第一話
「でも、たぶん・・・・・・もしかしたら魔法はあるのかもしれない。願い事のようなこともね。
ただ問題なのは・・・・・・たぶんそれを信じる人が少ないってことかもしれないな」
(ロッド・サーリング
「大いなる願い」より)
「おい?なあ聞いてんのか?」
顔を上げると、今時珍しい改造学ランを着た大柄な男が、体を折り曲げてぼくの机に手をのせていた。
「ああ・・・。何だっけ」
ぼんやりとぼくが答えると、億泰はあきれたというように肩をすくめた。
「おいおい・・・。『二組のプッツン女』の話だよ」
「『プッツン女』?」
聞いたことがない。
「オメー、知らねーのか?涼宮ハルヒって奴でよ、俺らと同じ一年だけどそれはスゲー奴らしいぜ」
「へえ」
億泰はたいていのことは「スゲー」と言う。
どうせ二股三股かけたとか、先生を殴ったとか、ありふれた話だろうと思った。
実際、話題を変えてもよかった。だがその時、ぼくはただ何となく聞いていた。
「まず!入学してすぐの自己紹介の時によォ~。・・・何て言ったと思う?」
「いいから話しなよ」
「『ただの人間には興味ありません。
この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』って言ったんだぜ!」
「何だって?」
ぼくは絶句した。入学時の自己紹介でそんなことを言う人がいるだろうか?
そんなことを言ったのなら「プッツン」呼ばわりされるのもわかるが・・・。
ぼくが何も言えずにいると、億泰がもう一度言おうとしたのでぼくは慌てて遮った。
「嘘じゃあないのか」
「嘘じゃあねえよ。それにな、涼宮はそれだけじゃあ終わらなかったんだ」
それからの内容も、とても信じられないものばかりだった。
各クラブを渡り歩いては一日で辞め、ついに自分で非公認のクラブを作ったこと。
その宣伝をバニー服を着てしようとしたこと。(止められたらしいが)
・・・いよいよ、怪しくなってきた。
「億泰」
ぼくはまだ話し続ける億泰に声をかけた。それにしてもやけに楽しそうだ。
「おお?どうよ?スゲーだろ!?」
「・・・いくらなんでもそれは嘘だよ」
ぼくがそう言うと億泰は声を荒げた。
「おいおいおい・・・・オメーよお~。
俺が嘘ついてるって言うのかよッ!?」
「そうじゃあないけど、話が大きすぎるよ。
元の話があるにしても、そうとう尾ひれがついてるんじゃあないのか?
そもそも、億泰はその『ハルヒ』って子に会ったことはあるのか?」
どうやら急所をついたらしく、億泰は口ごもった。
「う・・・。無いけどよ・・・」
「だろう?きっと誇張されてるだけだよ。いや、からかわれたんじゃあないか?
億泰は簡単に信じるからな。大体・・・」
「じゃ、じゃあよォー!見に行こうぜッ!」
突拍子のない提案にぼくは唖然とした。
「五組だぜッ!すぐ近くだッ!行くぞッ!」
どうも、言い過ぎたらしい。かなり熱くなっている。
わざわざそんな暇人丸出しなことを・・・。考えるだけで頭痛がする。
思わず天を仰ぐと時計が視界をかすめた。・・・ツイてる。口実を見つけた。
「億泰、それはいいけどもうすぐ授業だよ。
次は実験だからもう行かないと」
「ん。・・・そーか。でも明日はぜってーに見に行くかんな!」
億泰は熱っぽく言ったが、多分帰る頃には忘れてるだろう。
教室を出てからも熱は覚めず、なだめるのに骨を折った。
それにしても、考えれば考えるほど荒唐無稽な話だ。
まあ、そんな人がいれば面白くはあるだろうが・・・。
そう思いながらふと手元に目をやると、「あ」と思わず声が出た。
「ん?どーした?」
「いや・・・筆箱忘れた。取りに戻るよ」
「貸してもいいぞ」
「いいよ。先に行ってて」
そう言ったが、億泰は渋い顔をした。
「ん・・・。でもよ・・・」
「コレのことか?」
ぼくは笑って乗っている車椅子を叩いた。
「大丈夫さ。この学校は公立のわりにバリアフリーが進んでるから」
「・・・・・・」
まだ納得のいかない様子の億泰に「じゃあ」と声をかけると、
ぼくは教室へと一人引き返した。
ああは言ったが、なんてことない距離でも車椅子じゃあ移動に苦労する。
教室に着いた時にはすでにチャイムが鳴っていた。完全に遅刻だ。
不思議なもので、遅刻が確定すると急ぐ気も薄れる。
脱力すると、息が乱れていることに気付いた。・・・体力が、落ちた。
誰もいない教室はどこか寂しくて、世界に一人だけ取り残された気さえした。
何となくため息をつく。窓の外を見ると、別のクラスがソフトボールを始めようとするのが見えた。
たくさんの生徒たちがまるで人生に何も問題がないかのようにはしゃいでいる。
「くそっ」
思わず口をついて出た言葉に、ぼくは驚くと同時に自嘲した。まだ諦めていないのか・・・。
自嘲はやがて苛立ちに変わった。握りこぶしを作ると、ぼくはそれを力いっぱいに太ももに振り下ろした。
肉と肉がぶつかる音が響く。痛みはない。この脚は死んでいる。回復の余地は無い。みんなが「諦めろ」と言った。
医者も、マスコミも、親も、みんなが。ぼく?ぼくだって同感だ。諦めるしかないじゃあないか。
奇跡を信じるほど子供でもない。どうにもならない。分かっている。
・・・分かっているはずなのに、どうして昔が忘れられないんだろう?
・・・何を泣いているんだ、ぼくは。筆箱は取っただろ?戻れ。「いつもどおり」に。
そう自分に言い聞かせると、ぼくは教室を出た。
こんな気分になることは珍しくない。ざらにあることだ。
ぼくに必要なのは、受け入れることだけ。
これからも続く、ズルズルと生きるだけの人生を。
「くそっ」
もう一度言うと車椅子を走らせる手に力を込めた。
今はとにかく授業に行くことだけを考えよう。それだけを・・・。
暗い気分を無理に押さえ付けようと、それしか考えていなかった。
だから気付かなかった。角の向こうを走る足音に。
気が付いたときには遅く、目の前に女の子が飛び出してきていた。
---止まらなくては。車椅子に急ブレーキをかける。それは間に合った。
だが、急減速にぼくの体は耐えられず、前方へと投げ出された。
強い衝撃に意識が飛ぶ。一瞬、何が起こったのかわからない。
隣で勝ち気そうな女の子が立ち上がろうとしている。
この子にぶつかったのか・・・。女の子は立ち上がるとキッとぼくを睨んだ。
「あんた、何やってんのよ!いきなり突っ込んできて!」
飛び出してきたのはそっちだろ?
そう言い返したかったが、口からでるのはうめき声だけだった。
頭を打ったらしい、ひどく痛む。
「あー、もう!授業には遅れるし、バカに体当たりされるしもう最悪!」
ずいぶん好き放題言われている。なんだこの子は。だんだん腹が立ってきた。
その子はそれからもう一つ二つ暴言を吐くと、スカートをはたいて手を差し出した。
痛みを耐えるのが精一杯のぼくはわけもわからずその子を見ていた。
イライラした声をあげる。
「いつまで倒れてるつもりなのよ。さっさと立ちなさいよ」
「立て」だと・・・。残酷なことを言う。車椅子が目に入っていないのか?
彼女の発言で最も悪意の無い言葉がぼくの逆鱗に触れた。
声の出ないままぼくは彼女を睨みつけた。彼女は気付かずにぼくの腕を掴む。
「テメェー!何やってんだ!」
億泰の声が聞こえる。遅いので様子を見に来たらしい。
意に介さず彼女はぼくを立たせようと手に力を込める。
無駄だ・・・。引き上げる力に逆らおうとはしないが、ぼくが立つことはない。
その間。世界がゆっくり動くような気がした。
引き上げられた体が上昇を止める。だが・・・だが、これは・・・。
自分の身に起きたことが信じられない。地面は、ドキドキするほど遠い。
---立っている。動いた。1ミリだって動かなかったこの脚が。
どうして・・・。女の子を見る。怪訝そうな顔付きでぼくを見ている。
「変なの」
そう言うと彼女は走り出した。待ってくれ。
伸ばした手はしかし宙を掴み、ぼくは前のめりに倒れた。
何が・・・起こった・・・?心臓の鼓動が止まらない。今、確かに・・・。
確かに、ぼくは、立った。
「お、おいジョニィ大丈夫か?」
億泰が駆け寄って来た。呆然としたまま頷く。もう痛みなんてどこかに行っていた。
「なあお前、今・・・」
立っていた。なぜ・・・?あの子は?そうだ、あの子は誰なんだろう。
「にしても、偶然だよな」
「何・・・が・・・?」
頭が混乱して、それだけ言うのが精一杯だった。
「アイツだよ。アイツが『涼宮ハルヒ』だ」
「涼・・・宮・・・ハルヒ・・・」
この「物語」はぼくが歩き出す物語だ
肉体が・・・・・・という意味ではなく、青春から大人へという意味で・・・
ぼくの名前は「ジョニィ・ジョースター」
最初から最後まで本当に謎が多い人「涼宮ハルヒ」と出会ったことで・・・
To Be Continued・・・
最終更新:2008年04月01日 01:35