ここは、コンテナターミナル中心部から離れた一角。そこに、花多狩と峠が対峙していた。

「くそっ!どこもかしこも光源が照ってやがる!!鬱陶しい!!」
「お願い、峠!!私の話を聞いて!!」
「あぁ!?私の腕を撃ち抜いた敵と、一体何を話せ的なのかしら!?ふざけんじゃないわよ!!」

峠はコンテナを壁にし、別のコンテナの上に居る花多狩の『演算銃器』から身を隠す。だが、これも一時凌ぎであることは峠にも重々わかっていた。
花多狩の持つ『演算銃器』は、その気になれば鋼鉄すら撃ち抜く武器だ。今峠が壁にしているコンテナとて、その気になれば貫通させることもできると峠は予測していた。

「・・・確かにあなたの腕を私は撃ち抜いた。でも・・・それでも私はあなたを敵だなんて思っていない!!私は・・・」
「ハッ!まさか、友達とでも言うつもり?馬鹿的なことを言ってんじゃないわよ、菊!!」
「峠・・・!!」

峠の『暗室移動』は暗闇下では空間移動系能力者の中でもトップクラスの実力を誇るが、今のように光源が周囲を覆っている状況では、発動自体が不可能である。
そのため、峠は能力を発動するために光源が照っていない場所―何かの影―を探していた。花多狩の銃口を避けながら。

「私は、自分への攻撃にはそれと同等の報復でもって相対するわ!この腕の痛みを・・・菊、あなたにも味合わせてあげる!!」
「・・・そう、そうね。あなたはそういう主義だったわね」
「そうよ!だから、何時までも私を友達なんかじゃ無くて、敵として・・・」






パアァァンッッ!!!






「グアアアアァァッッ・・・!!」
「ちょ・・・ちょっと!!菊!!あなた・・・何を・・・!?」

銃声が鳴り響く。驚愕する峠の視線の先にあったのは・・・自らの左腕―峠が花多狩に撃ち抜かれた場所と同じ―を『演算銃器』で撃ち抜いた花多狩の姿であった。
花多狩は、激痛に体をうずくまる。その姿を峠は驚愕したまま、何も考えられずにただ疑問の言葉を発する。

「ガァッ・・・ハァ・・・ハァ・・・。こ、これが、峠の痛みか・・・。アアアアァァッッ!!!」
「菊!?あなた・・・!!」

激痛に悶え苦しむ花多狩の様子に、思わず駆け寄ろうとする峠。その行動を、自身が取ろうとした行動を少し遅れて自覚した峠は呆然となる。

「(な、何、私・・・。今・・・何をしようとした?ま、まさか・・・菊に駆け寄ろうとした?敵・・・な、のに?)」
「ハァ、ハァ・・・。峠・・・少しでいいから・・・私、の話を聞いて・・・。ハァ、ハァ」

そこに降り掛かるは、己が敵と見なし、敵が友と見なす少女の必死の訴え。

「わ、私は・・・今もあなたのことを・・・友達だって思ってる。かけがえの無い仲間だって」
「菊・・・!!」
「でも・・・だからこそ、許せない。あなたが春咲さんの制裁に加わった事実を・・・!!」
「!!」

花多狩の口から出たのは、自身も手を出した春咲桜への制裁。

「私が・・・レベル0だってことは、勿論知っているわよね、峠?私が・・・能力者に対する嫉妬を持ち合わせていることも」
「そ、それがどうしたって言うのよ!?」
「でも・・・これは知らないわよね。私には・・・妹が居るの。レベル4の妹が」
「!!」

花多狩の言葉に峠は目を丸くする。確かに峠は、花多狩にレベル4の妹が居ることなんて聞いたことは無かった。
その反応に花多狩は、激痛に苛まれながらも無理矢理笑顔を作る。

「私はね、そんな妹にも嫉妬しているの。家族である筈の妹によ。どうしたって、止められないの。何で妹には才能があって、自分には無いのかって。
だから、救済委員になった。こんな才能の無い自分でも何かできることはあるって。それを証明したいって。そう思ったから。あの娘も・・・春咲さんも私と同じなのよ。
自分の力に自信が持てなくて、無力だってどうしても思ってしまう自分を否定したくて、自分の力を証明したくて・・・彼女は救済委員になった」
「・・・!!」

花多狩は、己が心の全てを眼下に居る友達打ち明ける。

「彼女の姉・・・躯園は、そんな己の存在価値を見出せずに苦しむ妹を否定し、痛め付けた。高位能力者が低能力者をという図式・・・しかも姉が妹を。
峠・・・私はそんな図式が嫌いだってことをあなたは知っているわよね?
私なら・・・幾ら私が妹に嫉妬したとしても、妹を否定しようとも痛め付けようとも思わないし、絶対にしない!!
だって・・・家族なんだもの。幾ら才能を羨んでも嫉妬したとしても・・・この世界でたった1人の私の妹なんだもの・・・!!」

花多狩は、己が妹―花多狩百合―の笑顔を思い浮かべる。幾ら妬んでも、幾ら愚痴を零したとしても・・・あの眩しい笑顔を自分は絶対に裏切らないと心の底から言える。

「で、でも、あいつは!春咲桜は私達を裏切って・・・」
「春咲さんは裏切ってなんかいない!!」
「!!」

峠が発した裏切り発言に、猛然と反発する花多狩。

「春咲さんは・・・私達を風紀委員に売ろうとなんかこれっぽっちも思っていない!!救済委員を潰そうとも思っていない!!
さっき言ったでしょ?彼女は・・・私と同じなのよ。自分を認めてくれる存在が欲しかっただけ。私で言う・・・あなたのように」
「!!」
「峠。私にとって、高位能力者で初めて友達になれたのはあなたが最初なのよ。
気が強くて・・・自己中心的で・・・でも根は優しいあなただからこそ、私は好きになった。レベルも関係無しに・・・ね。
私の知るあなたなら・・・今回の制裁だって仕掛け前に私へ知らせてくれた筈。羽香奈を介してでも。
過激派の・・・大体は雅艶だけど、何かしらの提案や作戦が持ち掛けられた時は、あなたは何時も私に意見を求めて来たじゃないの?
なのに、今回はそれが無かった。何時も通りじゃ無かった。峠・・・あなたは心の何処かでは後ろめたい気持ちがあったんじゃ無いの?春咲さんへか・・・私へか・・・自分自身に。
あなたが元風紀委員で、風紀委員を嫌っていることも失望していることも私は知っているわ。でも、それが私に連絡しなかった本当の理由じゃ無いんでしょう?
答えて、峠。春咲さんへの制裁について・・・あなたが私に意見を求めなかった理由は一体何・・・?」
「・・・!!!」

花多狩の問いに峠は答えられない。理由は・・・彼女にしかわからない。
花多狩の言う通り、峠は過激派が固まって事に当るとき、その作戦内容等について、友達であり、穏健派の指揮官的役割を負う花多狩に何時も意見を求めていた。
雅艶達の発案は大体が過激なものであったため、峠としては保身のためにも雅艶達には無断で花多狩に意見を求めるのが常であった。
作戦面に関して、自分でろくすっぽ考えずに友人を頼りまくる彼女に花多狩は愚痴を零しながらもきっちり回答する。これも常であった。
それが、今回の春咲桜への制裁については常では無かった。事前に穏健派に気取られないよう雅艶から指示はあった。
だが、今までの峠なら雅艶の指示を無視して花多狩に相談していた筈である。それなのに・・・。
峠は、花多狩に指摘されて初めて己の不可解な行動に気が付いた。その理由にも。気が付いて・・・気が付いたからこそ引き返さない。
何故なら、自分を好きと言ってくれる友達に顔を向けることが・・・もうできないから。自分は、友達の信頼を裏切ってしまったから。

「菊・・・。もう御託はいいわ。さっさとケリをつけましょう」
「峠・・・」

峠は護身用の拳銃を取り出す。これは、銃器の扱いに詳しい花多狩に選んでもらった物。普段なら使うことはないそれを、峠は構える。心に涙の雨を降らせながら。

「さぁ!あなたと私。どちらがこの戦場で生き残るか!!・・・いくわよ!!」
「峠・・・。ウッ!!クッ・・・」

峠の拳銃が火を吹く。花多狩は未だ激痛が走る左腕を庇いながらも、峠の銃弾を避けようと身を屈め移動して行く。
矛盾する激しい感情を抱きながら、2人の少女は戦火へその身を投じて行く。






「ハァ・・・ハァ・・・。くっ!!」
「・・・・・・」

ここは、コンテナターミナルの中心部。今ここで戦闘を行っているのは水楯と七刀。
戦闘と言っても、一方の圧倒的な攻勢をもう一方がギリギリかわすという様相であるが。

「(全く・・・。たまったものではありませんね。林檎さんの話ですと、あの“宙姫”も現れたようですし。先程からの轟音がそれでしょうか?)」

水楯が繰り出す様々な水を、七刀は周囲にあるコンテナを利用しながらも―数多の掠り傷を負いながらも―紙一重で避け続けている。
見切りに長けた七刀らしい対処ではあるが、それも何時まで続くかはわからない。

「(何とか彼女に近付かなければ・・・斬撃も『思想断裁』も繰り出すことができない・・・!!)」

水楯は七刀の能力や戦闘方法を知っているためか、先程から遠・中距離攻撃に終始している。おそらく、七刀の間合いに入らないがために。

「(しかし・・・戦闘を始めた頃に比べると攻勢が緩くなって来たというか、鈍くなって来た気がしますね・・・)」

七刀は看破する。水楯が支配する水の勢いに翳りが見え隠れしているのを。

「(私の目が慣れて来た・・・あるいは彼女の疲労・・・いや、違う)」

同時に七刀は水楯が浮かべる表情の僅かな変化に気付く。それは、『思想断裁』を行使するようになってから七刀の中で形作られた経験則に基づく判断。

「(あの表情の変化が意味するもの・・・おそらくそれは、心配の感情。この轟音を発生させている元凶・・・“宙姫”の襲来によるもの)」

七刀は気付く。水楯の攻勢が鈍くなり始めたのが、戦場を轟かす轟音が聞こえ始めた辺りだったことを。

「(“宙姫”は過激で有名ですし、今聞こえる音からしてもそれは真実。つまり、目の前の少女は心配している。“宙姫”によって仲間に危害が加えられないかを!!)」

故に、七刀は仕掛ける。刀による斬撃でも『思想断裁』でも無い、それは言葉の“刃”。






「そんなにお仲間が心配でしたら、私を放っておいて早く向かわれてはどうですか?」
「!!」

水楯の表情が変化した。それは、驚き。自分が抱く感情を目の前の男に見抜かれたからか。
七刀は自分の見立てが正しかったことにほくそ笑み、次々に“刃”を放つ。

「あなたのお仲間は穏健派でしょうか・・・それとも『シンボル』でしょうか?あぁ、そういえば穏健派に1人紛れ込んでいましたねぇ。確か・・・『シンボル』の変人が」
「・・・!!」

水楯の攻勢が苛烈になる。だが、そんな感情に任せた攻撃は七刀には当らない。攻撃の呼吸が七刀には手に取るようにわかる。

「そうそう、あの変人ですが、雅艶さんにボコボコにされたようですねぇ。光を操るとお聞きしていますが、雅艶さんとは相性最悪でしたね」
「・・・れ」

水楯の声が低くなる。だが、七刀の演説は止まらない。

「その姿を拝見できなかったことが真に残念ですよ。その打ちのめされた姿・・・見ればさぞ滑稽に思えたでしょうに」
「・・・黙れ・・・」

水楯の声に憤怒の感情が宿る。しかし、七刀は言葉を重ねる。更に分厚く、高らかに。

「あんな弱弱しい男に、何故あなたのような人が手を貸すのか私には理解不能です。あの変人に・・・そんな価値があるとはとても信じら・・・」
「黙れ!!!」

界刺を馬鹿にされ続けることに、遂に我慢できなくなった水楯が何時までも当らない距離の離れた攻撃では無く、近距離からの攻撃を行うために七刀に近付く。
それが、七刀の狙いであり罠であることに気付かずに。

「(今だ!!)」

七刀が前方へ一気に加速する。抜刀の構えを取る。狙いは・・・自分へ突っ込んで来た水楯。

「!!!」
「はああぁぁっっ!!!」

七刀が抜刀する。水楯が反応する。そして・・・

「・・・!!」
「(斬った!!)」

七刀の斬撃は、水楯の左肩を捉えた。水楯も咄嗟に『粘水操作』によって自分の近くにある水の粘度を増加させて斬撃を逸らそうとしたが、七刀の方が一瞬速かった。
浅めながらも左肩に七刀の一撃を喰らった水楯。それは、『思想断裁』を喰らったことも意味する。

「(仕留めるなら今!!)」

七刀は水楯に追撃を加えようと刀を返す。今の水楯は、『思想断裁』による思考の空白が発生している状態である。
“断裁”されたのは、直前のやり取りから察するに『シンボル』の変人に関する記憶と七刀は判断していた。
『思想断裁』を行使して来た経験則から、七刀は“断裁”された直後の人間には一瞬の思考空白が生まれる、つまり無防備状態に陥ることを知っていた。

「(はああああぁぁっっ!!!)」

七刀は敵に重傷を負わすことに一切の躊躇いは無い。それが、たとえ女子供でも。故に、迷い無く追撃の斬撃を繰り出す―






ガシッ!!!






筈だった。

「!?」

だが、七刀の目論見は崩れる。

「・・・はしない」
「ば・・・馬鹿な・・・!!グホッ!!」

自身へ向けて振り下ろして来た刀を持つ右手首を左手で掴み、空いている右手で七刀の喉を握り潰す程に握る水楯。

「あなたなんかに・・・『シンボル』との・・・界刺さんとの絆を断ち切られはしない・・・!!」
「ゴフッ、ガハッ!!!」

喉を強く握られ呼吸困難に陥る七刀に、水楯は静かな怒りを込めて宣言する。

「(流麗・・・あなたは足手まといなんかじゃない・・・。だって、こうして私を助けてくれたんだもの)」

水楯はここには居ない己の仲間に声なき声を贈る。何故水楯は七刀の『思想断裁』を防ぐことができたのか。
それは、『シンボル』の“参謀”形製流麗の能力『分身人形』による“保険”を掛けていたからである。
今回水楯に掛けられた“保険”とは、外部からの精神干渉を受けた場合に『分身人形』がその防壁となるというものである。
具体的には、『分身人形』による“通常状態に戻るための洗脳”である。
故に、七刀の『思想断裁』にて“断裁”された界刺の記憶を、『分身人形』による洗脳で即座に上書きしたのである。
(言い換えれば、今水楯に掛かっている洗脳が解除されれば、『思想断裁』の効果は復活する)
『知覚心像』及び『記憶心像』の性質を用いた、これが形製流麗の能力『分身人形』の真骨頂である。

「ガアアアァァッッ!!!」

そんなこととは全く知らない七刀は、いよいよもって絶叫を挙げる。その声をうるさく思った水楯は、

「ゲスが・・・」

七刀の喉を掴んでいた右手を放すと同時に、自身が支配する大量の水を四方八方から七刀にぶつける。

「ゴボボボポポ・・・」

七刀の日本刀は、水圧を用いたウォーターカッターによって破壊される。そして、水の牢獄に囚われた七刀は窒息寸前まで追い詰められる。

「さっさとここから・・・」

その寸前に、水楯は水の牢獄を濁流に変化させ、七刀ごと近くのコンテナへ突入させた。猛烈な速度でコンテナに叩き付けられた七刀が意識を失う前に見た光景は、

「・・・去ね!!!」

水の粘度を操作することで自身の体を水のロープによって濁流と繋ぎ、濁流の勢いを利用した高速突進による掌底を七刀の顔面へ向けて放つ水楯の姿であった。






ガンッ!!!






水楯が放った掌底を受けて、七刀の後頭部とコンテナが衝突する。数秒後、そこには体中から血を流して気絶している七刀の姿があった。
だが、水楯はそんな七刀に一瞥もくれない。何時の間にか濁流で外れた七刀の伊達眼鏡すら―最初から己が目に映っていないかのように―平然と踏み潰す。
何故なら、彼女に取って自分を害した存在には何の価値も見出せないからである。

「(界刺さん・・・皆・・・無事でいて)」


“激涙の女王”の裁きは下された。それ以上でもそれ以下でも無い。故に、水楯はこのターミナル中心部を後にする。今も戦っている己が仲間の下へ向かうために。

continue!!

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最終更新:2012年05月22日 21:19