「(ねぇ。何で“花盛の宙姫”が来るってわかったの?)」
「(ヒ・ミ・ツ)」
「(え~。お兄さんのイジワル~)」
「(ミステリアスな男の方がモテると俺は思うんだけどなぁ。女性的にはどうなの?)」
「(う~ん。どうなんだろ?)」

界刺と林檎は順調にターミナルから離れつつあった。先程から、ターミナルから轟音が響き始めており、林檎は危険な場所から離れることができたことに安堵していた。

「(しっかしまぁ・・・最近は疲れが酷いぜ。おかげで、この前のテストなんかボロボロでさぁ)」
「(!!へへ~ん、あたしは全教科90点以上だったよ。ブイ!!)」
「(マジ!?すげぇなあ、林檎ちゃん)」
「(そうでしょ、そうでしょ。ニッシッシ~)」

林檎には、目の前の男が躯園や雅艶達の敵であるとはどうしても思えなかった。自分とこうやって普通に会話し、暴力に訴えることもしない。
確かに桜の仲間のようだが、それにしたって自分に対する敵意が全く感じられない。制裁に加わった張本人の1人である林檎を目の前にしても。
日々猫被りしている林檎だからこそわかる。今の界刺は素だ。自然体と言い換えることもできる。それが・・・林檎には羨ましかった。

「(よかったら、あたしがお兄さんの勉強に付き合ってあげようか?これから夏休みだし。今なら無料にしとくよ?)」
「(・・・やめてくれ。夏季講習なんて真っ平御免だ。折角の夏休みなのに。
それに、中学2年生に勉強を教わる高校2年生ってどうよ?恥ずかしいにも程がある。もしそんなことがバレたら・・・学校内の笑い者だぜ)」
「(確か、お兄さんって男子校なんだよね?やっぱり、共学とかとは雰囲気が違ったりする?)」
「(・・・筋肉の化物が居る)」
「(えっ?何それ?化物?筋肉の?)」
「(そうだぜ、林檎ちゃん。男子校には筋肉の化物達が居るんだ。巨漢で古風的な喋り方をする筋肉ダルマや、何かをする度に全裸になる筋肉の裸王が)」
「(えぇ!!何それ!!超面白そう!!)」
「(えっ?)」

林檎は界刺の語る男子校の実態にいたく興味をそそられる。林檎が通う映倫中にそんなオモシロ学生は居なかったからである。

「(だってぇ!!筋肉モリモリの巨漢の裸王でしょ!?すっごく面白そう!!そんな人達が居る学校生活って絶対に楽しいに決まってるって!!)」
「(何か色々混ざってるような・・・。だけど、そいつ等って何か言う度に、『筋肉を鍛えろ』とか『脆弱』とか、筋肉ばっかりしか頭に無いんだぜ?しかも、今の時期だと超暑苦しいし)」
「(いいじゃん!鍛えて損は無いって!あたしだって、こんなナリだし・・・。もっと大きくなりたいんだ。でも、ちっとも大きくならないの)」
「(・・・胸とか?)」
「(そう!!)」
「(・・・堂々と言っちゃったよ、この娘)」

界刺は林檎のはしゃぎっぷりに目を丸くする。どうやら、春咲三姉妹の中でもこの三女は相当なじゃじゃ馬のようだ。

「(あぁ、いいなあ。面白そうだなぁ。こんなことなら、男に生まれて来たらよかったなぁ。そしたら、お兄さんのトコに入れたのに)」
「(・・・今の学校がそんなに不満なのかい?)」
「(不満って言うか・・・退屈なの。学績面も能力面もいっつも高評価ばっかりで。上が見えちゃってるって言うか・・・)」
「(テストがボロボロだった俺からしたら、羨ましい限りだぜ。そのいかにも頂上に居る的な台詞は)」
「(ご、ごめん。別にお兄さんをどうこう言うつもりは無かったんだ。ただ・・・)」
「(・・・ただ?)」

林檎は今日会ったばかりの男に、自分が抱える思いを打ち明けていいものか一瞬迷う。だが・・・

「(最近は、学校に居ても全然面白く無いの。教師連中は成績がいいからってチヤホヤするだけだし、クラスメイトとかも腫れ物に触るような話し方だし。)」
「(ふ~ん。もしかして・・・友達とか居ないの?)」
「(・・・うん。居ない。心の底から友達って言える人は居ないよ)」
「(何で?)」
「(・・・お兄さんってド直球だね。多分、皆気付いているんだと思う。あたしが猫被りをしているのを)」

林檎は、両手を後ろで繋いだまま上空の星空を見上げながら呟く。

「(目上の人とか、自分よりすごい人には愛嬌を振り撒いて、自分より下って判断した奴には蔑んだ態度を取る。時には暴力も・・・。そんなあたしを友達にする奴なんて、居る訳無い)」
「(ふ~ん)」
「(・・・驚かないんだね。軽蔑とかしないの?)」
「(俺って、別にそんな大層な人間じゃ無ぇしな。その林檎ちゃんの暴力を振るう場面とか見たこと無ぇし。それに林檎ちゃんとは違うけど、俺も昔馬鹿なことをやった経験もあるし)」
「(へぇ。そうなんだ。じゃあ、あたしと一緒だね!)」
「(・・・何でそこで納得してんの?普通はさ、ここで『あたしとお兄さんは違うと思うよ』的なフォローがある所じゃね?)」
「(だって、あたしだってお兄さんが言う馬鹿やった所なんか見たこと無いし)」
「(切り返しもうめぇ!!何、この娘!?)」
「(・・・お兄さんって面白いよね。初対面であたしの素をここまで引き出したのは、お兄さんが初めてだよ)」
「(そうなのかい?)」
「(うん。だからさ、こうやって素で話すのは・・・本当に久し振りなの。お兄さんってホント不思議な人だよね。
お兄さんみたいな人がなんで躯園姉ちゃん達の敵なのか、あたしにはさっぱり理解できないよ。こんなに面白い人なのにさぁ)」

林檎は自分が抱く感情に気付いていた。それは、期待感。界刺という、林檎にとって本音を打ち明けられる人間が現れたことに対する淡い感情。
もしかしたら・・・。今まで何度も期待しては諦めた―その原因が自分にあると自覚して尚―心の底に沈んだままの“それ”を林檎は再び引き上げようとする。その理由は・・・

「(・・・成程。ようやくわかった)」
「(ん?何がわかったの、お兄さん?)」

界刺が手をポンと叩き、そんなことを呟いた。そんな界刺を不思議そうに見やる林檎。

「(林檎ちゃんのその態度っていうか、悩む姿に既視感を感じていたんだけど、その正体がようやくわかったんだ?)」
「(既視感?)」

林檎の怪訝そうな表情に、界刺は何時もの胡散臭い笑みを零しながらハッキリと答える。

「(そうだよ。んふっ。つまりさ、似てるんだよ、君は。あのお嬢さん・・・春咲桜にね)」

それは、林檎が予想だにしない返答であった。






「!!そこか!!」

金属操作は、左手から出て来た仮面のようなマスクを被る“モノ”に鋳造した金属の鞭を振るう。
しかし、それは空振りに終わる。そう、それは・・・

「(チッ・・・!!また、馬鹿鴉の『分裂光源』か・・・。あいつらには俺の居場所が見えてやがんのか?まるで図ったかのように現れては消えやがる。鬱陶しいったら無ぇ!!)」

啄の能力『分裂光源』によるコピーである。啄は光をコピーし、それを自在に操作できる能力者であった。
金属操作を惑わせているコピーは、ゲコ太と仲場の格好をコピーした“モノ”だった。
ゲコ太はその名の通りゲコ太マスクを、仲場は何処かの先住民族が被るようなお面を被っていた。それぞれに、電飾のようなものを付けて。

「(光のコピーでしか無ぇから、足音とかはしないんだけどな。さっきから、あちこちから戦闘している音が響いて来るせいか、それも聞き取り辛ぇ)」

どうやら、あちこちで穏健派と過激派の戦闘が始まったようで、戦場に様々な音が響き始めている。
そのせいで、本物とコピーの違いを看破する時に重要な『足音の有無』が聞き取り辛くなっているのだ。
加えて、人間という生き物は外部からの情報の多くを視覚に頼っている。そのために、幾らコピーとわかっていても、それが目に映れば視覚情報として脳が判断・処理する。
その結果、どうしても反応してしまうのだ。それがわかっているが故に、金属操作は苛立ちを隠せない。

「(にしても、引っ掛かる。あの馬鹿鴉・・・何で今回は前面に出て来ない?
あいつなら、ゲコ太や仲場を俺に立ち向かわせるよりも自分自ら率先して仕掛けてくる筈。幾ら『分裂光源』を使っているとしても)」

金属操作は訝しむ。自分が知る啄鴉という男は、誰よりも先んじて戦闘に望む男だ。間違っても仲間を先に行かせるような男では無い。ということは・・・

「(大方、花多狩の作戦っていった所か。あいつも花多狩の作戦には従っていやがったし。あいつらしい作戦と言えば作戦だけ・・・!!)」

現在の状況について、歩きながら考えを纏めていた金属操作の後方から・・・足音が聞こえた。そして・・・



バンッ!!バンッ!!



「仲場か!!小細工しやがって!!」

咄嗟に操作する金属で壁を鋳造したために、金属操作からは銃身しか見えなかったが、それは仲場が戦闘時に使用するゴム弾仕様の遠距離狙撃銃であった。
本来は風紀委員が活動時に使用するそれと同じ型を、仲場は銃器に詳しい花多狩から貰っていた。
ゴム弾と言っても、それは学園都市製。当る所に当れば意識を刈り取れるくらいの性能を誇る。

「そんなオモチャみてぇなモンが俺に効くわ・・・!!!」

金属操作がゴム弾を撃って来る仲場に向かって言葉を発している・・・その右手から、今度はゲコ太マスクが突進して来た。

「挟み撃ちか!!だが・・・!!」

金属操作は知っていた。ゲコ太は、格闘術を習っているせいか近距離戦に精通していた。逆に言えば、近付かせなければ恐れることは無い。
金属操作は左手にあるコンテナに視線を移し、ゲコ太が自分に近付く前に『金属操作』で迎撃しようとする。

「甘ぇ!!これで・・・うおっ!?」

だが、『金属操作』を発動するために視線を移す寸前に、突如ゲコ太マスクの体が発光したのである。
一瞬視覚を奪われる金属操作。そう、今自分に突っ込んで来たのはゲコ太では無い。

「(ゲコ太マスクを被った・・・仲場か!!)」

その正体とは、戦闘開始時に被っていたお面では無く、ゲコ太マスクを身に付けた仲場であった。体を発光させたのは、仲場の能力『閃光身体』によるものである。

「くそっ!目が・・・」
「おらああぁぁぁっっ!!」
「グハッ!!」

閃光のショックから視力が短時間で回復しない金属操作の顔面に、仲場の右ストレートが炸裂する。吹っ飛ぶ金属操作が、すぐさま体勢を立て直し・・・

「拙者を忘れてもらっては困るでござる」
「!!グアアアアァァァッッ!!!」

仲場と対峙している間に接近していた本物のゲコ太マスクが、金属操作の左手首を掴み、捻り、体勢を崩す。
その結果は・・・左手首の捻挫。その激痛に苦しむ金属操作。

「仲場!!」
「おぅ!!」

ゲコ太マスクは、すぐさま金属操作から距離を取る。『金属操作』をまともに喰らえば、無能力者である自分ではひとたまりも無い。それがわかってるから深追いはしない。
仲場は、ゲコ太が金属操作の左手首を掴む前に自分へ投擲された狙撃銃を構える。狙いは、もちろん金属操作。

「オラッオラッオラッ!!!」
「ぐうううぅぅっっ!!!」

ゴム弾が金属操作を襲う。身を丸くし、少しでもダメージを少なくしようとする金属操作。
それは、時間稼ぎ。痛みの度合いから言えば、現在自分を襲っているゴム弾よりも、捻挫した左手首の方がはるかに痛い。
それが、少しでも和らぐまでの耐久。そうすれば、『金属操作』を行使できる。そして・・・その時は来た。

「舐めた真似してんじゃねぇぞおおおぉぉっっ!!!!」
「「!!!」」

コンテナを材料とした幾十もの金属砲弾をゲコ太達へ放つ金属操作。2人は慌ててコンテナの角へ飛び込むが、その砲弾の威力はコンテナさえ貫通する。

「ガアアアァァッ!!!」
「うわっ!!!」

砲弾の1つがゲコ太の左肩を浅く掠める。それだけで、肩の肉が抉られる。一方仲場は直接的な被害は無かったものの、狙撃銃が砲弾によって全壊した。

「大丈夫か、ゲコ太!!」
「な・・・何のこれしき・・・。グアッ!!」
「ゲコ太!!」

左肩から結構な量の血を流し、悶絶するゲコ太に駆け寄る仲場。そこに現れたのは・・・金属の濁流を従えた金属操作。彼の目は血走っていた。

「さぁて・・・そろそろ終わりにしようぜ」
「・・・!!」
「くっ・・・!!」

金属の槍を右手に持った金属操作の宣言にゲコ太と仲場の顔が歪む。高温を発する金属の濁流がのた打ち回る。緊迫した空気。その空気を切り裂いたのは・・・






「ハーハッハッハ!!!!何を世迷言を抜かしているのだ、金属操作よ!!?」
「・・・やっと出て来たか」
「師匠!!」
「鴉!!」

それは、男。金属操作達の上方、コンテナの上に仁王立ちしているサングラスを掛けた男。
夜風に漆黒のコートをはためかせ、その手には黒剣が握られているその男こそ、ゲコ太の師匠であり、仲場の友人であり、金属操作が最も忌み嫌う人間・・・啄鴉その人である。

「ゲコ太!志道!よく頑張ったな!!後は俺に任せろ!!」
「師匠・・・!!」
「鴉・・・!!」

啄は、善戦した己が仲間に労いの声を掛ける。その姿が・・・金属操作には腹正しい。

「おい、馬鹿鴉。お前、何今更ノコノコと出て来てんだよ。ヒーロー気取りか、あぁ?」
「何を言う。俺はお前と違って忙しいのだ。何せ、俺は『今回の』作戦のキーパーソンなのだから!!!」
「キーパーソン?お前が?ハッ、だとしたらいよいよ花多狩の作戦にもヤキが回ったか?お前を作戦の要に指名するなんて、自殺行為にも程がある」
「ヤキが回ったのはお前の方だ、金属操作!!誰が『花多狩女史の』作戦だと言った?安直に物を考えるのはよくないぞ?」
「(『花多狩の』作戦じゃないだと?それじゃあ、一体『誰の』・・・)」

金属操作は啄の言葉に疑問を抱く。だが、目の前の男はそんな金属操作の様子に一切気を払わない。

「そんなことより!!金属操作よ!!お前は俺の質問に答えていないぞ!?」
「あぁ?質問?」
「そうだ!!俺は言ったぞ?『何を世迷言を抜かしているのだ』と!!」
「?どういう意味だ、馬鹿鴉!」
「本当にわからないのか!?では、仕方が無い。この十二人委員会が筆頭、啄鴉が教えてやろう!!金属操作・・・お前に俺達を終わらせることなどできはしない!!」

啄は、高らかに宣言する。強大な能力を持つ金属操作の力でも、自分達を止めることはできないと。

「・・・だかだがコピーを操るくらいしか能が無ぇ妄想野郎が何言ってやがる!!何を根拠にそんな・・・」
「では、何故お前は俺達と対峙した時に俺の黒剣を“操作”しなかった!?」
「!!」

意表を突かれる金属操作に、啄は己が持つ炭素鋼でできた黒剣を見せ付ける。

「本当に俺達を終わらせる、つまり殺す気ならば何故お前の視界に入るこの黒剣を“操作”し、俺を殺さなかった?あの時の俺はコピーでも何でも無かったぞ?」
「そ・・・それは・・・あの時の俺はウサ晴らしをしたくて・・・お前等に簡単にくたばられたら・・・」
「違う!!己の心を偽るな!!・・・何故俺達を終わらせる機会が目の前に転がっていたのにも関わらず、それを素通りしたのか?
金属操作・・・お前は気付いているのでは無いのか?自分の行動が間違っていたことに!!」
「!!」

今の啄はサングラスで目元を隠しているために、イマイチ表情が掴めない。だが、その声には確かな怒りが込められていた。

「春咲女史への制裁・・・。お前は何とも思わなかったのか?制裁は正しかったと、胸を張って言えるのか!?」
「あ、あいつは・・・『裏切り者』だ!!俺達救済委員を裏切った・・・」
「彼女は裏切ってなどいない!!!」
「!!!」

啄の口調が更に厳しくなる。

「そうお前が判断してしまうのは、お前が彼女を見ていないからだ。彼女が俺達と同じ救済委員として行動する姿を目にしていれば・・・そんな判断は下せない。
現に、春咲女史と行動を共にした救済委員は・・・皆ここに来たぞ?彼女の思いに応えるために。もちろん俺やゲコ太、志道も同じ思いだ」

啄自身も、春咲と共に過ごした時間は然程長くない。付き合いで言えば、他人レベルでしかないのかもしれない。
だが、春咲と共に過ごした時間を・・・啄も、ゲコ太も、仲場も、忘れたことなど無い。

「それは、ほとんど接したことの無いお前には理解できないのかもしれない。だが、それならば何故彼女が『裏切り者』だと判断できる!?
彼女のことをほとんど知らないお前に、どうして判断が下せる!?
金属操作。お前が春咲女史にしたことは・・・お前の間違いとは・・・『裏切り者』という烙印を勝手に押してしまったことだ!!!」
「!!!・・・お、俺が・・・?こ、の俺が・・・!?」

啄の怒りが篭った指摘に金属操作は動揺する。風紀委員を目指していた中学生の頃、バスに乗車中に女子生徒に賠償金目当てでセクハラ扱いされたかつての自分。
無実だと必死に弁解したが、担当の風紀委員に全く取り合って貰えずに犯人扱いされ、その後の中学生活で酷いいじめを受けるようになったかつての自分。
金属操作と名乗るようになったのも、本名によっていじめが再発生するのを避けるため。
そんな自分が、犯人というレッテルを貼られたことで苦しんだ自分が、他人に対して自身が忌み嫌うレッテル貼りをしてしまった。
その事実に・・・金属操作は今ここに至ってようやく気が付いたのである。






ドーン!!ドーン!!ドーン!!



「その顔を見る限り・・・ようやく己が選択した行動の愚かさに気が付いたようだな」
「!!」

啄の満足そうな顔を見て・・・金属操作の心にある感情が湧く。

「ならば、これ以上の戦闘継続に意味など無い。さっさと矛を収めて、春咲女史に謝罪するのだ、金属操作よ。何やらこの辺りも騒がしくなって来たようだしな」
「・・・せぇよ」
「うん?」

それは、怒り。自分が忌み嫌う啄に対してのものか、かつての自分が苦渋を見た行いを、よりにもよって自分がしてしまったことに対してのものか。
今の金属操作には判別ができない。理解できるのは、途轍もない怒りが体中を支配したことだけ。

「うるせええええええぇぇぇっっっ!!!!!」
「何っ!?」
「くっ!!」
「ゲコ太!!」

金属操作が支配していた金属の濁流が、四方八方見境無しに暴れ回る。
その余波に巻き込まれないように、啄は少し離れたコンテナへ飛び移り、負傷したゲコ太を担いだ仲場は、急いで金属操作から距離を取る。

「うるせぇっ!うるせぇっ!うるせえええええええぇぇぇぇっっ!!!!イライラする!!ムカつく!!!あ、ああ、ああああああああぁぁぁぁっっ!!!!」
「金属操作め!!何を暴走しているのだ!!しっかりしろ!!!」
「あああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「ちっ!駄目だ、鴉!!あの野郎、何を血迷ったかは知らねぇが、これじゃあやべぇぞ!!」
「師匠!!ここは一時退避を・・・ん!?何だ、あれは・・・!!?」



ゲコ太がコンテナ上に居る啄に退避を提案しようと顔を上方へ向けた。そのゲコ太の目に映ったのは・・・上空からこちらへ超高速で突っ込んで来る“人間達”。

「「ハアアアァァァッッ!!!!」」

自分達へ突っ込んで来る“人間達”に対する警告を啄達に発する間も無く、“それ等”は来た。



ドゴオオオオンンン!!!!



「ぬううう!!?」
「ぐわあああああぁぁぁっっっ!!!!」
「あああああああぁぁぁっっっ!!!!」

“人間達”が、啄達のすぐ近くにあるコンテナに衝突する前に何かを放った。その衝撃波が啄達を襲う。
啄は衝撃でコンテナから転落し、ゲコ太と仲場は余波で吹っ飛ばされる。そして・・・



ドガガアアアァァッッ!!!!



「グッ・・・!!!」
「ウゥ・・・!!!」

衝撃波が放たれた地点に遅れること1秒、上空からコンテナが猛スピードで突入して来たのである。
もちろん、そのコンテナは粉々となり、その残骸や破片がゲコ太と仲場の体を叩く。

「あああああぁぁぁっっ!!!!」
「「!!」」

そんな誰にとっても緊急事態な状況も、今の金属操作の目には映っていないようだ。
彼は、自身の近くで発生した異常にも気を取られずに、ただ自分が抱いてしまった心の不純物―ジレンマ―を取り除くために際限無く暴れ回る。
標的は・・・目の前に蹲っている人間2人。金属操作は、先の衝撃等に巻き込まれなかったコンテナを視界に納める。『金属操作』にてコンテナを鋳造―






「まだ、終わってなんかいねぇぞ!!!!」






できなかった。金属操作が視界に納めたコンテナが、突如浮遊する。それは、“花盛の宙姫”の無重量空間の仕業。
金属の鋳造。これを自由自在に行使するのが『金属操作』。今回の場合は、コンテナを形成する合金を液状化(=融解)し、新たに何らかの形に鋳造しようとした。
重力下において均一の合金形成は不可能である。比重の重い金属物質が比重の軽い金属物質より下方に沈むためにである。
不均一の合金鋳造。これが、金属操作が通常行っている鋳造の在り方であり、金属操作もそれが当然だと認識していた。
だが、今回は重力の影響を受けない空間である。無重量状態では重量が等しく0なために、均一の合金鋳造となるのである。
だが、金属操作は無重量状態での合金鋳造など今まで経験が無い。そして、超能力とは全て演算によって発生し得るものである。
つまり・・・重力下という環境を最初から設定している通常の演算では、無重量状態での合金鋳造には適さないのである。

「!?」

金属操作も異変に気付く。自身の『金属操作』がうまく働かない。自分のイメージ通りに鋳造できない。“宙姫”が操る念動力の影響もあるだろう。
レベル4になってから初めての『不具合』。その事実に衝撃を受けている間に、武器として使用する筈だったコンテナが空中へ運ばれて行く。それを、呆然と見送ってしまった・・・その時!!

「いいだろう。言ってわからないというのであれば、この拳で語り掛けるとしよう!!」
「!!」

先程の衝撃波等で巻き起こった土煙から、体の各所から血を流している啄が金属操作に向かって突っ込んで来る。右の拳を強く握って。

「鴉!・・・鴉!!・・・鴉!!!」

金属操作は、啄を視界に捉えてすぐに自分の手にある金属の槍の先端を眼前の敵に向ける。その先を弾丸として啄へ叩き込もうと『金属操作』を行使―






「ぶっちゃけさせるかってんだよ」






「!!??」

できなかった。何処から現れたかもわからない、赤い鉢巻を頭に巻いた男―鉄枷束縛―が、槍の柄を掴んでいた。
鉄枷の能力は『金属加工』。触れた金属を任意の形に変形させるレベル3の能力である。
対する金属操作の能力『金属操作』も同系統のレベル4の能力である。この同系統の能力が、それぞれ金属操作が持つ槍の変形に干渉したのである。

「放せ・・・放せえええええぇぇぇっっ!!!!」
「誰が放すかってんだよおおおおぉぉっっ!!!!」

干渉し、衝突する金属変形能力。自力ではレベル4の金属操作が上回るが、レベル3の鉄枷の能力は極短時間では完全に排除し切れない。
そして・・・その隙を啄鴉は見逃さない。彼は、金属操作に向けて言葉を発する。

「俺は負ける訳にはいかない・・・。春咲桜(あのむすめ)に応えるためにも!!お前を覆い尽くす底の無い闇は全て俺が引き受けよう!!貫け!!『暗黒時空(ダークネスワールド)』!!!」

啄の必殺技、『暗黒時空』(唯の右ストレート)が金属操作の右頬に突き刺さる。そして・・・金属操作は意識を手放した。その閉ざされた目から、一筋の雫を流しながら。






「師匠!!さすがでござるな!!あの者をお1人で成敗するとは・・・!!」
「とりあえず、金属操作の奴は俺達で預かるしかないわな。過激派の連中に連れて行かれると面倒だし。主に逆襲的なことで」
「それについては心配いらんだろう!!金属操作もそこまで愚かな男では無い。
今回は、奴も己の愚行から目を背けたくて暴れてしまったのだろう。落ち着けば、奴なりの答えを出す筈だ。ハーハッハッハ!!!」
「『ハーハッハッハ!!!』じゃ無ぇ!!!ぶっちゃけ俺の質問に答えろってんだ!!」
「師匠。そちらは一体誰でござるか?」

啄・ゲコ太・仲場の3人が、激戦を潜り抜けた感想を喋ってる所に突っ込んだのは、風紀委員第159支部の鉄枷束縛である。

「あぁ!!紹介が遅れた!!この男は先の戦闘で俺を助けてくれた、十二人委員会に彗星の如き速度で現れた超新星、鉄枷束縛だ!!!よろしくしてやってくれ!!」
「御意でござる!!」
「わかった。これからよろしくな、鉄枷」
「何勝手に人を怪しい委員会に所属させようとしてんだ!?ってかぶっちゃけ十二人委員会って何だ!?」
「元は俺が作った組織だ。組織の概要や成り立ちを話せば長くなるが・・・そうだな、まず」
「いや、そんなことはどうでもいいんだよ!!俺が聞きたいのは・・・」
「春咲桜という少女についてだな」
「わかってんなら、最初から言え!!」

マイペースな啄に苛立つ鉄枷。この時点で鉄枷は、啄達が救済委員であること及び春咲桜がここに居ること、加えて春咲桜が救済委員であることを啄から聞き及んでいた。
内心ものすごく気落ちしている鉄枷が啄達に聞きたいこと。それは、何故春咲が救済委員になったのか。

「それについても話せば長くなるが・・・いいのか?」
「あぁ!!ぶっちゃけそれが一番知りてぇんだし。後、このターミナルのあちらこちらから聞こえてくるうるせぇ音についても詳しく知りてぇ」
「・・・いいだろう。お前はあの少女が所属する風紀委員支部の1人。聞く権利はある。俺の知る全てをお前に話そう」
「・・・・・・頼む!!」


そうして、鉄枷は啄達から今回の件にまつわる全てのことを聞いた。そして鉄枷は・・・この戦場に戦っている春咲桜に助勢するために駆け出したのである。

continue!!

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最終更新:2012年05月24日 20:07