File7 心も体も切り刻んで再起不能にする最悪の腹黒空間移動能力者

「そ~~れで? あっさりとその“風紀強化週間”の取り締まりの協力にあっさりと応じちゃったわけなの? 御嶽は」

「そうだけど、何か文句ある?」

風紀委員との会議が行われた次の日、つまりは日曜日に御嶽は第7学区のファッションセンター、セブンスミストまで来ていた。
隣りで怪訝そうな表情を浮かべながらぶちるのは同じクラスの羽香奈琉魅《はかなりゅうみ》。
月曜日からはその風紀委員の手伝いで忙しくなるというのに、御嶽をわざわざ買い物に付きあわせているのも彼女だった。

「だって~、その問題を解決するどころか今まで気づいてすらいなかったんでしょ? そんな間抜けな風紀委員に力を貸しても無駄だと思うけどね~~」

恥ずかしげもなく下着をいろんな角度から透かしてみる羽香奈はそう言う。

「逆に、風紀委員でも気づけなかった『アヴェンジャー』の隠蔽性に驚くべきじゃないかな?」

「まぁ……ね。“私達”だって未だにその組織の正体の目星はつけられてないのよね。ま、本気を出せばすぐ見つかるんだろうけど、こっちはこっちで忙しいからさ。せめて学校内のいざこざくらい対処してくれなきゃそれこそ無能ってところ」

はて、この少女、羽香奈琉美は何を指して“私達”と言っているのか。
もちろんそこに自分は含まれてないだろな、と疑念を浮かべ御嶽は尋ねる。

「そのいつも言っている“私達”って何なんなの? 新手の集まりみたいなもの?」

「んにゃ~、違うよ。私の所属しているのは、きゅ……」

そこでハッとして羽香奈は口を塞ぐ。

「きゅ……?」

「んーーん! なんでもない! ただのひとりごとだから気にしないでいいよん」

そうですか、と御嶽もそこまで興味はなかったのかそれ以上は追求しなかった。
しばらく服あさりに没頭する羽香奈を置いて、近くに備え付けられていたベンチに腰を下ろす。
こう一旦腰を落ち着けて店内を眺めてみると、やはり人の多さが伺える。さすが休日なだけあるといったところか。


「店内の監視カメラが全部破壊された? どういうことだそれは!?」

そんな中、店の隅で何かを話す店の関係者が二人目に入った。

「はい。おそらく発電系の能力者の仕業らしく、特殊な電波を浴びせられて内部のメモリごと破壊された模様です」

「くそ! 犯人の特定を急げ! カメラは壊されても映像は逐次保存していたはずだろ!」

それが……ともう一人の従業員が言葉を濁して、

「その映像が保管されてあるはずの部屋からもメモリが抜き取られており……厳重にロックはしておいたんですが……」

「くぅ……空間移動系の能力者の仕業か! もういい、このことは店の関係者以外には口外するな。監視カメラを破壊されてまんまと犯人は逃がしましたじゃ、この店の信頼に関わるからな!!」

口外するな、とは言ってもあなたのそのでかい声で自分にバレバレですが、というツッコミは置いておこう。
御嶽はそんなことはどうでもいいので、何時まで経っても買い物の終わらない羽香奈を急かしに行くのだった。



ようやく服を決めた羽香奈を店から引きずり出すと、今度はなぜかゲームセンターに来ていた。
もちろんこれも御嶽の意思ではなく、羽香奈のリクエストである。

「何か欲しいものでもあるんですか? こんな所に来て」

いい加減帰して欲しい、といった様子で御嶽はポツリと呟いた。
普段ならゲームセンターなんて縁のない場所だ。
むせ返りそうな熱気と騒々しい機械音が鳴り響くこんな場所は、御嶽にとって一分一秒たりとも居たくなかった。

「ん~~可愛いマスコットが欲しいんだけどね、なかなかいいのがなくて」

そんな御嶽に気づく様子もなく、羽香奈は景品のぬいぐるみなどを一体ずつ丹念に眺めていた。
その瞳はまるで商品を品定めする事業の責任者のような風格さえも感じさせる。

「まったく……」

また自分の世界に入っていってしまった羽香奈に御嶽は軽くため息をつく。
なぜこの少女は自分にここまでとっついてくるのだろうか、どうせなら一人で行けばいいのに。

「もしかして――――」

何気ないつぶやき。
それは羽香奈自身に言ったわけではなく、単なる独り言のようなものだった。

「羽香奈って、結構寂しがり屋なの?」

ビクン! と、ショーケースに入ったぬいぐるみを見る羽香奈の背中が跳ね上がった。
そして、ただでさえ小柄な身体を更に縮こませて、プルプルと震える。

「な、にを……言ってるの。そんなわけ……ないじゃん」

「そうよね。羽香奈の相部屋の人が、『羽香奈は寝るときは寂しいからぬいぐるみに囲まれて寝てる』と言ってましたがあれも嘘だよね」

振り向いた顔は、カチューシャによってあらわになってるおでこまでも真っ赤になっていた。
羞恥によって居ても立ってもいられない、そんな様子が丸わかりだ。

「ええい! う、うるさい! これ以上言及は禁止!」

ビシィ! と、御嶽に人差し指を突きつけた羽香奈。
すると、御嶽の頭の中で『どうしてはわからないが、なぜかそのことについてはこれ以上なにも言いたくない』という理不尽な感情の束縛が生まれる。
これが羽香奈の能力の絶対挑発《プロボケイション》。
簡単に言えば相手に任意のことをさせたくする能力で、今回の場合は『これ以上言及はしたくないこと』をさせたくしたというわけ。

しばらく言葉を詰まらせた御嶽だが、これ以上の抵抗は無駄だとわかって、

「そんなに必死にならなくても。後はこの胸にしまっておきますから安心して」

そう言いながら笑うのだった。

「も、もういいわよ。私は一人で帰るから! 寂しくなんてないから着いてこなくていいからね!」

「もう、そんなにふて腐れなくてもいいのに。ごめん、私が悪かったから機嫌を直して――――」

御嶽が、プンプンと怒る羽香奈を引きとめようとした時

「キャーーーー!! 泥棒!! 誰かそいつをひっ捉えてーーーー!!」

キーンと耳に響くかのような甲高い声が聞こえてきた。
その方向に目をやると、バラクラバをかぶった男がクレーンの景品の人形を抱えてこっちに走ってくる。

「お、オメエら! そこをどけぇーーー!!」

男の直線上にいる羽香奈と御嶽はそんな言葉に怯むことなく平然な面持ちで、

「“どかない”と言ったら?」

ニタリと笑い、仁王立ちのままその場に立つ塞がるのだった。

「え、そんな事言われたら……どうするか……」

男は立ち止まり、ポリポリと頬を掻く。

「って、おい! なにも考えてないのか~~い!」

「まあ、羽香奈は黙って見ていて」

芸人顔負けな突っ込みをする羽香奈の前に一歩出た御嶽。

「よし決めた! ほら、この趣味で集めているリアルゴキブリフィギュアを投げつけ――――」

間抜けた男がどうするかを決めた瞬間。

「それはさすがにキモ過ぎね。勘弁して」

ズン!! と御嶽のカカト落としが男の頭部に直撃した。
その攻撃は前方からではなく、後方の少し上から。

「なっ……んで!? さっきまで前にいたはずなのに……」

その勢いで男は地面に叩きつけられる。

「いちいち説明するのも面倒ですが、能力名なら」

御嶽はうつぶせになる男の背中にストンと座って言った。

「瞬間移動《テレポート》、ですよ」

「空間移動《テレポート》?」

「いいえ、そっちの方ではなく……ああもう、めんどくさい。そこまで瞬間移動と空間移動の違いに差異はないので説明は省きます」

それよりも、と御嶽は男が持っていたカエルのぬいぐるみを取り上げ、

「なんでこんなことをしたんですか?」

問いただすかのように回答を求める。
しかし男は何かに怯えるかのように震え、抵抗もしなければ回答もしなかった。

「ああ、もう終わりだぁ……『空間移動』で風紀委員ということは……うわぁぁぁぁ!!」

御嶽に踏まれたまま頭を抱える男。
その姿はどちらが悪者かと疑問を持たせるほどだ。

「噂には聞いていたが、『心も体も切り刻んで再起不能にする最悪の腹黒空間移動能力者』に、こんなにも早く捕まっちまうだなんて……嫌だ、再起不能になんかなりたくねぇーーー!」

「ちょっと、誤解しないで。私はそんな性格じゃないし、第一風紀委員ですら……」

「うわぁぁぁぁん!! ごめんよユミ……お前が欲しがってたUFOキャッチャー限定のゲコタ、全財産はたいても取れなかった上、盗みまで犯しちまって…もう生きては会えないだろうけど、最後にこんなバカな俺を笑って見送ってくれぇ~」

御嶽の言葉を一切聞こうとせず、ただ泣きじゃくる男。
周囲の目は次第に同情の目へと変わっていく。

「はあ、どうしようか羽香奈」

お手上げな御嶽は羽香奈の方へと視線を送る。
こんな場合、羽香奈は『なにこのくだらない茶番? さっさとブタ箱に突っ込もうよ』とか言うのだが。

「――――ワイイ……」

「え?」

「す~~~ごくっ!! 健気キャワイイ~~!! 貧乏学生が彼女のため悪事に手を染めてまで願いを叶えるなんて、ロマンチックすぎるん!! もうそこのヒゲカエルなんて目じゃないほどカワイイ!!」

出た……悪い癖、と御嶽は顔をひきつらせる。
羽香奈は想像以上にカワイイもの、特には『健気でカワイイもの』を目にすると、この様に暴走状態に陥ってしまうのだ。
ある時なんかは、『無能力者だが、レベル5を頑張って目指している小学生』を、『健気カワイイ!! 一家に一台欲しい!』と通販番組を見た主婦のような反応をして連れ去ろうとしたこともあった。
つまりそれだけカワイイものに対する独占欲が高いのだ。

「仕方ないな~~、『健気カワイイ』君に免じて……」

だが最近は自重したらしく、誘拐事件にまでは発展してはいないらしい。
代わりにこんな風に少し物腰が柔らかくなって甘くなるのだ。

「み、見逃してくれるのか!?」

「バカ言えっ!」

ピシャリと男を叱りつける羽香奈。
甘くなったとはいえ、悪事を見逃すほどではない。

「君には~~ 一からやり直せる道を与えてあげるんだよん。これがあたしから君への“救済”。しっかり受け止めるんよ~~」

そう言って、羽香奈は男の額に人差し指を突き出す。
先程御嶽に行ったと同じ、能力の行使だ。

「う、何だこれ!? 体が、心が……」

男は背に乗る御嶽を振り払って、一目散にどこかへ駈け出して行った。
そんな光景を見届けて御嶽は口を開く。

「羽香奈。あなたの能力もかなりえげつないわね……」

「ううん、これは無駄に争う必要のない、とってもと~~っても素晴らしい能力なんだよ」

羽香奈の性格からしてあの男に『何をさせたくした』かは大体分かる。
だがそれ以上の言葉を噤んで、

「まあ、それは置いておくとして、この“ゲコタ”とかいう人形を持ち主のもとへ返してあげようか。今頃必死に探しているだろうし」

御嶽はゲコタの感触を手で味わいながら、羽香奈の方を向いた。

「めんどいけど、これも きゅうさ……ゲホンゲホンの仕事だと思えば仕方がないか~~」

羽香奈はめんどくさそうな表情を浮かべながらも了承してくれた。

「じゃあ、これだけの人ごみだから、はぐれちゃわないように手を繋がない?」

「いい歳して手をつなぐとか……あ! でもそれ一週回ってカワイイかも!」

二人は手をつなぎ、ゲームセンターの中を調べ始めていく。
なんだかんだ言って仲が良いのが中学1年生といったものなのである。








一方その頃。

「はぁ……はぁ。どうしちまったんだ俺……何故か今とっても自首したい。俺の罪を風紀委員か警備員に懺悔したい!!」


羽香奈の能力によって、『自首をしたい』という思いにされた男は、ゲームセンターを抜けた公道の所を突っ切っていた。
周りから振りかかる視線が嫌に痛い。
どうせ『変な人』と思っている程度の目なのだが、今の男にとっては犯罪者の自分に対する軽蔑の目にしか感じれなかった。

「あっ! あれは!」

そんな中、男はついに向こう側から歩いてくる風紀委員の少女を見つけた。
この罪悪感から解き放たれるなら、もはや務所だろうが何だろうが甘んじて受け入れられる。
男は嬉々としてその少女の方へ向かって行った。

常盤台の制服を纏ったその少女の髪は茶髪のツインテール。
胸の方はやや頼りないが、優しく微笑むその姿は全てを包容してくれる女神のようにも見えた。

「まあそれは、それは――――」

男は、自分の犯した罪の全てを話した。この少女なら自分を変えてくれると、優しく包み込んでくれると信じて。

「よくもノコノコと私の前に現れて来れましたわね。貴方のような類人猿が今後二度とそのようなことをしないよう、タップリと躾《しつ》けてあげますわ」

「え――――」

男は、今になって気がついた。そして、後悔した。
これが本物の『心も体も切り刻んで再起不能にする最悪の腹黒空間移動能力者』……なのだと。

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最終更新:2012年05月13日 21:43