交渉人 ◆hhzYiwxC1.
銀鏖院水晶は、自分が思っている以上に疲弊していることに気付く。
たった二回。されど二回。
いや、あれは確実に二回以上の負担になっただろう。
何にせよもう使えない。休息挟まずしてこれ以上能力を使えば確実に命にかかわる。
一本、港から杖になるサイズの木材を持ってきておいてよかった。
ハッキリ言って立っているのもやっとだ。
今愚民たちと遭遇することは何としてでも避けたい……
だが、水晶のささやかな願いを、神が叶えることは無かった。
皮肉なことに、自分のことを神と思っている彼女の願いが。
放送が終わった後、英太は当然意気消沈していた。
若狭が極めて機械的に、彼の親友である
加賀智通の死を宣告し、彼に
仲販遥が死んでいると言う事を再認識させた。
彼の心が、どのようにして抉られたかは、想像に難くないはずだ。
「あと数100mだ。もう一踏ん張りだぞ」
だけども英人は、飽く迄は、冷静に英太に言い返す。
自分の知り合いは、誰も死んでいなかった事に対する、心理的余裕だろうか。
飽く迄彼は、ドライな態度だ。
「…………そりゃあお前はいいよな。まだ無傷だ」
「………?」
「だってそうだろ!?
フラウも間も生きてるだろお前の場合はよぉ!!」
「だけど………だけど俺は違う…………もう…いねえんだ。みんないねえ……いねえんだ」
英太は、英人の胸倉をつかみ、攻撃的な形相で、彼を間近で睨みつけた。
「言いたいことはそれだけか?」
「僕らはこれ以上惨劇を起こさせないために動く必要があるんだよ。仲販や加賀のためにも…」
「五月蠅ェよ!! お前は知り合いじゃなけりゃあクラスメイトが死んでも涙を流したりしねえのかって聞いてんだよ!!」
英人は、直後に英太の拳を右頬に喰らい、体勢を崩して近くの木に背中をたたきつけられた。
「お前は……腕だけじゃなく心も機械なんだ……だからきっと悲しくねえんだよ!!」
英太のその言葉に、英人は一瞬何ともいえぬ重みを心に感じた。
自分は最良の選択肢を、慎重に選んでいるつもりだ。
そして、少しだけ
森屋英太に対し腹が立つ。
事故で友人が死ぬのと、殺し合いの場で友人が死ぬのとでは死の形が全く違う。
森屋英太は、分かっていない。だが…人が死んで悲しいのは、普通だ。
本当に分かっていないのは、まだそれを体験していない自分なんじゃ……
「そこの愚民二匹。神の命に従って沈黙しなさい」
そんな折、彼らの前に一人の少女が現れる。
大鎌を装備した銀鏖院水晶が、そこにいた。
水晶は、このとき杖を手放し、精一杯力を振り絞りながら、堂々と胸を張ってその場に仁王立ちしている。
「そこを退いてもらえるか? 銀鏖院」
「退いて欲しければ地面にその頭が減り込むほど、頭を下げなさい。そうすればあなたたちの骸をあちら側に…」
「そうか。じゃあお前の側面を通ってそっち側に行くとしよう」
そう言って英人は、多少戸惑う英太を引き連れて、誇らしげに胸を張る水晶の、右側面を素通りして、彼女のバックに回った。
玉堤英人の、あまりにセオリーを無視した行動に、水晶は一瞬呆気にとられたが、すぐに正気を取り戻し、英人たちのすぐ頭上目掛け手を翳した。
「無視をするなっ! このド愚民がっ!!」
彼らの頭上に聳え立っていた一本の樹が、何の前触れもなく爆ぜて切れ、空中でしばらく静止すると、そのまま一瞬だけよろめいて、地上に落ちてきた。
「…………何だよこれ」
二人とも動けなかった。
大鎌を右手に携える以外は、普通(幼児体型)の女子高生が、はるか頭上の大木を、手を翳すだけで破壊したのだ。
二人は、辛くも木を躱すことに成功したが、もう少し気付くのが遅ければ、間違いなく押しつぶされていた。
「分かったら……ハァ……ハァ…沈黙しなさい」
ついカッとなって力を使ってしまった。
樹木の破壊という行為は、彼らへの威嚇としては非常に優秀な効果を齎したが、その実彼女は彼らを殺す気でいた。
あのまま木を爆ぜさせ、直接落とすことも可能だったが、できなかった。
心臓の痛みと極限まで募った疲労が、それを許すことは無かった。
だが、弱みを見せるわけにはいかない。
愚民共にこのことを悟られてはいけない。
「……次は外さない………あなたたちはおとなしく私に協力しなさい…」
次などはなかった。
次に使えば、心臓は停止しかねない。少なくとも気絶する確率は高いだろう。
クールダウンが必要だ。それもかなりの長時間。
殺し合いの場において、長時間の沈黙は致命的である以外の何物でもない。
本来殺すはずだった玉堤英人と森屋英太。
弱みを見せさえしなければ自分が優位に立って彼らを駒にすることができる。
「私はとても慈悲深い。あなたたち愚民にも……チャンスを与えてあげるわ」
「玉堤英人っ!」
とっさに、英人をのデイパックを、ほんの数秒、透視し、心臓に痛みがかかる前に停止させる。
「…………その中にナイフがあるわね……」
「それであなたたちどちらか一人が、喉を裂いて自害しなさい」
水晶が提示した条件に、英人も英太も、再び沈黙した。
彼女は紛れもなく、二人に「どっちか死ね」と言っているのだ。
「……断ったらどうなるんだ?」
英人は水晶に問いかける。
「どちらも死ぬことになるだけよ」
水晶は淡々とした口調で返すだけだ。
英太は、相変わらず黙りこくっているだけ。
この3人に共通して言えること、それは全員に余裕がないことだった。
「ちょっと待て。銀鏖院」
突然、英人はなにかを閃いたような笑みを少しだけ浮かべ、銀鏖院水晶と言う小さな怪物に話を切り出した。
「何かしら? 玉堤英人」
「さっきの力は何だ? 手を翳しただけで木が爆ぜたりデイパックの中身を当てたり」
「この力は私の家系……神の血筋が持つ万能の神通力よ。私に使えてあなたたち愚民に使えない。それだけの話よ」
「じゃあ何で神様が僕らに助けを求めているんだ?」
「は?」
水晶は、再び呆気にとられた。
「何で神である私が愚民に助けなんて…」
「考えてもみろ。お前は随分自信満々で僕らにその力を披露してくれた」
「その口ぶりからして、神通力はまだまだ何回でも使えるはずだろ?」
英人はそう言って、右手を広げて水晶に向けて翳した。
「お前のその万能の神通力で、僕の右手を破壊してみろ」
水晶も英太も、その瞬間驚愕せざるを得なかった。
「どうした? 早くやれよ」
極めて冷静沈着に、ここまでクレイジーな態度を取る英人に、水晶も英太も、その瞬間驚愕せざるを得なかった。
「お…おい英人。おま……」
「森屋。お前は黙っていてくれ」
「どうしたんだ? 銀鏖院。やってみろよ。さっきの木のように。この指をどれでも爆ぜさせてみろ」
「………そんなことして誰が得をするって言うの?」
水晶は、英人同様冷静に返す。
「お前の力を試してみたくてな……僕はさ。銀鏖院」
「君の力が本当に今使えるのかどうかを知りたい」
……バレている?
自分が今能力を使うことは、命に関わることを。
いや、どちらにせよこの能力は生物相手には効果がない。
だが、どう言い逃れる?
自分の口から“万能”と吐いてしまった事を水晶は、呪った。
能力を使えば死ぬ。だが、使わざるを得ない状況。だのにその対象に能力が行き届くことは無い。
何と言う八方塞がりだろう。
逃げ道はどこにもない。どうすればいい?神なら見つけろ。
何とかしろ。
「早くしろ。さあッ」
この、玉堤英人から逃れる術を…………何とか考えろ。
「……いいよもう!」
「ようするに銀鏖院はどっちかが死ねば満足するんだろ?」
「だったら俺が死ぬ」
英太は、すでに英人のデイパックのジッパーに手を伸ばし、ナイフを取り出した。
「!? 何してるんだ森屋ッ」
英人も、とっさのことに驚いたが、すぐに冷静に切り返す。
「俺さ……もう疲れたんだよ。みんなの…仇は取りたいけど……」
「だからこれ以上傷つきたくないんだ」
「とんだヘタレと罵ってくれて構わない。でも……本当にもう…………しんどいんだ」
そう言って、森屋は自らの喉にそのナイフを突き立てようと…
バタッ
する直前に、すぐ後ろで人が倒れる音がした。
水晶だ。
彼女はその場に倒れていた。
『……で…も…………これで…さびしくない…よ…………』
この時、英太はどうしても倒れる彼女に仲販遥を重ねざるをえなかった。
英人が彼の自殺を止めに入るその前に、彼はナイフを捨て去り、倒れる水晶に駆け寄った。
「オイ銀鏖院っ! 銀鏖院しっかりしろ!!」
彼は、水晶の耳元で叫び続ける。
この一人の少女を、死なせたくはない。
その一心での叫びだ。
「………み…」
「!?」
「……み………水」
「へ?」
水晶は、そう言って、森屋を跳ね除けて立ち上がり、すぐ近くの木に凭れかかって息をついた。
「そこの愚民! 水をよこしなさい! あとできれば食べ物と地図も!」
英太は、英人から少し離れた場所で、水晶を看護していた。
同時に英太は驚いていた。自分が渡した2リットルの水と、二人分の菓子パンは、この華奢な少女の胃袋の中に、数秒とせぬ間に消え去ったのだ。
「一つ聞くけど…これだけ?」
「これだけってお前……もう二人分喰ってんぞ」
「対等に口を聞くな。愚民」
水晶は、相変わらずだった。
相変わらずの態度で、英太に切り込んでくる。
「もう一つ聞くわ。死に損ないの愚民」
「あなた私が恐くないの?」
「何で?」
英太の言葉に、水晶は多少戸惑う。
「何でって……私はあなたたちを罵声し、殺そうともした。なのに何で……」
「俺はさ。夜が明ける前まで仲販遥と一緒に行動してた」
「………でも遥は…太田に殺された」
「俺はさ…アイツみたいな酷い奴は嫌いだけど、お前みたいなただの我侭な奴のことは嫌いじゃあない」
「それにお前は、一歩踏み止まってくれた。そこだけ普通に人殺せる奴よりマシってことだよ。それが恐くない理由だ」
本当は、水晶は太田以上に人を殺している。
だが、森屋英太はいい具合に水晶に対しいい
イメージを抱いてくれたようだ。
どちらにせよ英太を大した脅威と捉えていない水晶が、真に警戒するのは玉堤英人。
奴は何かを得るためには手段を一切選ばない覚悟を持っている超一流の策士。
また、あれだけの自信をこの銀鏖院水晶に対して見せることができるのだ。
何か情報を掴んでいる可能性が高い。
実力行使に出ることができない今、自分が優位であることを見せつけられているうちに、脅迫を…
「なあ、パンツ見えてんぞ」
「ふわぁっ!!!?」
英太の言葉に、水晶は驚いて即座に立ちあがる。
「………見たの?」
「白だっ………」
「このエロ愚民がっ!」
水晶は、英太の股間に蹴りを喰らわせた。
直後に、彼は股間を抑えて悶え苦しみながら、蹲った。
「………は……ははは…いい蹴りだよホント…」
「近寄るなエロ愚民。さっさと玉堤英人のところへ戻……」
「今はアイツと話したくねえ…」
英太は、たださみしそうな口調で言った。
しばらくして、英人は移動を促す。
目的地は診療所らしい。
英太から受け取った地図で確認すると、すぐ近くにあるらしい。
もう一踏ん張りだ。もう一踏ん張りでようやく休息できる。
英人は着き次第英太と水晶の治療を行うとも言っていた。
二人は無言で返す。
その沈黙の場で、玉堤英人は数秒間だけ、森屋英太ではなく銀鏖院水晶を見つめ、そのすぐ後に彼らは移動を始めた。
【C-6 森/一日目・朝方】
【男子十九番:玉堤英人】
【1:僕(たち) 2:君(たち) 3:あの人、あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て)】
[状態]:健康、右頬に痣
[装備]:FIM-92スティンガー(1/1)、アウトドアナイフ
[道具]:
支給品一式、USBメモリ
[思考・状況]
基本思考:
間由佳と合流したい。主催側がどうなっているか知りたい。
0:
ゲームに乗る気はない。基本的に身を潜めてやり過ごす。
1:吉良よりも先に由佳と合流する。ゲームに乗っていない生徒に会ったら彼女(吉良)は危険だと知らせる
2:二階堂に勝てそうな奴を捜してUSBメモリを渡すor共に行動する。
3:武装面での不安要素は拭えないため、ゲームに乗っている生徒に会ったら逃げる
4:森屋の治療の為に診療所に向かう
5:念のため樹里には警戒する
6:診療所に着いたらUSBメモリを餌に水晶を籠絡したい
7:それと同時に水晶から情報を引き出したい
[備考欄]
※USBメモリに玉堤英人の推測を書いたデータが入っています。
※
愛餓夫の言葉を疑っています。
※水晶が能力を使えない状況にあることに薄々気付いています。
※英人と森屋は、D-6、C-6を通って診療所を目指していました。
【男子二十六番:森屋英太】
【1:俺(たち) 2:お前(ら) 3:あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て、女子限定で名字さん付けで、脳内ではフルネーム)】
[状態]:疲労(特大)、スティンガー発射の反動と足に受けた散弾の傷の影響でほとんど動けない(散弾の傷には包帯を巻いている)、制服の下に何も着てない
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2(地図は水晶に渡しました)、小型ミサイル×2、赤い液体の入った注射器×3(麻薬(森屋たちはこの事実を知らない))
[思考・状況]
基本思考:もう疲れたよ………
0:…………遥…
1:英人に対して不信
2:英人、水晶と共に診療所に向かう
3:みんなの仇はとりたいけど……もう苦しいんだ…
[備考欄]
※
北沢樹里がマーダーだと認識しました。
※英人と森屋は、D-6、C-6を通って診療所を目指していました。
※その為、鈴木や広竜、貝町とも今のところ遭遇していません。
※他人(特に女性)の死に対して敏感になっています
※
シルヴィアと加賀の死体は、現在地からもう少し歩かない発見できません。
※ちなみに、現在地から死体を発見せずに診療所に行くことが可能なルートもありますが、死体を発見させるか否かは他の書き手さんにお任せします。
【女子十番:銀鏖院 水晶(ぎんおういん-みきら)】
【1:私(達) 2:あなた(達) 3:あの人(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:疲労(特大)、しばらく超能力を行使できない、色々と屈辱
[装備]:木の棒、大鎌
[道具]:丸めた地図
[思考・状況]
基本思考:神の存在を知らしめる
0:まず優勝を目指す
1:その後にテトと二階堂を始末する(
卜部悠は比較的どうでもいい)
2:
日向有人、
太田太郎丸忠信を警戒
3:玉堤英人に言い包められたのが屈辱
4:診療所に向かう
5:全快し次第、二人を殺す
[備考欄]
※テト達三人が黒幕だと確信しました
※D-8の倉庫近辺の炎は消えました
※D-8の倉庫近辺に
平田三四郎の死体(若干焦げ)が放置されています。
※全快はどんなに早くても2時間以上後です
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2009年04月10日 20:28