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―――時が止まった世界とは、どういうものなのか。
当人たちを除けば、おそらくそれを正確に説明できる者は世界のどこにも存在しないだろう。
そのため推測を交えて説明するしかないのだが………今重要なのは『時が止まった状態で動くことができるもの』についてである。
動けるのは時を止められる者だけだろう、と即座に返したいかもしれないが、話はそう単純ではない。
例えば時を止めてナイフを投げた場合、ある程度の距離まではそのまま飛行してどこかで止まり、時が動き出すとその位置から再び飛んでいく。
だが…DIOに腹をブチ抜かれた花京院は、DIOに『触られた』にも関わらずやられたことに全く気付かなかった。
DIOの意思一つで決まる…かと思いきや、承太郎とDIOの袖に付けられた磁石が時の止まった世界で互いに引き合ったところを見ると、そうとも言えない。
結論は出ないが、あえてまとめるなら…動ける者が『干渉』した物体は、一時的に元の状態のまま動くことが可能な"こともある"とでも言うべきだろうか―――
#
「ンン~、初対面から常に無表情なおまえだったが、先の怒りや今みたいな表情もちゃんとできるんじゃあないか……
まさか本気でこのDIOが『忘れていた』と思っていたのか?」
DIOが笑う――彼は当然、こうなると分かっていた………!
自分の後ろにゆっくりと歩いて回り込み、控えた花京院をチラリと見遣りながら正面の承太郎へと語りかける。
「…知っているか? TVゲームの冒険譚の中には時折『負けイベント』というものが存在する……
主人公がその戦闘に負けたとしても死んだりせず、何らかの理由で生き残って物語が進むことになる……そんなイベントだ。
それを理解しているプレイヤーはわずかな不安こそ抱けど、そこまでだ―――」
攻撃を食らった承太郎の体が、まるでスローモーションのように後ろに傾く。
掴んでいた『世界』の拳も離してしまい、相手が逆に自由となる……!
「―――だが、当の主人公に感情があるとしたら、『負けイベント』時の心境はどのようなものだと思うかな……?
考えても見るがいい……レベルは1、装備は最低限、信頼できる仲間もいない。
強大な敵はこちらを抹殺せんと容赦なく攻撃を加えてくる……そのような状況になったらどうする?
まともな人間なら『恐怖』するのは間違いないだろう。
―――『彼』もそうだった……」
そんな様子を愉快そうに眺めながら、DIOは語り続けていた。
花京院を再び『支配』した瞬間の話を。
「ゲロを吐いてこそいなかったが、一寸先すら見えぬ暗闇の中で彼は非常にわかりやすくうろたえていたよ……
まあ無理もない。彼は数日前までひとりぼっちで、スタンド戦も一切経験したことがないのだからね。
わたしの接近に気づいたときも『えっ……』と驚くだけで、迎撃するそぶりすら見せなかった。
だからこそ―――再び『これ』ができた」
倒れるまではいかずに踏ん張った承太郎の目に、DIOの言う『これ』が入る。
先程引き抜いたのとは別だが、まぎれもなく『肉の芽』……
それが、花京院の前髪の隙間から顔をのぞかせていた……!
「きさまは見誤ったのだ……きさまの中では信頼でき、頼りになる仲間だったのかもしれんが……
今この場にいるのはきさまと出会って数時間の、恐怖を乗り越えてすらいない素人スタンド使い……
残酷なことにきさまはそんな男をこのDIOと対峙させ、あまつさえひとりでなんとかしろと言ったのだ………」
『世界』の腕が向かってくる……!
DIOは当然無傷……さらに攻撃を遮るものなど何も存在しない!
そして、ひるんだ上に精神的動揺が生まれた承太郎にDIOの攻撃をかわす術はなかった……!
「きさまが信頼していた仲間は誰一人、きさまの戦いの役には立たなかった……
そして、きさま自身もこのDIOには及ばない……
理解したか? 所詮きさまらの力など全て――――――」
「「「「「じょ……」」」」」
「無 駄 ァ ! !」
「「「「「承太郎(さん)ッ!!!!!」」」」」
周囲から叫び声が轟く中………
『世界』の腕は、承太郎の胸を正確に貫いていた―――
「空条承太郎、これできさまは死んだ………………
さあ……きさまのその無残な姿を、他のジョースター共に見せつけてやろうではないか………」
「そん……な………」
「あ……あ………」
「………くッ……」
ジョナサンは目を見開き、仗助は呆然と眺め、ジョルノは目は逸らさないものの歯を食いしばっていた。
ジョセフは先程の叫びからして意識はあるようだったが……それ以上の言葉は無く………
いくら凝視しようとも、彼らの目に映る現実は変わらない。
「D……I………O……………」
「ふむ、やはりまだ息はあったか……どんな気分だ? 承太郎……」
体を貫かれてはいたが、承太郎はまだ生きていた……!
質問には答えず、ゆっくりと腕を上げる……眠っちまいそうなほどのろい動きで、震えながら振りかぶる。
「最後のあがきというやつか……いいだろう、よく狙って当ててみろ……きさまの好きなところをな………」
もはや時を止める必要もないとDIOは判断する。
胸板をブチ抜かれた状態では、本来の5割か3割か、はたまた1割以下か……その程度の一撃しか出せるはずがないのだ。
故に、警戒すべきは………
(この状況で逆転が可能だとしたら、狙うべきなのはただ一点………『首輪』だ)
それ以外なら頭だろうが心臓だろうが致命傷にはなりえない。
DIOは前方へと進みだした承太郎の拳の前に自身の右手をかざす。
正直なところ、承太郎のパンチはDIOの予想よりは速かった。
ボ ッ ゴ オ オ ッ !
―――否、『速すぎた』。
軽く受け止めようとしたDIOの手が、完全に粉砕されるほどに―――!
「なにいいいいいィィィィィ―――――ッ!!? バカな……ッ! どこにこんな力が残って……ッ!!
グッ……時よ止まれッ!」
慌てて時を止め、射程外まで下がる。
承太郎の追撃こそなかったものの、ここにきてDIOに初めて動揺が生まれた…!
(どうなっている……? ジョルノと仗助は真っ先に腕を落としたし、F・Fは沸騰させた……
治療などできんし、支給品も妙なものなど存在しないはず……ム!?)
再び時が動き出したとき……DIOは物音に気づいた。
コツ、コツと誰かの足音がDIOへ向かって近づいてくる。
DIOの目は闇の中でもその姿を捉えることができたが、それは承太郎ではないどころか………全く覚えがない相手。
だが、数多くの見知らぬ他者を懐柔してきたDIOに恐れる者などいない……!
「おや、また客か………覚えのない顔だが、きみの名前を教えてくれるかな?」
「………おまえこそ、誰だ」
聴く者の心がやすらぐ、危険な甘さを持つ声で問いかけるが……興味すら示そうとしない相手の歩みは止まらず、妙な沈黙が訪れる。
これしきでは気分を害すほどでもなく、DIOは再び問いかけようとするが……
「質問を質問で返すんじゃあない……何がどうなって迷い込んだのかは知らんが―――」
「聞こえなかったのか? おまえは誰だと聞いている」
……今度は言葉を途中で遮られる。
またしても沈黙が訪れ、やはり相手の足は止まらない。
ややあって相手はDIOのすぐ真正面まで進んできたかと思うと、顔が付くのではないかというほどの近距離で、言った。
「これ以上は聞かないぞ……
もう物言えぬ彼女に許可なく触れ、体を弄び、挙句の果てには盾にして、彼女の父親である承太郎さんを殺そうとしている……
そんな、『徐倫を悲しませる』ようなことを笑いながらやってるおまえは、何様かと聞いているんだ―――」
殺人鬼にして、愛に生きる男―――ナルシソ・アナスイの登場だった………!
怒りは感じられず、顔全体から感情がすっぽり抜け落ちてしまったかのような表情……
だというのに、その声には恐ろしいほど迫力があった……!
周囲の者は即座に理解する―――これは怒りが限界を振り切れたことにより、逆に冷静になった顔だと。
―――アナスイはF・Fが徐倫の肉体を奪ったなんてことは知らず……
納骨堂に到着すると同時に目に飛び込んできた光景に一瞬頭が真っ白になったため、DIOやジョルノが言ったことも碌に耳に入っていない。
彼にとっての真実は、彼自身が言ったとおりの状況だけ―――
「………ふむ」
そんな彼にDIOもなんと言い返すべきか迷ったのか……その一瞬の沈黙の間にアナスイは行動していた。
予備動作なしでスタンドを出し、真正面から相手へと殴りかかるッ!!
「『ダイバー・ダウン』ッ!!」
「………! ほほお~~~っ、なかなかいい一撃だが……無駄無駄無駄ァッ!!」
「……ッ!!」
だが……敵はDIO! 不意を突いた程度で何とかできるほど甘い相手ではないッ!
逆に反撃を食らったアナスイは衝撃で地面を滑り……承太郎のすぐ前まで後退させられた。
なおも立ち上がりDIOの元へ進まんとする彼を承太郎は静止しようとするのだが……
「……アナスイ、奴の『世界』は俺と同じタイプのスタンド……俺にすら負けたおまえでは勝てない、下がっていろ」
「悪いが、あんたの言うことは聞けない……『あんたにオレのことは理解できない』……
どうしても止めたければ、さっきみたいにオレをブチのめすんだな……」
返ってきたのはかつて承太郎自身がアナスイに言った言葉。
感情を押し付けるのは勝手だが、それで言うことを聞かせられると思ったら大間違いだった。
「冷静になれ……おまえは状況が見えていない」
「あんたは、オレのこの顔が怒りで我を忘れてるように見えるのか? オレは『正常』だよ……」
さらりと返される。
本人が言っている通り、彼の精神は別段異常をきたしているわけではない。
だがそれは―――
「オレは極めて正常なことに……目の前のこいつが二度と徐倫にくっつくことができないよう、バラバラに『分解』する……それだけだ」
―――一般人のそれとは大きくかけ離れている、殺人鬼アナスイの尺度における正常という意味で……!
あくまでDIOへと突き進むアナスイ。
それを見ていたDIOはというと、半ば呆れに近い感情を抱いていた。
ハッキリ言ってこの男は青い、青すぎる。
ジョナサンのように怒りを表に出すタイプとは違うが、たかが女一人のために勝算のない戦いへ身を投じるその姿は滑稽以外の何物でもなかった。
(だが、どの道殺す必要はある……先程承太郎を始末できなかったのはおそらく、目の前の男が『何かした』ためだろうからな……
ヤツの手が一部欠損し、血が吹き出ていることからしてスタンドで承太郎へのダメージを防御しつつ肩代わりした…そんなところだろう)
「フン、マヌケが……いいだろう、特別に見せてやる……井の中の蛙よ、『世界』を知るがいい………」
チラリと承太郎の方を見やった後、DIOはアナスイへと視線を戻す。
目の前に別の敵がいようが、最優先はあくまで承太郎である。
ジョースターとの戦いの最中邪魔に入られ、気分を害したDIOにとってアナスイは単なる路傍の石程度の存在だった。
詳しいスタンド能力はわからないが承太郎が制止した以上、時止めに対抗できる能力であるはずもない。
「『世界』ッ!! 時よ止まれ!」
ためらいなく時を止め……DIOはアナスイへと走る。
承太郎の時間停止が何秒程度かは判明した。
一応今の位置なら射程距離外ではあるが、万が一に備え『世界』は待機させておく。
完全に止まっているアナスイには何の策も労す必要はないだろう。
「ジョースター全員と話をする前に誰か一人でも殺してしまうと完全に聞く耳を持たれなくなるため生かしておいたが……
おまえには手加減する理由などない………」
射程距離に入ると同時に下段から左手を振りかざし、相手の胸板へと一撃を放つ!
アナスイは動かない、動けるはずがない。
彼の胸板はあまりにもあっさりと貫かれ、絶命する―――
―――そう思った瞬間、足元から何かが『襲ってきた』!
「ヌウッ!!?」
DIOは驚愕する……時は確かに止まっているのに。
承太郎のほうを見るも、彼は全く動いていない。
だというのに踏み込んだ自分の右足から衝撃が伝わり、歪んでいくッ!
このままでは胴体まで達すると判断し、DIOは素早く行動を変えた。
「UGUUッ……ま、まずい! 『世界ッ』! わたしの右足を切り落とせッ!!」
背に腹は代えられない。
自分の右足をスタンドで切断するッ!
上半身は止まらなかったが……足を切り落としたことによりバランスが崩れ、拳は狙った胸よりも下の腹部に突き刺さったッ!!
「これで済むと思うな……このままッ!! 腕を! こいつの! 腹の中に…………つっこんで! 殴りぬけるッ!!」
常人ならば痛みでそのまま倒れこむところだったが、DIOは違った。
足がなかろうと構わず……拳をそのまま前に突き出すッ!
ブ ッ ギ ャ ア !
それによりアナスイの腹は………なすすべなくブチ抜かれたッ!!
さすがにバランスを崩し、残り時間は体勢を立て直して距離をとるのに使ってしまったが……十分に致命傷となり得る傷は与えた。
「限界だ……時は動き出す………」
動き出したアナスイは後ろに吹っ飛ばされる。
だが、その最中にDIOの切断されて吹っ飛ぶ足を見て……なんと、笑った。
「時が止まった世界で動けないなら……おまえに動かしてもらうことにしたよ………
おまえが踏むだろう床の石にあらかじめ『ダイバー・ダウン』を潜行させておいた………
潜行させたパワーとスピードは『止まった』世界の中おまえが触れたことで『動き出し』……解き放たれるッ!!」
「きさま……このDIOの世界に小賢しく忍び込んでくるとは………
よくもまあこの短時間で思いついたものだが、哀れなものよ……
なまじそんな小細工さえしなければ楽に死なせてやったというのに………」
(短時間で思いついた……? そんなはずがないだろう。
アレは、承太郎さんにやるつもりだった戦法だ……妙なところで役に立ったもの……だが……な………)
アナスイは承太郎にボコられた後、彼を止めるために時止めの攻略法を考え続けていた。
その結果思いついた苦肉の策が先程の潜行を使った戦法である。
時を止めた後相手が近づいてくるとは限らない、来たとしても潜行させた位置を都合よく踏むとは限らないなど、策と言うには穴だらけ。
だが時を止めるという反則的な強さを持つ能力に対して、アナスイは他に方法を思いつかなかったのだ……文字通り『どうしようもない』のだから。
結果、DIOの油断もあったが策は見事に成功し……相手こそ違えど、時止めに対して一度きりとはいえ攻撃を食らわせることが出来たのだった……!
そして、吹っ飛ばされたアナスイと入れ替わるかのように飛び込む影がひとつ………空条承太郎ッ!
彼は時間停止が解除されるや否や、全速でDIOへと突っ込んでいたッ!!
そんな二人が交差する刹那……会話が交わされた。
「本当なら……全身…分解……してやりたかったが……承太郎……さん…後は……任せ…まし……た………」
「……ひとつだけ聞かせろ。何故、こんな無茶をした」
「徐倫に……自分が盾にされたせいで父親が傷つけられた、なんてことはさせたくなかった……
あんたはさっき……あいつが徐倫を弄ぶのを見て……ちゃんと………怒ることができていた……それだけで…いい……
それに…どうやらオレがいなくなっても……あんたを…止める人は……いるみたい…だ……から…な」
「………やれやれ、だ」
ジョナサンたちが集まるほうをチラリと見て返された答えに承太郎は嘆息する。
どこまでいっても、どれだけ打ちのめされようともアナスイは揺るがない。
彼はジョースターの血筋という意味では確かに無関係……だが彼の行動理由――徐倫のためという意志は、決して彼らの因縁に劣るものではなかったッ!
それは彼女の敵であるDIOに敵意を向けることに繋がり………結果的に周りのジョースター達に利をもたらしたッ!!
「承太郎……きさまこれを読んでいたというのかッ!?」
「違うな……俺はアナスイが一方的にやられようが構わず、隙ができたてめーをぶちのめすつもりだっただけだ………」
承太郎は再びDIOに肉薄し、右腕でストレートを繰り出す!
片足のないDIOは上体を後ろに反らすことで攻撃を回避―――
「流星刺突(スターフィンガー)!!」
「ぬうッ!?」
―――しきれないッ!
伸びた指先があわや首輪を直撃しそうになり、DIOは腕でガードしてしまうッ!
そこへ勢いをつけた左拳が迫り―――
「オラア―――ッ!!」
「UGUOOッ!!」
『星の白金』の拳が『世界』の右腕を粉砕するッ!!
この瞬間ようやく、戦闘開始から初めてまともにDIOへ攻撃を食らわせることに成功したのだ!
その光景を周りの者たちもまた、しっかりとその目で見ていた!
「じょ、承太郎さん……」
―――見えていた。
「な、なんで……」
―――『見えてしまって』いた。
「『時を止めてない』んですかァ―――!!?」
止めて攻撃したが、DIOに相殺されただけ……?
違う、DIOは時止めを発動した直後だった。
まだ温存している……?
まさか、今のところ他に敵の姿は見えないし、承太郎ほどの男がこれ以上ない好機を理解できないはずがない。
では何故……?
仗助が目を白黒させる中、DIOが口を開いた……
「……汗もかいてないし、呼吸も乱れていないな、承太郎……
正直言うとこのDIOですら、先程の一瞬は肝を冷やしたというのに……
そしてこれはひょっとしたらというよりは、確信に近い推測だが………」
「おまえは今、『時を止められない』のではないか?」
「………………」
―――承太郎は何も答えない。
何故相手の質問に対して否定しないのかと周りの者は不安を覚え……特に、仗助は戦慄する―――!
彼は『星の白金』の能力を『無敵』と言うほどである。
それと同等以上の能力を持つDIOが敵であるこの状況で、もし相手の言葉が正しければ……
いくら承太郎が強かろうとほとんど負けは確定なのだから。
(け……けど、さっきまで承太郎さんは間違いなく時止めが出来てたはず……だよな?)
自分ではイマイチ時が止まったことはわからなくとも、状況を踏まえれば徐倫の肉体で挑発された直後の時点から時止めが使えなかったとは思えない。
自らの希望を込め、彼は承太郎の背中へと言葉を飛ばす。
「じょ、冗談っスよね……? じゃなきゃあ、おれなんかのアタマじゃあ到底思いつかねー高度な作戦のうちってやつですよねッ!!?
………返事してくださいよぉ―――――ッ!!!」
彼の必死の問いかけにも承太郎は答えを返さず、ただ目の前のDIOを睨みつけるのみ。
時が止まらないのが自分でも信じられないのか、動いてDIOへ攻撃を繰り出そうとすらしない。
それを見て余裕を感じ取ったのか、DIOはこの状況で再び腕を組み……先の続きを語り始めた。
「スタンド能力というものは使い手の『精神』に大きく左右される……
善であれ悪であれ、精神力―――自我が強い者ほどスタンドパワーは強くなるのはおまえも知っているだろう……?
わたしとて最初から自在に時を止められたわけではない……最初はまばたきほどの一瞬、この首のキズがなじんでくるごとに2秒、3秒と長くなった……
能力を『認識』し、できて当然と思う精神力があったからこそ今このように時を止めることができる………」
―――周りの者も動けない。
下手に飛び出せないという思いと、彼ら自身DIOの考えを聞きたいという思いが半々で、動こうにも動けなかった。
「承太郎……おまえの話に移るが、いまのおまえの精神はどのような状態になっているのだろうな……?
この殺し合いの開始から順を追って考えても、おまえは碌な目に遭っていないそうじゃあないか……
母親を、娘を、仲間を殺され…家を失い…見つけた娘は仇に乗っ取られた上ずうずうしくも仲間入りし…味方は当てにならず…信頼していた友にも裏切られたというわけだ……
正直、このDIOには半分も理解できん感情だが……おまえは、心のどこかでこう思ってしまったのではないか……?」
「―――こんな『現実(いま)』には、1秒たりとも留まっていたくない―――と」
その言葉にジョナサンも、仗助も、ジョルノも、離れた何処かにてジョセフも……全員が息を呑む。
無表情で、淡々と自らのやるべきことへ向けて進んでいるように見えた承太郎が、そこまで追い詰められていたのか……と。
無理もない……それほどまでに承太郎は周りから『信頼』されていたのだから。
故にほとんどの者が『彼なら心配ない』というイメージを持っており……それが逆に足枷となったのだ―――!
「承太郎………」「承太郎ッ!」「承太郎さんッ!」
悲痛な叫びと化した仲間たちの声が承太郎に投げかけられる。
それでも、彼は何も言わない。
もし……彼と長く行動を共にしていた川尻しのぶであったなら。
すなわち彼の近くで、ここ半日以上における彼の行動や感情の変化を見る機会が多かった者さえいれば、こんな事態になる前に分かったかもしれない。
―――仲間と合流してからの承太郎は、自分の感情をかなり無理矢理押さえ込んでいた……ということに。
「つまらん……家族だの仲間だの友情だの、そのようなものに縋るから肝心なときに裏切られるのだ……
このDIOを見るがいい……必要ないものは全て切り捨て、配下は服従、絶対なのは己のみである……
裏切られる信頼など元より存在しないのだから、そのような無様な姿を見せる可能性などゼロということ………
これがおまえたち人間と、わたしの『差』だ………」
そして、そんな彼らにDIOは嘲笑を浴びせ……同時に、茶番はもう飽きたとばかりに腕組みを解く。
気づいたジョナサンたちはなんとか対処しようとするも、既にそれは始まっていた。
「『世界』ッ!!」
時が止まる……
もはやこの場において、DIOだけの時間が訪れる……!
「さて……随分と無駄話をしてしまったが、結局のところ実際に確かめてみなければわからん……
承太郎……できるのならばせいぜい何とかして見せるがいい……
これをかわせるかどうかが、おまえの……おまえたち全員の命運を左右するということだ………」
戦いの最中に割れた床石の欠片を拾い上げ、承太郎目掛けて投擲しようとする。
欠片といってもその大きさは拳ほど……吸血鬼の腕力で投げられた場合、まともに食らえば骨が砕けるだけでは済まない質量……!
ところが、いざ腕を振りかぶったところでDIOは『それ』に気づいた。
ズルリ………
「……む?」
妙な音が聞こえる。
自分以外に動くものがないはずの、時が止まっている世界でどこからか音が聞こえてくるというのだ。
先程痛い目を見たこともあり、DIOは一旦攻撃を中止し様子を伺う………!
ズルウウウウ………
「承太郎……今度は何をしたというのだ……?」
承太郎は動かない。
時間停止を認識できていないのか、認識できても動けないのか。
………それとも、動けないふりをしているのか。
グオオオオオ………
「それとも、アナスイとかいう男か……?」
ちらりとそちらを見やるが、彼もまた吹っ飛ばされて地面に倒れた姿勢のままである。
第一今度は一歩も足を動かしてはいないし、時を止めてから唯一手に取った石も特に異常はない。
ギャルギャルギャル………
「周りのジョースター共でもなさそうだ……
―――考え方を変えるとしよう……この『音』はどこから聞こえてくる?」
最初に聞こえたのはどのあたりだったか正確には覚えていないが、床側だった気がする。
そしてこころなしか、聞こえる音はだんだん大きくなっている。
となれば今現在の―――時が止まっているのにこの表現は妙だが―――発生源は自分のすぐ近く……下を見たDIOはすぐにそれを見つけた………
ギャアアアア!
「……これはッ!?」
―――自分の体を這い上がってくる『穴』を。
「動いている……まさか『生きている』とでもいうのかッ!?」
何故止まった時の中で動けるのか―――時を止めた時点で既に自分と一体化していたため、体が動く以上は共に動けるとでもいうのだろうか?
正体はわからないが、少なくとも自分に益をもたらす存在では無さそうである……
反射的にDIOは穴をひっぺがすべく、無事なほうの手で触れた―――
ボ グ オ オ オ !
―――途端に手が爆ぜ、指が千切れ飛んだッ!!
「なあああにいいいいいィィ―――――!!?」
DIOにしてみればダメージ自体は大したことが無い。
だが迂闊な行動をとった代償は………時間停止中の数秒と、大いなる屈辱によって支払わされた。
「チッ、時間切れだ………ッ!」
そして時は動き出す……
次いで飛び掛ってきたジョナサンたちを上に跳んでかわし、柱の天井付近に足を突いて様子を伺う。
結局あの『穴』は何だったのか………?
その答えとなりそうな存在を、高所から見回したことでDIOは発見した。
「地下通路の手前、柱の向こう……きさま、そこに隠れているな………
聞こえているか? まずは出て来い、さもなくば――――――」
言い終らないうちにその人物は歩き出てきた……!
元々隠れ続けるつもりは無かったのだろう、DIOの言葉に脅されたという風ではなく、むしろ堂々とその人物は歩いてくる。
そしてその顔が蛍の光によって照らされ、明らかとなった………
アナスイから遅れること数分……ようやく納骨堂へと到着した『7人目』の『ジョジョ』―――ジョニィ・ジョースターの顔が………!!
#
ジョニィは納骨堂を見回す―――彼は正直言って、今現在の状況を全くといっていいほど理解していなかった。
暗闇の中、アナスイを除いてうっすらと見覚えがあるような顔が数名、その他は初めてみる顔ばかり。
だが、彼はその感覚で確信していた………おそらく、ここに全ての答えがあると。
そんなジョニィを全員が遠巻きに見ていたが……やがて、ようやく近づいてきたジョセフが声をかける。
彼にしては珍しく、ふざけた調子は抜きにして……あるいはそれだけ、彼も不安に思っていたのかもしれない。
「おまえは、誰だ……おれたちの『味方』なのか………?」
「『味方』……? それを聞きたいのはぼくのほうだ………アナスイと戦っていた奴をとりあえず撃ちはしたが、そいつを知ってるってわけでもない……
だが、確かに感じるんだ……言葉ではうまく説明できないが、ここにいるほぼ全員が、ぼくとなにか『繋がり』を持っていることをッ!
ぼくの名前はジョニィ・ジョースター……教えてくれ! きみたちは一体……誰なんだッ!?」
それを聞いたジョルノは反射的にジョナサンのほうを見て……彼が小さく頷き返すのを確認する。
つまり、あの男こそジョナサンが数時間前に出会ったジョニィ本人で間違いないということを。
(ジョニィ・ジョースター…彼が……? じゃあ、先程感じた『8人目』は、いったい……?)
ジョルノはよくよく目を凝らして周囲の影を一人づつ確認していき……見つけた。
(………うっ!)
―――DIOの話を聞いていなければまず人『だった』とは気づかなかったであろう、バラバラになりすぎている「肉片」を。
(『殺され方が悪く血液が少なかった』……間違いない)
おそらくは知らない血縁者――自分の先祖か子孫か、はたまた兄弟姉妹か――繋がりはわからない。
だが、見知らぬ誰かだとしてもあまりにも無残すぎる殺され方だった。
(………)
ジョルノは滅多なことでは怒りを表にあらわさない。
今ももちろん、彼の表情は見事ともいえるポーカーフェイス。
しかしそれは表面上の話であり、心の中では―――
(自分の夢のため? 『天国』へ行く?
ふざけるな……あんたはぼくたちだけじゃなくタルカスさんやイギー、それにあの誰かの命も『侮辱』した……
ぼくには腕がない……だが足がある、頭も胴体も残っているッ!
考えろ……進むべき『道』を切り開くためにッ!
―――あいつを倒すためにッ!!)
―――彼は今、静かに燃えていた。
ジョルノが決意を新たにしているうちにも状況は刻々と変化していく。
先程から沈黙していた承太郎がここでようやく歩き出し、ジョニィの元へ近づいてくる。
彼もまた、ジョナサンの反応を判断材料に加えつつジョニィの発言について吟味していた。
「……どうやら、ウソじゃあないらしいな………」
この状況で嘘をつく必要も、メリットもない。
アザの話も、全員をよく知らないという点が逆に真実味を増していた。
彼はジョースターの一員で、現在はまだ『中立』……承太郎はそう判断しひとまず声をかけたのだ……
―――先程の出来事による動揺が見られないのが逆に痛々しいほど、冷静に。
「……おまえはッ!!」
「……!?」
そんな承太郎を見ると同時にジョニィは……驚きの言葉と共に『タスク』を構えた!
不意を突かれたかのように見えた承太郎は……反射的にスタンドの腕を振るう。
拳がジョニィに命中……する寸前で、その動きを止めていたが。
一方、ジョニィのほうも撃ちはしなかった―――彼もまた『迷って』いたのだから。
「野郎、いきなり何をしやがる………」
「いや……すまない……」
ジョニィは謝罪とともに指を下ろす。
だが承太郎のほうは体勢をまったく変えず、彼の次の言葉を待っていた。
さすがにそれでジョニィも無礼であり、このままでは自分が危ないと気づいて話し始める。
「本当にすまない…どうやらあんたが『本物』のクージョージョータローみたいだな……
アナスイから聞いている……あんたと敵対するつもりはない」
「本物、か……なるほど、大体の事情はつかめた………だが話は、DIOを倒した後だ」
その顔を見て衝動的に構えてしまったが……以前遭遇した『偽者』とは雰囲気も、喋り方も、何もかもが違う。
何よりジョニィ自身の感覚が告げていた―――彼は、自分と関係がある人物であると。
しかし、ジョニィが気になったのはむしろ最後の言葉だった。
「『ディオ』……? ここに『Dio』がいるのか………?
確かに『時が止まった』ような………いや、それならあの恐竜は………?」
腕を下ろした承太郎から視線をはずして辺りを見回すも、彼が探す男の姿は見当たらない。
周りからすれば当人であるはずのDIOを見ても、すぐに別のほうを向いて誰かを探し続けるという意味不明の行動。
彼の呟きにピンとくるものがあったのか、声をかけたのは天井から降り立ったDIOだった。
「ふむ、察するに……おまえの言う『ディオ』とはわたしではなく……
ディエゴ・ブランドーという名なのではないか………?」
「……ディオ? おまえもDio………いや、違う……おまえは、誰なんだ……?」
的を射た相手の発言も碌に耳に入れず、こちらはこちらで気になる存在……DIOへと目を向ける。
名簿でその名は知っていたがDioとは赤の他人とばかり思っていた……しかし実際見てみると、その奇妙さは際立つばかり。
服装はともかくDioと顔立ちはよく似ており、傍のスタンドも見覚えがあるような気がする。
だが何より……
(何故……あいつからも周りの者たちと同じ感覚がするんだ……?
Dioには、こんな感覚はなかったはずだッ……!)
ジョニィには何もわからない。
他の者もその情報の少なさから、ジョースターとはいえ一体彼が何者なのかは理解しきれずにいた。
だが、丁寧に説明するような状況ではないということも忘れてはならない。
混乱が立ち込める中ジョニィを見ながら一歩進み出て、彼を見ながら口を開いた者は……
これまで微動だにしなかった花京院だった。
「DIO様、よろしければこの男はわたしが……」
「いいや花京院、おまえは十分に役目を果たした。これ以上の手出しは無用だ………
さて、ジョニィ・ジョースターといったか……先程の攻撃―――アレは、何をどうやった?」
ジョースターを始末するのはあくまで自分が直接行う……現状を顧みて、DIOはこれ以上援護は不要と撥ね付ける。
次いでジョニィへと言葉をかけるが……ジョースターとはいえ中立らしいのはDIOも承知の上で、その立場と攻撃の正体をハッキリさせるべく語りかけだす。
「何故だろうな……あんたには、何も教える気になれない……あんたが『時を止めた』なら、なおさらな―――」
それに対しジョニィは説明しようとしない、というのも彼自身にも何が起こったのか理解しきれていない部分があるからだ。
―――『無限の回転』たる『ACT4』ならば時間停止の壁も超えられるが、先程使ったのは違う。
では何故時の止まった中でタスクの穴が動けたかというと………『着弾後に時が止められたから』である。
例えば自分の身体に切り傷ができたとして、時を止めて切り傷だけその場に残して身体だけ移動するなんてことが可能だろうか?
少なくとも、DIOはそこまでできて当然とは考えていなかった。
『穴』も同様……いかに移動するとはいえ、DIOの身体は自分に開いた穴を『自分以外のもの』とは認識できなかったのだ。
DIOが『タスク』を知らず、この上ないタイミングで着弾と時止めが重なった……
それで起きたのが先程の『偶然』で済ませるにはあまりにも出来すぎた現象というわけである―――
閑話休題。
睨みあいに近い彼らの話に口出しする者はいなかった―――口は、だが。
「―――ムッ!!?」
言葉の途中ではあったが、気配を感じたジョニィは咄嗟にその方向を向く。
DIOに注意が向く中でジョニィだけがそれに気づくことが出来たのは、彼がそれをよく知っていたからだろう。
「こいつは……Dioの『恐竜』ッ! こっちにもいたかッ!!」
いつから地下にいたのか。
薄暗い中で何かを口にくわえ、素早く走り去ろうとするのはまぎれもなく『スケアリー・モンスターズ』の恐竜だった。
当然、こちらを撃つのは『迷い』なし―――ジョニィはタスクを発射する!
だが殺気に気づかれたらしく爪弾はギリギリでかわされ……恐竜はジョニィのほうへと向かってきたッ!
一気に距離を詰められ、ジョニィの目前で恐竜が跳躍する……!
「うおおお――――――なにッ!!?」
「――――――なッ!!」
迎撃しようとしたジョニィはまたしても目を疑うことになる。
恐竜はジョニィをそのまま飛び越え……その背後にいた花京院に襲い掛かったのだッ!!
まさか自分が狙われるとは思っていなかったのか、スタンドの防御も間に合わず……顔面を鋭い爪で切り裂かれた花京院は、バタリと床に倒れる。
「――――――!!?」
あの恐竜は何なのか、どういうわけで花京院が攻撃されることになったのか。
ほぼ全員が―――DIOでさえも、今の出来事の全てを理解しきれず驚きの表情を見せる。
次から次へと巻き起こる混乱の渦の中…そんなDIOの表情を見逃さない男もまた、そこにいた……!
「オオオオオ――――――ッ!!!」
「!!」
注目が花京院へと向く中……承太郎がDIOへと襲い掛かったッ!
一秒でも早く決着を付けるべく、全力でラッシュを放つ―――時は止められないのだから。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ――――――ッ!!!!!」
「グッ……無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――――ッ!!!!!」
一方DIOはというと、承太郎の一撃とジョニィの爪弾で破壊された両の拳がまだ再生しきっていなかった。
さらに切り落とした右足は別行動をとっていたジョセフが抜け目なく見つけ出して拾い、彼の波紋で消滅させられてしまっていたのだ。
そうなると、時止めで承太郎を倒すことはできても、直後に周囲から総攻撃された場合対処しきれない可能性がある。
ゆえに、DIOの狙いは時間稼ぎだった。
相手のラッシュを二の腕や肘で受け流しつつ、拳を再生させようとする……が『星の白金』のラッシュはそんな程度で捌ききれるほど甘くはない。
治りきっていない拳も迎撃に使わざるを得ず……結果、僅かながら承太郎が押す形となったッ!
―――だが、他の者から見てもそれが『優勢』と言えないことは明白………!
「ヤベェ……明らかに時間稼ぎにきてやがる………このままじゃあ、承太郎さんが不利だッ!!」
拳が再生してしまえばDIOはためらいなく時止めが使えるようになる。
そうなると何が起こるか……仗助としては考えたくもない。
最悪の事態を防ぐため、ジョナサンが動こうとするが……
「……承太郎、加勢するッ!」
「いいや、ひとりでいい……だいたい『思い出した』」
「えっ……?」
援護を断った承太郎はさらにDIOへと接近し……突き(ラッシュ)の速さ比べを挑むッ!
DIOも、それを受けて立ち……次の瞬間ッ!!
「オオオオオオ―――――オラァッ!!!」
「無駄無駄無駄無――――なにィッ!!?」
DIOの身体がすさまじい勢いで跳ね上げられる。
なんと、承太郎は数合も打ち合わないうちに対決を制してしまった……!
彼は『思い出した』……かつて経験した、DIOとの戦いを。
ラッシュ対決となったとき、どこにどう隙があったかをわずかな記憶からようやく引っ張り出し……狙いすました強烈な一撃を本体にお見舞いしたのだ!
……しかし、この能力を忘れてはならない。
「『世界!』 時よ止まれッ!!」
跳ね上げられた体制のまま時を止め、続く一撃を放とうとしていた承太郎の追撃を防ぐ。
だが先の衝撃はそのまま残っており……DIOの身体は、天井を突き破って地上へと出ることになったッ!!
そして時が動き出し、状況を理解した者たちは………
「やったッ! 外に出たっつーことは、太陽光で塵に……」
「……ダメだッ! 一足遅かった………太陽は、既に沈んでいるッ! ヤツの時間がきてしまったッ!!」
近くにいた仗助は承太郎の完全勝利かと思うも、その期待はジョナサンの言葉により一瞬で裏切られる。
ギリギリまで待ち、地下での戦いにもなかなか決着をつけられなかった結果、日没………『時間切れ』だったのだ!
(今のは……むっ!?)
同じく上を眺めていたジョルノが何かに気づいた瞬間……
承太郎は自らも柱を蹴って跳躍し、穴からDIOを追って地上へと出て行った―――何も言わず、誰も連れず。
………そして、残された者たちは選択を迫られることになる。
(承太郎さんひとりではたぶん、勝てない……『援護』は必要だ。
だがぼくをはじめ戦えない者も多い、下手にDIOへ近づいたら逆効果になる……
どうする? 誰が追い、誰が残るべきか―――)
「そんじゃあいくぜ、仗助!」
「落とすんじゃあねーぞジジイ!!」
言葉の途中でジョルノが振り返ると、ジョセフが仗助を担いで崩れた階段をよじ登り、上ろうとしていた。
「……! ちょ、ちょっと待―――」
「待てといわれて待つ馬鹿はいねえんだよォ―――ッ!!」
ジョルノの静止も聞かず、ジョセフたちは一直線に地上へと駆け上がっていく。
止められないと判断したジョルノは急いで辺りを見回すが、目的のものが見当たらない。
(ジョニィと名乗った男もいない……彼も既に地上へと向かったのか……? ジョナサンは……)
と、視線をさらに動かそうとしたところで当のジョナサンが後ろから声をかけてきた。
「ジョルノ、ぼくらも上がるぞ!」
「……わかりました。お願いします」
足は二本とも揃っている、歩けないわけではない。
だが先程の恐竜がどこかに潜んでいるかもしれない以上、腕のない自分が単独行動というのは危険すぎるためジョルノは素直に同意した。
ジョナサンはジョルノを片手で抱えあげると、崩れたままの地上への階段までどうにか上がるべく急いで動き出す。
そんな彼のもう片方の腕に、気絶したまま抱えられている人物がいるのにジョルノは気づく。
―――顔の傷を波紋で治療された、花京院典明だった。
「……彼だけは、連れて行かなければならないということですか」
「………本当は、あの二人も置き去りになんてしたくない。
終わったら必ず迎えに戻ってくるつもりだ。 だから、今だけは………」
ジョセフは仗助だけで手一杯、ジョナサンもいかにパワーがあるとはいえ腕は二本、抱えて行けるのは二人が限界である。
しかし、現在この場で動けない人物はその倍の四人。
腕のないジョルノ。
肉の芽が埋め込まれ、顔を切り裂かれて気絶したままの花京院。
腹部に大穴が開いたアナスイ。
詳しくはわからないがとにかく危険な状態でピクリとも動かないF・F。
……いずれも彼ならば決して捨て置けない、この四人。
しかし、上で戦っている承太郎は時が止められない危険な状態。
すなわち時間がない以上、ジョナサンは動けない四人の中から連れて行く二人をすぐに選ばざるを得なかった。
彼が選択したのは一人が比較的……本当に比較的だが傷が浅いジョルノ、そしてもう一人が花京院。
その理由はというと………
(一見おかしな選択に見えるかもしれない……
だが、肉の芽を残したままDIOを倒すわけにはいかないし、目が離せないという意味でも連れて行くしかない……)
(――とでも考えているんでしょうね。
それに残酷な話だが、スタンドによる治療ができない以上後の二人が助かる可能性は非常に低い………
ジョナサン……あなたの選択は、間違っていません)
心残りがありそうなジョナサンの横顔を眺めながら、ジョルノは心の中で呟く。
自分や仗助さえ万全ならば、この心優しい青年に非情の最適解を自ら選択させることなどなかったと戒めながら。
だが、この選択が本当に正解となるのかどうかはまだわからなかった。
「すまない、碌に何もできなくて……言い訳はしたくないが、まさかこうもいいようにやられるとは思っていなかった………」
「………あえて言うなら、敵の目と鼻の先で作戦会議などするべきではなかったということでしょう。
DIOは明らかにこちらの作戦を知っていてぼくらを分散させ、先手を取った上でそれぞれの弱点をついてきました。
つまり、誰かがこちらの会話を含めた『情報』をDIOに伝えたということです………」
「そういえば、DIOが『この会場内のほとんどの参加者の位置を知ることができる者がいる』とか言っていたな……
そいつの仕業だろうか? ぼくとしたことが、もっと注意を払っておくべきだった……!」
再起不能者、全員の負傷、そしてまだ見ぬ敵の存在―――不安要素は尽きない。
だが、そんな障害をものともせずに乗り越えてきたのが彼らである。
階段を上り、地上へと向かうその足どりに『迷い』はなかった。
一方、いち早く地上への出口に辿りついたジョセフたちはというと。
「ジジイ、なんか体が熱い気がするんだが……大丈夫なのかよ?」
「へ、へへ……おれはいま、熱く燃える男ってやつなんだぜ……? おめーも妙にクールになっちまって、ブチ切れろとはいわねーが、もっと熱くなりやがれ」
「…………怪我、してんじゃあねえのか? 悪い……おれがなおせりゃすぐだってのに……ジョルノはこんなんでも頑張ってるのに、おれときたら………」
「余計な心配するんじゃあねえぜ、仗助ちゃん。 生きてりゃあ案外何とかなるもんだからな……
おれだっておめーらの腕を探してくっつけてやりたかったんだが、見つからずじまいだったしよ……」
崩れた木や石を足で適当に蹴り飛ばし、通れるスペースを確保して地上へと飛び出すッ!
教会内は先程まで差し込んでいた夕日の光も消え失せ、不気味な雰囲気を醸し出していた……!
ふと真上を見上げれば、今にも落ちてきそうな星ひとつない真っ暗な夜空が―――
(ん? ちょっと待て、屋根はどこに―――)
「ジ……ジジイッ………!!」
「ロードローラーだッ!!」
―――否、ロードローラーがあった……!
「OH~~! MY! GOOOOOOOD!!!」
#
(揺れている……先程よりも、さらに激しく)
激闘繰り広げられる地下とは真逆、静かなる高所に位置する鐘楼にて。
唯一ここにいる参加者、ジョンガリ・Aは少々うろたえていた。
与えられた自分の役目については問題なかった。
指示された者以外の参加者は全て教会内へ通すことなく追い払ってきたし、自分を直接狙う誰かも現れていない。
だが別の問題として、地下で戦っているはずの主とジョースターの争いがよほど激しいのか……教会全体が激しい揺れを起こしていたのだ。
(これ以上は……まずい)
建物が崩れれば地下は勿論、高所の自分も危ない。
主の『命令』が絶対であることに変わりはないが、彼は元軍人……現場判断というものも当然心得ている。
DIOには鐘楼に陣取れと命じられたものの、この状況でそれを愚直に実行し続けて犬死にするほど彼は杓子定規ではなかった。
ひとまず下に降りるべく移動を開始するが……
ド ゴ ォ ン !
「うおっ!?」
動こうとした矢先にひときわ大きい衝撃が鐘楼を襲う。
どうやら何かが鐘楼の外壁に激突したらしく……その影響で塔全体が傾き、一気に崩れ始めたッ!
「ぬおおおおおォォォ―――――ッ!!」
足元すらおぼつかない状況で盲目のジョンガリが素早く行動できるはずもなく……離脱に失敗。
そのまま彼の体は、瓦礫とともに地上へと落下していった―――
#
激しい揺れに足止めをくらいながらもジョナサンたちが地上に出たとき、そこにあったはずの教会は崩れ落ち、瓦礫の山と化していた……!
だがそれ以上に目を引いたのが出口のすぐ側に堂々と鎮座している建設用の重機―――ロードローラー!
そして、その脇に倒れている仗助の姿!
「仗助ッ!! 無事かッ!? ……ジョセフに、承太郎はッ!!?」
「う……く………DIOがいきなりこいつを落としてきて……ジジイは…おれを放り投げて……
承太郎さんは……DIOを……」
「……! ジョセフッ!!」
それを聞いたジョナサンは抱えていた二人を下ろし、急いでロードローラーを動かそうとする。
だがその重さは数t以上……さすがのジョナサンでもビクともしないッ!
「くっ……ジョセフ、待っていろ……今助ける………」
「そこまでです」
彼の無駄な足掻きを止めたのはジョルノ。
注意散漫な二人に代わって周囲を油断無く見回しながら、指示を出す。
「こちらの呼びかけに返事が無いということは……
もう返事すらできない状態なのか、あるいは無事脱出してこの下にはいないかのどちらかです。
ここは放っておいて、承太郎さんのほうへ行きましょう」
「ジョルノ……しかし………」
「急ぎましょう…ぐずぐずしていると承太郎さんも、ぼくたちも状況は悪くなる一方ですから」
ジョルノとて仲間を見殺しにしたいわけではない。
だがこの場で唯一動かせる可能性のあるジョナサンが無理な以上、自分たちに打つ手はないのだ。
「……大丈夫っすよ。ジジイは本当…殺してもくたばるようなヤツじゃあねーっすから……」
二人の気持ちを汲み取った仗助が間に入り、ジョナサンも後ろ髪を引かれつつその場を後にする。
仲間の屍を踏み越えて―――まだそう決まったわけではないのだが―――彼らは進む。
#
―――少々、時間は前後する。
DIOを追って地上―――教会内へと出た承太郎だったが、周囲にDIOの姿は無い。
全神経を集中させて気配を探り、見つけた相手の位置は………真上ッ!!
それと同時に声が降ってきたッ!
「どうやら先程のはまぐれではないようだが……そう何度もこのDIOの隙を突けるわけではあるまい?
承太郎……どうやら本当に時を止められなくなってしまったようだな……
どんな気分だ? 今まで当然のようにできていたことが、急にできなくなってしまうというのは……
こうなった以上、おまえが勝利するには精神力を戻して時止めを復活させるか、他のジョースターの力を借りるかしかないだろう………
―――そこで、その両方を一度に『潰す』方法を思いついたッ!!」
(………マズイッ!!)
まさか仲間を狙い撃ちにするつもりかと承太郎は反射的に自分が出てきた穴を見やる……
だが、その判断は間違いだったッ!!
「わたしのほうが状況が見えているようだな、承太郎……?
他はともかく、あのジョナサンが負傷した者たちを放って自分だけ出てくると思うのか?
負傷者を連れたまま穴から飛び出るなんてことが可能だと思うのか?」
DIOが向かったのは、先程7人が突入した地下への入り口ッ!
塞がれていたそれは既に破られ……承太郎が目をやったまさにその瞬間、中から人が現れるッ!
大きく跳躍したDIOは空中でおもむろにデイパックから取り出した紙を開き………
「ロードローラーだッ!!」
出てきたジョセフと仗助に、容赦なくそれを落下させたッ!!!
「オオオオオォォォ―――――ッ!!」
無論、承太郎も黙ってみていたわけではないッ!
一瞬遅れながらもその体はDIOへと向かい突撃していたッ!
ロードローラーの落下と同時に追撃しようとしていたDIOに横殴りで一撃……ガードされたものの衝撃でふっ飛ばし、そのまま追っていくッ!
下の彼らがどうなったかなど気にする余裕も無いッ!
「どうした承太郎? 今の一撃は先程よりも力が入っていなかったぞ……」
余裕を見せていたのはむしろ、追われる立場となったDIO……!
そのまま正面から受けて立ち、ラッシュの速さ比べへと移るッ!!
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」
ゴ ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「――――――グッ!!」
目にも留まらぬ攻防の後……今度は承太郎が吹っ飛ばされるッ!
逆方向へと吹っ飛ばされた彼の体は教会の壁へと叩きつけられ……そのまま突き抜けたッ!!
「スピードもはっきり言って、ノロい………」
そこへ間髪いれずDIOが追撃に来るッ!!
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「――――オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「――――――グアッ!!」
再びラッシュの応酬だったが……先程よりも短い時間でまたしても承太郎が吹っ飛ばされたッ!
その体は塔の外壁へと激突するも、承太郎はすぐさま飛び出して向かってくるッ!
一方、衝撃を受けた塔は………教会へ向かって、倒れ始めたッ!!
「おっと、わたしとしたことが……まあよい、精密さもこころなしか散漫になりつつある………」
迎えるDIOも再び構え………三度目の殴り合いッ!!
ド ド ド ド
ド ド ド
ド ド ド ド
「………………オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!」
ド ド ド
ド ド ド
ド ド ド ド
「―――う……グッ!!」
三度の衝突、そして承太郎も三たび吹っ飛ばされるッ!!
今度は柱をブチ割り……教会内へと逆戻りッ!!
その衝撃と塔が倒れてきたことにより―――
ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ァ ッ ! ! ! ! ! ! !
―――遂にサン・ジョルジョ・マジョーレ教会は完全に崩落したッ!!!
「どれもこれも歯ごたえの無い……我が『世界』と渡り合った姿は見る影も無いが、さて………」
教会の外側にてそれを眺めるDIOは……見つけた。
すさまじい土埃に紛れて、立っている承太郎の影を……!
「ほう、まだ立てるか………呆れたタフさだ……しかし承太郎、おまえは―――」
「………………!」
土埃が晴れ、承太郎の姿が露になる。
全身ボロボロ、立っているのが不思議なくらいの満身創痍……!
だがそんな彼にも全く容赦することなく、DIOが迫るッ!!
「―――もう、『限界』近いのではないかなァ~~!?」
ガン ガン ガン
ガン
「………………オラオラオラオラ……オラァ……ッ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ――――――無駄アッ!!」
ガン ガン
ガン ガン ガン
ド ッ ゴ オ オ オ ォ ォ ォ ン ッ !
それは最初の応酬と比べると見るも無残な……もはや一方的な蹂躙。
完全にパワー負けした承太郎はまたしても吹っ飛ばされ、背後にあった瓦礫の山に突っ込んだッ!
既に彼の身体には至るところに裂傷と打撲痕、見えないところでも内出血に複雑骨折……常人ならば気絶どころか死亡してもおかしくないレベルの重症ッ!
それでも、彼の目はまだ死んでいなかったッ!!
だが身体を起こし、瓦礫から足を踏み出したその時……
―――ガクリ、と承太郎の膝が折れた。
(…………!!)
ペット・ショップの氷塊で受けた傷はジョセフと仗助に治療してもらったものの短時間で花京院との戦闘に移ったため、『痛み』や『疲労』は残った。
加えて先ほどからの時止めとラッシュの応酬にそのダメージ……もはや若くない彼の体力は、この連続戦闘で遂に底をついたのだ……!
「わざわざ時間停止を使うまでもなかったようだ………
承太郎……パワーだけではなくスタミナも落ちているようだな……やはり『老い』の訪れる人間とは不便なもの、そう思うだろう?」
一方で、DIOはまだまだ余裕の表情である。
その拳はまだ治りかけで片足も無いものの、吸血鬼たる彼に多少の痛みや疲労などまるで影響していなかった。
「きさまが死ねば、もはや我が時の止まった世界に直接踏み込んでくるものはいない……ジョースター一行の命運もここまでということだ……
だが抜け目ないきさまのことだ……体力切れはフェイクで、なにやら逆転の秘策を隠し持っているかもしれん。
先程ので武器を使い切ってしまった以上、瓦礫を投げて止めを刺すのもよいが……ここは用心深くいくとしよう………」
ゆっくりと承太郎のほうへと近づき、しかし相手の射程範囲内には決して踏み入らない地点で足を止める。
承太郎は無言でDIOを睨みつけていたものの、何か行動するような様子はない。
………はっきり言おう。この時点で、承太郎の胸に策など残っていなかった。
いくら無尽蔵の気力があろうとも、体力の尽きた彼の体はもはや言うことを聞いてはくれなかったのだ………!
そして、そんな彼を見ている者がDIOの他に三人………
教会の崩落を必死に生き延びてようやく彼らの近くに辿り着き、一目見て戦況を理解したジョナサン、仗助、ジョルノの三人。
「承太郎さんッ………クソッ、何か……何か手はねえのかッ!!?」
「………正直なところ、今のぼくとあなたでは時間稼ぎもままならないでしょうね……
何かできることがあるとすれば………」
何もできない自分たちに歯噛みする仗助。
ジョルノはそんな彼を諌めつつ、自身の前に立つ男の背中を眺める。
―――大きく、そして広い背中を。
「……ジョルノ、頼みがある」
「はい」
その背中の主―――ジョナサンが、顔を向けぬまま喋る。
承太郎がここまでやられたのは、助力を断られて退いてしまった自分の責任でもあるのだと……後ろから見えない顔はそう語っていた。
そして、すぐにでも飛び出したいであろう彼が自分を頼ってくれていることがジョルノは密かに嬉しかった。
「ぼくひとりでいい、どうにかしてDIOに近づきたい……君の意見を聞こう」
「……奴は時間停止を承太郎さん用に温存しておきたいはず、一直線に向かうだけでも接近はできるでしょう。
ただし、こちらが近づく最中にも承太郎さんが動かない、つまり本当に何もできないと判断されれば……」
「時間停止の標的はこちらになる……つまり行動は迅速に、というわけか」
「その通りです……申し訳ありませんが、ぼくの見立てではあなたの身体能力をもってしても間に合うとは思えません」
地下にいた時点から隙を見て挑みかかってはいたが、時止めなしで逃げられている。
おそらく次は逃げられるだけでは済まないと理解しているからこそ、ジョルノは必死に策を考えていた。
「だったらよぉー、『後押し』してやりゃあいいんじゃないスか?」
割って入るのは仗助。
承太郎たちから視線は外さずとも、彼を助けるべく黙っていられるかとばかりに案を出す。
「ちっと乱暴っスけど、ジョナサンがDIOのヤローに向かって跳んで……
その瞬間に誰かが後ろからぶっ飛ばしてやれば加速できるんじゃないっスかぁ~~?
今のオレでも、思いっきり蹴り飛ばすぐらいはできますよ……」
「本当に乱暴ですね………」
「他に方法は……ないようなら、考えている暇は無い。
仗助、頼めるかな?」
うまくいくかどうかなど全くわからない、ただ実行するだけならば時間を要しない即興の思いつき。
だが道具も何も持たない彼らにとって、他に取れる手は無かった。
そしていざ行動に移ろうとしたとき、彼らの耳になにやら聞き覚えのある声が……!
「………おほおほ、おほん……あー、あー、おほんっ!!」
「……ん?」
三人が振り向くと、そこには―――
「ここよここ! さっきからおれの事を見おとさないでほしいのよぉ~ん!」
「ジジイ……!」
後ろから現れたのはなんと、ロードローラーに潰されたと思われていたジョセフ!
やはりというかなんというか……彼は大して負傷している様子もなく元気な姿を見せていた!!
驚く彼らにジョセフは口調をまじめなものへと変え言葉を続ける。
「話は聞かせてもらったぜ……じいさんが行くならおれも行く……どのみちおれたち二人しかまともに戦える奴は残ってねーんだ。
だったら温存の必要はねえだろ? 命張ってぶちかましてやろうぜ、じいさん!」
「まともに戦えるって……ジジイ、体は大丈夫なのかよ?」
「さっきから頭痛が痛てーし、吐き気も吐きそうだし、気分が悪い気がしやがる……
つまりは、すこぶる絶好調ってやつだぜ」
怪我の具合を聞きたかったとか、それは大丈夫じゃないんじゃあないかとか、言葉の使い方がおかしいとか……
仗助のそんな疑問は彼が無事だったことですっ飛んでしまっていた。
ジョナサンも同じく安堵していたのだが………
「……そんだけ減らず口叩けるなら十分だな……わかった、蹴られたことの文句はナシっスよ」
「ぼく一人でと思っていたが……そうだね、ここまできたらもう止まれないか………
ぼくからもお願いする。ジョルノ、きみは?」
「……ジョセフ、これだけは確かめておきたい………あなた『本物』でしょうね?」
ジョルノが危惧していたのは彼がスタンド能力などで化けた『偽者』―――DIOの手下である可能性。
もしその不安が的中すれば、形勢を覆すどころではなくなる……!
自然、その目つきも厳しいものへと変わっていた。
「正真正銘おれだぜッ! ジョセフ・ジョースター、一九二〇年九月二十七日生まれ、妻の名前スージーQ、趣味マンガ集め―――」
「……そこまでは知りませんが、なぜそれで息子の姓が東方になるんです………?」
「え? そういや……なんでだ?」
とりあえず本人と認めさせるべく、ジョセフの熱弁とジョルノの突込みが交わされるが、どうも要領を得ない。
というより、お互いの詳しい素性を知らないこの二人が噛み合わないのはある意味必然か。
すると、聞いていた仗助たちも口を挟んできた。
「ジョルノ、こいつは間違いなくジジイだ……こんなふざけたヤツ、二人もいたらそれこそオシマイってやつっスよ……」
「大丈夫だと思う。彼のデイパックも破られているし……なにより『繋がり』を感じる」
「じいさん、最初っからそれ言ってくれよ……あと仗助ちゃん、そりゃどーゆう意味だ?」
「………」
しばし逡巡するが、ジョルノ自身の感覚も間違いなく彼らが正しいことを示している。
まだ言いたいことはあるものの、時間をこれ以上浪費するわけにもいかず……ついに折れた。
「―――『覚悟』とは、犠牲の心ではない……やるからには必ず勝利してきてくださいよ。あと―――」
かくして、彼らは無駄にした時間も取り返すべく迅速に準備に移る。
ジョナサンとジョセフが位置につき、その後ろにジョルノと仗助がそれぞれつく。
初めてとは思えないほど息の合ったコンビネーションだった。
「「3…2…1…ゼロッ!!」」
「ドラアッ!!!」 「フッ!!!」
カウントダウンが終わった瞬間飛び出した二人に、後ろに控える二人のスタンドが蹴りを放つ!!
その痛みは波紋で……やわらげずに我慢するッ!!
残された力は全て目の前の相手に叩き込むべく……弾丸と化した二人の波紋戦士がDIOへと迫るッ!!
だが、まさに承太郎に止めを刺そうとしていたDIOが当然それに気づかぬはずもない。
顔を向けて状況を把握し、ニヤリと笑った――――――瞬間、承太郎が気力を振り絞って立ち上がり、叫んだッ!!
「スタープラチナ ザ・ワールドッ!!!!!」
それを聞いたDIOは慌てて承太郎の方へと向き直る……などということはなかった。
彼は見抜いていた―――承太郎が、既に『限界』であることを。
実際、承太郎の叫びにも時はやはり止まらない。
だが……DIOは自らの敗北を知って以後、油断をしないと決めていた。
それゆえに1%未満でも時止めの危険がある以上、コンマ数秒程度とはいえ承太郎にも注意を払わざるをえなかった!
ジョナサンとジョセフがDIOの元へ到達するための、貴重なコンマ数秒をッ!
「くるか……ジョセフに、ジョジョ!」
この場の全ての情報を整理し、まずは距離をとることを優先したのか、DIOは後ろに飛びずさり承太郎から大きく離れる。
そしてDIOの着地したほんの2メートル手前に、二人の波紋戦士が降り立ったッ!!
―――こうして『受け継ぐ者』のバトンは渡され……
一方で影に見え隠れする誰かはいるものの、『奪う者』は一人で戦い続ける……
彼らの因縁の戦いの決着は……刻一刻と近づいていた―――!
#
戦いを離れる形となった承太郎だったが、まだ倒れるわけにはいかなかった。
彼にはその前に、どうしても済ませておかなければならないことがあったのだから。
ふらつきながら歩く先には……地面に横たえられた花京院の姿があった。
(……わざわざ、連れて来てくれていたのか)
まずは先程恐竜に切り裂かれた顔面を確かめる。
決して軽い傷ではないが、既に波紋で治療してあったため命に別状はなさそうだった。
ならば、自分のやるべきことは単純……肉の芽を除去することのみ。
何度もやっているとはいえ、本来肉の芽を引き抜くというのは容易なことではない。
脳を傷つけないように素早く、精密な動作が求められる……それをスタンドでやるのだから、当然精神力を消耗する作業である。
疲労困憊の承太郎だったが、こればかりは今すぐやらなければならない。
ぼやぼやしている間にDIOが倒されてしまったら、花京院も虹村の父のようになりかねないのだから。
「………うおおおおおぉ―――――ッ!」
疲労をものともせず…というわけにはいかないが、それでも一気に、正確に引き抜くッ!
太陽は既に沈んでいるため、引き抜いた肉の芽は細心の注意を払ってペットボトルの中に入れておく。
素材はただのプラスチックではないのか、暴れる肉の芽にビクともしない。
もしジョナサンたちが勝利したのならば、肉の芽が何かしらの異常を示すはず……動けない自分が状況を知るための手段としたのだ。
作業を終えて花京院の方へと目をやると、ちょうど彼が目覚めたところだった。
「わたしは……またしても………」
「何も言うな」
『星の白金』が消え……今度こそ精神力を使い果たした承太郎は地面に座り込む。
ジョナサンたちがDIOを倒せるかどうかはわからない。
だが今の自分がするべきなのは彼らを追うことではなく、最悪の事態に備えて少しでも戦う力を取り戻しておくことだった。
花京院はまだ戦えるとはいえ負傷者、そうでなくとも先ほど何があったかを踏まえると、DIOの元へは向かわせられない。
そんな中、周りを見渡して現状を把握したらしい花京院は立ち上がると承太郎のほうへと向き直り…厳かに喋り始めた。
「承太郎…おまえはひとつだけ、忘れていたな……」
「………」
奇襲直前と似たような言い回し―――冗談を言っているつもりなのだろうか……?
どう考えてもそのようなタイミングではなかったが。
喋る気力すら惜しい承太郎が視線のみで何をだ、と問いかけると、花京院はスタンドを出す。
承太郎はそれに対し何もしない、というよりもできなかった。
「おまえが忘れていること……それは………」
『法王の緑』が承太郎をまっすぐに見据える。
―――まさか、そんなはずはない。
「これだ―――」
スタンドの両手が合わせられる。
―――『星の白金』は、現れてくれない。
「―――エメラルド・スプラッシュ」
静かに、そして冷徹な呟きと共に……合わせた両手から、無数のエネルギー弾が発射される。
―――誰かが時を止めたわけでもないのに、自分の体は動かない。
次の瞬間、彼の胸は―――
―――撃ち抜かれていた
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―――時が止まった世界とは、どういうものなのか。
当人たちを除けば、おそらくそれを正確に説明できる者は世界のどこにも存在しないだろう。
そのため推測を交えて説明するしかないのだが………今重要なのは『時が止まった状態で動くことができるもの』についてである。
動けるのは時を止められる者だけだろう、と即座に返したいかもしれないが、話はそう単純ではない。
例えば時を止めてナイフを投げた場合、ある程度の距離まではそのまま飛行してどこかで止まり、時が動き出すとその位置から再び飛んでいく。
だが…DIOに腹をブチ抜かれた花京院は、DIOに『触られた』にも関わらずやられたことに全く気付かなかった。
DIOの意思一つで決まる…かと思いきや、承太郎とDIOの袖に付けられた磁石が時の止まった世界で互いに引き合ったところを見ると、そうとも言えない。
結論は出ないが、あえてまとめるなら…動ける者が『干渉』した物体は、一時的に元の状態のまま動くことが可能な"こともある"とでも言うべきだろうか―――
#
「ンン~、初対面から常に無表情なおまえだったが、先の怒りや今みたいな表情もちゃんとできるんじゃあないか……
まさか本気でこのDIOが『忘れていた』と思っていたのか?」
DIOが笑う――彼は当然、こうなると分かっていた………!
自分の後ろにゆっくりと歩いて回り込み、控えた花京院をチラリと見遣りながら正面の承太郎へと語りかける。
「…知っているか? TVゲームの冒険譚の中には時折『負けイベント』というものが存在する……
主人公がその戦闘に負けたとしても死んだりせず、何らかの理由で生き残って物語が進むことになる……そんなイベントだ。
それを理解しているプレイヤーはわずかな不安こそ抱けど、そこまでだ―――」
攻撃を食らった承太郎の体が、まるでスローモーションのように後ろに傾く。
掴んでいた『世界』の拳も離してしまい、相手が逆に自由となる……!
「―――だが、当の主人公に感情があるとしたら、『負けイベント』時の心境はどのようなものだと思うかな……?
考えても見るがいい……レベルは1、装備は最低限、信頼できる仲間もいない。
強大な敵はこちらを抹殺せんと容赦なく攻撃を加えてくる……そのような状況になったらどうする?
まともな人間なら『恐怖』するのは間違いないだろう。
―――『彼』もそうだった……」
そんな様子を愉快そうに眺めながら、DIOは語り続けていた。
花京院を再び『支配』した瞬間の話を。
「ゲロを吐いてこそいなかったが、一寸先すら見えぬ暗闇の中で彼は非常にわかりやすくうろたえていたよ……
まあ無理もない。彼は数日前までひとりぼっちで、スタンド戦も一切経験したことがないのだからね。
わたしの接近に気づいたときも『えっ……』と驚くだけで、迎撃するそぶりすら見せなかった。
だからこそ―――再び『これ』ができた」
倒れるまではいかずに踏ん張った承太郎の目に、DIOの言う『これ』が入る。
先程引き抜いたのとは別だが、まぎれもなく『肉の芽』……
それが、花京院の前髪の隙間から顔をのぞかせていた……!
「きさまは見誤ったのだ……きさまの中では信頼でき、頼りになる仲間だったのかもしれんが……
今この場にいるのはきさまと出会って数時間の、恐怖を乗り越えてすらいない素人スタンド使い……
残酷なことにきさまはそんな男をこのDIOと対峙させ、あまつさえひとりでなんとかしろと言ったのだ………」
『世界』の腕が向かってくる……!
DIOは当然無傷……さらに攻撃を遮るものなど何も存在しない!
そして、ひるんだ上に精神的動揺が生まれた承太郎にDIOの攻撃をかわす術はなかった……!
「きさまが信頼していた仲間は誰一人、きさまの戦いの役には立たなかった……
そして、きさま自身もこのDIOには及ばない……
理解したか? 所詮きさまらの力など全て――――――」
「「「「「じょ……」」」」」
「無 駄 ァ ! !」
「「「「「承太郎(さん)ッ!!!!!」」」」」
周囲から叫び声が轟く中………
『世界』の腕は、承太郎の胸を正確に貫いていた―――
「[[空条承太郎]]、これできさまは死んだ………………
さあ……きさまのその無残な姿を、他のジョースター共に見せつけてやろうではないか………」
「そん……な………」
「あ……あ………」
「………くッ……」
ジョナサンは目を見開き、仗助は呆然と眺め、ジョルノは目は逸らさないものの歯を食いしばっていた。
ジョセフは先程の叫びからして意識はあるようだったが……それ以上の言葉は無く………
いくら凝視しようとも、彼らの目に映る現実は変わらない。
「D……I………O……………」
「ふむ、やはりまだ息はあったか……どんな気分だ? 承太郎……」
体を貫かれてはいたが、承太郎はまだ生きていた……!
質問には答えず、ゆっくりと腕を上げる……眠っちまいそうなほどのろい動きで、震えながら振りかぶる。
「最後のあがきというやつか……いいだろう、よく狙って当ててみろ……きさまの好きなところをな………」
もはや時を止める必要もないとDIOは判断する。
胸板をブチ抜かれた状態では、本来の5割か3割か、はたまた1割以下か……その程度の一撃しか出せるはずがないのだ。
故に、警戒すべきは………
(この状況で逆転が可能だとしたら、狙うべきなのはただ一点………『首輪』だ)
それ以外なら頭だろうが心臓だろうが致命傷にはなりえない。
DIOは前方へと進みだした承太郎の拳の前に自身の右手をかざす。
正直なところ、承太郎のパンチはDIOの予想よりは速かった。
ボ ッ ゴ オ オ ッ !
―――否、『速すぎた』。
軽く受け止めようとしたDIOの手が、完全に粉砕されるほどに―――!
「なにいいいいいィィィィィ―――――ッ!!? バカな……ッ! どこにこんな力が残って……ッ!!
グッ……時よ止まれッ!」
慌てて時を止め、射程外まで下がる。
承太郎の追撃こそなかったものの、ここにきてDIOに初めて動揺が生まれた…!
(どうなっている……? ジョルノと仗助は真っ先に腕を落としたし、[[F・F]]は沸騰させた……
治療などできんし、支給品も妙なものなど存在しないはず……ム!?)
再び時が動き出したとき……DIOは物音に気づいた。
コツ、コツと誰かの足音がDIOへ向かって近づいてくる。
DIOの目は闇の中でもその姿を捉えることができたが、それは承太郎ではないどころか………全く覚えがない相手。
だが、数多くの見知らぬ他者を懐柔してきたDIOに恐れる者などいない……!
「おや、また客か………覚えのない顔だが、きみの名前を教えてくれるかな?」
「………おまえこそ、誰だ」
聴く者の心がやすらぐ、危険な甘さを持つ声で問いかけるが……興味すら示そうとしない相手の歩みは止まらず、妙な沈黙が訪れる。
これしきでは気分を害すほどでもなく、DIOは再び問いかけようとするが……
「質問を質問で返すんじゃあない……何がどうなって迷い込んだのかは知らんが―――」
「聞こえなかったのか? おまえは誰だと聞いている」
……今度は言葉を途中で遮られる。
またしても沈黙が訪れ、やはり相手の足は止まらない。
ややあって相手はDIOのすぐ真正面まで進んできたかと思うと、顔が付くのではないかというほどの近距離で、言った。
「これ以上は聞かないぞ……
もう物言えぬ彼女に許可なく触れ、体を弄び、挙句の果てには盾にして、彼女の父親である承太郎さんを殺そうとしている……
そんな、『徐倫を悲しませる』ようなことを笑いながらやってるおまえは、何様かと聞いているんだ―――」
殺人鬼にして、愛に生きる男―――[[ナルシソ・アナスイ]]の登場だった………!
怒りは感じられず、顔全体から感情がすっぽり抜け落ちてしまったかのような表情……
だというのに、その声には恐ろしいほど迫力があった……!
周囲の者は即座に理解する―――これは怒りが限界を振り切れたことにより、逆に冷静になった顔だと。
―――アナスイはF・Fが徐倫の肉体を奪ったなんてことは知らず……
納骨堂に到着すると同時に目に飛び込んできた光景に一瞬頭が真っ白になったため、DIOやジョルノが言ったことも碌に耳に入っていない。
彼にとっての真実は、彼自身が言ったとおりの状況だけ―――
「………ふむ」
そんな彼にDIOもなんと言い返すべきか迷ったのか……その一瞬の沈黙の間にアナスイは行動していた。
予備動作なしでスタンドを出し、真正面から相手へと殴りかかるッ!!
「『ダイバー・ダウン』ッ!!」
「………! ほほお~~~っ、なかなかいい一撃だが……無駄無駄無駄ァッ!!」
「……ッ!!」
だが……敵はDIO! 不意を突いた程度で何とかできるほど甘い相手ではないッ!
逆に反撃を食らったアナスイは衝撃で地面を滑り……承太郎のすぐ前まで後退させられた。
なおも立ち上がりDIOの元へ進まんとする彼を承太郎は静止しようとするのだが……
「……アナスイ、奴の『世界』は俺と同じタイプのスタンド……俺にすら負けたおまえでは勝てない、下がっていろ」
「悪いが、あんたの言うことは聞けない……『あんたにオレのことは理解できない』……
どうしても止めたければ、さっきみたいにオレをブチのめすんだな……」
返ってきたのはかつて承太郎自身がアナスイに言った言葉。
感情を押し付けるのは勝手だが、それで言うことを聞かせられると思ったら大間違いだった。
「冷静になれ……おまえは状況が見えていない」
「あんたは、オレのこの顔が怒りで我を忘れてるように見えるのか? オレは『正常』だよ……」
さらりと返される。
本人が言っている通り、彼の精神は別段異常をきたしているわけではない。
だがそれは―――
「オレは極めて正常なことに……目の前のこいつが二度と徐倫にくっつくことができないよう、バラバラに『分解』する……それだけだ」
―――一般人のそれとは大きくかけ離れている、殺人鬼アナスイの尺度における正常という意味で……!
あくまでDIOへと突き進むアナスイ。
それを見ていたDIOはというと、半ば呆れに近い感情を抱いていた。
ハッキリ言ってこの男は青い、青すぎる。
ジョナサンのように怒りを表に出すタイプとは違うが、たかが女一人のために勝算のない戦いへ身を投じるその姿は滑稽以外の何物でもなかった。
(だが、どの道殺す必要はある……先程承太郎を始末できなかったのはおそらく、目の前の男が『何かした』ためだろうからな……
ヤツの手が一部欠損し、血が吹き出ていることからしてスタンドで承太郎へのダメージを防御しつつ肩代わりした…そんなところだろう)
「フン、マヌケが……いいだろう、特別に見せてやる……井の中の蛙よ、『世界』を知るがいい………」
チラリと承太郎の方を見やった後、DIOはアナスイへと視線を戻す。
目の前に別の敵がいようが、最優先はあくまで承太郎である。
ジョースターとの戦いの最中邪魔に入られ、気分を害したDIOにとってアナスイは単なる路傍の石程度の存在だった。
詳しいスタンド能力はわからないが承太郎が制止した以上、時止めに対抗できる能力であるはずもない。
「『世界』ッ!! 時よ止まれ!」
ためらいなく時を止め……DIOはアナスイへと走る。
承太郎の時間停止が何秒程度かは判明した。
一応今の位置なら射程距離外ではあるが、万が一に備え『世界』は待機させておく。
完全に止まっているアナスイには何の策も労す必要はないだろう。
「ジョースター全員と話をする前に誰か一人でも殺してしまうと完全に聞く耳を持たれなくなるため生かしておいたが……
おまえには手加減する理由などない………」
射程距離に入ると同時に下段から左手を振りかざし、相手の胸板へと一撃を放つ!
アナスイは動かない、動けるはずがない。
彼の胸板はあまりにもあっさりと貫かれ、絶命する―――
―――そう思った瞬間、足元から何かが『襲ってきた』!
「ヌウッ!!?」
DIOは驚愕する……時は確かに止まっているのに。
承太郎のほうを見るも、彼は全く動いていない。
だというのに踏み込んだ自分の右足から衝撃が伝わり、歪んでいくッ!
このままでは胴体まで達すると判断し、DIOは素早く行動を変えた。
「UGUUッ……ま、まずい! 『世界ッ』! わたしの右足を切り落とせッ!!」
背に腹は代えられない。
自分の右足をスタンドで切断するッ!
上半身は止まらなかったが……足を切り落としたことによりバランスが崩れ、拳は狙った胸よりも下の腹部に突き刺さったッ!!
「これで済むと思うな……このままッ!! 腕を! こいつの! 腹の中に…………つっこんで! 殴りぬけるッ!!」
常人ならば痛みでそのまま倒れこむところだったが、DIOは違った。
足がなかろうと構わず……拳をそのまま前に突き出すッ!
ブ ッ ギ ャ ア !
それによりアナスイの腹は………なすすべなくブチ抜かれたッ!!
さすがにバランスを崩し、残り時間は体勢を立て直して距離をとるのに使ってしまったが……十分に致命傷となり得る傷は与えた。
「限界だ……時は動き出す………」
動き出したアナスイは後ろに吹っ飛ばされる。
だが、その最中にDIOの切断されて吹っ飛ぶ足を見て……なんと、笑った。
「時が止まった世界で動けないなら……おまえに動かしてもらうことにしたよ………
おまえが踏むだろう床の石にあらかじめ『ダイバー・ダウン』を潜行させておいた………
潜行させたパワーとスピードは『止まった』世界の中おまえが触れたことで『動き出し』……解き放たれるッ!!」
「きさま……このDIOの世界に小賢しく忍び込んでくるとは………
よくもまあこの短時間で思いついたものだが、哀れなものよ……
なまじそんな小細工さえしなければ楽に死なせてやったというのに………」
(短時間で思いついた……? そんなはずがないだろう。
アレは、承太郎さんにやるつもりだった戦法だ……妙なところで役に立ったもの……だが……な………)
アナスイは承太郎にボコられた後、彼を止めるために時止めの攻略法を考え続けていた。
その結果思いついた苦肉の策が先程の潜行を使った戦法である。
時を止めた後相手が近づいてくるとは限らない、来たとしても潜行させた位置を都合よく踏むとは限らないなど、策と言うには穴だらけ。
だが時を止めるという反則的な強さを持つ能力に対して、アナスイは他に方法を思いつかなかったのだ……文字通り『どうしようもない』のだから。
結果、DIOの油断もあったが策は見事に成功し……相手こそ違えど、時止めに対して一度きりとはいえ攻撃を食らわせることが出来たのだった……!
そして、吹っ飛ばされたアナスイと入れ替わるかのように飛び込む影がひとつ………空条承太郎ッ!
彼は時間停止が解除されるや否や、全速でDIOへと突っ込んでいたッ!!
そんな二人が交差する刹那……会話が交わされた。
「本当なら……全身…分解……してやりたかったが……承太郎……さん…後は……任せ…まし……た………」
「……ひとつだけ聞かせろ。何故、こんな無茶をした」
「徐倫に……自分が盾にされたせいで父親が傷つけられた、なんてことはさせたくなかった……
あんたはさっき……あいつが徐倫を弄ぶのを見て……ちゃんと………怒ることができていた……それだけで…いい……
それに…どうやらオレがいなくなっても……あんたを…止める人は……いるみたい…だ……から…な」
「………やれやれ、だ」
ジョナサンたちが集まるほうをチラリと見て返された答えに承太郎は嘆息する。
どこまでいっても、どれだけ打ちのめされようともアナスイは揺るがない。
彼はジョースターの血筋という意味では確かに無関係……だが彼の行動理由――徐倫のためという意志は、決して彼らの因縁に劣るものではなかったッ!
それは彼女の敵であるDIOに敵意を向けることに繋がり………結果的に周りのジョースター達に利をもたらしたッ!!
「承太郎……きさまこれを読んでいたというのかッ!?」
「違うな……俺はアナスイが一方的にやられようが構わず、隙ができたてめーをぶちのめすつもりだっただけだ………」
承太郎は再びDIOに肉薄し、右腕でストレートを繰り出す!
片足のないDIOは上体を後ろに反らすことで攻撃を回避―――
「流星刺突(スターフィンガー)!!」
「ぬうッ!?」
―――しきれないッ!
伸びた指先があわや首輪を直撃しそうになり、DIOは腕でガードしてしまうッ!
そこへ勢いをつけた左拳が迫り―――
「オラア―――ッ!!」
「UGUOOッ!!」
『星の白金』の拳が『世界』の右腕を粉砕するッ!!
この瞬間ようやく、戦闘開始から初めてまともにDIOへ攻撃を食らわせることに成功したのだ!
その光景を周りの者たちもまた、しっかりとその目で見ていた!
「じょ、承太郎さん……」
―――見えていた。
「な、なんで……」
―――『見えてしまって』いた。
「『時を止めてない』んですかァ―――!!?」
止めて攻撃したが、DIOに相殺されただけ……?
違う、DIOは時止めを発動した直後だった。
まだ温存している……?
まさか、今のところ他に敵の姿は見えないし、承太郎ほどの男がこれ以上ない好機を理解できないはずがない。
では何故……?
仗助が目を白黒させる中、DIOが口を開いた……
「……汗もかいてないし、呼吸も乱れていないな、承太郎……
正直言うとこのDIOですら、先程の一瞬は肝を冷やしたというのに……
そしてこれはひょっとしたらというよりは、確信に近い推測だが………」
「おまえは今、『時を止められない』のではないか?」
「………………」
―――承太郎は何も答えない。
何故相手の質問に対して否定しないのかと周りの者は不安を覚え……特に、仗助は戦慄する―――!
彼は『星の白金』の能力を『無敵』と言うほどである。
それと同等以上の能力を持つDIOが敵であるこの状況で、もし相手の言葉が正しければ……
いくら承太郎が強かろうとほとんど負けは確定なのだから。
(け……けど、さっきまで承太郎さんは間違いなく時止めが出来てたはず……だよな?)
自分ではイマイチ時が止まったことはわからなくとも、状況を踏まえれば徐倫の肉体で挑発された直後の時点から時止めが使えなかったとは思えない。
自らの希望を込め、彼は承太郎の背中へと言葉を飛ばす。
「じょ、冗談っスよね……? じゃなきゃあ、おれなんかのアタマじゃあ到底思いつかねー高度な作戦のうちってやつですよねッ!!?
………返事してくださいよぉ―――――ッ!!!」
彼の必死の問いかけにも承太郎は答えを返さず、ただ目の前のDIOを睨みつけるのみ。
時が止まらないのが自分でも信じられないのか、動いてDIOへ攻撃を繰り出そうとすらしない。
それを見て余裕を感じ取ったのか、DIOはこの状況で再び腕を組み……先の続きを語り始めた。
「スタンド能力というものは使い手の『精神』に大きく左右される……
善であれ悪であれ、精神力―――自我が強い者ほどスタンドパワーは強くなるのはおまえも知っているだろう……?
わたしとて最初から自在に時を止められたわけではない……最初はまばたきほどの一瞬、この首のキズがなじんでくるごとに2秒、3秒と長くなった……
能力を『認識』し、できて当然と思う精神力があったからこそ今このように時を止めることができる………」
―――周りの者も動けない。
下手に飛び出せないという思いと、彼ら自身DIOの考えを聞きたいという思いが半々で、動こうにも動けなかった。
「承太郎……おまえの話に移るが、いまのおまえの精神はどのような状態になっているのだろうな……?
この殺し合いの開始から順を追って考えても、おまえは碌な目に遭っていないそうじゃあないか……
母親を、娘を、仲間を殺され…家を失い…見つけた娘は仇に乗っ取られた上ずうずうしくも仲間入りし…味方は当てにならず…信頼していた友にも裏切られたというわけだ……
正直、このDIOには半分も理解できん感情だが……おまえは、心のどこかでこう思ってしまったのではないか……?」
「―――こんな『現実(いま)』には、1秒たりとも留まっていたくない―――と」
その言葉にジョナサンも、仗助も、ジョルノも、離れた何処かにてジョセフも……全員が息を呑む。
無表情で、淡々と自らのやるべきことへ向けて進んでいるように見えた承太郎が、そこまで追い詰められていたのか……と。
無理もない……それほどまでに承太郎は周りから『信頼』されていたのだから。
故にほとんどの者が『彼なら心配ない』というイメージを持っており……それが逆に足枷となったのだ―――!
「承太郎………」「承太郎ッ!」「承太郎さんッ!」
悲痛な叫びと化した仲間たちの声が承太郎に投げかけられる。
それでも、彼は何も言わない。
もし……彼と長く行動を共にしていた[[川尻しのぶ]]であったなら。
すなわち彼の近くで、ここ半日以上における彼の行動や感情の変化を見る機会が多かった者さえいれば、こんな事態になる前に分かったかもしれない。
―――仲間と合流してからの承太郎は、自分の感情をかなり無理矢理押さえ込んでいた……ということに。
「つまらん……家族だの仲間だの友情だの、そのようなものに縋るから肝心なときに裏切られるのだ……
このDIOを見るがいい……必要ないものは全て切り捨て、配下は服従、絶対なのは己のみである……
裏切られる信頼など元より存在しないのだから、そのような無様な姿を見せる可能性などゼロということ………
これがおまえたち人間と、わたしの『差』だ………」
そして、そんな彼らにDIOは嘲笑を浴びせ……同時に、茶番はもう飽きたとばかりに腕組みを解く。
気づいたジョナサンたちはなんとか対処しようとするも、既にそれは始まっていた。
「『世界』ッ!!」
時が止まる……
もはやこの場において、DIOだけの時間が訪れる……!
「さて……随分と無駄話をしてしまったが、結局のところ実際に確かめてみなければわからん……
承太郎……できるのならばせいぜい何とかして見せるがいい……
これをかわせるかどうかが、おまえの……おまえたち全員の命運を左右するということだ………」
戦いの最中に割れた床石の欠片を拾い上げ、承太郎目掛けて投擲しようとする。
欠片といってもその大きさは拳ほど……吸血鬼の腕力で投げられた場合、まともに食らえば骨が砕けるだけでは済まない質量……!
ところが、いざ腕を振りかぶったところでDIOは『それ』に気づいた。
ズルリ………
「……む?」
妙な音が聞こえる。
自分以外に動くものがないはずの、時が止まっている世界でどこからか音が聞こえてくるというのだ。
先程痛い目を見たこともあり、DIOは一旦攻撃を中止し様子を伺う………!
ズルウウウウ………
「承太郎……今度は何をしたというのだ……?」
承太郎は動かない。
時間停止を認識できていないのか、認識できても動けないのか。
………それとも、動けないふりをしているのか。
グオオオオオ………
「それとも、アナスイとかいう男か……?」
ちらりとそちらを見やるが、彼もまた吹っ飛ばされて地面に倒れた姿勢のままである。
第一今度は一歩も足を動かしてはいないし、時を止めてから唯一手に取った石も特に異常はない。
ギャルギャルギャル………
「周りのジョースター共でもなさそうだ……
―――考え方を変えるとしよう……この『音』はどこから聞こえてくる?」
最初に聞こえたのはどのあたりだったか正確には覚えていないが、床側だった気がする。
そしてこころなしか、聞こえる音はだんだん大きくなっている。
となれば今現在の―――時が止まっているのにこの表現は妙だが―――発生源は自分のすぐ近く……下を見たDIOはすぐにそれを見つけた………
ギャアアアア!
「……これはッ!?」
―――自分の体を這い上がってくる『穴』を。
「動いている……まさか『生きている』とでもいうのかッ!?」
何故止まった時の中で動けるのか―――時を止めた時点で既に自分と一体化していたため、体が動く以上は共に動けるとでもいうのだろうか?
正体はわからないが、少なくとも自分に益をもたらす存在では無さそうである……
反射的にDIOは穴をひっぺがすべく、無事なほうの手で触れた―――
ボ グ オ オ オ !
―――途端に手が爆ぜ、指が千切れ飛んだッ!!
「なあああにいいいいいィィ―――――!!?」
DIOにしてみればダメージ自体は大したことが無い。
だが迂闊な行動をとった代償は………時間停止中の数秒と、大いなる屈辱によって支払わされた。
「チッ、時間切れだ………ッ!」
そして時は動き出す……
次いで飛び掛ってきたジョナサンたちを上に跳んでかわし、柱の天井付近に足を突いて様子を伺う。
結局あの『穴』は何だったのか………?
その答えとなりそうな存在を、高所から見回したことでDIOは発見した。
「地下通路の手前、柱の向こう……きさま、そこに隠れているな………
聞こえているか? まずは出て来い、さもなくば――――――」
言い終らないうちにその人物は歩き出てきた……!
元々隠れ続けるつもりは無かったのだろう、DIOの言葉に脅されたという風ではなく、むしろ堂々とその人物は歩いてくる。
そしてその顔が蛍の光によって照らされ、明らかとなった………
アナスイから遅れること数分……ようやく納骨堂へと到着した『7人目』の『ジョジョ』―――[[ジョニィ・ジョースター]]の顔が………!!
#
ジョニィは納骨堂を見回す―――彼は正直言って、今現在の状況を全くといっていいほど理解していなかった。
暗闇の中、アナスイを除いてうっすらと見覚えがあるような顔が数名、その他は初めてみる顔ばかり。
だが、彼はその感覚で確信していた………おそらく、ここに全ての答えがあると。
そんなジョニィを全員が遠巻きに見ていたが……やがて、ようやく近づいてきたジョセフが声をかける。
彼にしては珍しく、ふざけた調子は抜きにして……あるいはそれだけ、彼も不安に思っていたのかもしれない。
「おまえは、誰だ……おれたちの『味方』なのか………?」
「『味方』……? それを聞きたいのはぼくのほうだ………アナスイと戦っていた奴をとりあえず撃ちはしたが、そいつを知ってるってわけでもない……
だが、確かに感じるんだ……言葉ではうまく説明できないが、ここにいるほぼ全員が、ぼくとなにか『繋がり』を持っていることをッ!
ぼくの名前はジョニィ・ジョースター……教えてくれ! きみたちは一体……誰なんだッ!?」
それを聞いたジョルノは反射的にジョナサンのほうを見て……彼が小さく頷き返すのを確認する。
つまり、あの男こそジョナサンが数時間前に出会ったジョニィ本人で間違いないということを。
(ジョニィ・ジョースター…彼が……? じゃあ、先程感じた『8人目』は、いったい……?)
ジョルノはよくよく目を凝らして周囲の影を一人づつ確認していき……見つけた。
(………うっ!)
―――DIOの話を聞いていなければまず人『だった』とは気づかなかったであろう、バラバラになりすぎている「肉片」を。
(『殺され方が悪く血液が少なかった』……間違いない)
おそらくは知らない血縁者――自分の先祖か子孫か、はたまた兄弟姉妹か――繋がりはわからない。
だが、見知らぬ誰かだとしてもあまりにも無残すぎる殺され方だった。
(………)
ジョルノは滅多なことでは怒りを表にあらわさない。
今ももちろん、彼の表情は見事ともいえるポーカーフェイス。
しかしそれは表面上の話であり、心の中では―――
(自分の夢のため? 『天国』へ行く?
ふざけるな……あんたはぼくたちだけじゃなく[[タルカス]]さんや[[イギー]]、それにあの誰かの命も『侮辱』した……
ぼくには腕がない……だが足がある、頭も胴体も残っているッ!
考えろ……進むべき『道』を切り開くためにッ!
―――あいつを倒すためにッ!!)
―――彼は今、静かに燃えていた。
ジョルノが決意を新たにしているうちにも状況は刻々と変化していく。
先程から沈黙していた承太郎がここでようやく歩き出し、ジョニィの元へ近づいてくる。
彼もまた、ジョナサンの反応を判断材料に加えつつジョニィの発言について吟味していた。
「……どうやら、ウソじゃあないらしいな………」
この状況で嘘をつく必要も、メリットもない。
アザの話も、全員をよく知らないという点が逆に真実味を増していた。
彼はジョースターの一員で、現在はまだ『中立』……承太郎はそう判断しひとまず声をかけたのだ……
―――先程の出来事による動揺が見られないのが逆に痛々しいほど、冷静に。
「……おまえはッ!!」
「……!?」
そんな承太郎を見ると同時にジョニィは……驚きの言葉と共に『タスク』を構えた!
不意を突かれたかのように見えた承太郎は……反射的にスタンドの腕を振るう。
拳がジョニィに命中……する寸前で、その動きを止めていたが。
一方、ジョニィのほうも撃ちはしなかった―――彼もまた『迷って』いたのだから。
「野郎、いきなり何をしやがる………」
「いや……すまない……」
ジョニィは謝罪とともに指を下ろす。
だが承太郎のほうは体勢をまったく変えず、彼の次の言葉を待っていた。
さすがにそれでジョニィも無礼であり、このままでは自分が危ないと気づいて話し始める。
「本当にすまない…どうやらあんたが『本物』のクージョージョータローみたいだな……
アナスイから聞いている……あんたと敵対するつもりはない」
「本物、か……なるほど、大体の事情はつかめた………だが話は、DIOを倒した後だ」
その顔を見て衝動的に構えてしまったが……以前遭遇した『偽者』とは雰囲気も、喋り方も、何もかもが違う。
何よりジョニィ自身の感覚が告げていた―――彼は、自分と関係がある人物であると。
しかし、ジョニィが気になったのはむしろ最後の言葉だった。
「『ディオ』……? ここに『Dio』がいるのか………?
確かに『時が止まった』ような………いや、それならあの恐竜は………?」
腕を下ろした承太郎から視線をはずして辺りを見回すも、彼が探す男の姿は見当たらない。
周りからすれば当人であるはずのDIOを見ても、すぐに別のほうを向いて誰かを探し続けるという意味不明の行動。
彼の呟きにピンとくるものがあったのか、声をかけたのは天井から降り立ったDIOだった。
「ふむ、察するに……おまえの言う『ディオ』とはわたしではなく……
[[ディエゴ・ブランドー]]という名なのではないか………?」
「……ディオ? おまえもDio………いや、違う……おまえは、誰なんだ……?」
的を射た相手の発言も碌に耳に入れず、こちらはこちらで気になる存在……DIOへと目を向ける。
名簿でその名は知っていたがDioとは赤の他人とばかり思っていた……しかし実際見てみると、その奇妙さは際立つばかり。
服装はともかくDioと顔立ちはよく似ており、傍のスタンドも見覚えがあるような気がする。
だが何より……
(何故……あいつからも周りの者たちと同じ感覚がするんだ……?
Dioには、こんな感覚はなかったはずだッ……!)
ジョニィには何もわからない。
他の者もその情報の少なさから、ジョースターとはいえ一体彼が何者なのかは理解しきれずにいた。
だが、丁寧に説明するような状況ではないということも忘れてはならない。
混乱が立ち込める中ジョニィを見ながら一歩進み出て、彼を見ながら口を開いた者は……
これまで微動だにしなかった花京院だった。
「DIO様、よろしければこの男はわたしが……」
「いいや花京院、おまえは十分に役目を果たした。これ以上の手出しは無用だ………
さて、ジョニィ・ジョースターといったか……先程の攻撃―――アレは、何をどうやった?」
ジョースターを始末するのはあくまで自分が直接行う……現状を顧みて、DIOはこれ以上援護は不要と撥ね付ける。
次いでジョニィへと言葉をかけるが……ジョースターとはいえ中立らしいのはDIOも承知の上で、その立場と攻撃の正体をハッキリさせるべく語りかけだす。
「何故だろうな……あんたには、何も教える気になれない……あんたが『時を止めた』なら、なおさらな―――」
それに対しジョニィは説明しようとしない、というのも彼自身にも何が起こったのか理解しきれていない部分があるからだ。
―――『無限の回転』たる『ACT4』ならば時間停止の壁も超えられるが、先程使ったのは違う。
では何故時の止まった中でタスクの穴が動けたかというと………『着弾後に時が止められたから』である。
例えば自分の身体に切り傷ができたとして、時を止めて切り傷だけその場に残して身体だけ移動するなんてことが可能だろうか?
少なくとも、DIOはそこまでできて当然とは考えていなかった。
『穴』も同様……いかに移動するとはいえ、DIOの身体は自分に開いた穴を『自分以外のもの』とは認識できなかったのだ。
DIOが『タスク』を知らず、この上ないタイミングで着弾と時止めが重なった……
それで起きたのが先程の『偶然』で済ませるにはあまりにも出来すぎた現象というわけである―――
閑話休題。
睨みあいに近い彼らの話に口出しする者はいなかった―――口は、だが。
「―――ムッ!!?」
言葉の途中ではあったが、気配を感じたジョニィは咄嗟にその方向を向く。
DIOに注意が向く中でジョニィだけがそれに気づくことが出来たのは、彼がそれをよく知っていたからだろう。
「こいつは……Dioの『恐竜』ッ! こっちにもいたかッ!!」
いつから地下にいたのか。
薄暗い中で何かを口にくわえ、素早く走り去ろうとするのはまぎれもなく『スケアリー・モンスターズ』の恐竜だった。
当然、こちらを撃つのは『迷い』なし―――ジョニィはタスクを発射する!
だが殺気に気づかれたらしく爪弾はギリギリでかわされ……恐竜はジョニィのほうへと向かってきたッ!
一気に距離を詰められ、ジョニィの目前で恐竜が跳躍する……!
「うおおお――――――なにッ!!?」
「――――――なッ!!」
迎撃しようとしたジョニィはまたしても目を疑うことになる。
恐竜はジョニィをそのまま飛び越え……その背後にいた花京院に襲い掛かったのだッ!!
まさか自分が狙われるとは思っていなかったのか、スタンドの防御も間に合わず……顔面を鋭い爪で切り裂かれた花京院は、バタリと床に倒れる。
「――――――!!?」
あの恐竜は何なのか、どういうわけで花京院が攻撃されることになったのか。
ほぼ全員が―――DIOでさえも、今の出来事の全てを理解しきれず驚きの表情を見せる。
次から次へと巻き起こる混乱の渦の中…そんなDIOの表情を見逃さない男もまた、そこにいた……!
「オオオオオ――――――ッ!!!」
「!!」
注目が花京院へと向く中……承太郎がDIOへと襲い掛かったッ!
一秒でも早く決着を付けるべく、全力でラッシュを放つ―――時は止められないのだから。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ――――――ッ!!!!!」
「グッ……無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――――ッ!!!!!」
一方DIOはというと、承太郎の一撃とジョニィの爪弾で破壊された両の拳がまだ再生しきっていなかった。
さらに切り落とした右足は別行動をとっていたジョセフが抜け目なく見つけ出して拾い、彼の波紋で消滅させられてしまっていたのだ。
そうなると、時止めで承太郎を倒すことはできても、直後に周囲から総攻撃された場合対処しきれない可能性がある。
ゆえに、DIOの狙いは時間稼ぎだった。
相手のラッシュを二の腕や肘で受け流しつつ、拳を再生させようとする……が『星の白金』のラッシュはそんな程度で捌ききれるほど甘くはない。
治りきっていない拳も迎撃に使わざるを得ず……結果、僅かながら承太郎が押す形となったッ!
―――だが、他の者から見てもそれが『優勢』と言えないことは明白………!
「ヤベェ……明らかに時間稼ぎにきてやがる………このままじゃあ、承太郎さんが不利だッ!!」
拳が再生してしまえばDIOはためらいなく時止めが使えるようになる。
そうなると何が起こるか……仗助としては考えたくもない。
最悪の事態を防ぐため、ジョナサンが動こうとするが……
「……承太郎、加勢するッ!」
「いいや、ひとりでいい……だいたい『思い出した』」
「えっ……?」
援護を断った承太郎はさらにDIOへと接近し……突き(ラッシュ)の速さ比べを挑むッ!
DIOも、それを受けて立ち……次の瞬間ッ!!
「オオオオオオ―――――オラァッ!!!」
「無駄無駄無駄無――――なにィッ!!?」
DIOの身体がすさまじい勢いで跳ね上げられる。
なんと、承太郎は数合も打ち合わないうちに対決を制してしまった……!
彼は『思い出した』……かつて経験した、DIOとの戦いを。
ラッシュ対決となったとき、どこにどう隙があったかをわずかな記憶からようやく引っ張り出し……狙いすました強烈な一撃を本体にお見舞いしたのだ!
……しかし、この能力を忘れてはならない。
「『世界!』 時よ止まれッ!!」
跳ね上げられた体制のまま時を止め、続く一撃を放とうとしていた承太郎の追撃を防ぐ。
だが先の衝撃はそのまま残っており……DIOの身体は、天井を突き破って地上へと出ることになったッ!!
そして時が動き出し、状況を理解した者たちは………
「やったッ! 外に出たっつーことは、太陽光で塵に……」
「……ダメだッ! 一足遅かった………太陽は、既に沈んでいるッ! ヤツの時間がきてしまったッ!!」
近くにいた仗助は承太郎の完全勝利かと思うも、その期待はジョナサンの言葉により一瞬で裏切られる。
ギリギリまで待ち、地下での戦いにもなかなか決着をつけられなかった結果、日没………『時間切れ』だったのだ!
(今のは……むっ!?)
同じく上を眺めていたジョルノが何かに気づいた瞬間……
承太郎は自らも柱を蹴って跳躍し、穴からDIOを追って地上へと出て行った―――何も言わず、誰も連れず。
………そして、残された者たちは選択を迫られることになる。
(承太郎さんひとりではたぶん、勝てない……『援護』は必要だ。
だがぼくをはじめ戦えない者も多い、下手にDIOへ近づいたら逆効果になる……
どうする? 誰が追い、誰が残るべきか―――)
「そんじゃあいくぜ、仗助!」
「落とすんじゃあねーぞジジイ!!」
言葉の途中でジョルノが振り返ると、ジョセフが仗助を担いで崩れた階段をよじ登り、上ろうとしていた。
「……! ちょ、ちょっと待―――」
「待てといわれて待つ馬鹿はいねえんだよォ―――ッ!!」
ジョルノの静止も聞かず、ジョセフたちは一直線に地上へと駆け上がっていく。
止められないと判断したジョルノは急いで辺りを見回すが、目的のものが見当たらない。
(ジョニィと名乗った男もいない……彼も既に地上へと向かったのか……? ジョナサンは……)
と、視線をさらに動かそうとしたところで当のジョナサンが後ろから声をかけてきた。
「ジョルノ、ぼくらも上がるぞ!」
「……わかりました。お願いします」
足は二本とも揃っている、歩けないわけではない。
だが先程の恐竜がどこかに潜んでいるかもしれない以上、腕のない自分が単独行動というのは危険すぎるためジョルノは素直に同意した。
ジョナサンはジョルノを片手で抱えあげると、崩れたままの地上への階段までどうにか上がるべく急いで動き出す。
そんな彼のもう片方の腕に、気絶したまま抱えられている人物がいるのにジョルノは気づく。
―――顔の傷を波紋で治療された、[[花京院典明]]だった。
「……彼だけは、連れて行かなければならないということですか」
「………本当は、あの二人も置き去りになんてしたくない。
終わったら必ず迎えに戻ってくるつもりだ。 だから、今だけは………」
ジョセフは仗助だけで手一杯、ジョナサンもいかにパワーがあるとはいえ腕は二本、抱えて行けるのは二人が限界である。
しかし、現在この場で動けない人物はその倍の四人。
腕のないジョルノ。
肉の芽が埋め込まれ、顔を切り裂かれて気絶したままの花京院。
腹部に大穴が開いたアナスイ。
詳しくはわからないがとにかく危険な状態でピクリとも動かないF・F。
……いずれも彼ならば決して捨て置けない、この四人。
しかし、上で戦っている承太郎は時が止められない危険な状態。
すなわち時間がない以上、ジョナサンは動けない四人の中から連れて行く二人をすぐに選ばざるを得なかった。
彼が選択したのは一人が比較的……本当に比較的だが傷が浅いジョルノ、そしてもう一人が花京院。
その理由はというと………
(一見おかしな選択に見えるかもしれない……
だが、肉の芽を残したままDIOを倒すわけにはいかないし、目が離せないという意味でも連れて行くしかない……)
(――とでも考えているんでしょうね。
それに残酷な話だが、スタンドによる治療ができない以上後の二人が助かる可能性は非常に低い………
ジョナサン……あなたの選択は、間違っていません)
心残りがありそうなジョナサンの横顔を眺めながら、ジョルノは心の中で呟く。
自分や仗助さえ万全ならば、この心優しい青年に非情の最適解を自ら選択させることなどなかったと戒めながら。
だが、この選択が本当に正解となるのかどうかはまだわからなかった。
「すまない、碌に何もできなくて……言い訳はしたくないが、まさかこうもいいようにやられるとは思っていなかった………」
「………あえて言うなら、敵の目と鼻の先で作戦会議などするべきではなかったということでしょう。
DIOは明らかにこちらの作戦を知っていてぼくらを分散させ、先手を取った上でそれぞれの弱点をついてきました。
つまり、誰かがこちらの会話を含めた『情報』をDIOに伝えたということです………」
「そういえば、DIOが『この会場内のほとんどの参加者の位置を知ることができる者がいる』とか言っていたな……
そいつの仕業だろうか? ぼくとしたことが、もっと注意を払っておくべきだった……!」
再起不能者、全員の負傷、そしてまだ見ぬ敵の存在―――不安要素は尽きない。
だが、そんな障害をものともせずに乗り越えてきたのが彼らである。
階段を上り、地上へと向かうその足どりに『迷い』はなかった。
一方、いち早く地上への出口に辿りついたジョセフたちはというと。
「ジジイ、なんか体が熱い気がするんだが……大丈夫なのかよ?」
「へ、へへ……おれはいま、熱く燃える男ってやつなんだぜ……? おめーも妙にクールになっちまって、ブチ切れろとはいわねーが、もっと熱くなりやがれ」
「…………怪我、してんじゃあねえのか? 悪い……おれがなおせりゃすぐだってのに……ジョルノはこんなんでも頑張ってるのに、おれときたら………」
「余計な心配するんじゃあねえぜ、仗助ちゃん。 生きてりゃあ案外何とかなるもんだからな……
おれだっておめーらの腕を探してくっつけてやりたかったんだが、見つからずじまいだったしよ……」
崩れた木や石を足で適当に蹴り飛ばし、通れるスペースを確保して地上へと飛び出すッ!
教会内は先程まで差し込んでいた夕日の光も消え失せ、不気味な雰囲気を醸し出していた……!
ふと真上を見上げれば、今にも落ちてきそうな星ひとつない真っ暗な夜空が―――
(ん? ちょっと待て、屋根はどこに―――)
「ジ……ジジイッ………!!」
「ロードローラーだッ!!」
―――否、ロードローラーがあった……!
「OH~~! MY! GOOOOOOOD!!!」
#
(揺れている……先程よりも、さらに激しく)
激闘繰り広げられる地下とは真逆、静かなる高所に位置する鐘楼にて。
唯一ここにいる参加者、ジョンガリ・Aは少々うろたえていた。
与えられた自分の役目については問題なかった。
指示された者以外の参加者は全て教会内へ通すことなく追い払ってきたし、自分を直接狙う誰かも現れていない。
だが別の問題として、地下で戦っているはずの主とジョースターの争いがよほど激しいのか……教会全体が激しい揺れを起こしていたのだ。
(これ以上は……まずい)
建物が崩れれば地下は勿論、高所の自分も危ない。
主の『命令』が絶対であることに変わりはないが、彼は元軍人……現場判断というものも当然心得ている。
DIOには鐘楼に陣取れと命じられたものの、この状況でそれを愚直に実行し続けて犬死にするほど彼は杓子定規ではなかった。
ひとまず下に降りるべく移動を開始するが……
ド ゴ ォ ン !
「うおっ!?」
動こうとした矢先にひときわ大きい衝撃が鐘楼を襲う。
どうやら何かが鐘楼の外壁に激突したらしく……その影響で塔全体が傾き、一気に崩れ始めたッ!
「ぬおおおおおォォォ―――――ッ!!」
足元すらおぼつかない状況で盲目のジョンガリが素早く行動できるはずもなく……離脱に失敗。
そのまま彼の体は、瓦礫とともに地上へと落下していった―――
#
激しい揺れに足止めをくらいながらもジョナサンたちが地上に出たとき、そこにあったはずの教会は崩れ落ち、瓦礫の山と化していた……!
だがそれ以上に目を引いたのが出口のすぐ側に堂々と鎮座している建設用の重機―――ロードローラー!
そして、その脇に倒れている仗助の姿!
「仗助ッ!! 無事かッ!? ……ジョセフに、承太郎はッ!!?」
「う……く………DIOがいきなりこいつを落としてきて……ジジイは…おれを放り投げて……
承太郎さんは……DIOを……」
「……! ジョセフッ!!」
それを聞いたジョナサンは抱えていた二人を下ろし、急いでロードローラーを動かそうとする。
だがその重さは数t以上……さすがのジョナサンでもビクともしないッ!
「くっ……ジョセフ、待っていろ……今助ける………」
「そこまでです」
彼の無駄な足掻きを止めたのはジョルノ。
注意散漫な二人に代わって周囲を油断無く見回しながら、指示を出す。
「こちらの呼びかけに返事が無いということは……
もう返事すらできない状態なのか、あるいは無事脱出してこの下にはいないかのどちらかです。
ここは放っておいて、承太郎さんのほうへ行きましょう」
「ジョルノ……しかし………」
「急ぎましょう…ぐずぐずしていると承太郎さんも、ぼくたちも状況は悪くなる一方ですから」
ジョルノとて仲間を見殺しにしたいわけではない。
だがこの場で唯一動かせる可能性のあるジョナサンが無理な以上、自分たちに打つ手はないのだ。
「……大丈夫っすよ。ジジイは本当…殺してもくたばるようなヤツじゃあねーっすから……」
二人の気持ちを汲み取った仗助が間に入り、ジョナサンも後ろ髪を引かれつつその場を後にする。
仲間の屍を踏み越えて―――まだそう決まったわけではないのだが―――彼らは進む。
#
―――少々、時間は前後する。
DIOを追って地上―――教会内へと出た承太郎だったが、周囲にDIOの姿は無い。
全神経を集中させて気配を探り、見つけた相手の位置は………真上ッ!!
それと同時に声が降ってきたッ!
「どうやら先程のはまぐれではないようだが……そう何度もこのDIOの隙を突けるわけではあるまい?
承太郎……どうやら本当に時を止められなくなってしまったようだな……
どんな気分だ? 今まで当然のようにできていたことが、急にできなくなってしまうというのは……
こうなった以上、おまえが勝利するには精神力を戻して時止めを復活させるか、他のジョースターの力を借りるかしかないだろう………
―――そこで、その両方を一度に『潰す』方法を思いついたッ!!」
(………マズイッ!!)
まさか仲間を狙い撃ちにするつもりかと承太郎は反射的に自分が出てきた穴を見やる……
だが、その判断は間違いだったッ!!
「わたしのほうが状況が見えているようだな、承太郎……?
他はともかく、あのジョナサンが負傷した者たちを放って自分だけ出てくると思うのか?
負傷者を連れたまま穴から飛び出るなんてことが可能だと思うのか?」
DIOが向かったのは、先程7人が突入した地下への入り口ッ!
塞がれていたそれは既に破られ……承太郎が目をやったまさにその瞬間、中から人が現れるッ!
大きく跳躍したDIOは空中でおもむろにデイパックから取り出した紙を開き………
「ロードローラーだッ!!」
出てきたジョセフと仗助に、容赦なくそれを落下させたッ!!!
「オオオオオォォォ―――――ッ!!」
無論、承太郎も黙ってみていたわけではないッ!
一瞬遅れながらもその体はDIOへと向かい突撃していたッ!
ロードローラーの落下と同時に追撃しようとしていたDIOに横殴りで一撃……ガードされたものの衝撃でふっ飛ばし、そのまま追っていくッ!
下の彼らがどうなったかなど気にする余裕も無いッ!
「どうした承太郎? 今の一撃は先程よりも力が入っていなかったぞ……」
余裕を見せていたのはむしろ、追われる立場となったDIO……!
そのまま正面から受けて立ち、ラッシュの速さ比べへと移るッ!!
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」
ゴ ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「――――――グッ!!」
目にも留まらぬ攻防の後……今度は承太郎が吹っ飛ばされるッ!
逆方向へと吹っ飛ばされた彼の体は教会の壁へと叩きつけられ……そのまま突き抜けたッ!!
「スピードもはっきり言って、ノロい………」
そこへ間髪いれずDIOが追撃に来るッ!!
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「――――オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!!」
ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
「――――――グアッ!!」
再びラッシュの応酬だったが……先程よりも短い時間でまたしても承太郎が吹っ飛ばされたッ!
その体は塔の外壁へと激突するも、承太郎はすぐさま飛び出して向かってくるッ!
一方、衝撃を受けた塔は………教会へ向かって、倒れ始めたッ!!
「おっと、わたしとしたことが……まあよい、精密さもこころなしか散漫になりつつある………」
迎えるDIOも再び構え………三度目の殴り合いッ!!
ド ド ド ド
ド ド ド
ド ド ド ド
「………………オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!」
ド ド ド
ド ド ド
ド ド ド ド
「―――う……グッ!!」
三度の衝突、そして承太郎も三たび吹っ飛ばされるッ!!
今度は柱をブチ割り……教会内へと逆戻りッ!!
その衝撃と塔が倒れてきたことにより―――
ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ガ ラ ァ ッ ! ! ! ! ! ! !
―――遂にサン・ジョルジョ・マジョーレ教会は完全に崩落したッ!!!
「どれもこれも歯ごたえの無い……我が『世界』と渡り合った姿は見る影も無いが、さて………」
教会の外側にてそれを眺めるDIOは……見つけた。
すさまじい土埃に紛れて、立っている承太郎の影を……!
「ほう、まだ立てるか………呆れたタフさだ……しかし承太郎、おまえは―――」
「………………!」
土埃が晴れ、承太郎の姿が露になる。
全身ボロボロ、立っているのが不思議なくらいの満身創痍……!
だがそんな彼にも全く容赦することなく、DIOが迫るッ!!
「―――もう、『限界』近いのではないかなァ~~!?」
ガン ガン ガン
ガン
「………………オラオラオラオラ……オラァ……ッ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ――――――無駄アッ!!」
ガン ガン
ガン ガン ガン
ド ッ ゴ オ オ オ ォ ォ ォ ン ッ !
それは最初の応酬と比べると見るも無残な……もはや一方的な蹂躙。
完全にパワー負けした承太郎はまたしても吹っ飛ばされ、背後にあった瓦礫の山に突っ込んだッ!
既に彼の身体には至るところに裂傷と打撲痕、見えないところでも内出血に複雑骨折……常人ならば気絶どころか死亡してもおかしくないレベルの重症ッ!
それでも、彼の目はまだ死んでいなかったッ!!
だが身体を起こし、瓦礫から足を踏み出したその時……
―――ガクリ、と承太郎の膝が折れた。
(…………!!)
[[ペット・ショップ]]の氷塊で受けた傷はジョセフと仗助に治療してもらったものの短時間で花京院との戦闘に移ったため、『痛み』や『疲労』は残った。
加えて先ほどからの時止めとラッシュの応酬にそのダメージ……もはや若くない彼の体力は、この連続戦闘で遂に底をついたのだ……!
「わざわざ時間停止を使うまでもなかったようだ………
承太郎……パワーだけではなくスタミナも落ちているようだな……やはり『老い』の訪れる人間とは不便なもの、そう思うだろう?」
一方で、DIOはまだまだ余裕の表情である。
その拳はまだ治りかけで片足も無いものの、吸血鬼たる彼に多少の痛みや疲労などまるで影響していなかった。
「きさまが死ねば、もはや我が時の止まった世界に直接踏み込んでくるものはいない……ジョースター一行の命運もここまでということだ……
だが抜け目ないきさまのことだ……体力切れはフェイクで、なにやら逆転の秘策を隠し持っているかもしれん。
先程ので武器を使い切ってしまった以上、瓦礫を投げて止めを刺すのもよいが……ここは用心深くいくとしよう………」
ゆっくりと承太郎のほうへと近づき、しかし相手の射程範囲内には決して踏み入らない地点で足を止める。
承太郎は無言でDIOを睨みつけていたものの、何か行動するような様子はない。
………はっきり言おう。この時点で、承太郎の胸に策など残っていなかった。
いくら無尽蔵の気力があろうとも、体力の尽きた彼の体はもはや言うことを聞いてはくれなかったのだ………!
そして、そんな彼を見ている者がDIOの他に三人………
教会の崩落を必死に生き延びてようやく彼らの近くに辿り着き、一目見て戦況を理解したジョナサン、仗助、ジョルノの三人。
「承太郎さんッ………クソッ、何か……何か手はねえのかッ!!?」
「………正直なところ、今のぼくとあなたでは時間稼ぎもままならないでしょうね……
何かできることがあるとすれば………」
何もできない自分たちに歯噛みする仗助。
ジョルノはそんな彼を諌めつつ、自身の前に立つ男の背中を眺める。
―――大きく、そして広い背中を。
「……ジョルノ、頼みがある」
「はい」
その背中の主―――ジョナサンが、顔を向けぬまま喋る。
承太郎がここまでやられたのは、助力を断られて退いてしまった自分の責任でもあるのだと……後ろから見えない顔はそう語っていた。
そして、すぐにでも飛び出したいであろう彼が自分を頼ってくれていることがジョルノは密かに嬉しかった。
「ぼくひとりでいい、どうにかしてDIOに近づきたい……君の意見を聞こう」
「……奴は時間停止を承太郎さん用に温存しておきたいはず、一直線に向かうだけでも接近はできるでしょう。
ただし、こちらが近づく最中にも承太郎さんが動かない、つまり本当に何もできないと判断されれば……」
「時間停止の標的はこちらになる……つまり行動は迅速に、というわけか」
「その通りです……申し訳ありませんが、ぼくの見立てではあなたの身体能力をもってしても間に合うとは思えません」
地下にいた時点から隙を見て挑みかかってはいたが、時止めなしで逃げられている。
おそらく次は逃げられるだけでは済まないと理解しているからこそ、ジョルノは必死に策を考えていた。
「だったらよぉー、『後押し』してやりゃあいいんじゃないスか?」
割って入るのは仗助。
承太郎たちから視線は外さずとも、彼を助けるべく黙っていられるかとばかりに案を出す。
「ちっと乱暴っスけど、ジョナサンがDIOのヤローに向かって跳んで……
その瞬間に誰かが後ろからぶっ飛ばしてやれば加速できるんじゃないっスかぁ~~?
今のオレでも、思いっきり蹴り飛ばすぐらいはできますよ……」
「本当に乱暴ですね………」
「他に方法は……ないようなら、考えている暇は無い。
仗助、頼めるかな?」
うまくいくかどうかなど全くわからない、ただ実行するだけならば時間を要しない即興の思いつき。
だが道具も何も持たない彼らにとって、他に取れる手は無かった。
そしていざ行動に移ろうとしたとき、彼らの耳になにやら聞き覚えのある声が……!
「………おほおほ、おほん……あー、あー、おほんっ!!」
「……ん?」
三人が振り向くと、そこには―――
「ここよここ! さっきからおれの事を見おとさないでほしいのよぉ~ん!」
「ジジイ……!」
後ろから現れたのはなんと、ロードローラーに潰されたと思われていたジョセフ!
やはりというかなんというか……彼は大して負傷している様子もなく元気な姿を見せていた!!
驚く彼らにジョセフは口調をまじめなものへと変え言葉を続ける。
「話は聞かせてもらったぜ……じいさんが行くならおれも行く……どのみちおれたち二人しかまともに戦える奴は残ってねーんだ。
だったら温存の必要はねえだろ? 命張ってぶちかましてやろうぜ、じいさん!」
「まともに戦えるって……ジジイ、体は大丈夫なのかよ?」
「さっきから頭痛が痛てーし、吐き気も吐きそうだし、気分が悪い気がしやがる……
つまりは、すこぶる絶好調ってやつだぜ」
怪我の具合を聞きたかったとか、それは大丈夫じゃないんじゃあないかとか、言葉の使い方がおかしいとか……
仗助のそんな疑問は彼が無事だったことですっ飛んでしまっていた。
ジョナサンも同じく安堵していたのだが………
「……そんだけ減らず口叩けるなら十分だな……わかった、蹴られたことの文句はナシっスよ」
「ぼく一人でと思っていたが……そうだね、ここまできたらもう止まれないか………
ぼくからもお願いする。ジョルノ、きみは?」
「……ジョセフ、これだけは確かめておきたい………あなた『本物』でしょうね?」
ジョルノが危惧していたのは彼がスタンド能力などで化けた『偽者』―――DIOの手下である可能性。
もしその不安が的中すれば、形勢を覆すどころではなくなる……!
自然、その目つきも厳しいものへと変わっていた。
「正真正銘おれだぜッ! [[ジョセフ・ジョースター]]、一九二〇年九月二十七日生まれ、妻の名前スージーQ、趣味マンガ集め―――」
「……そこまでは知りませんが、なぜそれで息子の姓が東方になるんです………?」
「え? そういや……なんでだ?」
とりあえず本人と認めさせるべく、ジョセフの熱弁とジョルノの突込みが交わされるが、どうも要領を得ない。
というより、お互いの詳しい素性を知らないこの二人が噛み合わないのはある意味必然か。
すると、聞いていた仗助たちも口を挟んできた。
「ジョルノ、こいつは間違いなくジジイだ……こんなふざけたヤツ、二人もいたらそれこそオシマイってやつっスよ……」
「大丈夫だと思う。彼のデイパックも破られているし……なにより『繋がり』を感じる」
「じいさん、最初っからそれ言ってくれよ……あと仗助ちゃん、そりゃどーゆう意味だ?」
「………」
しばし逡巡するが、ジョルノ自身の感覚も間違いなく彼らが正しいことを示している。
まだ言いたいことはあるものの、時間をこれ以上浪費するわけにもいかず……ついに折れた。
「―――『覚悟』とは、犠牲の心ではない……やるからには必ず勝利してきてくださいよ。あと―――」
かくして、彼らは無駄にした時間も取り返すべく迅速に準備に移る。
ジョナサンとジョセフが位置につき、その後ろにジョルノと仗助がそれぞれつく。
初めてとは思えないほど息の合ったコンビネーションだった。
「「3…2…1…ゼロッ!!」」
「ドラアッ!!!」 「フッ!!!」
カウントダウンが終わった瞬間飛び出した二人に、後ろに控える二人のスタンドが蹴りを放つ!!
その痛みは波紋で……やわらげずに我慢するッ!!
残された力は全て目の前の相手に叩き込むべく……弾丸と化した二人の波紋戦士がDIOへと迫るッ!!
だが、まさに承太郎に止めを刺そうとしていたDIOが当然それに気づかぬはずもない。
顔を向けて状況を把握し、ニヤリと笑った――――――瞬間、承太郎が気力を振り絞って立ち上がり、叫んだッ!!
「スタープラチナ ザ・ワールドッ!!!!!」
それを聞いたDIOは慌てて承太郎の方へと向き直る……などということはなかった。
彼は見抜いていた―――承太郎が、既に『限界』であることを。
実際、承太郎の叫びにも時はやはり止まらない。
だが……DIOは自らの敗北を知って以後、油断をしないと決めていた。
それゆえに1%未満でも時止めの危険がある以上、コンマ数秒程度とはいえ承太郎にも注意を払わざるをえなかった!
ジョナサンとジョセフがDIOの元へ到達するための、貴重なコンマ数秒をッ!
「くるか……ジョセフに、ジョジョ!」
この場の全ての情報を整理し、まずは距離をとることを優先したのか、DIOは後ろに飛びずさり承太郎から大きく離れる。
そしてDIOの着地したほんの2メートル手前に、二人の波紋戦士が降り立ったッ!!
―――こうして『受け継ぐ者』のバトンは渡され……
一方で影に見え隠れする誰かはいるものの、『奪う者』は一人で戦い続ける……
彼らの因縁の戦いの決着は……刻一刻と近づいていた―――!
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戦いを離れる形となった承太郎だったが、まだ倒れるわけにはいかなかった。
彼にはその前に、どうしても済ませておかなければならないことがあったのだから。
ふらつきながら歩く先には……地面に横たえられた花京院の姿があった。
(……わざわざ、連れて来てくれていたのか)
まずは先程恐竜に切り裂かれた顔面を確かめる。
決して軽い傷ではないが、既に波紋で治療してあったため命に別状はなさそうだった。
ならば、自分のやるべきことは単純……肉の芽を除去することのみ。
何度もやっているとはいえ、本来肉の芽を引き抜くというのは容易なことではない。
脳を傷つけないように素早く、精密な動作が求められる……それをスタンドでやるのだから、当然精神力を消耗する作業である。
疲労困憊の承太郎だったが、こればかりは今すぐやらなければならない。
ぼやぼやしている間にDIOが倒されてしまったら、花京院も虹村の父のようになりかねないのだから。
「………うおおおおおぉ―――――ッ!」
疲労をものともせず…というわけにはいかないが、それでも一気に、正確に引き抜くッ!
太陽は既に沈んでいるため、引き抜いた肉の芽は細心の注意を払ってペットボトルの中に入れておく。
素材はただのプラスチックではないのか、暴れる肉の芽にビクともしない。
もしジョナサンたちが勝利したのならば、肉の芽が何かしらの異常を示すはず……動けない自分が状況を知るための手段としたのだ。
作業を終えて花京院の方へと目をやると、ちょうど彼が目覚めたところだった。
「わたしは……またしても………」
「何も言うな」
『星の白金』が消え……今度こそ精神力を使い果たした承太郎は地面に座り込む。
ジョナサンたちがDIOを倒せるかどうかはわからない。
だが今の自分がするべきなのは彼らを追うことではなく、最悪の事態に備えて少しでも戦う力を取り戻しておくことだった。
花京院はまだ戦えるとはいえ負傷者、そうでなくとも先ほど何があったかを踏まえると、DIOの元へは向かわせられない。
そんな中、周りを見渡して現状を把握したらしい花京院は立ち上がると承太郎のほうへと向き直り…厳かに喋り始めた。
「承太郎…おまえはひとつだけ、忘れていたな……」
「………」
奇襲直前と似たような言い回し―――冗談を言っているつもりなのだろうか……?
どう考えてもそのようなタイミングではなかったが。
喋る気力すら惜しい承太郎が視線のみで何をだ、と問いかけると、花京院はスタンドを出す。
承太郎はそれに対し何もしない、というよりもできなかった。
「おまえが忘れていること……それは………」
『法王の緑』が承太郎をまっすぐに見据える。
―――まさか、そんなはずはない。
「これだ―――」
スタンドの両手が合わせられる。
―――『星の白金』は、現れてくれない。
「―――エメラルド・スプラッシュ」
静かに、そして冷徹な呟きと共に……合わせた両手から、無数のエネルギー弾が発射される。
―――誰かが時を止めたわけでもないのに、自分の体は動かない。
次の瞬間、彼の胸は―――
―――撃ち抜かれていた
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