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大乱闘 - (2014/10/09 (木) 00:42:39) の1つ前との変更点

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 ◇ ◇ ◇  ぱちぱちぱちぱち……―――(拍手の音)  ◇ ◇ ◇ 「君たちには……人探しをしてもらいたい」 とろけそうになるほど甘い声。その声は一流音楽家が奏でるヴァイオリンよりも美しく響いた。 DIOは目前でうずくまる四人の男たちを眺める。誰もがぼんやりとした顔で、DIOの言葉に聞き惚れている。 「ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、花京院典明、モハメド・アヴドゥル……。  この四人を、君たちには探してもらいたい。いずれもこの私の野望を邪魔せんとする輩だ。  君たちには彼らを探し出し、このDIOのもとに連れてきてもらいたい。  生死は問わない……信頼する君たちなら必ずやり遂げてくれるだろう……。  さぁ、行くがいい……このDIOの忠実な部下たちよ……」 話が終わったのを合図にDIOは椅子から立ち上がり、男たちは深々と頭を下げる。 薄暗い室内をぼんやり照らすロウソクが、怪しげな影を男たちの頭に落とした。 よく見れば額に小指大の肉片がうごめいていることに気がつくだろう。DIOによる洗脳、”肉の芽”だ。 部屋の奥へとDIOが姿を消し、男たちも立ち上がる。その足取りはどことなくぎこちない。目つきも虚ろだ。 プログラミングが終わったばかりのロボットのような動きで彼らは建物をあとにする準備を始める。 一連の出来事を部屋の隅で眺めていた虹村形兆は、ゾッとしない気分だった。 これがDIO……! これが悪の帝王……ッ! 他人を踏みつけることなんぞなんとも思っていない。 喉が渇いたから喫茶店に入るような気軽な感じで、彼は人を人有らざるモノに変え、己のコマとする。 罪悪感がない……、人としての『タガ』が外れている……。その点では間違いなくDIOは人間を超越しているだろう。 何かをしようとするたびに悩み、苦しむ形兆なんかとは違って……。 形兆の指先がビリビリと震えた。『格の違い』に恐怖を覚えたのは初めてのことだった。 震えをごまかすためにもう片方の手でギュッと腕を押さえつける。 隣に立ったヴァニラ・アイスに動揺を知られたくはなかった。 「行くぞ、虹村形兆。奴らに先を越されてはならん」 ヴァニラの声は無機質で、人工的で、カラッカラに乾いているように聞こえた。 形兆が小さく頷けば、ヴァニラ・アイスは先に立って歩き始める。 その背中を眺めながら、こいつの首筋に弾丸をブチ込めたらどれだけスカッとするだろうか、と形兆は思った。 第五中連隊をそっくりそのまま投入。 三六〇度より一斉一点射撃。首元の爆弾を引火させ、上半身を根こそぎ吹き飛ばす……。 そんな夢みたいなことができたならば……。 「なにをしている、早く行くぞ」 「そう急かすんじゃあない。隊列行動は規律を守ってだ。俺に指図するのはやめてもらいたいね」 表面上は軽口を叩きながらでも、互いに警戒は全くといていない。 ヴァニラは隙あらば形兆を殺そうとしているし、形兆だって素直に殺される気はない。 まだここがDIOの目の届くところだから、ただその一点のみで二人は戦わずに済んでいる。 だが『ここ』からは違う。この扉を開け、GDS刑務所から出ればそこはもはや無法地帯だ……。 最後の扉を開くと強い日差しが差し込んできて、思わず目を瞑りそうになった。 目がなれると辺りの風景が一気に視界に飛び込んでくる。見れば先の四人は四方に散って、それぞれの方向へと向かっている。 甲高い叫び声に釣られ上を見上げれば、一匹の鳥が空高く舞っているのが目に入った。 側にも、上にも監視付きってことか。逃げ場なんてものはどこにも見当たらない。 ため息を一つつくと、形兆はバッド・カンパニーを広げていく。 ヴァニラ・アイスに遅れないよう後を追いながら、同時にあたりの警戒も怠らない。 (なぁ、億泰……なかなか狂ってやがるだろう?   あれだけ嫌ったオヤジだっていうのに、今俺はオヤジの代わりに仕事を引き継いでいるんだぜ?  皮肉なもんだ! 殺したいほど憎んでいたはずなのに! そのオヤジの跡をそっくりそのままたどってやがる!  この俺が! この俺がだぞ……!?) 吸い込んだ空気はベタベタと口周りで張り付いて、学ランの下で汗がシャツをぐっしょりと濡らした。 (だがな、俺は忘れてないからな…………!  諦めたわけでもない。その可能性を捨てたわけでもない。 必ず俺とお前の借りは返してやるから! だから見とけよ、億泰!) 形兆の足元で何人かの兵士たちが武器を構え直した。金属がぶつかりあう特有の、重量感を持った音が響いた。 それは戦いを予期させるような鈍い音。しかし、兵士たちは知らないのだ。 この拳銃をこの先誰に向けることになるか。標的が一体だれになることか。 ひょっとしたら顔も知らない若者かもしれない。戦いに明け暮れた歴戦の兵士かもしれない。 そしてもしかしたら……。渋い顔で形兆の隣を歩くヴァニラ・アイス。 彼にその武器を向けるときは、そう遠くないのかもしれない。  ◇ ◇ ◇ 散歩に付き合ってくれないか。そう言ったDIOの提案にヴォルペは黙って頷いた。 別に断る理由もないし、ちょうど暇をしていたところだったのだ。 頷くヴォルペを見てDIOは笑みを深める。DIOはヴォルペを地下に誘った。二人はGDS刑務所内の地下の階段を下っていく。 最初はコンクリートでできていた階段も、下るに連れて砂や石が混ざり、ついには壁も足元も未整備のものへと変わっていった。 天井から滴る水滴が水たまりをあたりに作る。ゴツゴツした地面に足元を取られないようヴォルペは慎重に進んでいく。 DIOはどこか上機嫌で鼻歌交じりで先を進んでいた。さっきからやけにハイなようだとヴォルペは思った。何かいいことでもあったのだろうか。 特別変わったことはなかったと思っていたが、思えばヴォルペはDIOのことをよく知らない。 好きな花も好みの歌も、出身も年齢も血液型も知らない。そもそも自分から誰かに興味を持ったことなんぞなかった。 足元が一段と荒れてきた。天井が低くなり、背が高いヴォルペは身をかがめながら進む。 頭をぶたないようにしながら、水溜りに足を突っ込まないように気をつけなくてはいけないのは厄介なことだった。 進んではかがみ、よれては立ち止まる。DIOはなんでもないようにスイスイと進んでいく。 ヴォルペより一回り大きな体をしているというのに器用なものだった。 「君のスタンドは素晴らしいよ、ヴォルペ」 洞窟に入ってから一言も口を開かなかったDIOが突然そう言った。 返事をするどころでないヴォルペは言い返すこともできず、ただ頷く。この暗闇では頷いたところでわからないだろうけれども。 ともに足を止めることなく、進みながら話は続く。ヴォルペは黙って耳を傾けた。 「先の三人と一匹……チョコラータ、サーレー、スクアーロ、そしてペット・ショップのことだが……。  君のスタンドは最高だ。ほとんど再起不能当然だった彼らが今ではピンピンしている。  全くの無傷だ。本当に素晴らしいよ、ヴォルペ……!」 「……それは、どうも」 「確かにただ動けるようにするだけなら、この私にも可能だ。  首元に指先をつきたて、吸血鬼のエキスを流し込めばいい。そうすれば屍生人として彼らは再び動き出すだろう。  だがそうなってしまえば二度と陽の光を浴びることはできなくなる。  この狭い舞台で地下でしか動けない部下なんぞ、扱いづらいことこの上ないよ」 「…………」 「だが君は違う。君の能力は違う。私の間逆の能力そのものであり、だが隣り合わせのようによくなじむ!  過剰なエネルギーを流し込み、細胞を活性化させる。復元するのではなく、再生させるのだ。  いうならば体の内部を加速させているわけだ。一日ががりの傷を三秒で、一年がかりの怪我を三分で!  君は確かに生命を操っているよ、ヴォルペ! なんて素晴らしい! これ以上ないほど素晴らしい!  君は生命を与え、私は生命を奪う。君は万物を加速させ、私は世界を凍りつかせる。  コインの裏表のようだ! 素晴らしい引力だ! フフフ……ヴォルペ、君は素晴らしいぞ、ヴォルペッ!」 DIOの喜びようはヴォルペを戸惑わせた。 話していくうちに喜びが増してきたのだろう。DIOはまるでクリスマスと正月が同時に来たようにはしゃぎだす。 だがヴォルペにはその喜びが理解は出来ても、共感はできなかった。 喜色満面のDIOを見つめながら、ヴォルペは何をそんなに喜ぶのだろうと考えていた。 自分はただ言われたとおり手当をしただけだ。 何も特別なことをしたわけではない。そもそもそんなにすごいというのなら、それは俺ではなくスタンドがすごいだけだ。 すごいのはむしろ君の方だ。そんな類まれなすべてを惹きつける、君の引力がすごいんだ。 だが、それでもヴォルペはかすかにだが、『喜び』というものを感じていた。 だれかの役に立てたという達成感と満足感がヴォルペをすっぽり覆う。 それは初めての経験だった。こんなものが感情だというのなら、それも悪くないなと思える程だった。 「DIO」 ヴォルペが口を開く。胸の内に湧き上がる何かを確かめるかのように、慎重に言葉を選ぶ。 「そのチョコラータという男だが……なぜ君は肉の芽を埋め込んだんだ? セッコに話を聞いたときはぜひ会いたい、と乗り気だったはずだが」 「そうだな、確かにセッコの言うとおりなかなか面白い男だったよ……」 「なら……」 「ヴォルペ、君は『切り裂きジャック』の話を聞いたことがあるかい?」 「……名前ぐらいは」 「あのチョコラータという男も彼といっしょだった。悪のエリートだ。良心の呵責というものを超越しているのさ。  残酷さを楽しみ、他人の苦しみに心躍らせる。際限のない男、それが私が感じたチョコラータという男の本質だ」 「なおさら君が好きそうな男じゃないか」 「皮肉のつもりかい、ヴォルペ」 「気に障ったなら謝る」 DIOは大きな声で笑うと、肩を揺らし、首を振った。一つ一つの動作が絵になる男だな、とヴォルペは思った。 「けどね、ヴォルペ……チョコラータという男はそこにとどまらない男だった。  やつは出会う人すべてを見下さずにはいられない男だ。  肉の芽を埋め込む前、私と話している最中にも彼の目にはそんな怪しげな光が生まれていたんだ。  君の言うとおり肉の芽なんか埋め込まなくてもよかったのかもしれない。  忠実な部下として指示通り殺し、それ以上の災害をあたりに振りまくかもしれない。  だが全てを殺し尽くしたとき……やつは必ずやこの私に牙をむけるだろう。  チョコラータという男は、このDIOを必ずや叩き落とそうとし、上から見下ろしてやろうとする男なんだ。  制御不能な狂犬なのさ。あのチョコラータという男は。  狂犬ならもう十分間に合っている。虹村形兆、シーザー・アントニオ・ツェペリ……。これ以上足元で暴れられるのも不愉快だ」 「それで肉の芽を埋めたと」 「そのとおり」 短い沈黙が二人のあいだを漂った。結構な距離を歩いたことで辺りの様子も変わってきている。 道はだんだんと平坦になっていき、天井も3、4メートルほど高くなっていった。 相変わらず足場は悪く、水漏れは一層激しくなったが身をかがめる必要はなくなった。 「それともう一つ」 先を進んでいたDIOだったがヴォルペの声に立ち止まると、彼が追いつくのを待った。 二人並ぶとゆっくり進みだす。 ヴォルペの声は相変わらず乾いていたが、どこか和らげな感じになっていた。 「俺たちは今、どこに向かっているんだ?」 DIOはなんでもないといった感じで返事をする。 「セッコに遊びに行く前に頼んでおいたのさ。GDSからこの地下道まで道をつないでおくようにとね」 「答えなになってないよ、DIO」 ヴォルペの声にわずかに混じった苛立ちを感じ、DIOは困ったように笑う。 彼はヴォルペの肩に手を載せながら答えた。 「どこでもないさ。強いて言うなら君の引力が向くがままにだ」 そしてそれに応えるかのように、前方から物音が響いてきた。 硬い金属をぶつけ合うような音だ。戦いの音。 DIOの顔に笑顔が広がる。今までの笑みとは違う、邪悪で凶暴な笑みだ。 ヴォルペはその横顔を黙ってじっと見つめていた。  ◇ ◇ ◇ セッコの動きは吉良が予想していた以上素早いものだった。 もはやスタンドがバレることを恐れる必要はなく、吉良は思う存分キラー・クイーンの能力を発揮している。 辺りに散らばっていたベンチ、戦いの余波で散った木屑、ひび割れた石床……。 教会内に爆発音が無数に響く。砂埃が舞い、衝撃波が建物全体を揺らす。 だがそれでもセッコを捉えることはできなかった。 「ノロいノロいノロいノロいッ! 眠っちまうぜェ~~、吉良吉影ェ~~~!」 オアシスの能力を発動、地面の反動を利用しながらセッコは恐るべき速さで宙を舞っていた。 地面から壁へ、壁から天井へ。弾性を生かし、あらゆる方向から吉良へと襲い掛かる。 もはや吉良は能力を隠している余裕などなかったのだ。それに吉良には自信もあった。 わかったところでどうしようもできない。防ぎようがない攻撃。それこそがキラー・クイーンの真骨頂であり、最強である証拠だと。 正面から高速で迫るセッコに対し、爆弾を放り投げる。間合いに入ったところで手動点火。 目的はセッコにダメージを与えることではなく、距離をとること。 スタンドどうしの殴り合いならこちらが不利になる。最初の交戦で吉良にはそれがわかっていた。 爆風があたりに覆い、互の姿が見えなくなる。牽制の意味を込め、あらゆるものを適当に投げつけていく。 無事大きく後ろに下がると、吉良は一呼吸付いた。スタンドを構え、強襲に備える。 だが砂埃が収まったとき、そこにセッコの姿は見えなかった。 「なにッ!?」 同時に頭上からの物音を捉え、反射的に防御の構えを取った。 鋭い痛みが腕に、そして肩に走る。キラー・クイーンが必死で攻撃をはねつけるが全てを対処することは不可能だった。 しばらくの間、頭上からの攻撃は続き、最後にセッコそのものが天井より吉良めがけ襲いかかってきた。 なにかを爆弾化させる余裕はない。咄嗟に足元に転がった木製ベンチを放り投げる。 空中で軌道を変えることができず、セッコは弾き飛ばされた。ダメージはないようだが、これで直撃は避けられる。 地面に”着水”したセッコを警戒しつつ、吉良は己の体を見やる。その時になってようやく、吉良はどんな攻撃を食らったかを理解した。 泥だった。今しがた吉良に襲いかかったのは再硬質化した泥の槍だったのだ! 「柔らかくなったものはよォ、元に戻ろうとするからなァ~~~……。  俺は何もしてねェんだ。勝手に戻ろうとするだけなんだァ~~!」 吉良は改めてセッコの能力の厄介さを知る。 近距離戦では弾性を使い、早さとパワーでキラー・クイーンの上を行く。 中距離では地面に潜り、あらゆる場所から襲いかかってくる。おまけに泥の槍という遠距離攻撃もある。 (なんて厄介な……。なぜこうも面倒なやつを私が相手しなければいけない……?) 吉良は内心で毒づいた。ここにきてというもの不運が続いている。 ウロウロと間合いを計っていたセッコが緩急をつけ、吉良に迫る。 愚痴をはくの後回しだ。キラー・クイーンで迎え撃つ。 拳が飛び交い、蹴りが行き交う。セッコの上体が揺れたのを見逃さず、吉良が前に出る。 キラー・クイーンの直接接触でセッコのスタンごと爆発させる。伸ばした腕がセッコに触れんとす。 だが瞬間、キラー・クイーンの拳をセッコの掌が跳ね上げた。発現条件がバレたのか、吉良の目が驚きに見開かれる。 セッコは能力をキラー・クイーンの完全に把握しているわけではなかった。 ただほとんどのスタンド能力は拳を使わんければいけないということを彼は経験上知っている。 体制が崩れた吉良、セッコは懐に飛び込み、攻撃を重ねていく。 みぞおちに肘を叩き込み、同時にもう一つの腕を伸ばす。胸ぐらを掴んで引きずり落とす。 あたりの地面は既に泥化ずみだ。半分溶けた地面に引きずり込み足を奪うつもりか。 だがセッコは不用意に近づきすぎていた。 賭けに出た吉良は地面を叩き、床の一部を爆弾化。己のダメージを気にせず爆破させる。 捨て身覚悟の至近距離爆破にセッコがたじろぐ。幸運にも被害が少なかった吉良はその隙を見逃さない。 泥の槍を弾き飛ばしながら上体を引き上げ、一気に入口へと走る。 喚き声を上げながらセッコは追いかけてくる。やはりスピードはセッコが上だ。壁と天井を伝ってセッコが真正面に回り込む。 扉の前に立ちふさがったセッコ。吉良は真っ向から突きの速さ比べに挑む。 キラー・クイーン VS オアシス。拳と蹴りが無数にあいだを行き交っていく。 「ぐッ」 「俺の『オアシス』は最強だあああああああ―――ッ! 喰らいやがれェエエエエエエ―――ッ!」 吉良は自分の観察眼と運に賭けた。そしてそれは成功した。 絶対の自信を持ったセッコは土壇場では拳を振り回す癖がある。ならばあえてその攻撃をうけ、後ろに跳ぶ。 当然セッコは吉良を追う。そしてそれこそが! それこそが、吉良の狙いだッ! 『コッチヲミロォォォォオオ~~~~!』 左の泥化が治ったわけではない。 セッコの射程距離から逃れればまだマシになるだろうが、以前シアー・ハート・アタックはドロドロの状態だ。 呆れたような、馬鹿にしたような表情をセッコは浮かべる。目前に飛び出たシアー・ハート・アタックをはねつける。 「今だ、『キラー・クイーン』……点火しろ!」 だからこそ、その影に紛れ飛んできた『第二の爆弾』にセッコは対処できなかった。 手動で爆破された木片は本来ならばセッコには到底及ばないものだった。 だがシアー・ハート・アタックという爆弾に引火させることを目的としたならば……話は違う。 手動で点火させられた爆破の余波でシアー・ハート・アタックが爆発する。 至近距離からもろに爆破を受け、セッコの体が吹き飛んだ。同時に吉良もその場で膝をつく。 激しい戦いだ。吉良の見たところ、戦況は互いに五分と五分。 痛みに胸を抑えれば、その下の骨が軋むのがわかった。肋骨にダメージをおっている。 左肩、左腕には泥の槍を受け、筋肉の繊維がズタズタに切り裂かれていた。 左手の甲は……先ほどよりマシになっていた。まだまだ本調子には程遠いがなんとかシアー・ハート・アタックは使用可能だろう。 吉良が呼吸を整え終えると、セッコもゆっくりと体を起こした。 胸から上にかけて大きな火傷を負っている。とりわけ顔の右半分はもろに爆風を受けたのか、ひどい有様だった。 鬼のような形相でセッコが吉良を睨む。数歩歩くと、その足元がふらついた。目をやられたのだろうか。 「戦いは新たな敵を生む……だが私のキラー・クイーンに『敵』はいない。  なぜならどんな強敵であろうと、必ず吹き飛ばしてきたからだッ!」 「このションベン爆弾野郎がァァァアア~~……! このお、俺の『オアシス』を、こ……この野郎~~ッ!」 どもりながらもセッコは戦いの構えを取った。吉良もスタンドを出現させ、闘士をたぎらせる。 一秒が過ぎ、二秒がすぎる……。どちらも動かなかった。 そうして先に構えを解いたのはセッコのほうだった。 「ここまでだ」 憎々しげにつぶやくと、後ずさっていく。 セッコの視線の先を眺めると戦いの余波で飛び出てきた時計が転がっていた。放送の時間まで時間はあまりない。 ある程度距離をとったところまで下がると、セッコは地面に潜り込み、そして姿を消した。 しばらくの間、吉良は辺りを警戒していたが完全に去ったと判断すると構えをといた。 手強い相手だった。だがそれでも上を行ったのはこの吉良吉影だった。 脇に転がるベンチに座り込みたくなるのを我慢し、吉良は足を引きずりながら教会の奥を目指す。 治療の時間が必要だ。だがここを離れる必要もある。さらにセッコをほうっておくわけにも行かない。 あらゆる要素を考慮すると……吉良は足元に伸びていく階段を睨みため息を吐いた。 地下に潜るのが一番か。まるで逃走生活のようだと思ったところで首を振り、吉良は階段を下りていく。 吉良吉影は休めない。  ◇ ◇ ◇ 洞窟。 光が刺さない地下深く、手に持った懐中電灯だけを便りに二人は歩いていく。 空条承太郎と川尻しのぶ、二つの足音がこだまする。天井は低い。承太郎が手を伸ばせば触れられそうなほどだ。 承太郎としのぶはぶどうが丘高校を後にし、空条邸に向かっていった。 承太郎は理由を言わなかった。黙ったまま車を走らせ、門のところで止めると彼はようやく口を開いた。 『アンタ、吸血鬼の存在を信じているか』 突然の質問にしのぶは何も答えられない。承太郎も答えを期待してたわけでなく、淡々と話を続けた。 承太郎が持つ支給品の中の一つに地下地図、というものがあったらしい。 この街全体に張り巡らされたような地下道は交通のためにしては不自然で、下水や浄水のためにしては大規模すぎる。 しかしもしも日中外に出られないようなものたちがいたならば……。吸血鬼と言われる怪物たちが本当に実在するならば……。 そこはこの地で一番の危険地帯に早変わりだ。 学校の周りも駅の周りも人気は少なく、空振りに終わった。承太郎はこれ以上待つことは不可能と判断し、攻めることにしたのだ。 参加者名簿の中に吸血鬼と呼ばれる人種が何人もいると、承太郎は言った。そしてそれ以上の怪物、柱の男たちと呼ばれる者もいるといった。 『俺は今から地下に踏み込み、片っ端からそういう奴らをぶちのめすつもりだ』 にわかには信じられない話だ。おとぎ話でももう少し信ぴょう性がある。しのぶは何も言えず黙っている。 だが無言のまま承太郎が車から降りようとしたとき、既にしのぶも助手席の扉を開いていた。 もはやなんでもアリだ。スタンド、人殺し、爆弾首輪。そんなものがあるのであれば吸血鬼だっているだろう。 それになによりもさっき決めたばかりではないか。 空条承太郎を止めてみせる。ならばしのぶには選択肢はない。承太郎が行くところがしのぶの行くところだ。 たとえそこがどれだけ危険な死地であろうとも。 しばらく歩くと天井が高くなり、あたりもうっすらとではあるが明るさを増した。 壁に生えるコケがかすかに光り、ところどころから飛び出た燭台にはロウソクが灯らされている。 薄明かりの中、二人は無言のまま歩く。ただひたすら歩く。 承太郎は憎むべき敵を探し、一切の気配を見逃すまいとして。しのぶはそんな彼の大きな背中を眺め、内なる決断を済ませ。 しのぶは諦める決断をした。 難しい判断だったがそうする勇気を持つことを、彼女は自分に決めた。 この先承太郎は何度も戦うだろう。 望まない相手に拳を振り上げる羽目になるだろう。自分を押し殺し、戦わない相手と戦うことになるだろう。 しのぶにできることは『なにもない』。 なにもないとわかり、でもなにかせずにはいられない。そのためにまずは自分の身は自分で守ろうと思った。 戦う相手を救うことを、しのぶは諦めた。今の彼女に、それはあまりに大きすぎたものだった。 彼女に救えるとしたらせいぜい一人ぐらいだろう。救えてたったひとり……承太郎、その人ぐらいなものだ。 だから承太郎が戦い始めたら彼女は逃げるつもりだ。 戦いを止めることは不可能だし、承太郎のそばにいたところで負担がますだけだ。 悲劇のヒロイン気取りでもうやめて、なんていうこともしない。彼がどれだけ思いつめて、苦闘しているかはわかっているつもりだから。 大きく息を吸い込むと、砂の臭いに混じってタバコの匂いがした。 空条さんはいったい何を考えているのだろうか。一体彼には何が見えているのだろうか。 隣を歩いているというのにしのぶには承太郎の何もが、わからなかった。 頑張ったところで空回り。ただ励ましたいのに、力になりたいのに。 それなのにどうやったら力になれるかがわからない。 だけど、これ以外に、そしてこれ以上にできることは何もない。 それすらも欺瞞で、傲慢で、押し付けがましいおせっかいだ。 だから一緒にいたい。だけどそばにいたい。脇で立っていたい、寄り添っていたい。 何か一つだけでも秀でたものになりたかった。 しのぶは、心の底から『必要』とされたかったのだ。 今は無理でも……いつかはかならず……――― ―――そう、思っていた。 「柱の男、カーズ……か」 「え?」 「アンタは逃げろ」 突然立ち止まった承太郎がポツリとつぶやいた。しのぶには何が何だかわからなかった。 次の瞬間、承太郎の姿が消え、凄まじい轟音が響いた。 しのぶは音にたじろぎながらも反射的にその場に伏せる。ぱらぱらと音を立て、頭上から崩れた砂が落ちてきた。 衝撃が収まるのを待ち、こわごわと顔を上げる。 目を凝らすと十数メートル先に承太郎の背中が見えた。そしてその脇に立つスタンドと……さらに奥に男の影が一つ。 その男は怪我でもしているのか、しのぶと同じように地面にうずくまっていた。背は高く、肩幅も大きい大柄な男だ。 黒いターバンのようなものを頭に巻き、冒険家風にマントを身につけている。近くにはついさっきまでかぶっていたと思われる山高帽が転がっていた。 状況から察するに、承太郎がその男に攻撃を仕掛けたらしい。突然姿が消えたように見えたのは、彼のスタンド能力だろう。 「川尻さん、もう一度言う。死にたくなかったら逃げろ」 しのぶのほうを振り返りもせず、承太郎は今度ははっきりとした声でそう言った。 承太郎のもとへ駆け寄ろとしかけたしのぶはその言葉に足を止める。 それは拒否の言葉ではあったが、拒絶ではない。承太郎がほんとうにしのぶのことを思ってなかったら何も言わず、そのまま戦い続けていただろう。 しのぶの脳裏に学校での出来事が古い映画を観るように、思い出される。 駆け寄るしのぶ、突き立てられたナイフ。薄笑いを浮かべた髭面の男。ガラス玉のような承太郎の目……。 ここで彼の言葉を無視するのは簡単だ。近くに駆け寄って、手を広げてもう戦うのはよして、と叫べばいい。 だがそれで何になるというのだ? しのぶは悩んだ末に、逃げることにした。 それは承太郎を困らせることになっても、改心させることにはならないだろう。 本当に承太郎を止めたいのであれば今は動く時でない。悲劇のヒロイン気分で馬鹿なことをすべきでないと、しのぶは学んだのだ。 だがそれでも……やはり胸が痛んだ。 承太郎に独り戦いを任せること苦しさ、戦う相手にも家族がいるのではという哀れみ。 それでもそれらすべてを飲み込むと、しのぶは元来た道を走り出す。最後に承太郎にむかって、大声で言葉を残しながら。 「空条邸で待ってますからッ! 二時間でも、三時間でも……どれだけ待たされようとも待ってますからッ!」 承太郎は動かない。返事もせず、頷きもしなかった。 足早に去る音を背にしながら、ただ目の前の男をにらみ続ける。しのぶの足音がすっかり消え去った頃になって、ようやく地に伏せていた男が立ち上がった。 直角に曲がっていた足首も。あらぬ方向にひん曲がっていた首も。一向に気にする様子もなく淡々と立ち上がると、服の埃を払ってみせた。 そして…………―――また、轟音。 カーズの体が車にはねられたように吹き飛び、何度も洞窟の壁に叩きつけられる。 バウンドを繰り返し、天井まで達し……放り投げられたおもちゃのように落ちてくる。 当然のように位置を変えた承太郎はそれを黙って見ていた。今まで違ったのはその腕に真っ赤な線が走っていること。 時を止め終えたほんのゼロコンマの瞬間に、カーズの指先が承太郎の腕の肉をえぐり飛ばしたのだ。 音を立てて、承太郎の腕から血が滴り落ちる。傷は深くもないが、浅くもない。 二度の衝撃を終えて、両者はにらみ合う。 ゆらりと立ち上がったカーズの顔には憤怒の表情が張り付いている。承太郎は変わらず、機械のように無表情だ。 泥だらけになった自分の姿を一瞥し、カーズは苦々しく言った。 「貴様、何者だ……」 「てめェには関係ないことだ。これから俺にぶちのめされる、お前にはな……」 ―――……殺してやる これほどの屈辱は未だかつて味わったことがなかった。 ダメージはない。が、餌の餌、家畜当然かそれ以下の存在である人間にこうも弄ばされいいようにやられて、カーズのプライドはズタズタだった。 スラァァァ……と薄い氷をひっかくような音を立て、カーズの腕から刃が飛び出した。承太郎もスタンドを構え直し、戦いに備える。 最初から全力全開……最強のスタンド使いと最強の究極生命体のぶつかり合い。この戦いは長くは続かないだろう。 薄暗がりの中、影が動いた。そして……三度轟音が、そして今までよりさらに凄まじい轟音が、洞窟を震わせるように響いた。  ◇ ◇ ◇ 「スター・プラチナッ!」 「KWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 カーズが感じたのは強烈な違和感だった。 目の前の男は自分を知っている。柱の男の性質を、光の流法を……波紋使いでもないのに、完璧に対応しカーズの攻撃をさばいていく。 カーズの体に直接触れることは決してしない。輝彩滑刀に対しては刃をはねのけるように側面をたたいている。 数度の交戦を経て、大きく距離を取る。承太郎も無理には追わず、一度互いに呼吸を整える。 気に入らないな、とカーズは思った。その余裕が、強さが、すべてを見透かしたようなスカした視線が……全てが気に食わんッ!! 大地を強く蹴りあげ、跳躍。狭い洞窟であることを最大限に利用する。 天井まで上昇、今度は天井を蹴り加速。壁を蹴り、進路を変更。また床に戻り、そして上昇……。 人間には決してできない、超三次元的な動き! あまりのスピードにカーズの影がぶれてみえるほどだ! 「刻まれて、死ねェェェエエ―――ッ!」 「オラオラオラオラオラオラッ!」 だが、やはりだ。それでも承太郎は完璧に対応してみせた。 上から切りかかっても、下から切り上げても、右から真っ二つにしてやらんと振り上げても、左からます切りにしようと振り下ろしても。 スピードと破壊力では間違いなくカーズが上だ。体力も、耐久力も、地の利もカーズが上。 だがしかし精密性という一点のみで! 悔しいが認めるしかない……ッ! 承太郎の体に細い切り傷が無数に広がっていく。その先の一歩が踏み込めない。 承太郎の超人的な集中力と、スター・プラチナの能力がそれをさせない。 カーズの刃を揺らし、折らんばかりに振り下ろされるスター・プラチナの攻撃に柱の男は認識を改める。 こいつは……強い。波紋使いとは違った次元でコイツは……このカーズの脅威となる男だ、と。 そしてなにより……ッ! 「……スター・プラチナ・ザ・ワールド」 そう承太郎がつぶやき、カーズの世界が一変する。 つい今の今まで、目の前にいたはずの影が消える。と同時に、ほんのゼロコンマ秒のズレもなく、体の側面に強い衝撃。 きりもみ回転をしながら洞窟の壁に叩きつけられる。 あまりの衝撃にそれだけでは収まらず、バウンドを繰り返し、何度か壁と床を揺らしてやっとカーズの体は止まった。 そう、この謎の能力……。 人形使いに会うのは初めてではない。この舞台ではじめにあった人間もそれらしき能力をもっていた。 が、コイツはタダの人形使いではない……ッ! なにかそれ以上の恐ろしい……凄まじいなにかを、秘めているッ! (そうでなければこのカーズが、こうまでも苦戦するはずがなかろうが……ッ! たかが人間相手に……忌々しいッ!) 体についた砂埃を払い落とし、立ち上がる。形としてはこればかりを繰り返している。 攻めるカーズ、迎え撃つ承太郎。互いにダメージはほとんどない。 なんどもカウンターをくらっているカーズだが、柱の男の耐久力、回復力がそれを補ってくれている。 承太郎も決して無理をしない慎重な立ち回りだ。じっと隙を伺い、待ち続けている。 互いを牽制しあうような時間が続き、小競り合いが二度三度。 焦れるような戦いが何度も続いた。このままでは決定打にかけ、いつまでたっても戦いは終わらないだろう。 二人にできることといえば待ち続けることだけだった。 集中力を途切らせることなく、何かこの状況を打破してくれるような「何か」をひたすら待つことだけ……! 「オラァ!」 「ふんッ!」 長い交戦の終わり際、二人はここぞとばかりに踏み込んだ。だがそれも有効打にはならない。 キィィン……と甲高い金属音が響き、カーズの刃をスター・プラチナが蹴り飛ばす。 よろめき体制が崩れたところを追撃するも、柱の男特有の柔軟さがそれをなんなく躱しきる。 顎先をかすめた蹴りをさけ、カーズは大きく飛び下がる。承太郎はスタンドを呼び戻し、また戦いに備える。 その時だった。 その金属音が止まないうちに、近づく一つの足音。そしてその場にそぐわぬ、乾いた拍手の音。 パチパチパチパチ…………。承太郎の動きが思わず止まる。一歩踏み出したところでカーズは何事かとあたりを見渡した。 二人の視線が向いた先から人影が浮かび上がってくる。 薄明かりの中出てきたのは……黄金に輝くド派手な衣装、筋骨隆々のたくましい肉体、傍らに立つスタンド。 張り詰めていた空気がさらに殺伐としたものに変わる。承太郎の体から目には見えない、だが強烈な怒りの感情が熱となって一斉に吹き出す。 「…………DIOッ!」 「ンン~~、ご機嫌じゃないかァ、承・太・郎ォォ………? ンン?  しばらく見ないあいだに随分と老け込んだじゃないかァ……それともこのDIOに会うのは『数年』ぶりかな?」 返事はなく、代わりに拳が飛んできた。いくつにも増え重なった拳が、壁のようにDIOめがけて迫ってくる。 手洗い歓迎というわけだ……ッ! DIOは軽いウォーミングアップだとつぶやくと、自らもスタンドを出現させた。 「ザ・ワールド!」 その音は拳と拳がぶつかり合う音にしてはあまりに殺気立ったものだった。 刃物と刃物をぶつけ合うように鋭く、甲高い音が洞窟中に響く。それも無数に……そして同時と聞き間違うほど素早い間隔で! 承太郎とDIOはスタンド越しに火花を散らす。 パワーA、スピードAのスタンドのぶつかり合いは凄まじく、衝撃で洞窟全体がビリビリと震えた。 突きが徐々に早くなっていく……。DIOの顔から余裕の笑みが消えた。承太郎は奥歯を噛み、鼓舞するように叫びを上げる。 だが! 「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」 この時を待っていた……ッ! そう言わんばかりの迅速な行動だった。 屈辱ではある。たかが人間相手に苦戦し、突然現れた邪魔者に助けられた形で隙を付くことになった。 だがカーズにとってもはやそんなことはどうでもいいことだった! プライド、過程、こだわり……そんなもののために勝利を犠牲にするほどカーズは甘くないッ! 目的を遂行し、そのためにはどんな手であろうと迷わず実行するッ! そう、これが真の戦闘だ! カーズにとってはそれがなによりもの真理ッ! 「その命、刈り取ってくれよォォオ―――――ッ!! KUWAAAAAAAAA!」 正面から真っ向勝負の二人に対し、真横から超速で接近。 狭い洞窟内に逃げ場はない。上下、左右。いずれに避けようとも、カーズのスピードを持ってすれば腕か足、あるいは両方共もっていかれる……ッ! 魚を下ろすかの如くッ! ただ包丁を振るうようにッ! カーズの鋭い刃が承太郎とDIOに襲いかかるッ!    ―――その瞬間!  ……またも世界が止まった。 「「スター・プラチナ・『ザ・ワールド』ッ!」」 二人は迫り来る刃を前に、示し合わせたように同時に動いた。 ともに止まった時の世界で、DIOは左に、承太郎は右に。 たとえ柱の男といえど、止まった時の世界では『喰らう』ことは不可能だ。 DIOはそうとは知らず、承太郎はそれを知っていて。ともに最大速度でカーズめがけて拳を振るう。 右からザ・ワールド、左からスター・プラチナ。左右からのすさまじい衝撃が一秒の狂いもなく、カーズの体内に圧縮されていく。 すべてが止まった世界でなお、その凄まじいエネルギーは暴走し、カーズの体を変形させていく。 極限までしなやかな骨は折れ、ゴムのように柔軟な皮膚ですら突き破られる。空気配給菅に押し込まれてでもないのにカーズの体はぺちゃんこに変わっていく。 「承太郎、貴様ッ!」 「オラオラオラオラオラオラァ!」 そして、ともに対処しなければならない共通の敵がいたとしても。 この二人が手を組むことは不可能だ。たとえそれが一時、一秒であったとしても。 時が動き出すほんのコンマゼロ秒前、体制を立て直した二人が激突する。 拳の嵐、蹴りの応酬。DIOの右肩が大きく裂ける。承太郎の腕の傷がぱっくり開き、天井に血のシミを作った。 「「そして時は動き出す……」」 「BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」 吹き飛ぶカーズとその叫びを耳にしながら、最後に拳を放つ二人。 凄まじいエネルギーがぶつかり合い……衝撃波が洞窟を通り抜けていった。 弾き飛ばされるようにDIOも承太郎も、大きく飛び下がった。 天井と壁が割れ、パラパラと小石が落ちてくる。砂埃が舞い、足元を舐めるように通り過ぎていく。 「やはり止まった時の世界で動けるか、承太郎……! このDIOにだけ許された世界にッ! 貴様はやはり入り込んできていたのか!」 「答える必要はない」 会話の終わりに二人の傷口が大きく開いた。カーズとてただ闇雲に突っ込んだわけではない。 承太郎との戦いの中でその不思議な能力は曖昧ながらも把握していた。 たとえと時間が止められようと、吹き飛ばされる直前にDIOと承太郎の体に『憎き肉片』を飛ばす。 カーズは倒れふしながらもそれでも意地を見せた。しかし屈辱には変わらない。 あの柱の男の一族が、人間とそして吸血鬼相手に劣勢であることは変わらない事実なのだから。 「よかろう……例え貴様が時に侵入してこようとも、このDIOが貴様をたたきつぶしてやるッ!」 「……貴様らは殺す。肉片一つ残らず殺す。バラバラのブロックに切り裂き殺す。死体も残さずこの体に取り込み殺す。  このカーズ自らの手で! 直々に! 殺し尽くしてやるッ!」 激高するカーズの叫びと、DIOの高笑いがあたり一面にこだました。 増幅された怒りと憎しみの感情が霧のように承太郎を包んだ。だが彼とて気負ったわけではない。 その霧を弾き飛ばさんばかりのエネルギーが承太郎の体から立ち上る。 思い出せ、23年前のあの日のことを。怒りのままにDIOをぶっ飛ばしたあの日。 母を人質に取られ、友を殺され、祖父を侮辱され……プッツンしたあの日の怒りを……俺はッ! 洞窟内に見えるはずのない陽炎が立ち上っているかのようだった。 三人に増えたことで状況はより複雑なものになった。 誰かが動けば誰かが相手しなければならない。その隙に完全に自由な一人が生まれる。 ひりつくような状況で、いたずらに感情だけがそれぞれの中で昂ぶっていく。 コップいっぱいに水を注いでいくよう緊張感。火蓋が切られるギリギリまで一滴、また一滴……。 そして―――! 「お取り込み中申し訳ないのだが……君たち、泥のスーツをまとった奇妙な男を知らないか?」 辺りを漂っていた霧が散っていく。 戦いに水を差すようにひとつの影が姿を現すと、冷め切った調子で三人そう尋ねる。 見た目はただのサラリーマン以外の何でもない。きちっとしたスーツ、曲がっていないネクタイ、ピカピカに磨かれた革靴。 だがその奇妙な質問が何よりも知らしめていた。 この極限状況で、この殺気立った異様な空間で。こうまでも冷静に問を述べれることができる。 カーズもDIOも理解し、承太郎は101%の確信をした。 この男もまた異形……・。絶対に始末すべき相手であると……。  ◇ ◇ ◇ たっぷり一分は待っても返事がないことを確かめ、吉良吉影は残念そうに首を振った。 「どうやら誰も心当たりがないようだな。すまない、邪魔をした」 「待ちな、吉良吉影」 唐突に名前を呼ばれ、立ち去りかけた男は振り返った。 彼の名前を読んだ男は視線を上げることなく、斜めに構えたままだ。 吉良はその生意気な横顔に生理的嫌悪感を抱きながらも、丁寧な物腰を崩さない。 「ええと、すまない。仕事柄人と沢山合うので名前を忘れてしまったようだ。どちら様で?」 問いかけられた承太郎は長いこと無言のままだった。 ロウソクの先から雫が垂れさがるほどの沈黙の後、承太郎はポケットから右手を出すとカーズを指差しこう言った。 「カーズ、柱の男と呼ばれる一族の中で天才と言われた男。  太陽を克服したいという目的の元、石仮面を開発。さらなる進化を遂げるべくエイジャの赤石を求めた。  1939年イタリアで目覚めたのち赤石を求めヨーロッパを放浪。のちにジョセフ・ジョースターの手によって始末される」 カーズの驚いたよう表情を無視し、承太郎は続いてDIO指し示す。 「DIO、本名ディオ・ブランドー。  1860年代に生まれジョースター一族を乗っ取るべく、石仮面をかぶり吸血鬼となる。  ジョナサン・ジョースターの手によって一度は殺されたと思われたが、100年の時を経て再び野望を達成すべく蘇る。  1987年、エジプトにて空条承太郎の手によって殺される」 DIOはカーズとは対照的に驚きを一切示すことなく、それどころか自身の紹介に合わせて一礼してみせた。 しかしその目は怒りに染まっていた。承太郎を睨み殺さんとばかりにその視線は承太郎から一切はなされていない。 承太郎はそれを無視して吉良を指差す。あらかじめセリフ考えていたごとく、スラスラと言葉が出てくる。 「吉良吉影、1966年生まれ。  18歳のとき初めて殺人を犯す。それを皮切りに手の綺麗な女性をターゲットとした殺人を繰り返す。  最終的には48人もの女性を殺害、二次被害を考えれば殺害数はそれ以上と推測できる。  1999年、M県S市杜王町の郊外で自動車事故に遭い死亡する」 言葉はなかったが空気が揺らぐような感覚が辺りを走った。 いきなり死を宣言される戸惑い、自分の領域に勝手に土足で踏み上がられた気味の悪さ。 しかし稀代の極悪集である三人はそれ以上に怒りを感じた。屈辱を味わった。 時代のズレについては理解している。なるほど、自分はそうやって死ぬの『かもしれない』。 だがそれがどうしたというのだッ! それは『貴様』の世界でおきた出来事に過ぎないッ! 自らの終りの決めるのは自分自身の行いだ。自分自身の信念だ。 この私が! そうも無様な終わりを迎えるだと? 野望を叶えることなく、惨めに地に伏すことになるだと……? 吉良の登場で冷え切った空間が急速に熱せられていく。 爆発直前のエンジン中のように三人の怒りがあたりの空気を変えていく。 承太郎とて同じことだった。彼は怒っている。どうしよもなく、こらえる必要もなく怒っている。 ここにいる三人は間違いなく、どうしようもないほど性根の腐りきった悪だ。 川尻しのぶの放った言葉が上滑りしそうなほどだ。彼らを悼む家族などいない。彼らが突然良心に目覚めることもない。 殺し合いに巻き込まれたから仕方なく殺すのでない。 彼らは殺し合いが起きなかったとしても、自ら殺しあいを仕掛けるような人種なのだから! 怒りに震える三人を眺めると、承太郎はポケットからタバコを取り出し一服する。 全員から立ち上る殺気をそよ風のように受け止めながら独りごちる。 「三人同時は『少しだけ』骨が折れそうだな……やれやれだぜ」 余裕の笑みを崩すことなく、しかし内心は怒り狂いながらDIOはザ・ワールドを傍らに呼び出す。 もはや遊びはおしまいだ。死よりも残酷な結末を……ここに描いてみせるッ! 「どんな未来に生きていようとも……どんな過去を辿っていこうとも……! 『世界』を支配するのはこのDIOだッ!」 吉良吉影は己の半生を思い返す。 どんな困難であろうと切り抜けてきた。どんなピンチもチャンスへと変え、この生活を守ってきた。 譲りはしない……! びくびく怯えながら過ごす日は『今日』だけだ。 私は帰るんだ。元の世界に帰って、必ずあの平穏な日々を……! 「私の正体を知られてしまった以上、誰であろうと生かしてはおけない。全員まとめて……始末させてもらおうか」 パキパキ……と音を立てながら体が修復をはじめる。しかし木っ端微塵に砕かれたプライドまでは決して治すことはできない。 突き出た刃物越しにカーズは三人の顔を眺めた。 どいつもこいつもアホヅラを下げてやがる。このカーズの足元にも及ばぬ程の、原始人どもが……ッ! 「簡単には殺しはしないぞ、人間。このカーズを踏みにじったその行い……泣き喚き、許しを乞うほどの後悔を与えてやるッ!」 そこは既にただの洞窟ではなくなっていた。 四人の超人たちによる生き残りデスマッチ。時間無制限。ギブアップなしの一本勝負。 先の戦いの余波で、天井からゆっくりと小石が落ちてくる。そしてそれが地面に落ちたその瞬間! ―――四人の戦いが始まった。  ◇ ◇ ◇ 一番に動いたのはDIOだった。 承太郎目指し、真っすぐに向かっていく。が、左方向から迫る影を察知し、急停止。 スタンドを構え直したと同時に、上から振り下ろされた刃から身をかわす。 カーズの動きは早い。DIOが足を止めた一瞬の隙に二手、三手と攻撃を畳み掛けてくる。 小刻みに距離を取りながらDIOは考える。カーズは接近戦を仕掛けようとしている。スタンドを持たず、飛び道具もないようだ。 ならば距離を取るのが定石。スタンドがある分、距離を広げれば有利になる。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ! ……なに?!」 「無駄、と言ったか……? 『無駄』と言ったのかァ、DIOォォ~~?」 が、しかしDIOは見誤っていた。相手を大きく吹き飛ばそうと放ったカウンター。 だが叩き込んだ拳にはべったりと蠢く肉片が付着していた。 まるで強力な酸を浴びせ掛けられたような熱さを感じ、DIOは歯を食いしばる。 嘲るカーズの追撃を間一髪でさけ、足元に転がっていた岩を放り投げ牽制する。 ようやく距離をとった頃には指先の皮膚は全て喰らい尽されたあとだった。 余裕の表情を見せるカーズ。強敵の出現に表情を険しくするDIO。 「フン、たかが吸血鬼がこのカーズに楯突こうとはなァ……。やめるなら今のうちだぞ、吸血鬼よ」 「柱の男だがなんだか知らんが……頂点に経つのはこのDIOだ。その言葉、そっくり返してやるぞ、カーズ!」 「…………」 「タバコ、やめてくれないか。そもそも吸うのであれば周りの人にひと声かけるのがマナーってものだろう」 人有らざる者たちの戦いの脇で、人同士の戦いも始まろうとしていた。 カーズとDIOの戦いを眺めていた承太郎は吉良の言葉に振り向く。 気だるげにこちらを眺める吉良の姿を確認すると、承太郎は黙って二本目のタバコに火を付けた。 吉良はイラついたような表情を浮かべたが、諦めたのか言葉を繰り返すようなことはしなかった。 代わりにキラー・クイーンを傍らに呼び出し、戦いの構えを取る。 ポケットに隠し持っていた小石を爆弾に変えようと手を伸ばす……―――。 「―――!」 「スター・プラチナ」 その一瞬の好きを付き、承太郎が仕掛けた。 時をゼロコンマ止め、一気に吉良の懐に潜り込む。吉良は突然の接近に慌てて後退するが、二人の距離は3メートルもない。 吉良は一瞬ためらい、距離をとることを諦めた。 キラー・クイーンは接近戦を得意としているわけではない。爆発の能力をフルに発揮できない分、戦いにくさは否めない。 「しばッ」 「オラァ!」 連戦と負傷で満足には動けないといえど、それでもやはりスター・プラチナが上をいっている。 キラー・クイーンが振り下ろした手刀を拳で跳ね除ける。続けて放った連撃に、キラー・クイーンは対処しきれない。 二発、三発が入り、キラー・クイーンの体が衝撃に揺れる。吉良の口から苦しげな呻きが漏れた。承太郎は手を緩めない。 だが、キラー・クイーンは吹き飛ばされた衝撃を利用して、逆に後ろに飛び跳ねた。 さらに追ってくるスター・プラチナに対し、無造作に小石を投げつけていく。 どれが爆弾化されたかわからない承太郎は闇雲に突っ込むわけにも行かず、スタンドを止める。 急停止、急後退。承太郎は追撃を取りやめ、カウンターを恐れた。 接近戦ではかなわないと悟っていた吉良は、下がった承太郎に対しむやみに仕掛けない。 そのまま距離を撮り続け、爆弾の射的距離で止まった。 再び両者の距離は広まり、承太郎と吉良の間には二十メートル強の間合いが生まれた。 勝負はこの間合いにかかっている。この間合いをいかに保つか。この間合いをいかに詰めるか。 吉良は口元からたれた血をハンカチで拭う。 ポケット内で染みがうつることのないよう、折り目を逆にしてしまいなおす。 一つ一つの動作は冷静だったが、その表情は屈辱に燃えていた。苦々しげにつぶやく。 「なるほど、全てお見通しというわけか……! 私の正体のみならず、キラー・クイーンの能力までもお前は知っていると!」 「どうした、俺を吹き飛ばすんじゃなかったのか……? そんなに離れてちゃ、爆弾どころか煙すら届かないぜ」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」 「KUWAAAAAAAAAAAA――――ッ!」 両者の戦いは熾烈を極めていた。互いに吸血鬼、柱の男の再生能力頼みの荒っぽい真っ向勝負。 DIOはカーズの『憎き肉片』に対処するため、ザ・ワールドに二本の斧を持たせていた。 自身もいやいやではあるが拳銃を手にする。直接手を触れずに、確実に息を止めるため。 カーズは既に纏っていたコートを脱ぎ捨て、帽子も放り捨てていた。 肉体を120%フルに活動させ、己の体でDIOを殺す。体面などを気にしている暇もなかった。 まるでおもちゃを扱うように、ザ・ワールドが斧を振り回す。カーズの刃をはじき飛ばし、首もとめがけ豪快に振り下ろす。 カーズは時に迎え撃ち、時に関節を捻じ曲げ、スタンドの攻撃をいなしていく。同時にDIOへの対処も怠っていない。 DIOも最初の数発でただいたずらに弾丸を打ち込むだけでは無駄と悟り、今では首輪のみを狙った射撃を心がけている。 もちろん隙あらば自身もザ・ワールドに混じり、カーズの体に攻撃を叩き込んでいる。 血が天井までとび赤いシミを作り出す。細かくちぎれた肉片は壁一面にべたりと張り付いている。 そしてしばらくすると……パキパキパキ、と背筋が凍るような音が洞窟に響いた。 カーズの傷が癒えていく。DIOから流れ出ていた血が止まり、傷口がふさがっていく。 まさに化物どうしの戦いだった。凄まじい轟音を立てながら二人は洞窟内をめちゃくちゃに飛び回り、互の刃を真っ赤に染めていた。 「『シアー・ハート・アタック』!」 「スター・プラチナ!」 一方人間たちの戦いに動きは少なかった。すり足で間合いを詰める。牽制を細かくいれつつ、後退する。 飛び交う爆弾、立ち込める砂埃で視界は悪い。どちらも強力なスタンドを持ってるが故に不用意に攻撃を仕掛けるわけには行かない。 人間同士だからこその堅実で、しかし息詰まるような戦いは、吉良の仕掛けで崩れた。 左腕から飛び出た不気味なスタンド。承太郎は即座に詰めていた間合いを放棄し、後ろ後ろへ下がっていく。 シアー・ハート・アタックの後を追うようなかたちで吉良も走る。 二つのスタンドによる波状攻撃。ここで一気に仕留める……! 承太郎はさらに後退する。時折、姿が消えたようなあの不思議な能力を発動しながら、彼は逃げていく。 ついには四人が顔を見合わせた背の高い洞窟から離れ、狭く暗い横穴に消えていく。 吉良にとっては好都合だった。承太郎の攻撃方向を前方のみに限定できる。間合いを見誤らなければ今までよりもう一歩踏み込んで攻撃できる。 『コッチヲミロォォォォオ――――ッ!』 シアー・ハート・アタックがついに承太郎に追いつく。合わせて吉良も足をはやめる。 たとえスタンド能力を使ってシアー・ハート・アタックをかわしたとしても、キラー・クイーンで仕留める。 狭い洞窟内では逃げ場所はない。承太郎は息を切らせながら後退する。もう少し、もう少しでシアー・ハート・アタックが追いつく……! 「今だ、殺れ! 『シアー・ハート・アタック』!」 爆発とともに舞い上がった煙を見て、『殺った!』と吉良は思った。逃げ場などはなく決定的だと彼には思えた。 しかし次の瞬間、吉良はものすごい衝撃を喰らい、ロケットのように吹き飛んだ。 今走ってきたばかりの洞窟を逆戻りし、地面を何度も跳ねながらようやく止まる。 同時に凄まじい痛みが全身を貫いた。腹部、左腕、左手、背中、後頭部……。 フライパンで思い切り殴られたかのような痛みに、情けないうめき声が漏れた。 のたうちまわる吉良の目が承太郎の姿を取られた。 左半身はシアー・ハート・アタックの爆破でズタズタに引き裂かれている。だが、それだけだった。 足も腕も、頭も無事だ。ピンピンしている。それどころかさらに怒りを滾らせ、吉良を始末しようと迫ってくる……! 両者のダメージで言えば承太郎のほうがひどかった。 だがスタンドは精神力だ。心と心のぶつかり合いだ。その点で、吉良に勝ち目はもうなかった。 戦いは一転、弱腰の吉良を承太郎が追い詰めていく形になった。 吉良はもう攻めていかない。彼の頭にあるのはいかにこの場を切り抜けるかだけだ。 四人は戦った。時折相手を入れ替えて、一瞬のつばぜり合いをし、また戦う。 死力を尽くし、自らを鼓舞しながら戦い続ける。 終りの見えない、嫌な戦いだった。もしも誰かひとりでも倒れれば、四人のバランスは大きく傾き、戦いは終局に向かっていくだろう。 だが終わりは唐突にやってきた。誰ひとり倒れることなく、突然に。そして、唐突に。 「捉えたぞ、カーズ! 『ザ・ワールド』! 時よ、止まれッ!」 幾度の交戦を経て、DIOはフルパワーで時を止め勝負を仕掛けた。 停止時間五秒をすべて攻撃に回しカタを付ける。 たとえ時が動き出した瞬間に承太郎が時を止めても距離が大きく離れた今、十分に対処できる範囲内だ。 五秒前 ――― 戦いの余波で崩れ落ちてきた岩石をさけ、カーズのもとへ向かうDIO。 四秒前 ――― 十分間に合う。カーズまでの距離、残り十メートル。 三秒前 ――― DIOの顔に邪悪な笑みが広がった。哀れなり、カーズ……! こいつは自分が死んだことも知覚できない! 二秒前 ――― ザ・ワールドが構えた斧を振り上げる。死刑囚の首筋に叩き込むように斧が迫る! 「な、何ィィィ―――?!」 しかし直前でDIOは二つの違和感に気がついた。馬鹿な、とそう叫びたくなった。 まだまだ時間停止の世界は続くはずだった。途中で途切れたならば自身の消耗が激しかったからと納得も行きよう。 DIOにとって予想外だったのは自身も動けなくなっていたからだ。斧が振り下ろされたその瞬間に、凍りついたようにすべてが止まったのだ! 「俺が時を止めた。カーズを始末したいのは俺とて一緒だが、お前を好きにはしておけないんでな……」 「承太郎、貴様ァ!」 そして二つ目の予想外は承太郎の行動であった。 大きく離れた位置から彼がしたことは間合いを詰めるでもなく、拳銃をぶっぱなすでもなく……。 なんと承太郎は『放り投げた』のだッ! 今しがたまで相手をしていた吉良のスタンド、『シアー・ハート・アタック』を掴むとDIOの目前めがけ放り投げたッ! 狙いすましたように斧の切っ先で停止した自動爆弾。 たとえDIOが振り下ろすのを止めたとしても、熱源に反応したスタンドは爆発するだろう。 ―――そして時は動き出す 直後、凄まじい音と光を発しながらシアー・ハート・アタックが爆発した。 その衝撃は凄まじく、近くにいたカーズとDIOは爆風に吹き飛ばされる。 だが衝撃はそれだけに留まらなかった。 ミシリ、ピシリ……と音を立てて洞窟全体が揺れ始める。 四人の戦いの余波で崩れかけていた洞窟が、今の一撃で完全に崩壊しようとしていた。 轟音を立てて天井が崩れはじめる。次から次へと巨大な岩が雨あられと降り注ぐ。 戦いを続けることは不可能だった。承太郎はそれでもにがさんと、懸命に三人の姿を追ったが後の祭りだった。 影がひとつ、二つと消えていく。承太郎が落ちてくる岩を壊し、かわし進むスピードより、三人の逃げ足の方が上だった。 そして四人の戦いは終わった。 あとに残されたのは手持ち無沙汰の怒りをぶら下げた承太郎と、天井まで積み上がった行き止まりの洞窟のみ……。 誰も死なず、誰も殺さず。痛み分けの、後味の悪い戦いだった。  ◇ ◇ ◇ ずるずる…………ずるずる…………――― 洞窟の壁にもたれかかるように進む影がひとつ。体を引きずる音に紛れ聞こえるのは荒い呼吸音、ぴちゃんと液体が滴り落ちる音。 何も知らない人が彼を見たらぎょっとするに違いない。 吉良吉影は満身創痍で息絶え絶え、動いているのが不思議なほどにボロボロの姿をしていた。 何より目に付くのが血だらけの左腕。 手の甲は蜘蛛の巣のように裂傷が走り、上腕部は出血箇所がわからなくなるほどに真っ赤に染められている。 自慢のスーツも台無しだ。泥まみれ、血まみれ、埃まるけ……。時間をかけてセットした髪も、今はだらしなく垂れ下がっている。 ずりずり、と弱々しく進む。目に力はなく、もはや自分の容姿を気にかける余裕すらない。 「この吉良吉影が、なぜこんな目に…………どうして……」 闘争を嫌っていても劣っていると思ったことは一度もなかった。自分の能力をフルに発揮すればいつだって勝利できると、そう思っていた。 だが……見よ、この有様を! どうだ、この現実は! 惨めだった。情けなかった。誰ひとりとして敵う相手などいなかった。 黄金の吸血鬼、刃物を操る超人、最強のスタンド使い……どいつもこいつもこの吉良吉影よりも巨大な力を持っていた。 「くっ……なんでこんなことに……」 ぽたり、ぽたり……。 腕からの出血が止まらない。乱暴にまいたネクタイは既にたっぷりと血を吸って重くなっている。 滴る血に紛れて、頬を伝う涙が音を立てて落ちていく。今、吉良は初めての敗北に打ちひしがれていた。 何事も切り抜けられると思っていた。幸運は常に自分に味方してくれると、そう根拠もなく信じていた。 だが違ったのだ……! ここではそんな盲信は通用しない! 植物のような平穏な生活を送っていた彼にとって、まさにここは真逆の世界。 奪い合い! 殺し合い! 吉良は悟った。この期に及んでようやく、自分がどんな状況にいるのかが理解できたのだ……! 「私は、死なないぞ……ッ! 死んでたまるものかッ! 必ずあの平穏な生活を取り戻して……ッ!」 だがそう理解していても、吉良はどこか無用心だった。 怪我を負っているとはいえ、初めて敗北を知ったといえ、だれかの接近に気づかないほどに今の彼には余裕がなかった。 ころころと音を立て、小石が転がってくる。視線を上げ、すぐ目の前までに人影が迫っていることにようやく気がつく。 「空条……さん、じゃないですよね」 噛み殺したような声と共に懐中電灯が吉良の顔を照らす。顔を上げた吉良の視界に映ったのは川尻しのぶの姿だった…………。  ◇ ◇ ◇ 「…………」 目の前高く埋まった石を見て、承太郎は元来た道を引き返す。もうかれこれ地下道を歩いて十数分はたっている。 承太郎が思った以上に先の戦いの影響は大きかったようだ。行く先行く先で天井が崩れ、元来た道も引き返せなくなっていた。 頼りになるのはコンパス一つのみ。地下地図はしのぶに渡してしまったため、方角のみを頼りに地上に向かうしかない。 走るほど焦ってはいないが、のんびり歩いているほどのんきでもない。 早歩きで分かれ道に向かい、左へ曲がる。ずんずんと道を進み、僅かな物音も聞き逃さないと耳を澄ませる。 まだ体の中で熱は残っていた。それは、確固たる怒り。 カーズ……、DIO……、そして吉良吉影……。 いずれも裁くべき邪悪だ。容赦なく拳を振り上げれる存在だ。改めて問いかける必要もない、完璧な悪。 承太郎はどこかで彼らを求めていた。 徐倫を失った悲しみを思う存分ぶつけられる相手を。自分の不甲斐なさを怒りに変え、躊躇なくぶつけられる悪を。 歩けば歩くほどに、少しずつその事実が承太郎を蝕んでいく。 娘の死にやけっぱちになっている自分。罪滅ぼしのために無謀な何かをしてみたいと思ってる自分。 わかっている……、わかっているとも……ッ! 『徐倫は……そんなことを望んではいやしないッ!』 『わたしは、ひどい母親でした』 頭の中でナルシソ・アナスイの言葉がガンガンと鳴り響いた。川尻しのぶの戒めるような視線が承太郎の体を貫いた。 そうだ、承太郎だってわかっている。とっくに知っていたんだ、こんなことをしてどうなるかなんて。 でも、それでもどうしようもないほどに、承太郎は自分が許せないのだ。 何か目的をもたなければ体がバラバラになって二度と立ち上がれないように思えるのだ。 その場に崩れ落ちて、ズブズブと地面に溶けさってしまいたい気持ちになってしまうのだ。 誰かを断罪せずにはいられない……そして、誰よりも罪を贖うべきなのは…………罪を償うべきなのは…………。 ―――娘をこんなことに巻き込んだ、俺自身だ はたり、と承太郎の足が止まる。どうやら考え事に集中しすぎていたようだ。 気づいた頃には、迫り来る足音がもうそこまでやってきていた。 誰かがそこにいる……。スター・プラチナを呼び出し、戦いの構えを取る。 今は考えている場合ではない。今やるべきことは、とにかく空条邸まで戻り、川尻しのぶと合流すること。 「……川尻さん?」 ぴたりと相手が止まった気配がする。川尻しのぶでは、ない。 痛む左腕をそっと抱きながら、承太郎は一歩、二歩と足をすすめる。 スター・プラチナの驚異的視力をもってしても、この暗闇では相手が誰なのかわからなかった。 しのぶでないしても無害な存在なら保護しなくてはいけない。 この殺し合いに反している正義のものなら、もしかしたら協力できるかもしれない。 そうでない奴らであるならば…………容赦はしない。たとえ手負いであろうと全力を尽くして……ぶっ潰す。 承太郎の目が妖しく光る。無言のまま、さらに近づいていく。相手が動く気配はしない。さらに一歩……さらに一歩。 そうして懐中電灯が届くであろう距離まで近づいて…… 「そこにいるのは誰だ……答えな」 ―――相手の顔を照らすように光を掲げ、次の瞬間、承太郎の息が止まった。 手から滑り落ちた懐中電灯が地面で跳ね上がり、何もない空間を照らす。 ジジジ、ジジジと熱線がこげるような音が聞こえ、当たり所が悪かったのか、懐中電灯が消える。 暗闇に包まれる洞窟の中、見えるのはぼんやりと浮かんだお互いの影だった。 視界が遮られ、不自然にお互いの呼吸だけが耳を打つ。ドクンドクンと異常な速さで心臓が早鐘を打つ。体の隅々を尋常でないスピードで血流が回っていく。 懐中電灯を取り上げようとする手は震えていた。 承太郎は懐中電灯が壊れてないことを確かめるともう一度目の前の影に光を向ける。 ―――……徐倫 そこにいたのは空条徐倫だった。 青ざめた顔、震える両の肩、ほどけた髪の毛。自分に似た目の色をもった……まぎれもない空条徐倫が自分を見つめていた。 承太郎の中で時が止まる。何も考えられない。目の前の光景が信じられない。 チクタクチクタク……デイパックの中で動き続ける時計の音があたりに響いた。 どちらも動かなかった。誰も動けなかった。 二人はバカみたいな格好のまま、それでも互の姿を目に焼き付けるようにいつまでも見つめ合っていた……。  ◇ ◇ ◇ ―――空条徐倫は死んでいる。それは紛れもない事実だ。だとしたら考えられるのは……スタンド能力、か。 マッシモ・ヴォルペは冷静にそう結論づける。 放送で読み上げられたならそれは動かしようもない、確固たる事実のはずだ。 ならば承太郎がどれだけ望もうと、どれだけ願おうと、今彼が目にしている少女は少なくとも彼が望む『空条徐倫』ではない。 もちろん承太郎とてそんなことは分かっているはずだろう。だからこそ、ヴォルペは次の反応を息を潜めて待った。 ヴォルペはずっと見ていたのだ。 DIOに連れられてこの地下に入り、DIOが承太郎と戦うところを見ていた。鬼気迫る表情で怒りの拳を振るう承太郎を見た。 戦いが終わり、腕をかばいながら歩く承太郎を追った。瓦礫で先がふさがっていても、冷静に対処するその姿も見てきた。 ―――だが……この状況でどうする……? お前は今何を考えている、空条承太郎……? ヴォルペは気づいていなかった。目の前の現象に『夢中』になるあまり自分自身の大きすぎる変化に、彼はまだ気づいていなかった。 ヴォルペは自分に感情なんてないと思っていた。感情がないならば執着もない。感情がなければ冷静さを失うこともない。 だが今や彼は承太郎の一挙一動に『夢中』であった。 彼の苦痛に歪む表情が、怒りに染まった瞳が、血だらけになった両の拳が……その全てから目が離せなくなっていた。 ヴォルペは開花しつつある……。 その魂の奥底に撒かれた邪悪の花は、DIOの手に掛かり、承太郎という餌を喰らい、今おおきく花開かんとしている。 ヴォルペの右肩に乗った『マニック・デプレッション』が怪しげな笑い声を漏らした。 誰に聞かれるでもないその邪悪な声はヴォルペ自身をも通り抜け、洞窟の暗闇の中、木霊し続けていく……。 ヴォルペは学んでいる。憎しみという感情を。嫉妬という感情を。 そして……誰かを『壊してみたい』という邪悪な想いを……。  ◇ ◇ ◇  ぱちぱちぱちぱち……―――(拍手の音)  ◇ ◇ ◇  ぱちぱちぱちぱち……―――乾いた拍手の音が洞窟内に反響する。 「ご苦労、戻ってこい、『オール・アロング・ウォッチタワー』」 働き蜂が巣に戻ってくるように、どこからともなく一枚、また一枚とトランプのカードたちが姿を現す。 小言や愚痴を吐きながら、ムーロロの持つ帽子の中へと飛び込んでいくスタンドたち。 はるか遠くまで飛ばしていたカードもあって、完全撤退には時間がかかった。 ハートのクイーン、クローバの8、ダイヤの10……そうして、よろよろと最後の三枚が帽子の中に入っていった。 それでもムーロロは微動打にせず数十秒待った。が、それきり帰ってくるカードはいなかった。 ムーロロは眉をひそめる。足りない。スペードのキングがまだ帰ってきていない。 「ひょっとして君が探しているのは……コレのことかな?」 即座に振り返る。と、同時にものすごい速さで一枚のトランプカードがムーロロの足元に突き刺さった。 地面に突き刺さったまま、スペードのキングが弱々しく呻いた。 ムーロロはちらりとそれを眺めると、目の前に立つ男に向き直る。 DIO。本名はディオ・ブランドー。 ジョナサン・ジョースター、空条承太郎を尾行させていてた時に仕入れた情報を思い出す。 相手に悟られない程度に舌打ちをした。考えうる中で最悪最強のやつと、よりにもよってこのタイミングで会ってしまうとは……。 無論ムーロロがわざわざ地下に入ったのはこのDIOに会うためだった。 このゲーム開始から考えていたことだった。最終的に生き残るために必要となるのは力だ、と。 『オール・アロング・ウォッチタワー』は強いスタンドだ。だが最強ではない。150人もの頂点にたつスタンドでは決してない。 なにより150人もの参加者と全員戦う必要はない。 ムーロロの考えは漁夫の利だった。誰かに取り入り、利用して、最後に寝首をかく。 そしてそのターゲッこそがDIOだったのだ。 柱の男たちは人間を利用しようという気はない。 最強のスタンド使い空条承太郎は娘の死を前に情緒不安定だ。 ジョルノ・ジョバァーナは連戦を重ね、精神身体ともにダメージをくらっている。 その点、DIOは申し分のない相手に思えた。 いくつもの部下を従えるカリスマ性も素晴らしい。治癒能力、吸血鬼としてのパワー、最強のスタンド。 面白いと思った相手を泳がす癖もある。付け入る隙ならばいくらでも、ある。 だからこそ万全の準備をし、あらゆる情報を手土産に乗り込もうとしていたのだが……不用意に近づきすぎたようだった。 ムーロロは後ずさりたくなる衝動をこらえて目の前の敵をじっくりと眺める。 王者の風格、強者としての自信……なるほど、凄まじいわけだ。先の激戦を思わせるものは何もない。 疲弊をものともせず、堂々とした態度に気負いそうになる。だが、ムーロロは呼吸を繰り返すと冷静に頭を働かせ始めた。 決して敵わない相手ではない。 ムーロロが事前に調べ上げた情報と、この『オール・アロング・ウォッチタワー』があれば勝てる。 そう、ムーロロは確信した。そして、確信した同時に奇妙な虚しさがどこかから湧き上がってきたのを感じた。 「血肉湧き踊る戦いだったろう……楽しんでもらえたかな、『カンノーロ・ムーロロ』君?」 「…………!」 「おいおい、そんな驚くなよ……そんな難しいことじゃあない。マッシモ・ヴォルを知っているだろう?  彼が教えてくれたんだ。当然君も知っているだろう。  なんせ私たちを、この六時間、それ以前から監視していたんだからなァ」 手負いだというのにDIOはそんなことを気にかけず、無用心にムーロロに近づいてくる。 ムーロロは背中に手を回し、集めたばかりのスタンドたちをふるい落とした。同時にポケットに『亀』がいることを確認する。 DIOは気がついているのだろうか。それともあえてムーロロの好きなようにやらせているのだろうか。 だとしたら舐められたものだ。もっと俺のことを見下すがいいさ、と内心で毒づく。 DIOが油断すれば油断するほど勝機は増える。生き残る確率は高まっていく。 「彼が君のことを教えてくれたよ。君自身のこと、君のスタンド能力について、ありとあらゆる知っている限りのことを洗いざらいね」 二人の距離が縮まっていく。闇に紛れて何枚かのスタンドたちがDIOの背後に回る。 それ以外はムーロロの足元で待機。急襲時に壁になり、迎撃にも備えさせる。勝負は一瞬だ。 DIOが『時を止める』にはどうしたって一呼吸が必要なのだ……。戦いの中でそのくせは見抜いている。 その瞬間にムーロロは自らを囮にし隙を生み出す。そして……喉元をかっきり、腕を切断し、バラバラに引き裂いてやるッ! 「どうだい、カンノーロ・ムーロロ……ひとつ、提案なんだが……」 もう少し……もう少し……―――今! DIOが間合いに踏み込んだ完璧のタイミングで、四方八方から51枚のスタンドカードが襲いかかった。 ザ・ワールドの精密性とスピードをもってしてもすべてをはじき飛ばすことはできない。 DIOはあまりにたやすくムーロロの間合いに踏み込みすぎた。ムーロロはやった、と思った。 拍子抜けるほど簡単だ、とムーロロはその瞬間に違和感を覚えた。 達成感と同時にどこか虚しさすら覚えるほどだった。またこうやって俺は殺しを重ねるのかとがっかりしたほどだった。 だが……――― 「私と友達になってみないかい……?」 ムーロロが予想した以上に、DIOの時を止める能力は優れていた。 もう一秒、早ければ殺ったとは言わずとも両腕を吹き飛ばすぐらいは出来たかもしれない。 気がつけばトランプたちに埋もれるはずだったDIOの姿は掻き消え、ムーロロの目の前にその姿はあった。 ほんの一メートルもない距離に、その黄金の姿を見せつけるように彼は立っていた。その顔に満面の笑みを貼り付けて。 DIOは焦るふうでもなく、なんでもない感じでムーロロの肩に手を置く。 お気に入りの甥っ子をながめるように少しだけ目線を下げるとまっすぐムーロロと目線を合わせる。 いつのまにかのびた腕はがっちりと両肩をつかみ、例え殺されようと離さないにと言わんばかりの意志の強さが腕から伝わってきた。 ムーロロはDIOを見る。DIOはムーロロを見た。 考えてみれば二人共、直接こうやって互の姿を見ることは初めてのことだった。 真紅で縦長の切れ目はまるでオパールのように美しい。瞳に反射した自分の顔が写り、ムーロロは『無様に狼狽している自分』をそこに見た。 沈黙が辺りを覆った。たっぷり三十秒はそのまま二人は向かい合い、DIOは手を離した。 そうして彼は満足げに頷きを繰り返すと、囁くようにこういった。 「なんて『恥知らず』なんだ、君は」 それは『未来から』の伝言であり、『送られる』はずの言葉だった。 ジョルノ・ジョバァーナがカンノーロ・ムーロロに宛て、贈るはずだった言葉だ。 ムーロロの底知れない闇と、虚しさを知り、そこから救い出すべく差し出した言葉。 だが時をこえ、因果を超え……・今、その言葉が新たなものから彼に送られようとしている。 ムーロロは動けない。雷に打たれたかのように、彼はその場に凍りついたままだ。 見破られた、この男に。自分のこのうっすペラな根性が……全て! 包み隠さず! 時が止まったような空間を切り裂くように、スティーブン・スティールの声が響く。 だがそんなことすらムーロロにはどうでもいいように思えた。 今はただ息を潜めて待つだけだ。自分の目の前に立つ男が何を言うか。 DIOは放心するるムーロロを眺め、笑みを深めた。 子供をあやすような優しい声音で彼は今言ったばかりの言葉をもう一度繰り返す。 「友達になろうじゃあないか……、カンノーロ・ムーロロ君……?」  ◇ ◇ ◇ 愚痴の一つも言いたくなるもんだ、とホル・ホースは小さな声で毒づいた。 だらだらと冷汗が流れ、シャツをぐっしょりと濡らしていく。さっきシャワーを浴びたばかりだというのにこのざまだ。 慎重に、相手に悟られることのないよう、ホル・ホースはもう一度身を乗り出す。 はるか遠く、視線の先にいたのは学生風の東洋人と……あの『ヴァニラ・アイス』だった。 (どうしてこんなんになっちまったんだよ、まったくよォ……) 徐倫を追って教会を飛び出したものの、既に彼女の姿は見えず手当たり次第あたりを駆け回った。 どこをどう探しても見つからず、諦めようかと思っていた頃に人影を見つけた。 しめた! と思ったものの見つけたのはサイアクもサイアクの『あの』ヴァニラ・アイスだ。 能面のように固い横顔を見つめながら、ホル・ホースは震え上がる。 (DIOに首ったけのあのヴァニラ・アイスのことだ……見つかったらただじゃすまないに決まってる!  そのうも、お供もついてるってもんだ。一対一ならまだしも二対一じゃ多勢に無勢だぜ……。  ああ、クソ……徐倫のやろう、見つけたらただじゃおかないぜ……あんちくしょう~~~!) 物音を立てないよう、もう一度木の陰に隠れなおす。 このままやり過ごすべきか。そもそもやり過ごせるのだろうか。 仕掛けるとしたらもう少し引きつけてか? いやいや、これ以上近づかれたらまずい。この距離なら『エンペラー』でやつのどたまを…… だが待て、逆方向から弾丸をぶち込めばそっちに向かってくれるのでは? 無理に戦う必要なんてない。 ここをやりすごせれば俺としては……――― しかし、ホル・ホースの思考は突然そこで破られた。 「おめえ、今隠れようとしたよなァ……。GDS刑務所から出てきたあいつらを見て……逃げようとしたよなァ?」 ウニョン、と嫌な感触を足元に感じる。生暖かい息遣いと対照的に湿った手触り。 見下ろしてみれば泥のスーツをまとった男がホル・ホースの足首を掴んでいた。 二人の視線がぶつかりあう。突然のことに、ホル・ホースの思考が止まる。 「なぁ、答えろよ……今なんで隠れたんだ?  お前もしかしてジョースターとか言う奴か? DIOに歯向かおとうしてるんじゃあねぇのか?  えェエ? なぁぁあ? 答えろよ、この野郎ォォオ~~……?」 止まったはずの冷や汗が栓をひねったみたいにまた、吹き出した。 足元にはDIOの部下らしき人物。背中越しには自分を裏切り者と考えているDIOの忠実なる部下、とおまけ付き。 この八方塞がりどうする!? 一体どうやってこの場を切り抜ける!? 汗のかき過ぎで体がふやけてしまいそうだった。フル回転する脳が、火花を散らせ、答えを探す。 (どォすんの、俺!? どォすんだ、ホル・ホース!?  くそったれ、これもあれも全部てめェのせいなんだからなッ! 覚えておけよ、徐倫ィィンン!!) ホル・ホースの判断やいかに。 【D-4とD-5の境目 地下/一日目 昼】 【カーズ】 [能力]:『光の流法』 [時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後 [状態]:身体ダメージ(大)、疲労(中) [装備]:服一式 [道具]:基本支給品×5、サヴェージガーデン一匹、首輪×4(億泰、SPW、J・ガイル、由花子)     ランダム支給品3~7(億泰+由花子+アクセル・RO:1~2/カーズ:0~1)     工具用品一式、コンビニ強盗のアーミーナイフ、地下地図 [思考・状況] 基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。 0.首輪解析に取り掛かるべきか、洞窟探索を続けるか。 1.柱の男と合流。 2.エイジャの赤石の行方について調べる。 3.自分に屈辱を味わせたものたちを許しはしない。 【D-4中央部 地下/一日目 昼】 【空条承太郎】 [時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。 [スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』 [状態]:左半身火傷、左腕大ダメージ、全身ダメージ(中)、疲労(大) [装備]:煙草、ライター、家出少女のジャックナイフ     ドノヴァンのナイフ、カイロ警察の拳銃(6/6 予備弾薬残り6発) [道具]:基本支給品、スティーリー・ダンの首輪、DIOの投げナイフ×3     ランダム支給品3~6(承太郎+犬好きの子供+織笠花恵/確認済) [思考・状況] 基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。 0.??? 1.始末すべき者を探す。 2.空条邸で川尻しのぶと合流する? [備考] ※ドルチの支給品は地下地図のみでした。現在は川尻しのぶが所持しています。 ※空条邸前に「上院議員の車」を駐車しています。 【F・F】 [スタンド]:『フー・ファイターズ』 [時間軸]:農場で徐倫たちと対峙する以前 [状態]:髪の毛を下ろしている [装備]:空条徐倫の身体、体内にF・Fの首輪 [道具]:基本支給品×2(水ボトルなし)、ランダム支給品2~4(徐倫/F・F) [思考・状況] 基本行動方針:存在していたい(?) 0.混乱 1.『あたし』は、DIOを許してはならない……? 2.もっと『空条徐倫』を知りたい。 3.敵対する者は殺す? とりあえず今はホル・ホースについて行く。 [備考] ※第一回放送をきちんと聞いていません。 ※少しずつ記憶に整理ができてきました。 【マッシモ・ヴォルペ】 [時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。 [スタンド]:『マニック・デプレッション』 [状態]:空条承太郎に対して嫉妬と憎しみ?、DIOに対して親愛と尊敬? [装備]:携帯電話 [道具]:基本支給品、大量の塩、注射器、紙コップ [思考・状況] 基本行動方針:空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい。 0.DIOと共に行動。 1.空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい 。 2.天国を見るというDIOの情熱を理解。しかし天国そのものについては理解不能。 【D-5 南部 地下/1日目 昼】 【吉良吉影】 [スタンド]:『キラー・クイーン』 [時間軸]:JC37巻、『吉良吉影は静かに暮らしたい』 その①、サンジェルマンでサンドイッチを買った直後 [状態]:左腕より出血、左手首負傷(極大)、全身ダメージ(極大)疲労(大) [装備]:波紋入りの薔薇、聖書、死体写真(ストレイツォ、リキエル) [道具]:基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:優勝する。 0.けがの治療のため、地上を目指す。 1.優勝を目指し、行動する。 2.自分の正体を知った者たちを優先的に始末したい。 3.サンジェルマンの袋に入れたままの『彼女の手首』の行方を確認し、或いは存在を知る者ごと始末する。 4.機会があれば吉良邸へ赴き、弓矢を回収したい。 【川尻しのぶ】 [時間軸]:The Book開始前、四部ラストから半年程度。 [スタンド]:なし [状態]:精神疲労(中)、疲労(小)すっぴん [装備]:地下地図 [道具]:基本支給品、承太郎が徐倫におくったロケット、ランダム支給品1~2(確認済) [思考・状況] 基本行動方針:空条承太郎を止めたい。 0.地下道を抜け、空条邸で承太郎を待つ。 1.どうにかして承太郎を止める。 2.吉良吉影にも会ってみたい。 【E-2 GDS刑務所付近/1日目 昼】 【ホル・ホース】 [スタンド]:『皇帝-エンペラー-』 [時間軸]:二度目のジョースター一行暗殺失敗後 [状態]:健康 [装備]:タバコ、ライター [道具]:基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:死なないよう上手く立ち回る 0.なんとかしてこの場を切り抜ける 1.とにかく、DIOにもDIOの手下にも関わりたくない。 【セッコ】 [スタンド]:『オアシス』 [時間軸]:ローマでジョルノたちと戦う前 [状態]:健康、興奮状態、血まみれ [装備]:カメラ [道具]:死体写真(シュガー、エンポリオ、重ちー、ポコ) [思考・状況] 基本行動方針:DIOと共に行動する 0.オブジェを壊された恨み。吉良を殺す。 1.人間をたくさん喰いたい。何かを創ってみたい。とにかく色々試したい。 2.DIO大好き。チョコラータとも合流する。角砂糖は……欲しいかな? よくわかんねえ。 [備考] ※『食人』、『死骸によるオプジェの制作』という行為を覚え、喜びを感じました。 ※それぞれの死体の脇にそれぞれの道具が放置されています。  ストレイツォ:基本支給品×2(水ボトル1本消費)、サバイバー入りペットボトル(中身残り1/3)ワンチェンの首輪  リキエル:基本支給品×2 【ヴァニラ・アイス】 [スタンド]:『クリーム』 [時間軸]:自分の首をはねる直前 [状態]:健康 [装備]:リー・エンフィールド(10/10)、予備弾薬30発 [道具]:基本支給品一式、点滴、ランダム支給品1(確認済み) [思考・状況] 基本的行動方針:DIO様のために行動する。 0.虹村形兆と合流、ジョースター一行を捜索、殺害する。 1.DIO様の名を名乗る『ディエゴ・ブランドー』は必ず始末する。 【虹村形兆】 [スタンド]:『バッド・カンパニー』 [時間軸]:レッド・ホット・チリ・ペッパーに引きずり込まれた直後 [状態]:悲しみ [装備]:ダイナマイト6本 [道具]:基本支給品一式×2、モデルガン、コーヒーガム [思考・状況] 基本行動方針:親父を『殺す』か『治す』方法を探し、脱出する? 1.隙を見せるまではDIOに従うふりをする。とりあえずはヴァニラと行動。 2.情報収集兼協力者探しのため、施設を回っていく? 3.ヴァニラと共に脱出、あるいは主催者を打倒し、親父を『殺して』もらう? 【ペット・ショップ】 [スタンド]:『ホルス神』 [時間軸]:本編で登場する前 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:サーチ&デストロイ 0.??? 1.DIOとその側近以外の参加者を襲う 【サーレー】 [スタンド]:『クラフト・ワーク』 [時間軸]:恥知らずのパープルヘイズ・ビットリオの胸に拳を叩きこんだ瞬間 [状態]:健康 [装備]:肉の芽 [道具]:基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する 1.DIOさま…… 【チョコラータ】 [スタンド]:『グリーン・デイ』 [時間軸]:コミックス60巻 ジョルノの無駄無駄ラッシュの直後 [状態]:健康 [装備]:肉の芽 [道具]:基本支給品×2 [思考・状況] 基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する 1.DIOさま…… 【スクアーロ】 [スタンド]:『クラッシュ』 [時間軸]:ブチャラティチーム襲撃前 [状態]:健康 [装備]:アヌビス神 [道具]:基本支給品一式 [思考・状況] 基本行動方針:ティッツァーノを殺したやつをぶっ殺した、と言い切れるまで戦う 0:??? 【ディ・ス・コ】 [スタンド]:『チョコレート・ディスコ』 [時間軸]:SBR17巻 ジャイロに再起不能にされた直後 [状態]:健康 [装備]:肉の芽 [道具]:基本支給品、シュガー・マウンテンのランダム支給品1(確認済み) [思考・状況] 基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する 1.DIOさま…… [備考] ※肉の芽を埋め込まれました。制限は次以降の書き手さんにお任せします。 ※ジョースター家についての情報がどの程度渡されたかもお任せします。 ※シュガー・マウンテンのランダム支給品の内一つは「シュトロハイムの足を断ち切った斧」でした。  現在はDIOが所持しています。 【E-3とD-3の境目 地下/1日目 昼】 【カンノーロ・ムーロロ】 [スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』 [時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。 [状態]:健康 [装備]:トランプセット [道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、『ジョースター家とそのルーツ』     川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、不明支給品(5~15) [思考・状況] 基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。 0.??? 1.情報収集を続ける。 2.誘導した琢馬への対応を考える。 [備考] ※回収した不明支給品は、  A-2 ジュゼッペ・マッジーニ通りの遊歩道から、アンジェリカ・アッタナシオ(1~2)、マーチン(1~2)、大女ローパー(1~2)  C-3 サンタンジェロ橋の近くから、ペット・ショップ(1~2)  E-7 杜王町住宅街北西部、コンテナ付近から、エシディシ、ペッシ、ホルマジオ(3~6)  F-2 エンヤ・ガイル(1~2)  F-5 南東部路上、サンタナ(1~2)、ドゥービー(1~2)  の、合計、10~20。  そのうちの5つはそれぞれ  『地下地図』→マーチン  『図画工作セット』→アンジェリカ・アッタナシオ  『サンジェルマンのサンドイッチ』→ホルマジオ  『かじりかけではない鎌倉カスター』『川尻家のコーヒーメーカーセット』→エシディシ  のものでした。 【DIO】 [時間軸]:JC27巻 承太郎の磁石のブラフに引っ掛かり、心臓をぶちぬかれかけた瞬間。 [スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』 [状態]:全身ダメージ(大)疲労(大) [装備]:シュトロハイムの足を切断した斧、携帯電話、ミスタの拳銃(0/6) [道具]:基本支給品、スポーツ・マックスの首輪、麻薬チームの資料、地下地図、石仮面     リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、予備弾薬18発 [思考・状況] 基本行動方針:『天国』に向かう方法について考える。 0.??? [備考] ※地下道D-4付近一帯が崩壊しました。ひょっとしたら横道を使って通り抜けれるし、通り抜けれないかもしれません。 *投下順で読む [[前へ>夢見る子供でいつづけれたら]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>それでも明日を探せ]] *時系列順で読む [[前へ>夢見る子供でいつづけれたら]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>それでも明日を探せ]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |132:[[マイ・ヒーローとラブ・デラックス (前編)]]|[[カーズ]]|175:[[窮鼠猫を噛めず]]| |145:[[GANTZ]]|[[ホル・ホース]]|156:[[HUNTER×HUNTER]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[ペット・ショップ]]|168:[[Trace]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[ヴァニラ・アイス]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[DIO]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[虹村刑兆]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |143:[[本当の気持ちと向き合えますか?]]|[[川尻しのぶ]]|161:[[She's a Killer Queen]]| |145:[[GANTZ]]|[[吉良吉影]]|161:[[She's a Killer Queen]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[サーレー]]|165:[[BLOOD PROUD]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[スクアーロ]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[チョコラータ]]|156:[[HUNTER×HUNTER]]| |145:[[GANTZ]]|[[セッコ]]|156:[[HUNTER×HUNTER]]| |143:[[本当の気持ちと向き合えますか?]]|[[空条承太郎]]|158:[[ReBorn]]| |145:[[GANTZ]]|[[F・F]]|158:[[ReBorn]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[ディ・ス・コ]]|165:[[BLOOD PROUD]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[マッシモ・ヴォルペ]]|158:[[ReBorn]]| |144:[[相性]]|[[カンノーロ・ムーロロ]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]|
 ◇ ◇ ◇  ぱちぱちぱちぱち……―――(拍手の音)  ◇ ◇ ◇ 「君たちには……人探しをしてもらいたい」 とろけそうになるほど甘い声。その声は一流音楽家が奏でるヴァイオリンよりも美しく響いた。 DIOは目前でうずくまる四人の男たちを眺める。誰もがぼんやりとした顔で、DIOの言葉に聞き惚れている。 「[[ジョセフ・ジョースター]]、空条承太郎、花京院典明、[[モハメド・アヴドゥル]]……。  この四人を、君たちには探してもらいたい。いずれもこの私の野望を邪魔せんとする輩だ。  君たちには彼らを探し出し、このDIOのもとに連れてきてもらいたい。  生死は問わない……信頼する君たちなら必ずやり遂げてくれるだろう……。  さぁ、行くがいい……このDIOの忠実な部下たちよ……」 話が終わったのを合図にDIOは椅子から立ち上がり、男たちは深々と頭を下げる。 薄暗い室内をぼんやり照らすロウソクが、怪しげな影を男たちの頭に落とした。 よく見れば額に小指大の肉片がうごめいていることに気がつくだろう。DIOによる洗脳、”肉の芽”だ。 部屋の奥へとDIOが姿を消し、男たちも立ち上がる。その足取りはどことなくぎこちない。目つきも虚ろだ。 プログラミングが終わったばかりのロボットのような動きで彼らは建物をあとにする準備を始める。 一連の出来事を部屋の隅で眺めていた[[虹村形兆]]は、ゾッとしない気分だった。 これがDIO……! これが悪の帝王……ッ! 他人を踏みつけることなんぞなんとも思っていない。 喉が渇いたから喫茶店に入るような気軽な感じで、彼は人を人有らざるモノに変え、己のコマとする。 罪悪感がない……、人としての『タガ』が外れている……。その点では間違いなくDIOは人間を超越しているだろう。 何かをしようとするたびに悩み、苦しむ形兆なんかとは違って……。 形兆の指先がビリビリと震えた。『格の違い』に恐怖を覚えたのは初めてのことだった。 震えをごまかすためにもう片方の手でギュッと腕を押さえつける。 隣に立った[[ヴァニラ・アイス]]に動揺を知られたくはなかった。 「行くぞ、虹村形兆。奴らに先を越されてはならん」 ヴァニラの声は無機質で、人工的で、カラッカラに乾いているように聞こえた。 形兆が小さく頷けば、ヴァニラ・アイスは先に立って歩き始める。 その背中を眺めながら、こいつの首筋に弾丸をブチ込めたらどれだけスカッとするだろうか、と形兆は思った。 第五中連隊をそっくりそのまま投入。 三六〇度より一斉一点射撃。首元の爆弾を引火させ、上半身を根こそぎ吹き飛ばす……。 そんな夢みたいなことができたならば……。 「なにをしている、早く行くぞ」 「そう急かすんじゃあない。隊列行動は規律を守ってだ。俺に指図するのはやめてもらいたいね」 表面上は軽口を叩きながらでも、互いに警戒は全くといていない。 ヴァニラは隙あらば形兆を殺そうとしているし、形兆だって素直に殺される気はない。 まだここがDIOの目の届くところだから、ただその一点のみで二人は戦わずに済んでいる。 だが『ここ』からは違う。この扉を開け、GDS刑務所から出ればそこはもはや無法地帯だ……。 最後の扉を開くと強い日差しが差し込んできて、思わず目を瞑りそうになった。 目がなれると辺りの風景が一気に視界に飛び込んでくる。見れば先の四人は四方に散って、それぞれの方向へと向かっている。 甲高い叫び声に釣られ上を見上げれば、一匹の鳥が空高く舞っているのが目に入った。 側にも、上にも監視付きってことか。逃げ場なんてものはどこにも見当たらない。 ため息を一つつくと、形兆はバッド・カンパニーを広げていく。 ヴァニラ・アイスに遅れないよう後を追いながら、同時にあたりの警戒も怠らない。 (なぁ、億泰……なかなか狂ってやがるだろう?   あれだけ嫌ったオヤジだっていうのに、今俺はオヤジの代わりに仕事を引き継いでいるんだぜ?  皮肉なもんだ! 殺したいほど憎んでいたはずなのに! そのオヤジの跡をそっくりそのままたどってやがる!  この俺が! この俺がだぞ……!?) 吸い込んだ空気はベタベタと口周りで張り付いて、学ランの下で汗がシャツをぐっしょりと濡らした。 (だがな、俺は忘れてないからな…………!  諦めたわけでもない。その可能性を捨てたわけでもない。 必ず俺とお前の借りは返してやるから! だから見とけよ、億泰!) 形兆の足元で何人かの兵士たちが武器を構え直した。金属がぶつかりあう特有の、重量感を持った音が響いた。 それは戦いを予期させるような鈍い音。しかし、兵士たちは知らないのだ。 この拳銃をこの先誰に向けることになるか。標的が一体だれになることか。 ひょっとしたら顔も知らない若者かもしれない。戦いに明け暮れた歴戦の兵士かもしれない。 そしてもしかしたら……。渋い顔で形兆の隣を歩くヴァニラ・アイス。 彼にその武器を向けるときは、そう遠くないのかもしれない。  ◇ ◇ ◇ 散歩に付き合ってくれないか。そう言ったDIOの提案にヴォルペは黙って頷いた。 別に断る理由もないし、ちょうど暇をしていたところだったのだ。 頷くヴォルペを見てDIOは笑みを深める。DIOはヴォルペを地下に誘った。二人はGDS刑務所内の地下の階段を下っていく。 最初はコンクリートでできていた階段も、下るに連れて砂や石が混ざり、ついには壁も足元も未整備のものへと変わっていった。 天井から滴る水滴が水たまりをあたりに作る。ゴツゴツした地面に足元を取られないようヴォルペは慎重に進んでいく。 DIOはどこか上機嫌で鼻歌交じりで先を進んでいた。さっきからやけにハイなようだとヴォルペは思った。何かいいことでもあったのだろうか。 特別変わったことはなかったと思っていたが、思えばヴォルペはDIOのことをよく知らない。 好きな花も好みの歌も、出身も年齢も血液型も知らない。そもそも自分から誰かに興味を持ったことなんぞなかった。 足元が一段と荒れてきた。天井が低くなり、背が高いヴォルペは身をかがめながら進む。 頭をぶたないようにしながら、水溜りに足を突っ込まないように気をつけなくてはいけないのは厄介なことだった。 進んではかがみ、よれては立ち止まる。DIOはなんでもないようにスイスイと進んでいく。 ヴォルペより一回り大きな体をしているというのに器用なものだった。 「君のスタンドは素晴らしいよ、ヴォルペ」 洞窟に入ってから一言も口を開かなかったDIOが突然そう言った。 返事をするどころでないヴォルペは言い返すこともできず、ただ頷く。この暗闇では頷いたところでわからないだろうけれども。 ともに足を止めることなく、進みながら話は続く。ヴォルペは黙って耳を傾けた。 「先の三人と一匹……[[チョコラータ]]、サーレー、スクアーロ、そして[[ペット・ショップ]]のことだが……。  君のスタンドは最高だ。ほとんど再起不能当然だった彼らが今ではピンピンしている。  全くの無傷だ。本当に素晴らしいよ、ヴォルペ……!」 「……それは、どうも」 「確かにただ動けるようにするだけなら、この私にも可能だ。  首元に指先をつきたて、吸血鬼のエキスを流し込めばいい。そうすれば屍生人として彼らは再び動き出すだろう。  だがそうなってしまえば二度と陽の光を浴びることはできなくなる。  この狭い舞台で地下でしか動けない部下なんぞ、扱いづらいことこの上ないよ」 「…………」 「だが君は違う。君の能力は違う。私の間逆の能力そのものであり、だが隣り合わせのようによくなじむ!  過剰なエネルギーを流し込み、細胞を活性化させる。復元するのではなく、再生させるのだ。  いうならば体の内部を加速させているわけだ。一日ががりの傷を三秒で、一年がかりの怪我を三分で!  君は確かに生命を操っているよ、ヴォルペ! なんて素晴らしい! これ以上ないほど素晴らしい!  君は生命を与え、私は生命を奪う。君は万物を加速させ、私は世界を凍りつかせる。  コインの裏表のようだ! 素晴らしい引力だ! フフフ……ヴォルペ、君は素晴らしいぞ、ヴォルペッ!」 DIOの喜びようはヴォルペを戸惑わせた。 話していくうちに喜びが増してきたのだろう。DIOはまるでクリスマスと正月が同時に来たようにはしゃぎだす。 だがヴォルペにはその喜びが理解は出来ても、共感はできなかった。 喜色満面のDIOを見つめながら、ヴォルペは何をそんなに喜ぶのだろうと考えていた。 自分はただ言われたとおり手当をしただけだ。 何も特別なことをしたわけではない。そもそもそんなにすごいというのなら、それは俺ではなくスタンドがすごいだけだ。 すごいのはむしろ君の方だ。そんな類まれなすべてを惹きつける、君の引力がすごいんだ。 だが、それでもヴォルペはかすかにだが、『喜び』というものを感じていた。 だれかの役に立てたという達成感と満足感がヴォルペをすっぽり覆う。 それは初めての経験だった。こんなものが感情だというのなら、それも悪くないなと思える程だった。 「DIO」 ヴォルペが口を開く。胸の内に湧き上がる何かを確かめるかのように、慎重に言葉を選ぶ。 「そのチョコラータという男だが……なぜ君は肉の芽を埋め込んだんだ? [[セッコ]]に話を聞いたときはぜひ会いたい、と乗り気だったはずだが」 「そうだな、確かにセッコの言うとおりなかなか面白い男だったよ……」 「なら……」 「ヴォルペ、君は『切り裂きジャック』の話を聞いたことがあるかい?」 「……名前ぐらいは」 「あのチョコラータという男も彼といっしょだった。悪のエリートだ。良心の呵責というものを超越しているのさ。  残酷さを楽しみ、他人の苦しみに心躍らせる。際限のない男、それが私が感じたチョコラータという男の本質だ」 「なおさら君が好きそうな男じゃないか」 「皮肉のつもりかい、ヴォルペ」 「気に障ったなら謝る」 DIOは大きな声で笑うと、肩を揺らし、首を振った。一つ一つの動作が絵になる男だな、とヴォルペは思った。 「けどね、ヴォルペ……チョコラータという男はそこにとどまらない男だった。  やつは出会う人すべてを見下さずにはいられない男だ。  肉の芽を埋め込む前、私と話している最中にも彼の目にはそんな怪しげな光が生まれていたんだ。  君の言うとおり肉の芽なんか埋め込まなくてもよかったのかもしれない。  忠実な部下として指示通り殺し、それ以上の災害をあたりに振りまくかもしれない。  だが全てを殺し尽くしたとき……やつは必ずやこの私に牙をむけるだろう。  チョコラータという男は、このDIOを必ずや叩き落とそうとし、上から見下ろしてやろうとする男なんだ。  制御不能な狂犬なのさ。あのチョコラータという男は。  狂犬ならもう十分間に合っている。虹村形兆、[[シーザー・アントニオ・ツェペリ]]……。これ以上足元で暴れられるのも不愉快だ」 「それで肉の芽を埋めたと」 「そのとおり」 短い沈黙が二人のあいだを漂った。結構な距離を歩いたことで辺りの様子も変わってきている。 道はだんだんと平坦になっていき、天井も3、4メートルほど高くなっていった。 相変わらず足場は悪く、水漏れは一層激しくなったが身をかがめる必要はなくなった。 「それともう一つ」 先を進んでいたDIOだったがヴォルペの声に立ち止まると、彼が追いつくのを待った。 二人並ぶとゆっくり進みだす。 ヴォルペの声は相変わらず乾いていたが、どこか和らげな感じになっていた。 「俺たちは今、どこに向かっているんだ?」 DIOはなんでもないといった感じで返事をする。 「セッコに遊びに行く前に頼んでおいたのさ。GDSからこの地下道まで道をつないでおくようにとね」 「答えなになってないよ、DIO」 ヴォルペの声にわずかに混じった苛立ちを感じ、DIOは困ったように笑う。 彼はヴォルペの肩に手を載せながら答えた。 「どこでもないさ。強いて言うなら君の引力が向くがままにだ」 そしてそれに応えるかのように、前方から物音が響いてきた。 硬い金属をぶつけ合うような音だ。戦いの音。 DIOの顔に笑顔が広がる。今までの笑みとは違う、邪悪で凶暴な笑みだ。 ヴォルペはその横顔を黙ってじっと見つめていた。  ◇ ◇ ◇ セッコの動きは吉良が予想していた以上素早いものだった。 もはやスタンドがバレることを恐れる必要はなく、吉良は思う存分キラー・クイーンの能力を発揮している。 辺りに散らばっていたベンチ、戦いの余波で散った木屑、ひび割れた石床……。 教会内に爆発音が無数に響く。砂埃が舞い、衝撃波が建物全体を揺らす。 だがそれでもセッコを捉えることはできなかった。 「ノロいノロいノロいノロいッ! 眠っちまうぜェ~~、[[吉良吉影]]ェ~~~!」 オアシスの能力を発動、地面の反動を利用しながらセッコは恐るべき速さで宙を舞っていた。 地面から壁へ、壁から天井へ。弾性を生かし、あらゆる方向から吉良へと襲い掛かる。 もはや吉良は能力を隠している余裕などなかったのだ。それに吉良には自信もあった。 わかったところでどうしようもできない。防ぎようがない攻撃。それこそがキラー・クイーンの真骨頂であり、最強である証拠だと。 正面から高速で迫るセッコに対し、爆弾を放り投げる。間合いに入ったところで手動点火。 目的はセッコにダメージを与えることではなく、距離をとること。 スタンドどうしの殴り合いならこちらが不利になる。最初の交戦で吉良にはそれがわかっていた。 爆風があたりに覆い、互の姿が見えなくなる。牽制の意味を込め、あらゆるものを適当に投げつけていく。 無事大きく後ろに下がると、吉良は一呼吸付いた。スタンドを構え、強襲に備える。 だが砂埃が収まったとき、そこにセッコの姿は見えなかった。 「なにッ!?」 同時に頭上からの物音を捉え、反射的に防御の構えを取った。 鋭い痛みが腕に、そして肩に走る。キラー・クイーンが必死で攻撃をはねつけるが全てを対処することは不可能だった。 しばらくの間、頭上からの攻撃は続き、最後にセッコそのものが天井より吉良めがけ襲いかかってきた。 なにかを爆弾化させる余裕はない。咄嗟に足元に転がった木製ベンチを放り投げる。 空中で軌道を変えることができず、セッコは弾き飛ばされた。ダメージはないようだが、これで直撃は避けられる。 地面に”着水”したセッコを警戒しつつ、吉良は己の体を見やる。その時になってようやく、吉良はどんな攻撃を食らったかを理解した。 泥だった。今しがた吉良に襲いかかったのは再硬質化した泥の槍だったのだ! 「柔らかくなったものはよォ、元に戻ろうとするからなァ~~~……。  俺は何もしてねェんだ。勝手に戻ろうとするだけなんだァ~~!」 吉良は改めてセッコの能力の厄介さを知る。 近距離戦では弾性を使い、早さとパワーでキラー・クイーンの上を行く。 中距離では地面に潜り、あらゆる場所から襲いかかってくる。おまけに泥の槍という遠距離攻撃もある。 (なんて厄介な……。なぜこうも面倒なやつを私が相手しなければいけない……?) 吉良は内心で毒づいた。ここにきてというもの不運が続いている。 ウロウロと間合いを計っていたセッコが緩急をつけ、吉良に迫る。 愚痴をはくの後回しだ。キラー・クイーンで迎え撃つ。 拳が飛び交い、蹴りが行き交う。セッコの上体が揺れたのを見逃さず、吉良が前に出る。 キラー・クイーンの直接接触でセッコのスタンごと爆発させる。伸ばした腕がセッコに触れんとす。 だが瞬間、キラー・クイーンの拳をセッコの掌が跳ね上げた。発現条件がバレたのか、吉良の目が驚きに見開かれる。 セッコは能力をキラー・クイーンの完全に把握しているわけではなかった。 ただほとんどのスタンド能力は拳を使わんければいけないということを彼は経験上知っている。 体制が崩れた吉良、セッコは懐に飛び込み、攻撃を重ねていく。 みぞおちに肘を叩き込み、同時にもう一つの腕を伸ばす。胸ぐらを掴んで引きずり落とす。 あたりの地面は既に泥化ずみだ。半分溶けた地面に引きずり込み足を奪うつもりか。 だがセッコは不用意に近づきすぎていた。 賭けに出た吉良は地面を叩き、床の一部を爆弾化。己のダメージを気にせず爆破させる。 捨て身覚悟の至近距離爆破にセッコがたじろぐ。幸運にも被害が少なかった吉良はその隙を見逃さない。 泥の槍を弾き飛ばしながら上体を引き上げ、一気に入口へと走る。 喚き声を上げながらセッコは追いかけてくる。やはりスピードはセッコが上だ。壁と天井を伝ってセッコが真正面に回り込む。 扉の前に立ちふさがったセッコ。吉良は真っ向から突きの速さ比べに挑む。 キラー・クイーン VS オアシス。拳と蹴りが無数にあいだを行き交っていく。 「ぐッ」 「俺の『オアシス』は最強だあああああああ―――ッ! 喰らいやがれェエエエエエエ―――ッ!」 吉良は自分の観察眼と運に賭けた。そしてそれは成功した。 絶対の自信を持ったセッコは土壇場では拳を振り回す癖がある。ならばあえてその攻撃をうけ、後ろに跳ぶ。 当然セッコは吉良を追う。そしてそれこそが! それこそが、吉良の狙いだッ! 『コッチヲミロォォォォオオ~~~~!』 左の泥化が治ったわけではない。 セッコの射程距離から逃れればまだマシになるだろうが、以前シアー・ハート・アタックはドロドロの状態だ。 呆れたような、馬鹿にしたような表情をセッコは浮かべる。目前に飛び出たシアー・ハート・アタックをはねつける。 「今だ、『キラー・クイーン』……点火しろ!」 だからこそ、その影に紛れ飛んできた『第二の爆弾』にセッコは対処できなかった。 手動で爆破された木片は本来ならばセッコには到底及ばないものだった。 だがシアー・ハート・アタックという爆弾に引火させることを目的としたならば……話は違う。 手動で点火させられた爆破の余波でシアー・ハート・アタックが爆発する。 至近距離からもろに爆破を受け、セッコの体が吹き飛んだ。同時に吉良もその場で膝をつく。 激しい戦いだ。吉良の見たところ、戦況は互いに五分と五分。 痛みに胸を抑えれば、その下の骨が軋むのがわかった。肋骨にダメージをおっている。 左肩、左腕には泥の槍を受け、筋肉の繊維がズタズタに切り裂かれていた。 左手の甲は……先ほどよりマシになっていた。まだまだ本調子には程遠いがなんとかシアー・ハート・アタックは使用可能だろう。 吉良が呼吸を整え終えると、セッコもゆっくりと体を起こした。 胸から上にかけて大きな火傷を負っている。とりわけ顔の右半分はもろに爆風を受けたのか、ひどい有様だった。 鬼のような形相でセッコが吉良を睨む。数歩歩くと、その足元がふらついた。目をやられたのだろうか。 「戦いは新たな敵を生む……だが私のキラー・クイーンに『敵』はいない。  なぜならどんな強敵であろうと、必ず吹き飛ばしてきたからだッ!」 「このションベン爆弾野郎がァァァアア~~……! このお、俺の『オアシス』を、こ……この野郎~~ッ!」 どもりながらもセッコは戦いの構えを取った。吉良もスタンドを出現させ、闘士をたぎらせる。 一秒が過ぎ、二秒がすぎる……。どちらも動かなかった。 そうして先に構えを解いたのはセッコのほうだった。 「ここまでだ」 憎々しげにつぶやくと、後ずさっていく。 セッコの視線の先を眺めると戦いの余波で飛び出てきた時計が転がっていた。放送の時間まで時間はあまりない。 ある程度距離をとったところまで下がると、セッコは地面に潜り込み、そして姿を消した。 しばらくの間、吉良は辺りを警戒していたが完全に去ったと判断すると構えをといた。 手強い相手だった。だがそれでも上を行ったのはこの吉良吉影だった。 脇に転がるベンチに座り込みたくなるのを我慢し、吉良は足を引きずりながら教会の奥を目指す。 治療の時間が必要だ。だがここを離れる必要もある。さらにセッコをほうっておくわけにも行かない。 あらゆる要素を考慮すると……吉良は足元に伸びていく階段を睨みため息を吐いた。 地下に潜るのが一番か。まるで逃走生活のようだと思ったところで首を振り、吉良は階段を下りていく。 吉良吉影は休めない。  ◇ ◇ ◇ 洞窟。 光が刺さない地下深く、手に持った懐中電灯だけを便りに二人は歩いていく。 空条承太郎と[[川尻しのぶ]]、二つの足音がこだまする。天井は低い。承太郎が手を伸ばせば触れられそうなほどだ。 承太郎としのぶはぶどうが丘高校を後にし、空条邸に向かっていった。 承太郎は理由を言わなかった。黙ったまま車を走らせ、門のところで止めると彼はようやく口を開いた。 『アンタ、吸血鬼の存在を信じているか』 突然の質問にしのぶは何も答えられない。承太郎も答えを期待してたわけでなく、淡々と話を続けた。 承太郎が持つ支給品の中の一つに地下地図、というものがあったらしい。 この街全体に張り巡らされたような地下道は交通のためにしては不自然で、下水や浄水のためにしては大規模すぎる。 しかしもしも日中外に出られないようなものたちがいたならば……。吸血鬼と言われる怪物たちが本当に実在するならば……。 そこはこの地で一番の危険地帯に早変わりだ。 学校の周りも駅の周りも人気は少なく、空振りに終わった。承太郎はこれ以上待つことは不可能と判断し、攻めることにしたのだ。 [[参加者名簿]]の中に吸血鬼と呼ばれる人種が何人もいると、承太郎は言った。そしてそれ以上の怪物、柱の男たちと呼ばれる者もいるといった。 『俺は今から地下に踏み込み、片っ端からそういう奴らをぶちのめすつもりだ』 にわかには信じられない話だ。おとぎ話でももう少し信ぴょう性がある。しのぶは何も言えず黙っている。 だが無言のまま承太郎が車から降りようとしたとき、既にしのぶも助手席の扉を開いていた。 もはやなんでもアリだ。スタンド、人殺し、爆弾首輪。そんなものがあるのであれば吸血鬼だっているだろう。 それになによりもさっき決めたばかりではないか。 空条承太郎を止めてみせる。ならばしのぶには選択肢はない。承太郎が行くところがしのぶの行くところだ。 たとえそこがどれだけ危険な死地であろうとも。 しばらく歩くと天井が高くなり、あたりもうっすらとではあるが明るさを増した。 壁に生えるコケがかすかに光り、ところどころから飛び出た燭台にはロウソクが灯らされている。 薄明かりの中、二人は無言のまま歩く。ただひたすら歩く。 承太郎は憎むべき敵を探し、一切の気配を見逃すまいとして。しのぶはそんな彼の大きな背中を眺め、内なる決断を済ませ。 しのぶは諦める決断をした。 難しい判断だったがそうする勇気を持つことを、彼女は自分に決めた。 この先承太郎は何度も戦うだろう。 望まない相手に拳を振り上げる羽目になるだろう。自分を押し殺し、戦わない相手と戦うことになるだろう。 しのぶにできることは『なにもない』。 なにもないとわかり、でもなにかせずにはいられない。そのためにまずは自分の身は自分で守ろうと思った。 戦う相手を救うことを、しのぶは諦めた。今の彼女に、それはあまりに大きすぎたものだった。 彼女に救えるとしたらせいぜい一人ぐらいだろう。救えてたったひとり……承太郎、その人ぐらいなものだ。 だから承太郎が戦い始めたら彼女は逃げるつもりだ。 戦いを止めることは不可能だし、承太郎のそばにいたところで負担がますだけだ。 悲劇のヒロイン気取りでもうやめて、なんていうこともしない。彼がどれだけ思いつめて、苦闘しているかはわかっているつもりだから。 大きく息を吸い込むと、砂の臭いに混じってタバコの匂いがした。 空条さんはいったい何を考えているのだろうか。一体彼には何が見えているのだろうか。 隣を歩いているというのにしのぶには承太郎の何もが、わからなかった。 頑張ったところで空回り。ただ励ましたいのに、力になりたいのに。 それなのにどうやったら力になれるかがわからない。 だけど、これ以外に、そしてこれ以上にできることは何もない。 それすらも欺瞞で、傲慢で、押し付けがましいおせっかいだ。 だから一緒にいたい。だけどそばにいたい。脇で立っていたい、寄り添っていたい。 何か一つだけでも秀でたものになりたかった。 しのぶは、心の底から『必要』とされたかったのだ。 今は無理でも……いつかはかならず……――― ―――そう、思っていた。 「柱の男、[[カーズ]]……か」 「え?」 「アンタは逃げろ」 突然立ち止まった承太郎がポツリとつぶやいた。しのぶには何が何だかわからなかった。 次の瞬間、承太郎の姿が消え、凄まじい轟音が響いた。 しのぶは音にたじろぎながらも反射的にその場に伏せる。ぱらぱらと音を立て、頭上から崩れた砂が落ちてきた。 衝撃が収まるのを待ち、こわごわと顔を上げる。 目を凝らすと十数メートル先に承太郎の背中が見えた。そしてその脇に立つスタンドと……さらに奥に男の影が一つ。 その男は怪我でもしているのか、しのぶと同じように地面にうずくまっていた。背は高く、肩幅も大きい大柄な男だ。 黒いターバンのようなものを頭に巻き、冒険家風にマントを身につけている。近くにはついさっきまでかぶっていたと思われる山高帽が転がっていた。 状況から察するに、承太郎がその男に攻撃を仕掛けたらしい。突然姿が消えたように見えたのは、彼のスタンド能力だろう。 「川尻さん、もう一度言う。死にたくなかったら逃げろ」 しのぶのほうを振り返りもせず、承太郎は今度ははっきりとした声でそう言った。 承太郎のもとへ駆け寄ろとしかけたしのぶはその言葉に足を止める。 それは拒否の言葉ではあったが、拒絶ではない。承太郎がほんとうにしのぶのことを思ってなかったら何も言わず、そのまま戦い続けていただろう。 しのぶの脳裏に学校での出来事が古い映画を観るように、思い出される。 駆け寄るしのぶ、突き立てられたナイフ。薄笑いを浮かべた髭面の男。ガラス玉のような承太郎の目……。 ここで彼の言葉を無視するのは簡単だ。近くに駆け寄って、手を広げてもう戦うのはよして、と叫べばいい。 だがそれで何になるというのだ? しのぶは悩んだ末に、逃げることにした。 それは承太郎を困らせることになっても、改心させることにはならないだろう。 本当に承太郎を止めたいのであれば今は動く時でない。悲劇のヒロイン気分で馬鹿なことをすべきでないと、しのぶは学んだのだ。 だがそれでも……やはり胸が痛んだ。 承太郎に独り戦いを任せること苦しさ、戦う相手にも家族がいるのではという哀れみ。 それでもそれらすべてを飲み込むと、しのぶは元来た道を走り出す。最後に承太郎にむかって、大声で言葉を残しながら。 「空条邸で待ってますからッ! 二時間でも、三時間でも……どれだけ待たされようとも待ってますからッ!」 承太郎は動かない。返事もせず、頷きもしなかった。 足早に去る音を背にしながら、ただ目の前の男をにらみ続ける。しのぶの足音がすっかり消え去った頃になって、ようやく地に伏せていた男が立ち上がった。 直角に曲がっていた足首も。あらぬ方向にひん曲がっていた首も。一向に気にする様子もなく淡々と立ち上がると、服の埃を払ってみせた。 そして…………―――また、轟音。 カーズの体が車にはねられたように吹き飛び、何度も洞窟の壁に叩きつけられる。 バウンドを繰り返し、天井まで達し……放り投げられたおもちゃのように落ちてくる。 当然のように位置を変えた承太郎はそれを黙って見ていた。今まで違ったのはその腕に真っ赤な線が走っていること。 時を止め終えたほんのゼロコンマの瞬間に、カーズの指先が承太郎の腕の肉をえぐり飛ばしたのだ。 音を立てて、承太郎の腕から血が滴り落ちる。傷は深くもないが、浅くもない。 二度の衝撃を終えて、両者はにらみ合う。 ゆらりと立ち上がったカーズの顔には憤怒の表情が張り付いている。承太郎は変わらず、機械のように無表情だ。 泥だらけになった自分の姿を一瞥し、カーズは苦々しく言った。 「貴様、何者だ……」 「てめェには関係ないことだ。これから俺にぶちのめされる、お前にはな……」 ―――……殺してやる これほどの屈辱は未だかつて味わったことがなかった。 ダメージはない。が、餌の餌、家畜当然かそれ以下の存在である人間にこうも弄ばされいいようにやられて、カーズのプライドはズタズタだった。 スラァァァ……と薄い氷をひっかくような音を立て、カーズの腕から刃が飛び出した。承太郎もスタンドを構え直し、戦いに備える。 最初から全力全開……最強のスタンド使いと最強の究極生命体のぶつかり合い。この戦いは長くは続かないだろう。 薄暗がりの中、影が動いた。そして……三度轟音が、そして今までよりさらに凄まじい轟音が、洞窟を震わせるように響いた。  ◇ ◇ ◇ 「スター・プラチナッ!」 「KWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 カーズが感じたのは強烈な違和感だった。 目の前の男は自分を知っている。柱の男の性質を、光の流法を……波紋使いでもないのに、完璧に対応しカーズの攻撃をさばいていく。 カーズの体に直接触れることは決してしない。輝彩滑刀に対しては刃をはねのけるように側面をたたいている。 数度の交戦を経て、大きく距離を取る。承太郎も無理には追わず、一度互いに呼吸を整える。 気に入らないな、とカーズは思った。その余裕が、強さが、すべてを見透かしたようなスカした視線が……全てが気に食わんッ!! 大地を強く蹴りあげ、跳躍。狭い洞窟であることを最大限に利用する。 天井まで上昇、今度は天井を蹴り加速。壁を蹴り、進路を変更。また床に戻り、そして上昇……。 人間には決してできない、超三次元的な動き! あまりのスピードにカーズの影がぶれてみえるほどだ! 「刻まれて、死ねェェェエエ―――ッ!」 「オラオラオラオラオラオラッ!」 だが、やはりだ。それでも承太郎は完璧に対応してみせた。 上から切りかかっても、下から切り上げても、右から真っ二つにしてやらんと振り上げても、左からます切りにしようと振り下ろしても。 スピードと破壊力では間違いなくカーズが上だ。体力も、耐久力も、地の利もカーズが上。 だがしかし精密性という一点のみで! 悔しいが認めるしかない……ッ! 承太郎の体に細い切り傷が無数に広がっていく。その先の一歩が踏み込めない。 承太郎の超人的な集中力と、スター・プラチナの能力がそれをさせない。 カーズの刃を揺らし、折らんばかりに振り下ろされるスター・プラチナの攻撃に柱の男は認識を改める。 こいつは……強い。波紋使いとは違った次元でコイツは……このカーズの脅威となる男だ、と。 そしてなにより……ッ! 「……スター・プラチナ・ザ・ワールド」 そう承太郎がつぶやき、カーズの世界が一変する。 つい今の今まで、目の前にいたはずの影が消える。と同時に、ほんのゼロコンマ秒のズレもなく、体の側面に強い衝撃。 きりもみ回転をしながら洞窟の壁に叩きつけられる。 あまりの衝撃にそれだけでは収まらず、バウンドを繰り返し、何度か壁と床を揺らしてやっとカーズの体は止まった。 そう、この謎の能力……。 人形使いに会うのは初めてではない。この舞台ではじめにあった人間もそれらしき能力をもっていた。 が、コイツはタダの人形使いではない……ッ! なにかそれ以上の恐ろしい……凄まじいなにかを、秘めているッ! (そうでなければこのカーズが、こうまでも苦戦するはずがなかろうが……ッ! たかが人間相手に……忌々しいッ!) 体についた砂埃を払い落とし、立ち上がる。形としてはこればかりを繰り返している。 攻めるカーズ、迎え撃つ承太郎。互いにダメージはほとんどない。 なんどもカウンターをくらっているカーズだが、柱の男の耐久力、回復力がそれを補ってくれている。 承太郎も決して無理をしない慎重な立ち回りだ。じっと隙を伺い、待ち続けている。 互いを牽制しあうような時間が続き、小競り合いが二度三度。 焦れるような戦いが何度も続いた。このままでは決定打にかけ、いつまでたっても戦いは終わらないだろう。 二人にできることといえば待ち続けることだけだった。 集中力を途切らせることなく、何かこの状況を打破してくれるような「何か」をひたすら待つことだけ……! 「オラァ!」 「ふんッ!」 長い交戦の終わり際、二人はここぞとばかりに踏み込んだ。だがそれも有効打にはならない。 キィィン……と甲高い金属音が響き、カーズの刃をスター・プラチナが蹴り飛ばす。 よろめき体制が崩れたところを追撃するも、柱の男特有の柔軟さがそれをなんなく躱しきる。 顎先をかすめた蹴りをさけ、カーズは大きく飛び下がる。承太郎はスタンドを呼び戻し、また戦いに備える。 その時だった。 その金属音が止まないうちに、近づく一つの足音。そしてその場にそぐわぬ、乾いた拍手の音。 パチパチパチパチ…………。承太郎の動きが思わず止まる。一歩踏み出したところでカーズは何事かとあたりを見渡した。 二人の視線が向いた先から人影が浮かび上がってくる。 薄明かりの中出てきたのは……黄金に輝くド派手な衣装、筋骨隆々のたくましい肉体、傍らに立つスタンド。 張り詰めていた空気がさらに殺伐としたものに変わる。承太郎の体から目には見えない、だが強烈な怒りの感情が熱となって一斉に吹き出す。 「…………DIOッ!」 「ンン~~、ご機嫌じゃないかァ、承・太・郎ォォ………? ンン?  しばらく見ないあいだに随分と老け込んだじゃないかァ……それともこのDIOに会うのは『数年』ぶりかな?」 返事はなく、代わりに拳が飛んできた。いくつにも増え重なった拳が、壁のようにDIOめがけて迫ってくる。 手洗い歓迎というわけだ……ッ! DIOは軽いウォーミングアップだとつぶやくと、自らもスタンドを出現させた。 「ザ・ワールド!」 その音は拳と拳がぶつかり合う音にしてはあまりに殺気立ったものだった。 刃物と刃物をぶつけ合うように鋭く、甲高い音が洞窟中に響く。それも無数に……そして同時と聞き間違うほど素早い間隔で! 承太郎とDIOはスタンド越しに火花を散らす。 パワーA、スピードAのスタンドのぶつかり合いは凄まじく、衝撃で洞窟全体がビリビリと震えた。 突きが徐々に早くなっていく……。DIOの顔から余裕の笑みが消えた。承太郎は奥歯を噛み、鼓舞するように叫びを上げる。 だが! 「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」 この時を待っていた……ッ! そう言わんばかりの迅速な行動だった。 屈辱ではある。たかが人間相手に苦戦し、突然現れた邪魔者に助けられた形で隙を付くことになった。 だがカーズにとってもはやそんなことはどうでもいいことだった! プライド、過程、こだわり……そんなもののために勝利を犠牲にするほどカーズは甘くないッ! 目的を遂行し、そのためにはどんな手であろうと迷わず実行するッ! そう、これが真の戦闘だ! カーズにとってはそれがなによりもの真理ッ! 「その命、刈り取ってくれよォォオ―――――ッ!! KUWAAAAAAAAA!」 正面から真っ向勝負の二人に対し、真横から超速で接近。 狭い洞窟内に逃げ場はない。上下、左右。いずれに避けようとも、カーズのスピードを持ってすれば腕か足、あるいは両方共もっていかれる……ッ! 魚を下ろすかの如くッ! ただ包丁を振るうようにッ! カーズの鋭い刃が承太郎とDIOに襲いかかるッ!    ―――その瞬間!  ……またも世界が止まった。 「「スター・プラチナ・『ザ・ワールド』ッ!」」 二人は迫り来る刃を前に、示し合わせたように同時に動いた。 ともに止まった時の世界で、DIOは左に、承太郎は右に。 たとえ柱の男といえど、止まった時の世界では『喰らう』ことは不可能だ。 DIOはそうとは知らず、承太郎はそれを知っていて。ともに最大速度でカーズめがけて拳を振るう。 右からザ・ワールド、左からスター・プラチナ。左右からのすさまじい衝撃が一秒の狂いもなく、カーズの体内に圧縮されていく。 すべてが止まった世界でなお、その凄まじいエネルギーは暴走し、カーズの体を変形させていく。 極限までしなやかな骨は折れ、ゴムのように柔軟な皮膚ですら突き破られる。空気配給菅に押し込まれてでもないのにカーズの体はぺちゃんこに変わっていく。 「承太郎、貴様ッ!」 「オラオラオラオラオラオラァ!」 そして、ともに対処しなければならない共通の敵がいたとしても。 この二人が手を組むことは不可能だ。たとえそれが一時、一秒であったとしても。 時が動き出すほんのコンマゼロ秒前、体制を立て直した二人が激突する。 拳の嵐、蹴りの応酬。DIOの右肩が大きく裂ける。承太郎の腕の傷がぱっくり開き、天井に血のシミを作った。 「「そして時は動き出す……」」 「BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」 吹き飛ぶカーズとその叫びを耳にしながら、最後に拳を放つ二人。 凄まじいエネルギーがぶつかり合い……衝撃波が洞窟を通り抜けていった。 弾き飛ばされるようにDIOも承太郎も、大きく飛び下がった。 天井と壁が割れ、パラパラと小石が落ちてくる。砂埃が舞い、足元を舐めるように通り過ぎていく。 「やはり止まった時の世界で動けるか、承太郎……! このDIOにだけ許された世界にッ! 貴様はやはり入り込んできていたのか!」 「答える必要はない」 会話の終わりに二人の傷口が大きく開いた。カーズとてただ闇雲に突っ込んだわけではない。 承太郎との戦いの中でその不思議な能力は曖昧ながらも把握していた。 たとえと時間が止められようと、吹き飛ばされる直前にDIOと承太郎の体に『憎き肉片』を飛ばす。 カーズは倒れふしながらもそれでも意地を見せた。しかし屈辱には変わらない。 あの柱の男の一族が、人間とそして吸血鬼相手に劣勢であることは変わらない事実なのだから。 「よかろう……例え貴様が時に侵入してこようとも、このDIOが貴様をたたきつぶしてやるッ!」 「……貴様らは殺す。肉片一つ残らず殺す。バラバラのブロックに切り裂き殺す。死体も残さずこの体に取り込み殺す。  このカーズ自らの手で! 直々に! 殺し尽くしてやるッ!」 激高するカーズの叫びと、DIOの高笑いがあたり一面にこだました。 増幅された怒りと憎しみの感情が霧のように承太郎を包んだ。だが彼とて気負ったわけではない。 その霧を弾き飛ばさんばかりのエネルギーが承太郎の体から立ち上る。 思い出せ、23年前のあの日のことを。怒りのままにDIOをぶっ飛ばしたあの日。 母を人質に取られ、友を殺され、祖父を侮辱され……プッツンしたあの日の怒りを……俺はッ! 洞窟内に見えるはずのない陽炎が立ち上っているかのようだった。 三人に増えたことで状況はより複雑なものになった。 誰かが動けば誰かが相手しなければならない。その隙に完全に自由な一人が生まれる。 ひりつくような状況で、いたずらに感情だけがそれぞれの中で昂ぶっていく。 コップいっぱいに水を注いでいくよう緊張感。火蓋が切られるギリギリまで一滴、また一滴……。 そして―――! 「お取り込み中申し訳ないのだが……君たち、泥のスーツをまとった奇妙な男を知らないか?」 辺りを漂っていた霧が散っていく。 戦いに水を差すようにひとつの影が姿を現すと、冷め切った調子で三人そう尋ねる。 見た目はただのサラリーマン以外の何でもない。きちっとしたスーツ、曲がっていないネクタイ、ピカピカに磨かれた革靴。 だがその奇妙な質問が何よりも知らしめていた。 この極限状況で、この殺気立った異様な空間で。こうまでも冷静に問を述べれることができる。 カーズもDIOも理解し、承太郎は101%の確信をした。 この男もまた異形……・。絶対に始末すべき相手であると……。  ◇ ◇ ◇ たっぷり一分は待っても返事がないことを確かめ、吉良吉影は残念そうに首を振った。 「どうやら誰も心当たりがないようだな。すまない、邪魔をした」 「待ちな、吉良吉影」 唐突に名前を呼ばれ、立ち去りかけた男は振り返った。 彼の名前を読んだ男は視線を上げることなく、斜めに構えたままだ。 吉良はその生意気な横顔に生理的嫌悪感を抱きながらも、丁寧な物腰を崩さない。 「ええと、すまない。仕事柄人と沢山合うので名前を忘れてしまったようだ。どちら様で?」 問いかけられた承太郎は長いこと無言のままだった。 ロウソクの先から雫が垂れさがるほどの沈黙の後、承太郎はポケットから右手を出すとカーズを指差しこう言った。 「カーズ、柱の男と呼ばれる一族の中で天才と言われた男。  太陽を克服したいという目的の元、石仮面を開発。さらなる進化を遂げるべくエイジャの赤石を求めた。  1939年イタリアで目覚めたのち赤石を求めヨーロッパを放浪。のちにジョセフ・ジョースターの手によって始末される」 カーズの驚いたよう表情を無視し、承太郎は続いてDIO指し示す。 「DIO、本名ディオ・ブランドー。  1860年代に生まれジョースター一族を乗っ取るべく、石仮面をかぶり吸血鬼となる。  [[ジョナサン・ジョースター]]の手によって一度は殺されたと思われたが、100年の時を経て再び野望を達成すべく蘇る。  1987年、エジプトにて空条承太郎の手によって殺される」 DIOはカーズとは対照的に驚きを一切示すことなく、それどころか自身の紹介に合わせて一礼してみせた。 しかしその目は怒りに染まっていた。承太郎を睨み殺さんとばかりにその視線は承太郎から一切はなされていない。 承太郎はそれを無視して吉良を指差す。あらかじめセリフ考えていたごとく、スラスラと言葉が出てくる。 「吉良吉影、1966年生まれ。  18歳のとき初めて殺人を犯す。それを皮切りに手の綺麗な女性をターゲットとした殺人を繰り返す。  最終的には48人もの女性を殺害、二次被害を考えれば殺害数はそれ以上と推測できる。  1999年、M県S市杜王町の郊外で自動車事故に遭い死亡する」 言葉はなかったが空気が揺らぐような感覚が辺りを走った。 いきなり死を宣言される戸惑い、自分の領域に勝手に土足で踏み上がられた気味の悪さ。 しかし稀代の極悪集である三人はそれ以上に怒りを感じた。屈辱を味わった。 時代のズレについては理解している。なるほど、自分はそうやって死ぬの『かもしれない』。 だがそれがどうしたというのだッ! それは『貴様』の世界でおきた出来事に過ぎないッ! 自らの終りの決めるのは自分自身の行いだ。自分自身の信念だ。 この私が! そうも無様な終わりを迎えるだと? 野望を叶えることなく、惨めに地に伏すことになるだと……? 吉良の登場で冷え切った空間が急速に熱せられていく。 爆発直前のエンジン中のように三人の怒りがあたりの空気を変えていく。 承太郎とて同じことだった。彼は怒っている。どうしよもなく、こらえる必要もなく怒っている。 ここにいる三人は間違いなく、どうしようもないほど性根の腐りきった悪だ。 川尻しのぶの放った言葉が上滑りしそうなほどだ。彼らを悼む家族などいない。彼らが突然良心に目覚めることもない。 殺し合いに巻き込まれたから仕方なく殺すのでない。 彼らは殺し合いが起きなかったとしても、自ら殺しあいを仕掛けるような人種なのだから! 怒りに震える三人を眺めると、承太郎はポケットからタバコを取り出し一服する。 全員から立ち上る殺気をそよ風のように受け止めながら独りごちる。 「三人同時は『少しだけ』骨が折れそうだな……やれやれだぜ」 余裕の笑みを崩すことなく、しかし内心は怒り狂いながらDIOはザ・ワールドを傍らに呼び出す。 もはや遊びはおしまいだ。死よりも残酷な結末を……ここに描いてみせるッ! 「どんな未来に生きていようとも……どんな過去を辿っていこうとも……! 『世界』を支配するのはこのDIOだッ!」 吉良吉影は己の半生を思い返す。 どんな困難であろうと切り抜けてきた。どんなピンチもチャンスへと変え、この生活を守ってきた。 譲りはしない……! びくびく怯えながら過ごす日は『今日』だけだ。 私は帰るんだ。元の世界に帰って、必ずあの平穏な日々を……! 「私の正体を知られてしまった以上、誰であろうと生かしてはおけない。全員まとめて……始末させてもらおうか」 パキパキ……と音を立てながら体が修復をはじめる。しかし木っ端微塵に砕かれたプライドまでは決して治すことはできない。 突き出た刃物越しにカーズは三人の顔を眺めた。 どいつもこいつもアホヅラを下げてやがる。このカーズの足元にも及ばぬ程の、原始人どもが……ッ! 「簡単には殺しはしないぞ、人間。このカーズを踏みにじったその行い……泣き喚き、許しを乞うほどの後悔を与えてやるッ!」 そこは既にただの洞窟ではなくなっていた。 四人の超人たちによる生き残りデスマッチ。時間無制限。ギブアップなしの一本勝負。 先の戦いの余波で、天井からゆっくりと小石が落ちてくる。そしてそれが地面に落ちたその瞬間! ―――四人の戦いが始まった。  ◇ ◇ ◇ 一番に動いたのはDIOだった。 承太郎目指し、真っすぐに向かっていく。が、左方向から迫る影を察知し、急停止。 スタンドを構え直したと同時に、上から振り下ろされた刃から身をかわす。 カーズの動きは早い。DIOが足を止めた一瞬の隙に二手、三手と攻撃を畳み掛けてくる。 小刻みに距離を取りながらDIOは考える。カーズは接近戦を仕掛けようとしている。スタンドを持たず、飛び道具もないようだ。 ならば距離を取るのが定石。スタンドがある分、距離を広げれば有利になる。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ! ……なに?!」 「無駄、と言ったか……? 『無駄』と言ったのかァ、DIOォォ~~?」 が、しかしDIOは見誤っていた。相手を大きく吹き飛ばそうと放ったカウンター。 だが叩き込んだ拳にはべったりと蠢く肉片が付着していた。 まるで強力な酸を浴びせ掛けられたような熱さを感じ、DIOは歯を食いしばる。 嘲るカーズの追撃を間一髪でさけ、足元に転がっていた岩を放り投げ牽制する。 ようやく距離をとった頃には指先の皮膚は全て喰らい尽されたあとだった。 余裕の表情を見せるカーズ。強敵の出現に表情を険しくするDIO。 「フン、たかが吸血鬼がこのカーズに楯突こうとはなァ……。やめるなら今のうちだぞ、吸血鬼よ」 「柱の男だがなんだか知らんが……頂点に経つのはこのDIOだ。その言葉、そっくり返してやるぞ、カーズ!」 「…………」 「タバコ、やめてくれないか。そもそも吸うのであれば周りの人にひと声かけるのがマナーってものだろう」 人有らざる者たちの戦いの脇で、人同士の戦いも始まろうとしていた。 カーズとDIOの戦いを眺めていた承太郎は吉良の言葉に振り向く。 気だるげにこちらを眺める吉良の姿を確認すると、承太郎は黙って二本目のタバコに火を付けた。 吉良はイラついたような表情を浮かべたが、諦めたのか言葉を繰り返すようなことはしなかった。 代わりにキラー・クイーンを傍らに呼び出し、戦いの構えを取る。 ポケットに隠し持っていた小石を爆弾に変えようと手を伸ばす……―――。 「―――!」 「スター・プラチナ」 その一瞬の好きを付き、承太郎が仕掛けた。 時をゼロコンマ止め、一気に吉良の懐に潜り込む。吉良は突然の接近に慌てて後退するが、二人の距離は3メートルもない。 吉良は一瞬ためらい、距離をとることを諦めた。 キラー・クイーンは接近戦を得意としているわけではない。爆発の能力をフルに発揮できない分、戦いにくさは否めない。 「しばッ」 「オラァ!」 連戦と負傷で満足には動けないといえど、それでもやはりスター・プラチナが上をいっている。 キラー・クイーンが振り下ろした手刀を拳で跳ね除ける。続けて放った連撃に、キラー・クイーンは対処しきれない。 二発、三発が入り、キラー・クイーンの体が衝撃に揺れる。吉良の口から苦しげな呻きが漏れた。承太郎は手を緩めない。 だが、キラー・クイーンは吹き飛ばされた衝撃を利用して、逆に後ろに飛び跳ねた。 さらに追ってくるスター・プラチナに対し、無造作に小石を投げつけていく。 どれが爆弾化されたかわからない承太郎は闇雲に突っ込むわけにも行かず、スタンドを止める。 急停止、急後退。承太郎は追撃を取りやめ、カウンターを恐れた。 接近戦ではかなわないと悟っていた吉良は、下がった承太郎に対しむやみに仕掛けない。 そのまま距離を撮り続け、爆弾の射的距離で止まった。 再び両者の距離は広まり、承太郎と吉良の間には二十メートル強の間合いが生まれた。 勝負はこの間合いにかかっている。この間合いをいかに保つか。この間合いをいかに詰めるか。 吉良は口元からたれた血をハンカチで拭う。 ポケット内で染みがうつることのないよう、折り目を逆にしてしまいなおす。 一つ一つの動作は冷静だったが、その表情は屈辱に燃えていた。苦々しげにつぶやく。 「なるほど、全てお見通しというわけか……! 私の正体のみならず、キラー・クイーンの能力までもお前は知っていると!」 「どうした、俺を吹き飛ばすんじゃなかったのか……? そんなに離れてちゃ、爆弾どころか煙すら届かないぜ」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」 「KUWAAAAAAAAAAAA――――ッ!」 両者の戦いは熾烈を極めていた。互いに吸血鬼、柱の男の再生能力頼みの荒っぽい真っ向勝負。 DIOはカーズの『憎き肉片』に対処するため、ザ・ワールドに二本の斧を持たせていた。 自身もいやいやではあるが拳銃を手にする。直接手を触れずに、確実に息を止めるため。 カーズは既に纏っていたコートを脱ぎ捨て、帽子も放り捨てていた。 肉体を120%フルに活動させ、己の体でDIOを殺す。体面などを気にしている暇もなかった。 まるでおもちゃを扱うように、ザ・ワールドが斧を振り回す。カーズの刃をはじき飛ばし、首もとめがけ豪快に振り下ろす。 カーズは時に迎え撃ち、時に関節を捻じ曲げ、スタンドの攻撃をいなしていく。同時にDIOへの対処も怠っていない。 DIOも最初の数発でただいたずらに弾丸を打ち込むだけでは無駄と悟り、今では首輪のみを狙った射撃を心がけている。 もちろん隙あらば自身もザ・ワールドに混じり、カーズの体に攻撃を叩き込んでいる。 血が天井までとび赤いシミを作り出す。細かくちぎれた肉片は壁一面にべたりと張り付いている。 そしてしばらくすると……パキパキパキ、と背筋が凍るような音が洞窟に響いた。 カーズの傷が癒えていく。DIOから流れ出ていた血が止まり、傷口がふさがっていく。 まさに化物どうしの戦いだった。凄まじい轟音を立てながら二人は洞窟内をめちゃくちゃに飛び回り、互の刃を真っ赤に染めていた。 「『シアー・ハート・アタック』!」 「スター・プラチナ!」 一方人間たちの戦いに動きは少なかった。すり足で間合いを詰める。牽制を細かくいれつつ、後退する。 飛び交う爆弾、立ち込める砂埃で視界は悪い。どちらも強力なスタンドを持ってるが故に不用意に攻撃を仕掛けるわけには行かない。 人間同士だからこその堅実で、しかし息詰まるような戦いは、吉良の仕掛けで崩れた。 左腕から飛び出た不気味なスタンド。承太郎は即座に詰めていた間合いを放棄し、後ろ後ろへ下がっていく。 シアー・ハート・アタックの後を追うようなかたちで吉良も走る。 二つのスタンドによる波状攻撃。ここで一気に仕留める……! 承太郎はさらに後退する。時折、姿が消えたようなあの不思議な能力を発動しながら、彼は逃げていく。 ついには四人が顔を見合わせた背の高い洞窟から離れ、狭く暗い横穴に消えていく。 吉良にとっては好都合だった。承太郎の攻撃方向を前方のみに限定できる。間合いを見誤らなければ今までよりもう一歩踏み込んで攻撃できる。 『コッチヲミロォォォォオ――――ッ!』 シアー・ハート・アタックがついに承太郎に追いつく。合わせて吉良も足をはやめる。 たとえスタンド能力を使ってシアー・ハート・アタックをかわしたとしても、キラー・クイーンで仕留める。 狭い洞窟内では逃げ場所はない。承太郎は息を切らせながら後退する。もう少し、もう少しでシアー・ハート・アタックが追いつく……! 「今だ、殺れ! 『シアー・ハート・アタック』!」 爆発とともに舞い上がった煙を見て、『殺った!』と吉良は思った。逃げ場などはなく決定的だと彼には思えた。 しかし次の瞬間、吉良はものすごい衝撃を喰らい、ロケットのように吹き飛んだ。 今走ってきたばかりの洞窟を逆戻りし、地面を何度も跳ねながらようやく止まる。 同時に凄まじい痛みが全身を貫いた。腹部、左腕、左手、背中、後頭部……。 フライパンで思い切り殴られたかのような痛みに、情けないうめき声が漏れた。 のたうちまわる吉良の目が承太郎の姿を取られた。 左半身はシアー・ハート・アタックの爆破でズタズタに引き裂かれている。だが、それだけだった。 足も腕も、頭も無事だ。ピンピンしている。それどころかさらに怒りを滾らせ、吉良を始末しようと迫ってくる……! 両者のダメージで言えば承太郎のほうがひどかった。 だがスタンドは精神力だ。心と心のぶつかり合いだ。その点で、吉良に勝ち目はもうなかった。 戦いは一転、弱腰の吉良を承太郎が追い詰めていく形になった。 吉良はもう攻めていかない。彼の頭にあるのはいかにこの場を切り抜けるかだけだ。 四人は戦った。時折相手を入れ替えて、一瞬のつばぜり合いをし、また戦う。 死力を尽くし、自らを鼓舞しながら戦い続ける。 終りの見えない、嫌な戦いだった。もしも誰かひとりでも倒れれば、四人のバランスは大きく傾き、戦いは終局に向かっていくだろう。 だが終わりは唐突にやってきた。誰ひとり倒れることなく、突然に。そして、唐突に。 「捉えたぞ、カーズ! 『ザ・ワールド』! 時よ、止まれッ!」 幾度の交戦を経て、DIOはフルパワーで時を止め勝負を仕掛けた。 停止時間五秒をすべて攻撃に回しカタを付ける。 たとえ時が動き出した瞬間に承太郎が時を止めても距離が大きく離れた今、十分に対処できる範囲内だ。 五秒前 ――― 戦いの余波で崩れ落ちてきた岩石をさけ、カーズのもとへ向かうDIO。 四秒前 ――― 十分間に合う。カーズまでの距離、残り十メートル。 三秒前 ――― DIOの顔に邪悪な笑みが広がった。哀れなり、カーズ……! こいつは自分が死んだことも知覚できない! 二秒前 ――― ザ・ワールドが構えた斧を振り上げる。死刑囚の首筋に叩き込むように斧が迫る! 「な、何ィィィ―――?!」 しかし直前でDIOは二つの違和感に気がついた。馬鹿な、とそう叫びたくなった。 まだまだ時間停止の世界は続くはずだった。途中で途切れたならば自身の消耗が激しかったからと納得も行きよう。 DIOにとって予想外だったのは自身も動けなくなっていたからだ。斧が振り下ろされたその瞬間に、凍りついたようにすべてが止まったのだ! 「俺が時を止めた。カーズを始末したいのは俺とて一緒だが、お前を好きにはしておけないんでな……」 「承太郎、貴様ァ!」 そして二つ目の予想外は承太郎の行動であった。 大きく離れた位置から彼がしたことは間合いを詰めるでもなく、拳銃をぶっぱなすでもなく……。 なんと承太郎は『放り投げた』のだッ! 今しがたまで相手をしていた吉良のスタンド、『シアー・ハート・アタック』を掴むとDIOの目前めがけ放り投げたッ! 狙いすましたように斧の切っ先で停止した自動爆弾。 たとえDIOが振り下ろすのを止めたとしても、熱源に反応したスタンドは爆発するだろう。 ―――そして時は動き出す 直後、凄まじい音と光を発しながらシアー・ハート・アタックが爆発した。 その衝撃は凄まじく、近くにいたカーズとDIOは爆風に吹き飛ばされる。 だが衝撃はそれだけに留まらなかった。 ミシリ、ピシリ……と音を立てて洞窟全体が揺れ始める。 四人の戦いの余波で崩れかけていた洞窟が、今の一撃で完全に崩壊しようとしていた。 轟音を立てて天井が崩れはじめる。次から次へと巨大な岩が雨あられと降り注ぐ。 戦いを続けることは不可能だった。承太郎はそれでもにがさんと、懸命に三人の姿を追ったが後の祭りだった。 影がひとつ、二つと消えていく。承太郎が落ちてくる岩を壊し、かわし進むスピードより、三人の逃げ足の方が上だった。 そして四人の戦いは終わった。 あとに残されたのは手持ち無沙汰の怒りをぶら下げた承太郎と、天井まで積み上がった行き止まりの洞窟のみ……。 誰も死なず、誰も殺さず。痛み分けの、後味の悪い戦いだった。  ◇ ◇ ◇ ずるずる…………ずるずる…………――― 洞窟の壁にもたれかかるように進む影がひとつ。体を引きずる音に紛れ聞こえるのは荒い呼吸音、ぴちゃんと液体が滴り落ちる音。 何も知らない人が彼を見たらぎょっとするに違いない。 吉良吉影は満身創痍で息絶え絶え、動いているのが不思議なほどにボロボロの姿をしていた。 何より目に付くのが血だらけの左腕。 手の甲は蜘蛛の巣のように裂傷が走り、上腕部は出血箇所がわからなくなるほどに真っ赤に染められている。 自慢のスーツも台無しだ。泥まみれ、血まみれ、埃まるけ……。時間をかけてセットした髪も、今はだらしなく垂れ下がっている。 ずりずり、と弱々しく進む。目に力はなく、もはや自分の容姿を気にかける余裕すらない。 「この吉良吉影が、なぜこんな目に…………どうして……」 闘争を嫌っていても劣っていると思ったことは一度もなかった。自分の能力をフルに発揮すればいつだって勝利できると、そう思っていた。 だが……見よ、この有様を! どうだ、この現実は! 惨めだった。情けなかった。誰ひとりとして敵う相手などいなかった。 黄金の吸血鬼、刃物を操る超人、最強のスタンド使い……どいつもこいつもこの吉良吉影よりも巨大な力を持っていた。 「くっ……なんでこんなことに……」 ぽたり、ぽたり……。 腕からの出血が止まらない。乱暴にまいたネクタイは既にたっぷりと血を吸って重くなっている。 滴る血に紛れて、頬を伝う涙が音を立てて落ちていく。今、吉良は初めての敗北に打ちひしがれていた。 何事も切り抜けられると思っていた。幸運は常に自分に味方してくれると、そう根拠もなく信じていた。 だが違ったのだ……! ここではそんな盲信は通用しない! 植物のような平穏な生活を送っていた彼にとって、まさにここは真逆の世界。 奪い合い! 殺し合い! 吉良は悟った。この期に及んでようやく、自分がどんな状況にいるのかが理解できたのだ……! 「私は、死なないぞ……ッ! 死んでたまるものかッ! 必ずあの平穏な生活を取り戻して……ッ!」 だがそう理解していても、吉良はどこか無用心だった。 怪我を負っているとはいえ、初めて敗北を知ったといえ、だれかの接近に気づかないほどに今の彼には余裕がなかった。 ころころと音を立て、小石が転がってくる。視線を上げ、すぐ目の前までに人影が迫っていることにようやく気がつく。 「空条……さん、じゃないですよね」 噛み殺したような声と共に懐中電灯が吉良の顔を照らす。顔を上げた吉良の視界に映ったのは川尻しのぶの姿だった…………。  ◇ ◇ ◇ 「…………」 目の前高く埋まった石を見て、承太郎は元来た道を引き返す。もうかれこれ地下道を歩いて十数分はたっている。 承太郎が思った以上に先の戦いの影響は大きかったようだ。行く先行く先で天井が崩れ、元来た道も引き返せなくなっていた。 頼りになるのはコンパス一つのみ。地下地図はしのぶに渡してしまったため、方角のみを頼りに地上に向かうしかない。 走るほど焦ってはいないが、のんびり歩いているほどのんきでもない。 早歩きで分かれ道に向かい、左へ曲がる。ずんずんと道を進み、僅かな物音も聞き逃さないと耳を澄ませる。 まだ体の中で熱は残っていた。それは、確固たる怒り。 カーズ……、DIO……、そして吉良吉影……。 いずれも裁くべき邪悪だ。容赦なく拳を振り上げれる存在だ。改めて問いかける必要もない、完璧な悪。 承太郎はどこかで彼らを求めていた。 徐倫を失った悲しみを思う存分ぶつけられる相手を。自分の不甲斐なさを怒りに変え、躊躇なくぶつけられる悪を。 歩けば歩くほどに、少しずつその事実が承太郎を蝕んでいく。 娘の死にやけっぱちになっている自分。罪滅ぼしのために無謀な何かをしてみたいと思ってる自分。 わかっている……、わかっているとも……ッ! 『徐倫は……そんなことを望んではいやしないッ!』 『わたしは、ひどい母親でした』 頭の中で[[ナルシソ・アナスイ]]の言葉がガンガンと鳴り響いた。川尻しのぶの戒めるような視線が承太郎の体を貫いた。 そうだ、承太郎だってわかっている。とっくに知っていたんだ、こんなことをしてどうなるかなんて。 でも、それでもどうしようもないほどに、承太郎は自分が許せないのだ。 何か目的をもたなければ体がバラバラになって二度と立ち上がれないように思えるのだ。 その場に崩れ落ちて、ズブズブと地面に溶けさってしまいたい気持ちになってしまうのだ。 誰かを断罪せずにはいられない……そして、誰よりも罪を贖うべきなのは…………罪を償うべきなのは…………。 ―――娘をこんなことに巻き込んだ、俺自身だ はたり、と承太郎の足が止まる。どうやら考え事に集中しすぎていたようだ。 気づいた頃には、迫り来る足音がもうそこまでやってきていた。 誰かがそこにいる……。スター・プラチナを呼び出し、戦いの構えを取る。 今は考えている場合ではない。今やるべきことは、とにかく空条邸まで戻り、川尻しのぶと合流すること。 「……川尻さん?」 ぴたりと相手が止まった気配がする。川尻しのぶでは、ない。 痛む左腕をそっと抱きながら、承太郎は一歩、二歩と足をすすめる。 スター・プラチナの驚異的視力をもってしても、この暗闇では相手が誰なのかわからなかった。 しのぶでないしても無害な存在なら保護しなくてはいけない。 この殺し合いに反している正義のものなら、もしかしたら協力できるかもしれない。 そうでない奴らであるならば…………容赦はしない。たとえ手負いであろうと全力を尽くして……ぶっ潰す。 承太郎の目が妖しく光る。無言のまま、さらに近づいていく。相手が動く気配はしない。さらに一歩……さらに一歩。 そうして懐中電灯が届くであろう距離まで近づいて…… 「そこにいるのは誰だ……答えな」 ―――相手の顔を照らすように光を掲げ、次の瞬間、承太郎の息が止まった。 手から滑り落ちた懐中電灯が地面で跳ね上がり、何もない空間を照らす。 ジジジ、ジジジと熱線がこげるような音が聞こえ、当たり所が悪かったのか、懐中電灯が消える。 暗闇に包まれる洞窟の中、見えるのはぼんやりと浮かんだお互いの影だった。 視界が遮られ、不自然にお互いの呼吸だけが耳を打つ。ドクンドクンと異常な速さで心臓が早鐘を打つ。体の隅々を尋常でないスピードで血流が回っていく。 懐中電灯を取り上げようとする手は震えていた。 承太郎は懐中電灯が壊れてないことを確かめるともう一度目の前の影に光を向ける。 ―――……徐倫 そこにいたのは[[空条徐倫]]だった。 青ざめた顔、震える両の肩、ほどけた髪の毛。自分に似た目の色をもった……まぎれもない空条徐倫が自分を見つめていた。 承太郎の中で時が止まる。何も考えられない。目の前の光景が信じられない。 チクタクチクタク……デイパックの中で動き続ける時計の音があたりに響いた。 どちらも動かなかった。誰も動けなかった。 二人はバカみたいな格好のまま、それでも互の姿を目に焼き付けるようにいつまでも見つめ合っていた……。  ◇ ◇ ◇ ―――空条徐倫は死んでいる。それは紛れもない事実だ。だとしたら考えられるのは……スタンド能力、か。 [[マッシモ・ヴォルペ]]は冷静にそう結論づける。 放送で読み上げられたならそれは動かしようもない、確固たる事実のはずだ。 ならば承太郎がどれだけ望もうと、どれだけ願おうと、今彼が目にしている少女は少なくとも彼が望む『空条徐倫』ではない。 もちろん承太郎とてそんなことは分かっているはずだろう。だからこそ、ヴォルペは次の反応を息を潜めて待った。 ヴォルペはずっと見ていたのだ。 DIOに連れられてこの地下に入り、DIOが承太郎と戦うところを見ていた。鬼気迫る表情で怒りの拳を振るう承太郎を見た。 戦いが終わり、腕をかばいながら歩く承太郎を追った。瓦礫で先がふさがっていても、冷静に対処するその姿も見てきた。 ―――だが……この状況でどうする……? お前は今何を考えている、空条承太郎……? ヴォルペは気づいていなかった。目の前の現象に『夢中』になるあまり自分自身の大きすぎる変化に、彼はまだ気づいていなかった。 ヴォルペは自分に感情なんてないと思っていた。感情がないならば執着もない。感情がなければ冷静さを失うこともない。 だが今や彼は承太郎の一挙一動に『夢中』であった。 彼の苦痛に歪む表情が、怒りに染まった瞳が、血だらけになった両の拳が……その全てから目が離せなくなっていた。 ヴォルペは開花しつつある……。 その魂の奥底に撒かれた邪悪の花は、DIOの手に掛かり、承太郎という餌を喰らい、今おおきく花開かんとしている。 ヴォルペの右肩に乗った『マニック・デプレッション』が怪しげな笑い声を漏らした。 誰に聞かれるでもないその邪悪な声はヴォルペ自身をも通り抜け、洞窟の暗闇の中、木霊し続けていく……。 ヴォルペは学んでいる。憎しみという感情を。嫉妬という感情を。 そして……誰かを『壊してみたい』という邪悪な想いを……。  ◇ ◇ ◇  ぱちぱちぱちぱち……―――(拍手の音)  ◇ ◇ ◇  ぱちぱちぱちぱち……―――乾いた拍手の音が洞窟内に反響する。 「ご苦労、戻ってこい、『オール・アロング・ウォッチタワー』」 働き蜂が巣に戻ってくるように、どこからともなく一枚、また一枚とトランプのカードたちが姿を現す。 小言や愚痴を吐きながら、ムーロロの持つ帽子の中へと飛び込んでいくスタンドたち。 はるか遠くまで飛ばしていたカードもあって、完全撤退には時間がかかった。 ハートのクイーン、クローバの8、ダイヤの10……そうして、よろよろと最後の三枚が帽子の中に入っていった。 それでもムーロロは微動打にせず数十秒待った。が、それきり帰ってくるカードはいなかった。 ムーロロは眉をひそめる。足りない。スペードのキングがまだ帰ってきていない。 「ひょっとして君が探しているのは……コレのことかな?」 即座に振り返る。と、同時にものすごい速さで一枚のトランプカードがムーロロの足元に突き刺さった。 地面に突き刺さったまま、スペードのキングが弱々しく呻いた。 ムーロロはちらりとそれを眺めると、目の前に立つ男に向き直る。 DIO。本名はディオ・ブランドー。 ジョナサン・ジョースター、空条承太郎を尾行させていてた時に仕入れた情報を思い出す。 相手に悟られない程度に舌打ちをした。考えうる中で最悪最強のやつと、よりにもよってこのタイミングで会ってしまうとは……。 無論ムーロロがわざわざ地下に入ったのはこのDIOに会うためだった。 このゲーム開始から考えていたことだった。最終的に生き残るために必要となるのは力だ、と。 『オール・アロング・ウォッチタワー』は強いスタンドだ。だが最強ではない。150人もの頂点にたつスタンドでは決してない。 なにより150人もの参加者と全員戦う必要はない。 ムーロロの考えは漁夫の利だった。誰かに取り入り、利用して、最後に寝首をかく。 そしてそのターゲッこそがDIOだったのだ。 柱の男たちは人間を利用しようという気はない。 最強のスタンド使い空条承太郎は娘の死を前に情緒不安定だ。 [[ジョルノ・ジョバァーナ]]は連戦を重ね、精神身体ともにダメージをくらっている。 その点、DIOは申し分のない相手に思えた。 いくつもの部下を従えるカリスマ性も素晴らしい。治癒能力、吸血鬼としてのパワー、最強のスタンド。 面白いと思った相手を泳がす癖もある。付け入る隙ならばいくらでも、ある。 だからこそ万全の準備をし、あらゆる情報を手土産に乗り込もうとしていたのだが……不用意に近づきすぎたようだった。 ムーロロは後ずさりたくなる衝動をこらえて目の前の敵をじっくりと眺める。 王者の風格、強者としての自信……なるほど、凄まじいわけだ。先の激戦を思わせるものは何もない。 疲弊をものともせず、堂々とした態度に気負いそうになる。だが、ムーロロは呼吸を繰り返すと冷静に頭を働かせ始めた。 決して敵わない相手ではない。 ムーロロが事前に調べ上げた情報と、この『オール・アロング・ウォッチタワー』があれば勝てる。 そう、ムーロロは確信した。そして、確信した同時に奇妙な虚しさがどこかから湧き上がってきたのを感じた。 「血肉湧き踊る戦いだったろう……楽しんでもらえたかな、『[[カンノーロ・ムーロロ]]』君?」 「…………!」 「おいおい、そんな驚くなよ……そんな難しいことじゃあない。マッシモ・ヴォルを知っているだろう?  彼が教えてくれたんだ。当然君も知っているだろう。  なんせ私たちを、この六時間、それ以前から監視していたんだからなァ」 手負いだというのにDIOはそんなことを気にかけず、無用心にムーロロに近づいてくる。 ムーロロは背中に手を回し、集めたばかりのスタンドたちをふるい落とした。同時にポケットに『亀』がいることを確認する。 DIOは気がついているのだろうか。それともあえてムーロロの好きなようにやらせているのだろうか。 だとしたら舐められたものだ。もっと俺のことを見下すがいいさ、と内心で毒づく。 DIOが油断すれば油断するほど勝機は増える。生き残る確率は高まっていく。 「彼が君のことを教えてくれたよ。君自身のこと、君のスタンド能力について、ありとあらゆる知っている限りのことを洗いざらいね」 二人の距離が縮まっていく。闇に紛れて何枚かのスタンドたちがDIOの背後に回る。 それ以外はムーロロの足元で待機。急襲時に壁になり、迎撃にも備えさせる。勝負は一瞬だ。 DIOが『時を止める』にはどうしたって一呼吸が必要なのだ……。戦いの中でそのくせは見抜いている。 その瞬間にムーロロは自らを囮にし隙を生み出す。そして……喉元をかっきり、腕を切断し、バラバラに引き裂いてやるッ! 「どうだい、カンノーロ・ムーロロ……ひとつ、提案なんだが……」 もう少し……もう少し……―――今! DIOが間合いに踏み込んだ完璧のタイミングで、四方八方から51枚のスタンドカードが襲いかかった。 ザ・ワールドの精密性とスピードをもってしてもすべてをはじき飛ばすことはできない。 DIOはあまりにたやすくムーロロの間合いに踏み込みすぎた。ムーロロはやった、と思った。 拍子抜けるほど簡単だ、とムーロロはその瞬間に違和感を覚えた。 達成感と同時にどこか虚しさすら覚えるほどだった。またこうやって俺は殺しを重ねるのかとがっかりしたほどだった。 だが……――― 「私と友達になってみないかい……?」 ムーロロが予想した以上に、DIOの時を止める能力は優れていた。 もう一秒、早ければ殺ったとは言わずとも両腕を吹き飛ばすぐらいは出来たかもしれない。 気がつけばトランプたちに埋もれるはずだったDIOの姿は掻き消え、ムーロロの目の前にその姿はあった。 ほんの一メートルもない距離に、その黄金の姿を見せつけるように彼は立っていた。その顔に満面の笑みを貼り付けて。 DIOは焦るふうでもなく、なんでもない感じでムーロロの肩に手を置く。 お気に入りの甥っ子をながめるように少しだけ目線を下げるとまっすぐムーロロと目線を合わせる。 いつのまにかのびた腕はがっちりと両肩をつかみ、例え殺されようと離さないにと言わんばかりの意志の強さが腕から伝わってきた。 ムーロロはDIOを見る。DIOはムーロロを見た。 考えてみれば二人共、直接こうやって互の姿を見ることは初めてのことだった。 真紅で縦長の切れ目はまるでオパールのように美しい。瞳に反射した自分の顔が写り、ムーロロは『無様に狼狽している自分』をそこに見た。 沈黙が辺りを覆った。たっぷり三十秒はそのまま二人は向かい合い、DIOは手を離した。 そうして彼は満足げに頷きを繰り返すと、囁くようにこういった。 「なんて『恥知らず』なんだ、君は」 それは『未来から』の伝言であり、『送られる』はずの言葉だった。 ジョルノ・ジョバァーナがカンノーロ・ムーロロに宛て、贈るはずだった言葉だ。 ムーロロの底知れない闇と、虚しさを知り、そこから救い出すべく差し出した言葉。 だが時をこえ、因果を超え……・今、その言葉が新たなものから彼に送られようとしている。 ムーロロは動けない。雷に打たれたかのように、彼はその場に凍りついたままだ。 見破られた、この男に。自分のこのうっすペラな根性が……全て! 包み隠さず! 時が止まったような空間を切り裂くように、スティーブン・スティールの声が響く。 だがそんなことすらムーロロにはどうでもいいように思えた。 今はただ息を潜めて待つだけだ。自分の目の前に立つ男が何を言うか。 DIOは放心するるムーロロを眺め、笑みを深めた。 子供をあやすような優しい声音で彼は今言ったばかりの言葉をもう一度繰り返す。 「友達になろうじゃあないか……、カンノーロ・ムーロロ君……?」  ◇ ◇ ◇ 愚痴の一つも言いたくなるもんだ、と[[ホル・ホース]]は小さな声で毒づいた。 だらだらと冷汗が流れ、シャツをぐっしょりと濡らしていく。さっきシャワーを浴びたばかりだというのにこのざまだ。 慎重に、相手に悟られることのないよう、ホル・ホースはもう一度身を乗り出す。 はるか遠く、視線の先にいたのは学生風の東洋人と……あの『ヴァニラ・アイス』だった。 (どうしてこんなんになっちまったんだよ、まったくよォ……) 徐倫を追って教会を飛び出したものの、既に彼女の姿は見えず手当たり次第あたりを駆け回った。 どこをどう探しても見つからず、諦めようかと思っていた頃に人影を見つけた。 しめた! と思ったものの見つけたのはサイアクもサイアクの『あの』ヴァニラ・アイスだ。 能面のように固い横顔を見つめながら、ホル・ホースは震え上がる。 (DIOに首ったけのあのヴァニラ・アイスのことだ……見つかったらただじゃすまないに決まってる!  そのうも、お供もついてるってもんだ。一対一ならまだしも二対一じゃ多勢に無勢だぜ……。  ああ、クソ……徐倫のやろう、見つけたらただじゃおかないぜ……あんちくしょう~~~!) 物音を立てないよう、もう一度木の陰に隠れなおす。 このままやり過ごすべきか。そもそもやり過ごせるのだろうか。 仕掛けるとしたらもう少し引きつけてか? いやいや、これ以上近づかれたらまずい。この距離なら『エンペラー』でやつのどたまを…… だが待て、逆方向から弾丸をぶち込めばそっちに向かってくれるのでは? 無理に戦う必要なんてない。 ここをやりすごせれば俺としては……――― しかし、ホル・ホースの思考は突然そこで破られた。 「おめえ、今隠れようとしたよなァ……。GDS刑務所から出てきたあいつらを見て……逃げようとしたよなァ?」 ウニョン、と嫌な感触を足元に感じる。生暖かい息遣いと対照的に湿った手触り。 見下ろしてみれば泥のスーツをまとった男がホル・ホースの足首を掴んでいた。 二人の視線がぶつかりあう。突然のことに、ホル・ホースの思考が止まる。 「なぁ、答えろよ……今なんで隠れたんだ?  お前もしかしてジョースターとか言う奴か? DIOに歯向かおとうしてるんじゃあねぇのか?  えェエ? なぁぁあ? 答えろよ、この野郎ォォオ~~……?」 止まったはずの冷や汗が栓をひねったみたいにまた、吹き出した。 足元にはDIOの部下らしき人物。背中越しには自分を裏切り者と考えているDIOの忠実なる部下、とおまけ付き。 この八方塞がりどうする!? 一体どうやってこの場を切り抜ける!? 汗のかき過ぎで体がふやけてしまいそうだった。フル回転する脳が、火花を散らせ、答えを探す。 (どォすんの、俺!? どォすんだ、ホル・ホース!?  くそったれ、これもあれも全部てめェのせいなんだからなッ! 覚えておけよ、徐倫ィィンン!!) ホル・ホースの判断やいかに。 【D-4とD-5の境目 地下/一日目 昼】 【カーズ】 [能力]:『光の流法』 [時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後 [状態]:身体ダメージ(大)、疲労(中) [装備]:服一式 [道具]:[[基本支給品]]×5、サヴェージガーデン一匹、首輪×4(億泰、SPW、[[J・ガイル]]、由花子)     ランダム支給品3~7(億泰+由花子+[[アクセル・RO]]:1~2/カーズ:0~1)     工具用品一式、コンビニ強盗のアーミーナイフ、地下地図 [思考・状況] 基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。 0.首輪解析に取り掛かるべきか、洞窟探索を続けるか。 1.柱の男と合流。 2.エイジャの赤石の行方について調べる。 3.自分に屈辱を味わせたものたちを許しはしない。 【D-4中央部 地下/一日目 昼】 【空条承太郎】 [時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。 [スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』 [状態]:左半身火傷、左腕大ダメージ、全身ダメージ(中)、疲労(大) [装備]:煙草、ライター、[[家出少女]]のジャックナイフ     [[ドノヴァン]]のナイフ、カイロ警察の拳銃(6/6 予備弾薬残り6発) [道具]:基本支給品、[[スティーリー・ダン]]の首輪、DIOの投げナイフ×3     ランダム支給品3~6(承太郎+[[犬好きの子供]]+[[織笠花恵]]/確認済) [思考・状況] 基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。 0.??? 1.始末すべき者を探す。 2.空条邸で川尻しのぶと合流する? [備考] ※[[ドルチ]]の支給品は地下地図のみでした。現在は川尻しのぶが所持しています。 ※空条邸前に「上院議員の車」を駐車しています。 【[[F・F]]】 [スタンド]:『フー・ファイターズ』 [時間軸]:農場で徐倫たちと対峙する以前 [状態]:髪の毛を下ろしている [装備]:空条徐倫の身体、体内にF・Fの首輪 [道具]:基本支給品×2(水ボトルなし)、ランダム支給品2~4(徐倫/F・F) [思考・状況] 基本行動方針:存在していたい(?) 0.混乱 1.『あたし』は、DIOを許してはならない……? 2.もっと『空条徐倫』を知りたい。 3.敵対する者は殺す? とりあえず今はホル・ホースについて行く。 [備考] ※第一回放送をきちんと聞いていません。 ※少しずつ記憶に整理ができてきました。 【マッシモ・ヴォルペ】 [時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。 [スタンド]:『マニック・デプレッション』 [状態]:空条承太郎に対して嫉妬と憎しみ?、DIOに対して親愛と尊敬? [装備]:携帯電話 [道具]:基本支給品、大量の塩、注射器、紙コップ [思考・状況] 基本行動方針:空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい。 0.DIOと共に行動。 1.空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい 。 2.天国を見るというDIOの情熱を理解。しかし天国そのものについては理解不能。 【D-5 南部 地下/1日目 昼】 【吉良吉影】 [スタンド]:『キラー・クイーン』 [時間軸]:JC37巻、『吉良吉影は静かに暮らしたい』 その①、サンジェルマンでサンドイッチを買った直後 [状態]:左腕より出血、左手首負傷(極大)、全身ダメージ(極大)疲労(大) [装備]:波紋入りの薔薇、聖書、死体写真([[ストレイツォ]]、[[リキエル]]) [道具]:基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:優勝する。 0.けがの治療のため、地上を目指す。 1.優勝を目指し、行動する。 2.自分の正体を知った者たちを優先的に始末したい。 3.サンジェルマンの袋に入れたままの『彼女の手首』の行方を確認し、或いは存在を知る者ごと始末する。 4.機会があれば吉良邸へ赴き、弓矢を回収したい。 【川尻しのぶ】 [時間軸]:The Book開始前、四部ラストから半年程度。 [スタンド]:なし [状態]:精神疲労(中)、疲労(小)すっぴん [装備]:地下地図 [道具]:基本支給品、承太郎が徐倫におくったロケット、ランダム支給品1~2(確認済) [思考・状況] 基本行動方針:空条承太郎を止めたい。 0.地下道を抜け、空条邸で承太郎を待つ。 1.どうにかして承太郎を止める。 2.吉良吉影にも会ってみたい。 【E-2 GDS刑務所付近/1日目 昼】 【ホル・ホース】 [スタンド]:『皇帝-エンペラー-』 [時間軸]:二度目のジョースター一行暗殺失敗後 [状態]:健康 [装備]:タバコ、ライター [道具]:基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:死なないよう上手く立ち回る 0.なんとかしてこの場を切り抜ける 1.とにかく、DIOにもDIOの手下にも関わりたくない。 【セッコ】 [スタンド]:『オアシス』 [時間軸]:ローマでジョルノたちと戦う前 [状態]:健康、興奮状態、血まみれ [装備]:カメラ [道具]:死体写真(シュガー、エンポリオ、重ちー、ポコ) [思考・状況] 基本行動方針:DIOと共に行動する 0.オブジェを壊された恨み。吉良を殺す。 1.人間をたくさん喰いたい。何かを創ってみたい。とにかく色々試したい。 2.DIO大好き。チョコラータとも合流する。角砂糖は……欲しいかな? よくわかんねえ。 [備考] ※『食人』、『死骸によるオプジェの制作』という行為を覚え、喜びを感じました。 ※それぞれの死体の脇にそれぞれの道具が放置されています。  ストレイツォ:基本支給品×2(水ボトル1本消費)、サバイバー入りペットボトル(中身残り1/3)[[ワンチェン]]の首輪  リキエル:基本支給品×2 【ヴァニラ・アイス】 [スタンド]:『クリーム』 [時間軸]:自分の首をはねる直前 [状態]:健康 [装備]:リー・エンフィールド(10/10)、予備弾薬30発 [道具]:基本支給品一式、点滴、ランダム支給品1(確認済み) [思考・状況] 基本的行動方針:DIO様のために行動する。 0.虹村形兆と合流、ジョースター一行を捜索、殺害する。 1.DIO様の名を名乗る『[[ディエゴ・ブランドー]]』は必ず始末する。 【虹村形兆】 [スタンド]:『バッド・カンパニー』 [時間軸]:レッド・ホット・チリ・ペッパーに引きずり込まれた直後 [状態]:悲しみ [装備]:ダイナマイト6本 [道具]:基本支給品一式×2、モデルガン、コーヒーガム [思考・状況] 基本行動方針:親父を『殺す』か『治す』方法を探し、脱出する? 1.隙を見せるまではDIOに従うふりをする。とりあえずはヴァニラと行動。 2.情報収集兼協力者探しのため、施設を回っていく? 3.ヴァニラと共に脱出、あるいは主催者を打倒し、親父を『殺して』もらう? 【ペット・ショップ】 [スタンド]:『ホルス神』 [時間軸]:本編で登場する前 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:なし [思考・状況] 基本行動方針:サーチ&デストロイ 0.??? 1.DIOとその側近以外の参加者を襲う 【サーレー】 [スタンド]:『クラフト・ワーク』 [時間軸]:恥知らずのパープルヘイズ・ビットリオの胸に拳を叩きこんだ瞬間 [状態]:健康 [装備]:肉の芽 [道具]:基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する 1.DIOさま…… 【チョコラータ】 [スタンド]:『グリーン・デイ』 [時間軸]:コミックス60巻 ジョルノの無駄無駄ラッシュの直後 [状態]:健康 [装備]:肉の芽 [道具]:基本支給品×2 [思考・状況] 基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する 1.DIOさま…… 【スクアーロ】 [スタンド]:『クラッシュ』 [時間軸]:ブチャラティチーム襲撃前 [状態]:健康 [装備]:アヌビス神 [道具]:基本支給品一式 [思考・状況] 基本行動方針:[[ティッツァーノ]]を殺したやつをぶっ殺した、と言い切れるまで戦う 0:??? 【[[ディ・ス・コ]]】 [スタンド]:『チョコレート・ディスコ』 [時間軸]:SBR17巻 ジャイロに再起不能にされた直後 [状態]:健康 [装備]:肉の芽 [道具]:基本支給品、[[シュガー・マウンテン]]のランダム支給品1(確認済み) [思考・状況] 基本行動方針:DIO様のために不要な参加者とジョースター一族を始末する 1.DIOさま…… [備考] ※肉の芽を埋め込まれました。制限は次以降の書き手さんにお任せします。 ※ジョースター家についての情報がどの程度渡されたかもお任せします。 ※シュガー・マウンテンのランダム支給品の内一つは「シュトロハイムの足を断ち切った斧」でした。  現在はDIOが所持しています。 【E-3とD-3の境目 地下/1日目 昼】 【カンノーロ・ムーロロ】 [スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』 [時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降。 [状態]:健康 [装備]:トランプセット [道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、『ジョースター家とそのルーツ』     川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、不明支給品(5~15) [思考・状況] 基本行動方針:状況を見極め、自分が有利になるよう動く。 0.??? 1.情報収集を続ける。 2.誘導した琢馬への対応を考える。 [備考] ※回収した不明支給品は、  A-2 ジュゼッペ・マッジーニ通りの遊歩道から、[[アンジェリカ・アッタナシオ]](1~2)、マーチン(1~2)、[[大女ローパー]](1~2)  C-3 サンタンジェロ橋の近くから、ペット・ショップ(1~2)  E-7 杜王町住宅街北西部、コンテナ付近から、[[エシディシ]]、ペッシ、[[ホルマジオ]](3~6)  F-2 エンヤ・ガイル(1~2)  F-5 南東部路上、[[サンタナ]](1~2)、[[ドゥービー]](1~2)  の、合計、10~20。  そのうちの5つはそれぞれ  『地下地図』→マーチン  『図画工作セット』→アンジェリカ・アッタナシオ  『サンジェルマンのサンドイッチ』→ホルマジオ  『かじりかけではない鎌倉カスター』『川尻家のコーヒーメーカーセット』→エシディシ  のものでした。 【DIO】 [時間軸]:JC27巻 承太郎の磁石のブラフに引っ掛かり、心臓をぶちぬかれかけた瞬間。 [スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』 [状態]:全身ダメージ(大)疲労(大) [装備]:シュトロハイムの足を切断した斧、携帯電話、ミスタの拳銃(0/6) [道具]:基本支給品、[[スポーツ・マックス]]の首輪、麻薬チームの資料、地下地図、石仮面     リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、予備弾薬18発 [思考・状況] 基本行動方針:『天国』に向かう方法について考える。 0.??? [備考] ※地下道D-4付近一帯が崩壊しました。ひょっとしたら横道を使って通り抜けれるし、通り抜けれないかもしれません。 *投下順で読む [[前へ>夢見る子供でいつづけれたら]] [[戻る>本編 第2回放送まで]] [[次へ>それでも明日を探せ]] *時系列順で読む [[前へ>夢見る子供でいつづけれたら]] [[戻る>本編 第2回放送まで(時系列順)]] [[次へ>それでも明日を探せ]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |132:[[マイ・ヒーローとラブ・デラックス (前編)]]|[[カーズ]]|175:[[窮鼠猫を噛めず]]| |145:[[GANTZ]]|[[ホル・ホース]]|156:[[HUNTER×HUNTER]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[ペット・ショップ]]|168:[[Trace]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[ヴァニラ・アイス]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[DIO]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[虹村刑兆]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |143:[[本当の気持ちと向き合えますか?]]|[[川尻しのぶ]]|161:[[She's a Killer Queen]]| |145:[[GANTZ]]|[[吉良吉影]]|161:[[She's a Killer Queen]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[サーレー]]|165:[[BLOOD PROUD]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[スクアーロ]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[チョコラータ]]|156:[[HUNTER×HUNTER]]| |145:[[GANTZ]]|[[セッコ]]|156:[[HUNTER×HUNTER]]| |143:[[本当の気持ちと向き合えますか?]]|[[空条承太郎]]|158:[[ReBorn]]| |145:[[GANTZ]]|[[F・F]]|158:[[ReBorn]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[ディ・ス・コ]]|165:[[BLOOD PROUD]]| |138:[[裏切りの虹村形兆]]|[[マッシモ・ヴォルペ]]|158:[[ReBorn]]| |144:[[相性]]|[[カンノーロ・ムーロロ]]|157:[[デュラララ!! -裏切りの夕焼け-]]|

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