「峠!!答えてよ!!何故あなたは・・・!!」
「うるさいって言ってんのがわからないの!?今、私とあなたは殺し合いをしてんのよ!?『答えて!』『答えて!!』・・・鬱陶しいのよ、菊!!」

コンテナ群に覆われた戦場を駆ける花多狩と峠。お互い、その左腕から血を流し続けている。

「でも!!私は・・・!!」
「もう!!あなたに知らせなかった理由!?そんなもの!!裏切った奴への・・・『裏切り者』への制裁に一々あなたの許可なんかいらないってのよ!!!」
「(『裏切り者』?裏切り・・・裏切り・・・。峠・・・あなた、もしかして)」

花多狩は、峠の言葉からある推測をする。それは・・・悲しい推測。

「峠!!あなた・・・もしかして・・・。キャッ!!」
「御託はいい的って言ってるでしょう!?」

峠の真意を確かめようと言葉を放とうとした花多狩が身を潜めるコンテナの角に、峠の銃弾が撃ち込まれる。だが、峠は何故か追撃の発砲をして来ない。
その理由について、花多狩は既に予測済みであった。発砲の照準が甘くなっている理由も同様に。

「(やっぱり・・・。私が撃ち抜いたせいで、左腕を使った銃弾の換装ができないのね。そして、その左腕も・・・。だから、無駄撃ちをしないために連射を控えている・・・と言った所かしら)」

その予測は当っている。戦場という瞬間的な動作が必要とされる空間において、片腕で銃弾の換装を行うことの愚かしさを花多狩も峠も十二分に理解していた。
左腕の損傷は、思った以上に大きい。そう、花多狩は結論付けるが、それは彼女も同じことであった。

「(と言っても・・・それは私も同じ。片腕じゃあ、この『演算銃器』を扱い切れない・・・!!)」

花多狩は、自分の愛器を見つめる。大型拳銃である『演算銃器』を取り扱うのに、女性である花多狩は両腕を要した。
花多狩は、基本的に峠の動きを止めるために彼女の脚を狙っていたが、片腕だけでは人間を撃ち抜く設定にした『演算銃器』の反動に耐え切れない。
下手をすると反動で照準が狂い、誤って峠の急所を撃ち抜いてしまう危険性すらあった。故に、花多狩も狙撃を控えている状況に陥っている。

「(何とか・・・何とか峠の動きを止めないと・・・!どうにかして、峠を説得しないと・・・!!このまま物別れになるのだけは・・・絶対に嫌!!)」

それでも、花多狩は諦めていない。己が友人の真意を聞き出し、再び友人として付き合えるその時を。






「どうしたぁ、雅艶!!さっきから全然攻めて来ねぇじゃ無ぇか!!何かテメェ等にとってまずいことでも起きてんのか、あぁ!?」
「クッ・・・!!」

ターミナル出入り口手前にて、銃声が鳴り響いている。斬山と雅艶の殺し合いが未だ続いている証だ。

「ったく。指揮官を務めるってのも楽じゃ無ぇな!!周囲の状況を見る余り、おちおち目の前の殺し合いにも集中できねぇんだからな!!」
「・・・そうでも無いぞ?」
「!?」

コンテナを斬山から放たれる銃弾の盾代わりにしていた雅艶が、そこから飛び出し斬山に向かう。拳銃の射程に入らないように、ジグザグに脚を進める。
それは、無謀。一般人から見れば、そう切り捨てられても仕方が無い行動を、雅艶は迷わず選択する。

「このっ!!」
「フッ!!」

斬山は、『軌道修正』を用いた銃弾の嵐を雅艶に向けて発砲するが、そのいずれも雅艶には当らない。

「(読まれてる!?)」
「(斬山。お前が武器とするその拳銃による攻撃が、俺には好都合だぞ!!)」

斬山の焦り顔を目にし、雅艶はほくそ笑む。斬山の銃弾が、何故雅艶に当らないのか。それは、互いの能力に理由がある。
実は、雅艶の『多角透視』の詳細は、雅艶以外の過激派にも教えられていない。そのために、斬山は『多角透視』の具体的な透視範囲等を雅艶の言動から推測するしか無かった。
今、雅艶は“宙姫”と界刺用に使用していた『多角透視』を自分の周囲に戻していた。
“宙姫”の動向については、彼女の戦法が余りにも派手過ぎるか故に、専用の『多角透視』を付けなくても自分の周囲にある『多角透視』で十分に感知できること、
界刺に対しては、林檎が戦闘不能に追いやられたこと(=念話回線の消滅)及び戦場に浮かぶ光源が界刺の能力では無いことが判明したこともあり、
現在進行中で界刺に専用の『多角透視』を付けなければならない程の必要性が無くなった等々の理由からである。
そして、何よりも重要なのが自身に銃を向ける斬山への対処。ターミナルから脱出するための最大の障害を排除するために、雅艶は己の全力が必要と判断したのだ。

「(俺の『多角透視』を、唯の透視しかできない能力と思うなよ!!)」

『多角透視』は、その名の通り広範囲を透視する能力である。だが、性能としてはそれだけでは無い。他にも、他人の微細な癖や能力の前兆、高速で動く物体等を捉える事が出来るのだ。
もちろん、発砲による銃弾の速度を完全に見極められるわけでは無いし、そもそも体の反応が追い付かない。
では、どうやって雅艶は銃弾を回避しているのか。それは、斬山が発砲するタイミングの癖と、引き鉄を引く際の筋肉への力の入り具合等を見抜いているからだ。

「チィッ!!」
「(奴は、引き鉄を引く直前に瞼をほんの僅かだが細める癖がある。引き鉄を引く際の指に掛かる筋力にも特有の癖がある!
それに・・・『軌道修正』で銃弾を曲げられるのは、奴と対象者の距離が15m前後とするならば、本来の方向から最大で角度28.3度まで。距離を詰めれば、角度は更に狭まる!!)」

5つある『多角透視』の内、1つが雅艶の真上、それ以外の4つが斬山を取り囲むような位置取りを取っている。視覚範囲が全周囲とは言え、視点自体は1つである。
1つだけでは対象者の些細な動きを見落とす可能性もあるが、4つならばその可能性は極めて低くなる。確実に斬山を潰す戦術である。
また、雅艶は『多角透視』で斬山の『軌道修正』が曲げられる銃弾の角度を、殺し合いが始まってからずっと分析していた。
幾ら『軌道修正』でも、銃弾の速度を鑑みるに急角度で曲げることは不可能と雅艶は推測していた。『軌道修正』は、軌道を操れても速度は操れないからである。
斬山が揶揄した「指揮官を務める」間に、雅艶は斬山に対処するためにやるべきことは全てやっていたのである。
そして・・・身体能力や接近戦では雅艶が斬山を上回る。






「そらあぁっ!!」
「グッ!!」

雅艶の白杖が、斬山の左脚を強烈に打つ。その痛みに怯んだ斬山が手に持つ拳銃を、白杖が弾き飛ばす。

「しまっ・・・!!」
「まだまだぁ!!」
「グハッ!!」

雅艶の棒術が、斬山に叩き込まれる。接近戦に持ち込まれれば、『軌道修正』は全く役に立たなくなる。雅艶の読みは当っていた。
連撃に次ぐ連撃を繰り出す雅艶の猛攻に耐え切れなくなった斬山は、白杖の威力を利用して“わざと”後方に倒れるように跳ぶ。

「!?」

雅艶は不審に思うのも一瞬、すぐさま回避行動を取る。それは、斬山のポケットに入っていた3つ目の拳銃。その引き鉄が連続して引かれたのである。

「チッ・・・。しぶとい」
「ペッ!!・・・あ~、痛ぇ・・・」

急いでコンテナの角に飛び込む雅艶。さすがにあの距離では、銃弾が当る可能性があった。安全策を取った雅艶に、体勢を立て直した斬山の声が飛んでくる。

「いい攻撃だったぜ、雅艶!ずっと後方にいたってのに何だよ、そのふざけた棒術はよ。全然衰えて無ぇじゃねぇか!!びっくりしたぜ!!」
「・・・随分余裕だな。劣勢なのを理解しているのか、お前?」
「そりゃあ、レベル4を相手にしてんだし、こんなことはとっくの昔に覚悟してるっての!!だからこそ、潰し甲斐があるってもんだろ!?」
「・・・そういえば、お前はそういう性格だったな」
「何だ、忘れてたのかよ?俺は、高位能力者を跪かせるのが好きなんだよ!!お前みてぇに自分の力をきっちり認識して、しかも研ぎ澄ましてやがる奴をよ!!」
「・・・趣味が悪いな」

雅艶は、斬山の言葉に苦い顔になる。斬山は、過激派の救済委員の中でも、特に高位能力者に対して容赦が無いことで知られている。
斬山曰く、『高位能力者を跪かせるのが大好き』とのこと。相手が強ければ強いほどたまらないなど、サディストな一面がある。
その性格のためか救済委員では無能力者狩りを担当しており、その成果は驚嘆の一言。さしもの雅艶でも、目覚しい活躍っぷりに驚きを隠せないことも多かった。
反面、他人の本心を突く一言の鋭さもあってか過激派の中でも評価が分かれている人物でもある。
自分が気に入らないことは絶対にしないという一面もあり、指揮官的役割を負う雅艶も頭を悩ませることも多かった。

「趣味が悪い?雅艶よぉ、お前も人のことが言えんのかよ?」
「それは、春咲桜への制裁のことを言っているのか?」
「それ以外に何があるってんだよ。あんな胸糞悪い真似しやがって」
「それこそ、お前も人のことは言えないだろうが」

荒我に続き、斬山までもが制裁に対する疑問符を突き付けて来る。それが、雅艶には理解できない。
何故、自分達救済委員の秩序を乱した者を排除するのに、ここまで疑問符が突き付けられなければならないのか。

「春咲桜は、俺達の秩序を乱した『裏切り者』だ。だから、制裁をもって排除する。二度とこんな事態を起こさせないために。それの何処がいけない?」
「・・・別によぉ、俺だってその春咲桜って奴が『裏切り者』だって認識が間違っているなんて思って無ぇんだけど」
「はっ?」

斬山の口から出た意外な言葉に意表を突かれる雅艶。

「風紀委員をやってる奴が救済委員になるってのは、お前の言う『秩序を守る』って点から見ると、ほっとける問題じゃ無ぇよ。俺だって、お前の立場なら排除するために動くわな」
「な、ならばどうして・・・!!」
「だがよ、もう少し穏便なやり方があっただろうが。あんな低能力者をボッコボコにしなくてもよぉ。弱い者イジメでもしてぇのか、お前等?
俺からしたら、高位能力者が低能力者を痛め付けているようにしか見えなかったぜ?俺がすっげぇ嫌ってる真似にしか・・・な」
「・・・!!」

斬山は、焔火から春咲桜について色んなことを知った。特に、斬山が気になったのはレベル2という低能力者であったことだった。
それを知る前、制裁のメールが来た当初から胸糞悪い予感はしていたが、焔火から聞いた内容でそれが確信に変わった。
高位能力者が低能力者に対して集団で行った制裁について、斬山は“制裁の形式”に関してだけは絶対に認めるわけにはいかなかった。

「『劣化転送』・・・だったか。そんな自虐染みた名前を付けてるくらいだぜ。きっと、そいつの周囲の環境とかは・・・酷かったんだろうよ。
だからな、雅艶。俺は、テメェ等のやり方だけは認めるわけにはいかねぇんだよ。許せねぇんだよ。
今やってるこの殺し合いの理由も、結局はそこだ。もちろん、友達(ダチ)に手ぇ出した落とし前をつけるってのも大きいけどな」
「・・・!!」
「何度も言うけどな、俺や拳は救済委員を裏切ってなんかいねぇ。俺も拳も、お前等のやり方が気に食わねぇだけだ。
もっと他にやり方はあった筈だろ?幾ら秩序ってヤツを守るためとはいえ・・・な。雅艶、お前なら穏便なやり方の1つ2つくらい思い付くだろうがよ
何たって、俺達過激派の指揮官様だ。こう見えても、俺はお前を信頼してんだぜ、雅艶?」

斬山の言葉を受けて、雅艶はふと思う。自分は、生まれつき盲目ということもあってか周囲から差別的な言葉を浴びせ掛けられることが多かった。
雅艶自身は、そんな言葉を全く気にせず一笑に付していた。盲目であることをハンデだとも不幸だとも思ったことは無い。むしろ、自身の“特徴”だとしか捉えていなかった。
だが、あの『裏切り者』―春咲桜―はどうだったのだろう。低レベルという己が“特徴”について、どのような感情を抱いていたのだろう。
救済委員になった理由は、制裁中に聞き出した。だが、あれが少女の抱いた感情の全てだったのだろうか。
高位能力者の姉と妹に蔑まれ、風紀委員でありながら救済委員になるという“禁じ手”を使ってまで自身の存在価値を求め動いたあの少女を―果たして雅艶には一笑に付せることができるのか。


『フッ、何を言い出すかと思えば。勘違いするなよ。目が見えない事が不幸なんじゃない。
目が見えない事をダシにして何も動かない事が不幸なんだぞ?ハッ、目ん玉ひん剥いてよく見とけ!』


かつて1人で行動していた頃、スキルアウトを叩き潰していた時にそのスキルアウトの1人から盲目について言及された時に放った言葉を、雅艶は思い出す。
そう。盲目であることが不幸では無い。盲目を理由に己が何もしない、できないと考えることこそが不幸であると雅艶は考えていた。
だから、救済委員になった。盲目である自分でも、治安を守ることができると考え、動いた。誰に強制されたわけでは無い。全ては自分の意思で。
あの少女、春咲桜も同じなのではないか。自分で考え、悩み苦しみ、行動した結果が救済委員入りでは無かったのか。
その意思が、行動が、雅艶の意思と行動とは違っていると本当に言えるのか、言い切れるのか。
そんな少女に、幾ら秩序を守るためとは言え制裁という名の地獄を、自身を否定し尽す環境を与えた自分は・・・かつて自分を否定するために差別的言葉を投げ掛けて来た連中と何が違うのか。






パン!!パン!!






「「!?」」

そんな雅艶の自問自答を中断させたのは、近辺から鳴り響いて来た銃声。斬山も、その銃声に警戒を露にする。どうやら、近くで他の者達が戦闘をしているようだ。

「わざわざ、こんな所でドンパチしなくてもいいじゃねぇかってんだ!!ったくよ!!」
「(あれは・・・峠?それと・・・花多狩か!!)」

雅艶は、監視を疎かにしていた『多角透視』に集中する。その視界範囲に映ったのは、峠と花多狩であった。現在は2人共左腕を負傷しており、またどちらにも余裕は無いようだ。

「(こうなれば、一度峠と接触した方がいいか?それとも・・・。むっ!?)」

雅艶が状況判断に迷っている時に―よりにもよって―“それ”は来た。この戦場における最大の“イレギュラー”が。

「そらよっ!!!」



ブオッ!!!



「なっ!?」
「うおっ!?」
「キャッ!?
「はっ!?」

“イレギュラー”、つまり“花盛の宙姫”閨秀美魁が発生させた2つの無重量空間に、雅艶と斬山、峠と花多狩がコンテナごと巻き込まれたのである。
4人は、無重量空間によってコンテナごと上空へ連れ去られる。

「しまっ!?」
「銃が・・・!!」

峠と花多狩は、突然の事態に持っていた銃を手放してしまう。両者共、左腕の負傷が響いているのは確実である。

「そらひめ先輩―い。何かコンテナといっしょに人が浮いてますよー!!」
「何っ!?」

抵部の言葉に、閨秀は眉を顰める。閨秀達がこの場所に来たのは、武器とする新たなコンテナ等を補充するためであった。
無重量空間内に浮遊するものについて、閨秀は目視以外で感知する方法として念動力を用いていた。
空間内にある物体へ念動力を掛けるのに目視等は原則必要無い。必要が無い代わりに、念動力が掛かるのは、閨秀に近い物体からとなる。
もちろん、念動力が物体に及ぶ速度は高速であるし、目視等によって念動力を掛ける物体を選別することで閨秀から離れている物体から念動力を掛けることも、
任意の場所から念動力を掛けることも可能である。ようは、色んな方法があるということだ。
しかし、今回はそのような手間を掛けてはいなかった。つまり、自身から近い物体から感知のための念動力を掛けていたがために、
雅艶達を無重量空間に巻き込んだことに、閨秀は気付くのが遅れてしまった。しまったが故に・・・



ジャキッ!!



「抵部!補強を!!」
「えっ!?」

斬山が閨秀達に向けて銃口を向けたことに対する対処が遅れた。そして・・・引き鉄は引かれる。

continue!!

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最終更新:2013年05月31日 23:57