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そういえば――この数年で、流動的な操作をすることで反応したプラスチックを動かすことが出来る粒子が発見されたそうじゃあないか。 最近の世界大会じゃ中学生やそこらの実力者がオペレーターとファイターに役割を分けて勝ち進んでるそうだし。 役割論理っていうのかね。『コイツは俺の相手、アイツはお前の相手』『僕が作って、俺が戦う』と言ったところだが…… とは言え、現実は非常である。 どちらもが互いの役割をこなさなければならない時が必ずある。 放送を終えて――まあマトモに聞いてない連中もいるだろうけど――このゲームも中盤に差し掛かったところだ。 そろそろ役割論理が通じない相手が出てくる頃ですぞ。 ●●● 宣言していた通り、プロシュートは放送の五分ほど前に千帆を起こし、名簿と地図を卓上に広げて待った。 ここまでじっくりと腰を据えて放送を聞くことが出来る人間はそう居ないだろう、などと思いながら。 放送は定刻通りに始まり、そして終了した。 スティーブン・スティールの吐き出す言葉、その一言一句さえ漏らすまいと無言でメモを取った二人。 どこからともなく聞こえ始めた声が、それ以上続きを喋らなくなったことを確認してから何分が経っただろうか。 千帆とプロシュート、どちらも何も言わない。 そんな張りつめた空気の重さに千帆が小さくため息をつく。 それを待っていたかのようにプロシュートが口を開いた。 「さて」 一方の千帆も、決して険悪な関係ではないと言えど、ここまで長い沈黙に耐えきれず、かといって何を話しかければ良いのかわかりかねていたところに相手が口火を切ったことに安堵する。 「――プロシュートさん?」 そっと相手の言葉を促すように呟いた。 「今後の方針だ」 単刀直入にそう示すプロシュート。 「はい」 千帆はそのまっすぐな目的意識に先ほど話していたバンダナの青年を一瞬だけだぶらせる。 「まずは」 ゴクリ、と小さく喉を鳴らして次の言葉を待った。 「寝る」 「――え?」 これが漫画や何かだったら確実にズッコケるセリフである。 だがプロシュートのギラギラとした視線が、それがツッコミ待ちのボケではないことを明確にさせる。 「俺らが今いる位置はC-7かD-7あたりだ。すぐ傍が禁止エリアに設定されたがそれは午後五時。  念を入れて余裕を持った距離をとるにしてもまだまだ余裕だ」 「え、えぇ」 「放送を聞いた参加者はまずその内容を考察なり何なりするだろう」 「つまり――その間はこちらもある程度自由に動ける」 「そうだ。そして嬢ちゃんはそんな連中の隙をついて殺して歩くスタンスではない」 「もっ、もちろんです」 「だったら“そういう連中”に警戒しつつ、それこそ考察なり何なりすればいい」 「は、はい」 「それをお前さんに一任する。そしてその間俺は寝る。寝れる時に寝ておくのだって重要だろう?」 「そ、それはそうです……私だって寝かせてもらってましたし」 「つー訳だ。無論何かあればすぐ起こせ」 「わっ、わかりました。で、ど、どのくらい――」 「30分は欲しいところだな、短くとも」 言いながら席を立つプロシュートの背中を千帆は静かに見送った。 ●●● そうだよね。 プロシュートさんだって人間だもん。 『よーし1時間寝溜めしたから2週間は不眠不休で大丈夫だぜ』 なんて漫画のキャラだけだもんね…… そんな事を思いながら地図に視線を落とす。 新たに書き足した×の印と時間。 このゲームが否応なしに進行している事を改めて実感する。 そして…… 「由花子さん……」 名簿に視線を移して小さく口にした名前。放送を聞いて、線を引いた名前。 決して仲が良かった人ではない、挨拶をして来れば返す、そのくらいの間柄。 でも、私にとっては友人の一人。 それなのに。 不思議と涙は出てこなかった。 なんでだろう。 悲しくない訳じゃあないのに。 『同じクラスだった子がクラス替えで別々になって、そのまま知らないうちに転校してしまった』 そんな気持ちだった――そんな気持ちで考えてしまった、そんな考えになってしまった自分が寂しいとも思ったけど、それでも涙は流れなかった。 顔をそっとプロシュートさんが入っていった部屋のドアに向けて、壁にかかっていた時計に向けた。 まだ5分も経っていない。 『考察なり何なり』っていうのをしようにも、何をどう考えていけばいいのかな。 『一任する』って言われても……私にできることって何があるんだろう。 ――秒針がカチカチと動き回るのを少しの間眺めて、私はもう一度視線を机に戻した。 さっきと同じままの名簿と地図が、私の視線が来るのを待っていたように感じて、なんだか悔しくなった。 その気持ちをぐっとこらえるように、私は眠っているものにそっと手を伸ばした。 ●●● 千帆の嬢ちゃんに言ったことは間違っちゃあいない。 俺にだって睡眠が必要だ。アンパンと牛乳で一晩見張りを続けるってのも不可能じゃあないが、神経を使うゲームの上ではとれるものは何だってとっておく。 さっき彼女が寝ていたであろうベッドに横になる。ふとシャンプーだかなんだかのニオイが鼻をくすぐったが、それだけだ。下心もヘッタクレもあるものか。 そして言葉にならないほど、吐息と言っていいほど小さく呟く。 「ギアッチョ」 名簿を本物と信じるなら(今更偽物だという方が説得力に欠けるが)暗殺チームのメンバーはいよいよ自分だけになってしまったという事になる。 だからこそ。 無理矢理に一筋だけ涙を絞り出した。 なぜだろうか。 そんな感情捨てきったつもりでいたのに。 『自分にバンド加入を勧めてきたやつが、そのくせ急場の小遣い欲しさに大切にしてたギターを売っちまった』 そんな気持ちだった――何をセンチになってるんだ、あの嬢ちゃんの心情が伝染したかと小さく笑い、顔に残った水滴を指の背で拭う。 敵対していたブチャラティ、アバッキオの名もあった。 『死は平等だ、優しい』と千帆に言ったセリフが頭をよぎる。そう彼らとて死ねば同じなのだ。黙祷する気もないが、ヨッシャとガッツポーズする気にもならなかった。 秒針がカチカチと動く音にぼんやりと耳を傾ける。 まだ5分も経っていない。 『考察なり何なり』と言ったのは半分は本音だが半分は建前。 とは言え『一任する』のも事実。素人の視点が案外核心を突くことだってある。 規則的に刻まれる秒針の音から注意をそらし、俺はスタンドを呼び出た。 いつも通りの“偉大なる死”が、俺の視線を全ての眼で受け止めたように感じて、少しだけ口元が緩んだ。 その気持ちにブレーキをかけるように僅かだけのガスを噴出し、俺はそっと瞼を閉じた。 ●●● 結論から言ってしまおうか。千帆はまだプロシュートを起こしちゃあいない。 『眠っているもの』は“物”であって“者”ではないってことさ。 千帆は岸部露伴の手紙をもう一度だけ引っ張り出し、今度は最初から最後まで涙をこらえて読み切った。 それからだ。この家の本来の持ち主……と言っても作られた会場だからそんなのはいないんだろうけど、とにかくその人がいたとして、彼らから拝借した紙の束に文字を書き始めた。 そう小説だよ。 とは言ってもまだまだアイディアノートみたいなもの。漫画で言うならネーム。 だが千帆は書かずにはいられなかった。 この悪魔のような半日間。その中で見たもの、話した事、感じたこと、そして、出会った人たち。 さっきまでこらえていた涙がボロボロと零れながらも構わなかった。 どんな些細な事も書きなぐった。消しゴムなんて使わず、斜線を引き、矢印をひっぱり、どんどん書き足していった。 『書くべきは現実(リアル)じゃない。それを土台とした現実感(リアリティ)なのだよ。』 読み直した露伴の手紙には確かにそう書いてあった。 その通りだ。彼女はノンフィクション作家なんかじゃあない。小説家だ。 でも、そう、土台なんだ。リアルがなければリアリティは生まれず、リアリティを育まなければ物語は完成しない。 自分の言葉で改めて書き直すのはいつだってできる。それこそ『小説を書く』時にすればいいことだ。 しかし感じたことを感じたように書くことは後でやる訳にはいかない。記憶というものは研磨されて、良い思い出は美化。悪い思い出は風化される。 それは決してリアリティとは言えないだろう。それは露伴だってそう言うはずさ。 さて『どんな些細な事も書き足した』と言ったね。 ――君たちは『どんなこと』を『些細な事』だと思うかい? 例えば一本の木があったとする。 俺は観察眼なんて持ち合わせてないから『ああ木だ』か、せいぜい『大きいなあ、いつごろから立ってるんだろう』くらいにしか感じない。 だが見る人が見れば『そこには鳥がいる』かもしれないし、『何枚もの葉がそよ風に揺られてざわざわと音を立てている』かもしれない。 もっと見る人がいればきっと『かつて誰かがここで背を比べたのだろう、高さの違う二本の傷が今ではあんな高い位置にある』とか『根元では蟻たちが晩御飯の調達のためにせっせと往復している』とか見つけるかもしれない。 でも、俺に言わせてもらうならそれらはすべて“些細な事”だ。 しかし彼女は小説家。そんな『些細な事』に目を向けられる子だ。 きっと彼女は物を“見る”のではなく“観る”いや『診る』。“聞く”のではなく“聴く”そして『訊く』のだろう。 ゆえに千帆は気が付いた。 ……というのは嘘だ。そんなに彼女は超人じゃあない。 だけども違和感には気が付いた。 期末テストの開始5分後に背後から感じるような、あるいは急に猫背になった前の座席の背中から感じるような。 ふい、と窓辺に目をやった。 そこには何もいなかった。しかし直感は確かにあった。 『いた』 誰が、あるいは“何が”いたのかはわからない。 でも……あのなんだ、漫画で言う『サッ』って隠れるときのあの効果の三本線、アレが確かに千帆の目には映っていた。 それを感じたサイズから判断すると―― 「……小人?妖精?  それとも顔だけ出して覗いてた?」 思わず口に出して聞いてしまった。答える相手なんかいないというのに。 しばらく窓を見つめた後に時計を見上げる。かれこれ40分近く机に向かっていたようだ。 ――というのを感じながらフェイント気味にもう一度窓を振り返る。やっぱりいない。でも―― 確かに千帆は任された。考察なり何なりを。 そして逆に――というか、ハッキリ言って戦闘はプロシュートに任せるつもりでいた。 それが『適任』であり自分の『役割』だとどことなく決めつけていたんだ。 とはいえ、“第一発見者”はあくまでも千帆自身。本来は自分が未知の相手を追いかけるべきだったのだろう。あるいは逃げられる前に察してプロシュートに合図すべきだったのだろう。 逃げる相手を追いかけて捕獲――始末するようなことは千帆にはできない。『そんな銃の使い方』は教わっていない。『そういう事』はプロシュートの役だ。 まあ、いずれにせよ……逃げられてしまった現在ではどう対処することも不可能だ。未知の相手に対し完全に後手に回ったことになる。 その揺るがない事実があるとプロシュート兄貴のことだ、怒って口をきいてくれないかもしれない。 しかし、『すぐに起こせ』とプロシュートに言われていたのもまた事実。 そう――ここでの千帆の“仕事”は敵の識別でもなければ、追跡でも始末でもない。 『ゲームの考察をし』、『場合によってはプロシュートをすぐに起こす』事。 ギャングだろうと学生だろうと、与えられた役目をこなす事が一番重要だってことさ。 もっとも、そういうモノに縛られすぎて臨機応変な対応が出来ないのも困り者だけどね。その点千帆は優秀だったってことかな、この場では。 ――千帆は静かに立ち上がると、プロシュートのいる部屋のドアをノックした。 【D-7 南西部 民家/1日目 日中(約12:45)】 【プロシュート】 [スタンド]:『グレイトフル・デッド』 [時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時 [状態]:全身ダメージ(小~中に回復)、全身疲労(小に回復)、仮眠中、スタンドガスを小範囲に展開中 [装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 30/60) [道具]:基本支給品(水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具 [思考・状況] 基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還。 0.休息を取りつつ、千帆の決断・現状の展開を待つ 1.この世界について、少しでも情報が欲しい。 2.双葉千帆がついて来るのはかまわないが助ける気はない。 3.残された暗殺チームの誇りを持ってターゲットは絶対に殺害する。 【双葉千帆】 [スタンド]:なし [時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前 [状態]:疲労(ほぼ回復)、悲しみ(極小) [装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24) [道具]:基本支給品、露伴の手紙、救急用医療品、多量のメモ用紙 [思考・状況] 基本行動方針:ノンフィクションではなく、小説を書く。 1.プロシュートと共に行動。まずは現在感じた『違和感』を報告する。 2.川尻しのぶに会い、早人の最期を伝える。 3.琢馬兄さんに会いたい。けれど、もしも会えたときどうすればいいのかわからない。 4.露伴の分まで、小説が書きたい。 【備考】 ・千帆のことを観察していた相手の正体は『不明』です。いつから覗いていたのか、千帆“だけ”を覗いていたのかも不明です。 (メタな事を言えば十中八九ウォッチタワーでしょうが、遠隔操作スタンドの頭部だったのか、あるいは人間なのか?)  以降の書き手様にお任せします。 ・プロシュートが仮眠している部屋に少量の『グレイトフル・デッド』が展開されています。  千帆には(部屋の外)には影響はなく、例えば『人間が直接プロシュートを殺害しようと接近した時に老化する』程度の範囲です。 *投下順で読む [[前へ>冷静と激情のあいだ]] [[戻る>本編 第3回放送まで]] [[次へ>She's a Killer Queen]] *時系列順で読む [[前へ>冷静と激情のあいだ]] [[戻る>本編 第3回放送まで(時系列順)]] [[次へ>She's a Killer Queen]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |154:[[夢見る子供でいつづけれたら]]|[[プロシュート]]|173:[[無粋]]| |154:[[夢見る子供でいつづけれたら]]|[[双葉千帆]]|173:[[無粋]]|
そういえば――この数年で、流動的な操作をすることで反応したプラスチックを動かすことが出来る粒子が発見されたそうじゃあないか。 最近の世界大会じゃ中学生やそこらの実力者がオペレーターとファイターに役割を分けて勝ち進んでるそうだし。 役割論理っていうのかね。『コイツは俺の相手、アイツはお前の相手』『僕が作って、俺が戦う』と言ったところだが…… とは言え、現実は非常である。 どちらもが互いの役割をこなさなければならない時が必ずある。 放送を終えて――まあマトモに聞いてない連中もいるだろうけど――このゲームも中盤に差し掛かったところだ。 そろそろ役割論理が通じない相手が出てくる頃ですぞ。 ●●● 宣言していた通り、[[プロシュート]]は放送の五分ほど前に千帆を起こし、名簿と地図を卓上に広げて待った。 ここまでじっくりと腰を据えて放送を聞くことが出来る人間はそう居ないだろう、などと思いながら。 放送は定刻通りに始まり、そして終了した。 スティーブン・スティールの吐き出す言葉、その一言一句さえ漏らすまいと無言でメモを取った二人。 どこからともなく聞こえ始めた声が、それ以上続きを喋らなくなったことを確認してから何分が経っただろうか。 千帆とプロシュート、どちらも何も言わない。 そんな張りつめた空気の重さに千帆が小さくため息をつく。 それを待っていたかのようにプロシュートが口を開いた。 「さて」 一方の千帆も、決して険悪な関係ではないと言えど、ここまで長い沈黙に耐えきれず、かといって何を話しかければ良いのかわかりかねていたところに相手が口火を切ったことに安堵する。 「――プロシュートさん?」 そっと相手の言葉を促すように呟いた。 「今後の方針だ」 単刀直入にそう示すプロシュート。 「はい」 千帆はそのまっすぐな目的意識に先ほど話していたバンダナの青年を一瞬だけだぶらせる。 「まずは」 ゴクリ、と小さく喉を鳴らして次の言葉を待った。 「寝る」 「――え?」 これが漫画や何かだったら確実にズッコケるセリフである。 だがプロシュートのギラギラとした視線が、それがツッコミ待ちのボケではないことを明確にさせる。 「俺らが今いる位置はC-7かD-7あたりだ。すぐ傍が禁止エリアに設定されたがそれは午後五時。  念を入れて余裕を持った距離をとるにしてもまだまだ余裕だ」 「え、えぇ」 「放送を聞いた参加者はまずその内容を考察なり何なりするだろう」 「つまり――その間はこちらもある程度自由に動ける」 「そうだ。そして嬢ちゃんはそんな連中の隙をついて殺して歩くスタンスではない」 「もっ、もちろんです」 「だったら“そういう連中”に警戒しつつ、それこそ考察なり何なりすればいい」 「は、はい」 「それをお前さんに一任する。そしてその間俺は寝る。寝れる時に寝ておくのだって重要だろう?」 「そ、それはそうです……私だって寝かせてもらってましたし」 「つー訳だ。無論何かあればすぐ起こせ」 「わっ、わかりました。で、ど、どのくらい――」 「30分は欲しいところだな、短くとも」 言いながら席を立つプロシュートの背中を千帆は静かに見送った。 ●●● そうだよね。 プロシュートさんだって人間だもん。 『よーし1時間寝溜めしたから2週間は不眠不休で大丈夫だぜ』 なんて漫画のキャラだけだもんね…… そんな事を思いながら地図に視線を落とす。 新たに書き足した×の印と時間。 このゲームが否応なしに進行している事を改めて実感する。 そして…… 「由花子さん……」 名簿に視線を移して小さく口にした名前。放送を聞いて、線を引いた名前。 決して仲が良かった人ではない、挨拶をして来れば返す、そのくらいの間柄。 でも、私にとっては友人の一人。 それなのに。 不思議と涙は出てこなかった。 なんでだろう。 悲しくない訳じゃあないのに。 『同じクラスだった子がクラス替えで別々になって、そのまま知らないうちに転校してしまった』 そんな気持ちだった――そんな気持ちで考えてしまった、そんな考えになってしまった自分が寂しいとも思ったけど、それでも涙は流れなかった。 顔をそっとプロシュートさんが入っていった部屋のドアに向けて、壁にかかっていた時計に向けた。 まだ5分も経っていない。 『考察なり何なり』っていうのをしようにも、何をどう考えていけばいいのかな。 『一任する』って言われても……私にできることって何があるんだろう。 ――秒針がカチカチと動き回るのを少しの間眺めて、私はもう一度視線を机に戻した。 さっきと同じままの名簿と地図が、私の視線が来るのを待っていたように感じて、なんだか悔しくなった。 その気持ちをぐっとこらえるように、私は眠っているものにそっと手を伸ばした。 ●●● 千帆の嬢ちゃんに言ったことは間違っちゃあいない。 俺にだって睡眠が必要だ。アンパンと牛乳で一晩見張りを続けるってのも不可能じゃあないが、神経を使うゲームの上ではとれるものは何だってとっておく。 さっき彼女が寝ていたであろうベッドに横になる。ふとシャンプーだかなんだかのニオイが鼻をくすぐったが、それだけだ。下心もヘッタクレもあるものか。 そして言葉にならないほど、吐息と言っていいほど小さく呟く。 「[[ギアッチョ]]」 名簿を本物と信じるなら(今更偽物だという方が説得力に欠けるが)暗殺チームのメンバーはいよいよ自分だけになってしまったという事になる。 だからこそ。 無理矢理に一筋だけ涙を絞り出した。 なぜだろうか。 そんな感情捨てきったつもりでいたのに。 『自分にバンド加入を勧めてきたやつが、そのくせ急場の小遣い欲しさに大切にしてたギターを売っちまった』 そんな気持ちだった――何をセンチになってるんだ、あの嬢ちゃんの心情が伝染したかと小さく笑い、顔に残った水滴を指の背で拭う。 敵対していたブチャラティ、アバッキオの名もあった。 『死は平等だ、優しい』と千帆に言ったセリフが頭をよぎる。そう彼らとて死ねば同じなのだ。黙祷する気もないが、ヨッシャとガッツポーズする気にもならなかった。 秒針がカチカチと動く音にぼんやりと耳を傾ける。 まだ5分も経っていない。 『考察なり何なり』と言ったのは半分は本音だが半分は建前。 とは言え『一任する』のも事実。素人の視点が案外核心を突くことだってある。 規則的に刻まれる秒針の音から注意をそらし、俺はスタンドを呼び出た。 いつも通りの“偉大なる死”が、俺の視線を全ての眼で受け止めたように感じて、少しだけ口元が緩んだ。 その気持ちにブレーキをかけるように僅かだけのガスを噴出し、俺はそっと瞼を閉じた。 ●●● 結論から言ってしまおうか。千帆はまだプロシュートを起こしちゃあいない。 『眠っているもの』は“物”であって“者”ではないってことさ。 千帆は岸部露伴の手紙をもう一度だけ引っ張り出し、今度は最初から最後まで涙をこらえて読み切った。 それからだ。この家の本来の持ち主……と言っても作られた会場だからそんなのはいないんだろうけど、とにかくその人がいたとして、彼らから拝借した紙の束に文字を書き始めた。 そう小説だよ。 とは言ってもまだまだアイディアノートみたいなもの。漫画で言うならネーム。 だが千帆は書かずにはいられなかった。 この悪魔のような半日間。その中で見たもの、話した事、感じたこと、そして、出会った人たち。 さっきまでこらえていた涙がボロボロと零れながらも構わなかった。 どんな些細な事も書きなぐった。消しゴムなんて使わず、斜線を引き、矢印をひっぱり、どんどん書き足していった。 『書くべきは現実(リアル)じゃない。それを土台とした現実感(リアリティ)なのだよ。』 読み直した露伴の手紙には確かにそう書いてあった。 その通りだ。彼女はノンフィクション作家なんかじゃあない。小説家だ。 でも、そう、土台なんだ。リアルがなければリアリティは生まれず、リアリティを育まなければ物語は完成しない。 自分の言葉で改めて書き直すのはいつだってできる。それこそ『小説を書く』時にすればいいことだ。 しかし感じたことを感じたように書くことは後でやる訳にはいかない。記憶というものは研磨されて、良い思い出は美化。悪い思い出は風化される。 それは決してリアリティとは言えないだろう。それは露伴だってそう言うはずさ。 さて『どんな些細な事も書き足した』と言ったね。 ――君たちは『どんなこと』を『些細な事』だと思うかい? 例えば一本の木があったとする。 俺は観察眼なんて持ち合わせてないから『ああ木だ』か、せいぜい『大きいなあ、いつごろから立ってるんだろう』くらいにしか感じない。 だが見る人が見れば『そこには鳥がいる』かもしれないし、『何枚もの葉がそよ風に揺られてざわざわと音を立てている』かもしれない。 もっと見る人がいればきっと『かつて誰かがここで背を比べたのだろう、高さの違う二本の傷が今ではあんな高い位置にある』とか『根元では蟻たちが晩御飯の調達のためにせっせと往復している』とか見つけるかもしれない。 でも、俺に言わせてもらうならそれらはすべて“些細な事”だ。 しかし彼女は小説家。そんな『些細な事』に目を向けられる子だ。 きっと彼女は物を“見る”のではなく“観る”いや『診る』。“聞く”のではなく“聴く”そして『訊く』のだろう。 ゆえに千帆は気が付いた。 ……というのは嘘だ。そんなに彼女は超人じゃあない。 だけども違和感には気が付いた。 期末テストの開始5分後に背後から感じるような、あるいは急に猫背になった前の座席の背中から感じるような。 ふい、と窓辺に目をやった。 そこには何もいなかった。しかし直感は確かにあった。 『いた』 誰が、あるいは“何が”いたのかはわからない。 でも……あのなんだ、漫画で言う『サッ』って隠れるときのあの効果の三本線、アレが確かに千帆の目には映っていた。 それを感じたサイズから判断すると―― 「……小人?妖精?  それとも顔だけ出して覗いてた?」 思わず口に出して聞いてしまった。答える相手なんかいないというのに。 しばらく窓を見つめた後に時計を見上げる。かれこれ40分近く机に向かっていたようだ。 ――というのを感じながらフェイント気味にもう一度窓を振り返る。やっぱりいない。でも―― 確かに千帆は任された。考察なり何なりを。 そして逆に――というか、ハッキリ言って戦闘はプロシュートに任せるつもりでいた。 それが『適任』であり自分の『役割』だとどことなく決めつけていたんだ。 とはいえ、“第一発見者”はあくまでも千帆自身。本来は自分が未知の相手を追いかけるべきだったのだろう。あるいは逃げられる前に察してプロシュートに合図すべきだったのだろう。 逃げる相手を追いかけて捕獲――始末するようなことは千帆にはできない。『そんな銃の使い方』は教わっていない。『そういう事』はプロシュートの役だ。 まあ、いずれにせよ……逃げられてしまった現在ではどう対処することも不可能だ。未知の相手に対し完全に後手に回ったことになる。 その揺るがない事実があるとプロシュート兄貴のことだ、怒って口をきいてくれないかもしれない。 しかし、『すぐに起こせ』とプロシュートに言われていたのもまた事実。 そう――ここでの千帆の“仕事”は敵の識別でもなければ、追跡でも始末でもない。 『ゲームの考察をし』、『場合によってはプロシュートをすぐに起こす』事。 ギャングだろうと学生だろうと、与えられた役目をこなす事が一番重要だってことさ。 もっとも、そういうモノに縛られすぎて臨機応変な対応が出来ないのも困り者だけどね。その点千帆は優秀だったってことかな、この場では。 ――千帆は静かに立ち上がると、プロシュートのいる部屋のドアをノックした。 【D-7 南西部 民家/1日目 日中(約12:45)】 【プロシュート】 [スタンド]:『グレイトフル・デッド』 [時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時 [状態]:全身ダメージ(小~中に回復)、全身疲労(小に回復)、仮眠中、スタンドガスを小範囲に展開中 [装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 30/60) [道具]:[[基本支給品]](水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具 [思考・状況] 基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還。 0.休息を取りつつ、千帆の決断・現状の展開を待つ 1.この世界について、少しでも情報が欲しい。 2.[[双葉千帆]]がついて来るのはかまわないが助ける気はない。 3.残された暗殺チームの誇りを持ってターゲットは絶対に殺害する。 【双葉千帆】 [スタンド]:なし [時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前 [状態]:疲労(ほぼ回復)、悲しみ(極小) [装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24) [道具]:基本支給品、露伴の手紙、救急用医療品、多量のメモ用紙 [思考・状況] 基本行動方針:ノンフィクションではなく、小説を書く。 1.プロシュートと共に行動。まずは現在感じた『違和感』を報告する。 2.[[川尻しのぶ]]に会い、早人の最期を伝える。 3.琢馬兄さんに会いたい。けれど、もしも会えたときどうすればいいのかわからない。 4.露伴の分まで、小説が書きたい。 【備考】 ・千帆のことを観察していた相手の正体は『不明』です。いつから覗いていたのか、千帆“だけ”を覗いていたのかも不明です。 (メタな事を言えば十中八九ウォッチタワーでしょうが、遠隔操作スタンドの頭部だったのか、あるいは人間なのか?)  以降の書き手様にお任せします。 ・プロシュートが仮眠している部屋に少量の『グレイトフル・デッド』が展開されています。  千帆には(部屋の外)には影響はなく、例えば『人間が直接プロシュートを殺害しようと接近した時に老化する』程度の範囲です。 *投下順で読む [[前へ>冷静と激情のあいだ]] [[戻る>本編 第3回放送まで]] [[次へ>She's a Killer Queen]] *時系列順で読む [[前へ>冷静と激情のあいだ]] [[戻る>本編 第3回放送まで(時系列順)]] [[次へ>She's a Killer Queen]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |154:[[夢見る子供でいつづけれたら]]|[[プロシュート]]|173:[[無粋]]| |154:[[夢見る子供でいつづけれたら]]|[[双葉千帆]]|173:[[無粋]]|

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