最悪の一日:~貝町ト子の場合~ ◆hhzYiwxC1.
これは、修学旅行2週間前の日。
“テトの身に降りかかった不幸”を、
貝町ト子の視点で描いた物語である。
知る覚悟がある者は、どうか目を閉ざさず直視してほしい。
彼女の身に何が起きたか。
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貝町ト子の一日は、早朝
苗村都月の下駄箱の中にワープロで打った罵詈雑言の書かれたA-4コピー用紙を何枚も入れることから始まる。
彼女は気の弱い生徒だ。
銀鏖院水晶や
卜部悠から恐喝などを頻繁に受けている。
だが、飽く迄気の弱い彼女は、抵抗できない。
最近では北沢樹理や他のクラスの女子らからも同様のいじめを受けているとかいないとか。
自分もこんな形でしか、募るストレスを発散することはできなかった。
太田太郎丸忠信や
愛餓夫から日々受ける暴行。
麻薬が受け取れない責め苦。
両親の見ていないところで、妹のヒ呂に当たり散らした時もあった。
誰よりも大好きな家族に、本当はしたくないのにしてしまう。
「やっほーっ! ト子ちゃ~ん!」
ト子の頭に、かなり重量級の、柔らかく巨大な二つの肉の塊(要するに乳房)が自分の頭に圧し掛かってきた。
「………相変わらノーブラか…? この乳お化け」
学校内で数少ないト子の友人。テトだ。
相変わらずの、男子を悩ませる悪魔染みたその体で、それでいて子供のような可愛らしい笑顔を、彼女を振りまく。
「だって学校終わったらすぐに巫女服に着替えるんだもん。あれ着てブラ付けるとすっごい蒸れるし」
「だからって一日中ノーブラか」
頭に圧し掛かったテトの胸を下からぶるんぶるんと掌底で揺さぶりながら、ト子は顔を赤らめながら、テトと目を合わせないようにして、満面の笑みを見せた。
「流石に今は夏だ。その乳をほぼ直に晒すようなことはやめたほうがいいぞ。正直獣人じゃなくても欲情してしまうレベルだぞ」
「あはは…ないない。だって私痴漢にあったことないし」
ト子は本気でテトの事を心配していた。
となりのクラスのヴィゴ(犬族の獣人。
ゲーム愛好会の部長でテトやト子の2年のころのクラスメイト)は、テトのとなりの席になった際に、授業中に眠っている彼女の胸を間近でじろじろと見ていた。
時には指で突いた時もあるが、彼女は眠ったままだったし、発見したのも私だけだったからヴィゴにお咎めはなしだ。
文化祭の準備の時はさらに酷い。荷物を持ち上げるふりをしたり、集合写真で集まる際に、手の甲などでこっそり胸や尻に触っていたのだ。ヴィゴだけでなくクラスメイトの男子ほぼ全員が。
今年に入っても、テトの体目当てに親切を装ってこっそり当たっただけを装ったセクハラ行為を働く輩は多い。
だからト子は彼女が心配なのだ。
「だが本当にバカだな男子は…女の乳と尻にしか興味がないのか?」
「ううん。きっとそればっかりじゃない人もいるよ」
テトは、一瞬だけト子から目を背けると、頬を赤らめて静かに言った。
そんな折、予鈴のチャイムが鳴り響き、校門前で屯していた生徒たちもざわざわと動き始める。
テトやト子たちも動かないわけにはいかない。
「急ぐよ! ト子ちゃん!」
テトはそう言って駆け出した。
だが、ト子よりもテトの方が脚は凄まじく速い。
「ちょ…………待っ…」
テトは、すぐにト子を抜き去り、遠くへと行ってしまった。
「…………ちょっとは手加減して走ってよ…」
「やっほーっ! ト子ちゃ~ん!」
テトに置いて行かれ、落胆するト子に、突如として、後ろから粘着質な声が掛けられる。
太田太郎丸忠信と、その腰巾着の愛餓夫の姿があった。
「……何の用だ?」
「まあそう噛みつくなって~せっかくの可愛い面が台無しだぜ?」
太田は、ト子の目の前でいつもの薬をチラつかせる。
「前払いだ。2週間分くれてやる」
前払い。
この言葉にト子は、歓喜せずに震撼した。
太田が、前払いと言った時には決まってヤバいことを持ちかけてくる。
一度だけ、ヒ呂とヤらせろと言ってきた時には、流石にこれを拒んだが、その瞬間太田と愛餓夫によって乱暴を働かれ、太田によって強姦されかけた。
その事によるトラウマと、薬を貰えなかった事による禁断症状により、ト子は地獄の1週間を送ることになった彼女は、それ以来太田に頭を垂れるしかない生活を送らざるを得なくなっていた。
「………今度は何をさせる気?」
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テトは昼休みの間ずっと不機嫌だった。
ずっと机にぶら下がって、死んだ魚のような目をしていた。
ト子ですら話しかけ辛い空気が、その場にまどろんでいたのだ。
「……て…テト?」
「………………なあに? ト子ちゃん」
「何かあったのか?」
「4時間目の休憩時間にね。吉良さんにいきなりキスされかかったの」
「!?」
これにはさすがに驚かざるを得なかった。
そうか……最近吉良はやたらとテトに親切にすると思ったら…
「流石にギャラリーも多かったし、とっさに彼女を突き飛ばしたわ。あと2時間同じクラスで吉良さんと過ごすのはちょっと億劫だわ」
ト子は、とっさに、少し後ろに座っている吉良の方角に目をやる。
彼女の目の輝き様からして、恐らくまだ狙っているだろう。
「気を付けた方がいいよ。特に放課後」
「そうねー。ちょっと放課後ラトの下校待つから気を付けるわ」
「ラトの下校を? また何で」
「よくぞ聞いてくれました!」
突然テトが、息を吹き返したかのように勢いよく立ちあがった。
「最近ラトに目を付けたの。絶対に射とめてみせるわ……私の王子様!」
テトの目は間違いなく本気だ。
多少呆れ顔で彼女を見守りながら、自分は何と言う事を切り出そうとしている。
罪悪感が心に圧し掛かる。
だが、少し前の席の太田から、無情にも合図が来てしまった。
「なあテト…………どうせラトが来るまで…ずっと待ってるんだろ?」
「だったらさ……」
テトは、親友の言葉を疑うこともなく、彼女との約束を守って、耐震補強工事中の旧校舎裏にやってきた。
「来たわよ~ト子ちゃ~ん。話って何?」
テトは、旧校舎裏に出たところで、すぐに貝町ト子を見つける。
「うん……来てくれてありがとう」
「あ! できれば手短にすませてね~。ラトは生徒会の仕事早く終わらせることで有名らしいのよ。こっちとしてはできるだけ自然に…」
「テト…………」
「なあに? ト子ちゃん」
「ごめん」
テトが気がつくその前に、背後から愛餓夫が振りかざした角材が、テトの後頭部を直撃していた
「はいはーい ご苦労さん。」
餓夫に続く形で、太田、壱里塚、吉良と、三人のクラスメイトも、姿を現した。
太田は、挑発的な態度でト子に対して拍手で賞賛を送る。
「ははっ! 太田よぉ! このお嬢ちゃんはヤっちまってもいいのかい?」
餓夫は、下劣な口調でテトの髪の毛を引き千切らんばかりの勢いで掴みながら言った。
「お前はダメだ。あとで俺がヤるからそれまで馴らしとけ。間違っても挿れたりすんじゃねえぞ?」
「先っぽだけでいいからたまにはさせてくれよ!?」
餓夫のその言葉を、太田は無視した。
一方の餓夫は、太田のその態度にやや不満を覚えつつも、嫌がるテトを押さえつけてその胸を揉みしだき始めた。
「で?壱里塚や吉良はしねーのか? 子猫ちゃんの調教をよ」
「冗談よせよ太田君。獣人相手に欲情するのは、趣味じゃない。俺はただテトの苦しむ様が見たかっただけだ。今回君に協力したのもそのため……」
「私は遠慮なくさせていただきますね! 太田君!」
テトの調教に、吉良も加わった。
彼女が味わう屈辱は何倍にも膨れ上がる。
そんな様を、ト子は見たくなかった。逃げ出したかった。
だが、そんなこと太田が許すはずがない。
「いや………………や……めて……………」
「お? 意識があったのか?」
太田は驚いた。確実に気絶したと思っていたのに。
「裏切ったのね……ト子………貝町ト子……貝町ト子ォォ!!!」
「殺してやる! 親友だと思ってたのに!! 裏切りやがって!!」
あのテトから、こんな罵声を聞いたのは初めてだった。
言い逃れをする術はない。
もう彼女を顔を直視することはできない。
自分は大罪人だ。救いようのない大罪人。
「………………」
太田は、どうやらこの状況が御所望だったらしい。
彼から出された『帰ってもいい』のサインを受け取ったト子は、その場から逃げるように去って行った。
「きっと……きっとラトが助けてくれるはずだ……」
そんな甘えが、きっとあったから自分を罵倒する彼女の顔を、きっと自分は再び見ることをしなかったんだろう。
ラトがいるのなら、きっと助けてくれるはずだ。
貝町ト子は、その時逃げることだけを頭に思い浮かべていた。
何から?
さあ、果たして何からだろうね。
テトか、太田か、餓夫たちからか……それとも…
これが、貝町ト子の視点で描かれた“最悪の日”だ。
他人の視点から見れば、違うものもきっと見えてくるだろう。
それはそうだ。
この場において、地獄を見る者と天国を見る者は、明確に分け隔てられているのだから。
最終更新:2009年03月22日 01:34