第二話「バスケット・ケース」

じめじめとした、薄暗い廊下はぼくの現状を表しているようだった。
「・・・どうしよう」
一人、ぼくは途方にくれながら億泰に教えてもらった事を思い出していた。
『涼宮に会いたい~?・・・五組にいねーなら部室にいると思うぜ。
『SOS団』とかいう部を作ってるらしーからよ』
そういうわけで文化部の部室が集まっているという「部室棟」、通称「旧館」にやってきたのだが・・・。
クラブに入ろうと思った事はないので、ここには来たことがない。
それに、貼られていた地図には『SOS団』の文字すらない。
どういうことなのか・・・?億泰の情報が間違っていたんだろうか。
聞こうにも辺りに人はいない。ひたすら薄汚い廊下が続いている。
「・・・ふう」
ため息の一つも出る。今日は帰ろうか・・・。そう思った時、前方に人影が現れた。
その女の子は、不思議な雰囲気を持っていた。
美人であるというのもあったが、それ以前に何か・・・人を引き付ける雰囲気があった。
「あ、あの・・・」
「ん、なあに?」
澄んだ声で言うと、彼女は屈託のない笑顔をこちらに向けた。
「えと、『SOS団』の部室がどこか知りたいんだけど・・・」
愛想笑いだろうが何だか照れる。億泰なら一発で勘違いしてるな。
「・・・あたし、知ってるよ。案内するわ」
そう言うと、彼女は後ろに回って車椅子を押し始めた。
ぼくは内心ドギマギしながらそれを止めた。
「いいよ。場所だけ教えてくれれば」
「いいのいいの。あたしも近くに用があるから」
今、君が歩いて来た場所に行くんじゃあないか。そうも思ったが悪い気はしない。
ここは好意に甘えようと、それ以上言うのは避けた。

「ねえ、『SOS団』に何の用事?不思議なことでもあったの?」
車椅子を押しながら、顔を覗き込んで話す。愛くるしい笑顔にドキッとする。
「不思議?」
「チラシに載ってたじゃない。知らない?」
「ああ、いや・・・。何て言うか・・・入団、しようかと思ってるんだ」
ぼくの言葉に彼女は少しの間動きを止めた。かなりの衝撃を受けたようだ。
「・・・へえ、でも、どうして?」
「・・・UFOに興味があって」
とっさに嘘をついた。本当の理由を言っても信じてもらえるわけがないからだ。
ぼくの答えが気に入ったのか、彼女は盛大に吹き出した。
「そうなの。きっと歓迎されるわ。あ、着いたわよ」
「え。ここが・・・?」
目の前のドアには「文芸部」と書かれたプレートが掛かっている。
「いいの。まだ正式なクラブじゃあないから、ここを借りてるらしいのよ」
「そうなのか。・・・ありがとう。わざわざここまで」
ぼくが礼を言うと彼女は弾けるように笑った。
「いいのよ。それよりみんなと仲良くしてね。バイバイ」
そう言うと、手を振って今来た道を走り去っていった。
やっぱりわざわざ案内するために戻ってくれたんだ・・・。
呆然と手を振り返しながらそう思う。あ、名前くらい聞いておけばよかった。

目の前の年代物のドアを見る。ここに「涼宮ハルヒ」がいるはずだ。
今日起こった「奇跡」、あの手掛かりは「涼宮ハルヒ」しかない。
もう一度彼女に会おう。ぼくは意を決してドアをノックした。
「へーい」
気の抜けた声が答えた。ほどなくしてドアが開く。
出迎えた男は・・・。何と言うか、地味な男だった。
何とも、特徴がない。不審そうな表情だけが印象的だった。
「あの、何か?」
面倒そうに男が話した。
「えと、ここが『SOS団』の部室だよね?」
「・・・ああ、そうだが」
「実は、入団したいんだ。『涼宮』って人はいるかな」
ぼくがそう言うと、男は精神病患者でも見るような顔をした。
「・・・お前、まさか異世界人か?」
「は?」
「いや・・・とりあえず入ってくれ」
言われるままにぼくは部室に入った。
中は思ったよりも広い。もっとも、物が少ないからそう思うだけかもしれないが。
見回すと、パイプ椅子に座りながら脇目も振らず読書している少女がいた。
だが、ショートカットで無表情な顔はさっき見た「涼宮ハルヒ」とは似ても似つかない。
彼女はここにはいないのか?そう思った時、
「キョンくん」
視界の外から声がした。見ると、爽やかな笑顔の男がモデルのように立っていた。

「そちらの方は?」
答えに窮したのか、キョンと呼ばれた男はぼくを見た。
「あ、ぼくはジョニィ。ジョニィ・ジョースター」
「・・・このジョニィさんとやらが、我らがSOS団に入団したいんだとさ」
キョンがそう投げやりに言うと、爽やかな男は笑顔を強張らせた。
「はあ。・・・折角ですが、今は団長の涼宮さんがおりませんので・・・」
丁寧に返答をしてくれたが、一日だって今は待っていられない。
「待たせてもらってもいいかな。・・・団長をさ」
ぼくがそう言うと、男は困惑の表情を浮かべた。
「あのですね・・・」
話そうとしたその時、ドアがノックされた。
全員、いや、読書する少女を除いて全員がドアに注目した。「失礼しまーす。・・・あれ?」
入って来た少女はぼくを見てきょとんとした。
その小柄な少女は小動物のように愛らしかったが、やはり「涼宮ハルヒ」ではない。
「えっと・・・あの、どなたですか?」
と、ぼくを見ながらやはり不審そうに言う。ぼくはそんなに怪しく見えるのか?少し自信を無くす。
「この方は・・・」
「ぼくはジョニィ、ここに入団を希望してる」
話そうとした爽やかな男を遮ってぼくが言うと、少女は顔をぱっと明るくした。
「あ、そうなんですか?あたしは朝比奈みくるです。どうぞみくるちゃんとお呼び下さい」
そう言って愛嬌たっぷりに微笑んだ。
「ああ。よろしく・・・あの、何でナースなんだ?」
ぼくが聞くとみくるさんは顔を赤くした。・・・こんな表情もなかなかいい。
「あ、あの・・・これは涼宮さんが・・・」
「あ、そうそう。その涼宮さんなんだけど」
危ない危ない。破壊力たっぷりの笑顔に当初の目的を忘れるところだった。
「はい、もうすぐ来ると思います」
みくるさんが答えると、爽やかな男はなぜか肩をすくめて言った。
「朝比奈さん、涼宮さんは・・・」
最後まで言い終わらないうちにドアがけたたましい音とともに開けられた。

「おーっす!みんな!」
あっけらかんと言ったその少女は昼に会ったあの少女だった。
「涼宮ハルヒ」・・・。普通の少女に見える。ハルヒはぼくに目を止めると首を傾げた。
「あれ、あんた、だれ?」
覚えてないのかよ。
「ぼくはジョニィ。ここに入団したいんだ」
ぼくがそう言うと、ハルヒはぽかんと口を開け、夢遊病のようにぼくに歩み寄って来た。
「あたしとしたことが・・・」
口から漏れるように呟く。何だかよくわからないが不気味だ。
たじろいでいるうちに、すでにハルヒは目と鼻の先まで近づいていた。
「気付かなかったわ・・・物語には必ず外国人枠がいるものなのに---」
夢を見ているように言う。・・・わけのわからないことを。
「でも」
そう言って、それまで宙を舞っていた視線をぼくに移す。
「自分から来てくれるなんて!」
歌うように言うと、ばすん!と肩を叩いた。痛いんだが。
「入団を許可します!いえー。拍手ー」
ぼくを始めとした全員が呆気にとられるなか、みくるさんの拍手だけが空しく響いていた。

「・・・あの、涼宮さんだっけ?」
「ハルヒでいいわよ。外人なんだから」
よくわからない理屈を言うと、
ハルヒは俄然張り切って駅員のように団員たちを指差した。
「そいつはキョン。隣が古泉くん。あっちの可愛いのがみくるちゃんで
そっちのショートカットが有希」
紹介してるらしい。となるとぼくも改めて自己紹介したほうがいいだろう。
「みんな、ぼくはジョ」
「さーて、みんな。強力な外国人助っ人が入ったところで、
第三回SOS団全体ミーティングを開始します!」
・・・どうやら違ったらしい。
「みなさん、これまであたしたちは色々やってきました。
ですが、正直なところ成果らしい成果もなく、団長のあたしも内心では焦りを感じていました。
しかし、今日!ついに新入団員が現れました!
あたしたちの努力が実ったのです!
しかしながら、これに浮かれていてはいけません。
あたしたちは単なるお遊びクラブじゃないのです。
つきましては恒例のアレを行いたいと思います!」
ハルヒは大統領選でも通用しそうな演説を始めると、ここで一呼吸置いた。
それにしても、アレって何だ。
「・・・まさか」
キョンが呟く。
「そう、『不思議探索パトロール』です!
次の土曜日!つまり明日!いつも通り朝九時に北口駅前に集合ね!
絶対来るように。来なかった者は死刑だから!」
死刑?『不思議探索パトロール』?この子は何を言っているんだ。
ぼくが呆気にとられていると再びハルヒが口を開いた。
「こうしちゃいられないわ。あたし、明日の準備をするからっ」
そう言い残すと引き止める間もなく嵐のように走り去って行った。

「あ・・・」
「・・・やれやれ」
「ふふ、今回は参加しないわけにはいかないでしょうね」
思い思いの反応をとる。ぼくは呆然としたままだ。と、目の前に湯飲みが差し出された。みくるさんだ。
「ジョニィくん、お茶をどうぞ」
「あ、ありがとう。」
案外マイペースな人だ。そう思ったが、男二人はリバーシ、ユキは読書を平然としている。
ぼくが異常なんだろうか。それともみんなが慣れているのか。
「ジョニィくんでしたね?」
コイズミが笑っていた。ジャパニーズスマイルって感じの笑顔だ。
「古泉一樹です。どうぞよろしく。」
すっと板についた動作で手を差し出す。
「よろしく。あの、パトロールっていうのは何?」
「別にたいしたことじゃないさ」
口を挟んだのはキョンだ。
「ただ散歩したり、買い物したりして時間つぶせばいいだけだからな」
「何だって?そんなこと何のために?」
「それは・・・おっと」
そう言うとキョンは喋るのを止めて鞄を手に取った。

不思議そうに見つめるぼくの視線に気付くと、キョンはぼくの後ろを指差した。
見ると、ユキが本を閉じている。だからなんだと視線を戻すと、キョンはすでに立ち上がっていた。
「え?ちょっと待て、君たち帰るのか?」
「そうだが?」
当たり前のようにキョンが答える。
「何を言ってるんだ?何か活動してるようには見えなかったぞ?」
「いつもこうだよ」
すでにドアに手をかけている。しかも古泉とユキも続いている。
「なあ、パトロール・・・いや、『SOS団』の目的は何なんだ?」
「そりゃ難問だが明日来りゃわかるさ。遅れんなよ」
キョンに伴い古泉も帰った。
そしてユキもちらりとぼくを一瞥すると音もなく帰って行った。気付けば部室ががらんとしてしまった。
一体どうなっているんだ?ますます『SOS団』のことが分からなくなってきた。
「あの・・・」
呆然とするぼくにみくるさんがおずおずと話しかける。
「着替えたいので・・・先に帰ってくれませんか?」
「・・・・・・」
たった一つ分かるのは、一筋縄じゃいかない人たちばかりだってことだ。

To Be Continued・・・

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最終更新:2008年04月01日 01:39