「躯園お姉ちゃん・・・」
「・・・何よ。まだ、何か言い足りないことでもあるの?」
界刺と林檎が去った後、春咲と躯園は対峙していた。決着をつけるために。
「躯園お姉ちゃんは・・・私には勝てない」
「はあっ?一体何を根拠にそんな妄言を・・・」
春咲の口から出た勝利宣言を、躯園は鼻で笑おうとする。しかし・・・
「・・・私にはこれがある」
「!!」
それは、春咲の手に握られていたガスマスク。それを見せ付けるように体の前に持って来る。
「躯園お姉ちゃんの『毒物管理』はこれで防げる。仮に、皮膚から入り込むタイプの毒物を出したとしても・・・それは諸刃の剣。お姉ちゃんにも危害が及ぶ」
「・・・・・・」
「お姉ちゃんが今そうやって体内に毒物を溜め込めるのも、お姉ちゃんが『通常』だから。
自分を巻き込むタイプの毒物で・・・もし自分に危害が及んだ時、お姉ちゃんの能力は乱れて・・・最後に自滅してしまう。違う?」
「・・・・・・!!!」
春咲は躯園の沈黙を是と取る。躯園の『毒物管理』の弱点を、春咲は自らが地獄を見たあの制裁中に見出していた。
「だから、お姉ちゃんは私に勝てない。だから・・・だから・・・」
「・・・『戦闘を止めて』とでも言いたいの、桜?」
「ううん、違う」
「・・・なら、何を・・・?」
躯園は春咲の言いたいことを掴めない。そんな姉に、妹は言葉を詰まらせながらも最後まで言い放つ。
「だから・・・だから・・・自首しよ?一緒に」
「・・・自首ですって・・・!!?」
春咲の言葉に驚愕する躯園。
「そう。私は風紀委員なのに救済委員になっちゃった。お姉ちゃんは・・・妹に暴力を振るい続けた。
私もお姉ちゃんも・・・間違っちゃったんだよ。許されないことをしちゃったんだよ。だから・・・一緒に」
春咲は語る。自身が風紀委員であるのに救済委員になったことの罪を認めたことを。
今頃になって認めた自分の馬鹿さ加減に心の底から呆れる春咲。だけど・・・永遠に気付かないよりはずっといい。
姉が齎した自身への暴力についても、黙って泣き寝入りするのでは無く、ちゃんと訴えるべきだったのだ。誰でもいい。親に。友人に。仲間に。
こんな事態にまで発展した一因は、自分にもある。もちろん、目の前に居る姉にも。だから、これはけじめ。罪の清算。
春咲桜という少女の覚悟。
「ふざけないで・・・!!」
「お姉ちゃん・・・」
だが、躯園は春咲の言葉を受け入れない。むしろ、その表情には春咲に対する怒りさえ宿っていた。
自尊心が高く、己に絶対の自信を持つ躯園にとって、己の非を、罪を認めなければならない春咲の言葉を受け入れることは・・・絶対にできない。断固として。
「私は・・・私は!!アンタみたいな出来損ないとは違うのよ!!私は、何一つ間違ったことなんかしていない!!私は、選ばれた人間なのよ!!!」
「躯園お姉ちゃん・・・。どうして、どうして私の言葉を聞いてくれないの・・・?」
躯園の返答に春咲は悲しみの感情を抱く。どうしたら、己が姉に自分の気持ちが届くのか。今の春咲には、それがわからない。
「だから・・・私は自首なんていう愚か極まりない真似なんかしない。自首したければ、アンタ1人ですればいい!!!」
「お姉ちゃん・・・」
「いや・・・アンタが自首なんかしたら、そのとばっちりが私に来ないとも限らないわね・・・。やっぱり、アンタは今ここで・・・」
「!!」
躯園が持っていた手さげ袋―躯園用のガスマスクが入っている―から取り出したのは・・・リボルバー式の拳銃。
「中々の年代物よ、コレ。私の最近のお気に入りなの」
「お姉ちゃん・・・戦うしかないの?」
「何言ってるのよ、クズ。これは、アンタが仕掛けてきたんでしょ?私はアンタを片付けて、早く林檎に会いに行かなくちゃいけないの。だから・・・」
躯園が銃口を春咲へ向ける。春咲は、自分が出て来たコンテナへ何時でも飛び込めるように準備する。
「さっさと死ねええぇぇっ!!!このクズがああぁぁっ!!!」
「!!!」
哀しくも譲れない戦いが、幕を開ける。
ドオオオオオンンン!!!!
「キャッ!!」
「!!」
突如上空から聞こえた轟音に羽香奈は驚く。それによって、農条を縛っていた『絶対挑発』が解かれる。
「羽香奈ちゃん・・・」
「嫌・・・嫌・・・」
農条に掛けた『絶対挑発』が解けたことに気付いた羽香奈は、涙目になりながら後ずさりする。
「落ち着いて、羽香奈ちゃん!俺は君に危害を加えようなん・・・」
「嫌あああぁぁっっ!!!!」
「羽香奈ちゃん!?待って!!」
農条の声も届かず、羽香奈は自分に迫ってくるあらゆる危険性から逃げる。生き残るために。彼女は・・・パニックになっていた。だから・・・
「羽香奈ちゃん!!危ない!!!」
「えっ・・・」
羽香奈は気付かなかった。自身に上空から高速で飛来して来たコンテナに。農条の声に駆ける脚を止めてしまった羽香奈に、コンテナを避ける暇など無かった。
ドガガガガガガンンン!!!
羽香奈が居た場所に寸分違わずコンテナが衝突した。その勢いのまま、地表を跳ねて、転がっていくコンテナ。衝突地点は、さながら小型のクレーターとなっている。
「・・・ん。・・・あ、あたし・・・生、きてる?」
そんな土煙漂う中、衝突地点で脚を止めてしまった羽香奈は我に返る。確か、自分目掛けて突っ込んで来たコンテナに私は・・・。
「だ、大丈、夫?羽香奈・・・ちゃん・・・?」
「えっ・・・?」
上方から聞こえて来た声に羽香奈は目を向ける。その声の主は、羽香奈を庇うように覆い被さっていた・・・農条。
「農条さん・・・!?あ、頭から血が・・・!!ま、まさかあたしを庇って・・・」
「別にコンテナが直撃したわけじゃ無いってね。衝突で砕けたコンテナの破片が何かが掠っただけ・・・痛っ!!」
「農条さん!!」
負傷した頭を抑えるようにその場に座り込む農条に、羽香奈は寄り添う。
「ど、どうして・・・どうしてあたしなんかを助けんの!?農条さん達は、あたし達への報復に来たんじゃないの!?何であたしなんかのために・・・!!」
羽香奈は混乱する。思考が纏まらない。どうして、目の前の男は自分を助けたのか。
「そんなこと決まってるじゃないってね。仲間だからだよ」
「へっ・・・?仲間・・・?」
そんな羽香奈に農条は優しく語り掛ける。激しくなって来た周囲の轟音を無視して。
「俺にとって、穏健派だろうが過激派だろうが、同じ救済委員の仲間ってことには違いないよ。
そりゃあ、躯園だけは気に入らないけど・・・雅艶も峠も他の連中も・・・そして羽香奈ちゃんも、俺にとっては仲間なんだよ。だから助ける。当たり前じゃないってね」
「農条さん・・・」
農条にとって、救済委員とは穏健派だろうが過激派だろうが関係無く同じ仲間である(躯園は例外)。
確かに過激派の行動にはやきもきもする。だが、それが助けない理由にはならない。
現に、農条は過激派の逃走等にも協力したりしている。故に、今回羽香奈を助けたのも農条にとっては当たり前のことなのだ。
「俺達がここに来たのは、過激派の鼻を明かしに来た、つまり借りを返しに来たってだけなんだよ。喧嘩って言い方もできるね。簡単に言えば、文句を言いに来たってだけの話ってね」
「文句・・・?」
「そう。そりゃあ、他の連中も色々内に秘めていることはあるんだろうけど、少なくとも俺はそういう認識ってね。ましてや、穏健派の羽香奈ちゃんをとっちめに来たわけじゃ無いよ?」
「で、でも・・・あ、あたし・・・。春咲桜って娘を・・・」
「羽香奈ちゃん。君は桜ちゃんへの制裁に加わったの?」
「あ、あたしは・・・春咲桜って娘の・・・記憶を誘導したり暴露させたり・・・した。七刀さんと組んだりも・・・した」
「・・・そうか」
急に低い声になった農条に羽香奈は恐怖を抱く。自分も春咲への制裁に加わったことを農条が知れば、自分を仲間と認めなくなるかもしれない。
だが、それでも答えたのは先程自分を助けてくれた農条に、自分を仲間と言ってくれた農条に嘘を吐きたくなかったから。
「羽香奈ちゃんはさ、桜ちゃんへの制裁を・・・何とも思わなかったの?」
農条の声が更に低くなる。だが、羽香奈は気後れしながらもやはり嘘を吐かずに返答する。
「・・・最初は面白半分だった。『裏切り者』への制裁を下すって聞いた時は、自分も賛成した。私達を・・・救済委員を裏切るなんて許せなかったから。
でも、あの娘への制裁が進んで行く中で気分が悪くなった。疑問も浮かんだ。あそこまでしなきゃいけないのって。救済委員ってこんなんだったっけって。
それは・・・今も感じてる。救済委員って、命を懸けなきゃいけないものだったのって」
羽香奈の声が震える。何時しか彼女の目には涙が浮かんでいた。
「でも、そんなことを言っちゃったら・・・あたしはどうなるの?あたしも・・・あの娘みたいになっちゃうの?あたしも『裏切り者』になっちゃうの!?」
羽香奈が恐れたのは、雅艶達に『裏切り者』と認識されることであった。もし、制裁中に異論や疑問を挟めば、自分も『裏切り者』扱いされかねない。
直接的な戦闘力を持たない羽香奈にとって、雅艶達にそう判断されるのは死活問題であった。だから、制裁中に抱いた疑問等は心に閉まった。
それは、このターミナルでも同様だった。羽香奈としては、ここに居るよりも早く自宅に帰りたかった。
だが、雅艶達が今後についての会議を行うとしたために、羽香奈は帰るに帰れなくなった。
集団から1人だけ疎外されることを・・・自分達に協力しない『裏切り者』として扱われることを・・・羽香奈は恐れたのである。
「・・・そうか。フッ、やっぱり羽香奈ちゃんは俺達の仲間だね」
「えっ?」
農条の言葉に驚きながら俯かせていた顔を上げる羽香奈。そんな彼女の頭に血の付いていない方の手をポンと置く農条が言葉を紡ぐ。
「羽香奈ちゃんは・・・桜ちゃんへの制裁に疑問を抱いたんだろ?それがわかったから、俺は安心して君を仲間って呼べるよ」
「ど、どうして。あ、あたしはあの娘を・・・」
「誰だってさ、周囲が強ぇ連中ばっかで固まっていたら自分の本音を主張し難いって。俺だってそうだよ。姐さんの作戦に疑問があっても反論し難いし。姐さんってキレると恐いから」
農条の声に含まれるのは・・・“許し”。
「さすがの俺も、羽香奈ちゃんが桜ちゃんへの制裁に何の疑問も抱かなかったって言うんだったら、それは・・・って感じだったけど。
でも、羽香奈ちゃんはちゃんと疑問を抱いた。何もできなかったのは雅艶達が恐かっただけ。反抗する覚悟が足りなかっただけ。そうでしょ?」
「・・・う、うん」
「だったら・・・君がしなけりゃならないことは簡単ってね。桜ちゃんにちゃんと謝ること。いいね?」
「そ、それだけでいいの?」
「むしろ、それしかないよ。この騒動は俺等の勝手で起きてるしね。だから、ちゃんと桜ちゃんに謝る。それで、桜ちゃんが許すかどうかはわからないけど。
それが約束できるって言うのなら、俺は羽香奈ちゃんを守るよ。俺の命に懸けて。だって、仲間なんだから。わかった?」
農条の言葉が心に深く染みる。涙が止まらない。羽香奈は我慢ができなくなって・・・農条の胸へ飛び込む。
「・・・条さん・・・農条さん!!!あ、あたし・・・恐かった。本当に恐かった!!」
「あぁ。もう大丈夫だよ、羽香奈ちゃん」
「あの娘にもちゃんと謝る!!許してくれなんて口が裂けても言えないけど・・・それでも!!!」
「うん。わかった」
それ以降は言葉にならなかった。羽香奈の泣き声が農条の耳に突き刺さる。だが・・・何とかなった。仲間を守ることができた。それだけで・・・農条は満足だった。
戦場に訪れた束の間の穏やかな空気。だが・・・戦場の空気は容易に一変する。
ドガガガガガガガ!!!!
「「!?」」
凄まじい轟音に農条と羽香奈が目を丸くする。隣接するコンテナの角から轟音の発信源を見やる2人の目に映ったのは・・・
「そらそらそらあああぁぁぁっっ!!!」
「いっけええぇぇっ!!!そらひめ先輩―い!!」
「仮屋!!」
「うん!!」
上空を縦横無尽に飛び回る者達。
一方は、周囲にコンテナや鉄パイプ、果てはターミナルに置かれているクレーン車までも浮遊させて、それ等を自由自在に振り回す少女達。
もう一方は、迫り来る凶器を紙一重で避けながら、ここぞという時には大衝撃波でもって凶器を一気に吹き飛ばす男(?)達の姿があった。
自分たちとは次元の違う空中戦を繰り広げている姿に圧倒される農条と羽香奈。
「(あれが、界刺が言ってた“花盛の宙姫”って奴か!それと互角にバトってんのは・・・界刺の仲間か!さっきの“激流”もだけど、『
シンボル』ってスゲェ・・・!!)」
「(も、もう!!何なのよ、一体!!)」
だが、何時までも留まってはいられない。農条は傍らの少女を促す。
「羽香奈ちゃん。とりあえず、俺達はこのターミナルから脱出するんだ。あんなとんでも連中の戦闘に巻き込まれたら、命が幾つあっても足りないってね。どう?」
「うん、うん!あたしも賛成!こんな所、1秒でも早く脱出したい!!」
「それじゃあ、行くよ!!」
「うん!!」
かくして2人の男女は戦場からの脱出を図る。戦場に響き渡る轟音を耳にしながら。
continue!!
最終更新:2012年05月21日 22:16