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メメント - (2013/04/26 (金) 09:41:19) の1つ前との変更点

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 これは、以前読んだ医学書からの知識だ。  医学上の健忘には、逆向性健忘と前向性健忘の二つの症状がある。  簡単に言えば、「ある時点から以前の記憶がなくなる」か「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」か、だ。  前者は、俗に言う「記憶喪失」というものだ。つまり、ドラマや漫画で、「ここはどこ? 私は誰?」となってしまうアレだ。  症例以外の分類を言えば、心因性か、外傷性か、或いはアルツハイマーなどの疾患の症状か、薬剤などによるものか等などの違いもある。  心因性というのはストレスやトラウマを引き金とするものだし、外傷性というのは怪我などがきっかけ。  統計を取ったわけではないし、そういうデータを見た記憶もないが、おそらくフィクションで一番多用されるのは、「心因性のショックで一時的な逆行性健忘に陥る」というパターンだろう。  このあたりは、千帆に聞いたほうがいろいろと例を挙げてくれるかもしれない。 「忘れる」ということができない俺は、それらの逸話や話を聞くときに、何とも言いようのない気分になる。  例えばそれらに恐怖を感じるとしたら、それを聞いた人間にも「忘れてしまう経験」があり、だからこそ「すべてを忘れてしまう」というようなことに共感や感情移入がなされるのだろう。  俺は、おそらく、その点において彼らと同じようには感じられない。  自分が記憶を失うということが、怖くないのか? と問われたらそれは「怖い」と言える。言えるだろうと思う。  しかし、現実に俺は、どうしようもなく「忘れる」ということが、できないのだ。  出来ない以上、どうしてもそこに、溝が生まれる。  或いは憎くも思っていたし、苦痛でもあり災厄でもあるこの「能力」。  それが失われることを願ったこともあるが、とはいえ既に自分の一部、いや、自分そのものとも言える「すべてを記憶する能力」。  もし、過去のページを捲っても何も思い出せず、再現されなくなったら?  もし、新たなページに何も書き込まれず、何も覚えられなくなったら?  想像は、できる。しかし、実感をしようがない。 「忘れることのできない俺」が、「忘れてしまうということ」に対して、どういう立ち位置でいるのか。  俺自身、それをはっきりと明言することはできない。    ☆ ☆ ☆   簡単に食事と水を摂った後、放送が始まったカフェの一角で、俺がメモを取る、と自分から申し出たのは、一つにはカモフラージュでもある。  どういう方法でかわからないが、どこからともなく聞こえてくるこのアナウンスを、たいていの人であれば耳そばだて必死になりメモをとることだろう。  何より、76人という人間が殺されたというが、あの読み上げの速度では、ゆっくり落ち着いて書き取る、なんてのはそうそうできるものではない。  けれども俺に関して言えば、違う。  はっきり言えば、改めてメモを取る必要などないのだ。  全ては、自動的に俺のこの、〈本〉に書き込まれるのだから。  しかし、そのことを彼らに悟られるのも困るので、ことさら「必死になってメモを取っている」風を装う必要があるのだ。    どこからともなく現れた鳩が、その足にぶら下げた名簿を落として去っていったのには驚いたが、それをとやかく考える暇など与えずに、アナウンスは続いている。  ウェザー・リポートはメモを俺に任せて、周囲への警戒を続けていた。放送を聞き入っている時に襲われる危険性もある。  もちろんそこには、周囲のみならず、ジョルノへの警戒も含まれている。  ジョルノ・ジョバァーナ。彼は明らかに、最初のホールで殺された少年と寸分違わぬ同一人物だ。  それは俺の記憶力をもってしなくても、明白すぎるほどに明白だろう。  そのジョルノ・ジョバァーナも、俺同様にメモを取っている。  華奢、とまでは言わないが、決して偉丈夫というほどではない体格。  てんとう虫をあしらったブローチやボタンが随所に施された、学生服と似たシルエットの上下に、特徴的なカールした前髪。  年の頃は俺とさほど変わらないだろう。まだ幼さすら残る顔立ちは、日本人っぽいところもあるが、基本的にはイギリス系白人の特徴を多く持っている。  似ている、というだけなら、先ほどの救急車から落ちたであろう白人男性とも似てはいる。  最初のホールで殺された、ほかの二人ともどことなく似てはいる。  しかし、「同一人物」と言えるのは、やはり同じ上下を着ていた、最初のホールの壇上にて、最後に紹介された少年。  寸分違わぬと言えるその横顔を、見続けながらメモをとる。    一通りの情報は、それぞれに異なる衝撃と驚き、或いは困惑をもたらしたようだ。  勿論、俺にもある。  ひとつは当然、双葉千帆の事だ。  名簿には彼女の名が有り、そして死亡者として告げられた名の中には無い。  勿論、名簿も放送も、すべてが掛け値なしの真実という保証などどこにもない。どこにもないが、俺には加えてさらなる情報がある。  つまり、最初に目撃した二人の死者 ――― 父、大神照彦と、母、飛来明里の存在。  彼らの『死体』を目撃しているウェザー・リポートも知らない事実。  なぜか昔に死んでいたはずの母を含め、この会場で二人が死に、その名は名簿にあり、死者として放送された。  少なくとも、この二人に関しての放送は、「事実」だ。  ならば他の名に関しても、「事実」かもしれない。  たとえば、ホールでちらりと見かけた、「母同様とっくの昔に死んでいるはずのウィルソン・フィリップ上院議員」や、「同じ杜王町の住人である、岸部露伴や虹村億康。あの東方仗助の年老いた祖父、東方良平」などに関しても「事実」かもしれない。  それを確かめる為には、ともあれ、彼らの「死」を、確認しないとならないだろう。    もう一つ。千帆が集められた中にいるのであれば、最初に考えた推論、「特殊な能力を持っている人間を集めたのか?」というのが、やはり違うものではないかとも考えられる。  母の存在もその推論を否定してはいたが、俺自身が母と接していた期間は殆どない。俺が「記憶していない」だけで、何らかの「特殊な能力」を持っていた可能性はゼロではない。(あったとしても、大神に対抗できるものでは無かったということかもしれない)  だが、実際に知り合い付き合っていた限りにおいて、千帆にはやはり、「特殊な能力」は無い。大神の言葉もそれを証明している。  本人含め誰もまだ気づいていない、というのもあるかもしれないが、やはり「ない」と考えるのが自然だ。  となると、あのスティールという男が、一体どう言う基準で「集めた」のか…。    俺も含め、ウェザー・リポートに、ジョルノ・ジョバァーナ。ここにいる3人の男は皆、「特殊な能力」を持っている。  途中で襲いかかってきた老人もまた同様。催眠術というか何というか、俺達の意識に働きかける何らかの力を持っていたようだ。   『頼む――――ッ! 琢馬――――ッ!! 千帆を――――ッ!! 頼む――――ッ!!』    悲痛な叫びが、俺の脳裏にこだまする。  〈本〉を読むまでもない。読むまでもなく、絶叫のこだまは、俺の脳裏から離れてなどいない。  俺は、応えなかった。何も応えることなどなかったし、応えるべき言葉などもなかった。  彼に対して、応えるべき言葉など、何もない。  だが、しかし ―――。  ☆ ☆ ☆   「――― 僕の名前は、ジョルノ・ジョバァーナ。イタリアのネアポリスに住んでいる学生で ――― ギャングです」  改めての「自己紹介」は、言葉面だけで言えば異様だし、意外とも言えるが、耳にしての感想としては「しっくりくる」ものだった。  ギャング、という言葉にある一般的なイメージ…つまり、粗野で粗暴で無教養、というようなものとはかけ離れているが、けれども何故かそれを納得させられるものもある。  そして付け加えれば、学生であり俺と同世代であるという事からはとても結びつかないが、おそらくきっと彼は、ギャングの中でも地位の高い存在なのだろうとも思えた。  放送が終わり、再び静寂の戻ったカフェの中、朝のさわやかな光が彼の顔を鮮やかに浮かび上がらせる。  同様に、今までは月明かりにしか観て取れなかったウェザー・リポートの顔をちらりと眺め、改めてその表情を見て取ると、僅かな苦悩とも困惑とも取れぬ、かといって無表情とも言えぬ複雑なもの。 「お前のその、『スタンド能力』―――『ゴールド・エクスペリエンス』か…」  切り出したのはそのウェザー。  スタンド―――。  先ほど、死に瀕していた女性を「救う」と言ったジョルノ・ジョバァーナも、自分の「能力」を、そう呼称していた。  どうやら彼らの間では、この「特殊な能力」を示す名称として、共通のものとして知られているようだ。 「『部品を作る』…と言ったが、それは、『自分の治療』にも使えるのか?」  『治療する』彼の能力は、既に実証されていた。  その点は実際目にした俺達には明白で、ジョルノの申し出に最初は些か気乗りしないながらも、ウェザー自身も『治療』を受けている。彼は俺以上にそれを実感しているのだろう。 「ええ、使えます。自分自身の部品を作り、それを自分の傷や欠損にはめ込むことで、治療することもできます」  簡潔かつ無駄のない答え。 「…では、『死者』には―――?」 「無理です」  再びの問いに、やはり簡潔な答え。 「僕の能力は、厳密には『治療をする能力』ではなく、『生命を与える能力』です。  石や弾丸、無生物に生命を与え、それを体の部品として作り出すことはできますが、それでできるのはいわば『移植』のようなもので、『回復そのもの』は、本人の治癒力に任せるしかありません。  死んだ肉体には治癒力がありません。『無生物』になりますから、そこから『新たな生命、部品』を作ることはできても、『死んだ当人自体』を蘇らせることにはなりません」   そう都合良くはいかない、と同時に、最初のホールで一度死んだ彼が、能力で蘇ったわけではない……という事でもあるのだろう。  再び、会話が止まる。  ちらりと横目に見たウェザーの顔に、かすかな陰りと苦痛が見えた。  それはすぐに引っ込んだが、きっとおそらく、さっきの放送で読み上げられた名と関係あるのだろう。    ウェザーが黙ってしまったので、仕方なく俺が話を続ける。  つまり、彼に関する一番の『謎』である、「なぜ、最初のホールで殺されていたジョルノが、いま生きてここに居るのか」だ。  しかし回答は、「自分にもわからない」という、拍子抜けしたもの。 「自分にもわからないが、あそこに居た自分も自分だったし、ここにいる自分も間違いなく自分自身だ」  普通に聞けば、とてつもなく馬鹿げた嘘をついているとしか言えないが、そうも思えない。  ホールで自分自身と対面したとき、自分がちぎれ飛ぶような感覚とともに体が分解しかけたこと。そしてそのあと自分の能力でなんとか治療したこと。  いずれも何の証拠もない。  それでも、俺は既に知っている。「すでに死んでいる人間」がこの会場にいた、という事を。  そして彼らの言う『スタンド能力』のことを合わせれば―――死、あるいは時間を超越する何らかの力が、この件に関して働いている…。  成り立たなくはない推論だ。勿論、確証など何もないが。    そして付け加えれば、それらの推論よりも雄弁なのは、彼、ジョルノ・ジョバァーナ本人そのものだった。  彼は、おそらくは「正直な人間」だ。  いや、勿論それにも確証はない。ただの印象でしかないと言われれば、そうとも言える。  ただそれでも、例えば今いるここ、地図上はB-2の『ダービーズ・カフェ』であろう場所へと来る際も、「ここでさっきまで仲間といて、待ち合わせもすることになっている」と、そう言ったのだ。  それら正直さも、もちろん計算のうちではあるだろう。  正直=善人、などと安易に考えるほどに俺は単純でもない。  仲間といる、と言っておいて、待ち伏せをしているかもしれない。少なくとも、そう疑われる可能性はある。  かと言って、仲間がいることを言わずに連れて行って、悪いタイミングでバッティングする方にもリスクはある。  それらを考えて、「正直に話すことの利」を取った。  能力についても、それ以外についても、彼はかなり「正直」だ。  そしてそれは、「バカ正直」なのではなく、きちんと思慮熟考した上での「正直」なのだろう。  であるならばむしろ、そのことに関して言えば、「信頼できる」。     「『納得』はできないようですが、『了承』はしてもらえたようですね…」  口調に、かすかな安堵のこもった声。信用してもらえる自信も保証もない話だ。無理もない。 「……そうだな。お前が嘘をついているようには思えない。結局本当のところはあの男に問いただすしか無い」  結局のところ、「何故、死んだはずの彼がここにいるか?」 を、彼に問うことは、やはり無意味なようだ、というのが、俺の(そしてウェザーの)結論になる。   それからは、ウェザーと俺の方が彼に情報を出す番だ。  ある程度かいつまんでの自己紹介。自分がここに来る前の状況など。話せる範囲で話す。  しかし俺はというと、当然「話せることが少ない」。  日本の学生。地図上には自分が住んでいた町がある。他に、何が話せる? 「あらゆるものを記憶する能力がある」、「その記憶の中の出来事を再現することができる」、「実の父親を復讐のため殺すことだけを考えて生きてきた」…。  駄目だ。  人のことを言えた義理じゃない。ジョルノとは真反対なほどに、俺は秘密を後生大事に抱え込んで手放せないでいる。  ギャングという背景。スタンド能力。仲間の存在。  ジョルノが詳らかにしたこと全て、俺はまるで明らかにできない。  「話せるわけがない」事ばかりの俺。  これはまったく、不公平な情報交換だろう。   「この、名簿と、さっきの放送なんだが…」  その気まずさもあって、俺は話を切り替えた。 「何か気づいたことは?」  この話題が、より気まずいものだろうことは分かっている。  特に、先ほどの僅かな表情からすると、ウェザーには何かがある。  それでも、自分から話せることのない俺にとっては、そのほうがまだましである。  何より、おそらくそれらは、「知っておいたほうが良い」事だ。  二人の顔を交互に見る。  やはり、そうそう気軽に話せる話題ではないようだ。 「実は、妙なことを言うようだけど、この中に……」  なので、俺が口火を切ることにした。 「死んだはずの人間の名前があるんだ」  顔色が変わった。 「それは……」  口に出しつつも、その次を出せない二人。 「ここに、『吉良吉影』という名前がある。彼は俺と同じ街の人間で、ちょっと前に交通事故で死んでいる。  ガス爆発か何かがあったという現場で、被害に遭っていた一人なんだけど、やってきた救急車の前に飛び出して轢かれてしまったらしい。  ニュースにもなったし、救命士の責任問題にもなっていたから、ちょっと覚えているんだ。  もちろん、ただの同姓同名かもしれないが…日本人でもこの名前は、かなり珍しい。データは無いが、実際日本に片手で数えるほどにいるかすら怪しい、特徴的な名前だ」  東方良平やウィルソン・フィリップ上院議員よりは、出しやすい名前を出しておく。  二人はそれぞれに、気まずそうな、あるいは悩ましげな表情を浮かべ、顔を見合わせた。 「F・F……は、少し前に死んでいる。オレの知っているF・Fなら、な…」  俺に続いて、ウェザーがそう切り出す。 「ほかにもいるが……スポーツマックスという男も、少し前に死んでいたはずだ」  二人の、「死んだはずの人間」……。  そしておそらく、「F・F」というのは、彼の「仲間」で、「スポーツマックス」は、「敵、あるいはそれ以外」だろう。無意識の言い回しに、それが表れていた。  もとより彼は、最初に出会った時から、「友達」ではなく、「仲間」という言い方をしていた。「仲間を探している」と。  「仲間」という言い方は、「友達」よりも、重い。結びつきの強固さ、あるいは同類、同士、同じ組織、同じ目的……。  また、「仲間以外」、つまりこの場合、共通の「競争相手」、「敵」がいる、という関係性で使われることが多いだろう。  いずれにせよウェザーにとっての「仲間」は、漠然とした「バカ話をして笑いあうだけのお友達」などではないはずだ。  人を殺してでも、再会したい、「仲間」……。    視線をそらすように、俺はジョルノを見る。  発言を促されたと感じたのだろう。ジョルノもまた少し思案してから、 「僕も同じです。呼ばれた死者にも、名簿の中にも、「すでに死んだ者たち」が含まれています」  ギャングだ、と言った彼の口から出る、「すでに死んだ者」というのは、さらに「重い」。  もしかしたら、抗争の果てに殺し合った相手、などもいるのかもしれない。  いや、間違いなく居るだろう。ここまで、慎重ながらも、正直に語っていたジョルノが、わずかながらも躊躇いを見せた発言だ。  「すでに死んだ者たち」のみならず、おそらくは間違いなく、「既に殺した敵」も、この名簿には含まれているのだ。    ジョルノやウェザーの言う、「すでに死んだ者たち」が、彼ら同様(また、俺同様)に、特殊な能力……つまり、彼らの言う『スタンド能力』を持っているのかどうか。またそれらがどんな驚異なのか。  それももちろん気にはなる。気にはなるし、何れは聞き出したい情報ではあるのだが、今はそれを脇に置いておくべきだろう。   ☆ ☆ ☆   「僕は、この『バトルロワイアル』を、壊すつもりです」  それぞれに微妙な距離感で続けられていた会話、空気の中、ふいにジョルノがそう宣言した。 「あなたたちは、『殺し合い』をしたいとは思っていない。当然僕もそうです。  このジョルノ・ジョバァーナには『正しいと思う夢』がある……。そのために、『襲ってくる敵』と戦い、傷つけ、殺したこともある。  けれども、誰がどうやったのかまだわからないが、『殺し合い』を強制されるなんてことは、『正しい道』じゃあない。  だから…」 「待った」  彼の言葉を、俺は片手で制して止める。 「『協力して欲しい』っていうなら、悪いけど断る。  それは、既にウェザーにも言ってある事だ。  俺は、『殺し合い』をする気もないし、『殺される』気もない。けれども、『仲間を募って共に戦おう』なんてのもゴメンだ」  おそらく言うであろうと思っていた言葉。  どことも知れぬこんな場所で、見ず知らずの人間に出会い、『治療』し、『話し合う』。  なら、次はこうくるだろう。  彼がどんな人間か。わずかな時間ながら、分かってきている。  ウェザーも俺も、『殺し合い』をする気はない、という点で『同行者』にはなっていたが、かと言って『仲間』になったわけではない。  『仲間』…。  そしてこの場合は、『共通の目的、意志で結ばれた仲間』……。  ウェザーには、『仲間と合流する』という『目的』がある。そしておそらく名簿にその、『仲間』の名前があった。あるいは、『敵』の名前もあったのだろう。  ジョルノには、『バトルロワイアルを壊す』という『目的』がある。そしてその『目的』の為の、『仲間』を求めている。  俺は……?  違う。  改めてウェザーの目を見、ジョルノの目を見る。いや、見ようとして、直視できずに目線を逸らしている。    違う。  彼は、俺とは違う。  根本的、根源的に、彼は俺とは違う。  おそらくそうだろうという気はしていた。そしてそれは、彼が『治療』をしているあいだに、話をしているあいだに、確信へと変わりつつあった。    ウェザーには、『仲間』がいる。  ジョルノには、『正しいと思う夢』がある。    俺には…何も、無い。  ただうずたかく積み重ねられた書物の山。その山の中にあるあらゆる……『記憶』……。  『それだけ』だ。  ただ、『復讐』だけを生きる理由として来た。  友達や仲間を持ったことはない。  正直さとは無縁の人生。ただひたすら秘密を抱えて生きてきた。  ウェザーは……まだ良い。  彼もまた、俺とは別の意味で、『空虚』だ。明確な理由は無いが、うっすらとそれが感じられる。  けれどもジョルノは……その、『まぶしさ』は……。    俺には、耐えられない。    それが、今、はっきりと分かった。     「あなたはどうですか、ウェザー?」  俺の内なる懊悩を感じ取ったのだろうか。ジョルノはしつこく追求することはせずに、ウェザーへと話を向ける。 「オレは、『仲間』を探している。そしてその『仲間』は、今この会場のどこかにいるらしい……。  琢馬と行動しているのも、ただ互いに邪魔をしないという約束でのことだ。  だが……」  そこで一旦言葉を区切り、それから目を閉じ…しばらくしてゆっくりと見開いた。 「仲間と合流できたあとになら……協力できるかもしれない。  ジョルノ……。きっとお前は、『信頼』できる人間だ。  オレもよく知っている……ある人物とよく似た『匂い』がある……。  たとえ『無実の罪で牢獄の中に閉じ込められても、泥を見て嘆くより、星を見上げて希望を心に灯すことができる』……。  そんな人間の持つ、『気高い匂い』だ……」  会って以来、さほど会話を交わしてはいないウェザーだが、それでもここまで饒舌に語るのは少し意外だった。  そしてその彼の語るジョルノへの印象は、驚く程に率直で、好意的だ。  俺が目をそらすしかないでいるジョルノのまぶしさを、彼は目を細めながらにも直視している。 「琢馬」  そのウェザーが、不意に俺へと向き直る。 「お互い余計な詮索はしない、という前提で行動を共にしてきた。  お前が自分について語らないのも、『生き残る』ことを最優先にして行動するのも、それはそれで良い。  だが、ひとつだけ話してもらうぞ……」  ジョルノの、暗闇の中でも光をもたらす目とは、真逆。  すがるべき光を見失い、それでも闇の奥から見つめ続ける目。  常人であらば身震いをするであろう目で、俺を見ている。   「お前のスタンド能力は、何だ?」    ☆ ☆ ☆   「オレの名は『ウェザー・リポート』。  スタンド名も同じ……。能力は『天候を操ること』。  だがこれは本名じゃない。  オレには過去の記憶がない。だからこの名前も、能力からとった仮の名だ……」  囁くような、ぼそぼそとした声の調子。  だがしかし、決して弱々しくはない。 「気がついたときには、オレは刑務所の中にいた。  地図にある、GDS刑務所の男子房……。今のオレにある記憶は、その時点からだ。  本名も、生まれも……オレが何をやって刑務所に入ったのか。本当に犯罪者なのか…何もかも分からない」  ウェザーがかすかに見せる、空虚さ。その理由。 「オレは、そこで出会った『仲間』を探している。そして、名簿によれば、仲間はこの会場のどこかに居るらしい。  名簿……そして放送が事実ならば、な……」  じわりと、絡みつくような視線を、逸らすことはできない。 「あのスティール…あるいはその仲間のスタンド使いは、オレたち…そして、100人を優に超える人間を一堂に集め、こんな街を創り出してしまう『能力』を持っている……。  『スタンド使い』も、『死んだはずの人間』も、お構いなしだ。  どんなトリックだ? ただのハッタリか?  そうかもしれない。まだ何も確認できていないからな」  その響きに、心当たりがあった。 「それでも、それらが『事実』だとするなら……。  オレには『やるべきこと』が増えた。  『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』……そして、『スティールとその仲間を、殺す』」  殺意。復讐心。 「オレはジョルノとは違う。  琢馬、お前がそれでも、自分には何の能力もないというなら、オレにはお前を助けながら歩き回る積もりも余裕もない。  お前が自分の能力を絶対に明かさないというなら、お前に背中を見せる気もない。    だから、改めて聞く。    お前の『スタンド能力』は何だ?」    プッチ。エンリコ・プッチ。その名前は名簿にあった。きっとウェザーの『敵』なのだろう。  あるいはさっき出た名前……『死んだはずなのにここにいる』F・Fという『仲間』を殺したのが、プッチなのかもしれない。  殺意と、復讐心。  俺の唯一にして長年連れ添った友人の別名。  常に俺の傍らに佇み、寄り添い、支え、そして縛り付け続けるもの。  そして……最も憎むべきもの。    ウェザーは言った。「オレはジョルノとは違う」。  確かにそうだ。  『俺たち』は、ジョルノとは違う。  『夢』よりも、『殺意』。『希望』よりも、『復讐心』を、糧として生き、進み続ける。  だがそれでも尚……。  俺とウェザーもまた、違うのだ。   「俺は……」      ☆ ☆ ☆   「ジョージ……?」  か細く、それでいて透き通った声。  陽のあたるダービーズ・カフェ店内のカウンター奥から聞こえるその声は、俺とウェザーのやりとりを見守っていたジョルノに向けられたもの。     放送前。大きな破壊音を聞いて調べに行った場所で、おそらくは「激しい戦闘の後、走っている救急車から突き落とされて」瀕死の重傷を負っていた女性。  そこで、あとからやってきたジョルノが、自らのスタンド能力、『ゴールド・エクスペリエンス』を使い、治療をした。  彼が作り出した『部品』は、たしかに女性の体にはめ込まれ、今現在外見上何ら怪我を負っていないように見える。  特に左腕は完全に接合され、頭部も又、頭蓋が割れ、脳の一部が露出するほどのものだったのだが、今では傷口の痕跡も見えない。 「……いえ、違います。僕の名前はジョルノ・ジョバァーナ。  一緒にいたであろう男性……ジョージさんですか? 彼は、残念ながら既に亡くなっていました。  簡単にですが埋葬をしてあります。  あなただけは、発見時にまだ生きていたので、なんとか肉体の損傷を治すことはできましたが……」  もうひとりの男性、彼女が「ジョージ」と呼んだのであろう、古めかしい軍服姿の男性は、ジョルノとウェザーでピエトロ・ネンニ橋脇の土手に穴を掘り、埋めてきてある。  その上にジョルノの能力で蔓薔薇を生やして、墓標替わりとしていた。    彼女はなんとなく焦点の合わないような目で、どこに視線を定めるでもなくこちらを見ている。  ウェザーは僅かに身構えていた。俺の方をやや気にしつつも、彼女へと向き直っている。  彼女が何者なのか。敵ではない、危険ではないという保障がない事から、まだ警戒を解いてはいないのだろう。 「……一緒にいた? なにを言っているの? ジョージは……彼は……」   戸惑い。混乱。眉根を顰め、立ち上がろうとするが、弱った体でそれもかなわず、崩折れる。 「気をつけてください! 確かに表面上の傷は治しました。  しかしあなたは、死んでいてもおかしくないほどの重体だった……!  すぐに歩ける程に回復することもないですし、後遺症もあるかもしれない」  手を貸そうとするジョルノ。その差し伸べられた手を払い除け、女性が跳ね上がるように起立して、叫んだ。 「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!  あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!」  驚異的身体能力だ。あるいは回復力も異常なほどなのか? どこに、あんな力が残っていたというのか。  ジョルノが目を見張り、ウェザーがさらに緊張を現す。 「ジョルノ、と言ったわね。状況はわからないけれども、手助けしてくれたであろう事には礼を言うわ。  けど、私は『復讐』をしなければならないッ……!  夫の、ジョージの仇をとる……必ずよッ………!!」  ジョージ・ジョースターⅠ世、あるいはジョージ・ジョースターⅡ世。  そのどちらなのかはわからないが、名簿に名前が有り、そして共に「死んだ」と放送された2人。  そのどちらかが彼女の夫であり、また、彼女はその夫を殺した相手を知っている。  あの救急車に乗っていたのが、おそらくはその仇、という事なのだろうか。彼女の言葉、そして状況からはそう受け取れる。  あれだけの大怪我を負って、それでも尚、夫の復讐のために立ち上がろうとする。  驚くべき執念であり、驚くべき行動力だ。  そのまま歩き去ろうとする彼女を、ジョルノが呼び止める。 「待ってください。まずは状況を確認したほうが良い。  さっき、放送がありました。それに、名簿も。  この『バトルロワイアル』の中に、ほかにも知り合いや、敵…問題のある誰かがいるかもしれない。  情報を交換し、お互いに手助けも……」  鋭い刃…そうとしか見えぬものが突きつけられ、ジョルノを押しとどめる。 「エリザベス…。名前だけは教えておくわ。けれどもそれ以上は馴れ合う気はない……」  彼女の、破れた黒衣の袖。その袖に何らかのエネルギーが流れ込んでいるのか、ただの布が文字通りに鋼のように鋭く、固く尖っていた。  断固とした拒絶。  自らの目的のために、復讐のために、あらゆるものをかなぐり捨ててしまおうという、漆黒の殺意。  その殺意が形になったが如き黒い刃が、彼女とジョルノ、そして俺たちとを隔たっている。  有無を言わせぬその態度に、押し黙るしかない俺たちを置いて、彼女は踵を返してカフェを出ようとし……、再び、足元から崩折れる。  ジョルノが再び駆け寄って、その体を支えた。  跳ね除けられるかと思ったが、やはり見た目とは裏腹に体の回復が追いついていないのだろうか。力なくうずくまり、かぶりを振る。  陽が差し込む開いたカフェの中、朝の空気と緊張が、場を支配していた。   「……ジョージ……?」  しばらくしてその沈黙を破ったのは、再びの彼女の声。  か細く、それでいて透き通った声は、困惑と不安を微かに表していた。  ジョルノの顔を見て、それから周囲を見る。  その視線は当て所なくさ迷い、さらなる困惑をもたらしてくる。  彼女と、俺たち全員に、だ。 「…違う……。あなたは誰? ここは……?」 「……どうしたんですか、エリザベス……?」  彼女の顔が苦痛に歪む。それは体の苦痛ではない。心の、魂のもたらした苦痛だ。 「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!  あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!  私は復讐しなければならないっ………! 夫の仇を……ッ!!」      ☆ ☆ ☆   『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?  あらゆる過去を全て記憶し、捨てることのできない俺。  ある時点からの過去を一切持たないウェザー。  未来への確たる、『正しいと信じる夢』を掲げているジョルノ。  そして……『未来をなくし、今しか持たなくなってしまった』彼女……エリザベス。    逆向性健忘とは、「ある時点から以前の記憶がなくなる」症状を指し、前向性健忘とは、「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」症状を指す。    『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?     ----   【B-2 ダービーズカフェ店内 / 1日目 朝】     【ジョルノ・ジョバァーナ】 [スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』 [時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後 [状態]:健康 [装備]:閃光弾×1 [道具]:基本支給品一式 (食料1、水ボトル半分消費) [思考・状況] 基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える 。 1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。 2.ウェザー、琢馬と情報交換。できれば『仲間』にしたいが…。 3.ミスタたちとの合流。午前8時までダービーズ・カフェで待つ。 4.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。 [参考] 時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。 ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。 ウェザーについてはある程度信頼、琢馬はまだ灰色、エリザベス(リサリサ)の状態に困惑しています。     【ウェザー・リポート】 [スタンド]:『ウェザー・リポート』 [時間軸]:ヴェルサスに記憶DISCを挿入される直前。 [状態]:右肩にダメージ(中)ジョルノの治療により外面的損傷は治っている。 [装備]:スージQの傘、エイジャの赤石 [道具]: 基本支給品×2(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品1~2(確認済み/ブラックモア) [思考・状況] 基本行動方針:『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』、『スティールとその仲間を、殺す』 1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。 2.琢馬について、『スタンド能力』を確認したい。  敵対する理由がないため現状は同行者だが、それ以上でもそれ以下でもない。 3.ジョルノは、『信頼』できる。   【蓮見琢馬】 [スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』 [時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中。 [状態]:健康 [装備]:双葉家の包丁 [道具]: 基本支給品(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品2~4(琢馬/照彦:確認済み) [思考・状況] 基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。 1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。 2.千帆に対する感情は複雑だが、誰かに殺されることは望まない。 どのように決着付けるかは、千帆に会ってから考える。 3.ウェザーたちに『スタンド能力』を話すべきか? [参考] 参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。 琢馬はホール内で岸辺露伴、トニオ・トラサルディー、虹村形兆、ウィルソン・フィリップスの顔を確認しました。 また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。 また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。 琢馬は救急車を運転していたスピードワゴン、救急車の状態、杜王町で吉良吉影をひき殺したものと同一の車両であることを確認しましたが、まだ誰にも話していません。 スピードワゴンの顔は過去に本を読んで知っていたようです。     【リサリサ】 [時間軸]:ジョセフの葬儀直前。 [状態]:頭部裂傷、左腕切断等を含めた全身にダメージ(ジョルノの治療により外面的損傷は治っている)、脳の損傷による記憶障害。破れた喪服。 [装備]:承太郎のタバコ(17/20)&ライター [道具]:基本支給品、不明支給品1 [思考・状況]基本行動方針:『夫の仇を取る』。 1:ジョージ…?   [参考] ※リサリサの記憶障害は、『ジョージⅡ世の復讐に向かった時点』にまで逆行し、また、『記憶をある程度の間しか保持することができない』状態です。(具体的にどの程度かは未確定) ※琢馬たちは、「記憶を保持できない」ことには気づきましたが、「過去の記憶が抜けている」ことには気づいていません。 ※ストーンオーシャンにて、ミューミューの『ジェイル・ハウス・ロック』にかけられた時と似た状態ですが、『記憶の個数』ではなく、『記憶できる時間』が短いという状態です。 ※リサリサの体のダメージは回復していません。波紋呼吸である程度動かすことはできますが、万全には程遠いいようです。 ※リサリサが初めから所持していたサングラスは破壊されました。 *投下順で読む [[前へ>fake]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>眠れるまで 足掻いて]] *時系列順で読む [[前へ>fake]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>石作りの海を越えて行け]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[リサリサ]]|112:[[黒金の意志]]| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[ジョルノ・ジョバァーナ]]|112:[[黒金の意志]]| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[ウェザー・リポート]]|112:[[黒金の意志]]| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[蓮見琢馬]]|112:[[黒金の意志]]|
 これは、以前読んだ医学書からの知識だ。  医学上の健忘には、逆向性健忘と前向性健忘の二つの症状がある。  簡単に言えば、「ある時点から以前の記憶がなくなる」か「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」か、だ。  前者は、俗に言う「記憶喪失」というものだ。つまり、ドラマや漫画で、「ここはどこ? 私は誰?」となってしまうアレだ。  症例以外の分類を言えば、心因性か、外傷性か、或いはアルツハイマーなどの疾患の症状か、薬剤などによるものか等などの違いもある。  心因性というのはストレスやトラウマを引き金とするものだし、外傷性というのは怪我などがきっかけ。  統計を取ったわけではないし、そういうデータを見た記憶もないが、おそらくフィクションで一番多用されるのは、「心因性のショックで一時的な逆行性健忘に陥る」というパターンだろう。  このあたりは、千帆に聞いたほうがいろいろと例を挙げてくれるかもしれない。 「忘れる」ということができない俺は、それらの逸話や話を聞くときに、何とも言いようのない気分になる。  例えばそれらに恐怖を感じるとしたら、それを聞いた人間にも「忘れてしまう経験」があり、だからこそ「すべてを忘れてしまう」というようなことに共感や感情移入がなされるのだろう。  俺は、おそらく、その点において彼らと同じようには感じられない。  自分が記憶を失うということが、怖くないのか? と問われたらそれは「怖い」と言える。言えるだろうと思う。  しかし、現実に俺は、どうしようもなく「忘れる」ということが、できないのだ。  出来ない以上、どうしてもそこに、溝が生まれる。  或いは憎くも思っていたし、苦痛でもあり災厄でもあるこの「能力」。  それが失われることを願ったこともあるが、とはいえ既に自分の一部、いや、自分そのものとも言える「すべてを記憶する能力」。  もし、過去のページを捲っても何も思い出せず、再現されなくなったら?  もし、新たなページに何も書き込まれず、何も覚えられなくなったら?  想像は、できる。しかし、実感をしようがない。 「忘れることのできない俺」が、「忘れてしまうということ」に対して、どういう立ち位置でいるのか。  俺自身、それをはっきりと明言することはできない。    ☆ ☆ ☆   簡単に食事と水を摂った後、放送が始まったカフェの一角で、俺がメモを取る、と自分から申し出たのは、一つにはカモフラージュでもある。  どういう方法でかわからないが、どこからともなく聞こえてくるこのアナウンスを、たいていの人であれば耳そばだて必死になりメモをとることだろう。  何より、76人という人間が殺されたというが、あの読み上げの速度では、ゆっくり落ち着いて書き取る、なんてのはそうそうできるものではない。  けれども俺に関して言えば、違う。  はっきり言えば、改めてメモを取る必要などないのだ。  全ては、自動的に俺のこの、〈本〉に書き込まれるのだから。  しかし、そのことを彼らに悟られるのも困るので、ことさら「必死になってメモを取っている」風を装う必要があるのだ。    どこからともなく現れた鳩が、その足にぶら下げた名簿を落として去っていったのには驚いたが、それをとやかく考える暇など与えずに、アナウンスは続いている。  [[ウェザー・リポート]]はメモを俺に任せて、周囲への警戒を続けていた。放送を聞き入っている時に襲われる危険性もある。  もちろんそこには、周囲のみならず、ジョルノへの警戒も含まれている。  [[ジョルノ・ジョバァーナ]]。彼は明らかに、最初のホールで殺された少年と寸分違わぬ同一人物だ。  それは俺の記憶力をもってしなくても、明白すぎるほどに明白だろう。  そのジョルノ・ジョバァーナも、俺同様にメモを取っている。  華奢、とまでは言わないが、決して偉丈夫というほどではない体格。  てんとう虫をあしらったブローチやボタンが随所に施された、学生服と似たシルエットの上下に、特徴的なカールした前髪。  年の頃は俺とさほど変わらないだろう。まだ幼さすら残る顔立ちは、日本人っぽいところもあるが、基本的にはイギリス系白人の特徴を多く持っている。  似ている、というだけなら、先ほどの救急車から落ちたであろう白人男性とも似てはいる。  最初のホールで殺された、ほかの二人ともどことなく似てはいる。  しかし、「同一人物」と言えるのは、やはり同じ上下を着ていた、最初のホールの壇上にて、最後に紹介された少年。  寸分違わぬと言えるその横顔を、見続けながらメモをとる。    一通りの情報は、それぞれに異なる衝撃と驚き、或いは困惑をもたらしたようだ。  勿論、俺にもある。  ひとつは当然、[[双葉千帆]]の事だ。  名簿には彼女の名が有り、そして死亡者として告げられた名の中には無い。  勿論、名簿も放送も、すべてが掛け値なしの真実という保証などどこにもない。どこにもないが、俺には加えてさらなる情報がある。  つまり、最初に目撃した二人の死者 ――― 父、大神照彦と、母、[[飛来明里]]の存在。  彼らの『死体』を目撃しているウェザー・リポートも知らない事実。  なぜか昔に死んでいたはずの母を含め、この会場で二人が死に、その名は名簿にあり、死者として放送された。  少なくとも、この二人に関しての放送は、「事実」だ。  ならば他の名に関しても、「事実」かもしれない。  たとえば、ホールでちらりと見かけた、「母同様とっくの昔に死んでいるはずのウィルソン・フィリップ上院議員」や、「同じ杜王町の住人である、岸部露伴や虹村億康。あの[[東方仗助]]の年老いた祖父、[[東方良平]]」などに関しても「事実」かもしれない。  それを確かめる為には、ともあれ、彼らの「死」を、確認しないとならないだろう。    もう一つ。千帆が集められた中にいるのであれば、最初に考えた推論、「特殊な能力を持っている人間を集めたのか?」というのが、やはり違うものではないかとも考えられる。  母の存在もその推論を否定してはいたが、俺自身が母と接していた期間は殆どない。俺が「記憶していない」だけで、何らかの「特殊な能力」を持っていた可能性はゼロではない。(あったとしても、大神に対抗できるものでは無かったということかもしれない)  だが、実際に知り合い付き合っていた限りにおいて、千帆にはやはり、「特殊な能力」は無い。大神の言葉もそれを証明している。  本人含め誰もまだ気づいていない、というのもあるかもしれないが、やはり「ない」と考えるのが自然だ。  となると、あのスティールという男が、一体どう言う基準で「集めた」のか…。    俺も含め、ウェザー・リポートに、ジョルノ・ジョバァーナ。ここにいる3人の男は皆、「特殊な能力」を持っている。  途中で襲いかかってきた老人もまた同様。催眠術というか何というか、俺達の意識に働きかける何らかの力を持っていたようだ。   『頼む――――ッ! 琢馬――――ッ!! 千帆を――――ッ!! 頼む――――ッ!!』    悲痛な叫びが、俺の脳裏にこだまする。  〈本〉を読むまでもない。読むまでもなく、絶叫のこだまは、俺の脳裏から離れてなどいない。  俺は、応えなかった。何も応えることなどなかったし、応えるべき言葉などもなかった。  彼に対して、応えるべき言葉など、何もない。  だが、しかし ―――。  ☆ ☆ ☆   「――― 僕の名前は、ジョルノ・ジョバァーナ。イタリアのネアポリスに住んでいる学生で ――― ギャングです」  改めての「自己紹介」は、言葉面だけで言えば異様だし、意外とも言えるが、耳にしての感想としては「しっくりくる」ものだった。  ギャング、という言葉にある一般的なイメージ…つまり、粗野で粗暴で無教養、というようなものとはかけ離れているが、けれども何故かそれを納得させられるものもある。  そして付け加えれば、学生であり俺と同世代であるという事からはとても結びつかないが、おそらくきっと彼は、ギャングの中でも地位の高い存在なのだろうとも思えた。  放送が終わり、再び静寂の戻ったカフェの中、朝のさわやかな光が彼の顔を鮮やかに浮かび上がらせる。  同様に、今までは月明かりにしか観て取れなかったウェザー・リポートの顔をちらりと眺め、改めてその表情を見て取ると、僅かな苦悩とも困惑とも取れぬ、かといって無表情とも言えぬ複雑なもの。 「お前のその、『スタンド能力』―――『ゴールド・エクスペリエンス』か…」  切り出したのはそのウェザー。  スタンド―――。  先ほど、死に瀕していた女性を「救う」と言ったジョルノ・ジョバァーナも、自分の「能力」を、そう呼称していた。  どうやら彼らの間では、この「特殊な能力」を示す名称として、共通のものとして知られているようだ。 「『部品を作る』…と言ったが、それは、『自分の治療』にも使えるのか?」  『治療する』彼の能力は、既に実証されていた。  その点は実際目にした俺達には明白で、ジョルノの申し出に最初は些か気乗りしないながらも、ウェザー自身も『治療』を受けている。彼は俺以上にそれを実感しているのだろう。 「ええ、使えます。自分自身の部品を作り、それを自分の傷や欠損にはめ込むことで、治療することもできます」  簡潔かつ無駄のない答え。 「…では、『死者』には―――?」 「無理です」  再びの問いに、やはり簡潔な答え。 「僕の能力は、厳密には『治療をする能力』ではなく、『生命を与える能力』です。  石や弾丸、無生物に生命を与え、それを体の部品として作り出すことはできますが、それでできるのはいわば『移植』のようなもので、『回復そのもの』は、本人の治癒力に任せるしかありません。  死んだ肉体には治癒力がありません。『無生物』になりますから、そこから『新たな生命、部品』を作ることはできても、『死んだ当人自体』を蘇らせることにはなりません」   そう都合良くはいかない、と同時に、最初のホールで一度死んだ彼が、能力で蘇ったわけではない……という事でもあるのだろう。  再び、会話が止まる。  ちらりと横目に見たウェザーの顔に、かすかな陰りと苦痛が見えた。  それはすぐに引っ込んだが、きっとおそらく、さっきの放送で読み上げられた名と関係あるのだろう。    ウェザーが黙ってしまったので、仕方なく俺が話を続ける。  つまり、彼に関する一番の『謎』である、「なぜ、最初のホールで殺されていたジョルノが、いま生きてここに居るのか」だ。  しかし回答は、「自分にもわからない」という、拍子抜けしたもの。 「自分にもわからないが、あそこに居た自分も自分だったし、ここにいる自分も間違いなく自分自身だ」  普通に聞けば、とてつもなく馬鹿げた嘘をついているとしか言えないが、そうも思えない。  ホールで自分自身と対面したとき、自分がちぎれ飛ぶような感覚とともに体が分解しかけたこと。そしてそのあと自分の能力でなんとか治療したこと。  いずれも何の証拠もない。  それでも、俺は既に知っている。「すでに死んでいる人間」がこの会場にいた、という事を。  そして彼らの言う『スタンド能力』のことを合わせれば―――死、あるいは時間を超越する何らかの力が、この件に関して働いている…。  成り立たなくはない推論だ。勿論、確証など何もないが。    そして付け加えれば、それらの推論よりも雄弁なのは、彼、ジョルノ・ジョバァーナ本人そのものだった。  彼は、おそらくは「正直な人間」だ。  いや、勿論それにも確証はない。ただの印象でしかないと言われれば、そうとも言える。  ただそれでも、例えば今いるここ、地図上はB-2の『ダービーズ・カフェ』であろう場所へと来る際も、「ここでさっきまで仲間といて、待ち合わせもすることになっている」と、そう言ったのだ。  それら正直さも、もちろん計算のうちではあるだろう。  正直=善人、などと安易に考えるほどに俺は単純でもない。  仲間といる、と言っておいて、待ち伏せをしているかもしれない。少なくとも、そう疑われる可能性はある。  かと言って、仲間がいることを言わずに連れて行って、悪いタイミングでバッティングする方にもリスクはある。  それらを考えて、「正直に話すことの利」を取った。  能力についても、それ以外についても、彼はかなり「正直」だ。  そしてそれは、「バカ正直」なのではなく、きちんと思慮熟考した上での「正直」なのだろう。  であるならばむしろ、そのことに関して言えば、「信頼できる」。     「『納得』はできないようですが、『了承』はしてもらえたようですね…」  口調に、かすかな安堵のこもった声。信用してもらえる自信も保証もない話だ。無理もない。 「……そうだな。お前が嘘をついているようには思えない。結局本当のところはあの男に問いただすしか無い」  結局のところ、「何故、死んだはずの彼がここにいるか?」 を、彼に問うことは、やはり無意味なようだ、というのが、俺の(そしてウェザーの)結論になる。   それからは、ウェザーと俺の方が彼に情報を出す番だ。  ある程度かいつまんでの自己紹介。自分がここに来る前の状況など。話せる範囲で話す。  しかし俺はというと、当然「話せることが少ない」。  日本の学生。地図上には自分が住んでいた町がある。他に、何が話せる? 「あらゆるものを記憶する能力がある」、「その記憶の中の出来事を再現することができる」、「実の父親を復讐のため殺すことだけを考えて生きてきた」…。  駄目だ。  人のことを言えた義理じゃない。ジョルノとは真反対なほどに、俺は秘密を後生大事に抱え込んで手放せないでいる。  ギャングという背景。スタンド能力。仲間の存在。  ジョルノが詳らかにしたこと全て、俺はまるで明らかにできない。  「話せるわけがない」事ばかりの俺。  これはまったく、不公平な情報交換だろう。   「この、名簿と、さっきの放送なんだが…」  その気まずさもあって、俺は話を切り替えた。 「何か気づいたことは?」  この話題が、より気まずいものだろうことは分かっている。  特に、先ほどの僅かな表情からすると、ウェザーには何かがある。  それでも、自分から話せることのない俺にとっては、そのほうがまだましである。  何より、おそらくそれらは、「知っておいたほうが良い」事だ。  二人の顔を交互に見る。  やはり、そうそう気軽に話せる話題ではないようだ。 「実は、妙なことを言うようだけど、この中に……」  なので、俺が口火を切ることにした。 「死んだはずの人間の名前があるんだ」  顔色が変わった。 「それは……」  口に出しつつも、その次を出せない二人。 「ここに、『[[吉良吉影]]』という名前がある。彼は俺と同じ街の人間で、ちょっと前に交通事故で死んでいる。  ガス爆発か何かがあったという現場で、被害に遭っていた一人なんだけど、やってきた救急車の前に飛び出して轢かれてしまったらしい。  ニュースにもなったし、救命士の責任問題にもなっていたから、ちょっと覚えているんだ。  もちろん、ただの同姓同名かもしれないが…日本人でもこの名前は、かなり珍しい。データは無いが、実際日本に片手で数えるほどにいるかすら怪しい、特徴的な名前だ」  東方良平やウィルソン・フィリップ上院議員よりは、出しやすい名前を出しておく。  二人はそれぞれに、気まずそうな、あるいは悩ましげな表情を浮かべ、顔を見合わせた。 「[[F・F]]……は、少し前に死んでいる。オレの知っているF・Fなら、な…」  俺に続いて、ウェザーがそう切り出す。 「ほかにもいるが……スポーツマックスという男も、少し前に死んでいたはずだ」  二人の、「死んだはずの人間」……。  そしておそらく、「F・F」というのは、彼の「仲間」で、「スポーツマックス」は、「敵、あるいはそれ以外」だろう。無意識の言い回しに、それが表れていた。  もとより彼は、最初に出会った時から、「友達」ではなく、「仲間」という言い方をしていた。「仲間を探している」と。  「仲間」という言い方は、「友達」よりも、重い。結びつきの強固さ、あるいは同類、同士、同じ組織、同じ目的……。  また、「仲間以外」、つまりこの場合、共通の「競争相手」、「敵」がいる、という関係性で使われることが多いだろう。  いずれにせよウェザーにとっての「仲間」は、漠然とした「バカ話をして笑いあうだけのお友達」などではないはずだ。  人を殺してでも、再会したい、「仲間」……。    視線をそらすように、俺はジョルノを見る。  発言を促されたと感じたのだろう。ジョルノもまた少し思案してから、 「僕も同じです。呼ばれた死者にも、名簿の中にも、「すでに死んだ者たち」が含まれています」  ギャングだ、と言った彼の口から出る、「すでに死んだ者」というのは、さらに「重い」。  もしかしたら、抗争の果てに殺し合った相手、などもいるのかもしれない。  いや、間違いなく居るだろう。ここまで、慎重ながらも、正直に語っていたジョルノが、わずかながらも躊躇いを見せた発言だ。  「すでに死んだ者たち」のみならず、おそらくは間違いなく、「既に殺した敵」も、この名簿には含まれているのだ。    ジョルノやウェザーの言う、「すでに死んだ者たち」が、彼ら同様(また、俺同様)に、特殊な能力……つまり、彼らの言う『スタンド能力』を持っているのかどうか。またそれらがどんな驚異なのか。  それももちろん気にはなる。気にはなるし、何れは聞き出したい情報ではあるのだが、今はそれを脇に置いておくべきだろう。   ☆ ☆ ☆   「僕は、この『バトルロワイアル』を、壊すつもりです」  それぞれに微妙な距離感で続けられていた会話、空気の中、ふいにジョルノがそう宣言した。 「あなたたちは、『殺し合い』をしたいとは思っていない。当然僕もそうです。  このジョルノ・ジョバァーナには『正しいと思う夢』がある……。そのために、『襲ってくる敵』と戦い、傷つけ、殺したこともある。  けれども、誰がどうやったのかまだわからないが、『殺し合い』を強制されるなんてことは、『正しい道』じゃあない。  だから…」 「待った」  彼の言葉を、俺は片手で制して止める。 「『協力して欲しい』っていうなら、悪いけど断る。  それは、既にウェザーにも言ってある事だ。  俺は、『殺し合い』をする気もないし、『殺される』気もない。けれども、『仲間を募って共に戦おう』なんてのもゴメンだ」  おそらく言うであろうと思っていた言葉。  どことも知れぬこんな場所で、見ず知らずの人間に出会い、『治療』し、『話し合う』。  なら、次はこうくるだろう。  彼がどんな人間か。わずかな時間ながら、分かってきている。  ウェザーも俺も、『殺し合い』をする気はない、という点で『同行者』にはなっていたが、かと言って『仲間』になったわけではない。  『仲間』…。  そしてこの場合は、『共通の目的、意志で結ばれた仲間』……。  ウェザーには、『仲間と合流する』という『目的』がある。そしておそらく名簿にその、『仲間』の名前があった。あるいは、『敵』の名前もあったのだろう。  ジョルノには、『バトルロワイアルを壊す』という『目的』がある。そしてその『目的』の為の、『仲間』を求めている。  俺は……?  違う。  改めてウェザーの目を見、ジョルノの目を見る。いや、見ようとして、直視できずに目線を逸らしている。    違う。  彼は、俺とは違う。  根本的、根源的に、彼は俺とは違う。  おそらくそうだろうという気はしていた。そしてそれは、彼が『治療』をしているあいだに、話をしているあいだに、確信へと変わりつつあった。    ウェザーには、『仲間』がいる。  ジョルノには、『正しいと思う夢』がある。    俺には…何も、無い。  ただうずたかく積み重ねられた書物の山。その山の中にあるあらゆる……『記憶』……。  『それだけ』だ。  ただ、『復讐』だけを生きる理由として来た。  友達や仲間を持ったことはない。  正直さとは無縁の人生。ただひたすら秘密を抱えて生きてきた。  ウェザーは……まだ良い。  彼もまた、俺とは別の意味で、『空虚』だ。明確な理由は無いが、うっすらとそれが感じられる。  けれどもジョルノは……その、『まぶしさ』は……。    俺には、耐えられない。    それが、今、はっきりと分かった。     「あなたはどうですか、ウェザー?」  俺の内なる懊悩を感じ取ったのだろうか。ジョルノはしつこく追求することはせずに、ウェザーへと話を向ける。 「オレは、『仲間』を探している。そしてその『仲間』は、今この会場のどこかにいるらしい……。  琢馬と行動しているのも、ただ互いに邪魔をしないという約束でのことだ。  だが……」  そこで一旦言葉を区切り、それから目を閉じ…しばらくしてゆっくりと見開いた。 「仲間と合流できたあとになら……協力できるかもしれない。  ジョルノ……。きっとお前は、『信頼』できる人間だ。  オレもよく知っている……ある人物とよく似た『匂い』がある……。  たとえ『無実の罪で牢獄の中に閉じ込められても、泥を見て嘆くより、星を見上げて希望を心に灯すことができる』……。  そんな人間の持つ、『気高い匂い』だ……」  会って以来、さほど会話を交わしてはいないウェザーだが、それでもここまで饒舌に語るのは少し意外だった。  そしてその彼の語るジョルノへの印象は、驚く程に率直で、好意的だ。  俺が目をそらすしかないでいるジョルノのまぶしさを、彼は目を細めながらにも直視している。 「琢馬」  そのウェザーが、不意に俺へと向き直る。 「お互い余計な詮索はしない、という前提で行動を共にしてきた。  お前が自分について語らないのも、『生き残る』ことを最優先にして行動するのも、それはそれで良い。  だが、ひとつだけ話してもらうぞ……」  ジョルノの、暗闇の中でも光をもたらす目とは、真逆。  すがるべき光を見失い、それでも闇の奥から見つめ続ける目。  常人であらば身震いをするであろう目で、俺を見ている。   「お前のスタンド能力は、何だ?」    ☆ ☆ ☆   「オレの名は『ウェザー・リポート』。  スタンド名も同じ……。能力は『天候を操ること』。  だがこれは本名じゃない。  オレには過去の記憶がない。だからこの名前も、能力からとった仮の名だ……」  囁くような、ぼそぼそとした声の調子。  だがしかし、決して弱々しくはない。 「気がついたときには、オレは刑務所の中にいた。  地図にある、GDS刑務所の男子房……。今のオレにある記憶は、その時点からだ。  本名も、生まれも……オレが何をやって刑務所に入ったのか。本当に犯罪者なのか…何もかも分からない」  ウェザーがかすかに見せる、空虚さ。その理由。 「オレは、そこで出会った『仲間』を探している。そして、名簿によれば、仲間はこの会場のどこかに居るらしい。  名簿……そして放送が事実ならば、な……」  じわりと、絡みつくような視線を、逸らすことはできない。 「あのスティール…あるいはその仲間のスタンド使いは、オレたち…そして、100人を優に超える人間を一堂に集め、こんな街を創り出してしまう『能力』を持っている……。  『スタンド使い』も、『死んだはずの人間』も、お構いなしだ。  どんなトリックだ? ただのハッタリか?  そうかもしれない。まだ何も確認できていないからな」  その響きに、心当たりがあった。 「それでも、それらが『事実』だとするなら……。  オレには『やるべきこと』が増えた。  『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』……そして、『スティールとその仲間を、殺す』」  殺意。復讐心。 「オレはジョルノとは違う。  琢馬、お前がそれでも、自分には何の能力もないというなら、オレにはお前を助けながら歩き回る積もりも余裕もない。  お前が自分の能力を絶対に明かさないというなら、お前に背中を見せる気もない。    だから、改めて聞く。    お前の『スタンド能力』は何だ?」    プッチ。[[エンリコ・プッチ]]。その名前は名簿にあった。きっとウェザーの『敵』なのだろう。  あるいはさっき出た名前……『死んだはずなのにここにいる』F・Fという『仲間』を殺したのが、プッチなのかもしれない。  殺意と、復讐心。  俺の唯一にして長年連れ添った友人の別名。  常に俺の傍らに佇み、寄り添い、支え、そして縛り付け続けるもの。  そして……最も憎むべきもの。    ウェザーは言った。「オレはジョルノとは違う」。  確かにそうだ。  『俺たち』は、ジョルノとは違う。  『夢』よりも、『殺意』。『希望』よりも、『復讐心』を、糧として生き、進み続ける。  だがそれでも尚……。  俺とウェザーもまた、違うのだ。   「俺は……」      ☆ ☆ ☆   「ジョージ……?」  か細く、それでいて透き通った声。  陽のあたるダービーズ・カフェ店内のカウンター奥から聞こえるその声は、俺とウェザーのやりとりを見守っていたジョルノに向けられたもの。     放送前。大きな破壊音を聞いて調べに行った場所で、おそらくは「激しい戦闘の後、走っている救急車から突き落とされて」瀕死の重傷を負っていた女性。  そこで、あとからやってきたジョルノが、自らのスタンド能力、『ゴールド・エクスペリエンス』を使い、治療をした。  彼が作り出した『部品』は、たしかに女性の体にはめ込まれ、今現在外見上何ら怪我を負っていないように見える。  特に左腕は完全に接合され、頭部も又、頭蓋が割れ、脳の一部が露出するほどのものだったのだが、今では傷口の痕跡も見えない。 「……いえ、違います。僕の名前はジョルノ・ジョバァーナ。  一緒にいたであろう男性……ジョージさんですか? 彼は、残念ながら既に亡くなっていました。  簡単にですが埋葬をしてあります。  あなただけは、発見時にまだ生きていたので、なんとか肉体の損傷を治すことはできましたが……」  もうひとりの男性、彼女が「ジョージ」と呼んだのであろう、古めかしい軍服姿の男性は、ジョルノとウェザーでピエトロ・ネンニ橋脇の土手に穴を掘り、埋めてきてある。  その上にジョルノの能力で蔓薔薇を生やして、墓標替わりとしていた。    彼女はなんとなく焦点の合わないような目で、どこに視線を定めるでもなくこちらを見ている。  ウェザーは僅かに身構えていた。俺の方をやや気にしつつも、彼女へと向き直っている。  彼女が何者なのか。敵ではない、危険ではないという保障がない事から、まだ警戒を解いてはいないのだろう。 「……一緒にいた? なにを言っているの? ジョージは……彼は……」   戸惑い。混乱。眉根を顰め、立ち上がろうとするが、弱った体でそれもかなわず、崩折れる。 「気をつけてください! 確かに表面上の傷は治しました。  しかしあなたは、死んでいてもおかしくないほどの重体だった……!  すぐに歩ける程に回復することもないですし、後遺症もあるかもしれない」  手を貸そうとするジョルノ。その差し伸べられた手を払い除け、女性が跳ね上がるように起立して、叫んだ。 「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!  あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!」  驚異的身体能力だ。あるいは回復力も異常なほどなのか? どこに、あんな力が残っていたというのか。  ジョルノが目を見張り、ウェザーがさらに緊張を現す。 「ジョルノ、と言ったわね。状況はわからないけれども、手助けしてくれたであろう事には礼を言うわ。  けど、私は『復讐』をしなければならないッ……!  夫の、ジョージの仇をとる……必ずよッ………!!」  ジョージ・ジョースターⅠ世、あるいはジョージ・ジョースターⅡ世。  そのどちらなのかはわからないが、名簿に名前が有り、そして共に「死んだ」と放送された2人。  そのどちらかが彼女の夫であり、また、彼女はその夫を殺した相手を知っている。  あの救急車に乗っていたのが、おそらくはその仇、という事なのだろうか。彼女の言葉、そして状況からはそう受け取れる。  あれだけの大怪我を負って、それでも尚、夫の復讐のために立ち上がろうとする。  驚くべき執念であり、驚くべき行動力だ。  そのまま歩き去ろうとする彼女を、ジョルノが呼び止める。 「待ってください。まずは状況を確認したほうが良い。  さっき、放送がありました。それに、名簿も。  この『バトルロワイアル』の中に、ほかにも知り合いや、敵…問題のある誰かがいるかもしれない。  情報を交換し、お互いに手助けも……」  鋭い刃…そうとしか見えぬものが突きつけられ、ジョルノを押しとどめる。 「エリザベス…。名前だけは教えておくわ。けれどもそれ以上は馴れ合う気はない……」  彼女の、破れた黒衣の袖。その袖に何らかのエネルギーが流れ込んでいるのか、ただの布が文字通りに鋼のように鋭く、固く尖っていた。  断固とした拒絶。  自らの目的のために、復讐のために、あらゆるものをかなぐり捨ててしまおうという、漆黒の殺意。  その殺意が形になったが如き黒い刃が、彼女とジョルノ、そして俺たちとを隔たっている。  有無を言わせぬその態度に、押し黙るしかない俺たちを置いて、彼女は踵を返してカフェを出ようとし……、再び、足元から崩折れる。  ジョルノが再び駆け寄って、その体を支えた。  跳ね除けられるかと思ったが、やはり見た目とは裏腹に体の回復が追いついていないのだろうか。力なくうずくまり、かぶりを振る。  陽が差し込む開いたカフェの中、朝の空気と緊張が、場を支配していた。   「……ジョージ……?」  しばらくしてその沈黙を破ったのは、再びの彼女の声。  か細く、それでいて透き通った声は、困惑と不安を微かに表していた。  ジョルノの顔を見て、それから周囲を見る。  その視線は当て所なくさ迷い、さらなる困惑をもたらしてくる。  彼女と、俺たち全員に、だ。 「…違う……。あなたは誰? ここは……?」 「……どうしたんですか、エリザベス……?」  彼女の顔が苦痛に歪む。それは体の苦痛ではない。心の、魂のもたらした苦痛だ。 「ジョージは……殺された! そう……『思い出した』わっ……!  あの人は殺されたの……。空軍司令…ディオの部下だった、生き残りの屍生人によって……!!  私は復讐しなければならないっ………! 夫の仇を……ッ!!」      ☆ ☆ ☆   『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?  あらゆる過去を全て記憶し、捨てることのできない俺。  ある時点からの過去を一切持たないウェザー。  未来への確たる、『正しいと信じる夢』を掲げているジョルノ。  そして……『未来をなくし、今しか持たなくなってしまった』彼女……エリザベス。    逆向性健忘とは、「ある時点から以前の記憶がなくなる」症状を指し、前向性健忘とは、「ある時点から以降の記憶を保持できなくなる」症状を指す。    『忘れる』ということは、幸せなのだろうか?     ----   【B-2 ダービーズカフェ店内 / 1日目 朝】     【ジョルノ・ジョバァーナ】 [スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』 [時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後 [状態]:健康 [装備]:閃光弾×1 [道具]:[[基本支給品]]一式 (食料1、水ボトル半分消費) [思考・状況] 基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える 。 1.エリザベス([[リサリサ]])の様子を確かめる。 2.ウェザー、琢馬と情報交換。できれば『仲間』にしたいが…。 3.ミスタたちとの合流。午前8時までダービーズ・カフェで待つ。 4.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。 [参考] 時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。 ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。 ウェザーについてはある程度信頼、琢馬はまだ灰色、エリザベス(リサリサ)の状態に困惑しています。     【ウェザー・リポート】 [スタンド]:『ウェザー・リポート』 [時間軸]:ヴェルサスに記憶DISCを挿入される直前。 [状態]:右肩にダメージ(中)ジョルノの治療により外面的損傷は治っている。 [装備]:スージQの傘、エイジャの赤石 [道具]: 基本支給品×2(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品1~2(確認済み/[[ブラックモア]]) [思考・状況] 基本行動方針:『仲間を探す』、『仲間を殺したやつを探し、殺す』、『プッチを探し出し、殺す』、『スティールとその仲間を、殺す』 1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。 2.琢馬について、『スタンド能力』を確認したい。  敵対する理由がないため現状は同行者だが、それ以上でもそれ以下でもない。 3.ジョルノは、『信頼』できる。   【[[蓮見琢馬]]】 [スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』 [時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中。 [状態]:健康 [装備]:双葉家の包丁 [道具]: 基本支給品(食料1、水ボトル半分消費)、不明支給品2~4(琢馬/照彦:確認済み) [思考・状況] 基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。 1.エリザベス(リサリサ)の様子を確かめる。 2.千帆に対する感情は複雑だが、誰かに殺されることは望まない。 どのように決着付けるかは、千帆に会ってから考える。 3.ウェザーたちに『スタンド能力』を話すべきか? [参考] 参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。 琢馬はホール内で[[岸辺露伴]]、[[トニオ・トラサルディー]]、虹村形兆、[[ウィルソン・フィリップス]]の顔を確認しました。 また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。 また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。 琢馬は救急車を運転していたスピードワゴン、救急車の状態、杜王町で吉良吉影をひき殺したものと同一の車両であることを確認しましたが、まだ誰にも話していません。 スピードワゴンの顔は過去に本を読んで知っていたようです。     【リサリサ】 [時間軸]:ジョセフの葬儀直前。 [状態]:頭部裂傷、左腕切断等を含めた全身にダメージ(ジョルノの治療により外面的損傷は治っている)、脳の損傷による記憶障害。破れた喪服。 [装備]:承太郎のタバコ(17/20)&ライター [道具]:基本支給品、不明支給品1 [思考・状況]基本行動方針:『夫の仇を取る』。 1:ジョージ…?   [参考] ※リサリサの記憶障害は、『ジョージⅡ世の復讐に向かった時点』にまで逆行し、また、『記憶をある程度の間しか保持することができない』状態です。(具体的にどの程度かは未確定) ※琢馬たちは、「記憶を保持できない」ことには気づきましたが、「過去の記憶が抜けている」ことには気づいていません。 ※ストーンオーシャンにて、ミューミューの『ジェイル・ハウス・ロック』にかけられた時と似た状態ですが、『記憶の個数』ではなく、『記憶できる時間』が短いという状態です。 ※リサリサの体のダメージは回復していません。波紋呼吸である程度動かすことはできますが、万全には程遠いいようです。 ※リサリサが初めから所持していたサングラスは破壊されました。 *投下順で読む [[前へ>fake]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>眠れるまで 足掻いて]] *時系列順で読む [[前へ>fake]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>石作りの海を越えて行け]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[リサリサ]]|112:[[黒金の意志]]| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[ジョルノ・ジョバァーナ]]|112:[[黒金の意志]]| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[ウェザー・リポート]]|112:[[黒金の意志]]| |090:[[BLACK LAGOON ♯01]]|[[蓮見琢馬]]|112:[[黒金の意志]]|

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