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      ……さて、放送は以上だ。第二回放送は同じく六時間後、太陽が真上に上る12時きっかりに行う。 この放送は私、スティーブン・スティール、“スティーブン・スティール” がお送りした。 諸君、また六時間後に会おう! 君たちの今まで以上の健闘を、私は影ながら応援しいるッ それでは良い朝を!…………  煩いばかりだった放送が終わり、フロリダ州立病院の一室は再び静寂を取り戻しつつあった。  人けのない病院の南側の一室には、双葉千帆とプロシュートがおのおの壁を背に向かい合い座っている。  かわす言葉はなく、ふたりは彫像のようにかたまっていた。  双葉千帆のもとよりあまり日焼けしていない顔は、さらに色を失い骨のように白い。  岸辺露伴の死を、彼女は直接見てはいなかった。  露伴の死を証明するものは地中にめり込んだ巨大なコンテナと、早人から渡された彼からの手紙のみだったからだ。  ゆえに心のどこかで期待していたのだ。  岸辺露伴は死んではおらず、彼に自分が原作の漫画を書いてもらう日が来るのではないかと。  『放送』はそんな彼女の期待を無常にも否定した。  自覚すらしていなかった願いを、無惨に打ち砕いた。  死亡者として読み上げられた中には川尻早人の名もあった。  実際には死亡していない人間を、いたずらに『死亡者』として放送するなどということはおそらくないだろう。  疑いなく、ふたりは死んだのだ。  岸部露伴の新作漫画を読む日も、川尻早人の成長を喜ぶ日も、けっして来ない。  そして、読み上げられた双葉照彦の名前。  読み上げられた瞬間には彼女は気づかなかった。それが自らの父親の姓名だと。  76名もの死亡者はあまりに多く、少女には音として認識した文字を筆記するだけで精一杯だったのだ。  『ふたばてるひこ』  ひらがなで書かれたそれはなにかの記号のようだった。  名簿とつきあわせ『双葉照彦』という文字列を理解した瞬間の気持ちを表現することはできない。  シチューの残り香がただようリビングで、あの人に突き立てようとしたものは紛れもない殺意。  父だから許せなかった。  愛していた、父だからこそ……。  皺を刻んだ笑顔の父と、絶望の表情を浮かべた父の顔が交互にフラッシュバックした。  苦しまぎれの息つぎをするように千帆が顔をもちあげる。  視線の先、プロシュートは無表情で名簿を眺めていた。 (ホルマジオ、ペッシ、イルーゾォ、リーダー……)  表情こそ平静を装っていたもののプロシュートの心中は穏やかさとかけ離れた状態にあった。  死亡者の中には彼が呼びなれた名前が混じっていた。  弟分であったペッシはおろか、自分がリーダーと認めたリゾットすらすでに死んでいるとは。  胸のうちにあるものが『驚き』だけだといえば嘘になる。  ソルベが送りつけられたとき以上の激情が彼の中で燃えさかっていた。  しかしプロシュートはそれを表に出そうとはしない。  必ずやり遂げなければならないことができた。嘆くことも思考停止することも許されない。  名簿を見返す。ギアッチョの名が斜線を引かされずに残っていた。  『暗殺チーム』という括りでみれば、メローネ、ソルベ、ジェラートの名前は名簿のどこにも載っていなかった。  死んだ者は蘇らない、という当たり前の原則に沿えば、ソルベ、ジェラートがいないことに疑問はない。  しかしメローネはどうだ。  あの男が死んだという情報を、少なくとも自分もペッシもうけていなかった。  死亡したはずなのに参加させられた、ホルマジオ、イルーゾォそして涙目のルカと、死亡していないはずなのに参加していないメローネ。  考えたところで、メローネが名簿に載っていない理由はわからないが、時間軸の違いは確定していいように思えた。  時間軸が違えば死んだ人間が蘇ったようにみえることに疑問はないだろう。  自分が殺した男、ティッツァーノからすれば、すでに自分は死んだ人間だった可能性もある。  プロシュートは自嘲的な笑みを浮かべながら再び名簿に視線を戻した。  まずジョースターの姓をもつ人間が嫌でも目につく。  次におそらく『パッショーネ』の関係者がほとんどであろうイタリア人。  東洋人も多いように見受けられる。  だがその組み分けからあぶれる人間もまた多い。  国籍の判別がつかない「あだ名」のような名前は本名や身分を隠したがる人種の二つ名のようなものだろうか。  このふざけたイベントを主催した存在は、『老い』も時間も世界という枠組みさえも超越したもの。  だというのに、この場にいる者で疑いなく共同戦線を張れる人間はすでにギアッチョしか残されていない……。  カタカタ……と床が音を立てる。  ふと見ると手が小刻みに震え、握っていた鉛筆が床を叩いていた。  一瞬呆気にとられたプロシュートの表情が、徐々に羞恥に歪む。  名簿から目をはなせば、同じようにひととおりの考察を終えたのであろう少女がこちらを見つめていた。 「嬢ちゃん、まずは知り合いについて教えてもらおうか」  かたぎの人間がきけば震え上がりそうな口調をしたことに、プロシュート本人は気づいていない。  双葉千帆の瞳に恐怖の色はなかった。  ただ、数瞬、鳩が飛び去った窓辺を見やり、小さなため息と共に彼女は、はい、とこたえた。  窓の外には、徐々に青みを増しつつあるライトブルーの空が広がっている。   *  *  *  プロシュートは自分のことを語ろうとはしなかった。  千帆の知り合いが何人いるか。  彼らとはどういう関係か。  直接の知り合いでなくとも、知っている人物がいるか。  彼女にとって今は“何年”か。  ここに連れてこられる前、どこにいたのか。  杜王町とはどんな地域なのか。  彼の一方的な質問に千帆が答えるだけ。  それを千帆はおかしいとは思わなかった。  早人に協力してはくれたが、おそらくそれは敵あらばこそ。  早人は死んだ。彼を死に至らしめた鼠も死んだ。  そして戦闘のさなか銃撃によってプロシュートを救った男性も、死んだ。  彼がプロシュートの仲間であったのなら共にここで放送を迎えられたはずである。  銃のグリップにこびりついていた血の跡。  赤く汚れた長い白髪と血だらけの白鼠のイメージが重なった。  ただの高校生である自分が、足手まといにしかならない自分が生かされたのは情報交換という目的があったからだろうか。  だとすればこうして喋っている一瞬一瞬が、死へのカウントダウンにほかならない。  それを理解していながら同時に、淡淡と感情もなく語る自分を千帆は実感するのだった。 「安心しな。オレは嬢ちゃんを殺す気はねえ」  そんな千帆の心を見透かしたようにプロシュートが言い放った。  哀れな孤児をなだめるようなおだやかな口調だが、目も口元も笑ってはいない。 「情報の整理はあらかたすんだ。  本当のところをいえば、嬢ちゃんを生かしておく理由はない。  殺す理由はいくらでもあるがな」 「なら、どうして……」  千帆がいいかけてやめ、そんな自分を恥じらうように目を伏せる。  自らの発しかけた問いがその身の安全を脅かすことに気づき、そして、そんな保身に走った考えが恥ずかしくなり、千帆は押し黙った。  目の前の男にはそうした下衆な考えがすべて透けて見えただろう。  プロシュートは千帆の手元を見つめていた。胸の前で心臓を守るように組まれた小さな手を。  時が止まってしまったのでは、と千帆が思い始めた頃、ようやくプロシュートは口を開いた。 「死ぬのは怖い、か?」  はじかれたように千帆の瞳が見開かれる。  カッと頬に赤みがさし、彼女は声を張り上げた。 「プロシュートさんは、怖くないっていうんですかッ?!」 「さあな。  だが生きている限り、恐怖、孤独、悲しみ、不安、あらゆる苦痛は永遠に続くんだ。  『死』は平等だ。優しい。  そこに、人が恐れるものは存在しない」  語るプロシュートの表情は、落ち着きを通り越して安らかだった。  千帆が戸惑い、反発を覚えるほどに。 「でも……ッ」 「スタンドも、体術の心得があるわけでもねえだろう。加えて人脈もねえ。  どうやって生き残る気だ?」  頬を紅潮させた千帆の指が短銃のグリップをなぞる。  その早人の形見となった銃でスタンド使いを相手に渡り合おうというのだろうか。 「戦います」  千帆が銃を持ち上げてみせる。  少女のほっそりと柔らかな手の内で、ゴツゴツとしたフォルムの銃はひどく不似合いで重たく、危うげに映った。 「射撃の練習をしたことがあるってわけでもないんだろう?  初心者が扱う場合10mも離れれば弾はまず当たらない。  嬢ちゃんは6発の内1発くらいは当たるだろうと考えてるかもしれねえが、目の前に対峙したやつを敵だと判断してから何発撃てると思う?  的はさっきみてえな目先の死にかけじゃねえ。  こっちを殺そうとする敵だ。全速力で向かってくる。そいつだって死にたくないからな。  10mなんて一瞬だ。相手がガキでも。  くわえて銃にはリコイル、反動がある。さっき撃ってみてわかってるはずだ。  あれだけの衝撃を受けて、何発も狙いをつけて発砲することができると思うのか。その貧弱な腕で」  千帆は言い返せなかった。  自分で自分の腕を抱き、イヤイヤをするように首をふる。 「それでも、私は……」  今にも泣き出しそうになっているくせに、千帆は頑として折れなかった。  うっすらと涙を浮かべた瞳で、プロシュートのことを睨んでいる。  地獄を見てきた人間が持つ壮絶さと、聖母のような慈愛を併せ持ったその瞳。 (まるで聞き分けのない、“マンモーナ”だな)  プロシュートが千帆を見つめる。  二人は無言のまま見つめ合い、やがてプロシュートの方が根負けしてため息をついた。 「こっちに来な。  少しはマシにしてやる」  プロシュートは千帆から銃を受け取ると、馴れた手つきで銃弾を抜いていった。  弾丸の込め方はあとから説明する、と口上を添えて。  6発分の銃弾を抜き取ると、プロシュートは対面の壁に向かって銃を構えてみせた。 「銃を撃つときの基本的な姿勢はこうだ」  両足を肩幅ほどに開き、腕をまっすぐ前方に伸ばす。  腕の先端、プロシュートの存外大きな両手が銃のグリップを握っていた。  その指は引き金にかかっていない。  顔は突き出しすぎだと千帆が感じるほど銃に寄せている。  千帆がそう感じているのをプロシュートも読み取ったのだろう。 「大事なのはきちんと照準をあわせることだ。  正しく狙いをつけたところでさまざまな要因によって銃弾は逸れる。  だがそれで照準あわせを怠れば、絶対に銃弾は当たらないと思え」  銃を千帆の目線の高さまで持っていき、照準あわせの動作を確認させる。  そして握り方と引き金の引き方について。 「引き金を引くことに意識を集中させるな。  標的に照準をあわせたまま、引き金を『絞る』」  銃の携帯の仕方から、構え方、空薬莢の抜き方、銃弾の込め方まで、一連の動作をデモンストレーションしたところで、M19はふたたび千帆の手の内にかえってきた。  見よう見まねで銃を構える千帆に、激しい檄が飛んだ。 「銃は遠距離から攻撃できるだとか、6発あるから余裕だなんて考えは捨てろよ。  1発で仕留めろ。1発撃てばもう終いだ。  たとえれば、ギャンブルと同じ心理だな。  撃ちはじめちまったら、次こそ当たるだろう、次こそ当たるだろうとすがっちまう。  6発の中に『当たりくじ』が入っていない可能性を、人は直視できなくなる。  気づいたときには距離のアドバンテージなんてもんは皆無になっちまってる。  結末は、いわなくてもわかるな?  これが武器になるなんて考えは捨てな。  下手に撃てば、互いに引けなくなる。  銃声は別の敵を引き寄せる。  銃を撃つ状況はどちらかがすでに詰んでる状況だと思え。さっきの鼠みてーにな。  確実に殺すために撃ちな」  小一時間ほど経ったころ、ようやくプロシュートの指導は終わった。  約1kgの銃を、暴発に注意しながら扱う作業は想像以上に千帆を疲れさせた。  紙から出てきたドーナツと水で休憩をとる千帆に対して、プロシュートは静かに語る。 「嬢ちゃんは、なぜオレに殺されないか不思議に思っていたな。  おそらく理解できないだろうが、オレはこう考える。  単純に、“力”を持つことは素晴らしい。それを行使することも。  しかしそれは“強さ”とは違う、とな。  最終的には『持っている』人間が生き残る。  力の優劣とは、また別の次元の問題だ」  千帆が困ったように首を傾げる。  プロシュートがなにを言いたいのかわからなかった。 「この6時間の間に76人が死んだ。  力の優劣がすべてを決めるなら、嬢ちゃんはとっくに死んでるはずだ」  そこでプロシュートは言葉を切った。  どこか、痛ましい色がその瞳に浮かんでいるのを千帆は見逃さなかった。 (『暗殺チーム』と言っていた。  この人も、誰か大切な人を失ったのかもしれない)  プロシュートの言いたいことが千帆にはよくわからない。  『持っている』人間の話と、自分を殺さないという話は結びつかないように思える。   それに彼が言ったとおり、自分は特殊な力も、武器を扱える腕も、頼りにできる友人もいない人間だ。  『持っている』人間にあたるとは思えない。  けれど頭で理解できないことが、心で理解できることもある。  プロシュートの言葉が、行動が、千帆に勇気の心を芽生えさせようとしていたのは確かだった。 「私、小説を書くんです。  元の世界に戻って。絶対に」 「……そうか」  プロシュートの返答はそっけない。  しかし千帆はプロシュートを信頼しつつあった。  かつて好きになった人は、彼のような強さをもつ男だった。 「さて、オレはそろそろここを出る。  この6時間ほとんどこの近辺から動いてないんでね。  欲しいのは仲間と情報だ。むかうのは当然人が集まる場所になる」  荷物を肩にかつぎあげながらプロシュートが、足元のほこりを払う。 「ついてくるなら忠告くらいはしてやるが、オレは嬢ちゃんを助けない。  その兄貴とやらを探すも、ここに篭城するも、好きにしな」  振り返りもせず歩き出す。  その背を追って、千帆は迷いなく立ち上がった。  それを気配で感じ、プロシュートがうっすらと笑う。 「後悔するなよ“千帆”」 「……はい!」 【G-8 フロリダ州立病院内/1日目 朝】 【プロシュート】 [スタンド]:『グレイトフル・デッド』 [時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時 [状態]:体力消耗(中)、色々とボロボロ [装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 30/60) [道具]:基本支給品(水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具 [思考・状況] 基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還 0.暗殺チームを始め、仲間を増やす 。 1.この世界について、少しでも情報が欲しい。 2.双葉千帆がついて来るのはかまわないが助ける気はない。 【双葉千帆】 [スタンド]:なし [時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前 [状態]:体力消費(中)、精神消耗(中) 、涙の跡有り [装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24) [道具]:基本支給品、露伴の手紙、救急用医療品、ランダム支給品1 (確認済み。武器ではない) [思考・状況] 基本的思考:ノンフィクションではなく、小説を書く。 0.プロシュートと共に行動する。 1.川尻しのぶに会い、早人の最期を伝える。 2.琢馬兄さんに会いたい。けれど、もしも会えたときどうすればいいのかわからない。 3.露伴の分まで、小説が書きたい。 【備考】 プロシュートは千帆から、千帆の知っている人物等の情報を得ました。 千帆はプロシュートから情報を得ていません。 千帆はランダム支給品を確認しました。支給品は1つで、武器ではありません。 ウィルソン・フィリップス上院議員の不明支給品は【ドーナツ@The Book】のみでした。 【ドーナツ@The Book】 双葉千帆の好物で彼女がよく買い食いしていた。 杜王町に店をかまえていたが、The Bookの終盤では閉店してしまっている。 蓮見琢馬はドーナツの形状を哲学的で女性的だと評している。 ちなみに千帆の父親である双葉照彦の好物も娘と同じドーナツである。 *投下順で読む [[前へ>ああ、ロストマン、気付いたろう]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>聖堂に運ばれた2人の男]] *時系列順で読む [[前へ>ああ、ロストマン、気付いたろう]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>聖堂に運ばれた2人の男]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |089:[[Requiem per Mammone (前編)]]|[[プロシュート]]|131:[[死神に愛された者たち]]| |089:[[Requiem per Mammone (前編)]]|[[双葉千帆]]|131:[[死神に愛された者たち]]|
      ……さて、放送は以上だ。第二回放送は同じく六時間後、太陽が真上に上る12時きっかりに行う。 この放送は私、スティーブン・スティール、“スティーブン・スティール” がお送りした。 諸君、また六時間後に会おう! 君たちの今まで以上の健闘を、私は影ながら応援しいるッ それでは良い朝を!…………  煩いばかりだった放送が終わり、フロリダ州立病院の一室は再び静寂を取り戻しつつあった。  人けのない病院の南側の一室には、[[双葉千帆]]と[[プロシュート]]がおのおの壁を背に向かい合い座っている。  かわす言葉はなく、ふたりは彫像のようにかたまっていた。  双葉千帆のもとよりあまり日焼けしていない顔は、さらに色を失い骨のように白い。  [[岸辺露伴]]の死を、彼女は直接見てはいなかった。  露伴の死を証明するものは地中にめり込んだ巨大なコンテナと、早人から渡された彼からの手紙のみだったからだ。  ゆえに心のどこかで期待していたのだ。  岸辺露伴は死んではおらず、彼に自分が原作の漫画を書いてもらう日が来るのではないかと。  『放送』はそんな彼女の期待を無常にも否定した。  自覚すらしていなかった願いを、無惨に打ち砕いた。  死亡者として読み上げられた中には[[川尻早人]]の名もあった。  実際には死亡していない人間を、いたずらに『死亡者』として放送するなどということはおそらくないだろう。  疑いなく、ふたりは死んだのだ。  岸部露伴の新作漫画を読む日も、川尻早人の成長を喜ぶ日も、けっして来ない。  そして、読み上げられた[[双葉照彦]]の名前。  読み上げられた瞬間には彼女は気づかなかった。それが自らの父親の姓名だと。  76名もの死亡者はあまりに多く、少女には音として認識した文字を筆記するだけで精一杯だったのだ。  『ふたばてるひこ』  ひらがなで書かれたそれはなにかの記号のようだった。  名簿とつきあわせ『双葉照彦』という文字列を理解した瞬間の気持ちを表現することはできない。  シチューの残り香がただようリビングで、あの人に突き立てようとしたものは紛れもない殺意。  父だから許せなかった。  愛していた、父だからこそ……。  皺を刻んだ笑顔の父と、絶望の表情を浮かべた父の顔が交互にフラッシュバックした。  苦しまぎれの息つぎをするように千帆が顔をもちあげる。  視線の先、プロシュートは無表情で名簿を眺めていた。 ([[ホルマジオ]]、[[ペッシ]]、イルーゾォ、リーダー……)  表情こそ平静を装っていたもののプロシュートの心中は穏やかさとかけ離れた状態にあった。  死亡者の中には彼が呼びなれた名前が混じっていた。  弟分であったペッシはおろか、自分がリーダーと認めたリゾットすらすでに死んでいるとは。  胸のうちにあるものが『驚き』だけだといえば嘘になる。  ソルベが送りつけられたとき以上の激情が彼の中で燃えさかっていた。  しかしプロシュートはそれを表に出そうとはしない。  必ずやり遂げなければならないことができた。嘆くことも思考停止することも許されない。  名簿を見返す。[[ギアッチョ]]の名が斜線を引かされずに残っていた。  『暗殺チーム』という括りでみれば、メローネ、ソルベ、ジェラートの名前は名簿のどこにも載っていなかった。  死んだ者は蘇らない、という当たり前の原則に沿えば、ソルベ、ジェラートがいないことに疑問はない。  しかしメローネはどうだ。  あの男が死んだという情報を、少なくとも自分もペッシもうけていなかった。  死亡したはずなのに参加させられた、ホルマジオ、イルーゾォそして[[涙目のルカ]]と、死亡していないはずなのに参加していないメローネ。  考えたところで、メローネが名簿に載っていない理由はわからないが、時間軸の違いは確定していいように思えた。  時間軸が違えば死んだ人間が蘇ったようにみえることに疑問はないだろう。  自分が殺した男、[[ティッツァーノ]]からすれば、すでに自分は死んだ人間だった可能性もある。  プロシュートは自嘲的な笑みを浮かべながら再び名簿に視線を戻した。  まずジョースターの姓をもつ人間が嫌でも目につく。  次におそらく『パッショーネ』の関係者がほとんどであろうイタリア人。  東洋人も多いように見受けられる。  だがその組み分けからあぶれる人間もまた多い。  国籍の判別がつかない「あだ名」のような名前は本名や身分を隠したがる人種の二つ名のようなものだろうか。  このふざけたイベントを主催した存在は、『老い』も時間も世界という枠組みさえも超越したもの。  だというのに、この場にいる者で疑いなく共同戦線を張れる人間はすでにギアッチョしか残されていない……。  カタカタ……と床が音を立てる。  ふと見ると手が小刻みに震え、握っていた鉛筆が床を叩いていた。  一瞬呆気にとられたプロシュートの表情が、徐々に羞恥に歪む。  名簿から目をはなせば、同じようにひととおりの考察を終えたのであろう少女がこちらを見つめていた。 「嬢ちゃん、まずは知り合いについて教えてもらおうか」  かたぎの人間がきけば震え上がりそうな口調をしたことに、プロシュート本人は気づいていない。  双葉千帆の瞳に恐怖の色はなかった。  ただ、数瞬、鳩が飛び去った窓辺を見やり、小さなため息と共に彼女は、はい、とこたえた。  窓の外には、徐々に青みを増しつつあるライトブルーの空が広がっている。   *  *  *  プロシュートは自分のことを語ろうとはしなかった。  千帆の知り合いが何人いるか。  彼らとはどういう関係か。  直接の知り合いでなくとも、知っている人物がいるか。  彼女にとって今は“何年”か。  ここに連れてこられる前、どこにいたのか。  杜王町とはどんな地域なのか。  彼の一方的な質問に千帆が答えるだけ。  それを千帆はおかしいとは思わなかった。  早人に協力してはくれたが、おそらくそれは敵あらばこそ。  早人は死んだ。彼を死に至らしめた鼠も死んだ。  そして戦闘のさなか銃撃によってプロシュートを救った男性も、死んだ。  彼がプロシュートの仲間であったのなら共にここで放送を迎えられたはずである。  銃のグリップにこびりついていた血の跡。  赤く汚れた長い白髪と血だらけの白鼠のイメージが重なった。  ただの高校生である自分が、足手まといにしかならない自分が生かされたのは情報交換という目的があったからだろうか。  だとすればこうして喋っている一瞬一瞬が、死へのカウントダウンにほかならない。  それを理解していながら同時に、淡淡と感情もなく語る自分を千帆は実感するのだった。 「安心しな。オレは嬢ちゃんを殺す気はねえ」  そんな千帆の心を見透かしたようにプロシュートが言い放った。  哀れな孤児をなだめるようなおだやかな口調だが、目も口元も笑ってはいない。 「情報の整理はあらかたすんだ。  本当のところをいえば、嬢ちゃんを生かしておく理由はない。  殺す理由はいくらでもあるがな」 「なら、どうして……」  千帆がいいかけてやめ、そんな自分を恥じらうように目を伏せる。  自らの発しかけた問いがその身の安全を脅かすことに気づき、そして、そんな保身に走った考えが恥ずかしくなり、千帆は押し黙った。  目の前の男にはそうした下衆な考えがすべて透けて見えただろう。  プロシュートは千帆の手元を見つめていた。胸の前で心臓を守るように組まれた小さな手を。  時が止まってしまったのでは、と千帆が思い始めた頃、ようやくプロシュートは口を開いた。 「死ぬのは怖い、か?」  はじかれたように千帆の瞳が見開かれる。  カッと頬に赤みがさし、彼女は声を張り上げた。 「プロシュートさんは、怖くないっていうんですかッ?!」 「さあな。  だが生きている限り、恐怖、孤独、悲しみ、不安、あらゆる苦痛は永遠に続くんだ。  『死』は平等だ。優しい。  そこに、人が恐れるものは存在しない」  語るプロシュートの表情は、落ち着きを通り越して安らかだった。  千帆が戸惑い、反発を覚えるほどに。 「でも……ッ」 「スタンドも、体術の心得があるわけでもねえだろう。加えて人脈もねえ。  どうやって生き残る気だ?」  頬を紅潮させた千帆の指が短銃のグリップをなぞる。  その早人の形見となった銃でスタンド使いを相手に渡り合おうというのだろうか。 「戦います」  千帆が銃を持ち上げてみせる。  少女のほっそりと柔らかな手の内で、ゴツゴツとしたフォルムの銃はひどく不似合いで重たく、危うげに映った。 「射撃の練習をしたことがあるってわけでもないんだろう?  初心者が扱う場合10mも離れれば弾はまず当たらない。  嬢ちゃんは6発の内1発くらいは当たるだろうと考えてるかもしれねえが、目の前に対峙したやつを敵だと判断してから何発撃てると思う?  的はさっきみてえな目先の死にかけじゃねえ。  こっちを殺そうとする敵だ。全速力で向かってくる。そいつだって死にたくないからな。  10mなんて一瞬だ。相手がガキでも。  くわえて銃にはリコイル、反動がある。さっき撃ってみてわかってるはずだ。  あれだけの衝撃を受けて、何発も狙いをつけて発砲することができると思うのか。その貧弱な腕で」  千帆は言い返せなかった。  自分で自分の腕を抱き、イヤイヤをするように首をふる。 「それでも、私は……」  今にも泣き出しそうになっているくせに、千帆は頑として折れなかった。  うっすらと涙を浮かべた瞳で、プロシュートのことを睨んでいる。  地獄を見てきた人間が持つ壮絶さと、聖母のような慈愛を併せ持ったその瞳。 (まるで聞き分けのない、“マンモーナ”だな)  プロシュートが千帆を見つめる。  二人は無言のまま見つめ合い、やがてプロシュートの方が根負けしてため息をついた。 「こっちに来な。  少しはマシにしてやる」  プロシュートは千帆から銃を受け取ると、馴れた手つきで銃弾を抜いていった。  弾丸の込め方はあとから説明する、と口上を添えて。  6発分の銃弾を抜き取ると、プロシュートは対面の壁に向かって銃を構えてみせた。 「銃を撃つときの基本的な姿勢はこうだ」  両足を肩幅ほどに開き、腕をまっすぐ前方に伸ばす。  腕の先端、プロシュートの存外大きな両手が銃のグリップを握っていた。  その指は引き金にかかっていない。  顔は突き出しすぎだと千帆が感じるほど銃に寄せている。  千帆がそう感じているのをプロシュートも読み取ったのだろう。 「大事なのはきちんと照準をあわせることだ。  正しく狙いをつけたところでさまざまな要因によって銃弾は逸れる。  だがそれで照準あわせを怠れば、絶対に銃弾は当たらないと思え」  銃を千帆の目線の高さまで持っていき、照準あわせの動作を確認させる。  そして握り方と引き金の引き方について。 「引き金を引くことに意識を集中させるな。  標的に照準をあわせたまま、引き金を『絞る』」  銃の携帯の仕方から、構え方、空薬莢の抜き方、銃弾の込め方まで、一連の動作をデモンストレーションしたところで、M19はふたたび千帆の手の内にかえってきた。  見よう見まねで銃を構える千帆に、激しい檄が飛んだ。 「銃は遠距離から攻撃できるだとか、6発あるから余裕だなんて考えは捨てろよ。  1発で仕留めろ。1発撃てばもう終いだ。  たとえれば、ギャンブルと同じ心理だな。  撃ちはじめちまったら、次こそ当たるだろう、次こそ当たるだろうとすがっちまう。  6発の中に『当たりくじ』が入っていない可能性を、人は直視できなくなる。  気づいたときには距離のアドバンテージなんてもんは皆無になっちまってる。  結末は、いわなくてもわかるな?  これが武器になるなんて考えは捨てな。  下手に撃てば、互いに引けなくなる。  銃声は別の敵を引き寄せる。  銃を撃つ状況はどちらかがすでに詰んでる状況だと思え。さっきの鼠みてーにな。  確実に殺すために撃ちな」  小一時間ほど経ったころ、ようやくプロシュートの指導は終わった。  約1kgの銃を、暴発に注意しながら扱う作業は想像以上に千帆を疲れさせた。  紙から出てきたドーナツと水で休憩をとる千帆に対して、プロシュートは静かに語る。 「嬢ちゃんは、なぜオレに殺されないか不思議に思っていたな。  おそらく理解できないだろうが、オレはこう考える。  単純に、“力”を持つことは素晴らしい。それを行使することも。  しかしそれは“強さ”とは違う、とな。  最終的には『持っている』人間が生き残る。  力の優劣とは、また別の次元の問題だ」  千帆が困ったように首を傾げる。  プロシュートがなにを言いたいのかわからなかった。 「この6時間の間に76人が死んだ。  力の優劣がすべてを決めるなら、嬢ちゃんはとっくに死んでるはずだ」  そこでプロシュートは言葉を切った。  どこか、痛ましい色がその瞳に浮かんでいるのを千帆は見逃さなかった。 (『暗殺チーム』と言っていた。  この人も、誰か大切な人を失ったのかもしれない)  プロシュートの言いたいことが千帆にはよくわからない。  『持っている』人間の話と、自分を殺さないという話は結びつかないように思える。   それに彼が言ったとおり、自分は特殊な力も、武器を扱える腕も、頼りにできる友人もいない人間だ。  『持っている』人間にあたるとは思えない。  けれど頭で理解できないことが、心で理解できることもある。  プロシュートの言葉が、行動が、千帆に勇気の心を芽生えさせようとしていたのは確かだった。 「私、小説を書くんです。  元の世界に戻って。絶対に」 「……そうか」  プロシュートの返答はそっけない。  しかし千帆はプロシュートを信頼しつつあった。  かつて好きになった人は、彼のような強さをもつ男だった。 「さて、オレはそろそろここを出る。  この6時間ほとんどこの近辺から動いてないんでね。  欲しいのは仲間と情報だ。むかうのは当然人が集まる場所になる」  荷物を肩にかつぎあげながらプロシュートが、足元のほこりを払う。 「ついてくるなら忠告くらいはしてやるが、オレは嬢ちゃんを助けない。  その兄貴とやらを探すも、ここに篭城するも、好きにしな」  振り返りもせず歩き出す。  その背を追って、千帆は迷いなく立ち上がった。  それを気配で感じ、プロシュートがうっすらと笑う。 「後悔するなよ“千帆”」 「……はい!」 【G-8 フロリダ州立病院内/1日目 朝】 【プロシュート】 [スタンド]:『グレイトフル・デッド』 [時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時 [状態]:体力消耗(中)、色々とボロボロ [装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 30/60) [道具]:[[基本支給品]](水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具 [思考・状況] 基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還 0.暗殺チームを始め、仲間を増やす 。 1.この世界について、少しでも情報が欲しい。 2.双葉千帆がついて来るのはかまわないが助ける気はない。 【双葉千帆】 [スタンド]:なし [時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前 [状態]:体力消費(中)、精神消耗(中) 、涙の跡有り [装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24) [道具]:基本支給品、露伴の手紙、救急用医療品、ランダム支給品1 (確認済み。武器ではない) [思考・状況] 基本的思考:ノンフィクションではなく、小説を書く。 0.プロシュートと共に行動する。 1.[[川尻しのぶ]]に会い、早人の最期を伝える。 2.琢馬兄さんに会いたい。けれど、もしも会えたときどうすればいいのかわからない。 3.露伴の分まで、小説が書きたい。 【備考】 プロシュートは千帆から、千帆の知っている人物等の情報を得ました。 千帆はプロシュートから情報を得ていません。 千帆はランダム支給品を確認しました。支給品は1つで、武器ではありません。 ウィルソン・フィリップス上院議員の不明支給品は【ドーナツ@The Book】のみでした。 【ドーナツ@The Book】 双葉千帆の好物で彼女がよく買い食いしていた。 杜王町に店をかまえていたが、The Bookの終盤では閉店してしまっている。 [[蓮見琢馬]]はドーナツの形状を哲学的で女性的だと評している。 ちなみに千帆の父親である双葉照彦の好物も娘と同じドーナツである。 *投下順で読む [[前へ>ああ、ロストマン、気付いたろう]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>聖堂に運ばれた2人の男]] *時系列順で読む [[前へ>ああ、ロストマン、気付いたろう]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>聖堂に運ばれた2人の男]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |089:[[Requiem per Mammone (前編)]]|[[プロシュート]]|131:[[死神に愛された者たち]]| |089:[[Requiem per Mammone (前編)]]|[[双葉千帆]]|131:[[死神に愛された者たち]]|

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