炎天下の中、それでも街中を駆け回る子供達が居る。日光を避けるために、日傘を持って歩く女性達が居る。
何らかの宅配業者なのか、額に汗を浮かべながら仕事に従事する男性が居る。
そんな中を、焔火を含めた178支部の面々はペンとスケッチブックを持ちながら歩き、ある一角に滑り込んでいた。

「・・・ここは特に異常無し・・・と」
「・・・あ、ネコちゃんだ。・・・。可愛い・・・」
「ホントだ。日陰で休んでいるみたい」
「・・・・・・」

管轄内における“死角”を把握している178支部の面々は、場所毎に要チェックポイントを定めていた。
血糊の後や人が居た痕跡、今回なら薬物反応を確かめるために特殊な反応液を用いながら丁寧に調べて行く。
役割分担としては、固地と真面が実際にポイントを調査し、焔火と殻衣がスケッチブックに絵を描くフリをして固地達の姿を隠しているという具合だ。

「・・・私、こういう仕事をするのって初めてだな。言い方は悪いけど、地味な仕事って言うのかな。何か新鮮・・・。
何時もは1人で外回りしながら、見付けたスキルアウトとかをボコって補導するって流れでさ」
「・・・先輩達から何か言われない?」
「176支部(ウチ)って結構放任主義っていうか、単独で活動している人達の集りみたいな感じかな。リーダーが無理矢理統率しないと、集団行動できないってタイプ。
まぁ、リーダー的には余り支部員を縛るのは好きじゃ無いみたいだけど。『支部員の個性を損ないたく無い』ってのがリーダーの口癖。
最低限必要な連携とかは取れてるから、問題はあんまり無いかな。・・・そのせいで苦情とかは多いんだけど。・・・特に神谷先輩の(ボソッ)」
「・・・178支部(ウチ)とは全然違うね」
「みたいね」

殻衣と会話しながら、焔火は自分が所属する支部のリーダーである加賀美と、178支部に君臨する固地の方針の違いについて考えを巡らしていた。

「(リーダーと同期らしいけど・・・性格とか方針とかは全く違う。同じリーダー的存在でも、人が変わればこうまで違うのか)」

176支部は、特に個性が強い人間ばかりの集まりである。そのため、自分を含めた個性溢れる面々を纏められるのは、加賀美のようなタイプなんだろうと焔火は推測する。
これが固地だったら、176支部は絶対に空中分解する。そう断言できる程、固地の性格と176支部の面々では相性が最悪だった。

「(でも・・・場所が違えばその傲岸不遜なタイプでも十二分にその力を発揮できる。
固地先輩くらいの強烈なリーダーシップの持ち主なら、部下は安心して仕事ができるんだろうな)」

固地程の強烈な意志と断行力があれば、きっと付き従う人達は安心して仕事に励めるのだろう。
何かあっても『この人が後ろに居るから大丈夫』という後ろ盾の存在は、やはり大きい。
この点においては、加賀美は固地に後れを取る。個人差あるいは一長一短というわけだ。

「固地先輩・・・」
「あぁ。次のポイントへ向かうぞ」
「了解です!」

真面に促され、固地は次のチェックポイントへ向かう決断を下し、歩き出す。焔火と殻衣も後に続く。
まだ、幾つものチェックポイントが残っている。今の彼等彼女等には、迅速且つ適切な行動が求められているのだ。






「焔火!」
「は、はい!」

次のポイントへ向かう最中に、焔火は固地から声を掛けられた。

「調査している俺と真面の姿を隠すために、お前と殻衣は死角外に立っていた。その時、お前は何をしていた?」
「な、何をって・・・」
「唯立っていただけか?」
「い、いえっ!ちゃんと絵を描くフリをしたりして、街道を歩く人達から先輩達を隠していました!」
「・・・はぁ・・・」
「な、何で溜息を吐くんです!?」

落胆と判る程の大きな溜息を吐く固地に、焔火は動揺する。自分は固地の指示通りのことをこなしていた筈だ。

「それじゃあ、殻衣!お前は何をしていた?」
「私は。・・・。固地先輩達を隠すついでに、街道を歩く人達の人間観察をしていました」
「に、人間観察!?」
「・・・で、どうだったんだ?」
「そうですね。・・・。やっぱり暑いせいか、皆さんお疲れのようでした。・・・。
足取りも重たそうでしたし、顔に日光を浴びないために俯いている方も多かったです。・・・。
中には、ジェル状の水で首筋を冷やす水流系能力者の方もいました。・・・。他には・・・」
「もういい。確かに今日は辟易する程の暑さだ。足取りが重たくなるのも無理は無い。それと・・・ジェル状の水か。これからは、そういう体を冷やす物も必要になるな」
「・・・殻衣っち。わ、私と話していた時も、もしかして・・・」
「・・・さすがに会話中に誰かを観察するという芸当はできないけど。・・・。それ以外はずっと」
「・・・!!」

焔火は、驚くことしかできない。自分と同い年の少女が、あの短時間の間にそんなことを考え、実践していたことに。
真面のナップサックに入れているミネラルウォーター入りのペットボトルを手に掴み、水分補給をしている固地は、焔火の反応を見て愉快そうに口を開く。

「真面や殻衣には、178支部に入って来た当初からそういう指導をしている。『暇があれば、その時間を有効活用しろ』とな。
殻衣の場合は、その時間を主に人間観察に当てている。真面の場合は、主に管轄内の掃除をし、人と触れ合う中で情報収集に努めている。
もちろん、各々が自身の考えで実践していることだ。それに関しては、俺は何の指示も出していないしな」
「真面も・・・?」
「あぁ。俺は、どっちかっていうと荒事より奉仕活動とかが好きなタイプだからさ。暇を見つけては道案内したりとか、管轄内での掃除とかを自主的にやってるんだ。
その折々に触れ合った、色んな人達から情報を集めたりしてる。使える使えないは別にして、情報を耳にするのは悪いことじゃ無いからさ」
「・・・!!わ、私、そんなこと・・・一度も考えたこと無かった」

意識の差。そう言われればそれまでのことではあるが、それでも焔火は愕然とする。
同年代の真面や殻衣と比べて、如何に自分は何も考えずに風紀委員活動をしていたか思い知らされる。

「まぁ、そんな所だろうな。あの加賀美が、そこまでキメ細やかな指導をするわけが無い。
あいつなら、『部下を信じているから』とかのたまうのだろうが、俺から言わせればそれは唯の指導能力の欠如だ。
お前を見る限り、自分の部下に上司たる者が教えなければならない最低限のことさえ、あいつは碌にこなしていないようだな」
「そ、それは・・・!!す、全ては私の・・・」
「それは違うぞ、焔火!部下には部下の、上司には上司の責任と義務というものがある。加賀美は、上司としての義務の一部を放棄している部分が見受けられる。
それは、決してお前1人だけの責任では無い。まぁ、お前の意識レベルの低さも見ていて呆れる程だがな」

固地の言葉に、焔火は意外な感想を抱く。この男なら、どんなことでも自分1人のせいにするものとばかり思っていた。
だが、違った。この男は、ちゃんと責任の在り処が何処にあるのかを見極めているのだ。

「そうだな・・・次の地点に着くまでにまだ時間が掛かるし、これも時間の有効活用か。焔火!お前は尾行というものをしたことはあるか?」
「えっ・・・?・・・ほ、殆ど無いです。実習期間でもあんまり・・・」
「・・・風紀委員の適性検査の在り方に注文を付ける必要があるな(ボソッ)」

焔火の返答に益々落胆の色を隠せない固地は、それでも指導を請け負った者とし言葉を発する。

「例えばだ。今俺達が歩くこの人混みの中に、ある事件の犯人が居たとする。この場合、犯人は無能力者だ。
そして、俺達は仲間が別に居るその犯人のアジトを探るために尾行していたとする。但し、俺達の顔は犯人には知られている。
さて、焔火。犯人に気が付かれないために、お前ならどんな尾行を心掛ける?」
「えっ・・・?そ、そうですね・・・」

固地の質問。自分を試すための問い掛け。数十秒後、焔火は自信無さげに回答する。






「い、今みたいに変装して・・・犯人とは付かず離れずの距離を保って・・・見失わないように気を付けながら尾行します」
「ならば、犯人が急に後方を振り返ったとする。その場合はどうする?」
「えっ!?えっ、えっと、そ、それは・・・」

回答後、すぐに飛んで来た質問に焔火は言葉に詰まる。対象者が急に後方を振り返った場合、見失わないように監視していた自分に気付かれる可能性がある。
そうで無くとも、相手と自分の視線がカチ合ってしまう可能性は高い。そう焔火は思い、また尾行の経験が乏しいが故に、咄嗟に対象方法を思い付けない。

「他にも、犯人がタクシーやバスを使った場合は?」
「!!そ、そうですね・・・う~んと・・・えっと・・・」
「もし見失ってしまった場合の対処としては、どんな方法が思い付く?」
「!!!ん~ん・・・む~・・・・・・・・・・・・す、すみません。わかりません」
「・・・はぁ・・・」
「・・・すみません。無知ですみません」

固地の息つく暇も無い質問攻めに、降伏の旗を揚げる焔火。何時しか顔は俯き、少しだけ涙目になってしまっている。

「仕方無い。殻衣!真面!この無知で愚かな女に教えてやれ。とりあえずは、最初の質問と、その次に問い掛けたヤツでいい。
いきなり言っても、この落ちこぼれには理解できんだろう。最初の質問は殻衣、次の質問は真面が答えろ」
「・・・わかりました」
「は、はい!」
「ご、ごめんね、殻衣っち・・・真面」
「いえ。・・・。わからないことがあったら教えるって言ったのは私だし」
「そうそう。こういう時はお互い様だって」

焔火の代わりに答えるように固地から指名された殻衣がまず、普段の人間観察の経験から基づく意見を述べる。

「正直な話、付かず離れずというのを人混みの中で保つのは中々に難しいです。・・・。犯人の歩く速度や歩幅と自分の速度、周囲の人達との兼ね合いもあります。・・・。
ですから、この場合は仲間との連携を意識して尾行に当ります。1人が見失っても他の仲間と連絡を取り合い、再び捕捉できるように行動する。・・・。
もし気付かれたとしても、仲間とうまく連携できていれば対処できる範囲内に収められる可能性が高い。・・・。
固地先輩の問いかけでは、犯人は“単独”、こちらは“複数”ですから。・・・。これが、こちらも単独でしたら事情が変わりますけど」
「・・・!!!」

焔火は、殻衣の回答を聞いてようやく気付く。固地は、『俺達』と言っていた、つまりは、“複数”。なのに・・・自分は“単独”における尾行の仕方を思い描いていた。
未だ焔火の心に巣食うそれ―加賀美の方針に甘えて普段の風紀委員活動において単独行動ばかりしていたツケ―は・・・容易には取り払えない。

「・・・いいだろう。次は真面、お前だ」
「りょ、了解です!」

固地から声を掛けられた真面が、普段から自主的に取り組んでいる奉仕活動で様々な人間と接する経験から、自身の意見を述べる。

「固地先輩が言う『犯人が後方を振り返った』時の、自分の視線の置き方次第ですよね、それって」
「し、視線?」
「そう。例えばさ、人混みの中で焔火ちゃんを変装した俺が距離を保って尾行していたとするじゃない?
そんで、焔火ちゃんは後ろから誰かの視線を感じて後ろを振り返るとする。この時、俺が焔火ちゃんに“視線を向けていなかったら”・・・どう思う?」
「そ、その場合だと・・・私の勘違いって思うかな?変装しているから、顔を知っててもすぐには見破れ・・・あっ!!」

焔火は、真面が言いたいことを理解する。そして、自分は“複数”以外にもう1つ重要な思い違いをしていたことにも。

「尾行って、バレたら話にならないんだよね。下手すると、罠に掛けられるかもしれないし。
だから、尾行する人間のことは可能な限り直視しない。目の端の方に映ってるくらいで丁度いい。
時々は確認のために直視もするけど、できるだけその回数は減らすべきだね。特に、こういう人混みでは。
そのためには、普段から目の端でも対象を把握できる練習みたいなことをしておかないといけないけど」
「加えて、焔火!お前は、俺の質問の際に言葉を詰まらせた!
つまり、お前は『犯人が急に後方を振り返った』場合の自分の視線が、犯人を直視していたと決め付けていた筈だ!
それは、言い換えれば数少ない実際の尾行の際にもお前はそうしていた可能性が大だということ!
尾行に気付かれ、逆に罠を仕掛けられるリスクにお前は気付かないまま・・・な」
「ッッッ!!」

真面と固地の言葉に、焔火は項垂れる。自分は、本当に・・・本当に何も知らなかったことに。
自分の行動にそれだけのリスクがあったことにも気付かずに、何も考えずに思いのまま動いていたことを・・・焔火は強く恥じる。

「それに、これって相手が無能力者の場合だしね。これが、能力者相手だと勝手がまた違ってくるし。取り締まる側からすると、考えることが多くて嫌になるよなぁ」
「大事なのは、相手の能力や自分の能力の他にも、周囲の状況や抱えるリスク等を含めて総合的に考えなければならないこと。・・・。
事件解決に結び付けるための・・・それは一番大事なこと」
「自分の能力に溺れる者など三流以下だ。己の力を過信した者の末路は、総じて惨めなものだ。能力は有効ではあるが、絶対では無い。レベル5という特殊例は除いても。
焔火!お前が、風紀委員となってまだ少ししか経っていないというのは加賀美から聞いている!経験不足なのは当然だろう!
だが、それは風紀委員が活動する前線において免罪符になると思うな!『風紀委員だから間違わない』とでも思っているのなら、見当違いも甚だしい!
お前の身勝手な判断で仲間が危機に陥るかもしれない・・・そんなふざけた真似を俺は許すつもりは無いぞ!!」
「・・・!!!・・・・・・はい」

真面、殻衣・・・そして固地の言葉に、焔火は頷くことしかできなかった。今の自分には・・・彼等に反論する力も理屈も何一つ無かったから。


そんな彼等を人混みに紛れて遠くから監視・尾行している者達が居た。その目はどこか虚ろで・・・表情に生気が感じ取れない人間だった。

continue…?

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最終更新:2012年06月05日 21:15