藤倉尚(ユニバーサル・ ミュージック)

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   氏名        所属        職種        社会人経験年数   
    藤倉 尚        ユニバーサル・ミュージック        社長兼CEO      25年  



経歴

1967年12月11日生まれ。1992年にポリドール株式会社 (現:ポリグラム株式会社→ユニバーサル・ミュージック株式会社) 入社。
2007年ユニバーサルシグママネージング・ディレクター就任後、自社レーベルのNAYUTAWAVE RECORDS、SMUのディレクターなどの役員を務めたのちに、2014年1月に社長兼最高経営責任者(CEO)就任。

業務内容

音楽ソフト、映像ソフト等の企画、制作、販売

やりがい

「マーケット自体が縮んでいる」という話がよく出る中で、「今頑張らなくていつ頑張るんだ!」という想いを持ち業務を行っている。

仕事への姿勢/考え方

「人を愛し、音楽を愛し、感動を届ける」というメッセージを2014年1月の社長就任会見で述べている。これは、音楽業界に貢献したいという強い思いを表している。また、社員一人一人が力を発揮できるような組織にしたいと考え、自身が担当していた部門のスタッフについてだけでなく、会社全体の事業や進むべき方向と照らし合わせて社員それぞれの能力をしっかり判断することを心掛けている。また、コミュニケーションをしやすい環境を提供することがマネジメントの役割だと考え、社内でもコミュニケーションする場面を意識的に増やした。

転機

1999年にマーキュリーに異動し、ユニバーサルシグマが2004年に始まるが、2005年になってもヒットが出ない状態であった。2005年がこのまま終わると、ユニバーサルシグマは消滅してしまうという話も出ているということを2005年の3月に聞き、そのときのリリース予定の作品を見て、「今からでもヒットを狙えるアーティストの楽曲」の筆頭がAIの『Story』であった。『Story』は、レーベルとして大きくヒットさせようとしていた自信の一曲で、ノンタイアップにもかかわらず発売後に話題を集め、タイアップも後からついた。その結果、当時50万枚のヒットで300万近いダウンロードもあり、夏に出たアルバムも50万枚のヒットとなった。このヒットを機に、9月には長期休養をしていた徳永英明の復活作『VOCALIST』を発売。本人含めてファンが望んでいるものを改めて考えた作品が女性の歌で選曲したこのアルバムがミリオンヒットを達成した。さらに、新人では、ウエンツ瑛士と小池徹平のWaTと契約。新人にもかかわらず、いきなり30万枚のヒットになりその年の紅白にも出場、TERIYAKI BOYZも同時期にヒットさせるなど、ユニバーサルシグマを生き返らせるきっかけを作った。

私生活


今後の目標

23年間邦楽に関わってきた自分が社長に任命された時点から、「邦楽の強化」が必要だと考えている。現在、音楽産業は各国ごとに収益構造が変化しているが、日本においては邦楽の比率が毎年上がってきているため、邦楽の強化は大きな課題だと認識している。そして、「上を向いて歩こう」の坂本九以来の日本人アーティストによるビルボードチャート1位獲得を一つの目標としている。一方で、洋楽マーケットの活性化にチャンスがあるので積極的に取り組みたいとも考えている。


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  • 坂本九さんの様な国民アイドル及び音楽を期待しています。 -- 三宅善次郎 (2018-09-03 13:30:49)
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最終更新:2024年07月08日 01:55
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