[[パンナコッタ・フーゴの消失]]
第三話
〜キョン視点〜
むすーっ。
そんな擬音がこれ以上なく当てはまるハルヒの顔が、今日登校してきた俺が教室で初めて目にしたものだった。
きっと今頃古泉の仲間は閉鎖空間で青いのをぶった切ってるんだろうな。
俺は日々終わらない戦いを続けている超能力者達に同情しながら、一応ハルヒに聞いてみた。
「なんだ……調子悪そうだな」
俺をうるさいハエを見るような目つきでじろっと睨むと……
はあ〜。
盛大なため息がハルヒの形のいい唇から漏れた。
そしてとんでもないことを呟いた。
「私って……ほんとにダメな人間だわ」
そのセリフの効果は絶大だった。
ペンをくるくる回して窓の外をぼけーっと見ていた谷口はペンを取り落としてハルヒのほうに首を捻り、ノートをひろげていた国木田はびくっと肩を震わせて勢いあまってノートを破ってしまっていた。
そして俺はというと、声帯を奪われた鳥の剥製みたいに口をあけてぽかーんとハルヒの顔を凝視していた。
いや、ハルヒ。あのな、確かにお前はちょっと……というか結構直さなくちゃならないところがあるのは満場一致の事実であるが、
それを意識して欝になるっていうのはらしくないぜ。まだ爆笑している長門のほうが違和感ないぞ。
数秒後、時は動き出す———
「……マジで具合悪いんなら保健室いきな。あ、なんか悩み事があるんなら相談くらい乗ってやるけど」
らしくないのが俺にも伝播して変に親切なセリフを吐いてしまう。
「別に、いい」
これがハルヒの返答である。長門の真似かよ。笑えねーって。
答えに窮する俺の顔を見ると、ハルヒは二度目のため息と共に事の真相を語りだした。
「……私ね、超能力者を見つけ出しておきながら逃げられちゃったのよ」
また答えるのに困るようなことを……
「あーっと。本物の……?」
「本物に決まってんでしょバカキョン!!」
突然俺に噛み付いた。
……うるさいハルヒを見て安心してしまい、少し自己嫌悪に陥る。
「へーやっと超能力者見つけたのかよ。」
谷口、そんな嘲笑と取られるような笑い方と話し方じゃまた噛み付かれるぞ。
しかしハルヒはさっきの威勢はどこへやら、またぐたーっとなってしまった。
そしてまたぶつぶつ話し出す。
「昨日ね、学校の帰りに誰かがチンピラ2人に絡まれてるのを見かけてね、助けてやろうと思ってそっちに行ったらその絡まれていたほうが相手をぶん殴ったのよ。面白そうだから見てたらもう一人のほうがナイフを出してきてね。
危ないっ! て思ったら……」
超能力者とやらに出会ったときの感動を思い出したのか、話してるそばから目をきらきらさせていく。心配する事もなかったか。
やっぱりこいつはこいつだ。
「突然!ナイフが空中で何かにぶつかったみたいに止まったのよ! それで絡まれてたほうが膝蹴りを繰り出して勝負ありってなったのよ」
後は言われなくても想像できる。お前はその絡まれてたやつに絡んでいったんだろ?
「話しかけただけよ! ……でもそいつ、私に『涼宮ハルヒさんですか?』って聞いて『そうだ』って答えたら逃げ出しちゃったのよ。
……私も突然だったから直ぐに後を追ったんだけど……」
捕まえられなかった、と。
ふむ、なるほど。だがなハルヒ、ナイフを突き出そうとしたやつが怖くなって途中でやめただけかもしれないし、
なんでそれだけで超能力者認定が出るんだ?あまりに都合よく解釈しすぎじゃあないか。
そう、普段の俺ならこんな感じで適当に相槌を打って終わりにするのだが、今回はそうもいかなかった。
なんでって?
そいつが涼宮ハルヒの名を知っていたからさ。
俺が口を開きかけたとき、丁度担任が入ってきた。
〜フーゴ視点〜
暗殺とか、なれない事はするもんじゃあない。
といったところで拒否権なんてないわけで、つまるところただの愚痴にしかならないのだが。
僕は最高に欝な気分で県立北高校の制服に身を包みながら、これから担任となる先生の後ろにくっ付いて廊下を歩いていた。
IQ152っていったってじゃあとっさの判断力がずば抜けてるかって言ったら別にそんなこともない。
どこが決定的な失敗だったか。
……逃げたとこかな。まあどちらにせよ調べなくちゃいけないからあの時は殺せなかったが、もっと何かうまい切り抜け方があったよな。
……というよりターゲットに名前を聞いたところかな?
……いや、パープルヘイズで防御したところか、なんてったって敵に自分のスタンド見せちゃったわけだし。
……いやそもそもあのチンピラの足を引っ掛けなければ何も起こんなかったんだし。
……いやいや、服に気をつかっていれば……
思考の海に埋没しかけたところ、担任の声で我に返った。
「君にはこれから1年5組で共に学んでもらうから。よろしくな」
……ちょっと待て。
「あの、確かご説明では、私は1年9組に編入されるというお話だったと思うのですが……」
「いや?1年5組で合ってるよ?」
「そ……そうですか」
んな馬鹿な。
いくら最近ミスが多いからって、入学関係の書類を読み間違えたりはしない。
先を行く教師に続きつつ、僕はいそいそとそのプリントを出してみる。
「聞いた話だけど、君はとても優秀らしいね、私としても期待……き、君どうしたんだい?」
「いや……ちょっと眩暈が。すいません。」
あ…ありのまま今起こった事を話そう。
『僕はプリントに1年9組と書かれていると思っていたら、いつの間にか1年5組になっていた』。
な…何を言っているのかわからないと思うが、僕も何をされたのかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだ…読み間違えだとかすり替えだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わった…
……これが涼宮ハルヒの「能力」によるものだと、この時の僕は知る由もなかった。
〜視点・キョン〜
転校生。
心配と吐き気がむんむん沸いてくんじゃねーか。
俺は後ろの席を一瞥しする。
機嫌が直ってる……かとおもいきや逃がしたときの事を思い出したらしくハルヒはまたぐったりになっていた。
「何だ、喜ばないのか。」
「古泉君がいるじゃない。それに昨日の今日で超能力者に再会できるとは私も思わないわ。
……まあ面白かったら入団考えてあげてもいいけど」
それを聞いて、俺は最近封印していた言葉を心の中でつぶやいた。
「やれやれだ」
今ドアの外で待機している転校生が普通の平々凡々のやつだと期待するほど、俺は楽観的で学習能力のない人間ではない。
事実はどうか分からないが、ハルヒが超能力者を見つけちまったと思い込んでいる直後だ。
おそらくはそいつも何か妙ちきりんなプロフィールを持ってるんだろう。そして古泉の時と決定的に異なる点。
3日前の部室でのハルヒの発言を俺は思い出す。
『私達に正体を気取られたくない後ろ暗いところがある連中ね。
そういう奴らはきっと私達のことを良く思ってなくて、あわよくば私を倒そうとするんじゃないかと思うんだけど……』
うん、こんな感じだった。
古泉の説明を元に解釈すれば、ハルヒはジェントルマンな宇宙人、超能力者を探すよりは自分に敵意を持った常識外の存在を探すほうが容易だ、と思っているんだろう。
ハルヒ的には当初の目標の中の「仲良く遊ぶ」という項目を諦めれば「宇宙人、超能力者を見つける」というより大きい目的に近づける、
ということなんだろう、うん。
……一体どういう思考回路を通すとそんな答えが導きだされるのかは分からんが。
どっちも同じだろうに。
「早速だが自己紹介してもらおう。フーゴ君、入ってきてくれ」
「あ、そうだ。あんたも見つけるかもしれないから容姿を言っておくわね」
声を小さくして岡部と同時進行で俺にしゃべるハルヒ。なかなか信じられない事だが本当に転校生には興味ないらしい。
俺は一応、入ってきた転校生に視線を移す。
まず目に付くのは特徴的な金髪と柔和な微笑を浮かべた彫りの深い顔立ち。
外国人だった。
教壇の前に立って俺たちを見回すその瞳は深い知性をたたえていたが、どことなく冷徹で利己的で、高校生らしからぬ狡猾さが滲み出ていた。
……なんて感想を抱いたが、そいつが悪意をもった闖入者かもしれないという先入観があったためにそんな風に見えただけかもしれない。現に女子なんかは含みを感じる視線で入ってきた転校生をうっとり見ている。
まあ、俺に話しかけている約一名は言うまでもなく例外に含まれるのだが。
「外国人っぽくて、右前髪を垂らしていて、身長は170半ばくらいだったかしら。金髪だったわ。……そう、あの転校生みたいな感じ、ってまんまあれじゃん!」
最後だけボリュームアップして、ついでに立ち上がり転校生に指を突きつける。
右前髪のところでもしかしたら、と思ったがやっぱりそうか。
別にもう俺は驚いたりしないさ。お前は知らず知らずのうちに自分の欲するものをブラックホールなみの引力で引き寄せるやつだからな。
だが気は抜けない。
長門がいる限りどんな敵もほとんど返り討ち確定みたいなもんだが、万が一ということもある。
そんな胃に穴があきそうな心配を余所に、転校生はハルヒにゆっくりと視線を走らせた。
クラスメートが絶句している。
これはハルヒの奇行に対してだけではないだろう。
というのも、ハルヒが指をさした瞬間、転校生の様子が変わったためだ。
古泉を髣髴とさせる柔和な微笑が今は長門ばりの無表情になり、獲物を観察する肉食獣のような剣呑な雰囲気に包まれている。
この一瞬だけでみんな第一印象を塗り替えたと断言できるな。「こいつはキれたらやばい」って。
そして、それに負けじとハルヒも相手を睨みつける。
2人の迫力は色々と危険な目にあってきた俺ですら、腰が砕けそうになるほど強烈だった。
空気がフリーズした数秒後、触ったら爆発しそうな沈黙は静かに破られた。
「パンナコッタ・フーゴです……どうぞよろしく」
そしてまた数秒後の空白の後、岡部がその場をとりなすべく転校生に自己紹介の続きを促したのだった。
To Be Continued・・・
最終更新:2009年03月20日 12:49