テロ決起/調子にのってこんなに盛り込んじゃいました ◆hhzYiwxC1
凄まじく意味のない会話をしながら、俺と卜部と、卜部の連れてきた蓼宮とか言うボーっとしている女と共に、駅を目指していた。
卜部(こいつ)との会話は、長い迷路のようで正直疲れないわけではない。
まあ例によってあのマンションに残ったとしたら“あの人”が来かねないからな。
ああ事実上の“逃亡”だよ。まあ誰から逃げているのか、と言うのは言わないようにしよう。
「オイ卜部よ」
「何かしら?」
相変わらず何となくムカつく口調だ。ブスではないけれど絶世の美女でもない。
だのに自分が楊貴妃やクレオパトラと肩を並べられる存在であると信じて疑わないようなまなざしと口調。
鏡を見てみろ。お前ほど普通な奴はこの地球上でも稀有だよ。
「いやぁ。それにしても仲睦まじいねぃ……羨ましいなあ。アタシも彼氏欲しいよ」
と、のんびりした口調でボヤきながら、それでいて何故か一番早足で駅への道中……いや珍道中を歩くこの女が、卜部の友人の蓼宮楓(たでみや かえで)だ。
何でも新聞部部長で、数か月前に退学となった真楠啓司(まくす けいじ)は、自分が情報によって追い込んだと、かなり誇らしげに語っていた。
正直興味がない上に、その真楠とやらが気の毒にさえ思えてくる。
俺はもともとそんな性格じゃあないが、この女共の前だと、そう思わずにはいられないのだ。
「うーい。何考えてんのかなー? コウリュウ君」
「カンロンだ。それより……蓼宮だったっけか? よくあんなのと付き合えるな。」
「悠ちんは変だけどいると結構面白いよぉ。何て言うか本気で自分をクレオパトラの生まれ変わりと思い込んでいる辺りとか特にね」
「お前結構腹黒くないか?」
「まあ生まれ変わりと思い込んでいると言うのは嘘ではないんだけど、別に友達とそんな邪まな理由で付き合ってるわけじゃあないよ。コンロン君」
「輪廻転生信仰は否定しないのかよ…………あと蓼宮。俺はカンロンだ。テロ容疑の冤罪で捕まった人でも有名な山でもない」
「あいあーい」
本気で分かっているのだろうか。こいつは。
「それにしても……輪廻転生信仰とか…………卜部の奴も自意識過剰すぎだろ。パットン将軍かっての」
「何? 私のこと胸が偽物と思ってるのー? 残念ながらマジ本物ですよー」
蓼宮は、貧相な卜部の胸と比べるとあまりにも差が大き過ぎる胸を軽く持ち上げて、俺を挑発する。
何がしたいんだろうこの人は。
「楓―! 広竜ー!おっそい!」
卜部の奴は本当に脚が速い。
戦闘には向かないだろうが、身体能力は“そこそこ”高いだろうな。
俺が言うそこそこだから、まあ“そこそこ”なんだろう。
かくして俺たち3人は、駅に到着した。
駅に到着したのが、広竜たちだけではないのは、言うまでもあるまいよ。
同時に到着した方々は、手が二つあれば数え足りるが、土曜日とはいえ、朝の駅はやはり人でごった返す。
田舎に毛が生えた程度のこの町とて、例外ではない。って言うかぶっちゃけた話、朝の駅は大体こんななのよ。OK?
「とりあえず誰でもいいから朝飯代わりに何か買って来てくれよ」
5人組の大きな旅行カバンを持った黒スーツの男女が立っていた。その中のあまり背は高くないが、外人顔負けの濃い顔つきの、よく言えば名優ダスティン・ホフマン似の、悪く言えばあまりバランスの取れていない容姿の男が隣の猫背の金髪男に言う。
「嗚呼…………それは僕に言っているのかい長夫君。僕は不幸だ……しょっぱなに損な役割を押し付けられるなんて。地球上の全人類なんて死んでしまえばいい…」
「飛躍し過ぎでしょ。まあ亭葉くんの場合いつものことだけど」
黄緑色の髪をした丸眼鏡の女が言う。
「オイ。そー言うのは俺が買って来てやるからお前らは切符を5人分買ってこい」
まとまりのないこの5人組を一喝したのは、中央に立っていた黒髪の男が、財布を取り出して先陣を切って歩を進める。
「オイオイオイオイ。アンタァ花戸さん。アンタァああ……一応この作戦のリーダーだろ? そいつがあれ。率先してパシられていいもんかねぃ。いやホントアンタらの事情はほとほとおいらァ知らねえんだけんどね。いやホント」
ヘラヘラとした口調で、一番端に立っていた獣人の男が言う。馬面の犬族だ。
出てきた順に、彼らの名前は長夫晴登(ながお はると)、亭葉庄司(ていば しょうじ)、植上祥子(うえかみ しょうこ)、花戸雷太(はなと らいた)、ザカリーとなる。
「ザック。お前はいらねえのか?」
「いやいや花戸さん。それは殺生ですって。おいらだってねえ。腹が減ってるんだよマジでホントにホント。だから殺生ですって。あのさ悪いけどSOY J○Yでいいから買って来てくんねえかなマジでホント」
「ザックお前喋りすぎだろ。ああ花戸。俺はカツサンドで」
「私はフルーツサンド」
「僕はおかかおにぎりで」
「ちょ……ちょっとまてえっと…ザックがSOY J○Yで…長夫がフルーツサンド?」
「俺はカツサンドだ。植上がフルーツ」
「OK………OK…じゃあ行ってくる。切符は頼んだぞ」
「おーい…花戸君? 僕のは?」
「…………済まん。忘れてた。なんだっけ」
「嗚呼…………僕は不幸だ…」
既に切符を買い、ホームで待っている者も少ないがいた。
まだ30分も時間があるのに忙しない奴らだこと
「ホントに良かったんですか? 文化祭サボっちゃって」
「いいわけないわよ恵理! こんな不良女に騙されて!」
やや背の高いツインテールの女子中学生・法田美岬(ほうでん みさき)が、似たような顔付きの(違いと言えば髪型がポニーテールであるくらいか)女子中学生・法田恵理(ほうでん えり)を叱責する。
「まあいいじゃねえか。時には瓦斯抜きだって必要だぜ。美岬ちゃん」
淡いオレンジ色の髪と、両耳につけられた髑髏のピアスが特徴的な“いかにも”と言う感じの女子高生。志鹿蘭(ししか らん)が、乱暴な口調で言う。
「言われてみればそうかもしれませんね。蘭さんの言う言葉にはなんとなく説得力があります」
「感化されてるー!!」
美岬はややオーバーなテンションで驚く。
「おっ! 将来有望だにゃ」
「恵理に手を出すな不良!」
再びのオーバーリアクション。
場所は少し前の車両より。
魚面をした一人の男が、ソワソワしながら誰かを待っていた。
この男こそが若狭吉雄(わかさ よしお)。あらゆる意味で罪深き男だ。
この男。今までしてきた総てのことへの後悔と過去への執着だけで生きているような、哀し過ぎる男だ。
「遅いな」
いや、お前が速過ぎるだけだ。と言った方が正しいと思われるが、すぐに若狭の死んだ魚のような瞳は、一瞬だけ華やぐ。
「遅れてごめんなさいね。若狭君」
やや年増染みた女性が、若狭に手を振った。
楠森和葉。楠森昭哉の母親だ。
「昭哉君はいいのかい?」
「若狭君? 子供はいつか親の手を巣立って往くものなのよ」
「それを世間では放任主義と言うのでは…」
「嗚呼…………僕は不幸だ…」
「亭葉よぉ…いい加減にしろよそれ」
「長夫君はいいよな。そんな濃いキャラで。僕なんて髪染めてもこれだぜ」
「好きで濃くなってんじゃねえよ。チョイと外人の血が混じってるだけだ」
「言い訳になってないよ。死ねばいいのに」
「ンだとコラ? やんのか? あ?」
「あれ放っといていいのかい植上さん? あれぁあれで結構観てて面白いとも思うがねぃ…まあこれは個人的な――」
「ザック喋り過ぎ。あ・駅員さん。○○行き特急大人五枚ください」
「ああ~! 前の遅いいいいい!!」
卜部は腹を立てていた。駅員の切符処理の遅さにだ。
「オイ卜部。そんな咋じゃあ他人に迷惑掛かるだろ……」
「うっさい広竜。楓のおっぱいでも揉んで待っててよ」
「いややんねーよ」
「今すぐ脱がして生で」
「生で!?」
「やれやれ助平だねぇ…」
俺の焦りを、蓼宮が軽く返す。
「オイオイオイー……何で遅々として進まないんだろうねえ…もう電車来ちゃうよ……」
卜部の苛立ちは、ますます募る。
「あ!空いた!」
蓼宮がそう言うと……と、言うより「あ!」の時点で、卜部は動いていた。
「○○行き特急学生三枚!! はいこれ学生証ッ!!!」
まるで何かの技のようだ。
さて…………今の4組は、何の滞りもなく新幹線の到着に間に合い、ちゃんと指定された席に座れた。
この朱広竜を含めた三人もまた、何の滞りもなく、ちゃんと乗れたわけだ。
「へへへー。私と広竜隣だねー」
卜部はにやけている。気色悪いからやめてほしい。
「ういーお似合いだねー悠ちんにトウロン君」
「オイ蓼宮。お前わざと間違えちゃあいないだろうな。俺は大勢で意見をぶつけ合う会ではない」
「あいあーい」
……本当に分かっているのだろうか?
『間もなく発車致します―――』
っと…もう出るみたいだ。
「一時間ちょっとで着くから。まだ眠いようなら寝ろよ。卜部に蓼宮…」
「「うーい」」
二人ともほぼ同時に答えた。
……それにしても…俺が他人の心配か。
随分と……俺も丸くなったものだとしみじみ思う。
新幹線が発車してから、停車しない無人駅を2~3駅過ぎたところだ。
卜部はと言うと、朝が早かったらしいためにすでに眠っている。
「呑気なもんだ。せっかく文化祭をサボッたと言うのに」
「そう言えば○○中も文化祭らしいよね」
「中坊の文化祭なんざ興味ねえよ。あんな出店も出ねえような文化祭もどき」
「随分とあれだね。文化祭に悪い思い出でもあるのかい?」
「ねえよ。それすら――――ねえ」
そう言いかけた瞬間、突然車体が激しく揺れ、突然停車した。
「何!? もう着いたの?」
「いや違う。ここはどんな駅にも近くない。トンネルの中だ」
そう。トンネルの中。
本来、絶対に電車が停車する事がない場所だ。
「ホント。何で止まっちゃったんだろうねぇ……ホンロン君」
「カンロンだ。俺はガンダムに出てねえ。ちょっと駅員さんに聞いてくる」
俺が席を立とうとした瞬間だった。
「!? ………卜部蓼宮伏せろ」
「「え?!」」
「伏せろぉぉ!!」
広竜が叫んだ次の瞬間、前の車両と繋がる扉が開き、機関銃のぱららと言い音が車両に響き渡った。
「ホントに血なまぐさい…嗚呼…………僕は不幸だ…」
「うるせえよMrブラウン! あとお前ら動くんじゃあねえぞ!今のは空砲だが…」
黒髪のほうの男は、Mrブラウンと名乗った。
無論これはコードネームだろう。
「Mrグリーン……グレイとブルー、ブラックから連絡があった。とりあえず若狭を捜すって」
「OK…ブラウン…………お前はまだ乗客に銃向けてろ。俺は一両目に行く」
「OK…………嗚呼…………僕は不幸だ…若狭をこの手で殺したいのは僕なのに僕は二両目で待機か…」
「しょうがねえだろ。コイツは六両あるんだ。一人足りてねえからできるだけ散らばらねえと」
「OK……分かったよグリーン。僕はしたくない事を全力でする」
「ちょっと広竜! あれ何なのさ! 刺客的なの?」
「違えよ……あともう少しボリューム下げろ」
「……これは些か大変なことになってきたねインランくん」
「オイ蓼宮。今列車ジャックとかそういうのどうでもいいくらいにお前の事が殴りたいんだがいいか? インランとかもう原形とどめてねえぞ」
「そこ喋んないで……くれるかなあ!!!」
ブラウンは、突然こちらに向けて銃を発砲してきた。
だが、運のいい事に空砲だ。
「ヤベ……装弾忘れた」
「忘れたじゃねえだろ。また繰り返す気か?」
「いいかブラウン……いや「 」撃つべき奴は絶対に撃つな。俺たちは快楽殺人者じゃねえんだ」
「………尽力するよ」
……今グリーンがブラウンの本名を口走りかけたが……唇を追う事も聞き取ることもできなかった。手錬か…コイツ。
「オイ卜部。ちょっと行ってくるぞ」
「!? 広竜?」
とりあえず、俺はここ数カ月で本当に丸くなった。
完璧に自覚がある。何だってこうなっちまったのか。それもこれも、アイツのせいか…………卜部悠の…
「うぉおらあああ」
「!?」
右足の蹴りが直撃したブラウンは、後方にいたグリーンごと連結部にまで吹っ飛ばした。
そうして立ち上がろうとするグリーンとブラウンに対して俺は言った。
「来な。遊んでやんよ。ド三下」
我ながら決まっ…………?!
「チョイと油断し過ぎじゃあねえかい? そんなトンチキの頓馬にやられるとはグリーンさんもブラウンさんも勘弁してほしいねホントマジで」
――何だ? コイツ……沈みゆく意識の中。最後に見えたのは……黒い犬の……獣……人…
広竜の意識は、Mrブラックこと、ザカリーが一撃で沈めた。
「……済まねえな。Mrブラック。若狭は見つかったか?」
「………まあその話は移動しながらでもいいでしょうがMrグリーン。ブラウン」
「嗚呼…………僕は不幸だ…僕だけMr付きで呼ばれなかった…」
「お前それ気に入ってたのか?」
「ちょ……広竜!?」
卜部が、席を立った。そうして、広竜の下へと全力で向かうが…
「お嬢さん。チョイとゴメンよ」
ザカリーの手刀が首の後ろに伸びた。
「げうっ」
卜部もまた、広竜同様ザカリーに一撃で沈められる。
乗客たちは鎮まり返っている。先ほどの銃声が響いた直後からそうだが、騒げば死ぬと分かっているから。
それは蓼宮とて例外ではない。
「若狭が見つからないだと? トイレに隠れてるとかそういうのじゃないのか?」
「いやあそれがねえ…………今調べてるんだけどね。見つからないんだとよさ」
「嗚呼…………僕は不幸だ…仇敵が実は乗ってませんでしたとか洒落にならないよマジで」
「そりゃあねえよ。乗るのはちゃんと見てた。どこの車両かは分からねえが…」
「不注意にもほどがあるね……とりあえず無線でブルーやグレイとも連絡を取るよ」
花戸ことMrブルーが率いる五人組は、総ての車両を制圧した。
Msグレイこと植上祥子が、トイレのドアをシテス・スペクトラで破壊し、中の様子を確認する。
空だ。
「ふぅ……誰もいないわね」
シテスの銃口から立ち込める硝煙を、祥子は溜め息で吹き消した。
「どうすんだよブルー。もう全車両調べたぞ」
「いや、いる筈だ。確実に列車の中にいるはずなんだ」
「その…見たのかい? 花……いやMrブルーさん。マジにホントに見たのかい? その魚面の若狭って男が列車に乗り込むの。」
ザカリーは、花戸に問いかける。
「間違いはない…………ちゃんと見た。情報にしたって李槍刑(リー・キァシン)からの確かな情報だ」
李槍刑。
ザカリーのクライアントにして、花戸達のパトロンだ。おかっぱ頭のいけすかないチャイニーズマフィア。彼そのモノは信用できないが、彼の情報は信頼できる。
「でももう捜すとこ無いわよ。ブルー」
「…………」
「もう一度だ。もう一度全車両洗ってみるぞ。歯向かう奴は黙らせろ。俺たちが監視をやめているからと言って迎撃を企てるような奴は…」
「殺して構わん」
そう言うと花戸は、シグザウアーP229にカートリッジを装填し、後続車両に消えて行った。
「嗚呼…………“彼”は不幸だね」
「そこんとこには同意するよ」
「そうね…………何だかんだ言って…花戸君が一番」
「若狭を憎んでいる」
ZIRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR
突然鳴り響く。何の音かはわからない。いや祥子は気付いたようだ。これは携帯電話のアラーム。何とも芸のない音声だ事。
と思いつつ祥子は、「誰の携帯?」と問い掛ける。
「俺のじゃあねえよ」
まず長夫は否定する。亭葉もまた、無言で首を振るだけ。
「ああこの着信音はおいらのだ。すいませんねえどうも。優先座席の近くじゃ電源切らないといけないのにねえ。でもでもちゃんとこの時間に鳴らないとチョイと支障が出るんでねえ……ハイハイ。今止めますよ。ぽちっとなっと」
相変わらずの饒舌。
ザカリーは、「そこまで喋る必要ないだろ」と言わんばかりの言葉を言い放った後、埃や汚れがまだほとんどついていない、新品と思われる携帯電話を袖から取り出し、蓋を開いて時間を確認したのち、アラームを止めて携帯を閉じた。
「Msグレイ。確かアナタ黒色火薬の爆弾。少しばかし用意してましたよね」
「? ええ。してたわよ」
「一袋でいいから今くれませんかね」
ザカリーの表情は相変わらず揺るがなかったが、口調は明らかに変わっていた。先ほどの中間管理職を髣髴させる小物臭は今となっては毛ほどもしない。獣の臭いが、ただひたすらに立ち込めるだけだった。
「…………」
祥子は、何も言わず、ポケットから取り出したクマのキーホルダーを渡す。
「どうやって使うんですかい? チョイとおいらァ飛び道具は苦手なもんでねえ…」
「投げつけるだけでいいわよ。爆圧半径は1mちょっとだけどコンクリートくらいなら…………ってザック! アナタまさか…」
「クマか……昔熊族の相棒がいたよ。トルーマンって奴だったんだけどね。こいつがまたいい奴だったのよ」
「まあ最終的においらが殺したんだけどね」
それだけ言うと、ザカリーは祥子目掛けてクマのキーホルダーを投げつける。
キーホルダーは、祥子の頬を掠め、5~6から前の窓際に落ちて、次の瞬間に爆発した。
当然、その近くに座っていた乗客の姿はその場から跡形もなく消えていた。
残ったのは肉の焦げた臭いと、他の乗客の叫び。そして壁にポッカリと空いた風穴だけ。
「あ………危ねえだろザ……Mrブラック!!」
覚悟はしていた。それに人が死ぬのを見るのは、全員初めてではない。だが、どうしても慣れないものだ。
「もういいでしょうが。コードネームで呼び合うのは。どうせ警察とかは出っ張れねえ」
「それにさっき思いっきりコードネームで呼び合うのを忘れてたし」
「…………」
長夫も亭葉もザカリーの言葉には反論できない。
「まあいいや。出口は確保したし出るよ」
「ちょっと待ってザック! 出るってどういうこと? 花戸君がまだ…」
「つまるところこういうことさ」
次の瞬間ザカリーは、一瞬にして長夫、亭葉、植上に当て身を喰らわせた上で、その三人を荷物ごと担ぎこみ、パニックにより狂乱する乗客たちを余所にそのまま新幹線を後にした。
「お……おい……これってチャンスじゃねえか」
乗客の一人が、そう呟く。そうだ。自分たちを見張る者は既にいないはずだ。
今なら簡単に脱出を…………
この乗客は、迷うことなく列車から飛び降りた。
「やめとけ。どっち道死ぬんだからなお前」
「へ?」
「!!!? あああああああ―――」
飛び降りてすぐ、男にへらへらとした口調の声がした。そして、次の瞬間、飛び降りた乗客の一人は凄まじい叫びを上げながら突風に呑みこまれ、五体を引き裂かれてバラバラにされた乗客の死体が、列車の車体やタイヤにこびり付いた。
「降りようとしたらこれだぜ? 分かるかー。分かんねーだろうが聞いたろぃ? 今の声」
分からない者はいなかった。飛び降りようとした者は他にもいたがいずれも先ほどの叫びを聞いた時点で、飛び降りる気などさらさら起きなくなった。
「物分かりがよくて助かるねえ」
暗くてよく分からないが、確かに線路には誰かがいる。そしてそいつが待ち受けている。
「地誇夏。いいぞ。やっちまえ」
「OK! 凍風希くん!」
「おーい……恵理ー………全く緊張感ないなーマジで今ヤバい状態なのに」
法田姉妹と志鹿蘭がいる車両に、花戸雷太がやってきた。
「動くなよ。チョイと捜し物をしてるだけだ」
美岬は、呑気に寝息を立てる恵理を余所に、溜め息をついていた。
「まあ寝ててくれてていいんだけどね……」
一方で、美岬の隣に座っていた蘭の方は、どうやら機嫌が悪いようだ。
「あ゙~……運悪い」
「…………美岬ちゃん。ちょっと私トイレ行ってくる」
「え?」
蘭はそう言うと、美岬の返答も待たずに、前へ前へ進む花戸雷太の方角へと歩を進める。かなりしっかりとした歩みだ。
「オイ」
「?」
花戸が振り向こうとした次の瞬間、蘭の拳が花戸の右頬に命中した。
「や………やっちまったァァァァ!! やっちまったよあの人ォォォォ!!」
美岬は、心の底からそう思った。
「何しやがるこの野郎!」
「野郎じゃねえ。これでもレディーだバカ野郎」
「うるせえ! じゃあ何か!? 俺はこの場合“このレディー”と言ってキレればいいのか?」
「うっさいわねー……何よ喧嘩?」
口論を始めた蘭と花戸に水を差す形で気だるそうな声が響く。
クトゥルフ神話関連の本で顔を隠して、寝息を立てていた楠森和葉が目を覚ましたのだ。
「あ・って言うか若狭君いないし。トイレ? ってかこの電車走ってんの?」
「若狭だと?」
花戸はすぐさま喰いついた。
「若狭がいただと?」
「いたわよ。私の隣の席よ? いつ席立ったか知らないけど確かにいたんだからねー」
「…………そんなはずがねえ」
花戸は知っていた。この席、本を顔にかぶせて眠っているこの女は、2~3回見ている。
だが、若狭は一度も見かけていない。
「私はこれに乗ってすぐ寝たからよく覚えてないんだけどね」
これは…………まさか
「嵌められた……のか? 俺は“組織”に…」
花戸がそう“確信”した、次の瞬間だった。
突然、列車が止まった時とは比べ物にならないほどの強い揺れが車内で起きた。
俺こと朱広竜が目を覚ました頃には、新幹線の車体は宙に浮かんでいた。
窓際には穴が空いており、その近くにいた人々がどんどん落ちて行く。
「何だ? 何が起こっている!?」
そう思わずにはいられなかった。
まずこの異様な光景。どう説明づけてくれようか。そして卜部は気絶しているし。
まあ座席と座席の間に引っ掛かって運よく滑り落ちるのだけは回避できているみたいだが、その体制は結構ヤバい。
そして蓼宮は………
「おーい ランランくん! 無事かい?」
普通に胡坐をかいて座っていた。非常事態である車体の中で、座席の背中に、彼女は座っていたのだ。
「呑気だなオイ! あと俺はパンダじゃねえ! っていうか原形とどめてねえし!! ついでに言うと俺は本物のパンダを一度も見たことがねえ!!」
「あいあーい。まあそれは兎も角。窓から様子を見たんだけどね。どうやら線路が盛り上がっているみ…」
突然天井に走る衝撃。
新幹線が、トンネルを突き破ったのだ。
「卜部! 蓼宮!」
思うよりも速く、俺は動いていた。衝撃が車体に伝達されるまでの数秒間の間に、気絶している卜部と蓼宮を担ぎ、車体に空いた風穴から、俺たちは飛び降りた。
「おー。上手く行ったねー」
「上手く行ったねーじゃねえよ。トンネルからもう少し上だったら上手く降りれても死んでた!」
ボヤキながらも、助かった事を確信した蓼宮は、いくらか安堵しているようだった。
もちろん俺も然りだ。
衝撃は車体に激しい衝撃を与え、乗客たちをまるでスーパーボールのように跳ね上げさせた。
その様子を知ってか知らずか、山のように盛り上がった線路によって空高く跳ね上げられた新幹線を、穴のあいたトンネルから見上げる二人の男女がいた。
どちらもまだ若く、十代かそこらといった感じだろう。
ニット帽を被った8等身以上の男に、茶髪ツインテールの可愛らしい女子(女と表記するよりもこちらの方が適当なくらい若い)。
「地誇夏。大丈夫か?」
男の方、聖櫃塚凍風希が、顔色を悪くしながらも線路に右手を触れ続ける十戒坂地誇夏を気遣うように優しく声を掛ける。
「まだ大丈夫。でもこれ終わったら休みが欲しいかな……」
「骨洞に言っとく。まあもう一頑張りだ。あとはあれを、“投げればいい”だけだ」
「それにしても流石は“ガーバー”だ……マジに仕事が速ェ」
そう言った凍風希と、地誇夏の傍らには、雁字搦めに縛られ、気絶している若狭吉雄が横たわっていた。
「…………大丈夫かー! 美岬ちゃーん! 恵理ちゃーん!」
志鹿蘭と、楠森和葉は無事だった。
蘭に限って窓ガラスの破片で少し頭を切っているが、大した傷ではない。
「無事ですよー志鹿さん! 恵理はまだ寝てます!」
「じゃあ美岬ちゃん! 今そっち行くから!」
「………ちょっと待ってアナタ怪我を――」
和葉が、蘭を制止しようとした次の瞬間、先ほどの物とは比べ物にならない衝撃が下から伝わり、紛れもなく、この新幹線が空を飛んでいることを、美岬、蘭、和葉の三人に確信させた。
「照準はどこだっけ?」
「○○だ。それが骨洞からの命令……」
「でもちゃんと飛ぶかな?」
「大丈夫だ。“風”は俺たちの味方だぜ」
飛び立つ新幹線を、はるか下から見上げ、嘲笑う二人の姿を、乗客の誰もが知る由はない。
場所は変わる。何処かは分からないが、少なくとも光は届かない場所。
その中で眼鏡を掛けた黒髪の、いわゆる地味な女子高生が、巨大な棺桶に腰掛け、足をバタつかせながらボヤいていた。
「ねえホーマー。今回のこと。上手く行くかな?」
「…………」
「上手く行かなきゃ嫌だよ? 僕は何でも完璧じゃなきゃ嫌なのさ」
「…………」
“ホーマー”は、姿を現さない。だが、声が突然に響く。
「夜になるまで待っておくれ芙蘭。私は朝昼には、力を出せない…」
「分かってるよ。僕もそこまでバカじゃあない。何せ君は吸血鬼なんだからね」
それだけ言うと、少女は棺桶を右手で掴んで持ち上げ、そのまま立ち上がる。
「そろそろ学校へ行こうか。“槍”も放たれた事だし」
人間、死が近づくと総ての出来事がスローモーションに思えてくるものだ。
このたった数行の、列車が何かに衝突すると言う現象さえも、列車の中にいる者にとっては、それは半世紀や一世紀にも匹敵する一時。
たった三行で事足りる文章なのに、彼らにとっては違う。
――――――――そうして
…
……
………
…………
……………
法田美岬は、奇跡的に無傷だった。物凄い衝撃と共に車内の全てがまるでミキサーのようにかきまぜられた。美岬が助かったのは本当に奇跡と言うべきだろう。
「…………恵理~ ひょっとしてまだ寝たたりする?」
美岬は知っている。恵理は小学校の理科の実験の時、理科室が半壊するほどの爆発が起きた時も彼女は眠っていた(無論、無傷だからだ)。
「…………美岬……ちゃん」
「恵理!? どこ?」
恵理は瓦礫に埋もれていた。両脚が完全に。
「恵理! 今助けるから!!」
美岬は、すぐそこに駆け付けた。
そうして恵理の両手をしっかりとつかんで引っ張る。だが、おかしいのだ、確かに力いっぱい引っ張ったが、あまりにも簡単に抜けた瓦礫と瓦礫の間に隙間があったが、両脚が通るには少しだけ足りない。通れるとしても片脚のスペースだ。
正確には、右脚が先に抜けてあとから左脚が抜けた。いや、正確には左脚は、“関節のところで潰れていた”
「……どうしたの………美岬ちゃん……」
「恵理…」
瓦礫から完全に助け出された恵理は、その状態を、目の当たりにした。
「何………コレ……」
「嫌………嫌……嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌―――」
「いやあああああああああああああ――」
「落ち着いて! 恵理!! 誰か!! 誰かいないの!!?」
「無事だった? 美岬ちゃん。恵理ちゃん」
志鹿蘭の姿があった。彼女は、頭から血を流し、気を失っている楠森和葉と、あろう事か花戸雷太を担いでいたのだ。
「そいつ……ハイジャック犯の奴じゃん…」
「どうして助けんの!? 意味分かんない!! 恵理を…皆をこんなにした奴らなんだよ!?」
「五月蠅い」
花戸を助けた蘭の行動が信じられない美岬は、大粒の涙を流しながら、彼女を攻め立てる。
だが、蘭は静かにそう呟く。
「どうしてお兄ちゃんがアンタみたいな不良と付き合ってるのかわけ分かんない!!」
「黙れって言ってんだろうがクソったれアマが!!」
蘭は吼えた。鬼神を髣髴とさせる威圧感たっぷりの表情で、怒りを込めて。
「そいつは生きてる。この女の人も、恵理ちゃんも、美岬ちゃんもね……それに」
「三郎だったら間違いなくこうするだろうからさ……」
「ここ……どこか分かんないけど建物にぶつかってめり込んでるみたいだね……」
「でも大丈夫。窓ガラスが割れてるところからちょうど入れそうだし。心配いらないよ。恵理ちゃん。美岬ちゃん」
蘭は、恵理と美岬のいる方へと歩き、彼女たちを俯瞰する状態で、優しく声を掛ける。
しゃがまないのではない。しゃがめないのだ。
美岬の目にはちゃんと映っていた。蘭の右脚は恵理ほどひどくはないにしても、その2割以上の肉がえぐり取られている、とても痛々しい状態だった。
「恵理ちゃん。脚の痛みなんてすぐ無くなる……」
「えぐっ…ひっく………ほ…本当?」
「本当さ。すぐお医者さんが来てくれる。きっとだよ」
「………さて美岬ちゃん。恵理ちゃん恃むよ」
そう言って蘭は、花戸と和葉に肩を貸した状態でガラスを完全に蹴破って窓から外し、建物の中に侵入した。
と、ここで美岬は恵理に肩を貸す中で、ある既視感に襲われていた。
「ここって……まさか」
恵理と共にその建物の中に入って確信。
兄に無理を言って、一度ここに来た事がある。
「ここって……」
蘭に、美岬は問い掛けた。
「ああ……うちの高校で間違いない」
【朝9:00 組織がテロの“引き金”を引いた】
※聖櫃塚凍風希、十戒坂地誇夏、共にまだ線路から動いていません。
※朱広竜、卜部悠、蓼宮楓は全員まだトンネルの上です
※ザカリーがどこに向かったか? ザカリーが何故若狭を列車から引きずり出していたかは後の書き手さんにお任せします
最終更新:2010年03月18日 14:10