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本当の気持ちと向き合えますか? - (2013/12/19 (木) 10:02:26) の1つ前との変更点

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 車は市街地をのろのろと進む。  川尻しのぶは、運転席に座る空条承太郎の顔色をうかがっては前を向き、話しかけようとして口をつぐむ、そんなことを繰り返していた。  彼女がなにか話しだそうとしていることに、承太郎は気づいている。しのぶも、彼が気づいていることに気づいている。  しかし二人の間に会話はなかった。  のろのろ進む車と同じように、わだかまった空気が二人を取り巻き、車中を支配していた。  やがて、意を決したようにしのぶが口を開いた。 「さっき、…………死んだ、あの人、死ななければならないほどのことをしたの? って思うんです。  空条さんはあの人のことを知っているみたいでしたけど、  こんな、殺し合いをしろだなんていわれて、あの人、怯えているようにも見えました。  『危険人物』として、処理しなければならない人だったのか、わたしには……」 「あの男、スティーリー・ダンは疑いようのない人殺しで、他人の命をなんとも思わねぇクズだ。  ヤツは俺たちを殺す気でいた。かつて対峙したときも、先ほども。  すでに攻撃もなされていた。あなたが気づかなかっただけで」 「でも、あんな一瞬で、……無力にするだけで十分だったかもしれないのに……」  承太郎が静かにため息をついた。 「聞き出すほどの情報もないと俺は判断した。  手足を縛ったところでスタンドを封じることはできねぇ。  気を失わせれば無力化はできる。が、そうしたところでなんの役にも立ちやしない」 ――だからスティーリー・ダンを殺したのは正しい判断だった。  承太郎はしのぶを見ようともしない。その目はあくまで窓の外に向けられている。  車中に静寂が舞い戻る。それきり、話しは終わる。  と、思われた。  少なくとも承太郎はそう思っていたのだが、しのぶは違ったらしい。  彼女は逆に息巻いてまくし立てた。 「でも、判断が間違っている可能性もあるじゃないッ!  よくわからないけど、人によって『未来』から来た人、『過去』から来た人、それぞれ違うんでしょ!?  誤解して間違いを犯してしまう人もいるかもしれないわ。  こんな状況だし、誰かを守るために闘おうとしている人、目的があって悪人と協力している人もいるかもしれないじゃない。  アナスイさんが嘘をついている可能性や誤解している可能性だってゼロじゃないわ。  その状況でプッチという人の仲間に出会ったら、その人が悪人ではなさそうだったら、空条さんは」   「すでに、話してあるはずだ。  俺は、俺の判断により危険人物を排除すると。  あなたはそれを承知でついてくるといった。  俺にあなたを守る義務はない。  俺の判断基準について、あなたを納得させる必要もない」  しのぶの早口を遮り、単純な説明を繰り返すように承太郎がいう。  声をあらげるわけでもなく、ただ、淡々と、ゆっくりと。  ぐっと言葉につまり、息だけは荒くしのぶが顔を歪める。  でも、でも、と子供のように話の糸口を探す。 「でも……、わたし、ひどい母親でした」  話の飛躍に承太郎は閉口する。  なぜ感情を優先して、非論理的な話し方をしたがるのだろう。彼女もそうだった。  過去を思い出し、承太郎の目がかすかに遠くなった。  そんな彼の様子などおかまいなしにしのぶは話し続ける。 「早人のこと、むかしは全然かわいいと思いませんでした。  生まれた頃はかわいいと思ったこともあったけど、自己主張するようになってからは手に負えなくて。  あの子がなにを考えてるかわからなくて、不気味に思ってました。自分の、子供なのに。  あの人に対してもそう、回りがかっこいいっていうから、優越感からつきあって、そのまま結婚して……  あの人はなにもいわなかった。それすら不満に思ってました。  なんて『つまらない』男なんだろう、って」  『つまらない』といったとき、しのぶははっきりと嫌悪の表情を浮かべていた。 「あの人がいなくなって、生活していけなくなって、わたしと早人は以前に住んでいたのよりずっとぼろいアパートに越しました。  せまいアパートで、二人で暮らすようになって、わたし……、  ようやく、……あの人の真面目さがわたしたちへの愛情だったことに、気づいたんです。  給料が安くても、夕飯が用意されてなくても文句も言わず、あの人はわたしと早人のために毎日働いていた。 「でも、ふとしたときに、急にムカムカした気持ちが湧き上がってくることがあって、  隣の部屋から、薄い壁を通して、幸せそうな声が聞こえてくるとき、  どこからか、わいた虫をゴミ箱に捨てるとき、  くだらないことで早人と言い争ったとき……、すごくつらくなって、  何故もっと早く気づかせてくれなかったの、直接いってくれたなら、いい返してくれたならよかったのに、  こうなる前に、なにかが変わっていたのかもしれないのに、  ……って、そう何度も何度も、いなくなったあの人をなじっているんです」 「おっしゃりたいことがわかりかねます。  いま、そのことを話す必要性についても」  話の着地点がまったく見えて来ませんが。  と、承太郎が口を挟んだ。慇懃でいて、ひどく無礼な口調で。  彼は神父でもなければ、カウンセラーでもない。  無駄な話に付き合って精神を消耗させる義理はないのだ。  しのぶはいくらか傷ついた表情をしたが、 「わたしは、ひどい母親でした」  しっかりと承太郎の瞳を見据え、もう一度繰り返した。 「でも、いまは、息子を、早人を愛しています。あの人のことも。  わたしは十一年間気づかなかった。それでも、わたしは、自分がむかしとは変わったはずだと、信じます。  『人』の本性は変わらないと、空条さんは考えますか?」  しのぶは、どこか焦っているように頬を紅潮させている。  いい足りないようにも見えたが、彼女はそれきり喋らなかった。  承太郎は、やはりしのぶを見ようとはしなかった。  彼にしては長いこと黙り込んでいたが、やがて、口火を切る。  その声色には、あからさまな侮蔑の念がこめられていた。 「川尻さん、あなたは……、  さきほどのスティーリー・ダンも、そして吉良吉影も、プッチとかいう野郎も、更正の可能性があるといいたいのか……?  排水溝のネズミにも劣るゲス野郎にも反省の機会を与えれば、生まれ変わる可能性があると。  俺にそれを見極めろというのか?  この、殺し合いの場で。肉親を亡くしてなお。  その必要があると、そういいたいのかッ!?」  しのぶは、これほど多弁になった承太郎を見たことがなかった。  承太郎はそのまましのぶの返答も待たず、言い募る。 「俺はいい父親とはいえなかった。あなたと同じだ。  娘の行事に顔を出したことは一度もない。  あいつが望むように、なにかしてやれたことはなにもない。  いつも、怨みがましい目であいつは俺を見ていた」  承太郎の双眸がしのぶに向けられる。暗緑色の瞳は激しい感情を映し燃えていた。 「俺は娘を愛している。心の底から『愛していた』。  だが、人は……、人の本性は変わらない。  俺はいい父親にはなれなかった。今までも、これからもだ」 ――その機会は、永遠に失われてしまったのだから。 「どんな方便をいったところで変わらない。  あなたは……、あなたが思いこんでいるようには変わっていない。  おそらく、あの『吉良吉影』を想っていた頃と、少しも……」  承太郎が視線を逸らす。彼の声は次第に小さくなっていった。 「人道を説くのはあなたの勝手だ。  だが、あなた自身は…………」 (自分の、本当の気持ちに、向き合えるのか?)  最後は言葉になっていなかった。  車中の熱気が急速に去っていく。  承太郎は少しばつが悪そうに窓の外を眺めていた。  しのぶは深くうなだれている。細いあごの先から、水滴がパタリと落ちた。  それきり、なんの物音もしない。  車はいつの間にか止まっていたらしい。  承太郎が車を降り、ドアを閉めた。  足早に去っていく。振り返りもせず、ただまっすぐに。  すぐに足音も聞こえなくなった。晴天の下、のんびりとした空気の中にしのぶはただひとり残される。  こんなことを話そうと思っていたのではない。  と、しのぶは自分の無力さに打ちひしがれる。  頭の中には、論理的な話の道筋ができていたはずだった。それなのに。  話し始めるとつい感情に流され、けんか腰になってしまっていた。  承太郎を糾弾したかったわけではない。  まして『吉良吉影をかばおう』としていたわけではなかった。  たしかに、あまりに一方的な惨殺劇は、ショックだった。  『見張られている』という緊張感、銃を持ち出されたときの恐怖、転がってきた生首の衝撃。  大の大人の首が、あんなにも一瞬で、簡単に……。  衝撃から遅れてやってきたのは哀れみだった。  川尻しのぶはスティーリー・ダンを知らない。  もしかしたら、彼は殺人者でありながら、家庭では優しい人間だったのかもしれない。そう考えてしまう。  身内に優しい犯罪者など、客観的に見ればそれこそ処断されるべき人間だとは思う。  それでも、胴体と切り離された頭のヴィジョンは、哀れみを誘わずにはいられなかった。  そして『吉良吉影』への未練がまったくない、といえば嘘になる。  夫が初めて自分で夕食を作ったあの日――あの瞬間から、夢見がちな少女のようなドキドキした日々を過ごした。  その淡い感触は、罪悪感を伴って、いまもまだこの胸の内にある。  死んだはずの吉良吉影が存在している。  その人は連続殺人鬼だというけれど、もしかしたら、自分をかばってくれたときの彼が『本当』の彼で、心根は優しい人間なのかもしれない。  どうかしてると思いながら、それを期待している自分も認めざるを得なかった。  自分が夫や息子への愛情を得ることができたのは、逆説的には吉良吉影のおかげという事実を、正当化したいのかもしれない。  吉良吉影が、本質的には真っ当な人間であったから、彼との一時的な生活が、自分を変えた、と。そう、自分を納得させたいだけなのかもしれない。  それを承太郎に指摘されたため、しのぶは言い返せなかった。  夫を亡くし、息子を亡くし、それでも『危険人物』の排除を止めて欲しいなんて、身勝手でとち狂っている。  しかも最愛の娘と母親を亡くした人に対していったのだ。  けれど、吉良吉影との再会を承太郎に甘えて、彼の温情にすがって行おうなどとは、しのぶも考えていない。  しのぶは、ただ、承太郎を止めたかったのだ。  承太郎が『殺人者』になったときから感じるしのぶ自身の苦しみを、彼女は承太郎がひた隠す内心そのものだと感じていた。  感じてはいたけれど、うまく言い表せない。  言い出したとたんになにか別のものに変わってしまう。  無差別に人を殺すのは悪人で、悪人を懲らしめる必要な人が必要というのは理解できる。  罰されるべき人間、罰されるべき罪は存在する。 (でも、どこまでが許される罪で、どこからが罰される罪なの?  その判断を一人の人間に負わせてしまっていいの?  あんなに……、優しい人なのに)  人を殺したあとの承太郎の瞳を、しのぶはもう見たくなかった。  あの目を見ているとつらく、悲しい気持ちになる。 (でも、どうすれば……?)  アナスイ青年は力で承太郎を止めようとして、返り討ちにあった。  純粋な力で、承太郎にかなう人間なんているのだろうか。 (わたしの、本当の気持ち……)  額に手をあてて考える。  息子の顔が、夫の顔が、まだ見ぬ吉良吉影のぼんやりとした輪郭が、そして空条承太郎の寂しげな横顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。  うめきながら顔をあげる。  少し落ち着いたためか、周囲を見渡す余裕ができていた。  車外を見れば見慣れた景観、杜王町のぶどうが丘高等学校がすぐ目の前にあった。 「あっ……」  しのぶがなにかに気づき、声をあげる。  その視線の先にあるのは高等学校のグラウンドだった。  不自然に土が盛り上がり、よくみればすぐ脇に大きな穴があいている。  人を埋めようとして穴を掘れば、あれくらいの土が積み上がるだろうか。 (空条さんは、あれを調べるために出て行った……?)  ついに愛想を尽かされたわけではないらしい。  いくらか希望を取り戻し、しのぶも車を降りた。  足元に、小さなシミのようなものがあるのに気づき、目をこらす。  血痕だった。  よく見れば点々と標のように残されている。  不安な気持ちを抱えたまま、小走りに人けのないグラウンドを横切った。 「……なにも、いないわ」  おそるおそる穴を覗き込み、しのぶは少し安堵した。  土塊の横の大きな穴の底には乾燥して白くなった地肌がのぞいている。  正直、無残な死体が転がっていることを覚悟していた。  自分の墓を掘らせて殺す。そんな、どこかで聞いた拷問方法を、置かれた状況から連想してしまっていたのだ。 (なら、空条さんは、どこへ……?)  そう思ったとき、ふと程近い茂みの向こう側が気になった。  白い塊がちらちらと見え隠れしているように思える。  胸が早鐘を打つ。  見ない方がいい。と頭の中から警告がグワングワンと響いていたが、足は自然とそちらへ向かう。  白い布地になにかがくるまれている。  ミイラのようなそれは、ところどころが点々と赤黒い。  布の隙間に手を伸ばす。  厚い布地からあらわれた、それは――――  血で固まった逆立てた銀髪。  威圧的にせりでた額。  眼帯によって隠された、顔の右半分を十字によぎる古傷。  すでに絶命した白人男性の顔……。 「うぅ……」  目を背け、後ずさる。吐き気をこらえるのでやっとだった。  川尻しのぶに知る由はないが、それは承太郎の旧友J・P・ポルナレフの死体。  アヴドゥルは親友を埋葬しようとして思い止め、ビーティーと手を組んだ際にポルナレフを置き去った。  埋めてしまうのがしのびなかったため、彼らは死体を茂みへと隠していったのだ。  アヴドゥルが背負って歩くには文字通りただの『荷物』であると、当然の判断だった。  親友を置いて去るのにはあまりに簡素、手を抜いた後始末に見えないこともなかったが、  手を組んだばかりのビーティーを私事に長時間付き合わせるわけにはいかないという、アヴドゥルの苦渋の判断がそこには垣間見られた。  が、しのぶにそれを知るすべはない。  そこにあるのは、頭を割られて絶命したと見られる男の死体。  なぜ穴を掘っておきながら埋葬されずに置き去られていたのか。埋葬をしようとした人間と殺害した人間は異なるのか。  結論を出すことも不可能だった。  おそらく承太郎も同じような思考をたどったのだろう。  近くに犯人の痕跡があるかもしれない。  そう考え、見渡してみれば、校舎の一階に窓ガラスが割れている箇所がある。  承太郎はそこに向かったに違いない。 (もし、この人を殺した人と、空条さんが鉢合わせたら……?)  胸がざわざわする。いてもたってもいられず、しのぶは走り出した。    *   *   *  割れた窓ガラス。熱でひしゃげた金枠。無数の弾痕。  プラスチックの焦げた匂い。腐臭。かすかに混じる、血の匂い。  ぶどうが丘高等学校の校舎の中を空条承太郎は歩いていた。 (火事、か……?)  それにしては燃え方が局所的で、爆発物にしては床面の破壊が少ない。と、承太郎は思った。  金属が溶けるほどの高熱が発されたはずなのに、火は自然に消えている。  燃えカスが少ない点も不自然だった。一瞬の発火と同時の鎮火。化学的な現象とは思えない。  というより、実のところひとりの知り合いの『能力』を承太郎は思い出していた。  情に厚く、生真面目な男の『炎を操る能力』を。  1年B組の教室に入ったとき、腐臭がひどくなった。  原因はじっくりと探すまでもなくすぐに判明する。  人間のような四肢を持ってはいるが、とても人間とは思えない形相をした化け物が教室の中央で絶命していた。  ところどころが炭化し、凄絶さに色を添えている。  承太郎は無表情に、焼死体とその周囲を検分した。  死体はすでに冷たくなっている。数時間前に絶命したと思われた。  死体の周囲には机とイスが放射状になぎ倒されている。  どうやら化け物は隣の1年C組の教室を突き抜け、ここまで吹き飛ばされてきたらしい。  穴の向こうにいっそう煤だらけの机やイスが散乱しているのが見えた。  C組もB組と変わらない、いや、それ以上の腐臭と血の臭いが充満していた。  死体はどこにもなかったが、ここで殺し合いが行われたとはっきり理解できるほどの血が床に広がっている。  学校にはあつらえ向きのサッカーボールが、赤く血に染まっている様がある種不釣り合いだった。  そして床の上には、ドロドロに溶けたおぞましい『なにか』がある。  『星の白金』を発現させドロドロの『なにか』を解剖してみる。  臓物をこねくり回して焼き上げたような異様な物体は動かない。  それが生物だったとしたら、すでに絶命しているようだった。  これ以上この教室を調べてもなにも利はあるまい。そう判断した、そのときだった。  ずずっ、と引きずるような足音が廊下の方から聞こえてきたのは。 (化け物の仲間か?)  学校を根城にし、迷い込んだ人間を惨殺する化け物を思い描いてみる。  ポルナレフを斬殺したのは彼らだろうか。  戦闘の予感を感じながら、あくまで冷静に、承太郎は教室を後にする。  廊下に出てみれば、50メートルほど向こうにひょろりと長身の男の姿があった。  男の足取りは重い。脚を引きずるように全身を上下させている。  怪我をしているのか右腕を無気力にぶらぶらとゆらし、左腕で空気を『掻く』ようにしてこちらへ歩いて来る。  二人の間が10メートルほどの距離になったとき、男は足を止めた。  顔をあげ、話しだそうとして、むせ、ベッと口中のものを吐き出す。  黒ずんだ床の上に、真っ赤な鮮血が散った。 「……エシディシという男を知らないか。  民族衣装の様な恰好をして、がっちりとした体つきの2メートル近い大男だ。  鼻にピアスを、両耳に大きなイヤリングをしていて、頭にはターバンの様なものも巻いていた」  今にも倒れてしまいそうな、か細い声で男は語る。  ぜいぜいと喉がなり、何度もつばを飲み込んでいた。 「放送を聞かなかったのか?  エシディシという男は名前を読み上げられた。  『すでに死んでいる』」  承太郎のにべもない返答に、リンゴォの灰白色の瞳が暗く沈みこむ。  モゴモゴとなにか、聞き取れないことを自嘲気味に呟いて、ふたたび彼は歩き出した。  承太郎は微動だにしない。が、彼はリンゴォを見送らなかった。 「人を殺しそうな目をして、人探し、か。  死んだはずの男になんの用だ?」 「………………」  リンゴォは答えない。そのまま通り過ぎようとする。  彼の腰に差したナイフが承太郎の目を引いた。  どこかで見たことがある小振りのナイフは、血曇りで汚れている。 「そのナイフ……、野ウサギでも捌いたのか?  ここで、なにをしていた」  ゆきかけていたリンゴォが、歩みを止める。  上体だけをひねった姿勢で彼は承太郎を見つめた。  その血走った瞳が映すは、純然たる『憎悪』の感情。 「貴様には関係のないことだ、『対応者』」 「ほ……う……」    *   *   * 「はぁ……はぁ……」  まともな運動をしなくなって何年経っただろう。  少し走っただけで息があがってしまう。  心だけが急く状況で、高等学校のグラウンドは川尻しのぶにとってやたら広く感じられた。  空条承太郎は優しい。  だからこそ、彼はもう迷わない。  いまの彼はきっとすべての危険人物を排除してしまう。  時間軸の違いから生じる無知、誤解から殺人を犯してしまう人、『彼自身』が救いたいと願う人も、許したいと思った人も、  『危険人物だから』  その判断さえあれば彼は殺してしまうだろう。  でも、そうやってすべての危険人物を排除したとき。  あなたのそばには誰が残っているの?  最後に滅ぼすのは、もっとも許せない、ほかならぬ自分自身じゃないの? 「空条さん……ッ!」  しのぶが空条承太郎の後ろ姿を見つけたとき、すべては『終わった』あとだった。  彼の足下には壮年男性が横たわっており、その胸には、承太郎が所持していなかったナイフが突き刺さっている。  男が承太郎に襲いかかろうとしたのか、あるいは会話から承太郎が危険人物と判断したのかは、もうわからない。  男のこけた頬には血の気がなく、地面に流れ出た血液はすでに手遅れだということを暗示していた。  承太郎はしのぶを見留め、少しだけ意外そうな顔をする。 「どうして、どうして……ッ!!」  しのぶが、わっ、と泣き出し、くずおれる。  承太郎はなにも語らない。しのぶに対してなにかを説明する義務はもう微塵も感じていないようだった。  しのぶを横目にリンゴォの荷物を探り始める。  その手が一枚の折りたたまれた紙を見つけたとき、はたと、止まった。  それに気づいたしのぶが、泣きながらも不思議そうな表情を浮かべる。  いまや見慣れた『支給品』が出てくる紙を、なぜ承太郎は注視するのだろう。  緊張した様子で承太郎が紙を開く。  現れたのは、奇妙な形をしたロケットペンダントだった。  虫のようにも見えるそのフォルム。  チェーンもついていないそれを『ロケットだ』としのぶが判別できたのは、承太郎がそれを開いてみせたからだ。  中を確認し息を呑む。 「…………ッ!!」  安堵でもない。驚きでもない。  哀しみに似た感情が、承太郎の顔面を、さっ、とかけめぐった。  彼の無骨な手の中でロケットがパキリと小さな音をたてる。  彼が泣いているのかと、しのぶは思った。  それほどまでに沈痛な表情で、長いこと、承太郎は双眸を閉じていた。  だらりと下げた手の隙間から、いびつな形になってしまったロケットが転がり落ちる。  彼が目を開いたとき、承太郎は表情はサイボーグのようなそれにまた戻っていた。  承太郎が立ち上がる。校舎の出口へと向かう足取りに迷いはない。  追いかけようと、立ち上がりかけたしのぶの目の隅で、ロケットがチカリと光った。  承太郎が捨てていったなんの役に立つかもわからないロケットを、迷いつつ、しのぶは手に取った。  急いで走り出し、承太郎の横に並ぶ。 (わたし、あなたを止めてみせる……ッ)  挑むように睨み付ける。  承太郎はその視線を受け流すように、ただ前を向いていた。    *   *   * 「フ……フフ……、これが……果てか…………」  その胸に短刀が突き立てられたとき、リンゴォ・ロードアゲインは笑っていた。  時を巻き戻す能力を所持した彼は、止まった時の中でも、そこで起きていることをすべて認識していた。  承太郎が不快感をあらわに睨みつける。  見知らぬ、死にかけの男が止まった時を認識できたことが意外で、気に入らなかった。  スティーリー・ダンが浮かべた驚愕の表情とは違う。  死を理解して、なお、男は嘲るように笑う。 「フフ……ハ、ハハハハハ…………」  時が動き出し、リンゴォの長身が崩れ落ちる。  名は、と問いかけた承太郎を無視し、彼は笑い続けていた。  全身をひきつらせ、血を吐きながら、地面をのたうつように、笑う。  実際には痙攣がそうさせていたのだが、すべてが承太郎には不快だった。  呪詛のようなその声が。宙をさまようその視線が。  アナスイの彷徨が。  ポルナレフの死に顔が。  しのぶの熱情的な双眸が。  結果的に彼女を連れまわしていることに意味などない。意味などないのだ。  川尻しのぶの手の内では、いびつになったロケットの奥で、一組の男女が、穏やかな表情を浮かべている。 &color(red){【リンゴォ・ロードアゲイン 死亡】} &color(red){【残り 56人】} 【C-7 ぶどうが丘高校 / 1日目 昼】 【空条承太郎】 [時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。 [スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』 [状態]:??? [装備]:煙草、ライター、家出少女のジャックナイフ、ドノヴァンのナイフ、カイロ警察の拳銃(6/6 予備弾薬残り6発) [道具]:基本支給品、上院議員の車、スティーリー・ダンの首輪、DIOの投げナイフ×3、ランダム支給品4~8(承太郎+犬好きの子供+織笠花恵+ドルチ/確認済) [思考・状況] 基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。 0.??? 1.始末すべき者を探す。 2.ポルナレフの死の間際に、アヴドゥルがいた? 【川尻しのぶ】 [時間軸]:The Book開始前、四部ラストから半年程度。 [スタンド]:なし [状態]:精神疲労(中) すっぴん [装備]:なし [道具]:基本支給品、承太郎が徐倫におくったロケット、ランダム支給品1~2(確認済) [思考・状況] 基本行動方針:空条承太郎を止めたい。 1.どうにかして承太郎を止める。 2.吉良吉影にも会ってみたい。 【備考】 承太郎はポルナレフの死体を発見し、ぶどうが丘高等学校の一階部分を探索しました。 リンゴォが所持していた道具の内、折れていない3本を承太郎が回収し、折れている2本は基本支給品とともに放置しました。 リンゴォが装備していたナイフはリンゴォの死体の胸部に突き刺さっています。 リンゴォのランダム支給品の残り一つが【承太郎が徐倫におくったロケット】でした。 しのぶはロケットの中身をまだ見ていません。 【承太郎が徐倫におくったロケット@6部】 徐倫の危機に承太郎がおくったロケット。 矢の欠片は入っていなかった。 潜水艇の探知機能に反応するかは不明。 *投下順で読む [[前へ>Nobody Knows]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>相性]] *時系列順で読む [[前へ>Nobody Knows]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>相性]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |114:[[スター・プラチナは笑わない]]|[[川尻しのぶ]]|148:[[大乱闘]]| |114:[[スター・プラチナは笑わない]]|[[空条承太郎]]|148:[[大乱闘]]| |131:[[死神に愛された者たち]]|[[リンゴォ・ロードアゲイン]]|&color(red){GAME OVER}|
 車は市街地をのろのろと進む。  [[川尻しのぶ]]は、運転席に座る[[空条承太郎]]の顔色をうかがっては前を向き、話しかけようとして口をつぐむ、そんなことを繰り返していた。  彼女がなにか話しだそうとしていることに、承太郎は気づいている。しのぶも、彼が気づいていることに気づいている。  しかし二人の間に会話はなかった。  のろのろ進む車と同じように、わだかまった空気が二人を取り巻き、車中を支配していた。  やがて、意を決したようにしのぶが口を開いた。 「さっき、…………死んだ、あの人、死ななければならないほどのことをしたの? って思うんです。  空条さんはあの人のことを知っているみたいでしたけど、  こんな、殺し合いをしろだなんていわれて、あの人、怯えているようにも見えました。  『危険人物』として、処理しなければならない人だったのか、わたしには……」 「あの男、[[スティーリー・ダン]]は疑いようのない人殺しで、他人の命をなんとも思わねぇクズだ。  ヤツは俺たちを殺す気でいた。かつて対峙したときも、先ほども。  すでに攻撃もなされていた。あなたが気づかなかっただけで」 「でも、あんな一瞬で、……無力にするだけで十分だったかもしれないのに……」  承太郎が静かにため息をついた。 「聞き出すほどの情報もないと俺は判断した。  手足を縛ったところでスタンドを封じることはできねぇ。  気を失わせれば無力化はできる。が、そうしたところでなんの役にも立ちやしない」 ――だからスティーリー・ダンを殺したのは正しい判断だった。  承太郎はしのぶを見ようともしない。その目はあくまで窓の外に向けられている。  車中に静寂が舞い戻る。それきり、話しは終わる。  と、思われた。  少なくとも承太郎はそう思っていたのだが、しのぶは違ったらしい。  彼女は逆に息巻いてまくし立てた。 「でも、判断が間違っている可能性もあるじゃないッ!  よくわからないけど、人によって『未来』から来た人、『過去』から来た人、それぞれ違うんでしょ!?  誤解して間違いを犯してしまう人もいるかもしれないわ。  こんな状況だし、誰かを守るために闘おうとしている人、目的があって悪人と協力している人もいるかもしれないじゃない。  アナスイさんが嘘をついている可能性や誤解している可能性だってゼロじゃないわ。  その状況でプッチという人の仲間に出会ったら、その人が悪人ではなさそうだったら、空条さんは」   「すでに、話してあるはずだ。  俺は、俺の判断により危険人物を排除すると。  あなたはそれを承知でついてくるといった。  俺にあなたを守る義務はない。  俺の判断基準について、あなたを納得させる必要もない」  しのぶの早口を遮り、単純な説明を繰り返すように承太郎がいう。  声をあらげるわけでもなく、ただ、淡々と、ゆっくりと。  ぐっと言葉につまり、息だけは荒くしのぶが顔を歪める。  でも、でも、と子供のように話の糸口を探す。 「でも……、わたし、ひどい母親でした」  話の飛躍に承太郎は閉口する。  なぜ感情を優先して、非論理的な話し方をしたがるのだろう。彼女もそうだった。  過去を思い出し、承太郎の目がかすかに遠くなった。  そんな彼の様子などおかまいなしにしのぶは話し続ける。 「早人のこと、むかしは全然かわいいと思いませんでした。  生まれた頃はかわいいと思ったこともあったけど、自己主張するようになってからは手に負えなくて。  あの子がなにを考えてるかわからなくて、不気味に思ってました。自分の、子供なのに。  あの人に対してもそう、回りがかっこいいっていうから、優越感からつきあって、そのまま結婚して……  あの人はなにもいわなかった。それすら不満に思ってました。  なんて『つまらない』男なんだろう、って」  『つまらない』といったとき、しのぶははっきりと嫌悪の表情を浮かべていた。 「あの人がいなくなって、生活していけなくなって、わたしと早人は以前に住んでいたのよりずっとぼろいアパートに越しました。  せまいアパートで、二人で暮らすようになって、わたし……、  ようやく、……あの人の真面目さがわたしたちへの愛情だったことに、気づいたんです。  給料が安くても、夕飯が用意されてなくても文句も言わず、あの人はわたしと早人のために毎日働いていた。 「でも、ふとしたときに、急にムカムカした気持ちが湧き上がってくることがあって、  隣の部屋から、薄い壁を通して、幸せそうな声が聞こえてくるとき、  どこからか、わいた虫をゴミ箱に捨てるとき、  くだらないことで早人と言い争ったとき……、すごくつらくなって、  何故もっと早く気づかせてくれなかったの、直接いってくれたなら、いい返してくれたならよかったのに、  こうなる前に、なにかが変わっていたのかもしれないのに、  ……って、そう何度も何度も、いなくなったあの人をなじっているんです」 「おっしゃりたいことがわかりかねます。  いま、そのことを話す必要性についても」  話の着地点がまったく見えて来ませんが。  と、承太郎が口を挟んだ。慇懃でいて、ひどく無礼な口調で。  彼は神父でもなければ、カウンセラーでもない。  無駄な話に付き合って精神を消耗させる義理はないのだ。  しのぶはいくらか傷ついた表情をしたが、 「わたしは、ひどい母親でした」  しっかりと承太郎の瞳を見据え、もう一度繰り返した。 「でも、いまは、息子を、早人を愛しています。あの人のことも。  わたしは十一年間気づかなかった。それでも、わたしは、自分がむかしとは変わったはずだと、信じます。  『人』の本性は変わらないと、空条さんは考えますか?」  しのぶは、どこか焦っているように頬を紅潮させている。  いい足りないようにも見えたが、彼女はそれきり喋らなかった。  承太郎は、やはりしのぶを見ようとはしなかった。  彼にしては長いこと黙り込んでいたが、やがて、口火を切る。  その声色には、あからさまな侮蔑の念がこめられていた。 「川尻さん、あなたは……、  さきほどのスティーリー・ダンも、そして[[吉良吉影]]も、プッチとかいう野郎も、更正の可能性があるといいたいのか……?  排水溝のネズミにも劣るゲス野郎にも反省の機会を与えれば、生まれ変わる可能性があると。  俺にそれを見極めろというのか?  この、殺し合いの場で。肉親を亡くしてなお。  その必要があると、そういいたいのかッ!?」  しのぶは、これほど多弁になった承太郎を見たことがなかった。  承太郎はそのまましのぶの返答も待たず、言い募る。 「俺はいい父親とはいえなかった。あなたと同じだ。  娘の行事に顔を出したことは一度もない。  あいつが望むように、なにかしてやれたことはなにもない。  いつも、怨みがましい目であいつは俺を見ていた」  承太郎の双眸がしのぶに向けられる。暗緑色の瞳は激しい感情を映し燃えていた。 「俺は娘を愛している。心の底から『愛していた』。  だが、人は……、人の本性は変わらない。  俺はいい父親にはなれなかった。今までも、これからもだ」 ――その機会は、永遠に失われてしまったのだから。 「どんな方便をいったところで変わらない。  あなたは……、あなたが思いこんでいるようには変わっていない。  おそらく、あの『吉良吉影』を想っていた頃と、少しも……」  承太郎が視線を逸らす。彼の声は次第に小さくなっていった。 「人道を説くのはあなたの勝手だ。  だが、あなた自身は…………」 (自分の、本当の気持ちに、向き合えるのか?)  最後は言葉になっていなかった。  車中の熱気が急速に去っていく。  承太郎は少しばつが悪そうに窓の外を眺めていた。  しのぶは深くうなだれている。細いあごの先から、水滴がパタリと落ちた。  それきり、なんの物音もしない。  車はいつの間にか止まっていたらしい。  承太郎が車を降り、ドアを閉めた。  足早に去っていく。振り返りもせず、ただまっすぐに。  すぐに足音も聞こえなくなった。晴天の下、のんびりとした空気の中にしのぶはただひとり残される。  こんなことを話そうと思っていたのではない。  と、しのぶは自分の無力さに打ちひしがれる。  頭の中には、論理的な話の道筋ができていたはずだった。それなのに。  話し始めるとつい感情に流され、けんか腰になってしまっていた。  承太郎を糾弾したかったわけではない。  まして『吉良吉影をかばおう』としていたわけではなかった。  たしかに、あまりに一方的な惨殺劇は、ショックだった。  『見張られている』という緊張感、銃を持ち出されたときの恐怖、転がってきた生首の衝撃。  大の大人の首が、あんなにも一瞬で、簡単に……。  衝撃から遅れてやってきたのは哀れみだった。  川尻しのぶはスティーリー・ダンを知らない。  もしかしたら、彼は殺人者でありながら、家庭では優しい人間だったのかもしれない。そう考えてしまう。  身内に優しい犯罪者など、客観的に見ればそれこそ処断されるべき人間だとは思う。  それでも、胴体と切り離された頭のヴィジョンは、哀れみを誘わずにはいられなかった。  そして『吉良吉影』への未練がまったくない、といえば嘘になる。  夫が初めて自分で夕食を作ったあの日――あの瞬間から、夢見がちな少女のようなドキドキした日々を過ごした。  その淡い感触は、罪悪感を伴って、いまもまだこの胸の内にある。  死んだはずの吉良吉影が存在している。  その人は連続殺人鬼だというけれど、もしかしたら、自分をかばってくれたときの彼が『本当』の彼で、心根は優しい人間なのかもしれない。  どうかしてると思いながら、それを期待している自分も認めざるを得なかった。  自分が夫や息子への愛情を得ることができたのは、逆説的には吉良吉影のおかげという事実を、正当化したいのかもしれない。  吉良吉影が、本質的には真っ当な人間であったから、彼との一時的な生活が、自分を変えた、と。そう、自分を納得させたいだけなのかもしれない。  それを承太郎に指摘されたため、しのぶは言い返せなかった。  夫を亡くし、息子を亡くし、それでも『危険人物』の排除を止めて欲しいなんて、身勝手でとち狂っている。  しかも最愛の娘と母親を亡くした人に対していったのだ。  けれど、吉良吉影との再会を承太郎に甘えて、彼の温情にすがって行おうなどとは、しのぶも考えていない。  しのぶは、ただ、承太郎を止めたかったのだ。  承太郎が『殺人者』になったときから感じるしのぶ自身の苦しみを、彼女は承太郎がひた隠す内心そのものだと感じていた。  感じてはいたけれど、うまく言い表せない。  言い出したとたんになにか別のものに変わってしまう。  無差別に人を殺すのは悪人で、悪人を懲らしめる必要な人が必要というのは理解できる。  罰されるべき人間、罰されるべき罪は存在する。 (でも、どこまでが許される罪で、どこからが罰される罪なの?  その判断を一人の人間に負わせてしまっていいの?  あんなに……、優しい人なのに)  人を殺したあとの承太郎の瞳を、しのぶはもう見たくなかった。  あの目を見ているとつらく、悲しい気持ちになる。 (でも、どうすれば……?)  アナスイ青年は力で承太郎を止めようとして、返り討ちにあった。  純粋な力で、承太郎にかなう人間なんているのだろうか。 (わたしの、本当の気持ち……)  額に手をあてて考える。  息子の顔が、夫の顔が、まだ見ぬ吉良吉影のぼんやりとした輪郭が、そして空条承太郎の寂しげな横顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。  うめきながら顔をあげる。  少し落ち着いたためか、周囲を見渡す余裕ができていた。  車外を見れば見慣れた景観、杜王町のぶどうが丘高等学校がすぐ目の前にあった。 「あっ……」  しのぶがなにかに気づき、声をあげる。  その視線の先にあるのは高等学校のグラウンドだった。  不自然に土が盛り上がり、よくみればすぐ脇に大きな穴があいている。  人を埋めようとして穴を掘れば、あれくらいの土が積み上がるだろうか。 (空条さんは、あれを調べるために出て行った……?)  ついに愛想を尽かされたわけではないらしい。  いくらか希望を取り戻し、しのぶも車を降りた。  足元に、小さなシミのようなものがあるのに気づき、目をこらす。  血痕だった。  よく見れば点々と標のように残されている。  不安な気持ちを抱えたまま、小走りに人けのないグラウンドを横切った。 「……なにも、いないわ」  おそるおそる穴を覗き込み、しのぶは少し安堵した。  土塊の横の大きな穴の底には乾燥して白くなった地肌がのぞいている。  正直、無残な死体が転がっていることを覚悟していた。  自分の墓を掘らせて殺す。そんな、どこかで聞いた拷問方法を、置かれた状況から連想してしまっていたのだ。 (なら、空条さんは、どこへ……?)  そう思ったとき、ふと程近い茂みの向こう側が気になった。  白い塊がちらちらと見え隠れしているように思える。  胸が早鐘を打つ。  見ない方がいい。と頭の中から警告がグワングワンと響いていたが、足は自然とそちらへ向かう。  白い布地になにかがくるまれている。  ミイラのようなそれは、ところどころが点々と赤黒い。  布の隙間に手を伸ばす。  厚い布地からあらわれた、それは――――  血で固まった逆立てた銀髪。  威圧的にせりでた額。  眼帯によって隠された、顔の右半分を十字によぎる古傷。  すでに絶命した白人男性の顔……。 「うぅ……」  目を背け、後ずさる。吐き気をこらえるのでやっとだった。  川尻しのぶに知る由はないが、それは承太郎の旧友J・P・ポルナレフの死体。  アヴドゥルは親友を埋葬しようとして思い止め、[[ビーティー]]と手を組んだ際にポルナレフを置き去った。  埋めてしまうのがしのびなかったため、彼らは死体を茂みへと隠していったのだ。  アヴドゥルが背負って歩くには文字通りただの『荷物』であると、当然の判断だった。  親友を置いて去るのにはあまりに簡素、手を抜いた後始末に見えないこともなかったが、  手を組んだばかりのビーティーを私事に長時間付き合わせるわけにはいかないという、アヴドゥルの苦渋の判断がそこには垣間見られた。  が、しのぶにそれを知るすべはない。  そこにあるのは、頭を割られて絶命したと見られる男の死体。  なぜ穴を掘っておきながら埋葬されずに置き去られていたのか。埋葬をしようとした人間と殺害した人間は異なるのか。  結論を出すことも不可能だった。  おそらく承太郎も同じような思考をたどったのだろう。  近くに犯人の痕跡があるかもしれない。  そう考え、見渡してみれば、校舎の一階に窓ガラスが割れている箇所がある。  承太郎はそこに向かったに違いない。 (もし、この人を殺した人と、空条さんが鉢合わせたら……?)  胸がざわざわする。いてもたってもいられず、しのぶは走り出した。    *   *   *  割れた窓ガラス。熱でひしゃげた金枠。無数の弾痕。  プラスチックの焦げた匂い。腐臭。かすかに混じる、血の匂い。  ぶどうが丘高等学校の校舎の中を空条承太郎は歩いていた。 (火事、か……?)  それにしては燃え方が局所的で、爆発物にしては床面の破壊が少ない。と、承太郎は思った。  金属が溶けるほどの高熱が発されたはずなのに、火は自然に消えている。  燃えカスが少ない点も不自然だった。一瞬の発火と同時の鎮火。化学的な現象とは思えない。  というより、実のところひとりの知り合いの『能力』を承太郎は思い出していた。  情に厚く、生真面目な男の『炎を操る能力』を。  1年B組の教室に入ったとき、腐臭がひどくなった。  原因はじっくりと探すまでもなくすぐに判明する。  人間のような四肢を持ってはいるが、とても人間とは思えない形相をした化け物が教室の中央で絶命していた。  ところどころが炭化し、凄絶さに色を添えている。  承太郎は無表情に、焼死体とその周囲を検分した。  死体はすでに冷たくなっている。数時間前に絶命したと思われた。  死体の周囲には机とイスが放射状になぎ倒されている。  どうやら化け物は隣の1年C組の教室を突き抜け、ここまで吹き飛ばされてきたらしい。  穴の向こうにいっそう煤だらけの机やイスが散乱しているのが見えた。  C組もB組と変わらない、いや、それ以上の腐臭と血の臭いが充満していた。  死体はどこにもなかったが、ここで殺し合いが行われたとはっきり理解できるほどの血が床に広がっている。  学校にはあつらえ向きのサッカーボールが、赤く血に染まっている様がある種不釣り合いだった。  そして床の上には、ドロドロに溶けたおぞましい『なにか』がある。  『星の白金』を発現させドロドロの『なにか』を解剖してみる。  臓物をこねくり回して焼き上げたような異様な物体は動かない。  それが生物だったとしたら、すでに絶命しているようだった。  これ以上この教室を調べてもなにも利はあるまい。そう判断した、そのときだった。  ずずっ、と引きずるような足音が廊下の方から聞こえてきたのは。 (化け物の仲間か?)  学校を根城にし、迷い込んだ人間を惨殺する化け物を思い描いてみる。  ポルナレフを斬殺したのは彼らだろうか。  戦闘の予感を感じながら、あくまで冷静に、承太郎は教室を後にする。  廊下に出てみれば、50メートルほど向こうにひょろりと長身の男の姿があった。  男の足取りは重い。脚を引きずるように全身を上下させている。  怪我をしているのか右腕を無気力にぶらぶらとゆらし、左腕で空気を『掻く』ようにしてこちらへ歩いて来る。  二人の間が10メートルほどの距離になったとき、男は足を止めた。  顔をあげ、話しだそうとして、むせ、ベッと口中のものを吐き出す。  黒ずんだ床の上に、真っ赤な鮮血が散った。 「……[[エシディシ]]という男を知らないか。  民族衣装の様な恰好をして、がっちりとした体つきの2メートル近い大男だ。  鼻にピアスを、両耳に大きなイヤリングをしていて、頭にはターバンの様なものも巻いていた」  今にも倒れてしまいそうな、か細い声で男は語る。  ぜいぜいと喉がなり、何度もつばを飲み込んでいた。 「放送を聞かなかったのか?  エシディシという男は名前を読み上げられた。  『すでに死んでいる』」  承太郎のにべもない返答に、リンゴォの灰白色の瞳が暗く沈みこむ。  モゴモゴとなにか、聞き取れないことを自嘲気味に呟いて、ふたたび彼は歩き出した。  承太郎は微動だにしない。が、彼はリンゴォを見送らなかった。 「人を殺しそうな目をして、人探し、か。  死んだはずの男になんの用だ?」 「………………」  リンゴォは答えない。そのまま通り過ぎようとする。  彼の腰に差したナイフが承太郎の目を引いた。  どこかで見たことがある小振りのナイフは、血曇りで汚れている。 「そのナイフ……、野ウサギでも捌いたのか?  ここで、なにをしていた」  ゆきかけていたリンゴォが、歩みを止める。  上体だけをひねった姿勢で彼は承太郎を見つめた。  その血走った瞳が映すは、純然たる『憎悪』の感情。 「貴様には関係のないことだ、『対応者』」 「ほ……う……」    *   *   * 「はぁ……はぁ……」  まともな運動をしなくなって何年経っただろう。  少し走っただけで息があがってしまう。  心だけが急く状況で、高等学校のグラウンドは川尻しのぶにとってやたら広く感じられた。  空条承太郎は優しい。  だからこそ、彼はもう迷わない。  いまの彼はきっとすべての危険人物を排除してしまう。  時間軸の違いから生じる無知、誤解から殺人を犯してしまう人、『彼自身』が救いたいと願う人も、許したいと思った人も、  『危険人物だから』  その判断さえあれば彼は殺してしまうだろう。  でも、そうやってすべての危険人物を排除したとき。  あなたのそばには誰が残っているの?  最後に滅ぼすのは、もっとも許せない、ほかならぬ自分自身じゃないの? 「空条さん……ッ!」  しのぶが空条承太郎の後ろ姿を見つけたとき、すべては『終わった』あとだった。  彼の足下には壮年男性が横たわっており、その胸には、承太郎が所持していなかったナイフが突き刺さっている。  男が承太郎に襲いかかろうとしたのか、あるいは会話から承太郎が危険人物と判断したのかは、もうわからない。  男のこけた頬には血の気がなく、地面に流れ出た血液はすでに手遅れだということを暗示していた。  承太郎はしのぶを見留め、少しだけ意外そうな顔をする。 「どうして、どうして……ッ!!」  しのぶが、わっ、と泣き出し、くずおれる。  承太郎はなにも語らない。しのぶに対してなにかを説明する義務はもう微塵も感じていないようだった。  しのぶを横目にリンゴォの荷物を探り始める。  その手が一枚の折りたたまれた紙を見つけたとき、はたと、止まった。  それに気づいたしのぶが、泣きながらも不思議そうな表情を浮かべる。  いまや見慣れた『支給品』が出てくる紙を、なぜ承太郎は注視するのだろう。  緊張した様子で承太郎が紙を開く。  現れたのは、奇妙な形をしたロケットペンダントだった。  虫のようにも見えるそのフォルム。  チェーンもついていないそれを『ロケットだ』としのぶが判別できたのは、承太郎がそれを開いてみせたからだ。  中を確認し息を呑む。 「…………ッ!!」  安堵でもない。驚きでもない。  哀しみに似た感情が、承太郎の顔面を、さっ、とかけめぐった。  彼の無骨な手の中でロケットがパキリと小さな音をたてる。  彼が泣いているのかと、しのぶは思った。  それほどまでに沈痛な表情で、長いこと、承太郎は双眸を閉じていた。  だらりと下げた手の隙間から、いびつな形になってしまったロケットが転がり落ちる。  彼が目を開いたとき、承太郎は表情はサイボーグのようなそれにまた戻っていた。  承太郎が立ち上がる。校舎の出口へと向かう足取りに迷いはない。  追いかけようと、立ち上がりかけたしのぶの目の隅で、ロケットがチカリと光った。  承太郎が捨てていったなんの役に立つかもわからないロケットを、迷いつつ、しのぶは手に取った。  急いで走り出し、承太郎の横に並ぶ。 (わたし、あなたを止めてみせる……ッ)  挑むように睨み付ける。  承太郎はその視線を受け流すように、ただ前を向いていた。    *   *   * 「フ……フフ……、これが……果てか…………」  その胸に短刀が突き立てられたとき、[[リンゴォ・ロードアゲイン]]は笑っていた。  時を巻き戻す能力を所持した彼は、止まった時の中でも、そこで起きていることをすべて認識していた。  承太郎が不快感をあらわに睨みつける。  見知らぬ、死にかけの男が止まった時を認識できたことが意外で、気に入らなかった。  スティーリー・ダンが浮かべた驚愕の表情とは違う。  死を理解して、なお、男は嘲るように笑う。 「フフ……ハ、ハハハハハ…………」  時が動き出し、リンゴォの長身が崩れ落ちる。  名は、と問いかけた承太郎を無視し、彼は笑い続けていた。  全身をひきつらせ、血を吐きながら、地面をのたうつように、笑う。  実際には痙攣がそうさせていたのだが、すべてが承太郎には不快だった。  呪詛のようなその声が。宙をさまようその視線が。  アナスイの彷徨が。  ポルナレフの死に顔が。  しのぶの熱情的な双眸が。  結果的に彼女を連れまわしていることに意味などない。意味などないのだ。  川尻しのぶの手の内では、いびつになったロケットの奥で、一組の男女が、穏やかな表情を浮かべている。 &color(red){【リンゴォ・ロードアゲイン 死亡】} &color(red){【残り 56人】} 【C-7 ぶどうが丘高校 / 1日目 昼】 【空条承太郎】 [時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。 [スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』 [状態]:??? [装備]:煙草、ライター、[[家出少女]]のジャックナイフ、[[ドノヴァン]]のナイフ、カイロ警察の拳銃(6/6 予備弾薬残り6発) [道具]:[[基本支給品]]、上院議員の車、スティーリー・ダンの首輪、DIOの投げナイフ×3、ランダム支給品4~8(承太郎+[[犬好きの子供]]+[[織笠花恵]]+[[ドルチ]]/確認済) [思考・状況] 基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。 0.??? 1.始末すべき者を探す。 2.ポルナレフの死の間際に、アヴドゥルがいた? 【川尻しのぶ】 [時間軸]:The Book開始前、四部ラストから半年程度。 [スタンド]:なし [状態]:精神疲労(中) すっぴん [装備]:なし [道具]:基本支給品、承太郎が徐倫におくったロケット、ランダム支給品1~2(確認済) [思考・状況] 基本行動方針:空条承太郎を止めたい。 1.どうにかして承太郎を止める。 2.吉良吉影にも会ってみたい。 【備考】 承太郎はポルナレフの死体を発見し、ぶどうが丘高等学校の一階部分を探索しました。 リンゴォが所持していた道具の内、折れていない3本を承太郎が回収し、折れている2本は基本支給品とともに放置しました。 リンゴォが装備していたナイフはリンゴォの死体の胸部に突き刺さっています。 リンゴォのランダム支給品の残り一つが【承太郎が徐倫におくったロケット】でした。 しのぶはロケットの中身をまだ見ていません。 【承太郎が徐倫におくったロケット@6部】 徐倫の危機に承太郎がおくったロケット。 矢の欠片は入っていなかった。 潜水艇の探知機能に反応するかは不明。 *投下順で読む [[前へ>Nobody Knows]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>相性]] *時系列順で読む [[前へ>Nobody Knows]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>相性]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |114:[[スター・プラチナは笑わない]]|[[川尻しのぶ]]|148:[[大乱闘]]| |114:[[スター・プラチナは笑わない]]|[[空条承太郎]]|148:[[大乱闘]]| |131:[[死神に愛された者たち]]|[[リンゴォ・ロードアゲイン]]|&color(red){GAME OVER}|

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