File2 強風は強者に、弱風は弱者に
159支部で破輩はあるものを眺めていた。それは湖后腹の発見した日記とアルバム。
これでそれを見返すのは何十回目にもなるが、ほんの一滴の手がかりも見落とさないようにするためこうして何度も見返しているというわけだ。
「破輩先輩、ぶっちゃけ何を見てんスか?」
近くにいた鉄枷がそれを、覗きこむようにして割り込んでくるが、破輩は手早くそれをしまう。
「鉄枷にはまだ早い。R18どころかR21は行くな、これ」
引き出しにしまった後、破輩は持っていた鍵でしっかり施錠する。
このことは口から説明すれば良い。これを見て気分を悪くする者をいたずらに増やしたくなかったのだ。
「げっ……破輩先輩そんな過激なものを支部の中で堂々と……」
ゴン!! と破輩のげんこつが鉄枷に頭にクリーンヒットする。人に気も知らないでこの男はよくもそんな口が聞けたものだ。
「てぇ~~……ぶっちゃけ冗談っすよ」
「ふん、それで何のようだ鉄枷。お前には16位の説得を頼んでいたはずだが?」
「それが……いろいろあって、怒らせちまったみたいで、あれから学校にも来てないんすよ」
風紀強化週間を施工して今日で一週間が経過する。それなのに依然として『アヴェンジャー』の手がかりは湖后腹の持ってきた日記以外につかめないままだった。
せめて佐野に頼んでおいた白高城と『アヴェンジャー』の関与を明らかにするか、16位の薙波の読心能力で、手錠から『アヴェンジャー』の人物を割り出すことが出来ればことは大きく発展するのだが――――。
「まったく、佐野は白高城に尾行されてることはバレるは、湖后腹は一厘をホテルに連れ込むは、お前は薙波を怒らせるは。ほんとこの支部の男共は頼りにならねえな。つーか女難の相ありってか?」
「まったく返す言葉もございません」と、佐野
「ええ!? それはだから、誤解ですって! それに俺はこうして手がかりを持ってきたじゃないですか!」と、湖后腹。
「ぶっちゃけ、俺が悪いんです……って、ホテルに連れ込んだ!? 湖后腹テメエどういうことだ!? 説明しろ!!」と、鉄枷。
目の前でじゃれあう湖后腹と鉄枷を見ながら、破輩は今後のことについて考える。
風紀強化週間を施行してからは生徒から『カツアゲにあった』とか『それを目撃した』という声は聞こえてきていない。
だが、それは脅されて口封じをされていたり、目のつかないところで未だに“集金”は行われているかもしれないのだ。
「ふむ……」
重ねた手の甲に顎を乗せ考える破輩。今この支部には破輩と男三人しかいない。
一厘、春咲、厳原はそれぞれレベル4との巡回に出かけていた。
一厘は黒丹羽と、春咲は山武と、厳原は御嶽とだったか。
「ちょっと出てくる。後は頼んだぞ」
破輩は椅子を引いて出口の方へと向かった。
それを見て佐野は声をかける。
「何にしに行くんですか?」
「んーー、ちょっと調べ物かな。それにこんな男ばっかの支部、むさ苦しくていてもたってもいられないからな」
はは、と苦笑いをして佐野は送り出す。
◇ ◇ ◇
破輩は学園の見取り図を取り出しながら校舎の一角を歩いていた。
風紀強化週間での学園内の巡回は、三日にわたって全体を見回る仕組みになっている。つまりは一日で回る場所は学園全体の三分の一にしか及ばない。
もしかしたら、その日どこを回るかが『アヴェンジャー』の者にバレていて、その穴を突かれて集金が行われているかもしれない可能性があったのだ。
(はは……まさかな……)
だが、これは破輩自身としても半信半疑なものだった。
そんなことになるほど風紀委員の情報管理は甘くないし、レベル4の中に『アヴェンジャー』との内通者がいるとしたらまず風紀強化週間を手伝うことなんてしないだろう。
破輩はとりあえず今日巡回されないエリアを少しづつ調べていく。
やはり問題はなく、これといっておかしい点はなかった。
(思い過ごしか……監視カメラも正常に作動しているみたいだし……)
行き過ぎた考えを証明するべく、破輩は近くに設置されてある監視カメラを見上げる。
やはりその監視カメラは正常に――――
動作していなかった。
は? と破輩の頭が真っ白になる。
支部から出ていく前に破輩はひと通り学校内に設置されてあった監視カメラの映し出す映像には目を通していた。その時は確かに全機正常に稼働していたのだ。
だが、こうして目の前の監視カメラはその機能を完璧に放棄している。
急いで破輩は支部の方へと電話をかけた。
「おい! 聞こえるか! 湖后腹」
『破輩先輩!? どうしたんですかそんな殺気立った声を上げて?』
「いいから、今すぐ全機の監視カメラの状態をチェックしろ!!」
『は、はい!』
電話の奥からドタバタと行った騒がしい物音が聞こえてくる。
おそらく、湖后腹が必死にながらチェックを開始しているのだろう。
数秒後に湖后腹の返答が来た。その内容は『全機正常に作動している』とのことだった。
「どういうことだ……!? 確かにこの監視カメラは作動してないぞ!?」
『今破輩先輩のいる場所はどこですか? その場所の監視カメラをチェックしてみます』
「私がいるのは中等部、保健室前の外だ。今近くにある監視カメラの型式番号は167号機……」
湖后腹は指定された場所の監視カメラをチェックし始める。
だが、その問題のカメラには“何も”映しだされていない映像が流れているだけだった。
『あの……破輩先輩ホントにそこにいるんですか?』
「どういうことだ?」
『あの……そこの監視カメラには“何も”映しだされていないんです。もちろん破輩先輩の姿も……』
くそっ!! と毒づいて破輩は携帯を閉じる。
要するに何らかの方法で監視カメラは操作され、ダミーの映像を送り出され続けていたのだ。
そう、今の今まで。
とりあえずその説明を湖后腹達にするのは後回しにして、今はとにかく走った。
(て、事は――――今ここ周辺で集金が行われていたっておかしくないってことだろ!!?)
この付近は今日は巡回外の場所であり、おそらくほとんどの監視カメラが偽の映像を送り続けている。
ならばこれほど安全に、確実に集金を行える環境が取り揃えた場所はないだろう。
破輩は集金を防ぐどころか、その場所をむざむざ提供してしまった自分に歯噛みしながら走り続ける。
着いたのは取り壊し予定の小体育館だった。過去に剣道部が使用していた場所だったが、建物の老朽化に伴い、新しく場所を移され今は処分を待つだけの建築物。
風紀強化週間が始まる前にも一度ここには訪れたが特に異常はなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えになりながら、破輩はその場所の入り口へとつく。
普段ならここに鍵がかかっているはずだというのに――――
「鍵が……かかってない?」
その鍵は無理やりこじ開けられたわけでもなく、単純に鍵を使って開けられていた。
ここの鍵を持つのは教師と風紀委員のみ。
(まさか――――)
今まで活動を共にしてきた仲間に疑いの念を一瞬抱いてしまった。
それを振り払い考えるとしたら、教師と『アヴェンジャー』の関連性。しかし今ここでそれを考えたって憶測の域をでない。
今破輩にできることはその中へと進む事だけだった。
◇ ◇ ◇
電気は通ってなかった。
が、床にはキャンプで使うようなランタンが何個も転がっている。
それを一つ拾って、明かりを灯す。
すると、うっすらだが部屋全体を見渡すぐらいの明るさは確保できた。一歩足を出すたびにギシギシと音を立てて軋む床。隅には蜘蛛の巣までもが張り巡らされていて、一々動きを阻害する。
う……
暗闇の奥から人の声が聞こえた。それも一人ではない数人の男の呻き声。
「おい! 誰か居るのか? どこにいる!」
破輩は声のした方向にへとランタンを照らす。
「――――ッ!!」
そこには全身を袋叩きにされ、横たわっている四人の男がいた。
どうやら四人とも気絶しているらしい。傷は命を脅かすほどの重体ではなかったが、それでも状況の深刻であることにはなんら変わりがなかった。
「おい! おい! しっかりしろ!」
四人の男の身体を揺すると、彼らは少しづつ目を覚まして行った。
「ん……あれ、ここは? つーかなんでこんなにボロボロに……?」
「おい! 俺の財布が、財布がねえ!!」
「何でこうなったんだ!? くっそ、なんも思い出せねぇ!!」
全身の痛みと、混乱とともに。
この男達の言動から考えると、集金を受けた後に、そのことに関する記憶を消されていた。
『アヴェンジャー』には記憶を操作する能力者もいるのだろうか。
「だ、大丈夫か、お前ら……?」
まずどこから説明をすればいいのか困惑する破輩に男達の激昂が飛ぶ。
「大丈夫なわけねえだろ!! テメエら風紀委員が無能だから!! 俺たちはこんな……こんな目にあったんだぞ!!」
「何が風紀強化週間だ! 何も守れてねえじゃねえか!!」
男達は痛む身体を引きずりながらその場から出ていってしまった。
もちろん破輩はそれを止められない、止める資格がなかった。
誰もいなくなった所で、破輩は思いっきり叫んだ。独り、声にならない叫びをあげ続けた。
もはや、何をしていいのかわからない、何を信じて行動していいかわからない、何がこの学校のためになるのかわからない。
「クソックソックソックソッ!! なんでこうなんだよぉ……! ちくしょうが……!!」
この風紀強化週間で自分たちは何を得た?
仲間の力を借り、レベル4の力を借り、全校生徒にも協力して何を得た?
それは『アヴェンジャー』の手がかりでもなければ、この学園の安全でもない。
そう、『風紀委員は無能』というレッテルだけだ。
重い足取りで、その小体育館から出た。
茫然とする中、破輩は考える。
あの男達は今頃どうしてるだろうか、とっくに寮に帰って風紀委員の無能さを周りに広めているのだろうか、と。
そんな時。
「随分と無様だな。破輩……いや、こう呼ぶべきか……ボルテックス」
そこから出たすぐ隣に、一人の男が壁に背中を預け立っていた。
まるで、破輩を待っていたかのように。
「なんだテメエは……冷やかしなら、命の保証はしえねぞ」
ギロリと刃物のように鋭い視線を向ける破輩。
しかし、目の前の男は何一つ物怖じすることなく、淡々とした口調で続ける。
「今、飛び出していった男達、集金にあってたんだろ? さぁ何万パクられたことだろうな」
「ああ!? テメエには関係ね―――」
そこで、破輩は口をつぐんだ。
何故この男は集金のことを知っている?
と、言うより下校時刻はとっくに過ぎたというのに何故この男はこんな所にいる?
「気づいたようだな、ボルテックス」
「……テメエが……『アヴェンジャー』の!!」
言うか早いか、破輩は手のひらに空気を収束して、その男に向けて放つ。
その風は周りの草や土を根こそぎ舞い上げ、まっすぐに渦を巻いて直進した。
「さぁ、立て。そして答えろ! あれはお前が……」
その暴風が過ぎ去った後を見ると誰も居なかった。
破輩が全力を出せば人一人をゴルフボールのようにヤード単位で飛ばすことは訳ないが、まだその力の一割も出していかなかった。
直撃したとしても二、三メートル吹き飛ばすのがやっとのところ。
なのに目の前にその男はいない。
と、いうことは―――――
「そう慌てるな。あれは俺がやったものではない。“俺と同じとこに属する者”がやったといったところか」
「!?」
気がついたら後ろに回りこまれていた。
身長190メートル越えの巨体を唸らせ、全体重を乗せた一撃が破輩を襲う。
「クッ――――」
瞬間。
ブワッと地面から上に押し出すかのような強い気流が発生し、破輩を空中へと持ち上げる。
それで何とか男の一撃を回避をした。
「ほう……風を攻撃だけではなく、移動手段としても使うとは流石だな」
から振りした拳を引き戻し、男は感心したように呟く。
破輩はスタッと着地して、
「まぁ、どこぞの“宙姫”じゃないから、ずっと飛び続けるっつーのは無理だけどさ……」
破輩の後ろから九つの風の渦が生まれる。それはまるで九尾を連想させるかのようにうねり、騒ぎ立て、大気を震撼させる。
「私は……こんなことだって出来んだよォォォォォォォ!!!」
計九つの風の渦は全て不規則な軌道を描き、吹き荒れる嵐のごとくその男へと向かう。
さっきは一つだけだったので外した。しかし今回はその九倍。どこにも逃げ道は与えられてないし、防ぐことだってかなわない。
「“弱い”な、この風も、お前も」
しかし、またしても男は破輩の狙った場所とはまったく違う場所にいた。
「ッ!!」
破輩は何度も何度もその男に風を収束させ、放った。
しかし、やはり狙った場所と男のいる場所にずれが出る。
(こいつは……空間移動系能力者……? いや、自分を転移できるのはレベル4から……なら偏光能力により認識をずらしているのか……?)
破輩は一度手を止め、相手の様子をうかがう。
こうなったら相手が攻撃を加える一歩手前で、ぎりぎりのカウンターを浴びせダメージを与えるほかなかった。
「どうした……? それで終わりかボルテックス」
どうやらこちらの手の内を読んでいるようで、男は自分からは仕掛けてこない。
しばらく膠着状態が続き、破輩は口を開いた。
「テメエも『アヴェンジャー』の一員てわけか……何が目的だ!!」
「……フッ、何を言うかと思えばそんなことか。そんな下らない質問に答える必要はないな」
それよりも、と。
「貴様の方こそ何故風紀委員などやっている? たかがゴロツキの集まりから生徒一人守れないで」
ズキンとその言葉は破輩の胸に突き刺さった。
そしてそれに何も言い返せない自分が余計に腹立たしく感じた。
「貴様は感情に流され、冷静さを失っている。俺に攻撃を与えられないのがそのいい例だ」
どういうことだ、と納得の行かない様子で破輩は尋ねる。
「要するにすぐに頭に血が上るような弱者に、強い風など吹きやしない。あくび混じりに回避出来るような弱風しか生み出せないということだ」
破輩に怒りがそこで爆発した。
「――――っけんな」
「来るか……!」
「ざっけんなあぁァァァァァァァァァァァァ!!!」
破輩を中心として竜巻のごとく風が吹き荒れる。近くにある木々はざわめき、大量の土砂が巻き上げられる。
それが一箇所に集められ、更に巨大な物体へと変質させた。
男はつまらなさそうな瞳でそれを見続け、
「……お前の風はやはり弱い。今、お前に纏うのは俺にとってそよ風程度だ」
ただそう言い放った。
それは強がりでなければ、挑発でもない。ただ単に自分の感想を素直に述べていた。
いい加減黙れ。
お前ごときに何がわかる?
自分たち風紀委員がどれほどの思いでこの学園を守っているのか。
「――――ッあぁァァアアアアアアアアアア!!!」
幅八メートル、高さ一五メートルの巨大な風の渦はまるで昇竜のように男へと突っ込んでいく。
それは、どこにも逃げ道を残さないよう、男のいる半径十メートル全てを丸ごと飲み込んだ。
ガガガガガガガガ!!! と、近くにあった放置自転車が金属をこすり合わせるかのような不協和音を奏でながらひしゃげ、地面は巨大なモグラにでもエグられたかのように陥没している。
「はぁっ……はぁっ……やったか」
目の前の惨状に少しやり過ぎた感を覚える破輩。これだとあの男はただでは済まない、少なくとも骨の何本かはいってしまっただろう。
しかし
「それで勝ったつもりか? 貴様は」
その男の声はまたしても後ろから聞こえてきた。
(いつの間に――――!?)
破輩はすぐさま身体を反応させ、振り返ろうとする。だがそれは少し遅い。
ドン!! という後方からの強い衝撃。
破輩は気がつくと、うつ伏せの状態で押し倒され、動きを封じられていた。
「が、あっ……」
上からの強い圧迫がのしかかる。それはこの男が背中を押さえつけ、もう片方の手を首筋に添えているのだ。
「動くなよ。貴様が風を発生させるのと、俺が貴様の喉を握りつぶすのでは、どちらが速いかなんてわかりきってるだろ?」
「くっ……!」
これでは手を出すに出せない状況。破輩は口に入った土を吐き出しながら考える。
一体この男は何が目的でこんなことをしているのか。
「不思議か? レベル4の貴様がレベル2の俺を倒せないことが」
「そんな、人間離れした動きでレベル2だと? 冗談も大概にしろ」
「冗談ではない。才能が努力よりも重要視されるこの街の住人であるお前には理解しがたいだろうが、これは“軍隊式格闘術”というものだ。能力はオマケにしか過ぎん」
破輩はうつぶせの状態で、地面の砂を握りつぶした。
レベル4で第2位である自分が、『アヴェンジャー』のレベル2の男に、しかも体術で負けたのだ。
さっきの事といい、今のことといい、破輩の
プライドはズタズタだった。
「確かに貴様の能力は凄まじい。だがしかし、それを扱う本人が弱ければそれは機関銃を握った幼稚園児のようなものだ」
「私が、弱いだと……?」
男は何の躊躇いもなく肯定する。
破輩は今までいろんな戦闘をくぐり抜けてきた、時にはストーカーまがいのスキルアウトと戦い、時には問題を起こした生徒を取り締まってきた。そのため自分は強いという自信は少なからずあった。
「ふざけるな……!」
だというのにそれをこの男はたった一言で一蹴したのだ。
「ふざけてはいない。貴様はすぐ周りが見えなくなるから弱いと言ってるんだ」
「テメエに……何がわかんだよ!」
破輩は悔しくて仕方なかった。この男にここまで言われ、そして、それを薄々自覚し始めている自分が。
男はしばらくだまり続ける。
背中から伝わってくる手のひらは人間の温かみすら皆無、まるで無機物を押し付けられているかのようだ。
男が口を開いたのはその何分後かだった。
「全てを指揮するものなら常に冷静でいろ。そして視野を大きく持て、そうすれば本当の敵が見えてくる」
「常に冷静……だと」
確かにこの男と戦う直前、破輩は未だにこの学園で“集金”が行われていることを知り、かなり動揺していた。
そのため、ろくにこの男の動きは読めず、無駄に校舎に被害を与えるはで散々だ。
もっと冷静になっておければこのようなことにはならなかったというのに。
だが何故この男はそんな助言を自分に?
『アヴェンジャー』であるはずのこの男が。
「というか、本当の敵ってなんだよ!? テメエら『アヴェンジャー』以外になんかいるってのか?」
「どうかな、それはこの先わかるかもしれないし、貴様がそのままだったらずっと闇の中かもしれない」
再び疑問を投げかけようとする破輩だが、
「!!」
突然として、背中に掛かる圧力が消えた。そして人の気配も。
即座に体制を立て直し後方を伺うと、そこには人の影すらなかった。
「結局、何がしたかったんだよ……あの男は」
土で汚れた制服をポンポンと払い、再びしゃがみ込む破輩。辺りからは風がビュウビュウと音を鳴らしながら吹いている。
『“弱い”な、この風も、お前も』
『確かに貴様の能力は凄まじい。だがしかし、それを扱う本人が弱ければそれは機関銃を握った幼稚園児のようなものだ』
『貴様はすぐ周りが見えなくなるから弱いと言ってるんだ』
『全てを指揮する者なら常に冷静でいろ。そして視野を大きく持て、そうすれば本当の敵が見えてくる』
ギリッと歯と歯が擦れあい、鈍い音を出す。
あの男の言動は、何もかもが言われれば頷くしかないものばかりだったのだ。
そんな中、近くから二人分の足音が聞こえてきた。
「破輩先輩、ぶっちゃけ、どうしたんすか!? 近くでめっちゃデケエ音が聞こえてきましたけど!?」
そう、先ほどの騒動を聞きつけた鉄枷と湖后腹が駆けつけてきたのだ。
「……」
これから破輩は未だ集金が行われていたことを風紀委員の仲間と、レベル4達に告げなければならない。
おそらく、レベル4の中からは大きな非難の声や、困惑の声があがるだろう。
(冷静でいろとはそういうことか……)
だから、それらすべてを纏める風紀委員のリーダーである破輩が自身が取り乱してはいけないのだ。
もしさっきのままでこのことを報告したら誰も落ち着かせる者がいなく、どうなったかわかったものではない。
「どうしたんですかその格好!? 全身ズタボロじゃないですか!?」
湖后腹が破輩の状態を確認すると驚きの声を上げる。
だが破輩は落ち着き払っていた。それこそ、さっきとは比べ物にならないほどに。
「いいか、これから話すことで絶対に取り乱すなよ。私も落ち着いて話す。だから、お前らも最後まで落ち着いてき聞け」
そうだ。
未だ“集金”が行われていたことで風紀強化週間での活動が全てパーになったわけではない。
むしろその事実こそが大きな手がかりを与えてくれたといっても過言ではなかった。
そう、“『アヴェンジャー』は今日の巡回外の場所を正確に把握して、集金を行なっていた”。これが大きな手がかり。
巡回する場所は風紀委員とレベル4のものにしか伝えてない。
つまりは―――――
(なるほど……段々とそこが見えてきたじゃないか、この学園の闇のね)
レベル4の中に、『アヴェンジャー』との内通者がいるということだった。
最終更新:2012年05月31日 20:39