プロローグ




 思えば、その船は数奇な運命を辿っていた。
 生まれは呉の海軍工廠、あの戦艦『大和』と同じ出生地であり悪くない。建造された当時はワシントン・ロンドン条約の影響で、排水量一万トンクラスの軽巡洋艦サイズであった。

 試験艦『飛鳥』。

 砲も、魚雷も、艦橋もあったが、船首に菊の紋はない。軽巡洋艦サイズであって、軽巡洋艦ではない。定数外の試験艦という船種は、駆逐艦クラスと同じ扱いしか受けなかった。
 試験艦というからには、その任務は試験である。任務は新型鋼鉄の使用や電気溶接など建造時から始まり、後の翔鶴級空母などに使われるバルパスバウや、最上級軽/重巡洋艦に予定されていた砲の換装試験、さらに島風級駆逐艦用の高温高圧ボイラーの予備実験、61センチ酸素魚雷の発射テストなど、各種試験に流用された飛鳥は、ドイツがポーランドへ侵攻し、世界情勢がにわかに殺気立ちはじめた頃、その使命を果たし短い海軍生活を終える事となった。
 だが、安息な余生を過ごせる程、飛鳥の運命は甘くはなかったのである。



「ルックナー船長は、本当の英雄だった・・・」

 初老のドイツ人は、部屋の装飾品としておかれた帆船模型を眺め、客人に話しかけた。

「その帆船はゼー・アドラー号ですね? 先の大戦で3万トン以上の商船を破壊拿捕しながら、敵味方共にほとんど死者をださなかった」

 客人は東洋系の男だったが、そのドイツ語は完璧で土地の匂いさえさせた。この欧州にかなり長く暮している感じだった。ドイツ人は、すこし憂鬱そうに「そうだ」と答えた。

「あの頃は、まだ騎士道精神が生きていた。今では・・・、無制限潜水艦戦だよ」

「それだけ通商破壊は重要だということです。現にあなたの指揮する潜水艦隊は効果を上げているじゃないですか?」

「無論だ、我々は英国の戦時経済を追い詰めている。これは戦艦を沈めるより偉大な戦果だよ! 君が恐れているのは、同じ戦術に君の母国が耐えられるのかという事だろ?」

「えぇ、ライミーと同じ島国です。自国内の資源が乏しい。軍部は南方に進軍して資源を確保するつもりですが、その輸送にもやはり海上輸送が主体となるでしょう。しかし、日本にはそうした船団を護衛する部署がありません」

「日本海軍は、海上護衛の必需性を考えてない? 馬鹿な、前の大戦では地中海で船団護衛についていたじゃないか? 私は彼等と戦ったぞ」

「確かに第二艦隊は汗も血も流して戦いました。けど、結局あれは欧州での戦いだったのです」

 東洋人はやるかたないため息をついた。

「ライミーは必死だ。ACM船なんでモノまで持ち出して対抗している。君の国の海軍は、たしかライミーが手本にしたはずじゃないか?」

「いままで大陸で戦争してましたからね。英国はアマンダ海戦以来世界の海を制してきたわけですから、過程が違います」

 ドイツ人は、「なるほど」と頷き、二人の間にあるテーブルの上に置かれた書類を手に取った。

「・・・それで君がやるわけか? しかし空母とは驚いたね。なんせ我々ですら持っていない艦種だ」

 それは、東洋人が持ってきた現在モスポールとなっている仮装巡洋艦の払い下げ申請書類だった。だが、そのリストにはその他油圧カタパルト、大型エレベーターなども含まれている。どうやら東洋人は空母を造るつもりらしい。不思議と肝心の艦載機についてはふれていなかったが、賢い判断だとドイツ人は思った。飛行機の話などすれば、あのデブのサンチョがでしゃばってくるだろう。

「ええ、ここは先人たるライミーの手法を使いたいと思いましてね。しかし、日本の空母は全て攻撃型、つまり剣です。剣だけで戦うの無理ですよ、楯がなければ」

 「なるほど、楯か」とドイツ人が苦笑した。

「空母による船団護衛は、まるでアイギスのようだよ」

「アイギス?  ギリシャ神話でゼウスがアテナに贈ったとされる楯ですか?」

「あらゆる攻撃を防ぎ、一振りで嵐を起こす攻防一体となった楯だ。空母とは、敵を撃滅することで守りの役割を果たすものだ。
 よろしい、君の要求した機材は我がドイツ海軍より引き渡そう。グラーフツェッペリンやエウロパが頓挫してしまったんだ。在庫整理にはちょうど良いだろう」

「ありがとうございます。デーニッツ閣下」

「なに、アテナがペルセウスに楯を贈ったのは、アテナがメデューサに嫉妬したからだよ」



 1942年初旬 フィリピン海峡

「しめたぞ! ジャップの輸送船には護衛がいない!」

 B-25ミッチャル爆撃機の機長、エルンスト・マックバーン大尉は、輸送船団を目掛け突撃した。
 近代おいて、戦争はあらゆる物を活用し、相手を潰すまで攻撃の手を止めない総力戦となっていた。通商破壊もそのひとつだ。島国と言う日本の特質上、資源は占領下の領土から頼らればならず、それを活用する為に本国へ輸送する手段は輸送船団による海上輸送にほからならい。つまり、そこを突けば日本の戦略的弱体化を狙う事が出来る。

「ポール、全部沈めてやるぞ!」

「イエッサー!」

 こちらに気付いたらしい船団が、不規則に蛇行し始めたが、すでに手遅れだ。低速な輸送船の動きで、航空機をかわすことなどできやしない。
 マックバーン大尉の乗る爆撃機を先頭に、12機のB-25ミッチャル爆撃機が爆撃態勢に入る。爆弾倉の扉を開け投爆する寸前、突然背後から突き上げるように爆発音が響いた。

「どうした!?」

 今の衝撃は、何かが爆発したときのものに違いない。状況を考えれば、後に続いている列機か・・・? しかし、なぜ?
 答えは、すぐマックバーンの目の前にあわられた。

「戦闘機だ! 六番機、サージがくわれた!」

 後部銃手が叫ぶ。

「戦闘機!? なんだ、こいつ!!」

 B-25の前を過ぎ去る戦闘機の群れは識別表にない機体だった。ゼロと同じ全金属製の低翼単葉の戦闘機、翼は中程で折れ曲がる逆ガル翼をしている。そして決定的な違いは、その機体は鋭角な機首をもった液冷機であることだった。

「機数は! 何機いる!?」

「4・・・ いや6機!」

 背後から抜き去って行く四機に加え、何時の間にか、船団の上空にさらに二機の機影あった。四機の戦闘機隊は、完璧な編隊を保ち再度攻撃を仕掛けようと上昇旋回にはいる。

「くそ! 反転してくる。どうするんだ、機長!!」

「ただで爆弾を廃られるか! このまま突っ込むぞ。標的を絞れ!」

 マックバーンは、自分の判断が爆撃機乗りとして同然だと信じていた。爆撃機乗りなら、一度爆撃進路を決めたれば、後は石に齧りついてでも外れるわけにはいかない。だが、今回の場合、相手の戦闘機の攻撃力を見誤っていた。続く銃撃で更に数機のB-25が撃墜される。装甲板を一撃で貫くその破壊力は、明らかに20ミリ機関砲による攻撃だった。
 やつら・・・、海軍機か? 日本海軍に液冷戦闘機などないはずだぞ!
 B-25側も銃手達も必死に応戦するが、相手はまるでこちらをおちょくる様に銃撃をかわしてゆく。
 続いて、船団からも激しい対空砲火が上がり始める。しかし、これらは気休めみたいなものだ。マックバーンは船団の先頭に狙いを定め、海面を滑るような低空を飛ぶ。
 マックバーンの視界に、船団の後方から向ってくる一際対空弾幕の激しく上げる船が進んできた。

「護衛の海防艦か・・・?」

 その船は、爆撃機と輸送船の間に割り込もうと白波を立て驀進する。それにしても早い、20ノット以上の速度は出ているだろう。

「間に合うものか!」

 マックバーンは爆撃スイッチを握った手に力をこめる。と、突然、海防艦らしき船から閃光が瞬いた。それは対空機銃や高射砲の類ではなかった。それよりもっと大口径の砲から放たれた。
 しかし、マックバーンがその正体を知る事はなかった。その砲弾は、砲身から放たれた後、散弾となって飛び出し、焼け付いた飛礫がマックバーン機を含めた爆撃機隊に襲いかかった。マックバーンはその身に何が起こったかわからぬままB-25が海面に突っ込むまえに死んでいた。
 他に三機のB-25が、この一撃で殺られ、残った爆撃機達は慌てて回避運動に出たが、そこにまた例の正体不明の液冷戦闘機が襲いかかった。
 結局、基地までに辿りついたB-25は12機中、満身創痍となった僅か2機だけだった。






最終更新:2010年12月14日 19:46