課後、支部に行って説明するからそのつもりで」

「なんでこんなことに……」

百城はまんまと一厘の口車に乗せられた自分を悔やむが後悔先に立たず、やると言ってしまった以上あとには引き下がれなかった。

そんな話題が終わり、しばし二人の間で沈黙が続く。

「……本当は、これが本題じゃないんだろ」

口火を切ったのは百城だった。

「え……?」

「お前は俺にもっと別のことを聞きに来た。違うか?」

「なーんだ。ばれちゃったか、百城君少し察しがよすぎて怖いかも」

一厘はいたずらがばれた子供の様に頬を軽く掻きながら本題を切り出す。

「白高城ちゃんのことなんだけど、さ……彼女どうしてる?」

「知らん」



まさかの即答。
もっといろいろと知っていると勘くぐっていた一厘は面食らった様子で肩を落とす。

「何よ、わざわざそのために変装までして会いに来たのに……」

「そもそも、あいつのことが知りたきゃ本人に会いに行けばいいだろ。なんだって俺に聞きに来るんだよ」

「だって、それは……」

「拒絶されるのが怖いってか?」

百城の言葉に一厘は顔をしかめる。その顔はまさに図星といったものだった。

「今のお前は白高城にどう映ってるんだろうな? 自分が常盤台つーのを自慢しにきた嫌な奴とでも思われてるかもな」

「そんなこと……」

「だってそうだろ? 白高城も元々は常盤台に入る予定だったが、結局は入れなかったんだ。お前と常盤台に入るという約束を守れなかったって嘆いていた人間が、その約束を破ってしまった相手に会いたいと思うか? 俺だったら会いたくなんてないし、むしろ過去のトラウマを掘り返されるかの様な感じで何しにきやがったコノヤロウって激怒したくなるな」

百城の言葉を聞いていくにつれて一厘はどんどんと顔を赤くし、身体をプルプルと震わせる。
そして我慢の限界に到達したのか、机に両手を力強く叩きつけて、

「百城君は憶測で白高城ちゃんを語らないでッ!! 白高城ちゃんだって会いたがってるに決まってる! そうよ絶対に!!」

「じゃあなんで白高城はお前に会いに来ない? そしてなんでお前も自分から会いに行かない? 結局はそういうことだろ」

その時ついに一厘の何か大切な物が切れた。
一厘は顔を真っ赤に膨らませ、大きな瞳が潤み始める。

「バカバカバカバカバカバカ!!!! 百城の大バカ野郎!!」

ドンガンゴン!! と突如空中に浮いた食器は百城目がけて突っ込んできた。
もちろんそれは全て直撃。周囲の者はそれを呆気にとられて見ることしかできなかったが、百城に関してはあえて避けなかった様にも見えた。

さて、一厘のキツい洗礼を受けた百城だが、不幸中の幸いかその食器は全てプラスチック製だったので大したダメージはなかったといった所か。

「……つつつ」

椅子ごと倒れた百城は頭に乗っかってる皿をどけ立ち上がる。
向かい側の席には一厘はもういなかった。

「あらあら、何やってるんだい、痴話喧嘩ならよそでやってくんな」

かわりに食堂のおばさんが少々お怒りのご様子で奥の方から出てきた。

「すいません。痴話喧嘩じゃないけど」

百城は顔を床に向けたまま一厘が飛ばしてきた皿を一枚ずつ回収し始める。

「あんた、わざと彼女怒らせたね?」

「……、」

「話しは一通り聞かせてもらったよ。まぁあんな大声じゃ普通に筒抜けだけどね」

百城は一通り皿を回収し、おばさんにそのまま手渡すと、

「思い出ばかりを美化しすぎて現実を知らなすぎるんですよ、あいつは」

苦虫を噛み潰したかの様な表情を見せて、早足でその場を立ち去っていった。

(バカはお前だろ一厘……思い出のままの人間なんていない、すぐに変わっちまうもんなんだよ……)

百城が白高城に会ったのはつい最近のこと。

彼女は笑いながら言ってきた。

『悪いけど今のことは見なかったことにしてくれない? 私たち昔からの馴染みでしょ?』

昔と何一つ変わらない可愛らしい笑顔と、180度変わってしまったその理由。
白高城はいかにも不良といった連中と、弱者から金を巻き上げている場面で、そんな言葉を放ったのだ。

湖后腹の一昨日あったことの話しを聞いた時、点と点が繋がって一本の線となった。
おそらく、白高城は確実に『アヴェンジャー』の一員であり、手錠を外したのも彼女しかいない。そんな確証が。


一厘が白高城のことを尋ねてきた時、正直百城はどう答えようか迷った。
真実を話すのは容易い。
しかしそれを聞いた一厘はどう反応するだろうか?
さっきの皿投げ以上に怒るか、もしくは声が枯れるまで大泣きするだろう。
そんな光景を想像すると真実を話すどころか、遠ざけてしまうのも仕方ない。
たとえ自分がどれだけ嫌われようと、一厘にはこれ以上白高城のことを知ってほしくないのだ。

「ったく、今日は気分も悪いし授業サボって帰るか」

下駄箱から下ばきを取り出すと、百城はそこに一枚の手紙が入っていることに気付いた。
こんな時代に下駄箱にラブレターとは随分と古風だがそれは違う。

たった1つの言葉と、場所を示す地図が同封されているだけだったのだから。

『ここで待ってるよ 白高城天理』

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最終更新:2012年04月25日 23:20