第四話「戦慄の王女」
土曜のパトロール、ハルヒと特に話す機会はなかった。
あの日の「奇跡」の真相を知るというぼくの目的には、何ら進展はなかったように思われた。
だが、ぼくの中ではまた別の考えが芽生え始めていた。
それは、みんなが何かを隠しているのではないか?ということだ。
彼らの奇妙な言葉の符合・・・。単なる偶然なのだろうか。ぼくは考えすぎているのか?
悩む頭を抱えて、ぼくはSOS団部室へと進んでいた。
今日は、なんでも今回のパトロールの反省会をするそうだ。
ぼくとしては、反省も何も、そう簡単に宇宙人やら超能力者が見つかるわけがないと思うが。
この前のハルヒの機嫌と合わせて考えると全く行く気がしないが、
そうするともっと酷くなりそうなので、渋々向かっているってところだ。
じめじめした部活棟に入る。相変わらず薄暗い。その中を進むと、
「やっほー。また会ったね」
見ると、微笑む女の子が手を振っていた。駆け寄ってぼくの顔を見ると、また笑った。
「やだ。もうあたしのこと忘れちゃった?」
「覚えてるよ。案内してくれた子だよね」
金曜日に初めてSOS団を訪れた時、部室まで連れていってくれた子だ。
「よかった。忘れられちゃったかと思った」
心底嬉しそうに笑う。そういえば、まだ名前も聞いていない。
ほぼ初対面だけど、名前とクラスを聞くぐらいなら・・・。そう考えていると、彼女は後ろに回り込んだ。
「また連れてってあげる」
そう言って車椅子を押し始める。ぼくは慌てた。何度も案内させてはさすがに悪い。
「一人で行けるから大丈夫だよ。」
彼女はぼくの顔を覗きこむといたずらっぽく笑った。
「いいの。あたしが押して行きたいんだから」
・・・こんなふうに言われて、断れる人がいるだろうか?
ぼくも止める気にはなれず、再び車椅子は動き始めた。
「どう?SOS団の人たちって。あたし、噂でしか聞いたことないの」
「ああ・・・そうだね・・・」
生返事を返す。さっきの言葉を考えていた。「あたしが押したい」か・・・。
ひょっとするとだけど、こういう快活な子は無意識でそんなことを言うからな。
「やっぱり、変わった人ばかりだよ。でも、面白い人たちだとは思うな」
ようやくそう言うと、彼女は満足そうに笑い声をあげた。
「ふふ、やっぱりそうなんだ」
ぼくもつられて笑う。そうしてる間に部室に近くなってきた。・・・あれ?ぼくは彼女を見た。
「なあ、さっきの角は右に曲がるんじゃあないのか?」
「こっちでいいの」
「いや、確かに部室は右だよ。覚えてる」
「こっちでいいのよ、ジョニィくん」
・・・?どういうことだ?彼女はそれからも見知らぬ場所を歩き、やがて車椅子を止めた。
「はい、着いたわよ」
正面のドアは確実にSOS団のそれではなかった。何部であるかを示すプレートすらない。
何も言えないぼくを尻目に、彼女はドアを開けた。鍵はかかってないらしい。
「入って」
不審な気分はあったが、ぼくは室内に踏み込んだ。
中は思ったよりも広く、教室程度の面積だった。
そういえば、部室棟は旧校舎を改築したものだ。ここは改築されなかった部屋だろうか。
「運命ってやつだと思うの」
彼女が囁くように言う。その顔にもう笑顔はない。
「前、あたし酷い失敗しちゃって。もうチャンスはないって思ってた」
呪文のような言葉を、ぼくはただ聞いていた。
「でも。・・・こんなことってあるのね。また千載一遇のチャンスが現れた」
「あの、待ってくれ」
我に返ったぼくは口を挟んだ。彼女が不思議そうに首を傾げる。
「つまらないことなんだけど・・・。なんでぼくの名前を知っているんだ?」
目が見開かれる。ぼくは続けた。
「まだぼくは自己紹介してないよね?・・・どうしてだ?」
彼女は俯いてしばらくの間沈黙し、やがて顔を上げた。
ぞっとするような笑みがその顔に浮かんでいた。
142 :ジョニィ・ジョースターの憂鬱:2008/04/08(火) 22:04:47 ID:???
その笑顔は今までに見たことがない種類のものだった。
それは人を疑った事のない少女のものか。
それとも無数の人間を地獄に落とした悪魔のものか。
「ふふ・・・。知っているのは名前だけじゃないのよ?
ジョニィ・ジョースター。本名ジョナサン・ジョースター。
アメリカ、ケンタッキー州ダンビル出身の十五歳」
憑かれたように話す彼女を前に、ぼくは何も出来なかった。頭が痺れたような感覚がする。
143 :ジョニィ・ジョースターの憂鬱:2008/04/08(火) 22:05:51 ID:???
「十歳の時、兄と死別。十二歳の時プロの騎手としてデビュー。天才の名をほしいままにする。
事実、デビューからの二年ほどで数々の重賞に勝利。最年少記録を塗り替える。
しかし、十四歳の時『事故』により下半身不随に。引退を余儀なくされる」
彼女は言葉を区切り、顔を歪めて笑った。
なぜ?なぜ知っている?手の震えが止まらない。心臓を掴まれたような気分がした。
「・・・この『事故』、表向きには調教中の事故ということになっているけど、
実際は女の子と遊んでる最中に暴漢に撃たれたんですってね。傑作だわ」
「やめろ」
血の気が引いていく。何だこの子は?ぼくは恐怖さえ感じていた。
彼女は歪んだ笑みを増幅させる。
「そして、離れていった周りの人間やバッシングに耐えかねて、
親戚を頼って日本に逃げて来た。・・・こんなところかしら。
どう?よく知ってるでしょ?」
「・・・ふざけるな」
声が震えているのが自分でも分かった。彼女は今度は無邪気に笑う。
「そんな怖い顔しないで。あたしはただ、あなたのファンかもしれないわよ?」
「・・・だとしても、サインはやれないな。失礼するよ」
そう言って身を翻そうとして驚愕した。車椅子が動かない。
車椅子は彫刻のように固まったまま一向に動かない。さっきまで動いていて、壊れた様子もないのに。
苦闘するぼくを見て、彼女はくすくすと笑った。
「動かないわよ、それ。絶対に、ね」
「君は・・・君は一体何者なんだ・・・!?」
「あら、いけない。自己紹介してなかったわね」
おどけて舌を出し、頭をぽかりと叩く。真顔に戻すと口を開いた。
「朝倉涼子よ」
To Be Continued・・・
最終更新:2008年05月15日 11:31