第一話 歴史は繰り返す


200X年7月19日14時23分、日本、東京都千代田区、首相官邸地下

「ご覧下さい。これが米国の偵察衛星から撮った3ヶ月前の国後島のソ連空軍飛行場―――」
正面の大きな画面に滑走路の上空写真が写された。飛行機は1,2機くらいしかいない。
「そしてこれが昨日撮った同飛行場の写真です」
同じ滑走路の上空写真だった。だが航空機が大量にいる。
近年、その機能を移転された新首相官邸の地下、そこにある薄暗い会議室の演台に立つ統合幕僚会議議長の田宮陸将は大きな会議机を囲むように座る人々を見回した。
総理大臣から各官僚、防衛関係者たちが揃っている。
「ご存知のとおり、先月からワルシャワ条約機構軍と朝鮮人民軍は合同大規模演習『赤い7月』を行い、先日15日をもってこれの終了を宣言しました。ですが、このようにまだ大量の空軍機がここに待機しています。さらにこれはヨーロッパでも言えます」
「だが、西側の報道機関や各国の武官たちが演習の一部始終を見ており、ワルシャワ軍の撤退までも目撃しているではないか」
外務大臣が言った。
「そのとおりです。ですがワルシャワ軍は東ドイツより撤収して以来、ポーランドに待機しています。CIA情報によれば、いつでも東ドイツに展開できる状態だそうです」
「極東のほうはどうなんだ?」
誰かが言った。
「朝鮮半島では演習終了後、北部に展開していた朝鮮人民軍が徐々に38度線に集結しています。またソ連軍も一部が半島に展開しているようです。そしてご存知のように日本周辺でも動きが活発です」
田宮がそういうと、室内が妙に一段と張り詰めた雰囲気になった。
「先ほどご覧になったようにサハリン、北方四島の空軍基地に空軍が集結。またヴラジオストック港やサハリンのボロナイスク港にソ連太平洋艦隊が集結。それと北海艦隊から一部輸送艦が借り出されているようです。陸軍も両港付近に集結し始めており。偵察機の動きも活発で―――」
田宮は机上のボタンを押し、画面を変えた。
最後の部分が切れている折れ線グラフが映っている。
「これは去年末から5月までの航空自衛隊緊急発進数をグラフ化したものです。そして」
田宮はまたボタンを押した。切れていた折れ線部分が現れた。値が急に高くなっているのがわかる。
「これが先月と今月15日までの発進数です。5月までのよりも2倍近く多くなっています。海上自衛隊も近海における潜水艦、及び情報収集艦の動きが活発化してきているのを確認しています」
「疑問なんだが―――」
20世紀末の組織改革によって誕生した国土交通省の大臣が言った。
「何で半島や日本で行動する必要がある? 主戦線はヨーロッパだろう?」
大臣がそう言った裏には、政治的現状があった。
ソ連をはじめとする共産諸国は十年以内に経済崩壊する―――西側専門家達が口をそろえて、こう評した。
このままではソビエトと共産主義が滅亡する。
この危機を回避すべく、党高級幹部達は考えた。
西欧諸国を解放し、米国を打破する。それによって、東欧諸国との足並みをそろえつつ、生存圏を大幅に確保し、経済を立て直す。
そしてこれを達成するべく、準備段階としてこの演習が行われている―――というのが、西側軍事関係者の共通認識であり、一番、現実味のあるシナリオだった(事実、西側諸国の情報機関は、この裏づけとなる情報をいくつか入手していた)
大臣が言っているのは、この戦争行為を行う動機として考えられるものとして、東欧諸国の足並み揃え、何より西欧諸国解放を意図していることから、戦線はヨーロッパであり、極東は関係ないのではないか、ということであった。
これに対し、田宮が答える。
「恐らく一番の理由はヨーロッパにおける米軍増援戦力の引抜でしょう。無論、ヨーロッパと同時にアジアを失うわけにはいかない合衆国は当然極東にも戦力を投入します。そして主戦線であるヨーロッパでの軍事作戦達成を容易化させる目的があるように思います」
「要は囮というわけか……」
国土交通大臣はため息をついた。
「もし」
総理が口を開く
「日本に侵攻するとして、どこに上陸するんだ?」
潜水艦、情報収集艦や偵察機の出現状況、あるいは合衆国からの情報を総合すると―――田宮は答えを続けた。
「十中八九、北海道に上陸します」


同日16時11分、北海道千歳市、航空自衛隊千歳基地

新千歳空港に隣接する北海道唯一の航空自衛隊航空基地。
そこの滑走路に、スクランブルから帰ってきた2機のF15Jイーグル戦闘機が降り立ってきた。
2機は滑走路に降り立つと、誘導員の指示の下、通常のエプロン(駐機場)ではなくアラート(緊急発進待機用戦闘機庫)へと戻っていく。
まだこの2機の緊急発進の待機業務は終わっていないからだ。
2機はそこに戻るとエンジンを休めた。
コクピットが開かれる
「お疲れ様です、三原一尉」
整備員はコクピットの中で、ヘルメットを取ろうとしているパイロットに敬礼した。
ヘルメットが取られると、ショートカットの、整った顔立ちが現れた。
三原玲子一尉はお疲れ、というと整備員に敬礼をした。
「やれやれ……連中、侵犯のしすぎだよ」
松原耕治一尉も愛機から降りて、疲れた様子で現れた。ちなみに彼は玲子と防大同期である。
「お疲れ様です、松原一尉」
整備員は敬礼した。松原も返礼する。
「先月から偵察機の飛ばしすぎなんだよ……」
松原が愚痴をこぼした。
「連中、演習はじめてから妙にしゃしゃりでてきましたからね。噂によれば演習終わった後でも軍を展開させているとか……」
「国後あたりから飛んでくるんだから―――」
玲子はタラップでイーグルから降りた。
「まだいるってことだよね」
「だろうな」
「だいたいソ連の物資や人員がヨーロッパや極東に輸送されているらしいですし、NATO軍だって動員令の発令を検討しているそうですからね」
整備員がテレビ報道の受け売りを口にした。
もっとも、これを発表したのはホワイトハウスの報道官だが。
「半島だって北朝鮮が軍隊を集結しているらしいしな」と松原。
「太平洋艦隊も集結しているらしいから、時間の問題かもね……」
玲子が言うと、一瞬、会話に間ができた。
「……やりますかね?」
整備員がその間をうめた。
「やるだろうな……やりたくないけど」
松原が答える。
3人、いや、全ての自衛官たちは明らかにわかっていた。
そして彼らはそれを身をもって経験している。
偵察機がこれほど大量にやってくるということは、ソ連は将来の敵についての情報を少しでも多く入手したいからだ。



7月20日9時7分、北海道恵庭市、陸上自衛隊北恵庭駐屯地正門

この日、全自衛隊員に外出禁止令が発令された。
休暇は取り消され、官舎住まいの自衛官達も駐屯地、あるいは基地内待機となった。
同時に非公式ではあるが、各駐屯地や基地への弾薬等の物資輸送がはじまっている。
作業服を着た警務隊員数名が、64式小銃で武装し、警備任務についている。
時々、トラック数台が入ってきて、駐屯地倉庫に弾薬をおいていくのが、これを目撃する自衛官達にとって、妙に嫌な光景だった。
「あー、暇だなぁ」
「本当ですよ、一尉」
第1戦車群第302戦車中隊隊長の上山正雄一等陸尉と、第301戦車中隊所属の安藤和正二等陸曹は正門近くの道端に座って、そんな危機的状況とは程遠いたわ言を呟いていた。
「すみません。遅れました……」
そこへ杉田政巳三等陸曹が掛けて来た。安藤とは同じ戦車の砲手、操縦手の間柄である。
「おう。来たな。えらい遅かったな」
上山一尉はそういうと、ゆっくりと立ち上がった。
安藤もそれに続きながら、言う。
「杉田ぁ、また彼女とケータイで話してたな?」
「えっ、なんでわかったんですか?」
このヤロー、お前ばかりいちゃつきやがって。
まだ若く、自衛官としての実績はあるものの、女性に対する練度不足からか、彼女のできない上山一尉は杉田三曹を小突いた。
「畜生。あんなかわいい娘と付き合ってやがって。お前、便所掃除だ」
「そ、そんなぁ……」
「安藤に杉田、うるさいぞ!」
警備に当たっていた中年の警務陸曹が寄って来た。64式小銃を背負っている。 
俺もですか……。杉田は不本意な気がした。
「いくら外出禁止令が出て、休暇がつぶれたからっていって、人の仕事してる前で遊んでるなんていい度胸だなぁ。貴様の中隊長に頼んで、便所掃除してもらうか? ん?」
警務隊というより、ヤクザじみた言葉で部下を叱咤する。
二人は長年、自衛官として積み重ねてきた経験と彼個人がもつ気質が生んだ警務陸曹の気迫に、まるで親に叱られた幼児のように、萎縮してしまう。
「い、いや、陸曹。俺達はその中隊長を待ってるんだ……」
その気迫に怯えていた上山は、警務陸曹にそう言った。
ちょうどその時、正門の前に一台の乗用車が止まった。
警務隊員たちはそれを注視し、神山たちもそれを見た。
乗用車の後部座席から作業服を着た若い男が降りてきた。襟章は一尉を示している。上山とは防大同期。安藤、杉田の乗る戦車の戦車長であり、そして第1戦車群第301戦車中隊隊長である高崎真治一尉は、駐屯地内で過ごすための生活用具を入れた、大きなボストンバックを片手に降りてきた。
警務隊員たちは、彼よりも階級が下だったため、全員が彼に敬礼をした。
「なかなか壮観だなぁ……」
妙な間抜けな言葉を出しながら、彼は敬礼する。
「兄さん、上官なんだから、もっとちゃんとしなきゃ」
運転席にいた、髪を肩まで伸ばした可愛らしい女性が言った。
高崎真治の妹、高崎典子である。
「よお、やっときたな」
上山が彼のところに近寄ってきた。
それに続いて、安藤、杉田、何故か警務陸曹も後ろにいる。
「のりちゃんも久しぶりだね」
高崎と共に防大生だったころから彼女を知っていた上山に、屈託ない笑みを浮かべ、そうですね、と返す。
「それから安藤さん、杉田さんも」
上山や安藤、杉田、それに何故か警務陸曹を照れ笑いを浮かべる。
杉田を見た安藤は、彼女持ちなのにこのような態度をとっている彼を小突き、シャッキッとしろよ、と言った。
「じゃあね、兄さん」
うん、高崎は妹の運転する車が発進するのを見届けた。
後ろでは4人が車に手を振っている。
高崎は不意に振り向き、それを見ると、何やってんだ? と不思議そうな、そして妙に怪訝そうな顔を浮かべて言った。
「いや、なんでもないです……」
安藤がそう言うと、高崎はそうか、と表情をあまり変えずに、頷いた。


同日17時17分、北海道留萌市、陸上自衛隊留萌駐屯地、食堂

食堂のテレビは、数年前にやっていた陳腐な恋愛ドラマを再放送していた。
それを見ながら、第26普通科連隊第3中隊所属第2小隊の稗田祥一、滝沢健也両陸士長は夕食を口にしている。
「なんか、他に見るもんないかな?」
突然、横からトレイを持った第2小隊長の倉田耕治二等陸尉が現れた。
二人は敬礼した。
「この時間は特に面白いもんないですからね。あとニュースくらいしかないですよ」
稗田が焼き魚にかぶりつきながら言った。
「ニュースか……」
彼はそう呟きながら、稗田の横に座った。
最近、ニュースは見る気になれなかった。
連日、ソ連軍をはじめとする東側諸国の不穏な動きばかりを報道しているからだ。
世界各地で、ソ連偵察機が演習以前よりも飛び回り、東側諸国軍が演習終了後も東欧や極東に集結している。
「……ほんとにはじまるんですかね?」
ご飯を頬張りながら、滝沢がやけに物騒なことを言った。
「知らんよ、俺みたいなのに聞いても」
倉田も飯を食べ始めた。
「だいたい、はじまった時ははじまった時だよ。今、どうこう考えてもどうにもならない」
稗田が滝沢に言った。案外、こいつ、肝据わってるかもな、と倉田は思った。
たしかにこいつの言うとおりだ。だが、いざとなった時を考えると、どうしても心内、多少でも動揺してしまう。
俺が根性無いだけか。部下を従える幹部のくせに。
倉田はいささかなさけない気持ちになり、苦笑する。
「どうしたんですか、小隊長」
勝手に笑っている自分の上官を見て、倉田は一抹の不気味さを感じた。
「いや、何でもない」
彼は一気に飯をかきこんだ。


7月21日8時27分、神奈川県横須賀市

海曹が運転する黒塗りの公用車は、後部座席に第一護衛隊群幕僚長の山寺治一等海佐を乗せて、住宅地を走っていた。
公用車はある家の前に止まる。和風な建築だが、妙に昭和の家という雰囲気がする。
「自分が行こう」
山寺がそういうと、なら自分が司令の荷物を、と海曹が言ってきた。
いや、君は運転席にいなさい。
山寺はそう言って、海曹を座らせると、ちょっとした石段を登り、玄関のチャイムを押した。
防大時代、よく休暇のとき、ここに泊めてもらった。幹部になって、横須賀勤務になると、家族ぐるみで遊びに来たものだ。
そういえば最近来てなかったな……
家の玄関が開かれる。
そこには初老ながらも海自の制服を着こなした男がいた。
右腕には大きなバッグ、着替えや日用品が入っている。長期航海―――それもいつ終わるかわからない航海に出るからだ。
彼の後ろには彼の家族がいた。
夫と同い年のはずだが、彼よりも若く見える奥さん。
その母親に似て、なかなかの美人の、高校2年生になる一人娘。
山寺は自分の上官に敬礼をした。
第一護衛隊群司令の雨宮海士海将補も返礼する。
「ご苦労だな、山寺」
「それはお互い様ですよ。雨宮さん」
彼は防大時代からプライベートで彼を呼ぶときに使う言葉を使用した。
山寺はお持ちしましょうと言って、雨宮のバッグを持とうとした。
「いや、いいよ。すぐそこだ」
雨宮はそういうと自分でバッグを持って、車の方へ向かった。
山寺や家族もそれに続く。
「あの……山寺さん」
雨宮の妻は言った。
「夫を宜しくお願いいたします」
彼女はそういって、深々とお辞儀をした。
山寺は思わず戸惑ってしまう。
「おいおい」
バッグを車に入れた雨宮が言った。
「子供じゃないんだからさ」
そういうと皆、声を出して笑った。
妙に緊張した雰囲気が和んだ。だがそれも少しの間だった。
雨宮と山寺は公用車に乗った。
「じゃあ、行って来る」
雨宮は車のガラス窓を開けてそう言った。
「父さん」
雨宮の娘が言う。
「かならず帰ってきてね……」
父は優しげな表情で、娘の顔をしっかりと見つめて言った。
「父さんが今まで帰ってこなかったことがあるかい?」
じゃあ、行くね。雨宮は家族に軽く手を振った。
公用車はゆっくりと発進する。
「由紀ちゃん、かわいらしいですね」
山寺は雨宮の娘の名を口に出した。
「良太君はどうなんだ?」
雨宮も山寺の息子の名を出す。尚、彼の息子と雨宮の娘はいわゆる幼なじみである。
「そういえばなんか言ってましたね」
「またまた」
二人はまたそう言い合うと笑い出した。
「ところで」
雨宮は笑い終えると言った。
「第一護衛隊群の全所属艦に弾薬物資等の詰め込みが命じられたって?」
彼は山寺と電話連絡した際、聞いた情報を口に出した。
「はい。今の所そんなに進んでいないようですが、横須賀地方隊とかの人員もかき集めてやっています。自分も正直今、家を出たばかりで、現場を見ているわけではないのですが、横須賀基地総出でやってるおかげか、かなりスムーズらしいです」
「まあ、元々、準備はしてあったからな……」
「いよいよですね」
山寺が言った。
「ああ、いよいよだ。連中、ついにやってくるぞ」
雨宮は頷いた。


同日23時43分、ソ連、サハリン、コルサコフ郊外

モスクワ・クーデター以後、計画が進められ、つい10年前に郊外の海岸傍に立てられたばかりの原子力発電所は今や全サハリンの電力源として重要な役目を果たしていた。
もっともクーデター以後の壊滅的な経済によって安全な設備が整っているかどうか難しく、それどころから今の運行状況でも不安なものがあり、極めて危険な状態である。
これは人員的な問題もあった。共産主義の欠点ゆえか、それともこの経済不安からか、発電所員にはやる気がなかった。
原発を管理しているKGB警備兵たちにとっても同様であった。
部下数名とともに警備室にいて、各所に置かれている監視カメラが映し出すモニターを見ているKGBの先任警備主任もその一人である。
彼は退屈そうにだらけていた。酒の匂いがきつい。後ろのヤツが酒を飲んでいるからだ。煙草の匂いもする。
そもそも、おかしい人事だ……。先任警備主任は改めて思った。
ここの原発職員は、みんな素行の悪い奴らだ。何らかの犯罪や不良行為を犯していると聞く。
かくいう俺もそうだが……。
自分が思うのもなんだが、いくら専門職の持ち主だったとしても、そんな人間達に原発を任すものだろうか。
彼はそんなことを考えながら、大きなあくびをすると、机に足を投げ出した。
「ん?」
彼はモニターの一つ―――海岸に面するフェンスにある監視カメラの映像が映し出されなくなっていることに気がついた。
畜生。オンボロはこれだから困るぜ。
「おい」
彼は近くで雑誌を読んでいた若い警備兵に言った。
「17番が故障だ。行って来い」

畜生、面倒だ。
若い警備兵はAK74突撃銃を持って、そこへ向かう。
だいたいここの監視カメラ、壊れやすいんだよ。とっとと直せばいいものを。
しかしそれは今のソ連の経済、あるいは軍事優先の政治現状において難しいものだった。
それは彼にもわかっていた。
無論、こんなことを口出しすれば、やっと強盗で投獄され、恩赦釈放された身がもったいない。
彼は17番カメラの付近で幾つものうごめく人影を見た。20人以上はいるだろうか。
彼と影たちとはフェンスを破線で向こう側にいる存在だったが、フェンスに何かしている。
若い警備兵は妙に恐怖を覚えた。
人影の一つがこちらを向く。
警備兵は蛇に睨まれた蛙のごとく動かなくなってしまった。
夜になれた目が人影を徐々にはっきりさせたものにしていく。
彼らは全員、同じ服装をしていた。
頭には緑系の迷彩ヘルメット、同じ柄の迷彩服を着こんでいる。
ソ連兵ではない。何より彼が持つ小銃がそれを教えていた。
警備兵はAKを構える。
だがそれよりも速い動作で、人影の一つは銃を構えた。

突然、銃声が響いた。
「な、何だ?」
警備主任や、部屋にいた彼の部下たちがおののく。
「主任!」
部下の一人がモニターを見て絶叫した。
武装した者達が幾つかのモニターに現れていた。

自衛隊新迷彩に彩られたヘルメットに防弾チョッキ、そして空挺戦闘服を着込んだ彼らは折り畳みが可能な空挺用の89式小銃を持って何手かに分かれた。
そのうちの一手は管理棟へ入った。
ここには原発の中央制御室などのこの原発の基盤となる部屋が揃っている。
警備室もここにある。
玄関前に誰かいる事に気がつく。
「誰だ、貴様ら―――」
銃声を聞いて玄関前から出てきた原発職員が声を上げた直後、リーダーらしき人物が89式で彼を射殺した。
後ろにいた職員たちがとっさに逃げようとするが、5.56ミリNATO弾の餌食となった。
彼らが管理棟へ突入した。灯の下へ来るとで彼らの顔立ちが黄色人種系だということがよくわかる。
大きな警報音がなり響いた。侵入者警報だ。誰かが発令させたのだろう。
「警備室と制御室、二手に分かれるぞ」
リーダー格の人間が流暢な日本語でそういうと、彼らは直ちにそれを実行した。
3人の兵士は、リーダー格の人間のあとへついていき、警備室へと通ずる廊下を駆ける。
廊下の角から、AKの銃口が覗く。警備兵だ。
彼らは瞬時に89式を撃った。
その警備兵は倒れたが、もう一人の警備兵が彼らに向けて発砲した。
彼らの一人に命中する。
眉間よりやや下部を撃たれた彼は、後頭部からさらに大きな穴をあけ、血と脳しょうを撒き散らしながら倒れた。
警備兵たちは勢いをつけ、数を増やした。
彼らは近くの部屋に隠れると、リーダー格が手榴弾を取り出した。
彼がそれを投げつけると、廊下で爆発が起こった。
悲鳴とうめき声が聞こえる。
彼らは部屋を出てて、角を曲がり、屍たちを抜けると、警備室の前にたどり着いた。
彼らはドアの両脇につく。
部下の一人が手榴弾を持つと、安全ピンをはずし、それを部屋の中へ投げ込んだ。
爆発。
彼らは部屋に突入する。
リーダー格はモニター近くで血まみれになって横たわりながらも、AKを構える一人の男を目撃した。
リーダー格は彼目掛けて発砲した。
男はそのまま絶命した。リーダー格は部屋を見回す。
部屋の天井隅に監視カメラを見た彼は、そこに89式小銃を構え、引き金を引いて、それを破壊した。
その時、敷地内で大爆発が起こり、灯が全て消えた。
仲間の一派が発電施設を爆破したのだ。
これより、この原発は発電所としての機能を失った。
作戦は成功したのだった。

数分も立たないうちに、3機のMi8輸送ヘリが原発に着陸した。2機は敷地内にあるヘリポートに着陸したが、もう1機は管理棟の屋上に着陸した。
屋上にはそれを迎えるかのように、一人の男が立っていた。
先ほどのリーダー格の男だった。
ヘリが着陸すると、そこから空挺軍兵士たちが飛び出してくる。
彼らは立っている男お構いなしに、屋上に展開し、そして下の階へと向かっていく。
「やぁ、お疲れだな。ヤポンスキー(日本人)」
一人の空挺軍の制服を着た白人の男が、彼に敬礼をした。階級章を見る限り、彼は中佐だ。
「よしてください、ヤポンスキーは」
彼は苦笑いを浮かべながら言った。流暢なロシア語だ。
「自分は空挺軍大尉ですよ」
自らを空挺軍大尉と語った中央アジア系の男は、兵士たちがヘリから持ち出しているボディバッグ(死体袋)を気に留めた。
「あれですか」
大尉がそういうと、中佐は振り向き、ああ、と頷いた。
「あれだ。例のヤツは」
大尉と同じ中央アジア系の、自衛隊迷彩を着こなしたまま、銃殺刑に処された政治犯が入ったボディバックは次々と管理棟内に運ばれていく。
「おい」
彼は管理棟に入ろうとしていた兵士を捕まえ、これ持ってけ、と89式小銃を渡した。
この89式小銃も、密かに第三国経由でソ連に持ち込まれた5,56ミリ弾仕様の西側の小銃の外見を改造し、89式小銃に見立てた偽物だった。
5,56ミリ弾もソ連側が密かに入手したものだ。
服装やその他装備もソ連側がそろえたものである。
兵士は敬礼し、これを了解すると、それを持って、管理棟内へ入っていった。
例の死体の横におくためのものだ。
「これでヤポンスキーとの戦争の理由ができたわけだ」
中佐は言った。
「ええ。さらにこれが朝鮮半島、そしてヨーロッパでも」
大尉がそういうと、そういうことだ、と中佐が頷いた。
「しかし皮肉なものだとは思いませんか?」
大尉が言った。KGB関係者がこの場にいないことを改めて確認してから。
「そうだな」
中佐も同じように確認し、信頼の置ける部下の前で頷いた。
「1939年のナチスドイツも自ら国境近くの自国放送局を襲撃し、そこにポーランド人の死体を放り込むことで、ポーランド人の仕業に仕立て上げた。そしてそれを理由に、ポーランドに侵攻して、第二次世界大戦を勃発させた。そのナチスドイツと戦い、降伏させた我々が半世紀以上経って、同じ方法で第三次世界大戦を勃発させるのだからな」
全く、どうしようもないですな、大尉は皮肉を込めた笑みを浮かべながら、そう言った。
中佐は苦笑した。
「その通りだ。歴史は繰り返す、しかも我々の手によって。全く、馬鹿げている」


早朝、モスクワ放送が特別放送として、東ドイツをはじめとする東欧諸国の各15ヶ所、軍用等の重要施設と北朝鮮の38度線近くの空軍基地、さらにサハリンの原発が襲撃にあい、その過程であわせて500名以上の死者が出たと報じた。
また同刻に、KGBは情報に基づき、モスクワに潜伏していた西側工作員を拘束し、大量の爆薬を所有し、クレムリンをこれにより爆破しようとしていたことを自供したとも伝えた。
ソビエト政府は押収した資料を東側報道機関を通じて公開、これにより、西側諸国の陰謀であると断定。
演習から撤退していたはずの全軍に第一級の臨戦態勢を執るように命じた。
これはワルシャワ条約機構諸国、朝鮮民主主義人民共和国も同様で直ちに全軍に臨戦態勢を取らせた。
これに対し、西側諸国は断固とした非難を行いつつも、非常事態宣言を発令させ、全軍にやはり臨戦態勢をとらせた。
世界はキューバ危機以上の緊張状態を迎えた。


7月22日7時43分、日本、東京、防衛庁地下中央指揮所

巨大な部屋ながらも薄暗く、何十ものコンソールと巨大なメインディスプレイが置かれているところからか、どこか薄暗い宇宙センターの巨大管制所を彷彿とさせる。
その部屋にはオペレーターや幕僚たちが動き回り、時には怒号に似た声さえ聞こえる事がある。
「畜生、イワンにしてやられたぞ」
田宮統幕議長はメインディスプレイを見ながら言った。
北海道からサハリンまで描かれた地図に、米偵察衛星等の情報に基づいて描かれたソ連軍の各部隊の現在状況、あるいは自衛隊の現在状況が映し出されている。サハリンにいるソ連陸軍のほとんどはコルシコフ、ボロナイスク両軍港に集結している。
輸送艦に乗艦するためだろう。
「田宮君」
江藤防衛庁長官が入室してきた。
「これはどういうことなんだ?」
彼は大手新聞の今日の朝刊、その一面を見せた。
『共産諸国でテロ。死者計500名以上』
そう大きく描かれたタイトルの下には『自衛隊、サハリンで原発襲撃? モスクワ放送発表』と題された記事もある。
恐らく長官が言いたいのは後者だろう。
「紛れもなく、連中の陰謀ですよ。侵攻の理由を付けたいがための」
そんなこと、言われなくたってわかるだろう……
田宮は内心、呆れと侮蔑の感情が脹れていた。
「もし我々が万が一やったとしても、あんな所を襲撃し、爆破したりなんかしていませんよ。我々に一切の利益はないですし、それにチェルノブイリがサハリンで起こったと考えてください。一歩間違えば自国土にも死の灰が降る。第二次大戦のとき、ドイツがポーランドに対してやった方法と同じです。いわゆるポーランド方式というやつです」
江藤はため息をついた。
「防衛庁や内閣府に苦情の問い合わせが殺到している。政府はソ連に謝罪しろとかいうだの……」
田宮は思わず苦笑した。なるほど。善良で友好的な理想国家と自負する隣国に、再来した軍国主義である我が国が卑劣な攻撃を加えたというわけか。田宮は思わず失笑したくなった。
「総理が意見を求めている」
はげた頭に冷や汗を浮かべ、長官は言った。
「ソ連は侵攻してくるのか?」
「はい。それも一両日中に」
何ということだ。江藤は嘆いた。
「直ちに総理に連絡して、安全保障会議を―――」
「長官。もう間に合いません。我々は行動します」
「何だと」
長官が行き詰ったような声を出して言った。 
「敵は今晩にも攻撃を仕掛けてくる可能性もあります。もしかしたら明日、上陸してくるかもしれません。侵攻してからでは遅いのです」
「君、そんな超法規的行動が許せると思っているのか? 第一、戦争はまだ―――」
「いいえ」
田宮は断言した。
「戦争はすでにはじまっているのです、長官」



最終更新:2007年10月31日 02:38