第七話 「バイシクル・レース」

「なあ、ジョニィ。『SOS団』ってどーなんだ?
やっぱり、プッツンの集まりかよォ〜?」
いつものように億泰と昼食を摂っていると、億泰がそう言った。
ぼくは曖昧な返事を返した。変わってるなんてものじゃない。
まず、超能力者・・・「スタンド使い」だったか。それがいる。
しかも、そのスタンド使いによると団長は世界を自在に操作出来る能力があるらしい。
全く馬鹿げた話だが、「スタンド」やハルヒの奇跡を見た以上信じないわけにはいかない。
・・・だが、正直に言うと一夜明けた今も半信半疑だ。そんなファンタジーのような話を信じる歳じゃない。
「・・・億泰。君はいつまでサンタクロースを信じてた?」
ぼくの脈絡のない質問に億泰はきょとんとした。
「え?いねーのか?」
「・・・・・・」
教えるべきなんだろうか。そう思っていると肩に手が置かれた。
見ると、同じクラスの女の子が赤面して立っていた。
「あ、あの。ジョニィくん、お客さん」
彼女の指差す方向、教室の入口で古泉が手を振っていた。
億泰に一言断ると、ぼくは古泉に近付いた。古泉がいつも通り笑う。
「お邪魔してすみません。お話したい事がありまして」
言って、車椅子を押す。
「どこに行くんだ」
「場所を変えましょう。聞かれるとマズい話です」
訪れた先は屋上だった。確かにここなら誰もいない。

扉を閉めると古泉は口を開いた。
「二つ、お知らせが。まず悪いニュースからお知らせします。
昨日の『黄の節制』の件ですが、奴一人の暴走ではないようです」
昼休みの喧騒が遠くから聞こえる。ぼくたちはずいぶん遠くまで来たらしい。
「つまり、奴の襲撃は組織の総意です。全面戦争という事ですよ」
「黄の節制」のようなスタンド使いがこれからも襲って来るという事か・・・。
覚悟はしていたが、ぞっとする。ぼくはため息をついた。
「それは分かったよ。いいニュースのほうを聞かせてくれ」
「いいニュース?」
古泉が首を捻る。
「そんな物、ありませんが」
「話は二つあるって言ってたじゃないか?」
「ああ」
古泉が笑った。
「早合点しないで下さいよ。『もっと』悪いニュースがあります」
・・・最近分かってきたが、古泉は笑えない冗談が得意だ。

ぼくの冷たい視線に古泉は表情を戻した。
「昨日の夜、僕の『機関』が『強硬派』に強襲されました。『スタンド使い』チームはほぼ壊滅です」
「何だって?壊滅・・・!?」
あまりの事に耳を疑った。ぼくたちはそんな奴らを相手にしようとしているのか?
「今後の動向を話し合っている最中に奇襲されたそうです。
スタンドの戦闘は不意をつかれると弱いもの・・・。まあ、僕は現実世界での能力に目覚めたばかりで、
まだチームに編入されていなかったので難を逃れましたけどね」
そう言って古泉は微笑した。話してる内容にはまるで現実感がない。
「そういうわけなので、約束していた『機関』の紹介は見送らせて下さい。
それと、気をつけて。『機関』のお偉方は支援が出せないと言っています」
「何だって!?」
さらりと信じられない事を言う。ぼくは黙ってはいられなかった。
「ぼくたちはスタンドに目覚めたばかりなんだぞ!
そのぼくたち二人が、『チーム』を壊滅させた奴らを相手にしろって言うのか!?」
古泉は苦笑しながら肩をすくめた。
「落ち着いて下さい。こちらも手一杯なんです。それに、涼宮さんを放って逃げても、
彼女が彼らに渡れば・・・何をするのか分かりませんが、最悪なら世界の破滅です」
ぼくは舌打ちした。元から引く気はない。古泉は満足そうに微笑んだ。
「納得していただけたようで幸いです。では失礼します。もうすぐ授業ですよ」
古泉が去っていく。ぼくは考えていた。状況はかなりシビアだ。それは分かっている。
だが、不可解なのは古泉の態度だ。いつものような余裕のある態度というのが気になる。
もちろん、ぼくを安心させるための演技という可能性もある。しかし・・・そうは思えなかった。
あの態度は演技というより、心からのものという気がする。
それはなぜか?こんな状況での余裕・・・。何か・・・「切り札」を持っている?
だとすれば。思い当たる事があった。昨日のキョンの言葉だ。
『長門はともかく、朝比奈さんはどうなる?』
『長門はともかく』。そう、「切り札」は長門だ。

「ん、こんな時間か。そろそろ帰るわ」
いつもの活動(みくるさんの撮影。一応言っておくが、ぼくも止める努力はした。)が終わると、
ハルヒが言った。それを合図にしたようにみんな一様に帰り支度をする。
ぼくもそれに続く・・・が、帰るわけじゃあない。目的がある。
長門の正体を突き止める。そうしなければならない。古泉は聞けと言ったが、
あの無口な少女が「はい、私はスタンド使いです」と言うとは思えない。
古泉もキョンも教える気はないだろう。結論はぼく一人で調べるしかないというものだ。
校門を出て行く長門を見て、ぼくは息を潜めた。これから彼女を尾行する。
うまくいけば「機関」とやらに行くかもしれないし、でなくても手掛かりは掴めるかもしれない。
キョンの言葉から長門がスタンド使いである可能性は高い。それを突き止める。
幸い、のろくさと歩く長門をつけるのは難しい事ではなかった。
・・・だが、どうもおかしい。かなり歩いた気がするがどこかに着く様子がない。
気付けば、駅近くの賑やかな場所まで来ていた。電車通学なのか?
そう思ったら進路を曲げ、店が立ち並ぶ路地へと入って行く。
慌てて後を追うと、長門の姿はなかった。周囲を見回してもやはりいない。
人が多いとはいえ、制服姿の長門は目立つ。簡単に見失うはずはない。
どこかの店に入ったのか?そう思ったがぼくは即座にそれを否定した。
曲がった場所に一番近い店はシャッターが閉まり、「改装中」の貼り紙がしてある。
ぼくもすぐについていったのだから、他の店に駆け込む時間もなさそうだが・・・。
ぼくは呆然としながら、半ば無意識に歩を進めた。と、後ろから声がした。
「・・・何?」
長門だった。

「す、すまない。後をつける気はなかったんだ。ただ、少し話したいと思って」
ぼくはいつの間にか背後を取られていた事にすっかり動揺していた。我ながら苦しい弁解をする。
長門は無表情にぼくを見た後、感情を見せずに口を開いた。
「知っている」
そう言うと、車椅子に手をかけ、後ろへ進路を変更した。
「聞かれたくない。案内する」
言葉の意図が掴めない。「案内」とはどういう事だ?考えているうちにぼくたちは路地を出た。
「長門、案内ってどこにだ?」
言葉を無視して長門はコンビニの前で足を止めた。
「どうした?何か買うものでも?」
長門は口数少なく前を指差した。
「あれ」
前方には何もない。ただ道路があるだけだ。しいて言うなら、スポーツカーが走って来ているが。
「何だ?何が・・・」
言いかけた言葉は中断された。長門が車椅子を強く突き飛ばしたのだ。
とっさの事に対応出来ず、ぼくは店先の看板へ突っ込んでいった。
車椅子を止めようとしたが間に合わない。かろうじて車椅子を横向きにしたが、衝突は避けられず、
ぼくは肩口から看板に激突した。
「長門、一体何を・・・!?」
言葉はまたもや中断された。風が目の前を吹き抜けていく。
さっきのスポーツカーがぼくたちが今までいたところ−−−コンビニへ突撃していった。

轟音とともにスポーツカーがコンビニに吸い込まれていく。
長門が突き飛ばさなければ巻き込まれていた・・・。相当なスピードだった。
跳ねられた人はもちろん、運転手も無事ではないだろう。そうだ、長門は大丈夫か?
「え・・・!?」
視線を移したところで仰天した。長門がすぐ横でバイクに跨がっていた。
あれは店先に駐車してあったバイクだ。どういうつもりだ。言おうとすると、
長門はその細腕からは想像出来ない力でぼくを引っ張り上げた。
「乗って」
そして、後ろにぼくを乗せると急加速した。
「何をするんだ!?長門、そのバイクは君のじゃあないだろう!?」
「うしろ」
非難するぼくに対する長門の返答はそれだけだった。言葉に従い後ろを向く。
な・・・!?あるはずのない風景に思考が停止する。ぼくたちのバイクを車が追っていた。
パトカー?むしろそっちのほうがましだ。その車はあのスポーツカーだった!しかし・・・!
「馬鹿な、走れるわけがないッ!あんな猛スピードで衝突したんだ!
車体だってメチャクチャ・・・いや、違う・・・!?」
信じられない事に、その車のひしゃげたバンパーが形を整え、
パンクしたタイヤは見る間に膨らみを取り戻していく。復元・・・いや、それどころか!
車は新たにバンパーに悪魔のような角を生やし、短時間の間に凶々しい姿へ変形した。

「何だあれは!?まるでローマ時代のチャリオットだ!」
叫ぶぼくに長門は危機的状況にもかかわらず冷静さを失っていなかった。
「落ち着いて。あなたはあれの正体を知っているはず。」
ぼくが・・・?まさか。考えられない物体、そして現象。一つだけ思い当たるものがあった。
「・・・スタンドか!?」
「そう」
古泉の言っていた「急進派」がもう・・・。それに、車のスタンドなんて。
「加速する。捕まって」
我に返り、慌てて長門にしがみつく。頼りの綱は不安になるほど細い。・・・待て。
「長門。君はぼくと同じ一年生だよね?」
「・・・・・・」
「免許は?」
「問題ない。恐らく運転は可能」
「『恐らく』!?今、『恐らく』って言ったのか!?」
何て事だ。めまいすら感じるぼくにも長門は声の調子を変えない。
「構造と理論は知っている。運転しながらの修正は可能」
・・・ひょっとして、ぼくはここで死ぬのか?

To Be Continued・・・

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最終更新:2008年06月12日 11:53