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迷い猫オーバーラン! - (2012/12/09 (日) 02:23:12) のソース

1人、2人、3人、4人………
この場に立っている人間はもういない。
残る2匹で一騎打ち。
その気になれば、逃げきることはおそらく可能―――だがしかし。
そんなわけにはいかねェよ。
『オレ』と『オマエ』、狩られる立場はどちらなのか、教えてやらねーといけねェな。



☆ ☆ ☆


10分前、杜王町エリア東部。
街灯の明かりに照らされた夜道を歩く、3人の男女の姿があった。
なかでも目立つのは、2メートルを超える巨漢に強靭な筋肉の鎧。
たくましい髭面を蓄えたアメリカ人の大男。

「Hey, Boy! そんなに怯えていても仕方がないだろう! このようなフザけた殺し合いゲームなどすぐに終わらせてくれる!
あのメガネの男をこの[[ブルート]]様が叩きのめし、ニューヨークタイムズのスターになってくれるわ!!」

大男・ブルートは足元にすがりつく少年に声をかける。
人種差別も多かった20世紀前半期の人間ながら、この白人の大男は人種の異なる少年に対し一切の偏見を持っていなかった。
少年を安心させるため、力強い言葉をかける。
彼は粗暴そうな外見とは裏腹に、心根は優しい紳士なのだ。
そのブルートの言葉に、怯えていたエジプト人の少年も心を開く。

「うん、ありがとうブルートさん……。どうしてこんなことになったのかわからないけど……僕も怖がってばかりじゃあいけないよね」

少年は大きな鳥に2匹の飼い犬を殺され、自分もやられるところだった。
2匹の飼い犬は体が大きく凶暴だったが、彼自身は同年代の子供と比べても体も小さく力も弱い、ごく普通の少年だった。
ブルートの力強い言葉と、自分を助けた見知らぬ小さな犬の勇姿を思い返し、少年は少し元気を取り戻した。

「おばさん。おばさんも元気出して。ブルートさんが、きっと何とかしてくれるはずだよ」

少年は3メートルほど後ろを付いて歩く女性に声をかける。
彼女もまた、疲弊しきった表情を浮かべながら歩いていた。

「うぅ…… 神さま許してください。 神さまぁ……」

少年の言葉を聞いても、言葉を返すことはなく……
[[織笠花恵]]は胸に抱いた小さなネコに力を込め、過去を懺悔する。
彼女は若い頃、ある犯罪に加担していた。
出来心だったとはいえ、到底許されることはない卑劣な行為だった。
齢三十を過ぎてからは、過去の罪を思い出し、懺悔する時間が増えた。
しかし長年の懺悔行為も虚しく、彼女は史上最大級の「罰」を受けることになった。
これは夢だと思い込みたい頭を、精神が邪魔をする。
彼女の心は闇の中に沈んでゆく。

「おばさん、ネコが好きなの? 僕もイヌを飼っていたことがあるんだけどね、えっと……」
「……!!」

イヌが殺されてしまったことは話さない。彼女を不安にさせてはいけないからだ。
切り口を変えて話しかける少年の言葉に、花恵は初めて反応を示す。
元の世界でも彼女はネコを飼っていた。名前はトリニータ。
トリニータの母親の代から、彼女の愛猫だったのだ。
独身女性はネコと相性が良いとよく言われる。理由はよくわからないが、寂しさをごまかす狙いがあるのかもしれない。
ご多分に漏れず、彼女も飼い猫に依存している女性の一人だ。

「うぅ……。帰りたい……。誰か助けてよぉ……」

結局、彼女の不安を解消することは出来なかった。
愛猫と過ごした日々を思い出し、彼女を更なる懐郷病に陥らせる。
少年は焦り、話題を変えてさらに話を続けるが、彼女を元気付けることは出来なかった。

「Boy……。ベイビーはちいっとばかし混乱しているんだ。そっとしといてやんな」

ブルートに促され、少年は前を向いて歩き出した。

そして、もう一匹。
花恵の胸の中に抱きかかえられたネコがいる。彼女の飼い猫ではない。
そのネコの首には、他の3人と同じ禍々しい首輪が取り付けられていた。
織笠花恵がこの殺し合いの会場で最初に出会ったゲーム参加者。
種類はブリティッシュ・バイカラー・ショートヘアーの雑種。
年齢は3歳。性別はオス。
ベッドカバーを切り貼りして作った悪趣味な服に、ブランド物のバッグを改造して作ったブーツ。
その小さな体に、およそネコとは思えない行動力と頭脳を兼ね揃えている。
言葉を話さない彼は自己紹介することもない。
彼の名前は、『[[ドルチ]]』といった。


「おお! 見えてきたぜモリオウステーション!! 地図の通りだな!!」

先頭を歩くブルートが声を上げる。街道を進んでいた3人は目的地として定めた杜王駅に辿りついた。
駅は万国共通、情報収集の基本。他の参加者を探すにはまず駅に向かうべきだ、というブルートの意見に従い、彼らはここを目指していた。
ブルートは支給品の拳銃を装備し、警戒しながら駅構内に侵入。残る2人も恐る恐る後に続いていく。
薄暗い建物内を進み、ポツンと放置されているデイパックを数メートル先に発見した。
現在ブルートが担いでいる4人分のデイパックと同じデザインのものだった。

「Boy、荷物を預ける。ベイビーと2人で、ここでしばらく待っていろ」

使い慣れぬ拳銃を構えたブルートは1人、放置されたデイパックを調べに向かう。
このデイパックの持ち主はどこに行ったのだ。近くに隠れているならば、それは何者なのか。
どこに誰がいるかわからない現状では、まずは安全確認が最優先だった。

放置されているデイパックを拾い上げる。周囲に気配はない。
デイパックの中身も確認し、そこで新たな奇妙さに気がつく。
[[基本支給品]]のパン、そしてランダム支給品であろうブドウが食い荒らされた形跡がある。
しかし問題そこではなく、デイパックの中に点々と存在する無数の動物の糞の方だ。
花恵が抱えているネコの例もある。あのネコと同じように、参加させられた動物がいて、そいつが食い散らかした跡なのだろうか。

「うわああああああっ――――!!!」

と、その時、少年の叫び声。ブルートは思考を止め、振り返る。
何かを見つけたらしい少年が尻餅を付いて大声を上げていた。花恵も目の前の光景に恐怖し怯えている。
ドルチだけが何者かの殺気に気がつき、周囲を観察・警戒していた。

「ブルートさん!! こっちに来てください!! 死体がッ……!」

助けを求める少年の声はそこで途切れる。
少年の腹部にはどこからともなく飛来した『毒針』が突き立てられ、そこから溶け始めていた。

「なんだ――これ――? 僕の――お腹が――!?」
「Boy!!!」

そしてさらに2発、3発と放たれる毒針は少年の四肢を奪い、その小さな体は動かなくなった。
首に撃ち込まれた毒針によって頭が落とされ、金属製の首輪が音を立てて地面を転がっていく。
ドロドロに溶かされた少年の体……
そしてその傍らには、同じく体を一度溶かされた上で歪な形に固まった被害者、[[東方良平]]『だった者』の遺体と、彼に支給されたであろうデイパックが転がっていた。

「いやあああぁぁぁぁ!! なんなのよォォォ!!!」
「何だ! 何が起こったァ!!」

急いで花恵たちの元に駆け寄るブルート。
ドルチは叫び声を上げる花恵の腕の中から抜け出し、ブルートの頭上に駆け上がった。
敵が何者かはわからないが、狙われていることは確かだ。こんなスットロい女に抱えられていては危険すぎる。
そう判断したドルチは、敵の正体を確かめるため行動を開始した。

「な! なんだネコ公! 今はお前とジャレあっている場合じゃあ…… ッ!?」

その時、ブルートとドルチは同時にひとつの妙な気配に気がついた。
薄暗い駅構内の闇に隠れていた、もうひとつのデイパック(東方良平のデイパック)。
横倒しになり中身が散乱したデイパックの口から、光る二つの瞳――
そして、大砲のような機械がこちらを狙っていた。


「ギャァァァァァ――――――ス!!!」


デイパックの中から放たれた毒針がブルートの腹を襲う。
ドルチは敵の正体を確認した。
自らがこの世に生を受けてから3年余……
ネコとしての本能から、幾度となく捕え、餌としてきた格好の獲物の姿。
『敵』の正体は『ネズミ』だった。
右耳が虫に食われた葉っぱのように欠けた体長10cm程度のネズミが、大砲のような機械を操ってブルートを攻撃したのだ。

「なんだこりゃあああ!! 俺の腹がああァァァァァ!!」

衣服ごと溶けて混ざり始めた腹の肉に痛みと恐怖を感じ、ブルートは絶叫する。
そして手に持った拳銃で素早くデイパックを6連射。全弾を撃ち尽くした。
その激しい弾幕に、ネズミの隠れていたデイパックは跡形もなくボロボロになる。

「イデえよおォォォ!! なんなんだよォォ!!」

腹を抑えて悶え苦しむブルートの頭の上から飛び降り、ドルチは足元でボロクズとなったデイパックの中に飛び込んだ。
ネズミの生死を確認するため、そして生きていたら止めを刺すためだ。

しかし死体はおろか、デイパックの中にネズミの影も形もない。
誰のデイパックにも入っている地図や水などといった基本支給品と、リボンのように長く伸ばすことができる特殊なナイフがあるだけだ。
6発の弾丸でネズミの身体は跡形もなく粉みじんになってしまったのか?
いや、いくらネズミの身体が小さいと言えど、たかが拳銃にそこまでに威力はない。
それに首輪も含めて跡形もなくなるわけがない。
ネズミはまだ、どこか近くにいるはずだ。

「ぐわあああああああ!!」

ブルートが大声を上げて、地面に倒れた。
ドルチがボロボロになったデイパックから頭をのぞかせると、そこにはうつぶせに倒れるブルートの巨体が転がっている。
ブルートの死体は後頭部から溶かされ、その傷口には毒針が突き立てられていた。



これで間違いない。ネズミは生きている。
そして、どこからかまだドルチのことを狙っている。
しかし、いったいどこから? 周囲に、隠れられるような物陰はない。
拳銃を撃つブルートの頭上からデイパックを見ていたが、中から逃げるネズミの姿は確認できなかった。
ネズミがネコの動体視力から逃れられるものなのだろうか?
いくら何でも、敵の移動速度が速すぎるのではないか?
しかし事実ネズミは生き延びて、次の獲物を仕留めようと身を潜めている。
ドルチは完全にネズミの姿を見失ってしまった。



ドルチは考える。
どこから狙われているかわからないこの状況で、飛来する毒針を回避することができるか。
否。
毒針の正確な射程距離はわからないが、ブルートの撃たれた現在地から半径10メートル以内にネズミの隠れられそうな物陰はない。
ネズミの狙撃地点は、さらに遠距離にある。
射程距離は10メートル以上……少なくとも20メートルはあると判断したほうがいい。
方向もわからず、10メートル以上の距離から弾丸並みの早さで撃ち込まれる毒針を避けることなどできるわけがない。
せめてネズミの居場所さえわかればと思うが……


「いやぁぁ! もう、なんなのよお!! 誰か助けてぇぇぇ!!」


少年とブルートが謎の変死を遂げ、残る織笠花恵が騒いでいる。
ドルチと花恵、ネズミは先にどちらを狙ってくるだろうか?
いや、どちらが先だろうと狙われることも変わらない。
次の一瞬には、ドルチは溶けて死んでいるかもしれないのだ。
ならば、次の攻撃の一手が始まる前に―――



「きゃっ…… ネコちゃんっ!! ああ、あなたも怖いのね……」

ドルチは再び織笠花恵の胸に飛び込み、抱きかかえられる。
ずっと怯えていた花恵だったが、そんな花恵をこのネコは頼ってくれているのだ。
暗闇だった花恵の心に、なんだか勇気が湧いてきた。

このネコちゃんを守ってあげられるのは、自分しかいない。


「だ、大丈夫だからね、ネコちゃん。わ……私がついている……」


ドルチは、その織笠花恵の―――


「か……ら………」

口の中に自ら飛び込み、体内に侵入した。


(ネコちゃん……なんで…………?)


なんで、だって? 答えは至って単純なものだ。
織笠花恵が、まだ毒針を食らっていない唯一の人間だったからだ。
四方八方どこから飛んでくるかもわからない毒針を防ぐには、自分の身体よりも大きなもので身を守ることが手っ取り早かった。

ドルチが防具に選んだのは、人間の体内に侵入しての肉の壁。
ブルートは既に頭に毒を受けていて体内への侵入が困難。
少年の身体は小さすぎて耐久面に不安が残る。
東方良平の死体は既に毒で汚染されていて危険。
消去法でも、ドルチの逃げ込むべき身体は織笠花恵しかいなかったのだ。

太平洋の真っ只中で「元」飼い主の愛子雅吾と命の取り合いをしたとき、ドルチは雅吾の口から体内に侵入し殺害した経験がある。
あの時と要領はほとんど同じ……一瞬で体内に侵入し身を守ることができる、確かな自信がドルチにはあった。
そして―――


『[[犬好きの子供]]は見殺しにはできねーぜ』

そう言って見ず知らずの子供のために、自分の身を危険にさらすようなイヌも、世界のどこかにはいたかもしれない。
しかし、ドルチはそうではなかった。
あくまで大切なのは己の命。
本能で人間との友好関係のあるイヌとは違い、ネコの世界の中心は常に自分自身。
いざとなれば、相手が『猫好きの女性』だろうがなんであろうが、構わず殺して利用できる。
それがダイ・ハード・ザ・キャット 『ドルチ』 だった。






東方良平、犬好きの子供、ブルート、織笠花恵………
この場に立っている人間はもういない。
残る2匹で一騎打ち。
その気になれば、逃げきることはおそらく可能。
野生動物を狩ることに特化したネコの走行速度は時速50km。
小さな体だが、50CCの原付にだって引けを取らないスピードで走ることができる。
相手はネズミだ。振り切って逃げることはワケない。
いくら毒針が強力でも、当たらなければどうということはないのだ。

だがしかし、そんなわけにはいかねェよ。
ネコとしてこの世に生を受けて3年。
人間だろうと負かしてきたオレが、太平洋上で一週間も生き延び生還したこのオレが、ネズミにいっぱい喰わされて、オメオメと逃げ帰るわけにはいかねぇだろう。

『ネコ(オレ)』と『ネズミ(オマエ)』、狩られる立場はどちらなのか、教えてやらねーといけねェな。




&color(red){【犬好きの子供 死亡】}
&color(red){【ブルート 死亡】}
&color(red){【織笠花恵 死亡】}


☆ ☆ ☆




(こいつはタマげたぜ。ありゃあ、ネコと……ネズミか?)

杜王町立図書館、通称『茨の館』。
その屋上に降り立ったドルド中佐はハングライダーを折りたたみ、双眼鏡で杜王駅の様子を伺っていた。
駅は人が集まる重要なポイントだが、それを逆手にとった待ち伏せ攻撃を受ける可能性もある。
現に、[[ドルド]]は点火したものを攻撃するライターを、トラップとして駅に仕掛けようとしていた。
ドルドは付近でも背の高い建物だったこの図書館の屋上に降り立ち、双眼鏡で駅の状況を探ることにしたのだ。
観察を初めて数分、ドルドは恐るべき殺戮現場を目撃することとなった。
女子供を含む3人の人間が駅を訪れたかと思うと、そのうちの一人の少年が突如、ロウソクのように溶かされてしまう。
次いで、白人の大男が足元のデイパック目掛けて銃を乱射…… しかし、その後むなしく大男も溶かされてしまった。
ドルドは、その大男を仕留めた敵の正体も目撃していた。
大男の背後30メートルの物陰から、小さなネズミが針を飛ばし、その効果によって大男は死に至ったのだ。
そして最後には、妙な服を着たネコが残った女の口の中に飛び込み、殺害したのだった。

(ものの数分で3人が全滅か…… このゲーム、思った以上にハードなようだ。
あんな危険な生物がいるんじゃあ、いま駅に近づくのは自殺行為だな……)

ネコの方もブッ飛んではいるが、ドルドが特に注目したのはネズミの方だった。
触れただけで身体を溶かす、これとよく似た技をドルドは知っている。
『バオー・メルテッディン・パルム・フェノメノン』。
寄生虫バオーに侵された生物が、強力な酸を含む体液を放出しタンパク質を溶かす技だ。
そして、針を飛ばすのは『シューティングビースス・スティンガー』によく似ている。
どちらもバオー武装現象(アームドフェノメノン)の一種だが、あのネズミの能力は酷似している。

『バオー鼠』…… 実験で犬に寄生させていたことを考えると、可能性としてはなくはない。
だが、2つの武装現象を組み合わせて新たな技を作り出したとなると相当危険な相手になる。
狙撃銃でもあれば話は別だが、体内の武装だけではあのネズミを安全に始末することは出来そうもない。


(まあ、いい。バオーとはいえ所詮はネズミだ。行動範囲はたかが知れている。
しばらくは杜王町エリアとやらを離れ、この町であのネズ公が参加者の数を減らしてくれることを期待するか)


方針変更。目的地は西だ。
あわよくば、どこかで『人間』の仲間でも欲しいものだ。
それも、さんざん利用できそうなお人好しの馬鹿野郎だと嬉しいんだがな。

これから始まるネコとネズミの戦いにも気付かず、ドルドは再び空へ飛びだした。




【C-7 杜王町立図書館 屋上・1日目・黎明】 

【ドルド】
[能力]:身体の半分以上を占めている機械&兵器の数々
[時間軸]:[[ケイン]]と[[ブラッディ]]に拘束されて霞の目博士のもとに連れて行かれる直前
[状態]:健康。見た目は初登場時の物(顔も正常、髪の毛は後ろで束ねている状態)です
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ジョルノの双眼鏡、ランダム支給品0~1(確認済み)、ポルポのライター
[思考・状況] 
基本行動方針:生き残り、且つ成績を残して霞の目博士からの処刑をまぬがれたい 
1.コレ(ライター)を誰かに拾わせる。
2.地図の西方向へ向かう。
3.仲間が欲しい。できれば利用できるお人好しがいい。

[備考] 
・支給品は確認しました。
・ジョルノの双眼鏡はカプリ島でジョルノがボート監視小屋を見張っていた時に使用していたものです。
・ゲームはドレスの仕業だと思っています。
・犬好きの子供、ブルート、織笠花恵の死亡を確認しました。
・杜王駅にいたネズミの正体が「バオー鼠」ではないかと推測しています。




☆ ☆ ☆


再びドルチが考えるのは、あの右耳が欠けたネズミ野郎がこれからどう動くか、ということだった。
ネズミはドルチと目があった(はずである)。
ならば、ネズミはドルチを始末したがっているはずだ。
織笠花恵はもう死んでいるが、ネズミはこの女にもう毒針は撃ってこないだろうか?
いや、以前からあった死体(東方良平)は、死後にも執拗に毒針を撃ち込まれ続けたような、歪な死に様を見せていた。
おそらく毒針で溶かして固めるのがあのネズミの『狩り』であり『食事』なのだ。
だとすると、ネズミは織笠花恵の死体にも毒針を撃ってくるだろう。
織笠花恵の肉の鎧を纏い、凌げる攻撃はせいぜい5~6発ほど。
時間にして、30秒といったところだろう。

たったの30秒。
せっかく逃げ込んだ人体という名の要塞も、ネズミの毒針に対しては一時的なその場凌ぎにしかならないのだ。
ドルチも、そんなことは承知していた。
だがドルチの策にはそれで十分だった。
ほんの30秒の時間さえ稼げれば、ドルチは作戦のための細工ができる。
その細工さえ完了すれば、ドルチはネズミを追い詰める一手を掴むことができる。

ドルチは頭の中で、花恵の体外の情報を整理する。
織笠花恵の死体、少年の死体、ブルートの死体、東方良平の死体。
杜王駅構内の地形、出口、改札口、売店、4人の死体、散乱したデイパック、それらの位置関係。
うむ、完璧だ。
外に飛び出しても、迷い無く行動できる自信がある。

織笠花恵の胃袋という狭い空間の中で千載一遇の機会を狙い、ドルチは小さな身体を潜めていた。







「ギャァァァァ―――――スッ!!」

物陰からピンと両耳を覗かせ、ネズミは『ラット』の毒針が連射する。
標的は30メートル先に倒れる織笠花恵の死体。
正確無比なその射撃は、近くに転がる東方良平や少年の死体にはかすりもしない。

『ダサい格好をしたネコが、ニンゲンのメスの体内に逃げ込んだ』

それだけ理解していれば、ネズミの脳でもどうやって追い詰めればいいのかが見えてくる。
ドルチのとった行動は、どう見ても苦し紛れの悪手でしかない。
スタンドを起動させ、立て続けに毒針を10連射。
これで織笠花恵の身体は毒に侵食され溶けていく。
ヤドクガエルよりも強力な生物毒は、やがて花恵の身体を肉の泥へと変えていく。
体内にいたら、そのままドルチはオロク確定だ。
そして予想通り、毒針でやわくなった腹部をぶち破り、ドルチが外へ飛び出した。
花恵の血液に塗れ、身体は真っ赤に染まっていた。
そのグロテスクなネコに止めを指す。

狙いを定め放った毒針は、見事ドルチのどてっ腹に突き立てられた。


『勝った――― ざまあみろ、ネコ野郎。いままで散々ビビらせてきやがって――
ネズミ様をなめるなよ―――』






(左斜め後ろ―――――8時の方向――――――)

「ギッ!!」

ネズミは、勢いよく振り返ったドルチに睨まれ戦慄する。
ドルチの鋭い眼光は、そのネズミのピンと伸びた2つの耳と、赤く光る両眼を捉えていた。

(距離――30メートル―――――  改札手前―― ベンチの影の後ろ――――――)

間髪を入れず、ドルチは駆け出す。
ネズミを目指して最短距離だ。
対するネズミは、向い来るドルチに向けて毒針で応戦、しかし―――

「ギャギャァッ!!?」

ドルチはそれを口に咥えた『盾』で防ぐ。
『盾』――― それはネズミの最初の攻撃で犠牲となった「少年の生首」だった。
いつの間にそんなものを咥えたのか、ネズミには見当もつかない。

頭部に毒針が効かないならば胴体に撃てばいい。
跳弾を利用して身体を狙えばいい。
だが、先ほどどてっ腹に撃ち込んだ毒針は効かなかったではないか?何故?

そして再び照準を合わせ、跳弾でドルチの胴体を狙う―― そんな悠長な時間など、ネズミにはありはしない。
ほんの2秒ほどでネズミとの距離を一気に詰めたドルチは、野生で獲物を狩ることに特化した肉食動物特有の前足を振りかざし、ネズミの胴体を叩き潰した。

「ギャァァァァァァァ――――ッ!!」

すべてが一瞬の出来事だ。
これが野生の掟。
こうなれば、ネズミにスタンド能力があろうが無かろうが関係ない。
人間に好かれ愛玩用として育てられてはいるが、これこそが本来の『ネコ』の姿なのだ。
食物連鎖の名の元に、ネズミは成すすべもなく『狩り(ハント)』され、絶命した。

花恵の血液で血まみれのドルチが、わずらわしかったダサい服を脱ぎ捨てる。
その服の下。ドルチの体には、薄い金属製の帯が何重にも巻かれていた。
そう。これこそがドルチが施した策。
東方良平のデイパックに忍び込んだ際に手に入れた、「[[ドノヴァン]]のナイフ」だった。
リボンのように長く伸ばすことができるこのナイフを身体に巻きつけ、簡単な防弾チョッキを作り出したのだ。
人間と比べ、ごく小さな身体を持つドルチだからこそ取れる奇抜な用法だった。
ナイフを隠し持ち、ドルチは織笠花恵の体内に侵入。
体内に隠れていられる数十秒もあれば、防具として身体に巻きつけることができたのだ。
そして、服の下にこれを隠すことで目立たない。
愛子雅吾の忘れ形見となった悪趣味な服は、思いもよらぬ形でドルチの役に立ってくれた。

そして体外に出たら、1発わざと毒針を喰らう。
弾道の向き、すなわちネズミの狙撃場所を特定するためだ。
ここはひとつの賭けであったが、少年を殺した時もブルートを殺した時も、ネズミは頭より先に胴体を狙って撃っていた。
動いている標的を狙撃するのに、的の小さな頭や手足を狙うのはナンセンスだ。
人間の狙撃手も普通1発目は胴体を狙うが、ネズミも本能でこのセオリーを理解していた。
ドルチは計算通り、胴体に撃ち込まれた毒針を「防弾チョッキ」で防御し、さらにネズミの隠れた位置を特定することに成功した。

あとは、ネコの身体能力を最大限に活かし、ネズミを「狩猟」すればいい。
これに関しては、ネコであるドルチの十八番。
全力疾走すれば、30メートルなんて距離は一瞬だ。
ネズミに反応する暇など与えない。

体外に出たドルチはまず、花恵の死体のそばに転がっているはずの「少年の生首」を口に咥えた。
距離を詰めるまでに2~3発撃ち込まれるだろうから、それを防ぐ簡易の盾が欲しかった。
自分の頭より大きなものならば何でもよかったのだ。


ひとつ、ドルチに不安があったとすれば、それはネズミの移動速度だった。
東方良平のデイパックの中でブルートの射撃を受けたネズミが、脱出してブルートを攻撃するまでの時間が短すぎたのだ。
ブルートが攻撃された地点の周囲には、ネズミが身を隠せるような場所はなかった。
あの一瞬で、ネズミはどうやって姿を眩ませたのか、それだけがわからなかったのだ。


だが、その心配も杞憂に終わったようだ。
ネコに距離を詰められたネズミは、所詮ただのネズミだった。
確かに手ごわい相手だったが、それでも自分が負けるわけはない。

『ネコ』が『ネズミ』に負けるなど、そんなことあるわけがないのだ。

その揺るぎない事実を自分の中で再確認し、ドルチは自らが仕留めたネズミの亡骸を見下ろしていた。





チクリ




そしてそれと同時に、首筋から身体が溶け始める妙な感触と、再び感じる殺気の存在を察知した。


「バ………カな………………」

ブルートの頭の上に登り、最初に『敵』の姿を確認した時のことを、ドルチは思い出す。
東方良平のデイパックに隠れたネズミは特徴的にも、右耳が虫に食われた葉っぱのように欠けていたのだ。
だが、今しがた仕留めたネズミはどうだった?
目の前に横たわるネズミの頭には、しっかりと両耳、無傷で生え揃っているではないか。
ドルチが眼前に見下ろすそのネズミの死体は、最初のネズミとは別のネズミ。

「2匹いた……… という事か……… チクショウ…………」


死に物狂いで、ドルチは後ろを振り返る。
ブルートの死体の分厚い腹に隠れ、懐からこちらを狙う右耳の欠けたネズミ、『[[虫喰い]]』の姿がそこにあった。
さらに2発、3発。
動きの鈍ったドルチはさらなる攻撃を交わすことは出来ず、その全てを被弾。
最後の最後で人語を喋ったダイ・ハード・ザ・キャットは、その儚い一生の最期を迎えたのだった。


つまり、こういうことだ。
当初から、杜王駅に毒針のスタンドを操るネズミは『2体』いたのだ。
2体のネズミはゲーム開始直後、まず東方良平を殺害した。
そして次に杜王駅に縄張りを張り、手当たりしだい襲撃することにしたのだ。
初めに犬好きの子供を殺害し、ブルートの腹に毒針を撃ち込んだのは『虫喰い』だ。
虫喰いは東方良平のデイパックの中に潜み、良平の死体を餌に近づいた人間を攻撃する役目。
そしてブルートに拳銃で狙われ、慌ててデイパックを脱出。ブルートの懐に飛び込み、身を隠した。
ドルチの動体視力をもってしても逃げるネズミの姿を捉えることは出来なかったわけだが、なんてことはない。
虫喰いは逃げたのではなく、向かってきていたのだ。
ブルートの分厚い腹の下に隠れてしまえば、頭の上にいるドルチの視界からは完全に消えてしまう。

そしてここで選手交代。『[[虫喰いでない]]』方のネズミが、ブルートの背後から止めを刺したのだ。
それ以降ドルチと交戦していたのは、虫喰いでない方のネズミ。
そのせいでドルチはブルートの腹に隠れたもう1匹のネズミに気付くことがなかった。
この2匹目の存在に気が付けなかったことこそ、ドルチの完全なる敗因となってしまったのだ。



虫喰いにとっても、今回の戦いはとてもじゃあないが完全勝利とは言い難い。
元の世界にいた頃、虫喰いたちは他の仲間のネズミを皆殺しにしていた。
彼らにとって、スタンド使いでないネズミはすでに仲間ではなかったからだ。
残った唯一の仲間であるネズミと、この戦場でも再会することができた。
にもかかわらず、この共同戦線はほんの数時間で崩されてしまったのだ。
しかも、相手はあの『変な頭』でも『白コート』でもない。
元・天敵とはいえ、何の特殊能力も持たない『ただのネコ』だったのだ。
チカラを得て、自分は最強だと理解した。そう信じ込んでいた。
だが現実はそうではなかった。
虫喰いは改めて、本能で理解する。

この弱肉強食の世界、一筋縄で行くほど甘くはないということだ。


&color(red){【虫喰いでない 死亡】}
&color(red){【ドルチ 死亡】}

&color(red){【残り 96人】}



【D-8 杜王駅 / 1日目 黎明】

【虫喰い】
[スタンド]:『ラット』
[時間軸]:単行本35巻、『バックトラック』で岩陰に身を隠した後
[状態]:健康。仲間を失った悲しみと覚悟。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
1:喰う……サーチ・アンド・デストロイ
2:練る……もう油断はしない。同じ失敗を繰り返したりはしない。
3:覚悟を決める……この弱肉強食の世界、一筋縄で行くほど甘くはない。

[備考] 
杜王駅内に東方良平、犬好きの子供、ブルート、織笠花恵、ドルチ、虫喰いでないの遺体と、以下の物が放置されています。内容は以下のとおり 
1:虫喰いのデイパック:パン消費、支給品のブドウ(1部でエリナがジョナサンに渡した物)消費、中は虫喰いの糞だらけ。
2:良平のデイパック:拳銃でボロボロ。中は基本支給品一式のみ。
3:犬好きの子供、織笠花恵、ブルート、ドルチのデイパック:詳細不明。ブルートの支給品のみ一つは使用済み。
4:虫喰いでないのデイパック:駅またはその周辺のどこか(虫喰いでないの初期位置)に放置されている(はず)
5:ドノヴァンのナイフ:東方良平の支給品。ドルチの遺体のそばに放置。『ラット』の毒で刃の一部が溶けて欠けている。
6:カイロ警察の拳銃:ブルートの支給品。ブルートの遺体のそばに放置。弾倉は空。予備弾薬の有無は不明。

東方良平の死体はすでに、原作で冷蔵庫の中に保存されていた住人のように固められています。
織笠花恵、ドルチの死体はドロドロに溶かされ原型はほとんどありません。
犬好きの子供の死体は腹部と四肢を溶かされ、首が溶け落ちています。頭部のみ離れたところに転がっています。
ブルートの死体は腹部と頭部を溶かされていますが、比較的原型を留めています
虫喰いでないの死体は、胴体が叩き潰された状態です。

ブルートの参戦時期は、ジョセフと出会う前でした。
犬好きの子供の参戦時期は、[[イギー]]に助けられた後でした。
織笠花恵の参戦時期は、少なくとも[[飛来明里]]失踪事件の数年以上後でした。
虫喰いでないの参戦時期は、少なくともスタンドを得た後、殺される前でした。
ドルチの参戦時期は、本編終了後でした。


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|前話|登場キャラクター|次話|
|&color(blue){GAME START}|[[ブルート]]|&color(red){GAME OVER}|
|&color(blue){GAME START}|[[犬好きの子供]]|&color(red){GAME OVER}|
|005:[[欲望]]|[[虫喰い]]|084:[[『日陰者交響曲』]]|
|&color(blue){GAME START}|[[虫喰いでない]]|&color(red){GAME OVER}|
|&color(blue){GAME START}|[[織笠花恵]]|&color(red){GAME OVER}|
|052:[[発見]]|[[ドルド]]|095:[[Panic! At The Disco! (前編)]]|
|&color(blue){GAME START}|[[ドルチ]]|&color(red){GAME OVER}|